出版記念講演会と司会の準備
こんにちは、みなべ りんです。 今日は6月5日の金曜日に収録していますが、みなさん1週間お疲れ様でした。
明日の6月6日は、私は茨城佳林さんの大阪で開催される出版記念講演会に参加する予定です。
今回は参加するだけではなくて、チーム、出版記念講演会を運営スタッフとしても参加している、かつ、司会をDJみなさんと一緒にお願いしたいと言われておりました。
司会をするっていうことで、昨日と一昨日、司会の原稿のドラフト自体は2週間くらい前かな?に、みなさんが作ってくださったドラフトがずっとあったんですが、
なんか、かれんさんも結構ギリギリになっちゃうって言ってたんですけど、私もギリギリになると結構本腰入ってくるんですけど、
あと、かれんさんからこういう企画を追加するとか、こういう方にも前に出てもらって一緒にこういうことをやるっていう、直前の変更がいろいろ入ったりするので、それを原稿に反映したりとか、私も最後読み上げてみて、自分がメインに担当する、
いがらし、かれん検定っていうコーナーがあるんですけど、そこのやり方をこう考えたりして、やっぱり勝ちの決戦じゃなくて、何問以上当たった人が何級みたいな形の方がいいかなとか、いろいろ考えながら原稿を中継するっていうのを、昨日、今日と前日と2日前にバタバタやっていたということで、ようやくさっき最終、最終版、また明日見ながら微修正は入るかもしれないんですけど、原稿出来上がったっていうところですね。
明日、来られる皆さん、とっても楽しみにしているので、講演会とかその後、二次会も参加するので、お話できると嬉しいです。
人はなぜ役割を求めるのか?
はい、ということで今日の本題は、私が司会をやるっていうことにもちょっと関係はするかもしれませんが、人はみんな役割を求めているのか?
という感じのテーマで話したいなと思います。
これもちょっと私、まだ腹打ちしてる部分としてない部分とあったり、自分がまだそこまで、ちょっとうまく言葉にできるかわかんないんですが、私が感じたこととか、思っていることをちょっと喋れればと思います。
ボランティアスタッフの経験
まず、何でこの人は役割を求めているのかっていうテーマで話そうかと思ったのは、一番原点というかきっかけは、
私、YouTube講演家の鴨頭義人さんのビジネスオンラインサロンに入っているっていうのは、前も何かと言ったことあると思うんですけど、そこで鴨頭さんはYouTube講演家なので、鴨さんの講演会がよくあるんですよね、1年に何回も。
私はこの前、プロ会社員の講演会に行ったりしていましたが、そういった講演会に参加するチケットももちろんあるんですけど、
カモビズメンバーでよく、みなさん、他の周りの方たちがやっているのが、ボラスタっていうものなんですよね、それボランティアスタッフの役なんですけど、
私が初めてカモビズに入って初めてリアルで参加したグルコンとその後の講演会で、いろんな人に言われたのが、次何月の翌月の何月何日の鴨さんの講演会、
どこどこでやっている講演会に参加しませんかって言われるのとともに、一緒にボラスタやりませんかっていうふうに言われたんですよね。
その時、ボラスタって何ですかって確認したら、そのいろいろ講演会の受付をしたりとかチケットを宣伝したりとか、
講演会を盛り上げたりうまく運営するためのいろんなことをボランティアでやるスタッフという感じなんですが、私もまだそれをやったことがないので、正確に言えているかどうかは定かではないんですが、
それのボラスタですね。私も楽しそうだなって、やってもいいかなっていうのは思って、私てっきり講演会のチケットを買うのがいくらぐらいだったんだろう。
ちょっと働くっていうか、労働力、ボランティアとはいえ、いろんな仕事をするからその分安く講演会に参加できる5000円とか安くなるのかなって、ちょっとその2年前ぐらいだったかな、私はそう思ったんですけど、
ボランティアスタッフをやるのが、むしろ講演会のチケットよりも高い。高いって言ってもそこまでそんなに2倍3倍するわけじゃないんですけど、講演会のチケットが例えば6000円だったとしたら、ボランティアスタッフをやるのが7000円ぐらいのイメージだったと思います。
だからお金を追加で払ってボランティアスタッフをやるっていう仕組みだったんですよね。
