あいさつとしての大丈夫。でもここで言う大丈夫だよ、もうちょっと違う方向性ですね。
安心してもらうというかね、不安とかなんかいろいろ大丈夫じゃないなって思ってる人とかが大丈夫に気持ちになれるとかいうことなのかな。
そのための何か支援というかコミュニケーションというか。
人の悩みとか相談に乗るのなんて言うんですかね。苦手だなって思うのが、話聞いてると大体大丈夫だよって思っちゃうんですけど、本人大丈夫じゃなかったりするじゃないですか。
最終メッセージ大丈夫だよってなっちゃうのが、うまく相手の受け取り体制ができてないときにそれを言っちゃうから、あんまり良くない感じになりがちだなって今思ったんですよね。
悩んでることとか、自分も結論がうまく出せないこととかどうしようかなって思ってることとかあるときに、まず変えられるものと変えられないものみたいなのがあるじゃないですか。
変えられないものに対して考えてもしょうがないから一旦もう考えるということをやめるじゃないですか。
変えられるものの中でも自分のアクションみたいにやるだけみたいなことと、作用とか影響できるかもしれないけど結果がコントロールできないことってあるじゃないですか。
例えば相手の行動とか相手の考え方みたいなものに対して、自分が何かを言うってことで影響できる可能性はあるけど、どうなるかは結果をコントロールできないみたいな。
自分のアクションとか自分は自分でやるかどうか決めるだけみたいなことだし、相手、他者がいることだと結果がコントロールできないけど、予測はできるじゃないですか。
このパターンとこのパターンとこのパターンで、そのパターンのときどうしようみたいなシナリオを考えるみたいなことはできるじゃないですか。
そうすると、あとやるだけになるじゃないですか、結局。あとやるだけになるなって思ったときに、例えば結果がコントロールできないみたいなことに関しても、こう言って相手が怒ったらどうしようみたいに心配になる気持ちはわかるんですけど、
怒るときは怒るしなとか思っちゃうんですよね。で、そのときに予測して対処できれば、それ以上にやれることないから、コントロールできないものになるじゃないですか。相手のリアクション、コントロールは完全に制御はできないから。
それに対して自分が諦めがつきやすいというか、だから人の相談とか悩みを聞くのにあんま向いてないなって思うんですけど。
僕たちは物事を分解するのが得意というか、しかもそれの気持ちの部分とか、実際に具体的に起こることに対してとか、分けるみたいなのがすごく得意な、生まれつき得意なんじゃないですかね。
だからあんまり不安とか悩みみたいなのが、悩みのままとか不安のままになりにくい。分解するとそれが小さくできるじゃないですか。あとはやるだけのところまで落とし込めるから、そんなに極度の不安とかになりにくいんだと思うんですけど。
こういう話を僕も昔、悩み相談とかの時に一生懸命説明してたんですけど、だいたい怒られますね。そういうことじゃないんだと。
20代の時とかはそういうことだろうって思ってたんですけど。
僕もそう思ってた。かつて。だから一生懸命それが分かってないのかもしれないと思って、一生懸命こういうことなんだよみたいなことを伝えてたんですけど、そういうことじゃなかった。
30代の10年を通して、そういうことじゃないということまでは分かったんですよ。でもどういうことかはまだちょっとよく分かってないんですよね。
どういうことかはもう一人一人違うんだろうなってことまでは分かるけど、じゃあその一人一人違うっていうことをどのように理解し、じゃあそのいろんなパターンがあった時に、パターンっていうか一個一個違うから個別に対応するしかないんですけど、その時にどう対応するかっていうのは分からないとしか言えないですよね。
だからやっぱりそういう時に観察してると、寄り添うっていうことをみんなしてるじゃないですか。
そう、それを見ててすごい、なんていうんですか、すごいなって思うんですよね。やっぱりこう、なんだろうな。寄り添うということがどうやって成立してるかいまいちよく分かってないんですけど、まだ。
でもそれによって、不安が解消、解消までしてないんだけどちょっと小さくなって、今の目の前の物事に向き合うみたいなふうにマインドを持っていけるようになるみたいなことは、現象としては間違いなく起きているじゃないですか。
で、結局結論、最初の初手で、この時はこうして、この時はこうして、この時はこうすんだよねみたいな結論は変わらないんですけど、でも本人のそこに対する向き合い方が変わることによって、やっぱり結果にもそれって影響するじゃないですか。
なんかそういうことが起きているということは観測している中で、あああるんだなって思ってるんですけど、それが何なのかちょっとまだいまいちよく分かってないっていう。
