自己コンテンツの面白さへの疑問
はい、シゴクリラジオ大橋です。よろしくお願いします。このシゴクリラジオは、パーソナリティである私、仕事クリエイター大橋が、仕事づくりに関して話をしていく番組となっています。
シゴクリラジオは、スポティバリーユーチューブでも聴くことができます。よろしくお願いします。
今回のテーマは、「自分のコンテンツって面白いんですか?」という質問です。
聞かれたわけじゃないですよ、僕がね。
シゴクリというか、何か発信されたいとか、そういう方が聞いているんじゃないかというふうに思っているので、
リツナーのあなたが何か発信するじゃないですか、別に、記事、ポッドキャスト、動画、サービス、アプリ、何でもいいんですが、
面白いというと、ちょっとね、面白さだけってなってますが、何でもいいんですが、いいと思っているかとか、いいと思っていますかという問いかけですね。
結論としてはですね、僕はですね、どうなんだろうなと思って、最近、こんなこと言ったら怒られるかもしれませんが、
自分のポッドキャストってそんなに聞かないんですよ。そうなんだという人と、聞いてよという人がいるかもしれないですけど、
自分の話って聞きたいですってなりません?それをリツナーに聞くなよと思うかもしれないですけど。
だから、そんなポッドキャスト嫌だという人もいるかもしれません。ごめんなさいと思うんですが、僕はそうやってそんなに聞いていないと。
で、この間聞いたんですよ。先週のやつかな?聞いたんですけど、面白いじゃんって。自分で自分の配信を聞いて面白いって思ってるんです。
なんかヤバないですか?って思って。最近、このヤバい変態狂気みたいな、変人であるっていう。
知らない人に変態ですねとか変人ですねって言われたらちょっとどうかなと思うんですけど、僕自身別に変わっててもいいし、別にいいんじゃない?って思うんで。
人と違いを言いたくない人はダメでしょうけどね。その違いを感じていただけるんだよねっていう意味で。言い方とか文脈とかもちろんありますけど、それでいいじゃんって思ったんですよ。
という話です。もうちょっとだけですね。もうちょっとだけその話して終わりたいと思います。ゆるゆる聞いてみてください。今回もどうぞよろしくお願いいたします。
はい。シゴクリラジオ大橋です。よろしくお願いします。自分のコンテンツ面白いのか?っていうテーマですね。短めにいきたいと思います。
自分の配信を聴いて「面白い」と感じる感覚
もう話は終盤ですか。僕が聞いたんですよ。自分の配信を。何の回だったかな。要はやっていくしかないよねみたいな話だったか、ゲームの話だったかわかりませんけど。
この人いいこと言ってるなみたいな。自分での配信ですよ。くどいですけど。いいんじゃない?って思ったんですよ。
ゲームみたいなシューティングだったかな。覚えてる人がいるかもしれませんが、作ったんですよね。それで微妙だよねっていうのも、いや微妙はそんなにないのかな。
なんかツッコミの角度が違うというか。なんかそういうのないですか。文章も書きますが、自分が話題にしたいとか話したい骨子の部分っていうのがポイントと、ものすごくずれてるわけじゃない。
ものすごくずれてたりっていうそういうコメントってないですか。別に特定の何かってわけじゃないんですけど。そこなんだみたいな話ですよね。
SNSとかだとXだとそういうあげやし、あげやしじゃないな。なんていうんですかね。俗にクソリプっていうふうに良くない言葉がありますね。良くない返信ってことですね。クソリプって言いますが、そんなんどうでもいいんですよ。
どうでもいいんですけど、コメントをしたりとかいいねって言ってくる人が、僕も同じこと思いながらもっていうのは一応踏まえた上でね。
それ今じゃないよねみたいな話ってありません。でも僕が今じゃないって言ってるのも相手にはわかんないんですけど、相手というかその人は今それ言いたいっていうこともあると。
ちょっとクリアしてもらって、僕が誰かにコメントしたり誰かに話した時に、そんなこと今言うんだみたいなのもあると思うんですよ。全然あると思うんです。だからお互い様っていう感じではあるんですけど、ずれまくってるとコミュニケーションしづらいじゃないですか。
何て言うだろうな。リズムかなみたいなのを最近思います。リズムです。トントンというリズムです。
リスナーの方がご経験があるかわかりませんが、例えば誰かと話をした時に、同じタイミングで話しちゃう時とか、つまるみたいなのがあったりとか、
相手が話を聞いてるので、じゃあこちらが喋っていたら、もっと話したかったとか、こちらが言いたかったとかね。今あるあるあると思っている方がいらっしゃるのかわかりませんが、タイミングが合わないんですよね。
今はこっちだよねとか、今はあなただよねとか、それについてはみたいなのがわからないですよね。なんかずれちゃう。
大学とかからはわかんないですけど、人間関係においての馬が合うみたいな、気が合うみたいな人って、そういうのってあんまり気にならないですよね。
ここが非常に難しいですけど、自分のやり方というか、言ってるやり方で問題なくいくというか、調整しなくていいみたいなね。
気のおけないって言うね。気のおけないって言葉は通用しなくなってきますけど、気を緩やしているってことですね、気のおけない。
