今回は作品紹介のない番外編となっております。えっとですね、これが配信されるのが5月の半ばぐらいだと思うんですが、一週休み入れさせていただきました。
初めて休みましたね。 ラジオ6年くらいするんですけど、初めて一週間休みましたね。
いろいろ事情があるっていうので。 そうですね。
さすがに今週は配信をお休みさせていただきますっていうのは、再生数、一応これ音声配信したんですけど、いつもの半分ぐらいかな。
でもいつもの半分も再生するんだなっていうのはちょっとわかって、ちょっと面白かったりしたんですが、これはレターとかでも、ザ・レターとかでも言っていたけれども、
一旦は文学フリーマンとかウィークエンドの準備、まあブックガイドの制作があって、ちょっとなかなかっていう話はしたんですけど、
まあ我々ねそんなことじゃね、配信は本当は休まないっていうところで。 まあまあブックガイドの制作は結構。 かなり過酷でしたよね。
まあまあそれのね、そこが順調だったらっていうのは本当はあるんですよね。 ああ確かにそこが順調だったらリードタイム取らせたか。
そうです。もうちょっと事前に収録とかできてて。 確かに。そうですね。なんですけど、ちょっと実を言うと、あのちょっと私の家族にちょっと
あの身内に不幸がありまして、まあそれでちょっとバタバタしてしまったんで、ちょっとねもう収録自体をスキップさせましたというとこですね。
なんでこの今回文学フリーマンとかの時にね、あのすぐ撮って出すんでって言って、お便りいただいた方々、送ってくれた方々とか、
お便り送りたいなと思ってくれた方いたと思うんですけど、ちょっと申し訳なかったなってところですね。
そうですね、この身内っていうのはまあ、まああまりもうあのここまで行ってるんで行っちゃうとちょっと父が亡くなったんですよね。
で、結構急な話でして、もうちょっと収録、これあの本来だったらお休みする時に収録する予定だった前日かな。
前日に亡くなってもうすぐ、あのちょっと行かなきゃいけなかったんで、というところになってますと。
で、ちょっとこの辺の経緯については、番組の最後にちょっとお話ししようかなと思ってます。
まあちょっと私も気持ちの整理も含めて、ちょっとあのまあ三枝さん相手にこうちょっと話させていただいて、整理つくとこあると思うんで、
まああのちょっと話そうかなと思ってます。まあ聞きたい人だけ聞いてくれればいいし、あの明確にそこはちょっと1回番組の本編を終えてからって感じにするので、
気になる方がいたら聞いてみてくださいと、いう感じでちょっと進めていきたいと思います。
よし、じゃあですね、そんなわけで文学フリマン東京とポッドキャストウィークエンドを今日はちょっと振り返っていきたいと思います。
本来なら文学フリマン東京だけだったんですけど、あのポッドキャストウィークエンドも終わりましたんで、そこをちょっと振り返っていきたいなと思います。
そうですね、はい。ちょっとまずはっていうところなんですけども、
そうですね。
これちょっとそもそもの話になるんですけども、今回の文学振りもあとウィークエンドで新作の海外文学ブックガイドを販売していたんですけども、
そもそもね、この海外文学ブックガイドを作るのがすごいちょっと大変だったっていう話がありまして、
大変だと失敗をちょっとしまくってしまったというですね、
そうですね。
その話をしてからですね、それをまずはイベントの文振りとかの話にしていきたいと思いますが、
海外文学ブックガイドが4月中旬から本格始動、具体的には4月14日から僕の中では動いた案件ではあって、
その10日後ですね、24日夜に入稿したんですけども、150ページほどのボリュームのものをですね、
ちょっとね、10日で作るっていうですね、だいぶ無茶なスケジュールでやったせいもあって、結構バタバタが多かったと、そうなんですね。
そうか、もうちょっと前から動いてたつもりだったけど、確かにね。
そうね、大地さんが動いたのはそうかもしれないですけど、僕が動き出したのは14日からっていうそんな感覚でもありましたね。
そうですね、で、私もね、なんかで移動しながらね、原稿を整理したりとかで、電車の中でね、ちょっとかなりの時間、あれですね、この原稿整理使ってましたね。
実は。っていうぐらいちょっと追い詰められてるなとか思いながら。
うーん、まあそうですね、本当はね、もう何ヶ月前からこういうのってやるべきだと思うんですけど、まあそれができないというかですね、まあそういう性格なんですよね。
もう余裕があったらもうやらないというか、もうね、これはもう本当ギリギリのね、もうこれ今回もうちょっと無理かなっていう、諦めムードが漂うぐらいからなんかちょっと頑張り出すっていうのがね、
そんな性格でして。
ね、ちょっとね、まあ、なかなかちょっと良くないんですけどね、本当ね、俺もそうだね。
そう、本当だね、ダメなんすよ。
いやー。
というのはですね、もう味が多すぎて、作って。
今、ブックガイドなんで、そう、今まで紹介してきた4月時点の配信ですね、224回分の、ちょっとあの配信の紹介、まあそれが作品紹介にもなっていて、
200作品以上、海外文学ですね、日本の本も入ってますけど、作品の紹介されていて、まあプラスエッセイが5本、5本ですね、入っていてという、まあそういった内容になっていて。
そうですね、あと個人的にちょっと頑張ったのは、これ、まず私Excelを作ったんですよ、Excelというかまあスプレッドシートなんですけど、
スプレッドシートにこの紹介した本の一覧を作ったんですね、そこをベースにしてたんですけど、そこで一応国をね、分けて、国をね、国もExcelのシートの中に入れて、そこからその後、その国の数を抽出したんですね。
で、やりたかったのがあれなんですよね、地図を作りたかったんですよね、世界地図にどれぐらいこの国で紹介しているのかみたいな分布図を作りまして、
これをちょっと頑張ったんですけど、結構いい感じになったなと思ってるんで、ぜひ見てもらいたいんですけど。
そうですね、ラジオで紹介してきたね、作家のこの国の一覧みたいなのが、分布図ですね、やっぱアメリカが多いんですけど、
そう、アメリカが圧倒的に1位なんですけど。
多分1Ⅳか1Ⅲはアメリカですかね。
いや、こんなにアメリカ多かったかってあれなんですけど、一回に可視化したかったんだよな。
ああ、はいはい。で、面白いのかも。
ああ、分かったか。どうぞどうぞ。
そうそう、面白いのはアメリカが一番多いっていうのはそうなんですけど、2番目に多いのが韓国なんですね。
アメリカ、韓国、日本、イギリス、中国という順番で来ていて、で、台湾も意外と多かったり。
ああ、そうですね。やっぱアジアが意外と我々紹介しているなっていうね。
そうですね。
感じはしましたね。
こういった面白いものが入ってます。
ちょっと作りました。
そうです。
あとエッセイですね。
そうですね、エッセイも入っていたり。
今回作るようにAIの力をかなり与えていて、地図を作ってくれるのもAIがすごいパパってやってくれますし、
あとラジオで紹介した作品のですね、それまでラジオで喋ってきたことっていうのをAIで抽出して、その要点をですね、書いているという。
あ、でもそのAIに1回作ってもらったんだけど、全部私の方で修正はかけてるんで、読んで。
あれが、それがね、そう電車の中でやってた、もう多分3、4時間以上の作業、もっとかかったかな、だと思うんですけど、もっとかかってるか。
それね、200以上のやつなんでね。
だいぶの時間かかってると思いますけど。
あのAIに詳しくない人からすると、なんか手抜いたじゃんとかって言われる。
まあ手は抜いてますけど、AI詳しい人からすると、え、全部チェックしたのって言われた。
ああ、それは思いましたね。
マジでって言われたんで、あ、そうです、全部チェックしましたーって言ったんですけど。
まあなんかやっぱその辺ってやっぱこのAIを使うのに、使い慣れてる人と使わない人の温度差あるなとか思いながら、
いろいろ話をしましたけど、まあそんな感じで作りましたね。
でもデッキとしてはかなり良いと思いますね。
まあそうですね、やっぱり今までラジオで喋ってきたことっていうのが、まあ反映されたブックガイドになってますので、
なんか読んでて結構面白いなと、あの自分でも思ってますね。
っていうのでまあ自分の中ではまあ10日ぐらいの間隔で、まあ大地さんと一緒に作って、まあ入稿したんですけど、そこからちょっとバタバタがあって。
そうですね。で、入稿がもうほんと、デッドラインのギリギリでしたね。
そうですね。
ほんとデッドラインで。
そうなんですよ。で、まあ入稿の締め切りって言ったら、まあその印刷会社では24時までっていうので、まあその直前に入稿したんですけど、
その後ですね、まあすぐ僕が入稿、完成ギリギリでエッセイを一つ書いたんですけど、
そのエッセイでゴジラ筋がめっちゃ入ってて、あってですね、ちょっと自分でもびっくりするぐらいの。
あ、そうなんだ。
そう、その、その、あの、ビフォーアフターも筋接も、とにかくデータ送んなきゃっつって言う。
データ、みなさんが送ってくれって言うんで、送りますっつって送ったんであれなんですけど、そんなひどいゴジラ筋だったんですね。
多分ね、4箇所か5箇所ぐらい。
そうなんですね。
そのS1本の中にあってですね、まあもうほんとにもうめっちゃギリギリで、もうね、バーって書いたら、まあやっぱそんだけ間違いがあったっていうので、まあそれをすぐに直してデータ差し替えして。
まあ納期は多分大丈夫ちゃうかなというので、のんびりしたんですけど、その後をですね、あのちょっと表紙のデータを作ってたんですけど、その表紙データをちょっと逆にしてしまってたっていう間違いがあってですね、表表紙と裏表紙っていうのが左右。
そうね、逆に印刷されることになるっていう。
そうそうそう。
危なかったよね。
これ印刷が一切から、おかしいですよって言われて。
あれがあったね。
そうですね。これも本当に直前に表紙を作ったんで、その向きとか考えるなんて言うんですかね、その意識が完全に飛んでたんですよ。
いやーそうね、私もそうでした。
いや僕ももう外出しながら表紙も半分作りつつ、家帰ってサッと仕上げるっていうんですよ。
うんうんうん。
似合わないかもしれないっていう可能性が出てきて、なんで本来頼んでたのとは別で、すごい単納期で、ちょっと値段は高くなるんですけど、単納期でちょっとだけ頼むっていうのもやって。
ね、そうなんですよね。それをだっと判断して。
文学フリマで売ってるものに関しては、この単納期で来たものが販売しております。
はい、ちょっと高い割高になっちゃったよね。
そうですね。で、その文学フリマが5月4日月曜日ですかね、開催だったんですけど、その前日3日ですね、3日午前中にその単納期で頼んだものが僕の家に届いたんですけど、