そうね。確かに。僕はなんかやっぱり対応として、もともとがソリューション人間じゃないけど、すぐ解決しようとしちゃうから、そうしないようにしないようにしないようにしないんだよな。
明確に聞かれたとき以外に答えないようにしてますね。それ以外は聞くし、あんまり問わない、そんなに。
これとこれはこういうふうに矛盾してるように見えるけど、それはどう思ってますかとか、絶対言わないようにしてますね。そっかーって聞くようには言ってるけど、ちょっと消極的だなとも思うときはある、自分自身のこと。
そうなんですよね。あんまり踏み込まないっていうか、相手の問題に介入しないようにしようと思ってるんですけど、そうするとかなり距離取っちゃうじゃないですか。
本当はもしかしたら、自分が今頭の中に思いついてるソリューションを投げかけるとか、あと問いかけることによって前に進むかもしれないときがあっても、わりとそうじゃないことが結構あるみたいな経験を通してあんまり言わなくはなってて。
うみさんと一緒で、求められたら言うけど、求められなかったら黙ってるみたいに最近なってるんですけど、なんかそれはそれでどうなんだろうとはちょっと思い始めていますね。
ねえねえ、傷つけることはなくね、それはもちろん激減しますけど、かといってそれが本当に誠実なのかというとわからない。
そうそうそうそう。
難しいですよね。
難しい。それで今ふと思い出したんですけど、ちょっと前に仕事とはちょっと違う飲み会みたいなので、隣に座ってた人が転職しようかどうかみたいな話をしてたんで、結構話し込んで。
そのときは別に自分答えをというか、あんまり整理してあげるとかじゃなくて、わりとずっと問い続けてたんですよ。
なんかどういう状態を目指し、どういうふうになりたいのかとか、どういう状態を今良しとしているのかとか、今の延長線上になんかそれがないっていうのはどういうところからそう思っているのかみたいな。
結構真面目にキャリア相談に乗ってたみたいな感じの構図になっちゃったんですけど。
で、そのとき何の結論も出なかったんですけど、ちょっとその日が経って会ったときに、なんかすごいあのときありがとうございます、すごいスッキリしましたみたいな感じで言われて、
お、悩み相談に乗れてたと思って。
でも多分アプローチとしてはかなりクリティカルクエスチョンというか、その理屈でいくとこれどうなんみたいな問いを、酔ってたのもあってずっと問答してたみたいな感じになってたんで、結構多分心理的に負荷が高い状態だったと思うんですけど。
でもなんかそれをこう受け入れられるマインドだったり、特徴、特性みたいなものがあるときの組み合わせとして、むしろその問いかけみたいなことがうまく機能するシーンもあるなみたいなことを思ったときに、
能力があって機会があるのに行使し、それを使わないみたいなこと自体の、さっきの不誠実さみたいなものも同時に感じて、うまく状況を見極めて、自分の能力で助けになることがあるんであれば、介入するみたいなオプションもちゃんと考えたほうがいいんじゃないかなと最近ちょうど考えてたんですよね。
問いに耐えられるとか、あとは自分がアクションを撮る上で、この3つですよねみたいな、そういう具体的に自分のアクションに移るところまで気持ちを持っていけてるかみたいな、結構回復、直りかけてるみたいなときだと思うんですよ、その状態って。
もっと手前の落ち込んで何も考えられないとか、そういうときには僕たちみたいな激悪な気がするんで、そういうときの寄り添い方法を見つけたらいいなって。
あと、例えばこんなことをしても意味がないんじゃないかとか、すごいやっぱり大丈夫かどうかっていうのが、自分の評価とか自分に対する自己評価じゃなくて、他者からの評価における大丈夫じゃなさみたいなことに悩んだり落ち込んだりするみたいな人もいるじゃないですか。
そういうのを見てると、やっぱりすごい大丈夫だよって思うんですよね。その人から評価されようがされまいが関係ないじゃないですか。その瞬間その瞬間とかその場において自分に影響力があるっていうみたいな関係あるんですけど、誰かから自分がネガティブに評価されたとしても、自分自身に関しては何にも関係がない。その人の中の話でしかない。その人の認識の話でしかないじゃないですか。
その人の認識はどうあれ自分に関係ないしなって自分は思うんで、その人はなんて思うが世界に何の影響もないからいいんじゃないとか思っちゃうんですよね。どうする。
その人が何か自分にネガティブに思っていることでそのコミュニティの中で自分が不利な立場になるとかみたいなことがあったりはすると思うんで、それはそれで今のリアルな影響力があるみたいなことに対する悩みはあると思うんですけど、でもそういうの悩んでるときの人の話って評価の結果起きる影響の話というよりは評価そのものに対して悩んでたりするみたいなことがあるじゃないですか。