それを私知ったとき、ちょっと全く逆だなって思ったんですが、なんかそんな感覚になる人結構、あれ私だけじゃないんだと思います。なんとなく今はもうそれ慣れちゃったからそういうもんかっていう気もしてはいるんですが。
皆さんどう思いますか。
西野昭弘さんも以前ずっと前にそんなことを言ってたんですけど、やっぱり人って役割を買ってでもしたい。お金を払ってでも何かの役割を得たいっていう内側からの欲求みたいな。
逆にお金をもらって何かをやるんだったらただの仕事じゃないですか。
普通の会社で働いている人だったら私もそうですけど、お金を会社から対価としていただく代わりに自分が何かその会社の事業とか取り組みに対して価値を発揮する。成果を出す代わりにお金をもらうっていうのが一般的な仕事の考え方ですよね。
でもそれって会社の中でも○○の組織の○○チームのリーダーとかその役割をもらう。でも役割をもらってその責任を担うからこそお金をもらうっていうのが世界一般の常識的な考え方だと思うんですが、
カモビズの中のボラスタの考え方は自分がその役割をもらうかつさらに追加で自分が役割をやることにお金を払うっていうことになってるんですよね。
でもそれでボラスタをやりたい人はたくさんめちゃくちゃたくさんいるし。
そういうのもありながら、かつ、追加でお金を払ってもやりたい。
そういう人がたくさんいるっていうことがなんか不思議だなっていう気もするんですよね。
役割を持つことの喜びと辛さ
ただ私、今回の講演会については別に私お金を払ってるわけでもいただいてるわけでもなく、本当に応援の気持ちでボランティアというかやってるんですが、
やってて楽しいし、自分の役割があるっていうことの喜びとか楽しさとか、やった後の一緒に誰かと一緒に何か挑戦とか応援の渦の中にいて、
一緒に楽しむみたいな経験は結構人生の糧になったりするかなって思うので、
やっぱり別になんとなくその気持ちも最近わかってきたっていう感じがしますね。
ただ、究極役割が全然ないか、役割がありすぎて忙しすぎるか、どっちか選ぶんだったら忙しすぎる方がまだいいかなっていう。
会社の中で仕事がなくてめちゃくちゃ暇、だけど隣の人はすごい周りの人みんな忙しくしてるのに私だけめっちゃ暇。
何やったか手持ち不足というか、手が止まっちゃうみたいなのが結構一番辛い。
中途入社でどこかに転職して最初ってみんな忙しいから構ってくれず、かつ自分もまだプロジェクトアサインされてるわけじゃないから、
ずっと会社のトレーニングとかウェブ見たりしてるみたいな時が1ヶ月ぐらいあったりするケースあるんですけど、
その時期が一番辛いですね。なので、仕事というか役割、役割イコール仕事とすると、ゼロよりはたくさんある方がいいよねっていうのは思いますし、
あと母親とかの役割も子供が生まれたら母親っていう役割を担って、その後成人するまで20歳とかまで役割を担うけど、その母親っていう役割も期限付きですよね。
親子関係っていうのはずっと続くけど、その母親としてやらないといけないこと、子供が最終的に家を出ていって独立して自分の生活とか家庭を持つようになったら、親子ではあるけど日々自分がその親としての役割を果たすみたいなことはもうなくなる。
だからこそ、その後ぼっかり空いた時間とかができて、空の装甲塾になったりとか、そういうことも選挙主婦だった人とかはそういうこともあるのかなって思いますし、
役割はないよりは絶対あった方が人生楽しくなるし、達成感も得られるから幸福感にもつながるし、きっとあった方がいいんだろうなって思いますね。
役割と対価の3つのパターン
だから何かをやることと、お金を、なんかすごい3パターンあるなと思って、お金をボランティアで何もお金を、お金というかタイカードを切り離してとにかく役割だけやるっていうパターンと、
お金をいただいてやる、それがいわゆる世の中でプロフェッショナルな仕事かもしれないけど、いただいてやるっていうのと、自分がお金を出してその役割をやるっていう、
本当に究極の内発的動機で、自分で能動的自律的に本当にやりたくてやる、お金を払ってでもやるっていう、なんかその3つが世の中に存在するなーっていうのを最近思います。
皆さんはどれ、どのパターンをやった、経験したことあるでしょうか。
ということで今日は、役割を買ってでもやる人はみんな役割を欲しがっているのかという問いについて考えてみました。最後までお聞きいただきありがとうございます。ではまたバイバイ。