で、見てみたらですね、結構綺麗にできてるなというので喜んでたら、中見たらですね、印刷されてない箇所があってですね、なんかQRコードとか、見出しを黒いベタのですね、に白抜きで文字を入れてたんですけど、
白抜きの文字が反映されてなくて黒ベタだけがページの中でドンとあるっていう、もう真っ黒っていうですね。
というのがなぜかこの150何ページのうちの6ページ、その箇所があって。
6箇所、6箇所かな。
6箇所ですね、6箇所。で、それ以外のとこはちゃんと見出しが印刷できてたり、QRもちゃんとついてたりするんですけど、ちょっとこれが謎ではあるんですが。
ちょっと調べたら多分ですけど、PDF入力をしたんですけど、PDFするときのやり方がまずかったんじゃないかなっていうですね。
ちょっとそこはこっち側のミスかなと思っているんですけど。
そうですね、ちょっとこれ、私もちょっとバタバタしたんで、印刷上にまだ確認の連絡を入れられないまま、ちょっと時間過ぎちゃってるんですけど、
多分我々のPDFのレイヤー化のミスだと思いますね、多分ね。
そうですね。
うん。
まあ、というのでですね。で、それはその午前中に気づいて、で、僕はちょっと昼から仕事が、昼から夜にかけてあったんで、そうなんですよ。
で、これどうしようかなと。まあお詫びの文章を挟もうかなというので、ちょうど大地さんに連絡して、ちょっと緊急で相談したんですけど、
大地さんが結構この辺の、なんていうんですかね、詳しいんですよね、この本の。
詳しいか。
なんかね、シール貼って、訂正シールですね。
そうですね。まあ、見た時に、みえさんがこう、あ、これまずね、50部先出ししたやつはみえさんの家にだけ届くようになってたんで、
私は実物見てないんですよね、最初ね。で、まず写真が送られてきて、マジかよってなって、で、うーんってなった時に、まあ訂正文でいこうと思ったんだけど、
でも私の頭の中では、あ、もうこれシール貼りだなって頭があって、その後すぐ情報を送ってもらって、何センチ、何ミリとかっていうのをみえさんに送ってもらって、
で、それで速攻でちょっと色々調べたんですよね。で、じゃあこれだったらこれでいけるなと思ったんで、東急ハンズとかに行けば、なんていうんですかね、ラベルが売ってるんですよ、ラベル。
ラベル使ったことない人からすると、とかみえさんからすると、それ何みたいになったわけよね。
そうですよね、そんなラベルで貼って対応とか、そんな可能なのってちょっと思ったんですけど。
あの、そうか、これ俺たぶん一社目が、まあ仮にもあれ出版社だったんで、ちょっとその辺が、知識がちょっとあるんですけど、
だからそのね、まあもちろんね、訂正でこうやることもあるんですけど、なんていうのか、シールで貼るっていうことをまあやってたんで、それをひたすら貼るっていう作業をしたことがあるんで、
これちょっと6カ所だけの方が多分いいだろうなと思って、一旦、そう、その時はまだね、その後から来る物数がどうなってるかわかんなかったから、
もう文振りで売る分の50部はシールでいこうって思ったんで、ちょっとみえさんに言いまして、
で、それであの準備、もう私の方で最初ね、ちょっと進めたんですけど、進めようというか、まあシール買ってどんな感じになっていくかっていうのをちょっと検証していきましたと。
で、最終的にはあのね、みえさんの家にプリンターがあって、うちにプリンターないんで、このみえさんが印刷してくれるっていうんで、お任せしちゃったんですけど、
あとちょっとびっくりしたのは、俺もう文振りのその入った直後からずっと貼り続けるんだろうなと思ってたんですよ、それを。
そしたらみえさんほぼ50部、徹夜しましたよねきっと。
みえさん そうですはい、ほぼ熱寸にですけどね、やっぱ文振りで貼る余裕はないなと思ったんで、
そうなんですよ、で、まあその日、昼から仕事行って、ちょっと休憩時間にダイチさんがシールを持ってきて、
で、まあ職場の前でそれを受け取って。
あのまさかのみえさんの休憩時間に合わせてみえさんの職場に行くっていうよくわかんない。
みえさん そうそうそう。で、まあ毎年夜家帰ってご飯食べて、ひたすらね、このシールを印刷して切って貼ってっていうのをやるっていうですね。
そう、まあそんなことをねやってっていう。まあそれぞれなんとか文振りに間に合ったという。
そうなんですよね。そう、だから物もみえさんの家にあるし本もあるし、だからちょっとまさかそこそこまでやってくれるとは思わなかったんですけど、
私も一回だけね、一冊だけちょっとあのみえさんとその休憩時間に合うときに一冊もらったんで、ちょっと貼ってみたらあ、いけそうだなって感覚があったんで、
これなんとかなるだろうなと思ったんですけど。
みえさん そうですね、はい。まあシール貼ってもそんななんか厚みに影響とかね出なくて、まあほんとパッと見ただけだと意外とわからないようなね。
だからそんな綺麗にできてるんじゃないかなと思うので、いやこういう手があるんだってね、ちょっとなんかちょっと初めて知りましたね。
なるほどね。確かに訂正シールを作るっていう頭があれかそうだよね。
みえさん うん、まあそんなできてしまうんだっていう。
でも箇所的にはなんか文章の中にあって、なんか誤字脱字だったら訂正のお手紙みたいな差し込みでいいと思うんですけど、
見出しとQRなんで、これはちょっとシールで対応した方がいいだろうな、QRだしなと思って。
なんでちょっとそこはあれかなと思ったんで、ちょっとそれを提案しましたって感じですかね。
みえさん そうですね、まあそんなちょっとバタバタ続きのブックガイドですけど、まあなんとかちょっと形にはすることができて、
それを5月4日の文学振り間東京42に持っていったと。ちょっと長くなりましたけど、ここから文学振り間の話ですね。
そうですね、いやー大変でしたね。
みえさん そうですね、まあだいぶそう。
最後にたぶん今後手に取っていただく方も多いと思うし、まあすでにお持ちの方もいらっしゃると思うんですけど、
やっぱ見るとたぶんその貼り方によってムラがあると思うんで、そこはもうご了承くださいって言うんですけど。
みえさん シールちょっと僕は慣れてなくて、ちょっと斜めにやってるかしらとか。
いやいやいや、あれ難しいよあれは。俺もこれからやるけど、たぶん大変だと思うし、ご了承くださいって言うのと、
逆にね、いろんな方々からはね、味があっていいって言われたんで。
みえさん そうなんですよ。
買ってもらった方からはね、これぞ同人誌みたいなことも言われたんで、
ぜひその辺も楽しんでいただけるとありがたいです。はい、いきましょうか。
みえさん そうですね、文学振り間はざっと振り返って、やっぱりすごい大盛況だったんですよね、今回も。
良かったよね、たくさん来てくれて。
個人的にはなんか、今までの文学振り迷い、スペース的なところでちょっと余裕を感じましたね。
みえさん そうだね。
だから出展者側にもちょっと、ブースとブースとの距離というか、ちょっとゆとりをもって出展することができたなっていう。
みえさん あれは何なんだろうね、なんかブースの数とか入場者数が減ってる感じは全然ないので、むしろ増えてると思うんで。
会場の広さを。
みえさん どうしたんだろうね、使い方を。
そうかもしれないですね、使い方というか。かもしれないですけど。
で、なんか会場は、僕そんな会場回れてないんですけども、比較的ちょっと歩きやすかったんじゃないかなと。
みえさん あ、そうですね。
気持ちもね、しましたし。ちょっとピーク時の時間帯を、会場歩いてないのでなんとも言えないんですけども。
みえさん 確かに。
結構販売することができて、手に取っていただけてっていうので、忙しかったんですけど充実感もあって楽しかったっていう。
なんかそんな印象がありましたね。
みえさん まあいろんな方来ていただいて、いつも来ていただいている方もいれば、初めて来ましたっていう人もいたり、
文学フリーマンだけ来てくれるっていうタイプの方もいらっしゃって、いろんな話できたんですけど。
そうですね。お便り募集したんで、この後ちょっとお便り読ませていただきますが、
個人的にはね、あれなんだよな、言われてちょっと嬉し、まあいろんな感想いただいて本当あれだったんですけど、
嬉しかったのが、雨に打たれてっていう作品を、スイスの。
作者の名前があれだ、長い。
アンネマリー・シュバルテンバッハさんですね。
スイスの作家なんですけど、これの回をね、やたら聞くっていう方にお会いしまして。
みえさんもいたっけその時?
みえさん 聞いてます聞いてます。
こればっかり繰り返し聞いてますって言われて、ああそうなんだと思って、何だろうと思ったら、
なんかこれがやっぱり難しくて分かんなかったと。で、我々も結構分かんないって話をしてたんですよね。
みえさん そうですね。読めたっていう感覚がなかったんですよね。
面白かったんですけど、みたいな。でも確かにこれ話がね、割と何というか、一直線じゃない話だし、
そもそも連作短編集みたいな感じか、繋がりのある短編集ではあるけれども、
その繋がりもね、なんか濃かったり薄かったりするので、確かに読みにくさっていうのはすごいある作品で、
で、そのことを割と正直に話していた回だと思うんですね。
そしたらすごくそれに対して、一人じゃないんだみたいな、これ難しいとか読みにくいとか思ってるの自分だけじゃないんだみたいなのを感じ取ってくれたらしくて、
このエピソードに勇気をもらって、読み進めましたみたいな感じのことを言ってくださった方がいて、
なんかちょっとすごく嬉しかったんですよね。あ、これでいいんだみたいな。
なんかやっぱり、すごい作業解説とか批評みたいなことは我々あんまりできないし、そもそもしたくもないかなっていうところもあったりするんで、
そうじゃない部分ですごいやっぱり共感してくれて、エピソードを気に入ってくれているっていうのがなんかすごく個人的には嬉しくて、
なんかああ良かった、こういう話聞けてすげえ良かったなって思った瞬間だったんですよね。
そうですね、なんかそのあたりって本当、自分たちがちょっと思っても見ないところで良さを感じていただけていたっていうので、やっぱそういうお声はすごいなんかちょっと嬉しいですよね。
いや本当嬉しいよね。嬉しかったというところですね。
そうですね、この中でこのブックガイドを販売していて、文革フリマーだったっけな、なんかねちょっと聞いたのがこの作品紹介を200から300字ぐらいで一つあてしてるんですけど、
このボリューム感がちょうどいいという、なんかやっぱり長くなってしまうとやっぱり読むのが大変だけど、このブックガイドだと結構サクッと気になった本についてちょっと読めたり、
それからパラパラ見やすいっていうのもあって、そういうちょっと手軽さというかですね、そういったところがいいですねっていう、そういうのを言っていただいたこともありましたね。
いや良かったですね、確かにこれはね。みなさん他になんかこうお話ししてて文フリで印象に残っている人とか話とかあります?