で、そういうときに大丈夫だよって思うんですけど、そのときの大丈夫だよって多分相手には結構厳しく聞こえるだろうなと思って。
むずいなーって思うんですよね。
そこで悩んでるときって、もうその小さな社会に閉じてるときですよね。その評価が絶対的なものでありみたいな。もうちょっと広く見たときには一人が何か言ってるんだぐらいの。もちろん短期的には影響があるんだが、この広い世界を見たときに、何か一人が分からんこと言っとるだけだから気にすることはないよみたいな感じですよね、イメージ。
そこの、何でしょうね、広げ方というか視野を広く取ると途端にちょっと軽くなるみたいな感じはある気がする。
軽くなる感じはあるけど、でもそのときはそれが世界だし、そんなこと言われてもみたいな。
例えば、学校ですごい友達と喧嘩したとか、すごい自分が悪者になっちゃってるみたいなこととか、例えばあったときに。
その子供にとって学校って世界だから、世界はもっと広くてここでの評価なんて別に何にも関係ないからとかって言われても、そうは言っても俺の中ではそうじゃないみたいな話はあるわけじゃないですか。
なんか伝えるの難しいなとは思いますよね。
そうね。本人の中に選択肢というか、例えば学校の例でいくとね、学校以外の場所があるとか、別に学校に行かなくてもいいみたいな選択肢を持った上での学校でうまくいってないだったら、ちょっと1個の場所でうまくいってないだけで足になってもらうけど、全てだったらね、資格問題ってなっちゃうってことですよね。
で、なっちゃうのもまあ確かにそのビューから見たらそうだよね、わかるけど、なんか自分のビューから見ると別に大丈夫だよっていう、そこで何があっても別に、なんていうんですか、世界のワンノブゼムであって、しかもかなり小さい世界の話だから大丈夫って思うんですけど、
なんかそれを第三者の自分が大丈夫って言っても響かないし、むしろ濃くなことだったりするじゃないですか、こんなに大丈夫じゃないのに大丈夫大丈夫言われてもみたいなのが本人にはあるじゃないですか、なんかすごいどういう声をかけるかはむずいなとは思いますね。
言葉なのかな。
ね、確かにね。
言葉にした時点で、なんかそれがどっちにも取られちゃうリスクが常にあるというか、大丈夫だよって言ってるその気持ちは安心してほしくて言ってるけど、なんか大丈夫だよっていうのが攻めてるように、なんていうかな、突き放されたように聞こえるとか、なんかその捉え方のところはあるから、言葉になってばなるほど、
確かにね。
それがメッセージ、具体的なメッセージになりやすいっていうか、これは非言語だったら受け取ってる側も、ちょっとこういうふうに感じたって、例えば何か感想を抱いても、まあでも思い込みかもなっていうその部分は持てるじゃないですか、だって言われてないしみたいな。
うんうん。
けど明確に何か言葉を言われたら、勝手にその言葉を解釈して、ポジティブにもネガティブにも捉えるから、言語化した瞬間その難しさは出てくるなっていう。
だから一緒にいるみたいなのが大事な気がしますよね。
うん、確かにね。何かあれですよね、何かやっぱり主観的な感覚として大丈夫じゃないときに、大丈夫だよって人から言われたら、何かすごい自分の大丈夫じゃなさを和尚化されてるようにも感じるじゃないですか。
でも一緒になってそれは大事だって言われても、何かその大丈夫じゃなさが自分の認識の中で大きくなるだけで、逆効果だったりするなとか思ってたんですけど。
確かにその大丈夫だよっていうのを伝えたいっていうテーマなんですけど、大丈夫だよって言うかどうかはまた別の話ですよね。
そうそうそうだと思う。大丈夫だよって伝えたい気持ちみたいなものを、大丈夫だよって言葉ではない形で何か。
確かにね。
まあ言葉でもいいんだけど、大丈夫だよって言葉ではない何かで伝えるっていうのが大事な気がしてきた、だんだん。
確かに確かに。確かにそうですね。言葉で伝えるとは一言も言ってないんで、すぐ言葉で伝えようとしているところがやっぱり、すごい自分がバイアスかかったかなって思いましたね。
僕も結構言葉で伝えたタイプなんで、あれなんですけど、でも往々にして言葉にして誤解されることが多かったなっていう人生でしたね。
でも自分、大丈夫か大丈夫じゃないかで言うと、割とずっと大丈夫なんですけど、なんだろうな、でも例えばひどい風邪ひいて、体調的に大丈夫じゃないみたいな時はあるじゃないですか、起き上がれなくてみたいな。
そういう時、今大丈夫じゃないなと思うんですけど、大丈夫じゃないなって思っているから大丈夫みたいな、わかります?
