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2026-03-02 19:16

初めてやることは遠回り的な無駄な動きが多いのが当たり前だと思う

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サマリー

初めてのことに挑戦する際、多くの人は「イニシャルのオーバーヘッド」と呼ばれる、回り道や無駄に見える動きを経験するものです。これは、物事を理解し、慣れるために必要なプロセスであり、ボールペンをノックして書くような当たり前のことでも、知らない人にとっては試行錯誤が必要です。起業やプログラミング学習など、正解が一つではない分野では特に顕著で、失敗や試行錯誤を繰り返しながら、少しずつ理解を深め、効率化していくことが重要です。この初期の非効率性は、継続することで解消され、やがてスムーズに進めるようになります。

イニシャルのオーバーヘッドとは
はい、シゴクリラジオ大橋です。よろしくお願いします。このシゴクリラジオはパーソナリティである私、仕事クリエイター大橋が、仕事づくりに関して話をしていく番組となっています。
今回のテーマは、わからないときの動き方といいますか、考え方ですね。これはだいぶ前になるんですが、僕が新卒でプログラムをやってたんですよ。
そのときの上司が、よくイニシャルのオーバーヘッドという言葉を言っていまして、イニシャルオーバーヘッドと言えば、オーバーヘッドキックを初めて打つという。面白いかどうかわかりませんが。
ということではなく、オーバーヘッドといわれる無駄な動きというんですか。何かありませんか、そういうこと。無駄なというのは、要は何か物事を理解するためにいろんなことをやらないと進まないといいますか。
イニシャルというのは初期のということです。初めてやるときは想定通りいかないよねみたいなのがあって、それがだんだん慣れてくると、無駄な動きというか、無駄な動きというのはちょっとおかしいんですが、やらなくていいことをやらない。
つまり、やるべきことをやるというか。プログラムを作るのであれば、設計をしっかりすることで無駄なコーディングをしないとか、そんな話で理解、ご自身の仕事じゃなくても何かやってみることに関して置き換えていただければいいかなと思います。そんな話を少しだけしてみたいと思います。今回もどうぞよろしくお願いいたします。
仕事づくりと起業における考え方
はい。四五繰りラジオ大橋です。今回はテーマがイニシャルのオーバーヘッド。要はわからないときの動き方みたいなテーマです。話はちょっとふわっとするというか、ちょっと抽象的になってしまうんですが、僕は昔の体験からすると、四五繰りとかもそうだよなみたいなことを改めて考えるわけです。
そういうのは仕事づくりです。企業と言ってもいいと。で、企業するときって何するの?みたいな。でですね、これを友人とこの間少し話しててそうだなと思ったのもありますが、やり方を教えてくださいみたいな企業のテーマって多分良くないんですよね。
だけど企業の教科書とかやり方とかを学ばないとダメじゃんっていう風に思われる方がいらっしゃるのはわかるんですよ。だけど、物事というかですね、これは考え方ですよ。僕がそう考えてるだけでこれが正解ではないんですけど、正解がって言ったらちょっと良くないんですけど、正解があると。
唯一の解があるものと、そうでないものがあって、そんな風にパッキリですね。スカッと分かれてるわけじゃないですよ。で、そうじゃないものと、分かれているものと分かれていないものが分かれていると。仮に正解があるものとないもの。
ボールペンと飴の例え
もちろん正解があるっていうのは絶対一番正解というよりも、こういうものだろうなっていうものと、そうじゃないもの、よく分かんないものってやつですね。ここに飴玉が、飴が転がってるんですが、ちゃんとコースに転がってますが、飴を食べたいのであれば飴の袋を開ければいいですよね。で、飴の袋が開いてないので飴は食べれない。そのまま食べたらお腹壊しますよね、このプラスチックね。
包装を取る必要があります。包装を取ってから飴を手に入れるか、それもダイレクトに口に入れてもいいですけど、品が悪いかもしれませんが、それで飴を食べることができますよね。
例えば文字を書くのであれば、ボールペンここにあるんですが、ボールペンをノックとか蓋を取ったり、シーンというかボールシーンが出てるやつだったら蓋。懐かしいです、ありますよね。ノック式だったらノックする。ノックしてから書く。
これは当たり前にやってる人は当たり前ですけど、ボールペンを初めて見た人ってノックするんですよね。ノック側で書こうとしません。
そうやってわからないことってそうやって発生するようになっている。そこでわからないことをイニシャルノーバヘッドというか無駄なことという感じです。
だから飴の話だったら袋を開けずに飲もうとするとか、これは良くないですね。危険なことですよね。それは良くない。やめてくださいよ。
ボールペンだったらノックする方で書くとか書こうとする。でも書けないですよね。今やってますけど書けない。
消しゴムが付いていて消せるのがあると消しちゃいますよね。鉛筆だったらね。シャーペンでありますよね。消しゴム付きのものとか。
でですね、何言ってんのという、噂何言ってんのという話なんですけど、これですね。今のは例えではあるんですが、ボールペンのノックする方で書くみたいなことをやらないと書けないんだということが理解できないと思うんです。