文フリそうですね、いやーでもなんかいっぱい人がちょっと来てくれて、いやーでもなんかこれちょっと毎回なのかもしれないですけど、ラジオを知らない人が通りすがりで、興味を持ってくれるっていうのがやっぱりあって、
やっぱり文フリの本当にありがたいのが、カテゴリーごとに翻訳とか、結構その海外文学のブースが密集してるんで、そういうね、好きな、こういうのに興味がある人になんか目を止めてもらいやすいっていうですね、そういう意味では文フリってすごいよくできてるしありがたいなっていう、そこの印象ですかね。
確かにね、まあそもそも本とかに興味があって来てくれてる人が多いから、その中でね、やっぱりやっぱ海外文学って興味あるけど読めないとか、あとは昔読んでたけど最近読んでないみたいな感じの人とかお会いできて、その人たちにとってはたぶん我々の番組とかね、すごく合うと思うので、ぜひちょっと聞いてもらいたいなとか思いながらちょっとお話をさせてもらって、
実際聞いてくれてたりするとありがたいんですけど、こういう回よりは作品紹介をまず聞いてるとかかなと思うので、自分が気になったと思うので、もしここにたどり着いてくれていたらね、ぜひいろいろ聞いていただけたらなと思います。
じゃあそんな感じでお便りいきましょうか。
そうですね。今回は文学フリまで、その場でお便りを募集してたんですね。リスナーの方でせっかく聞いていただいて、ちょっとね、しゃべれた方にお便りいただけたらもうすぐ紹介しますよ。
紹介しますって言ったのに紹介しなくて本当すみません。
そう、ちょっと1週間遅れてしまったんですけど、それで2ついただいていまして、まず1つ目いただいたのがみゆきさんからですね。
みゆきさん こんにちは。毎週楽しく聞かせていただいています。文学フリマ東京でお二人のできたてのブックガイドを手にできて感激です。せっかくなのでブックガイドの感想をお伝えしたくお便りします。
まず手に取りやすく本棚に納めやすいサイズが嬉しいです。今回英語サイズだったんですけど。ページを開くと随所に登場する猫ちゃんのイラストがかわいいですね。
そして作品の国地域別文物がついているのもありがたい。最近いろんな国の文学を読みたいと思っているので、改めてお二人が世界各地の作品を紹介されているとわかり、次はどれを読もうかなとワクワクします。
紹介されている作品はなんと第一回のギリシャ語の時間から最新回の猫に御用心まで網羅されているとはなんとも豪華です。
最後にお二人のエッセイが読めるのも嬉しい。実は私も以前自分でポッドキャストをやっていたことがあり、ラジオをやってみたかったという大地さんのお話に共感しました。
自分の場合他にもやりたいことがたくさんある中で、週一回配信がだんだん負担になり、各週配信になり、ついには続けられなくなってしまったという経験があるので、お二人で支え合って毎週配信されているのは本当に素晴らしいなと思います。
三枝さんのギリギリ頑張るエッセイからも大変なスケジュールでブックガイドを作成した苦労が伺いましたし、作成にあたりいろいろなトラブルもあったそうですが、一緒に危機を乗り越えたお二人は距離が近づくと聞いたことがあります。
お二人は一緒に無理をすることでよりお互いへの信頼が深まったなど感じますか?
それでは中田とすみません。今後とも応援しております。というお便りですね。三枝さんありがとうございます。
ありがとうございます。すごい直後に送ってくれて。
そうですね。すごい熱を感じるお便りをいただいて。
どのふりの帰りの電車とかで読んでくれたんじゃないかなって思いますね。この感情はね。嬉しいですよね。
なんかブックガイドの宣伝のような文章になっていて。
そうですね。サイズ感から。
申し訳ないですけど。
あと実は猫のイラストが随所に散りばめられてるんですよね。
これはフリー素材の猫なんですけど。シルエットがいっぱい入ってるっていう。
配置するにあたっていろいろちょっと考えましたけどね。こういう感じにしたら面白い。
このページはこういう感じかなとか私は。
それで私一回作っておいたら結構三枝さんが追加であの猫たくさん置いてた。追加されてると思ったの。
覚えてますけど。
猫にいろいろ統一しようと思って書いていきました。
そうだよね。俺がつんどくのエッセイのとこには本重ねたイラスト置いてたけど猫にしてたよね確かに。
そうですそうです。
ちょっとイラストが変わったと思って。
全体的に猫にしていきました。
最後にエッセイのとこだけ人のシルエットにしてますね。
そうですね。ちょっとポッドキャストしてる感じとかね。
そこはちょっとこだわって作りましたけど。
っていうとこですね。
みゆきさんはラジオ、ポッドキャストかな。ポッドキャストやってたわけですね。
でも続けるのはなかなか本当に我々も変なところで頑張ってる感じはありますけど大変ですよね。
そうですね。でも確かに負担にはなってるところはあるんですけど、
2人でやってるからっていう。それで続けられてるっていうところはやっぱり続けてる要因としてはかなり大きいので。
やっぱちょっとこの後ウィークエンドのあれになるけど、やっぱりね続けられなくなっちゃって辞めた方とか、
久しぶりにお会いしたし、新しい番組で再指導してる方とかにもお会いしたし、
やっぱりポッドキャストをなんかこの人この番組やってたけど違う番組始めたんだみたいなのは結構やっぱりあったりするんで。
なんか面白いですね、その辺はね。
そうですかね。
だからなんか発信したいとか話したいことあったら縛られずに好きなタイミングでやってみるのもいいかなと思いますね。
配信守るっていうのもなんか続けていく上での一つの大きな要因というか、
継続するにあたって非常に重要なやり方なんですよね。
配信を守るっていうなんかっていう行為自体が。
だと思うんですけど。
でも自分のタイミングとかあると思うんで、ダーッと話したいことあったら撮って、
それをまたどっかでリリースするとかっていうのは絶対ありだなと思います。
正直収録だけしてリリースしないとかっていうのもね、別になんか悪いことじゃないと思うんですよね。
確かにね、なんかその喋ってみるっていうだけでもなんかいい効果がありそうですね。
でもあれでしたね、なんかその2人でなんかそういう危機を乗り越えたりした時、
距離って近づくのだろうか、お互いへの信頼って深まったりするんだろうかというですね。
ちょっとそこの質問もお便りでいただいてるんですけども、この辺りはどうですかね。
でもやっぱりそういう続けていけばいくほど、距離が近づくっていうよりかは、
なんかその信頼性みたいなところはやっぱりできてくると思いますし、
今回のようなトラブルがあった時も、これは人それぞれかもしれないですけど、
僕の場合はもうこうやるってなったらまたやるだけと思っていて、
最初はまあお詫び文挟んでおけばいいんじゃないかなと自分では思ってたんですが、
大地さんがでもシール貼るっていうやり方があるよっていうので、それでできるんじゃないかっていうので、
じゃあそっちでいきましょうかってなったら、もうあとはそれをやるだけですし。
そうですね。それはやっぱり相手への信用とか、そういったところがある前提かもしれないですけど。
そうですね。信頼とかね。
そうですね。あんまり変に危機的な時に自分のこだわりだけでいくっていうのはあんまないと思うので。
そうですね。だからね、こういう時こそ仕事でも一緒ですけどね、解決方法って対処方法、解決方法って選択肢があって、
さらにその中で現実的にどの手が打てるんだみたいになってきてみたいな時に、
まあお互いのリソースをどれだけ使うみたいなところになってくると思うんですよね。
その時にまあこれでいきたいなってなって、もちろんこっちとしてはここはやるよっていう感じで動いてるわけですけど、
今回で言うとね、シールを提案した私なんですけど、結果的に三枝さんが貼っていただけてしまったので、
そこはちょっと申し訳ないって思ってる部分がありますけど、だいぶ大変だなと思うし。
まあでも、これはでもいろいろでしょうね。
例えばポッドキャストの編集で言うと、たぶんほぼほぼ私に任せてもらってるじゃないですか、カットする箇所も含めて。
そうですね。
まあこれたぶん信頼だなと思ってますし、なんか変なところは私使わないっていうのはたぶん絶対もう。
まあこれは最初の頃はちょっとあったのかな、なんかここカットしてくださいと言われたような記憶も、なんかナッキー印象もあったんですけど、
まあもうある程度はもうほぼほぼ私の編集で行くっていう感じになったりしてるし。
そうですよね。なんかあんまりそう、もうできたものに対してこうした方がいいんじゃないかとかって、なんか言うことはそんなない。
言われた記憶もないしな。
これたぶん信頼だよなって思います。
そうですね。まあそうかわりなんかめっちゃ長い収録になって、どうまた見ようかみたいな時はもちろん自分の意見も出しますし。
そうね、なんかたぶん聞くよね。ここ長くなっちゃったんだけどどうしたらいいかなみたいな時に、じゃあここカットしましょうかとかはみなさんも考えてくれるもんね。
そうですね。なのでまあそれ普段からまあそんな感じなんで、あんまり危機を迎えた時に、もうまあそれのちょっと延長戦みたいなところはあるんですよね。
まあそれが危機かどうかは別にして、何かねちょっと対策しないといけないなっていう時はまあ本当2人で考えて、やると決まったらそれをね、2人とも同じ方向を向いてやりましょうっていう。
まあそのスタンスを両方とも2人とも持ってるっていうところですかね。
それはでも確かになんかまあもう6年やってるんで、ある程度一緒にやってきたからまあそれができるのかなという気もしますし。
そうですね。やっぱこの辺のなんていうか、たぶんそもそも仕事じゃないとかなんていうのかな。
まあ趣味の延長とか、まあでもなんか趣味とも仕事も言えないこの領域みたいな、なんとも言えないこのオートキャスト制作っていうところをプロジェクトとして一緒にやってるっていうので、
なんと言ったらいいんだろう、でもこれね、他のポッドキャスターの皆さんにも感じるんだよね。
作ってる人たちって、なんかその無理の仕方がなんて言っていいのかな、自然というか、なんかその人たちにフィットした無理の仕方をしてるっていうか、
無理はしてないと言いづらいんですよね、なんていうか。無理はしてないと言いづらいんだけれども、
でもみんなそれぞれ自分たちのやりたい無理の仕方をしているような感じはしている。
そうですよね。結局やっぱり自分たちができる範囲でやると、できる中で無理はするんですけど、それじゃないとたぶん続けていけないっていうのがあると思うんですよね。
そうですね。で、そう、そんな感じなんで、なんて言ったらいいのかな、なんかこれね、なんかまあ無理はしてるけど、なんかこのお互いの許す範囲でっていうのはわかってるって感覚?