はいはい。
自分の状態をある程度メタ認知ができていて、今の自分が大丈夫じゃないと評価できているということは、まだ大丈夫の領域にいるみたいな。
確かに。本当に大丈夫じゃない人、自分が大丈夫じゃないことがもう見えなくなったりしますもんね。
見えなくなると思うんですよね。
それぐらいもう何も見る余裕がなくなってるというか。
怒ってる時とかも、今怒ってるなって思うようにしてるんですよね。
怒っているっていう言葉で自分を捉えるみたいな、今自分怒ってるなっていうのを、感情を言語的にメタ認知すると、自分からちょっと離れられるじゃないですか、認識が。
そうすると、怒ってる私を外から見るみたいなことができて、このメールを送るのをやめた方がいいなとか、冷静に怒ってる時の判断ができるみたいな。
のに、大丈夫もわりと近いなっていう感じは、自分の感覚としてはありますね。
たまに友達から聞くんですけど、例えば今怒ってるとかでもいいし、ネガティブな何かを感じた時に、その瞬間に口から出てるみたいなことがあるらしくて。
そういう人が何人かいて、それは顔に出るもそうかもしれないけど、そうなっちゃうと、今言ったのができないじゃないですか。
一呼吸を置いて、ちょっとその俯瞰して、落ち着くみたいなのを、まずそこの一瞬がもう出ちゃってるみたいな時に、どうしたらいいんだろうっていう。
もうその出ちゃった後の、また次の展開があるから、もうそこのね、尻拭いじゃないけど、自分で、ああなんか言っちゃったな、をまた消ししないといけないみたいな。
悪循環に入ってる人とかも、ネガティブなことが起こった時に。
どうすんだろうな。でも、やっちゃったもんはしょうがないから。
怒りとかもそうですけど、やっぱり距離を取るしかないじゃないですか、怒りとかだったら特に。
時間的に、時間を空けるみたいな時間的な距離もあるし、怒りの対象から距離を取るもそうだけど。
物理的な距離もあるし、距離を取るというアクションに早く持っていくみたいなのも結構大事だなと思ってるんですよね。
何やってても考え事しちゃうんで、考えないようにしようとするよりは、そこに居るのはあって、ただただ評価せずに観察するみたいな。
犬がいるみたいな時に、かわいいとか怖いとかあんま思わなくても犬がいると思えるじゃないですか。評価と観察って分離できるじゃないですか。
それむずい人いるんだって。それむずい人ほんといるんだって。結構むずいんだって多分。犬がいるかわいいまでセットになってるみたいな。
怖いかどうかは距離によってたとえば噛まれそうだとか、そしたら確かに怖いかもしれないけど、この距離では何もされないし、飼い主がリードつけてるから怖くないよねみたいなことがなかなかできないんだと思いますよ。そこ難しいと思う。
そうか。でもね、昨日ちょうどそういえば思い出したんですけど、なんか、次男が火事になったらどうしようって言って、すごい不安になって初めて、なんかすごいなんか心配してたんですよ。
うちが火事になったらって。
うん。で、なんで?って。まあなんか多分あんまきっかけはなく、多分ふと思ったんでしょうね。
シミュレーション頭の中に出たら怖がってた。
で、一応なんか、まず火事になるような火の木があるもの今うちにないし、他のとこで火事が起きても防火設備はちゃんとしているし、で、万が一逃げないといけない時点であればちゃんと連れて逃げるから大丈夫だよって話をしたんですけど、全然それじゃなかったみたいです。欲しかったソリューションは。
なんだと?
