"身近に残る年中行事を「生活の古典」と位置づけ、明治の近代化で過去との断絶が生じた時代にこそ、古代人の思考を学ぶべき"
"私の仮説はいつまでも、仮説として残るであろう"
これらをとおして私が思いましたのは
1、パッションは自らの古典に紐づいている
2、自らが"実感"することが大事
3、問い続けることを残すということ
折口信夫さんは、戦時中にこのようなことを発信されていたのを見ても
圧倒的にイノベーターな方だったのだと
そして、そのおかげで日本らしさとというものが、意識されていったのではと
思いを馳せました
そして、自らの古典とは、なんなのかを、深く追求することで
そこから更なる新しいパッションの源を見つけることもできるのでは
と新しいワクワク感も生まれました
そんな話をしています^ ^
参考:100分de名著 折口信夫 〈古代研究〉第4回・「生活の古典」としての民俗学 NHKEテレ東京
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