これをなんと言っていいのかわかんないですけど、まあその辺のあれを、が前提にたぶん流れてるんで、だからなんだろうな、無理はしつつも、無理はさせている部分もあるけれども、
お互い、でもそれでもなんかこうやっていくみたいなところがあるから、なんかね、信頼が深まっていくっていう感じではなくなんだろうな、うまく言えないけどね。
うん、まあそうですね。まあでもこれが確かになんかその、ね、なんか2人が知り合って最初の方とか、まあそういうプロジェクトみたいなものが始まって、2人の関係みたいなものが固まっていく手前のところだったら確かに、まあそういう一緒に頑張ることで信頼が深まっていくというかですね。
ああ、そっかそっかそっか。
まあそうなっていくのがいきやすいのかなとね、思ったりしますね。
この辺ってなんかどうなんだろうね、なんか会社ともまた違うからね、なんかこういうプロジェクトをやってる、ああもうそれを言ったらやっぱりあれか、特勤マッシュさんなのかな、月曜特勤マッシュさんなのかな。
こういうの大先輩っていうのは。
もうほんとキャストの応募者の。
はい、しるさんのね。
まあそこもやっぱ特殊だしなと思うしな、なんとなく。
あの幼馴染の関係値っていうのがあるし。
ああ、はいはい。
まあちょっとね、なんかこう先輩たちに、なんかね、その辺の関係性とか信頼性みたいなのがちょっと、あれかもね、なんか逆にできるとこできないとこがわかってくると思うんで。
長く一緒にやってると、この人これできないんだなみたいなのがわかってくると思うんで。
うんうん。
もちろんね、できるところはすごいわかるんですけど、そこの辺のお互いができないところの限界がわかるから、こういろいろ調整もしやすくなってる感じが最近すごくするんで。
それはなんか、それは信頼なのかな。
まあ時間が作り出したものでは絶対あると思うんだけど。
ああ、はい。
まあそうですね、とかまあこういう時はこう動くとか、まあ選択肢があればこっちの方が好みなんだろうなとか。
うんうんうん。
まあそれをね、その時によしじゃ合わせるかっていうのと、ちょっとやべえ無理だから今回はやめましょうっていうのがあの差ですね。
はいはいはい。
そうですね、確かに。
ちょっとそんな感じで、ちょっとダラダラになってきちゃったからこんなとこにしましょうか。
うん、そうですね。
うん、回答になったかどうかわかんないですけどミミキさんありがとうございました。
ありがとうございました。
じゃあちょっともう一通ですね、ドライアイさんからいただいてるんでご紹介したいと思います。
初めてお問い合わせさせていただきます。文学リマ東京お疲れ様でした。
私は2度目の参加でしたが、あの何とも言えない独特の熱気が少し癖になりつつあります。
早速新刊の海外文学ブックガイドを読ませていただきました。
制作の大変さは番組内で伺っていましたが、桓松の三重さんのエッセイを読んで、かなり切迫した状況だったことを改めて知りました。
作品紹介だけではなく、6年に渡る番組の歩みが網羅的に書かれており、お二人の番組に対する思いも伝わってきてとても充実した一冊だと感じました。
2ヶ月ほど前になりますが、世界と繋がるブックフェアに参加した際、ブックコンセルジュで第一章にゼーターラーのある一章をご紹介いただきました。
読んでみるととても印象深く、ここ数年で読んだ中でも心に残る作品でした。
エッガーがマリーンに当てて書いた手紙を土に埋める場面が忘れられません。
名前のないカフェを始め、他の作品もこれから読んでみたいと思います。
番組やイベントをきっかけに自分の読書の幅が少しずつ広がっており嬉しく思っています。
これからも配信を楽しみにしています。
というありがたいお便りありがとうございます。またちょっとブックガイドの宣伝のようだ。
本当ですね。
ありがたいですね。
ドレエさんは3月の世界と繋がるブックフェアという、アイアンセンターぐるぐるというところであったイベント。
そちらでも来ていただいたんですよね。
ブックフェアまでも再開して、ゼータラーのアディションを読まれたというので。
ドレエさんが来ていただいたのをちょっと覚えてますね。
ゼータラー作品を読みました。
あれですね、名前のないカフェ。やっぱり次はそうか。ノハラではないんだなっていうところですね。
他の作品も色々とこれから読まれるんじゃないかなと思いますね。
ある一章すぐ読んでくれたのちょっと嬉しいですよね。
あれだって3月とかですもんね。
2ヶ月ほど前って書いてもらいますけど、ある一章もね。
短い方なのかといえばそうだけど、ちょっと時間がかかると思うんで。
ちなみにこのブックコンシェルジュは結構バータル的にやってるので、
多分直感である一章を選んだと思うんですけど、その時。
これもね、これもともと三重さんが作ってくれた質問用紙があって、
そこに対して線を選択してもらって、
その中でラジオで紹介した本なのか、そもそも自分たちが読んできた本なのかみたいなところから引っ張り出してきて、
当てていくっていうのをやってるんですけど。
ちゃんとね、渡しますね。
これでどうですかっていうのを紙に書いて渡せるっていうのをやってたんですけど。
この世界とつながるブックフェアでは初めてした試みであったんですけど。
結構評判良かったですよね。
そうですね。やっぱなんか面白いですね、ああいうの。
ちょっと時間は想定中にかかりましたけど。
ヒアリングに。
そうなんですよ。当初はね、質問選択して答えてもらったら、もう一瞬でこっちがね、パッて返すつもりだったんですけど。
ヒアリングしないと全然答えがね、ちょっと考えられないので。
我々はAIじゃなかったっていう。
そうそう。意外とそう、一人数分ぐらいやっぱりちょっとね。
かかっちゃうね。
なんか喋ったり考えたりしてっていう。
あとこれを読んだことありますかとか、ちょっと確認入れながらとか。
確かに。そうね。
結構時間かかっちゃうんですけど、もし良かったらロマン博ではやりますね。
そうですね。やります。
ウィークエンドでもやったけど。
ロマン博でもやりますので、ぜひよろしくお願いします。
じゃあ、そんなわけで文学リマは東京。
ちょっと時間があったらね、もうちょっと買った本の話とかもしたかったんですけど、
一旦ここまでということで。
で、こっからですね、実はお隣さんがですね、水色ブックさんだったんですよね。
エジプト人シヌヘを出版されてる出版社、フィンランド専門の出版社の水色ブックさんだったんで、
ちょっと終わった直後ね、少しその場で録音した音源があるんで、
ここからちょっとそちらをお届けしようと思います。
水色ブック様の今回の文振りで新刊を出されていて、
本当文振りが初めて買えるチャンスだったんですよね。
そうでしたね。
ちょっとそれの案内をしていただきましたんで。
ちょっと面白そうな話で。
もうすぐ買えるかな。
本当はね、ちょっと僕たちも文振りで買えたらよかったんですが、
もう売り切れてしまったよね。
あんな希少本をね、我々が買うのもちょっと。
僕たちはもう別のタイミングでも買えるチャンスがあるので。
全然買えると思うので。
文振り来た方で、これが欲しいなって思った人がね、
やっぱり優先して買うべきだなと思いますんで。
そんな感じでちょっとありますんで、ぜひ聞いてください。
ではどうぞ。
文学フリマ東京42が終わりました。
今風が強いんですけど、
ビッグサイトの前でマイクを回し始めております。
お疲れ様でしたね。
ちょっといろいろ話したいことありますが、
今日ずっと隣で頑張っていた水色ブックスの岡村さんがいるんで、
ちょっとご挨拶させていただきたいと思います。
はい。
水色ブックスの岡村です。
お疲れ様です。
お疲れ様でした。
今回が初出展だったんですね。
初出展でした。
どうでしたか?
たくさんの方に来ていただいて、
個人的には昔の同僚とか、
あと以前ブックフェスタで来ていただいた方もまた来てくださって、
すごい嬉しかったです。楽しかったです。
あと空飛猫さんたちが隣っていう奇跡、
すごい心強かったです。
いやいや、そんなことはないですよ。
今日はいっぱい本売れたんじゃないんですか?
そうですね。おかげさまで新刊の七人兄弟が完売しまして、
おめでとうございます。
ありがとうございます。
今ね、俺の声がほぼ入らない状況なので。
じゃあお疲れ様でした。
すごいローディー級に入るあれですけど。
七人兄弟ってどんな話なんですか?
今回、もう初展はこれからですよね?