これ当たり前のこと言ってますけど、ものすごく重要だなと思いまして述べてます。
もう一回言いますよね。ボールペンをご存知の方はいいんですが、自分が知らないという前提に立ってください。
その時に分からない前提でボールペンがあります。ボールペンをノックして書くみたいなことを学びます。
ボールペンをノックすれば出ます。でもノックしなかったら出ません。じゃあノックせずに書いたら出ませんよね。どうしたらいいですか?みたいな。
こういうのを一般常識だとか、そうやって言われる方いらっしゃるかもしれませんが、なんだろうなっていうのもあるんでしょうけど、一般常識とかもあるんでしょうけど、
そういうのって蓄積されてきますよね。
正解のない分野での挑戦
そうだなって思うのが、コーディングみたいな話でもいいですし、どんな仕事でもいいんですけど、
一つのやり方みたいなものがあって、その通りに全部やっていったらうまくいくっていうのが仮にあるとしましょう。情報処罪みたいですけどね。
でもそんなのってないじゃないですか。
ないことが分かっている人はまず買わないですよね、情報処罪とか。あると思っている人は買う。
故にそこに詐欺的と言うとよくないんでしょうけど、ボールペンの話で例えると、ノックして字を書けばシーンが出て書けるみたいな。
同様に企業も何かマニュアルがあってその通りにやればうまくいく。
うまくいくというのは、何かしら事業を行いお客さんがいて、その人に価値を提供し、お金がいただいて、それが継続的にできるような仕組みみたいな。
買わざんようで楽しくなるのは分かるんですよ。全然いいですよ、楽しくなる。これやったらすごく儲かる。めちゃくちゃいいと思うんですよね、それはね。
だけどそれは自分でご自身で考える話であって、ノックしてペンが出ますみたいなものがあって、そういうような動作ではない。
ただ理屈ではお客さんが感動というか価値を覚えて、お客さんが提供するサービス、そうやって課題解決してくれるなら私はお金を払いますよというのはありますよね。
それだけですよね。それだけというか、そんな話です。
理屈としてはそうなんだけど、そうやってやるのが難しいよね。難しいというのは価値を提供するのが難しいというよりも、価値を提供し続けて、お客さんがお金を払い続けて、
それで最終的には経営という意味では自分が費やしている以上にお金を得られなければ、それは赤字になっちゃいますから赤字がダメではないんですが、それが継続的にならずにそこが利益を出せるようなものであれば事業は成立しますよね。
すごく当たり前のことを言っているかもしれないですが、世の中は正解があるものとないものと分類できるわけではないのですが、多分企業は正解がない。
例えば誰かがアイデアを見つけて、いろんな種類が集まった飴を提供したら喜ばれるんじゃないかとか、
飴と言ってもものすごくテンションが上がって、それを見たら忘れられないような飴とかね。
そういうものを作ろうとすることがまず至極理ですし、それを作って提供して価値を乱せないかと考えることが至極理である企業だと思うんですよ。
これって結局マニュアルみたいなものはないよとか、指示書みたいなものはあるわけではないよという話なんですけど、
この時、正解がないなりに共通するマニュアルがあるない正解が分かりやすいものというところでも共通するものは多分あるんですよ。
全く何もないわけではない。だけどボールペンをノックして書くみたいな感じで、ボールペンをノックすれば書けますみたいな単純ではない。
だけど詰めていったら最後はシンプルで、価値があって提供して喜んでくれるからだけですよね。
みんなが怒ってなんだこれはって言ってお金出さんぞってみんなが不幸になっていくのって詐欺じゃないですか。
だからそのあたりがものすごく曖昧というかですね。
言語化って言うんですか?歌詞化って言うんですか?
僕が仮に自信があって全部やったるわって言っても多分無理だろうなっていうのがもうありますね。
仕送りって言ってるのにね。
学習における試行錯誤の重要性
で、それ一つですね、アイディア出しっていうのでその仕事として来たってところでいくと、アイディアも発想法ですよね。
自分のやり方を何か提供したら価値があるんじゃないかなと思ってるんですよ。
だけどこれですね、提供したところで当たり前なんですけど、やってその人が今言ったように、あれこうじゃないんですねっていうエラーを起こして、
すなわち間違いですね、誤りをして、そうじゃない、そういうことじゃない、正解はないですよっていう。
やり方が正解があるって思う人だったら正解がないんですよねっていう本当にマインドセットで、
それを繰り返してやっと始めて、こういうことが言えますよね、身につくというか考えられますよねっていう話になるんですよね。
そうやって結局さっきのボールペンでノックする押す側で書かないのと一緒で、ノックする側では書かないですよねっていうようなことは似てるんですけど、
ただノックしたら必ずボールペンで書けますよねみたいな風に決まってないというか。
話は分かりづらいですね。すいませんね。申し訳ないです。
またこれらは気が向いたらと言いますか、整理してできるならやってみたいと思います。
ただ今回お伝えしたかったのはイニシャルのオーバーヘッドです。
分からないことへの向き合い方
つまり前回分からないとかの話で何か言ったと思うんですけど、分からないってことは良いことなんです。
