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はい、みなさんこんにちは、さらばラバウルカンパニーです。
本日はですね、熊本、朝熊本を出発しまして、まず熊本城に行ってまいりました。
熊本城は朝の9時開門だったんですけど、8時50分くらいに着きまして、北側の門に着いたらロープが張ってあって、まだ入れませんってなってたんですよね。
10分くらい待ってたらですね、4人くらい武将みたいな格好された方が入ってきて、私は何々〇〇じゃーみたいなご挨拶で、みなさん武将になりきっていて、
その道が左側通行とかですね、右側通行とかそういうのを教えていただいて、気をつけて行ってまいられ、そんな感じで言われまして、9時開門ですね。
おーおーって、いざ開門って言ったらおーおーって言ってください、おーおーって言ってですね、入場しました。
熊本城はですね、加藤清政、ずっと昔からそこにお城はあったみたいなんですけど、加藤清政がですね、秀吉の福神の加藤清政が築城したらしくて、1603年くらいだったかな。
でね、つまり関ヶ原の戦いとかも、ん?終わって?ん?いやごめんなさい記憶が、ちょっと待ってくださいよ。
でもね、とにかく戦争がだいたい落ち着いてきた頃なんですよ。
ちょっとね、ごめんなさい、半分嘘を言ってるかもしれない。
とにかく加藤清政が築城しまして、秀吉の名古屋城の高さもほとんど同じが少し低いくらいで、かなり立派なお城ですね。
熊本城は、とある理由でですね、消失、燃えてしまうんですけど、その後ですね、燃えた後しばらくなかったんですけど、1900、戦後になってからですね、コンクリートで作り直したものが今建っています。
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熊本城は熊本地震でですね、河原がバーッと落ちたりとか、石垣が崩れたりしてしまってたみたいなんですけど、だいぶ修復の方を進んでまして、熊本城自体の天守閣はですね、すごい元に戻っておりました。
ただね、一部石垣とかは崩れていて、コンクリートを流し込んだような形で固定しているところがありました。
石垣一から来るのはすごい大変だと思うので、ちょっと応急処置みたいな感じでなってたりとか、あとなんかこう、熊本城に行く前の矢倉みたいなところかな、とかはまだ作っている途中みたいなのがありましたけれども、
いやー、すごいかっこよくてですね。白と黒のお城で、
何て言うんだろうな。よくあの、銅でできたような青い錆の屋根っていうか瓦もあるんですけど、黒と白を基調ですごいかっこよかったですね。
加藤清正がいたんですけど、秀吉がですね、朝鮮出兵の時に加藤清正も一緒に行って活躍するんですけども、朝鮮出兵している間に秀吉が亡くなってですね、
加藤清正も帰ってきて、すぐ家康側に着いたんですよね。これまだすごいなと思うんですけど、家康側に着いて、家康の時代になって、その後ね、加藤清正の息子に行ったんですけど、
政略家なんかで加藤清正の孫が無本しようとしているみたいな噂で、熊本城を追い出される感じでですね、追い出された後に徳川家の家臣の細川家に変わるわけですよね。
加藤清正2代の後に細川家が11代くらいだったかな。ずっと熊本城の主であったみたいですね。
なので熊本城に行ったら、加藤清正の家紋?丸?丸に線みたいな入ったやつと、細川家のですね、塗りつぶした丸に7つぐらい周りに丸があるような、そういった家紋2つ並んでるんですけど、そういう意味みたいですね。
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熊本城はですね、僕、いろんな城の守る工夫とか好きなんですよ。小さな格子窓から鉄砲を撃てるようになってますよとかですね、岩をゴロゴロ落とせるようになってますよみたいな、そういういろんな仕掛けは好きなんですけど。
いや戦ってないじゃんって思ったんですよね、熊本城。戦後鯨使ってないじゃんって思ってたんですけど。
いやこれはね、戦いで使われてたんですよね。
それはね、西南戦争の時に、西郷さん率いる薩摩軍がですね、政府軍と戦うことになって、熊本城をね、取り囲んだらしいですね。
取り囲んで、兵狼攻めみたいなことをしたみたいです。
その時13000の薩摩軍がですね、3000しかいない熊本にいる政府軍ですよね、取り囲んで兵狼攻めしたらしいんですけども、
その時ね、熊本城が牢城戦でかなり耐えてですね、水攻めとかいろんな攻め方にあったんですけども、半年ぐらい耐えたということで、
それで結局薩摩軍を追い、攻めあぐねてる間に救援が来て薩摩軍は撤退したらしいんですけど、すごいですよね。
だから実戦に使えるってことが築城から260年ぐらいして分かったと。
その問題は、西南戦争の時に天守がね、焼き落ちてると。
しかもその戦争のちょっと前に燃えてて、燃えた原因が分かんないみたいですよね。
3つ燃えた原因があって、1つは、あ、推測されていて。
1つはね、あれなんですって。
えー、失火?