初展はゴールデンウィーク明けに取り組みに入ってからなので、
中旬ぐらい、9月中旬ぐらいにはなると思うんですけど、
七人兄弟は、そのタイトルの通り、
七人の兄弟たちの暴れん坊で喧嘩っ早い兄弟たちの成長物語ではあるんですけど、
フィンランド文学の中では、とても重要な作品で、
フィンランドの独立が、独立したのが1917年なんですが、
フィンランド語でこの作品が書かれたのが1870年で、
フィンランド語で書かれた初めての小説になっています。
そのあたりの歴史の流れだったり、
フィンランドの中での文学の、フィンランド文学の始まりといった小説になっていて、
解説にもそのあたりのことが詳しく書いてあるので、
よかったら見ていただきたいんですけど。
読みましょう。ちなみに、翻訳はどなたが今回。
尾崎義さんという方で、
北欧文学者の先駆者と呼ばれている方なんですけど、
アストリッド・リンドグレーのカルレックンシリーズを訳された方で、
もともと今回出した七人兄弟が、
講談社から出ている少年少女世界文学全集の中にあったものを、
底本に対象年齢を広げて編集したものになります。
今回漢字にもルビが振ってあって、子供でも読めるようになっているんですよね。
小学校4年生以上で習う漢字にルビを振っていて、
字も大きくして、行間も少し海外文学の中では広めにとっているので、
小学校の子供たちから大人まで楽しめるような形に作ってみました。
ちょっと気になっているのが、七人兄弟、
七人とも全員ワンパクなんですか。
全員ワンパクです。
全員が男の子。
全員が男の子で、双子が二組いるんですけど、
七人もいると兄弟の名前を覚えるだけでも大変なので、
今回翻訳者の植山美穂子さん発案のチャート、
どの兄弟に注目したらいいかっていうチャートを作ったので、
是非、取っ掛かりとしてそれをやっていただいて、
どの子が一番自分に似ているかっていうのを。
見ていただければ。
水色ブックスのストアで購入いただくか、
あとはブックイベント、今回の文振りだったり、
ブックイベントでお渡ししてますので、
よかったら来ていただければと思います。
貴重な情報をいただけましたね。
僕らもまた読むと思うんですけども、
まずはチャートをしてからですね、
どの人物が自分に近いのか確かめてから
読みたいなと思いますね。
ありがとうございます。
今植山美穂子さんがいらっしゃいますけど、
いるけど出なさそうですね。
今日は一緒に販売を立てらっしゃいましたね。
水色ブックス創設の時に植山美穂子さんがいなかったら
水色ブックスはできていなかったので、
今日もお手伝いに来ていただきました。
解説役、今回の七人兄弟の解説役を
植山美穂子さんにしていただいてます。
今手を振っていらっしゃいますね。
ありがとうございました。
今日一日本当お疲れさまでした。
お疲れさまでした。
ありがとうございました。
また引き続きよろしくお願いいたします。
お願いいたします。
文学フリマとポッドキャストウィーケンドだと、
ちょっとイベントの性質が違うんですよね。
文学フリマはやっぱり販売がメインのイベントで、
ジン売ったりとかっていうものが主役って言うんですかね。
本とか。
ウィーケンドは交流がメインなんですよね。
出展者の人、
ブースではもの売ってたりもするんですけど、
でもそれがやっぱり来た人が、
パーソナリティの人たちと交流するっていう、
交流できるっていう。
そこがちょっとメインなところがあって、
全然雰囲気が違っていて、
ウィーケンドはコミュニティ感がすごい強いなって感じましたし、
この辺りはやっぱりそれぞれの違いがあるんだなっていうのは、
やっぱり出展していると感じて面白かったですし、
その中でちょっとこれは意外なところだと、
ブックガイドが思ったより売れたんですよね。
ウィーケンドで。
そんなに本ってウィーケンドの場では売るの難しいかなとちょっと思ってたんですけど、
やっぱ本が好きな人が結構いらっしゃって、
そういう人にやっぱりちょっと興味を持っていただけて、
ブックガイドがあるってなるとですね、
親手だって足を止めて見てくれたりしてくれる方が結構いらっしゃって、
逆にブックガイド以外にもコースターとか他のジンとかサコシとか置いてたんですけど、
そっちの方はあんまり売るのは難しくて、
やっぱ需要があるのはブックガイドなんだなっていうのはですね、
ちょっと思ったりしましたし。
でもなんかあれだったよ、
2日目初日はブースかP7に、P7でカンファレンス聞いてるかみたいな感じでいたんで、
ほぼ他のブース回れなかったんですけど、
ギリギリワイン飲んだくらいなんですけど、
2日目にサコッシュ下げてフラフラして知り合いといろいろ話したりとかしながらP7行ったりブース回ったりしてたら、
サコッシュめっちゃ欲しいって言われたわ、知り合いから。
え、それ何?みたいな。え、グッズなの?みたいな。あ、そうそうそうみたいな。え?みたいな。
え、売ってないの?ちょっと今日売ってないんだよねって言って、ブース出しにしそもそもみたいな。
結構やっぱね、サコッシュはね、使ってるの見ると欲しくなるっぽいですね。
そういうのはね、あると思いますね。
ちょっとそういうのもあるんだなってちょっと思いましたね。
でもそうかちょっと私結構任せちゃったからあれだったんですけど、結構売れたんですね。
確かに売れてましたもんね。
なんかね。
そうですよ、ブックガイドははい。
うん、そっか。
まああの、ぶん振りの半分ぐらい売れましたね。
うんうんうん、なるほどね。
いやそれはでも思ってた以上の数字だったので。
いや良かった良かった。
気合い入ってるの分かるから。
まああとはね、ちょっと自分たちの課題としては、ブースもうちょっと目立つような風にしたいなと思いますね。
周りのブースがやっぱりね、特にウィークエンドとかね、めっちゃ派手なブースが多かったりするので。
うん、ちょっと参考になりますね、ほんとね。
そうですね、やっぱそういうのに比べるとですね、いや自分たちちょっと地味かなというのをですね、もう感じたんで。
だからその辺ちょっと工夫は今後必要やなと思ったり。
あとはあれですかね、なんかウィークエンド、まあぶん振りもそうかもしれないですけど、やっぱ初めてこのラジオを知る人がほとんどで、基本的には。
特にウィークエンドとかポッドキャスト好きな人がいっぱい来ていらっしゃるんですけど、その中でもこの海外文学のラジオを知ってる人って本当にもうごくわずかとは思っていてですね。
まあそういったところではもうちょっとその、なんかその初見の人に興味を持ってもらえるような、なんかね、そういうちょっとPRというんですかね。
まあそれって多分海外文学っていう、その四文字だけだとちょっと弱いのかもしれない。
弱いし、まあ興味ないと思われるような。
そうですね、なんでももうちょっとですね、自分たちの発信していることとか、そういったのをちょっと切り口をですね、変えてこういう良さもあるということですね。
だからそんなところを自分たちでも見つけていく必要があるなっていうのは思いましたね。
まあそれはでもぶん振りとか他の場でも言えることですけど。
そうですね。
あと、そうで、ちょっと面白いなと思ったもう一つがあってですね。
ウィーケンド、というかポッドキャストって今のところなんかプラットフォームにそんなレコメンド機能がないので、まあYouTubeみたいに。
確かに。
なんかそのおすすめがいっぱい出てくるとかもなくて、やっぱりなんか、あのポッドキャストを聞く人って、なんかあのやっぱり自分で探して、その番組にたどり着いてる人が多いのかなっていう印象は前からあったんですけど。
まあそういうプラットフォームだから、やっぱりリアルの場の必要性っていうのがより高いんじゃないかなっていうのを思ったんですね。
やっぱその番組を見つけるって結構難しいと思っていてですね。
そうですね。
だから特に、そう普段ポッドキャスト聞いてて、じゃあ次はなんか聞いたことないあの番組にしようとかって、なかなかそこまで手が伸びにくいのかなと。
YouTubeやったらね、なんかサムネイルとかレコメンドが出てきて、これ面白そうっていうね。
関連だね、結構ね。
でもポッドキャストはなんかそういう場ではないのかなと。プラットフォーム的に。
まあでも知らないけど、面白い番組ってやっぱりいっぱいあると思っていて。
そういったとこでは、そういうポッドキャスト好きな人が、まあより面白い番組に出会うには、やっぱりこういう意外とリアルな場っていうのが重要なのかもっていう。
まあそれはちょっとね、思ったりしましたね。
確かに。そうっすよね。
なんでまあ自分たちもそういうリアルな場の時にもうちょっとね、PRできるものが必要だなっていう。
うんうん。
そこはね、感じましたね。
確かに。
そうっすね。
いやほんとだなあ。
そうだね、それなんか毎回感じるけど、なかなかこう、いい答えがないまま至ってるんで。
うん。
まああの場でね、通りすがる人たちがどういう人たちなのかっていうのはね、ちょっと確かめながら。
でも、ボーナストラックからホームワークビレッジになったことによって、
うん。
ほんとに、なんだろう、ポッドキャストウィークエンドとか、まあエキスポか、エキスポをめがけてくる人たちしかいなかったと思うんですよ、基本。
まあしかっていうのは言い過ぎかもしれないけど、周辺のね、あの住人の方もいらっしゃったと思うんですけど、
あのボーナストラックって、そもそも駅までの通り道になったりするので、交通量が結構あるんですよね、あそこね、そもそもが。
まあしかもね、下北沢。
そうそうそうそう。
もうすごい人がね、やっぱり。
来てたんで。
やっぱ池尻のあの、ちょっとね駅からも少し離れていて、っていうあの場所だからこそ、
ポッドキャストに興味のある人たちがたくさん来てたはずなんで、まあその人たちにどうアピールするかってのは、もっと確かに考えるべきだったなとは思いますが、って感じですかね。
そうですね。
そうですね。
うん。
ちょっとね。
まあ次の、はい。
そうだね。
まあちょっと、たぶんご褒美、ロマンハグでね。
何ができるか。
何ができるかというか、ちょっと試してみたいですね。
そうですね。
ちょっと考えましょうね。
で、あとは、まあブンフリもあったんで、ちょっと我々イベントが1個、ほんと連続したとこもあったんで、
まあそこはちょっとなんか、気合の入れ方っていうのは、もしかしたら、
あのちょっとブンフリのあったんで、ちょっとウィークエンドはこれぐらいでいこうかみたいなのがなんとなかったと思うんで、
他のブースと比べると、ちょっと気合が入ってなかったかもしれないなとは。
そうですね。
うん。
思いながら。
そうですね。まあ正直ね、準備が全くできなかったですね。
そうだね。
時間がなさすぎて。
ここでしたね。っていうところですかね。はい。
うん。
で、ちょっとあの、P7の内容とかはもしかしたら、どっかでまたお話しするかもしれないですけど、
個人的にはたぶん本月が一番面白いと感じたのは、あの元屋由紀子さんと、あのゆる言語学の水野さん。
の、カンファレンス、このトークが面白かったですね。
で、ちょっと、あのワードだけ言っちゃうと、文章にはね、なんか建造物的な文章と生き物的な文章があるって話を、
元屋さんがしてきて、この差わかりますかって、水野さんも聞かれて、
いやちょっと待ってください。はいはい。
どういうことですかみたいになって。
いやそうなりますよね。
うん。あの元屋さんが、今から私が読む文どっちだと思いますって言って、
あの何個か文章読んで、水野さんが、あのすげえ論理的に考えて、
だから生き物的だと思いますって言って、うわあ正解ってなってて、
でなんか、でもそんなに論理的に来られると思わなかったみたいな。
あーはいはい。
ちょっと面白かったです。で、面白かったですね、なんか言葉ってのは意味を伝えるものではなくて、
うん。
あーそうか、その生き物的な言葉っていうのは意味を伝えるものではないと。
意味を伝えるっていうのはもう建物的な、建造物的なもの。
やっぱり、純文学とか文学においては生き物的な文章がすごくいいっていう話をしましたね。
それやっぱポッドキャストでも、なんかそういうあるんですか?生き物的な。
いや、どうなんだろうね。もう完全に文章。
本の話?