それが考えてるからです。世の中的にはちょっと面白いなと思うのは、分からないものが分からない。
もしくは分からなさすぎて手が止まるとかもあるんです。それもめちゃくちゃ分かるんです。
だから恥ずかしいとかっていうのもめっちゃ分かるんですよね。
人に聞いたりとか、自分はここが分かってないとか。
でもこれだけは言っておきたいのは、分からないことに対してそんな分からないんですねっていう人って大したことないです。
それは言える。それでそういうことならこうですねみたいなこと。
これ難しいなと思うのはプログラミングもそうなんですけど、
よく初心者の人だとプログラミングであるあるあるだと思うんですけど、
学習と実践のギャップ
例えばプログラミングだと今自分が何をしようとしてます。
例えばよくあるのが本を一冊読みましたとか動画とかコース一周やりました。
やりたいことがあるんだけどそれをどう実現していいか分かりません。めちゃくちゃあると思うんですよ。
それはそうですよねみたいな。
本一冊やったり動画とかを何時間か何十時間でもいいですけどやって、
そこでやることを学んだところで自分がすぐやりたいことができるって言ったら、
それはないですよねっていうもんだと思いますよ僕は。
それは要は奇想的な話で書かれたことが理解できますというね。
書かれたことが理解できるのと自分でそれをやるのは全く別物なんですよね。
学習のピラミッドみたいな話と一緒で、
ラグラリングピラミッドでしたっけ。
教えられるかですよ。
例えばそのHTMLだったらHTMLってこういう風になっててこうですよっていう風に教えられますかって話なんですよね。
そういう人に。CSSとかね。
教えられないはずなんですよね。
その仕事もそうですけど、実際っていうのは自分が作りたいものとかもそうですけど、
そうやって不提携というか決まってないものですよね。
それがきて初めて問われる。
で、できない。作れない。
じゃあ何で作れないんですかって話になっていったときに、
ここの部分が分かってないんだとかここまでは作れるぞみたいな部分を土台を固めていくしかないですよね。
できないことへの対処法
唯一あるかもなというのは、
分からなさすぎて、つまり距離が遠すぎて、
自分が理解していることと今の現状というのが分からないものが多すぎて、
分からないのオンパレードなんで進めみたいなのはあるかなと思います。
だけどそれも含めて結局全く分からないものはないというか、
100あって1分かったらその1を踏み固めて、
もしくは1、2を踏み固めて、それでやっていくしかないですよね。
企業とかも一緒だなと思っていて、
すごいことをやらなくてよくて、
というかできないじゃないですか。
自分ができないようなものすごいスーパーウルトラ、
デラックスすごいアイデアみたいなのがあって、
それを提供するんじゃないんですよね。
じゃなくて自分がこういうことができますというのを磨いてそれを出す。
でも実際そうだろうなって思いますね。
何でもね。
そんなことを思いました。
新生活と未知への挑戦
なので、今3月だからまだ新生活、新社会人とか、
状況が変わるという人は少ないんですけど、
今は引っ越しとかね。
4月って年度が変わりますけど、
そういう人にはちょっと早い話になりますが、
これから変わるぞという人には、
何か分からないとか、
初めての場所とか知らない人とかいると思うんですけど、
僕は割と好きなんですね。
ちょっとずつ仲良くなっていったり、
ちょっとずつ分かっていくのが好きだからいいんですけど、
そうじゃない人ってそういうの苦手だよなと思って、
そんなことを話してみました。
学習能力としてのイニシャルのオーバーヘッド
イリシさんのオーバーヘッドというのは、
最初は時間がかかるんだけど、
ちょっとずつ覚えていくとか学んでいくと、
そのオーバーヘッドですよね。
無駄な動きとかがなくなってくるので、
シュッとしてくると。
それが多分学習能力だと思います。
だけどそんな綺麗に誰しもが平均的に、
最初は10時間かかるものが1時間になるとか、
それは知らないですけど、
でも何か学んだり何か覚えるってことは、
そういうことじゃないですか。
何か少しずつ進んでいく。
何か辛いというか、
我慢というよりは忍耐ですよね。
我慢だとちょっと痛いんですけど、
そこで知っていくことで、
面白い部分というか楽しい部分が見つけ出せるかどうか、
というのがポイントになるかもしれませんね。
というところです。
継続と処理速度の向上
だからイニシャルのオーバーヘッドというのは、
逆に言えば継続ですよね。
コンティニューというか継続して慣れてくると、
そのオーバーヘッドがなくなり、
処理が早くなると。
だから1日目は10時間かかったものが、
2日目もしかしたら1時間になるかもしれませんよね。
だから1日目の10時間がずっとかかるわけじゃないと、
いう想定があるか動けるか。
ですが、向き不向きとかもあったりするし、
いろんなものがありますから、
何かうまくいかなかったりとかね。
そういう時は別に何かそういうこともあるかなぐらいで、
構えていていいんじゃないでしょうかと。
今回はそれぐらいにしたいと思います。
ここまでお聞きいただきましてありがとうございました。
以上を失礼いたします。
19:16

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