そういうのがあるんで、リズムが合わないとねっていうところです。
だから、ポッドキャストもそうですが、僕の配信を聞いてくださっている方は、リズムが合うタイミングとしてね。
相槌とかね、相の手じゃないけど、そんな気がしてます。が合わないと、リズムが合わないともう違うよねって。
文章もリズムがありますというところですね。
センスとリズムの重要性
作ったサービスとか、ウェブサイトでもいいし、なんでもいいと思います。あらゆるものがリズムがあると思ったりします。
それが合わないと、なんか違うよね。続にセンスとか言いますけど、センスってリズムだよねっていうのも、
千葉さんか、哲学者の方が書かれてて、センスの哲学だったかな。本当はその通りだと思います。
前話して、そうだなってたまに思い出しますけど、そうだなって思ってます。
自己肯定と自愛の必要性
自分のコンテンツは面白いって、もう10分になりましたね。もう閉じましょう。
自分のコンテンツは面白いって思ったわけですよ。ポッドキャスト、ゲームとかね。自分が作ったやつ見て、文章もたまに読んで、いいじゃんって思うんですよね。
最初に言った変態とか変人とか変わってるっていうのがありましたけど、変わっている人であれっていう、そういうことをメッセージと言いたいわけじゃなくて、
何て言うのかな、もういいじゃんっていう。何言いたいかというと、自分もいいなと思ったんですよっていうのがあるとするじゃないですか。
リスナーのあたかね。そしたらそれでいいじゃんっていう話です。何言ってるんだと思うかもしれないですけど、そのままです。
人がどうとか、今だったらフォロワーがいい、SNSがとかね。誰かが評価してくれた。それが全部ダメとか関係ないっていう話じゃなくて、そっちに寄りすぎてませんかねって話ですね。
そうなるとつまんないわけですよ。つまんないっていうのは、もっとやれるというか、単的に言えば自分がいいと思ったのを結局信じて、本当のそのままで信じてやってみた方がいいんじゃないかなっていう話ですね。
これはいろんな人が自分がいろいろやったけど、あんまりうまくいってないですねっていうのがあると。そのときに誰が支えになるんですかっていうか、誰を信じられますかって話なんですけど、自分が自分を信じてあげないとっていう話になってきて。
それで終わるというか、少なくとも何かやってるから自分はあなたはいいと思ってるんですよねっていうのがありませんって僕はあると思うんですよ。それ大事にしませんかっていう話です。
もう終わりですが、まとめてしまえば自分の出したものというか、やったことを褒めろとか絶対とかって言うわけじゃないですよ。言っときながら。
だけど自分がいいなと思ったっていうこと、逆でもいいですけど、ダメだなと思ったらダメでいいんですけど、そのいいなと思った部分はご自愛というか信じてあげて、自分大事にしませんかっていう話ですね。
っていうのがないと、これは正直というかやってられないなっていうふうに思うというか、ないんですよね軸というか。何を信じたらいいのって。
これは多分クリエイターじゃなくても、自分が作ったものを誰がいいと思うのって話になっていったときに、他の他人というか誰かがいいって言わなかったらもう終わりじゃないですか。自分がやるしかないというふうに思ってます。
それがどうかって話ですね。僕は、もしそれを自分がいいと思ってないっすって言ったら、もう誰もいいと思わないことになりますね。そんなことはないと思うんですけど。
もちろんね、何度もね、自分がいいと思っても人がいいと思わなかったら自己満足だよねっていう主張もしてますよね、僕もね。分かります。
そうなんだけど、自分がいいと思ったのを信じてやると。他に何かあったらいいんですけどね。今のところ僕は勘見つけられてないというか、分からないという話があります。
自分がいいなと思ってなくてやってて、うまくいったらいいよねみたいな。ちょっと弱いというかですね、どうなんですかっていう。分かんないです。
自分は自分で人口自愛というか、自分を愛してあげるというかが必要なんじゃないかなっていうふうに思いました。
僕自身は自分のことがどう聞いてるか分からないですけど、全然自分のこと好きですし、いいなと思ってます。
だけどそれが相手に対してどうかは分からないし、単に自己満足になるじゃないですか。
だけどその上でもう一回戻して、相手自分みたいになった時に、自分がいいなと思ってなかったらつまんないかなみたいな。そんな話です。
長くなりました。というわけで、これくらいにしたいと思います。
ちょっと短めですが、自分のコンテンツとかやってること自体を自分で褒めるというか、自分でいいなと思うということでした。
ぜひですね、そんな感じで自分のことをいいよね。またちょっと頭回転し始めたらまた話しますけど、そういうふうに自分のことを褒めていくとかね。
いいねっていうように、自分で自分をいいねする。であれば別にそんな、それで満たされてたら満たされてないと結局他のものの評価に惑わされてしまうというかね、なるというそんな話でした。
今回はすいません、これくらいにしたいと思います。四国にラジオ大橋でした。ここまでお聞きいただきましてありがとうございました。以上失礼いたします。