本の話?
そう、本の話、文章の話をしたね。
あ、そういうことですか。
うん。確かに、ポッドキャスター達はあれ、あそこから、俺は本が好きだからすげえおおおおって思ったけど、
ポッドキャスター達はあそこから何を感じたんだろう。
いや、なんかその流れだと、建造的なあれより、なんかね、生き物の文章というか言葉を言う方が、やっぱり人は好むのかなとかですね。
まあちょっとね、わかんないですけど。
そうだね。えっと、もとやさんはポッドキャストって言うとこと、話すことと書くことでは違うらしいですね。
出せるものが。
で、みずのさんは逆に変えられないって言ってましたね。
あ、そうか。
やっぱりこの辺の対比がすごく面白かった。
そうですね。だからそれはあれですよね、もうお金払った人がその結論を聞けるっていう話なんですよね。
そうですね。
なるほど。
でもまあ、そんななんか、でもまあ、そうですね。
当たり前だけど、例えばこれ、俺ちょっと今メモ、すごいメモ取ったんですよ。
これちょっと今パソコンに映してて。
おお、はい。
なんかうまい、ある時にノートでちょっと出そうかなとか、ちょっと思ってるけど、
でもこれ多分ね、実際に聞かないと、やっぱ伝わんない。
これポッドキャストと一緒で、やっぱり実際に聞かないとわかんないと思うんだよね。
で、俺がなんかこういうことでしたって書いても、なんか多分ピンとこないと思うし、
やっぱ、あの場で聞けたことのもので、やっぱりその中から自分がこうしたいなって思ったことは結構たくさんあるんで、
それはちょっと今、ちょっと時間、これもなんかあの、ブックガイドと一緒だけど、ちょっと移動中にやったりとかしてるんだけど、
なんか本読まずに、移動中にちょっとメモをパソコンとかスマホに映してるんだけど。
まあ、紙で書いたメモをね、ちょっと今やってるんですけど。
あ、P7の会場はね、なんていうかね、めちゃくちゃおこそかで、なんかパソコンを開けるような空気じゃなかったんで、
なんか真っ暗な中に、ステージだけちょっと光が当たってて、浮かび上がってるみたいな感じだったんで、
なんか光を出すものをね、出しにくかった。パソコン開きにくくて。
やるような感じはちょっとなかったから、ちょっとおおっと思いながら、
パソコンを持ってったんだけど、最初一緒に持ってたんだけど、これちょっとこれからパソコンを開く勇気がねえなみたいな。
で、ちょっとあれだったんですけど、って感じでした。
まあちょっと、なんかでリリースするかもしれないです。もしかしたらちょっとわかんないけど。
まあでもいろいろ本当に、再会も出会いもあったホットキャストウィークエンドでしたね。
楽しかったやっぱり。
いいですね。やっぱちょっとね、本当にたまにああいうウィークエンドとかに出ると、
ちょっと今までの、自分たちはホットキャストやってるんだっていう感覚が。
いやそうですよ。
そうですね。やっぱりね、ちょっと実感して。やっぱりちょっとね、見方が変わったりしますね。
ちょっと意外な人もいましたからね、スタッフでね。
超びっくりした。
そうですよ、確かに確かに。
これ聞いてくれてるかどうかわからないけど。
じゃあちょっと今日はそんなところにしますかね。
そうですね。
実質2本分ぐらいのが1つまとまってるかもしれないですけど。
そうですね、ちょっと1週休んじゃった分。
ちょっとそれぐらいの長さになるかもしれないですけど。
はい、なるべく。
だらだらとちょっと行きたいと思うんですけど。
さて、何から話そうかっていうところなんですけど。
そうですよね。
みえさんに伝えてることも結構実際は少ないんだよね、きっとね。
本当にチャットでのやりとりっていうところで。
そっか、そうだよね。あんまちゃんと話せないので。
そうですね。こういったのは本当に大きなことだと思いますし、
それを話せるように話していいものかどうかっていうところってだいぶ個人差があると思うんですね。
お父さんが亡くなったことに対してっていうのは。
これをどれくらい話すかっていうのは、話した後に編集で決めようと思うんで。
あれなんですけど、もしかしたらすごい短くなるかもしれないですけど。
でもそうなんだよね。
そうだね。結構急なことではあったっていうのはあるんですけど、
でもそもそもいろいろあった中での救世というか。
みえさんにとにかくメッセージを送ったときは、たぶんもう移動を開始してるときでしたね、実家に向けて。
で、やばい明日の収録はもう無理だなと思ったんで、とにかく送らなきゃってバーって送ったから、
結構後々読み返すとめちゃめちゃまとまらない文章になっていて、
なんか自分がやっぱてんぱってたっていうかちょっと混乱してるなっていうのは、
あの文章からも自分は後々読み返しも感じますというところがあるんですけど。
なんでちょっと一個一個、ちょっと経緯を話しますかね。
で、まず亡くなったのはですね、肺がんで亡くなりました。
がんですね。がんで亡くなりました。
まあこれちょっと今日どこまで話すかあれなんだけど。
そうなりました。で、もともとは3月の何日だっけな。
もう母が正確な日を言って超びっくりしたんだけど。
えーとね、1ヶ月と27日で亡くなったらしいんですよ。
なんで3月の半ばぐらいにがんが告知されたわけですね。
で、その時母が連絡があって、がんになったとおおーってなって、
4月の頭に医者から検査結果の正式な話と、
ある程度言われてるんだけど、今後の治療のことについてちょっとお話を聞く機会があるので、
一緒に来てほしいって言われて、もちろん行くよって言って行きましたと。
で、その時にはね、余命はね、1年ちょっとって言われたんだよね。
1年ちょっとって言われたんですよ。
あーってなって。
で、その告知のあれって初めて経験したけど、
結構なんか独特というか、重いんだけど、
あの時間はわからない、ちょっと医者にもよるのかもしれないし、
担当してくれた人にもよるのかもしれないんですけど、
なんかやっぱね、結論的な母一人に任せなくてよかったなっていう感覚があるんだけど、
あれめちゃめちゃ重かったなっていうので、そもそもそれでなっちゃって、
治療法の選択肢はあったんだけど、どれも取れないと、
どれもお勧めしませんって言われたんですよね。
ステージの問題とか状況の問題もあって。
で、放射線治療とかあるんだけど、
体力削るだけなんでお勧めしませんって言われて、状態的に。
むしろ残された時間を苦しく過ごすことになると思うので、
って言われちゃって、
あてなると何もできないのかって、
緩和ケアっていうか、要は根本的な治療はしないけど、
どうやって寄り添って生きていくんだみたいな治療しかないのかなって、
その時にセカンドオピニオンをまず聞くのもありですねっていう話になって、
じゃあセカンドオピニオンを聞くんで、病院紹介してくださいみたいになったんですね。
で、もちろんセカンドオピニオンも聞きに行って、
で、そこでももう同じこと言われて、
あ、もうダメなんだなってなって、
じゃあどうしようっていうか、どうしようっていうか、
そこで多分今ちょっとお話しながらあれなんだけど、
一番やっぱり辛かった時期に入ったと思うんですけど、
それは4月の半ばくらい。
この時は多分母も私もきっとかなりダメージがでかかったというか、
状態的にはね。状況的にはね。
で、なんて言ってもらおうかな。
セカンドオピニオン聞きに行こうみたいな時は、
まだなんかちょっといろいろ打つ手があるな感があったんだけど、
何もできなくなったみたいな感じが、
行き詰まり感がすごい、この時はすごい強かったんですね。
でも、ってなるともう後はこの後、
父とどう過ごしていくのかっていうことになってきて、
その時はまだ1年あるしっていう、
1年間どう過ごしていこうかねみたいなことを、
言わなかったけども、なんとなく思っていた感じでしたと。
ゴールデンウィークが来るんで、
で、父が孫に会いたいっていう話をしたんで、
じゃあ孫に会わせましょうっていうか、
俺の子供に会わせましょうって話になって、
で、ちょっと家に来てくれたんですよね。
で、孫と会って、
でもなかなかね、もう体力も落ちちゃっているし、
遊ぶって感じじゃなくて、
本当に見守るみたいな孫がいるのを見てるぐらいの感じだったんだけど、
そんな時間があって、
で、車で来たんだけど、
そのまま車で母さんの家で帰ってって、
で、そしたら文学フリーマーがあって、
文学フリーマーの夜ですね。
夜に、お母さんから電話がかかってきて、
まだね、そんな遅くない、10時ぐらい、10時前後ぐらいだったと思うんですけど、
なんかちょっと呼吸がおかしいから救急車呼んだって言って、
あ、そうなんだって。
でもなんかその時はね、
なんか酸素濃度、なんとか言ったんだけど、
まあ多分なんか処理というか、
なんかやってもらったら多分大丈夫でしょうみたいな感じ。
で、お母さんも結構割と、その時はそんなに重い感じじゃなかったですね。
まあでも一応救急車呼んだから連絡するねみたいな感じでした。
あ、病院に着いてから連絡くれたのか、なんかもうちょっと遅かったのかな。
で、なんか救急車で運ばれて行って、で、お母さんが一緒に乗らないで、
で、車で追いかけて行って、で、ちょっと落ち着いた時に電話くれてたんですね。
で、日付が変わった後ぐらい、直後ぐらいに回転がかかってきて、
その時にもう意識がなくなったっていう。
え?ってなって、意識がなくなった。
ちょっとその前後曖昧なんだけど、
まあとにかく意識がなくなったんだっていう連絡が来て、
え?ってなって大丈夫かなみたいになって、
で、ちょっと危ないかもしれないって言われたって言ってて、
あ、そうなんみたいになって、
でもどうしようと思って。
で、まあ行ける時間でもなかったんで、駆けつける時間でもなかったんで、
まあちょっとまた連絡ちょうだいって言ってたら、
まあその深夜に亡くなったって連絡が来てっていう感じですね。
だから、まあ母はすごい正確に数字を覚えてたけど、
えっと、がんって言われた、がんが判明してからか。
1ヶ月と27日で亡くなりましたと。