全然収まらなかった。全然収まらなかった。
怖いよって。
怖いよって。そういうことじゃないみたいになって、ああ、そういうことじゃない奴やったな。
今こそ大丈夫だよって伝えたい時ですね、それね。失敗してますね。
そう、そういえば大丈夫だよって伝えるの失敗してました、最近。
何が不安かは分かったんですか?
分かんなかったんですよ、結局。
それも別に聞いても自分の言葉ではなかなか説明できないみたいな、その怖さを。
そうか。
で、朝起きたらもうケロっとしてたんで、その瞬間だったと思うんですけど、結局一緒にいるってことかもしれないですね。
同じ空間で時間を過ごすみたいなことが一番大丈夫だよ、伝えられるような気はしますね。
特に何にも解決してないんですけど、一晩一緒に寝たらスッキリしてたんで。
具体の説明が欲しい人って向こうから質問してくる気がするんですよね。
確かにね。
だから、なんかあったら一緒に逃げるから大丈夫だよって一言だけ言って、一緒にいたらいいのかな、どうなんだろう。
ちょっとあれですね、僕も上水さんも特に適性はないけど観察と経験からパターン認識しようとしてるから、すごいね、全く芯を食ってない可能性がそこそこありますけど。
寄り添えてはいないですかね。何というか、神経、魚でしないように気をつけようって頑張ってきたみたいな感じですかね。
どっちかというとマイナスを頑張ってゼロに一致してきたみたいな感じなんで、なかなか。
でもなんかあれなんですよね、相手の悲しみとか怒りとか、どうしたらいいかわからない不安な気持ちとかに対して、どうでもいいと思ってるわけでもないじゃないですか。
解決、自分が何か力になって解決できるのは解決してあげたいし、つらい状況みたいなものに対して、良くなるといいなと思ってたりするじゃないですか。
ただなんかその時のやり方が多分あまりこう、みんなとフィットしてないみたいな感じ。
なんで、なんかそこがむずいですよね。別にその気持ちはあるんだけど、その気持ちは全然伝わんないなみたいなのがあります。
120文字どうしましょうかね。
でもなんかあれですよね、やっぱりこう、何ていうのかな、寄り添うのが苦手な人たちも多分いると思うんですよね。僕らみたいな人たちも。
でもなんかそういう、その立場からすると、大丈夫だよって言葉にするとかって言うんじゃなくて、ただ一緒にいるだけでもいいみたいなのは、
一つのなんかソリューションではあるじゃないですか、その大丈夫、心配する気持ちとか、相手がその、何ていうんですか、この今つらいとか落ち込んでるみたいな状態が改善してほしいという気持ちがあるんだけど、
なんか何していいかわかんないとか、なんか自分の今までの経験上良かれと思ってしたことが相手を傷つけたり、余計怒らせたりとか、余計心配させたりするみたいなことがあるみたいな時に、
まあとりあえず一緒にいるみたいなのはわかりやすいソリューションだなと、話って思いましたね今日。
あともう一つお知らせがあってですね、このイベントに直接というわけではないんですけど、6月13日の土曜日に夕方4時半から、16時半からですね、
コミュニティセンターアクターさんで、めいめい初の公開収録をやります。リアルイベント初ですね。
オンラインをね、Xでスペースでやってましたけど、リアルイベント初ですね。
初です。ゲストにですね、まさにロッコツパッキオさんに来ていただこうと思って。
楽しみですね。
めいめいしていくという感じですね。
あと追加でもしかしたらゲストの方に来ていただくかもしれないということで、ちょっと調整中といえば調整中、どうなるかちょっとわからないんですけど、
とにかくロッコツパッキオさんがゲストに来ていただく会になってます。参加無料ですので、ぜひぜひお越しいただければと思います。
はい、ありがとうございます。
どうですか、かんたさん。公開収録。
大丈夫かなっていう。
大丈夫かなって。大丈夫って伝えたいよ、僕は今かんたさんに。
上水さんはいますからね。
ここにいますから。
安心して楽しく一緒にめいめいしていけたらと思います。
大丈夫にしましょう。
公開収録の醍醐味としてはノーカット版が聞けますから、収録されてアップされるやつは不適切発言とかカットされるけど、結構その辺が全部余すところなく聞けるという意味では公開収録の醍醐味かなと思うし、やっぱり生の空気感もありますからね。
めいめいが誕生する瞬間とかに立ち会えるということでよかったら。
