00:00
こんにちは。今日はですね、送ってくださった方から提供された資料をテーマに深く掘り下げていきたいと思います。
こんにちは。はい、よろしくお願いします。
突然なんですけど、毎日当たり前のように通っていた場所がですね、ある日急に跡形もなく消えちゃったらどうしますか?
そうですね。それはかなりショックというか、ぽっかり穴が空いたような気分になりますよね。
ですよね。今回、徹底的に掘り下げるのは、まさにそんなデジタルの創出感を味わった、送ってくださった方の記録なんです。
2024年9月30日にですね、22年続いたアニメ情報サイトの秋葉草研がサービス終了したんですよね。
ああ、22年。22年というと、インターネットの歴史においては本当に永遠のような長さですよね。
ええ、そうなんです。
単に情報が消えたっていうだけじゃなくて、一人の熱狂的なユーザーに奇妙な進化をもたらしたっていう点がすごく面白いなと。
ああ、そこですよね。私も資料を読んでいてハッとしたんです。送ってくださった方がですね、サービス終了後もつい、秋葉草研で調べようって思っちゃう現象をですね、亡くなった人に電話をかけるような感覚って表現されていて。
すごくリアルというか切実な表現ですよね。
本当に。私もこの感覚には強く共感します。でもネット上には他にも無数のアニメサイトがあるじゃないですか。何でこれほどの絶望感に襲われたんでしょうか。
デジタル上のデータとか思い出がですね、はい終了ですって一瞬で消え去るネット社会の恐ろしさを的確についてますよね。秋葉草研って単なる情報源じゃなかったんですよ。
と言いますと。
毎シーズンのアニメを一覧で見て、今期の当作とか不作とかを判定するための、いわば季節の風物詩だったわけです。
ああ、なるほど。生活の一部だったんですね。
荒れた喪失感がこれほど深いんだと思いますよ。
確かに。でも大刈りのサイトじゃダメなのって思っちゃいますよね。資料によるとアニメタイムズとかフィルマークスとか色々試されたそうなんですけど。
ええ、そうみたいですね。でもなんか特撮が混ざっていたり画像サイズがバラバラだったりしてしっくりこないと、情報の質っていうより並び方が気になっちゃうみたいなんです。
はいはい。
これって自分の部屋の家具の配置が数センチずれているだけで落ち着かないっていうあの神秘と似ていませんか?
ああ、家具の配置の例えはすごく面白いですね。でも実は単なる気分の問題よりももう少し深刻なメカニズムが働いているんですよ。
え?どういうことですか?
オタク心理の根底にはですね、膨大な情報からノイズを排除して自分の世界に完全に没入したいっていう欲求があるんです。
なるほど。没入感ですか。
ええ。配置とかジャンルがちょっと違うだけで脳が余計な処理を費いられちゃうので没入感が削がれてしまうんですよね。
だからこそ少しのズレが許せないんですね。
あと資料にはですね、推しが低評価だとパワーが減る仕様への不満もありました。
03:02
そこも重要ですね。自分が愛するものを他人の物差しで図られたくないっていう強い自己防衛の表れなんです。
ああ、わかりますそれ。
他人の評価とかランキングに心が乱されることへの無意識の防衛本能が働いていると分析できますね。
そうやって不満が積み重なった結果ですね。送ってくださった方はなんと、利用者1人、管理人1人の自己満足レビューサイトを立ち上げちゃうんですよね。
そうなんですよ。究極のDIYですよね。
ここはチラシの裏にでも書いてろっていう昔のネット名言を体現したような究極の平和な空間を作ったと。
ええ、でもですね、ここからが非常に興味深いパラドックスなんですよ。
パラドックスですか。
誰も見ないチラシの裏を作ったはずなのに、送ってくださった方はそれを、
ご自身の1500回以上続く音声配信で全世界に向けて叫んでしまっているんです。
確かに、大ピラにはしませんって言いながらマイクを持って大声で宣伝している状態ですよね。完全に矛盾してますよ。
そうなんですよ。
なんでそんな行動に出ちゃうんでしょうか。
チラシの裏でありながらマイクで叫ぶ、この矛盾はですね、
自分の性域を誰にも汚されたくないっていう防衛本能と、
それでも自分の愛する作品への情熱を世界に証明したいっていう承認欲求がですね、
全く別のベクトルで同時に爆発しているから起きる現象なんです。
なるほど、同時に爆発ですか。
合理性を無視して膨大なエネルギーを注ぎ込む、
この自己矛盾こそがまさにオタクの全力の情熱の証拠なんですよね。
なんかすごくいい話ですね。
秋葉草圏への過度な依存に気づいて、そのぽっかり空いた穴を埋めるために
無駄なことを全力でやってしまう人間の穂迫しみとか愛嬌を感じて、
私なんだか心が温かくなりました。
そうですよね。最後に一つ考えてみてください。
アルゴリズムが全てを決めたり、他人の評価やいいねの数に振り回される
現代の巨大なSNS社会においてですね、
実は誰もが送ってくださった方のように完全に孤立した
自分だけのチラシの裏への非難をですね、
無意識に渇望し始めているのかもしれません。
なるほど。
もしかしたら明日、私や送ってくださった方が最も依存している
デジタルサービスが突然消滅したら、
巨大プラットフォームの時代は案外こういう個人的な反逆から
新かなものを想像するきっかけになっていくのかもしれないですね。
深いですね。もしかしたらその喪失感が私たちを次の奇妙な進化へと
導いてくれるのかもしれないですね。
それでは次回の配信もお楽しみに。さようなら。