2026/08/03
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おはようございます。花火鑑賞士、気象予報士の鶴岡慶子です。
この配信では、花火や天気、言葉に関することなどをお話ししています。
今日は、長岡の花火に行ってきます。
長岡の花火は、毎年8月2日、3日の2日間行われて、すでに昨日から始まっているんですが、私は仲間とともに、今日行ってきます。
日本の3大花火大会というと、大曲、土浦、そして長岡の3つが挙げられます。
この中で、長岡だけが少し性格が違います。
大曲と土浦は、花火師さんたちが技を競い合う競技大会ですが、長岡は競技大会ではないんですね。
長岡の花火は、鎮魂と復興への祈りを込めた花火大会なんです。
詳しくお話をしますと、長岡の花火の始まりは、1879年に遡ります。
千住町の八幡様のお祭りで、350発の花火が打ち上げられた。これが最初だったんです。
その後、戦争で一度は中止に追い込まれました。
そして終戦間近の1945年8月1日、長岡は深夜に渡る大規模な空襲を受けます。
市街地の8割がやけの原となって、1489名もの尊い命が失われました。
その翌年、1946年8月1日に長岡復興祭として花火大会が復活したんです。
これが今の長岡祭りの前身です。
花火大会は町の復興そのものと共に歩んできた歴史を持っています。
プログラムの一番最初に打ち上がる白木区という花火があります。
今年も8月1日の午後10時30分と、花火大会両日の冒頭に白木区は打ち上げられます。
白い花火なんですね。
主催する財団は異例の思いを込めて白木区を長岡の空に手向けていると説明しています。
一発目のこの白木区を見上げるとき、私はきっとただ綺麗だなという思いだけでは終わらないような、そんな気持ちになるんじゃないかなという気がします。
白木区を生み出したのは加瀬塩化工業加瀬成治さんという方です。
加瀬さんはご自身がシベリア浴流を経験していて、多くの仲間を失っているんです。
白木区はその亡くなった仲間たちへの鎮魂の花火として誕生したそうです。
加瀬成治さんは花火市の家の3代目で、戦後1951年の長岡花火で小三尺玉を復活させるなど数々の伝説の花火を生み出しました。
2023年に101歳で亡くなられています。
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小三尺玉って言ったんですが、ちなみにこの小というのは打ち上げの筒のない形ではなくて、花火玉そのものの直径が90cm以上、三尺以上あるということを示す称号です。
1980年代の長岡と片貝、この両者で大玉争いの中で設けられたルールということなんです。
玉の自寸を保証する意味合いがある名前です。
長岡の花火はこの白木区と三尺玉とフェニックス、これが待ってましたっていうプログラムになるかと思うんですが、
去年はこれをライブ映像で見ました。YouTubeで見たと思うんですけれども、今年は目の前で見ることができます。
こういう花火大会に出かけていくっていうのは、以前行ったことのある人だったりとか地元の人に話を聞くのが一番だと感じています。
今回は長岡の知り合いにチケットの手配をお願いしました。
そしてどう見に行くのが一番上手な見方なのかとか、移動をどうしたらいいかとか、いろんなことを相談しながらようやく行けることになりました。
公式のアプリもあったので早速インストールしています。
後日、花火のこと、そして大会運営がどうだったのかということについてもレポートしたいと思っています。
それでは間もなく出発します。
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それではまた明日。
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