で、その時はもう最初、やっぱり今でも繰り返し母と今、
よく話すってかそうなっちゃうんだけど、
1年ちょっとって言われたよねっていうのがやっぱすごい大きくて、
こんな急になんかね、行くとは思ってなかったんで、
ちょっと母もびっくりしてるし、私もびっくりしてるし、
まあ家族全員びっくりしてるっていう。
まあ弟いるんですけど、弟がもびっくりしてるっていうところで、
いやーって感じでしたね。
で、肺がんの中でも、小細胞がんっていう進行が早いがんだったんですね。
なんかね、自分の父のこと若いっていう感覚がなんかないけど、
がん患者からすると若いんでしょうね、60代だったし。
だからちょっと若いって感覚がないけど、なんか若かったからやっぱ進行が早かったのかなとか思っちゃうし。
実際いろんなその検査の時に見せてもらったものとかあっても、
あ、肺の中にこんなでっかい腫瘤できてるんだみたいなのはちょっと画像とか見せてもらったんですよ。
これがなんか2週間前の画像っていうのは、これよりもっと大きくなってんのかな。
確かに肺塞ぐなこれとか、なんかちょっとあったりもして、
まあどういう状態で予明を計算されたのかちょっとわかんないんですけど、
ちょっとそれは母も何回も言うね。
1年って言ったよねって。
いやそうだけどさみたいな。
そういうやり取りは結構多かったんですけど。
っていう感じだったんですよね。
で、その中でちょっと亡くなってしまったっていう。
うん、そうやったんですね。
ちょっとチャットで連絡をもらった時に、すごい急な話でちょっと驚きましたし。
そう、なんかこれ本来もうちょっといろいろその緩和ケアって言うんだけど、
もう打ち手がなくなってしまった患者さんに対してのケアになってて、
4月にやっぱそれを選んだので、こういうことができるみたいなのはいくつかあったんですよ。
いくつかっていうか、要は入院させるのかとか家で看病するのかとか、そういう話なんですけど。
それの方向性によってやっぱちょっと自分の時間も結構どうなっていくかわからなかったんで、
その方針が決まったら、いろいろ相談しなきゃなーと思ってはいたんですよね、ミネさんとかにも。
でもなんかね、そんなことを考えるものなく。
だから、私としては2日前に孫に会いたいって言ったのを会わせることができたっていうのは、良かったなっていうか。
やっぱすごい孫のこと好きだったし。
いつだったか、うちの家族と旅行、父と母と旅行したときがあったんですけど、
久しぶりに親族が集まるんで、
私のおばあちゃんはもう亡くなってるんですけど、おばあちゃん、父の母が亡くなる前ぐらいのときに病院に行ってて、
そのときに父の姉がまだ健在なんですけど、
父の姉がいるんですけど、姉と2人でお見舞いに行ったときに、
父がそのとき、うちの孫と旅行したことをすごい楽しそうに話してたらしくて、
そういうの全然知らなくて、話を。
おばさんから聞くまで、葬儀で。
そっかーと思って。
来る来ない、ゴールデンウィークに来る来ないの話も結構母と色々考えてて、
家がぐちゃぐちゃっていうかどかしいんだけど、来てもらうには整えられないって言われたんで、
行くのは無理だったから来てもらうしかないって話になって、でも来てもらうの大変じゃないってなって、
ちょっと要題的にどうなんみたいになって、で前日かなんかに母から電話があって、なんかちょっとね、行かない方がいいかなと思って、
なんか結構調子悪そうなんだよねみたいなこともチラッと言ってて、
それはちょっとあの、ちょっと汚い話だけど下痢が止まらなくなっちゃったらしくて、
まあちょっと厚生物質とか飲んでるからあれなんだけど、
だからちょっとね、連れてくのも来てもらうのも大変だなってなって、
どうしようかってなった時に、その時にねもう既に来てもらうのが決まってたから、
食事を全部用意して、用意っていうか注文してたわけですよ、みんなで食べる。
でも注文したからキャンセルしなきゃなって言った時に、それやってもらうなら行くわってなって、
そこに結構気になるっていうかね、なんかちょっとした、それがなかったらもしかしたら来なかったかもしれないし、
ほんとそのちょっとしたところで最後会うことができて、
正直その、自分の子供にとってもね、なんか会わせてよかったなって思うし、
葬儀の時もね、子供はいろいろ思うとこがあったっぽいので、
あったって感じですかね、っていう感じでしたね。
で、文学フリーマンがあって、タイムラインで言うと文学フリーマンの後にいなくなって、
で、ポッドキャストウィークエンドがあってその後に葬儀がありましたって感じですかね。
これもなかなかあれでちょっと、仮想場の空きがマジでないっていうのが結構衝撃でもあって、
全然違う話だけど、全然空いてないんだなっていう、だからなかなか日程がうまく調整できなくて、
だからその、そう、1週間、1週間ぐらいかかっちゃったな。
あんま良くないなっていう状況なんだけどね。
うん。
やっぱ、なんとなく今、今というかどうしても余命の、戦国のタイムスパンのあれが引っかかっちゃうんだけど、
その後ね、医療従事者の人とちょっとこの話をしたんだけど、余命ってどうなってんだよみたいな感じで、
なんか別に責めるわけじゃないんだけど、余命ってなんだよみたいな、
思って。で、結構さ、やっぱり余命に結構ね、やっぱ安心しちゃったっていうか、
そもそも1年って言われたときはだいぶきつかったんだけど、おっていうあれだったんで、
どういうことって言ったら、やっぱね、余命出すのは難しいよ、難しいらしいんですよ。
特に1ヶ月、1ヶ月以内ぐらいだったら、例えば、もうこれ2週間しか持たないなとか、
あと3週間だなぐらいなのは割と正確になんか出せるらしいんだけど、
1ヶ月以降になってくると、ちょっともうなんかわかんなくなるらしいんですね、よく。
まあそもそもいろんなものから出すらしいんだけど、だからまあもうこればっかりはもうみたいなことは言われて、
っていう話なんだけど、だから結構ね、ちょっと文学作品、海外文学作品に余命の足であんまり出くわしたことない気がするけど、
読んでて、いや、余命いくつっていうのは、まあ割と信用できないもんだなっていうのは、ちょっと今回思いましたね。
関係文学の一人娘が寝てるの。
なんか赤ちゃんの余命が短いって言われてたけど、長く生き続けるみたいな話はありますけど、
まあね、いやいや、これでもね、いざそうなった時ってちょっと考えると、自分どうだろうってすごい思いますし。
あれ、お母さんは大丈夫なんですか?
いやでも、まあ精神的にはだいぶやられてると思うんで、
もともとなんかね、セカンドオピニオンの後ぐらいかな、の時に、なんかボイスメモでちょっとその時の自分の心境を撮ったんですね。
で、その時は、これもすごい楽観的なアレだけど、まあ1年ぐらいあるから、なんか自分の気持ちの変化とかもちょっと声で残しとくといいかなと思ったんで、
誰に公開するわけでもなくね。
やっぱその時に迷ってたのは、なんか気持ちの重心を父に置いてほうがいいのか、母に置いていいのか、自分に置いていいのかがわかんなくなってたなって話。
なんかボソッと言ってて、やっぱまあ、もうでも、もうなんというか、もう母のこともすごい考えなきゃなとか思ったりするんですけど、
いや、そうやっぱり葬儀が終わって、49日の後ぐらいに、なんかちょっとゆっくり今後のこと話す必要あるかなとか。
まあ、母も今、ちょっとね、消化してる、受け止めてる時間だと思うんですけど、でもね、受け止めることなんかね、別にね、なんだろう。
なんかちょっとだけ思ったのは、なんかもう変わらないっていうか、もういないっていうのはそうだし、
でも自分の人生は続いていくし、続けていかなきゃいけないし、と思うんで。
母もね、大きな病気してないし、動けるし、そういうときにどういうとこに行くのかとかも考えなきゃなとか、ちょっとはしてるし。
一旦は、本当にこのゴールデンウィーク、父が来たときに、お父さんどこ行きたいの?みたいな話とかしてて。
旅行ね、旅行に最後、最後って言うとあれなんだけど、最後って気持ちになってたけど、旅行行こうっていう話をしてたので、
そこで行きたいって言った場所があるんで、そこにはちょっとみんなで行こうかっていう。
父はいないけどみんなで行こうねって話は出てて、それはたぶん今年どっかで行ってこようねって話はしてるんですけど。
まあね、ちょっとね、母は。でも、なんていうのかな、私もそうだったんですけど、私もたぶんね、3月からずっとね、
何だろう、有事モードっていうか臨戦態勢だったと思うんですよね。
で、正直なんか言い方がちょっとなんだろうな、自分の中でパフォーマンス落ちてるなって思う瞬間もあったし、
仕事も含めてね、仕事とか、文学ラジオのあれもそう、なんかあるのかもしれないなと思うんだけど、
パフォーマンス落ちてるなって思う瞬間結構あったし、で、臨戦態勢、有事モードだったのが、なんとなく今ちょっと外れた感はあるんだよね、ちょっとね。
終わってしまったなっていう感じなんだけど。母もたぶん疲れとか一気に出てくると思うから。なんかね、今月は仕事休めるようなことを言ってたんで、みんなちょっとゆっくりはすると思うんですけど。
うん。
そうっすね、うん。
うん。
まあまあ、それで、49日がまず1個のポイントっすね。やっぱこういう儀式ってやっぱすごい、なんかありがたいなって思いましたね。学校の。
ああ、そっか。はいはい。
締めがちゃんと来るっていう。
ちょっとそうですね、確かに。締めがあるっていうのが。
なんか初めてお坊さんの話、こうやって7日間を経てこうなっていってみたいな。その後こういう時間が49日、100日かっていう区切りがあってみたいな。
うんうん。
で、南海記とかがあってみたいな話になるわけですけど。
うん。
で、まあこことここは必ずやりましょうみたいな話をいただいて、ああなるほどって。
うん。
まあそれはもうこういう考え方があって、とか言われて、ああそうですねっていうあれなんですけど。
うんうんうん。
