台本作るのはやめとけ
2026-10-17 09:33

台本作るのはやめとけ

読み上げるタイプの台本を作るのは個人的におすすめしません。 AI時代だからこそ、アドリブで喋ることが大事だと思います。 読み上げるタイプの台本を作ると何が問題なのか?についてお話します。

 

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サマリー

ポッドキャストで一言一句を書いた台本を読むことの弊害について話す。台本作成には手間がかかり、読み上げが棒読み・一定のトーンになってAI音声のように聞こえ、内容が頭に入りにくくなるという。個人のポッドキャストでは、台本よりも自然なアドリブや言い間違いから生まれるライブ感と、その人らしさが重要だと説明する。最初の数本は台本を使ってもよいが、AI時代だからこそ自分の言葉で話す練習を勧めている。

読み上げ台本の手間とAIらしさ
ポッドキャストのエピソードを収録する時に、台本を作っている人もいると思うんですね。
特に初心者の人は、あまり一人で喋ることに慣れていないので、台本がないと喋れないという人もいると思います。
だから最初は、喋るのを慣れるために、台本を作って収録するということも、別にダメではないんですけど、
台本を作ることによる弊害みたいなものがあるので、今回はそれについてお話していきます。
まず一つ目ですね。手間がかかるということですね。台本、この読み上げるタイプの台本。
過剰書きではなくて、セリフが書いてある台本というのは、作戦に時間がかかります。
今はAIがあるので、そのあたりの時間というのは、大幅にカットすることはできるんですけど、
それでも台本そのものを準備するのに時間がかかると。
こういう収録作業とか情報発信に手間とか労力がかかりすぎると、続けるのがしんどくなるので、途中でやめてしまうというリスクも高くなるわけです。
それだけではなくて、それ以上に僕はデメリットがあると思っていて、他のところでも話をしたんですけど、
この読み上げるタイプの台本ですね。これを使うと何が起こるかというと、
AIっぽい音声に聞こえてしまうというのがあるんですよ。
AIっぽい音声。要するに、本当にこの人が生身の人間がしゃべっているのかな、
それともAIがしゃべっているのかなというのは分からなくなるんですね。
今はクローン・ボイスが作れるので、自分と似た声でAIにしゃべらせるということもできるわけですね。
ただ、このAI音声というのはずっとトーンとかペースとかそういったものが一定で、しかも感情がこもっていないんですよ。
だから聞けばおそらくこれAIだろうなと、本人の声だけど、なんか人間らしいしゃべり方じゃないなというのが分かるから、
なんとなくAIじゃないかなというふうに思うんですけど、この読み上げるタイプの台本を作るとそれに近くなってしまうんですね。
例えば、自分がプロのアナウンサーとか声優とかナレーターとかであれば、
そういう読み上げるタイプのセリフ形式の台本を作っても全然上手にしゃべれると思うんですよ。
人間らしくというか不自然な感じじゃなくてしゃべれると思うんですけど、
だけどほとんどの人はそういう訓練をされていないわけですね。
ってなると基本的には棒読みになるんですよ。
棒読みになると僕たちが普段しゃべっているような自然なしゃべり方ができなくなるんですね。
感情もこもっていないしずっと同じトーンでしゃべり続けると。
しかもそのAIの音声の特徴としてミスがないっていうのがあるんですよ。
ミスがないっていうのは、例えばフィラーワードが全然ないとかね。
えーとかあのーとかがない。
それが逆にAIっぽさが出てしまったりとかするわけですよ。
言い間違えたり言い直したり噛んだりとかすると、
これ人間がしゃべってるんだって分かるけど、
読み上げるタイプの台本だとそういったことがなかなか起こりにくいわけですよ。
僕が言ったみたいになんとかのねみたいな感じだったりとか、
そういうのって突然に出てくるというか、
ちゃんと人間がしゃべってるんだなって分かるわけですけど、
一切ミスがない。しかもトーンも一定だし、ペースも一定だし、
感情がこもっていないってなると、
仮に本人がしゃべっていたとしても、
AI音声じゃないかなって思われてしまう。
これはもったいないですよね。
AIがしゃべってるんじゃないかって思われることによって
得することってないと思うんですよ。
むしろこの人AIにやらせてるんだっていうふうに思われてしまう。
本人はちゃんとやってるのにそう思われてしまうリスクがあるっていうことですね。
だから個人的にはもうそういうふうにしないほうがいいんじゃないかな。
特にこのAI自体はそういうふうにしないほうがいいんじゃないかなと。
自分で下手くそでもいいから、
自分の言葉でしゃべるっていうことをしたほうがいいと思います。
自然な話し方が内容を伝える
