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コンニチハ! コンニチハ!
あの、今回の深掘りなんですが、送ってくださった方から、非常に興味深いエッセイの資料を受け取りました。
私、これ読み進めるうちに、完全にこの筆者の世界観に引き込まれてしまいまして。
ええ、本当に素晴らしい資料でしたね。通常何か目的があって出かける時って、私たちはどうしても目的地ばかりに目を向けてしまいますから。
そうなんですよ。でも今回のミッションは、そのメインイベントの前に発生する単なる寄り道。
映画館で上映前にポップコーンをこぼしてしまうような本編とは関係ない時間に、どれほどの驚きと学びが隠されているかを解き明かすことなんです。
寄り道こそが人生みたいなところがありますからね。
ええ。ちなみに今回のメインイベントというのは、いわき市野那浜で開催された、竜田一恵夫のサイン会なんです。
おお、それだけでも十分に単独で深掘りできるくらいものすごく大きなトピックですよね。
そうなんです。でも筆者が今回書き綴っているのは、そこに至るまでの一見すると何でもない道中の物語なんですよね。さて、これを紐解いていきましょう。
はい、よろしくお願いします。
まず資料を読んでいて、ハッとさせられたのが福島県という土地のスケール感のバグなんです。
スケール感のバグですか?
ええ。筆者は郡山市からいわき市野那浜へと向かうんですが、これが直線距離で約70キロもあるんですよ。
70キロ。同じ県内での移動でありながら、車で1時間20分もかかるわけですよね。これはもうちょっとした小旅行の行きに達していますよ。
そうなんです。大阪から京都へ行くよりも遠い距離を同じ県内の中で移動しているわけですからね。資料の中に地図で見ると穏やかな顔をしているのに、実際は長距離ランナーという表現があるんですが。
ああ、そのユーモアには思わず唸ってしまいました。地図上の数センチが現実のドライバーにとっては途方もない長さに感じられるんですよね。
スケール感の罠にはまった経験あるんじゃないでしょうか。
地図の縮尺というものはしばしば私たちの身体感覚を完全に狂わせますからね。そしてそれだけの長距離を運転していると、いくら景色が変わっても車内での行為は同じなので、どうしても単調になってきますし。
だからこそ筆者はどうせ移動するなら趣向を変えようと寄り道を決意するわけです。実は前の週にも、サイン会の生理研をもらうために同じ道を走っていたそうで。
そりゃ飽きもしますよね。同じ景色ばかりだと。
ですよね。そこで立ち寄ったのが、いわき市三和町という場所でした。
ここで興味深いのは、この三和町でのエピソードなんです。というのも、ここはただの通過する街ではなくて、あのおもちゃ会社タカラの創業者である佐藤泰田氏の出身地なんですよね。
いやー、ダッコちゃん、リカちゃん、チョロQ、トランスフォーマー、もうこれらの名前を聞いて心がよろわない人はいないんじゃないでしょうか。
ええ。私たちの子供時代を完全に支配していたとんでもない数の大ヒット玩具を生み出した偉人ですからね。
もしこの方がいなかったら、日本の遊びの文化、ひいては世界のポップカルチャーすら全然違ったものになっていたかもしれませんよね。
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本当にそうだと思います。でもそれほどの偉業を成し遂げた人物のふるさとであるにもかかわらず、筆者が指摘している通り、この街には目立った銅像もなければ、花々しい聖誕節の日がたっているわけでもないんです。
そう。ここ、もっと称えられてもよくないって疑問に思いつつも、結局は車を止めることなく、いつも通り過ぎてしまうという。
そこなんですよね。思うだけ思って通過する。この現実に対して筆者が人生もだいたいそんなもんです、と哀愁たっぷりに結論づけているところがたまらなくリアルなんです。
わかります。偉大な歴史の上を、私たちは気づかずに、あるいは気づいても素通りして毎日を生きているんですよね。
さらに面白いのは、この気づきのタイミングなんですよ。筆者は旅行から帰った後になって、佐藤八太氏の生涯が漫画化されている事実を知るんです。
あー、2023年1月に、いわき市の地方振興局が発行した、「見つけた!いわき!」という冊子に収録されているという、あれですよね。