うん、なんかボヤンみたいなので火がついちゃった。
もう1つはわざと戦争の前に火をつけて、
天守だけじゃなくも町中燃えてたということなので、わざと火をつけて、
薩摩軍の見通しに効かなかったところを全部見えるようにしたと。
薩摩軍がどこにいるか隠れる場所をなくしたみたいな説と、
もう1つは、薩摩軍のスパイが中にいて、火をつけたという説があって、
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確かなのは分からないみたいですけど。
なので、雷が落ちて火がついて燃えてしまったわけとかではなく、
西南戦争によってですね、消失してしまったみたいです。
消失する前の写真もあったんですけどね。
やっぱり明治に変わってから結構適当な管理運営だったみたいで、
ちょっとボロボロしてましたね。
それが焼け落ちて4時間で消失したらしいですけど、
でも熊本城の天守とかではなく、
城としての防衛石垣とか、兵牢を貯めておいたりとかですね、
そういう機能は十分実践に役に立ったということですね。
すごかったです。
その後熊本城を出て、ご飯を食べに行きました。
本当は熊本城行く前に食べたかったんですけど、
空いてるうちに行こうということで行きまして、
サンドイッチ食べようと思ったんですけど、お店が混んでたんでね、
またちょっとちゃんぽん屋さんに行きました。
ちゃんぽん屋さんで熊本ちゃんぽんと熊本ラーメン食べて、
その後夏目漱石の住んでた家っていうのが熊本に7回引っ越ししてるんですよ。
熊本で3年くらいの間に。
すごい加藤先生みたいですけどね。
でね、生の引っ越しする人なんですけど、
引っ越しの理由とかがいろいろあって、
家賃が当時13円でかなり高かったんだけど、
和室が横に8つ並んでるようなすごい変わった物件で、
奥さんが嫌になって引っ越しとかですね。
いろんな理由で引っ越したみたいですね。
今日はですね、
漱石が3つ目に引っ越した家と5つ目に引っ越した家に行ってきて、
母が生漱石ファンなので、
職員の人と漱石について語り合っていて、
写真とかも撮ってですね、
母は漱石好きなので喜んでました。
漱石はね、
愛媛とか松山のイメージが強いんですけど、
松山には1年しかいなかったんですよね。
熊本には3年いて、
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俳句を千句読んだらしいです。
ただ熊本にいた理由は、
当時の大五高等学校、今も熊本大学ですね。
英語教師として働いていたみたいなので、
そこから留学に行くんですね。
その後イギリスに2年間留学に行く、ロンドンに行くんですけど、
そして帰ってきて東大ですね、
1校の英語の先生に小泉薬物の後になるわけですね。
親問い外国人の小泉薬物の後に夏目卒期がやってくる。
そういう時系列みたいです。
執筆し始めたのは38歳の時ということで、
まだ熊本にいる時は執筆してなかったみたいですね。
今日行った5つ目の家は元あった場所から移動して、
水仙寺公園というところの近くにあるんですけど、
3つ目の家は熊本城の近くにあって、
そこはまだ同じ場所に建っていて、地震があったんですけど、
7年かけて直して、
100年以上の古造の建物を復元してありました。
熊本、愛媛のイメージが強かったんですけど、
熊本にすごい葬石の積んでた家とかもあって、
熊本はかなり葬石ファンにとっては行くべき場所みたいです。
その後ですね、阿蘇山の方に行きました。
阿蘇山はね、めちゃくちゃ雨が降ってて全く見えなかったですね。
山並みハイウェイを抜けて、
裕富院の方に来て、
今、裕富岳の近くにあるレストランが、
フレンチが出るオーベルジュホテルっていうか、
レストランに、料理にすごい特化したホテルで最後宿泊しております。
ここね、すごい良いんですけどね、
ご飯がすごい美味しかったですね、フレンチ料理。
たまにちょっとその泊まっているホテルが、
一軒家のコテージ風なんですけどね、
ちょっと周りに木があってですね、
私が買った千葉の物件もね、周りに木があることで、
野生動物が侵入してきたりとか、
物件がかびてしまったりとか、
そういう問題が私の別を起きているんですけども、
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この物件もそういった問題がいよいよ起きているような感じが、
少し見えまして、
雨堂の中に落ちた木の実からですね、木が生えて、
雨堂から若い木が育ってしまってたりとかですね、
屋根の上に架かった枝がですね、
溜まってなんかこうちょっと問題を起こしてそうですね。
やっぱり物件の周りの木は全部切った方がいいと思いますね。
じゃないと野生動物が生えてくるし、
屋根に落ち葉とか溜まってそこから雨漏りしてしまうし、
物件の周りの湿気が溜まって湿度が上がるし、
木が、枯葉とか木とかがあるとそこからシロアリが湧いて、
物件を食べてしまったりするんで、
とにかくね、家の周りの木は良くないなっていうのはね、
私別荘で分かったんですよ。
今日奥さんから別荘にシロアリがいるぞっていう写真が送られてきたんで、
やっぱりね、木は切った方がいいと思います。
木のない、周りに木のない物件を買うか、
そうした方がいいのかなと思いますね。
はい、そんな感じでちょっとダラダラと喋りましたが、
明日は2時半の飛行機で札幌に戻りますので、
最後気をつけて帰ろうと思います。
ありがとうございました。