結構沈黙して考え込んで。
そうそうそう。これポッドキャスト上めちゃめちゃ編集でテンポ良くしていただいてますけど、ひどい時5分ぐらい無言ですからね。
でもなんか1分ぐらい無言で考えて、上水さんがかんたさん何か言うだろうなみたいな感じで考えるの放棄してるみたいな時そこそこありますからね。
結構ある。公開収録の時はもう少しわかりにくい感じでやると思うんですけど。
待ってんなみたいな時ありますからね。
受け身になる時ありますね。
そんな感じで公開収録ならではのですね、空気感でお届けできたらいいなと思っております。
ぜひ遊びに来てください。
お願いします。
この手前のところまでの収録時点で決まってなかった点がいくつか確定しましたので、追加で告知させてください。
ゲストがですね、ろっこつパキオさんでご案内してたんですが、もう一人追加ゲストが決まりました。
くれくれヨイヨのトウさんですね。
なので、ろっこつパキオさんとトウさんのお二人にゲストに来ていただいて、公開収録するという感じになります。
そしてですね、当日公開収録って言ってますけども、
4時半入室、5時50分退室っていうような、結構かなりタイトなスケジュールですね。
そこでもう、僕たちもその時間に入るし、お客さんもその時間に入れるし、セッティングしてみたいな感じで、
結構なんて言うんですかね、そこでただサクッと撮るよっていう感じのイメージで、
そこに観覧自由だよくらいの感じで来ていただけるのはいいんですかね。
あんまりこう、公開収録、イベント楽しみに来たぞ、ぐらいの感じで来られると、
あれって感じかもしれないってことですね。
イベントっていうよりは収録。
収録してるのに立ち会えるっていうぐらいのカジュアルな感じでフラッと来ていただけたらと思ってます。
で、撤収もね、6時から別の団体さんの利用とかもあるみたいなので、撤収とかで部屋を出ないといけないとかありますので、
そこもご協力いただけたらと思います。
3つ目なんですけれども、収録後にですね、すぐ近くの飲み屋さんでオフ会というか飲み会というか企画してます。
打ち上げというか。
打ち上げというか、はい。
なので、終わった後すぐ出ちゃうんですけど部屋は、そのまま打ち上げに流れるって感じになりますから、
そちらにもですね、よかったら気軽にご参加いただけたらと思っています。
こちらはですね、キャッシュオンで頼んだ分だけ支払うって感じになってますんで、買い費何千円とかそんなことはないです。
なので気軽に来ていただいて、飲みたい分だけ食べたい分だけ食べたり飲んだりして、借りたいタイミングで帰ってもらうと、
こちらもなんかご自由にどうぞというようなスケジュールになってます。
特におもてなしはしないです。
ないですね。公開収録から打ち上げまで特におもてなし無しということですけども、一緒に過ごしましょうという感じのイベントになっております。
お店の方がですね、ちょっとキャパが何十人か、公開収録の時は60人くらいキャパがあるから、おそらく埋まることはないだろうと思ってるんですけど、
お店の方がちょっと絶妙だよねっていうところなので、参加フォームを作らせていただきました。
今回のエピソードの概要欄とか、めいめいの公式Xアカウントの方でポストしてますんで、
よかったらそのフォームからですね、参加希望と、あと検討中という項目もあるんですよ。
別に決めたぞっていうタイミングで書かなくてもよくて、ちょっと行こうかなと思ってますみたいな意思表示でも構いませんので、
このフォームにですね、入力していただけると助かります。
今回入場券を購入して入場するみたいなスタイルではないので、あらかじめ人数を把握する術がないので、
このフォームにちょっと意思表示していただけると、これくらいの人が来るような可能性があるんだなってことが私は把握できる。
あとは飲み会の方は人数オーバーする可能性もゼロではないので、飲み会の方は店員で締め切りとさせていただきますんで、
飲み会まで参加したいよっていう方は是非フォームで参加するっていうのをお教えいただくようにお願いしたいなと思ってます。
お願いします。
枠にあまりがあればフォームに入力しなかったけどその場でみたいな人も参加もちろんできますので、そこはOKなんですけれども、
念のためという感じでフォーム作ってますんでご協力いただけたらと思います。
というわけで当日お会いできることを楽しみにしております。よろしくお願いします。
お願いします。