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自分の物語ノベーション(1766回)
2026-02-22 11:50

自分の物語ノベーション(1766回)

フィギュアスケート女子で金メダルを取られたアリサ・リウ選手の言葉が、とても心に残りました。


「私は自分の物語や芸術、創造のプロセスを共有するのが好きなの。ミスをしても、それは失われるわけじゃないし、何かが残る。それでも物語になるの。悪い物語もやはり物語だし、それは美しいと思うから」(yahoo ニュース 2/20(金) 配信 THE ANSWER編集部より)  


ずっと満面の笑顔で、見るからに楽しんで演技をしていた秘密をここに観た気がしました


ここから、私は3つのことを思いました


1、失敗を「恐れる」のではなく「編み込む」

2、芸術は日常の経験のプロセスにある

3、創造とは「共有」する勇気である


1、失敗を「恐れる」のではなく「編み込む」

オリンピックの舞台になると、さまざまな期待がのしかかって、失敗に対するプレッシャーは、計り知れないと思います。


そんな中、彼女が満面の笑みで演技をされていたのは、

「悪い物語もやはり物語だ」

という哲学があったからなんだろうなあと改めて思いました


哲学者のポール・リクールの物語的自己同一性という考え方では


人は年齢も環境も変わります。

それでも「私は私だ」と言えるのはなぜか?

それをつなぐのが、物語だとリクールは言いました。


アリサさんは、自分の物語を生きていて、そしてその物語の中には、失敗を編み込んでいった先に、さらに美しくなる、そんな風に感じました


イノベーションは、ある意味、失敗の連続の物語なので、それを恐れると、前に進めなくなるし、ヘタをするとそこでやめてしまうことになる


失敗を排除するのではなく、物語の一部として再編集する力。

ここに、次の創造の種があるのだと思いました。


2、芸術は日常の経験のプロセスにある

競技は点数という結果で決まりますが、でも彼女の意識は、点数ではなく「物語のプロセスの共有」にあったということかと思います


芸術学者のジョン・デューイは『経験としての芸術』で、

芸術とは“完成品”ではなく、“経験のプロセス”だと言われています。


美術館だけが芸術の場ではなくて、料理も、会話も、仕事も、「充実した経験」になれば芸術的である

芸術は特権的な領域ではなく、日常の中にある。


そんな彼の思想が浮かびました


これは、私はイノベーターも同じで、日常の経験の中に、種があり、それを育てていくプロセスが充実していれば、それだけで生き甲斐になると思います。


で、成果でたの?


とよく聞かれますが、会社の中では結果を出さないと続けられませんが、まずは、自分でプロセスを楽しめないと、良いイノベーションも起きないし、結果もついてこないと、そんな風に思いました


3、創造とは「共有」する勇気である

「創造のプロセスを共有するのが好き」との言葉は、芸術は、孤独な営みのようでいて、実は“誰かに見せる”ことで、初めて完成する、ということと同じだなあと思いました。


芸術家のマルセルデュシャンが

「創造的行為は芸術家だけによってなされるのではない。観客が作品を解釈し、それによって作品は完成する。」というようなことを言われたように


芸術は、共有されてこそ、または、それをみてる人がいろんなことを感じたところで初めて完成するということを、失敗も含めて積極的に共有するというところに、さらに美しくて素敵な芸術作品になるのだなあと思わせて頂きました


私は、ここにイノベーションの本質を見る気がしました。


失敗すら物語の一部にできるか。

結果よりプロセスを愛せるか。

未完成を世界と共有できるか。


結果を追う世界で、

物語を生きる。


その姿勢こそが、

実は成果を生むのかもしれません。


一言でいうと

自分の物語ノベーション


今日もまた、自分の物語を滑り続けてるか、自問自答していきたく思います


参考 yahoo ニュース 2/20(金) 配信 THE ANSWER編集部 「この考え方めちゃ素敵」 フィギュア金メダル女子、緊張無縁な理由に日本人唸る「失敗すら物語の一部」


動画で観たい方はこちら

https://youtu.be/DlJ4GfB-T8I


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