ええ。しかもその作者の小堀雅子氏というのが、いわき品浜イケメンプロジェクトの仕掛け人の一人でもあるそうなんです。
地元の7つの海岸を擬人化してイケメンキャラクターにするという、かなり攻めた地域プロモーションですよね。そういう面白い背景を持つ作品が実は存在していたという。
そうなんです。そこで筆者がこぼした、「人はなぜ行った後に情報を知るのか?人生は後出しじゃんけんでできている。」という言葉、これは現代における情報のジレンマを見事についた名言ですよ。
いや、本当にその通りですよね。スマートフォンでいつでも検索できる時代なのに、一番欲しい情報はいつもその場所を離れた後にやってくるんですよ。
情報型だからこそ、行く前にはノイズに埋もれてしまって、経験した後でようやく必要な情報にアクセスできるアンテナが立つのかもしれません。
行く前に知りたかったって頭を抱えること私もよくあります。送ってくださった方も旅行から帰ってきて、テレビや雑誌を見て、「え、あそこにあんな名所があったの?」ってジダンダを踏んだ経験、一度や二度ではないはずです。
へえ、誰にでも身に覚えのある感覚ですよね。
さて、三和町を通過した筆者がいよいよ今回のメインの寄り道先へと向かいます。ここからが本当に面白いところなんですが、その目的地というのが宇宙岩なんです。
宇宙岩。名前からしてすでに銀河クラスのスケール感とミステリーを漂わせていますよね。
はい。筆者はなんと二年半もの間、この岩に対して行きたい行きたいと片思いをこじらせていたそうなんです。相手は人間じゃなくて岩ですよ。
それはすごい執念ですね。でも、阿部熊地域には天文台があったり、宇宙開発関連の企業が存在していたりするという背景がありますから。
ええ。
宇宙岩という名前を聞けば、遥か昔に飛来した巨大の隕石なのか、あるいは宇宙由来の未知のエネルギーを秘めた鉱物なのかと期待値が跳ね上がるのは当然の真理です。
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私も資料を読みながら、一体どんな宇宙のロマンが隠されているんだってワクワクしていたんですが、結論から言うと宇宙とは全く関係ありませんでした。宇宙要素ほぼゼロです。
ゼロですか。見事に裏切られましたね。
ええ。もともとは地元でブナイシという、なんとも素朴な名前で呼ばれていた木層地にドーンと鎮座しているだかの巨大な岩だったんです。
ブナイシが宇宙岩に。
なんでも、アブマ産地にはこういうスケール感がバグったような巨石が割と普通にゴロゴロしているらしくて。
なるほど。これをより大きな視点に結びつけると、マーケティングやブランディングの観点から見て信じられないほど見事な成功例なんですよね。
ああ、確かに。
昔からそこにあった巨大なブナイシ。その時は地元の人以外誰も見向きもしなかったわけです。
しかしある時、誰かがそれを宇宙岩と呼べ始めた。ただ名前が変わっただけで、そこに神秘性が生まれ、人がわざわざ遠方から訪れるパワースポットへと変貌を遂げたんですから。
ブナイシから宇宙岩への解明、まさに言葉の持つ魔法ですよね。
送ってくださった方も、仕事や日常の中で名前や見せ方を変えただけで、周りの反応が180度変わったという経験があるかもしれません。
ええ。本質はただの木装置の岩なのに、ネーミング一つで人々の想像力をかきたて、2年半も片思いさせるほどの磁力を持たせてしまったわけですから、完全なる勝利ですよ。
人は物理的な岩そのものを見に行っているのではなく、宇宙岩という言葉が作り出した物語を体験しに行っているということの証明でもありますね。
おっしゃる通りです。言葉の力が現実の行動を引き起こしているんです。
しかもこの宇宙岩の物語はパワースポットに留まりません。
なんと大ヒット映画キングダム2のロケ地やミュージックビデオの撮影地としても使われ、ポップカルチャーの聖地にまで昇格してしまったんです。
単なる巨石からエンターテインメントの舞台へと飛躍したわけですね。
なのに最高に笑えるのが、筆者は実際に映画キングダム2を見たにも関わらず、スクリーンに映る数々の岩を見ても、どこが宇宙岩なのか完全に識別能力がゼロだったという事実なんです。
それは面白いですね。でも、現代の映画制作であれば、背景なんてCGを使えばいくらでも壮大に作れるはずですよね。
そうなんですよね。