なんだろうね、なんか、あ、そっかこうやってこういう風にちゃんとこう、制度じゃないけどね、なんて言ったらいいんだろうね、その区切りをちゃんと設けてくれてるんだなっていうのは感じましたね。
うんうんうん。
やっぱそれがあるとやっぱり、ああここで、なんだろう父とはさよならしてみたいな感じになるんだなっていう。
うん。
でももちろんなんかずっと、こうなんだろうね、残るものだとは思うんですけど。
うんうんうん。
まあそうやってね、こう連綿とね、いろんな人がこう、まあ父は、私はおじいちゃんとかおばあちゃんも全員どっちの方も亡くなってるんですけど。
うんうんうん。
うん。
時ってなんか、いやそれは悲しかったけど、やっぱでもやっぱり一心等っていうか、あの父からしてみたら、あの祖父の死とかは結構辛かったと思うし。
うんうんうん。
まあでもそうやってこうなんとなく残ってくるものがこう、受け付けられてくんだろうなと思うし。
うん。
そうですね。
うん。
まあちょっとそんな、ちょっと感じかな。
うん。
でも多分、なんか一番伝えたいな、伝えたいなっていうかなんだろうな、やっぱ余命、余命に振り回らない方がいいなっていう。
うん。
もう、ね。
うん。
ガンってだけでもう。
うんうん。
なんていうか、瀕死状態ですもんね。
うん。
うーん。
まあ。
まあ状況にもよるけど。
まあまあ。
ステージにもよるけどね。
うん。
なんかちょっと、やっぱ人間ってそうポジティブな方に考えちゃうから、余命一年って言われるときはすげえやだけど、
まだ、あと一年、まだ一年っていう考え方はちょっとどっち取ってたか、その時はもうわかんないけど。
うんうん。
でもとにかく一年はあるっていうから、なんかすごい直近に腰が来るっていう感覚がなかったはずなんですよ、母も私も。
うんうんうん。
うん。
あ、え?ってなっちゃったし。
うん。
いや、そうですね。やっぱり、余命の問題があるにしてもないにしても。
うんうん。
やっぱりその、亡くなった方のことをやっぱり考えると、やっぱりなんかその、なんか冷静でいることってちょっと難しいことだと思いますし。
うん。
そうですね。
うん。
まあもちろん連余命の、思っていなかったくらいね、早くそういう状況になってしまったっていう、なんかそこもね、なんか。
いやー、なかなか受け止めることって。
あれだったね。
あれだったと思いますしね。
うん。
で、その父が死んで、でその日、実家帰って、でその前後でいろんな打ち合わせをする必要があったんで、
うん。
まあ泊まったんですけど、ほんと一睡もできなかったですね。
あー。
いや、えーとね、まあなんかこれからちょっと大変になるなと思ったんで、ゴールデンウィーカー系の仕事とかをちょっとこなしてたんですよ、家で。
うんうん。
で、まあもうさすがに1時になったから寝よっかなと思って、トンに入ったら、なんかね、体が眠いんだけど寝れなくて。
うん。
なんかあの、眠りに落ちようとするとパッて目覚めるんですよね。
あー。
それをひたすら繰り返してしまって、たぶんね、自立神経がおかしくなったと思うんですけど、たぶん。
うん。
なんかもう、その10時からちょっと打ち合わせが入って、朝の。
はいはい。
で、ようやく7時ぐらいに。
うん。
なんか、で、母はね、その、ずっと、その、父が運ばれてから亡くなった時は寝れなかったんで、寝れないまま。
うん。
あの、えーと、俺が実家に来て会って、で、まあなんかちょっといろいろ説明、説明とかちょっといろいろ打ち合わせして。
で、夜、なんかね、全然何も食ってないっていうから、なんか、そう2人でうどん、あ、そう2人でうどん食ったんですよね。
うん。
で、うどん食って、なんかちょっと安心したのか、なんかわかんないけど、その日はまあ、母は寝たんですけど、逆に俺はもうちょっと寝れなくなっちゃって。
うん。
ずっと。
うん。
こう、うん、自立神経だよな、あれきっとな、なんかもうよくわかんなかった。
ほんと全然何も、体は眠いのに寝れないっていう。
うん。
で、8日明けて、7時ぐらいに、なんとなく寝れて、みたいな。で、2時間ぐらい寝たのかな。で、そっから打ち合わせみたいな感じでしたね。
うんうんうん。
うん。
いやー、なかなかね。
うん。
で、なんかやっぱり、ほんとはもっといろいろ、ちょっと父のこととかね。
うん。
考えたい、考えたいっていうかなんていうのか。
うん。
まああるんですけど。
うん。
まあ、あのね、でも、なんかちょうどあの、星々の悲しみを読み返してて、あの、紹介するにあたって短編のあれで。
はい。
あ、はいはい。
宮本てるの。
宮本てる。
うん。で、あれってやっぱ詩の話なんで。
うん。
なんか、すごい、あの、ちょっと前に読めてて、なんていうのかな。なんか、ちょっとそう、うん。
なんかやっぱその、すごい文学作品を読んだとしても。
うん。
まあ映画でもなんでもいいと思うんですけど、芸術とかなんでもいいと思うんですけど。
やっぱなんか、その時々のこの、なんて言ったろうな。
あれには、やっぱこう到達するのは難しいんだろうなっていう感覚がなんかちょっとあって。
うんうんうん。
で、なんかそれを星々の悲しみは言ってくれてる作品、ななと思ってて。
で、なんかちょっとあれを直前に読みてて、なんか良かったなとかちょっと思ったりも。
変なところでしたりもしましたね。
うん。
さて、ちょっとこんな、あれで。
うんうんうん。
まあでも、そうですね。
こんな感じであれなんだけど、まあ整理、これからまたしていくと思うんで。
うんうんうん。
うん。
そうですね。
うん。
うん。
いやでも本当にね、なんかその、やっぱり心の状態が。
うん。
まあなんか不安に、不安定になったり。
うんうんうん。
落ち着いたり。
僕も昔、ちょっと働いていた職場で、なんかすごいね。
新卒で入った会社なんですけど、優しくしてくれた人が、もう全然もう別の部署で。
うん。
結構行き帰りの電車は、同じことだって。
すごい優しくしてくれていて。
うんうんうん。
まあ50くらいなんですかね。
ある日急に亡くなって。
ああ。
うん。
まあその時僕もまたね、もう新卒2年目、3年目。
まだ20代前半というところなんで。
でもそれはなかなかちょっと受け止めるのに、すごい時間がかかりましたし。
うん。
やっぱりそのことを考えると、やっぱりちょっと自分の気持ちが不安定になっていくっていうのは。
うんうんうん。
感じましたしね。
一方で冷静でいていいのかっていうところもね、自分の中では。
ああ。
思ったりもしてますし。
なんかそこの付き合い方ってすごくちょっと、なんか難しさあるなと感じてたんですけども。
うんうんうん。
うん。
うん。
うん。
うん。
うん。
うん。
うーん。
うーん。
うんだと思いますしうん まあなんか一度多分来るのって中1回ねなんか喋ってじゃあそれでスッキリ整理するって
もうありえない話はねうん まあこれからもそうですねうん
んかねそのなんか話した方がいいなって思った時はうん だが遠慮なくというかまあそう
うんまあ本当は気持ち気持ちを大事に話したり逆に 話さずにいたりうん
というところでうん だからそうせなんかこういうポッドゲストとかしてるとつい
なんかあれもこれもってあー喋りがちまあなりやすい まあそんなちょっとねまあメディアだと思うんですけど
うんとやっぱりまあ気持ちを大事に 人は喋ったり
場合によってはしゃべらなかったりうん だがそういうふうにしてね
なんか気持ちが全然も不安定なままっていうのは悪いことではないと思うんです けど
そうはと思って言ってうんそうですね でその時そうですねうん
そしたらうん まあそうやってなんか時間が過ぎていくのだと思いますしうん
まあうんまあちょっと何かに時間が解決するとかっていう のとか
あるかもしれないですけどなんか いやーなんかあまりモードとかこの父に対しての思ってのは
ちょっとずつやっぱ変わっていくと思うんですけど変容していくというか その
でもなんかもうそこまでこっから変わる感覚は今なくて こういうもんだなっていうのをなんかずっと自分の人生の中にある
あの時父が死んだっていうの だけがやっぱりあってまあそれが
多分まあ何年かた時に思い返すときにあああの時父が死んだなでもちろん別にそれ だけじゃないしああいうことしてくれたなとか
まあ父のこういうとこがまあなんだろう 自分は良くしてくれたなーとか助けられたなーってところもあれば
いやこういうとこ嫌いだったなーって思う 返すことも絶対あるし
まあうん そんな感じで多分
まあ誰の人生にもなんかねいろんな人が現れて去って 結局まあその
まあ死っていうのはねかなり絶対的な去り方だと思うんですけど 何かしらねあるし
別にね ここで整理しきるっていう気持ちもまだ今んとこないんで
まあ今ポツポツとちょっと 話したって感じですかね
ちょっとこんな感じですかね そうですね
うん
なんか
なんかこうやっていくとなんか変に締めたくなっちゃうからあれだけどまあ変に 締めずにもうこれで終わりにしようかな
なんか今ちょっと無理やり良いこと言おうと思ったけどそんなことする必要もないしね 確かに
まあそうですねここまでね喋ってきたことは大事なことだと思いますしね
まあでも言ってんだけどやっぱりその
多分誰かに これも理由にしちゃってるのかもしれないんだけど
やっぱ嫁のことはね結構ね インパクトあったんですよね
1年って言われてたのに本当2ヶ月切るぐらいで
だからこれは後悔してるんだね
だからそれに対して油断してしまった自分に対して 多分後悔してるんだねこれね
だからなんか誰かに伝えたくなっている部分もあるんだろうね
あともう一個やっぱこれを理由にやっぱ自分の気持ちを吐き出したいっていうのも今あってっていう感じなんでしょうね
まあ ちょっとここまで聞いてくれてる方はまあだいぶなんかあれだと思うんで
あの許してくれると思うんで
まあこんな感じでということで
また次回からねあの通常にいろいろやってきますんで
ぜひそんな感じではい じゃあこれでもう終わりにしましょうか
そうですねこのまま終わりでいいかなと思います
はいありがとうございました
じゃあまた来週