それにも関わらず、わざわざ福島県の山の奥にあるこの巨大な岩の前に膨大な数の機材とキャストを運び込んで撮影を行った。
映像の中では見分けがつかなくても、現場に本物の巨石が存在しているという質感が作品全体に説得力を与えると信じている映像クリエイターたちの並々ならぬ情熱を感じますよ。
その情熱本当に凄まじいと思います。なぜなら、この宇宙岩にたどり着くまでの道のりが言葉を失うほど過酷だからです。
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と言いますと。
現在、岩が置かれている木造地そのものへの立ち入りは禁止されていて、近くの道路から眺めたり撮影したりするしかないんですが、そのアプローチとなる道がもう恐怖しかないんですよ。
単なる田舎の細い道というレベルではないようですね。
ええ。車がすれ違うのがギリギリの狭い山道であることはもちろん、最悪なのが道の両脇です。速攻があるんですが、ブロックの蓋がないんです。
蓋がない速攻ですか、それは怖い。
しかもそれが倒れた草で巧妙に隠されているんです。つまり、少しでもタイヤを踏み外せば一貫の終わりという完全なる落とし穴付きのドライブコースなんですよ。
それは非常に神経をすり減らしますね。少しでも対向車が雇用者なら絶望的な気分になるでしょう。
筆者もずっと心の中で、タイヤ落ちるなよ、頼むから落ちるなよって叫びながらハンドルを握りしめていたそうです。完全に命がけのチキンレースですよね。
想像するだけで手に汗握りますね。これもし、宇宙というロマンチックな響きに襲われて、星空を見ようと夜中に訪れたらどうなると思います。
街灯もゼロの漆黒の闇で、見えない錯速の恐怖と戦いながら進むことになるわけですよね。
星の美しさよりも命の危険を感じるホラー体験になれそうです。
そうなんです。ロマンと恐怖は常に神人であるという人生の深い教訓をこの山道は教えてくれている気がします。
ロマンを求めて足を組み入れると、思わぬ恐怖が口を開けて待っていると。
さて、命がけのドライブを経てようやく宇宙岸の近くにたどり着いた筆者ですが、その結末もまたなんとも人間味にあふれていました。
機体と現実のギャップというやつですね。
はい。昼間で天気も良く、アブクマ山地の景色は素晴らしかったそうです。
しかし、肝心の宇宙のパワーを感じたかというと、筆者も自身が霊感ゼロと断言している通り、ただ普通に運転に疲れただけだったと。
パワースポットに行っても、結局は移動で疲労するだけというのは身も蓋もないですが、誰もが一度は感じたことのある非常にリアルな感想ですよね。
さらに、映画のスクリーンで見た時はあんなに壮大だったのに、実物を目の前にすると思ったよりコンパクトだなぁという少し拍手抜けしたような感覚もあったそうです。
カメラのレンズを通した世界と、自分の目で見る現実との違いですよね。空間の切り取り方で物の見え方は全く変わりますから。
とはいえ、資料の最後には、もし行きたい方はどうぞ自己責任でという愛のある注意喚起とともに、それでも天気の良い日の寄り道としては気持ちの良いものだったと締めくくられています。
目的地であるサイン会へ一直線に向かっていれば、恐怖のチキンレースを味わうことも、名前に騙されたと感じることもなかったでしょう。
そうですね。
しかし、こうして道中の歴史に触れ、マーケティングの妙に感心し、恐怖と疲労を味わったこと自体が、この旅の解像度をぐっと引き上げているのは間違いありませんよ。
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寄り道こそが旅の醍醐味ですよね。そして私が一番心に残ったのは、この旅の終わりの感情なんです。帰り道、筆者はいい寄り道だったなぁと満足感に潜るんですが、その直後に仕事行きたくないなぁと強烈に現実に引き戻されてしまうんです。
ああ、日常を忘れるほどの非日常を味わえば味わうほど、元の生活に戻る時の落差は大きくなりますからね。
私は思うんです。この楽しかった非日常から、行きたくない日常への宮殿直下の落差こそが、日々を懸命に生きる私たちにとってのパワースポットの本当の副作用なのかもしれないなって。
日常に戻るのが辛くなるほどの体験ということですね。
ええ。送ってくださった方は、日常に戻るのが嫌になるほど夢中になれた寄り道、最近ありましたか?
次回の配信もお楽しみに。さようなら。