そもそもなんで台本を作る必要があるのかってことも考えないと、
たぶんちゃんとしゃべらないといけないと思っているからだと思うんですよ。
別にリスナーの人たちは僕たちが上手にしゃべっているのを聞きたいわけじゃないです。
その話の中から何か得るものがあるから聞きに来ているわけであって、
上手にしゃべっていたとしてもですね、
内容がスカスカだったりとか、
全然頭に入ってこなければ、
聞いてくれないんですよ。
例えばね、そういう音声とかでも、
それこそ機械音声とかAIとかもそうですけど、
ずっと同じトーンで同じペースでしゃべられると、
頭に入ってこなくないですか。
話し方にメリハリがないから、
一応聞いてはいるけども、
何かどこが重要でどこが重要じゃないのかわからないし、
やっぱり理解がなかなか進まない。
でも人間のしゃべりだとこういうふうに抑揚が出たりとか、
ちょっと間があったりとかするから、
どこが重要でどこが重要じゃないとかっていうのは、
すっと入ってきやすい。
だから仮にそういう台本を読み上げるタイプの
エピソード収録者としても、
お経と同じ状態になってしまうわけですよ。
右から左に抜けてしまうみたいな。
音としては認識しているけど、
全然頭に入ってこないとなったら、
逆にそのきれいにしゃべることが
あだになってしまうわけですね。
この人のエピソード、
全然頭に入ってこないなみたいな。
ただの雑音として流されてしまうみたいなことが
起こってしまうから、
だから僕はあんまりそういう
セリフ形式の台本は作らないほうが
いいと思います。
例えば自分が企業の
ポッドキャストを収録していて、
企業ってある程度ブランドイメージみたいなものはあるから、
あんまり素人が下手くそな
しゃべり方をしてしまうと問題だから、
だからちゃんとしゃべるために
そういうふうに台本作ってっていうのは
まだわかるけども、そうじゃないんだったら、
別にいいわけですよ、個人の
ポッドキャストっていうのは。
だからラジオ番組とかもそうじゃないですか。
例えば
そういう朗読とかね、
そういうチャンネルをまた別にしたとしても、
芸能人とかがやってる
番組とかで、あれ全部
台本が作ってあって、セリフのね。
一言一句読み上げてたら
多分面白くないと思うんですよ。
その自然なおしゃべりというか、ライブ感が面白いから
聞くと思うんですね。
あれ一言一句全部セリフが決まっているのか
っていうとそうじゃないと思うんですよ。
個人発信に必要なライブ感と自分らしさ
大体の段取りは決まっているけど、
実際しゃべるときはそのときのね、
場の雰囲気というか
アドリブでしゃべるみたいな感じになっていると思うんですね。
そのライブ感が面白かったり
とかするわけですよ。
でもこの台本を作ってしまうとライブ感が出ないから
そういう面白さというかね、
もう伝わりにくい。
僕たちみたいなそういうエンタメ系じゃなかったとしても
やっぱりそういう面白さっていうところ
も伝えていかないといけないから
聞いててなんかこの番組
いいこと言ってんだろうけど全然なんかこう
面白くないなみたいな。
だとやっぱりリスナーも定着しないしね。
作り物感が出すぎてしまうっていうのは
逆にマイナスになったりするわけですよ。
だから僕たちは別にそんなこう
企業みたいな感じの
発信をする必要はないわけだから
企業っていうのは
なんていうんだろう
組織だから
一人の人間の人格になってしまったら困るわけですね。
例えばポッドキャスト担当のAさんっていう人がいて
その人が発信することによって
その企業のイメージがAさんのイメージと
一緒になっちゃったらまずいわけじゃないですか。
だから変に
自分を出すっていうのは
企業の発信っていうのはなかなかしにくいんですけど
我々は個人でやってるわけだから
自分自身をね
選んでもらう必要があるんですね。
だからこういうそのありのままの
自分を出していくっていうところ
そのためにはこの作り物感を
減らしていくっていうことをしないと
やっぱり台本とかを作ってしまうと
いわゆる素の自分じゃないっていう状態になるわけですよ。
で、その上手に喋るとかっていうところで言うと
例えば台本作って
読んでる時に
それをいいと思う人がいた場合
それは本来の自分じゃないわけですね。
本来の自分じゃない自分を好きだって
言ってくれる人は多分本来の自分を出したら
なんかこの人ちょっと
違うなって言って離れていくわけですよ。
でも素の自分を出して喋ってる時に
この人いいなと思ってくれる人は
本当の自分を好きになってくれる人ですよね。
だから作り物の自分を好きになるか
本物の自分を好きになるか
でやっぱり変わってくると思うし
我々はやっぱりそういうところ個人だからこそできる
っていうその自分っていう人間を出すっていうところを
まずは考えていかないといけない
っていう風になると
台本からアドリブへ練習する
変に台本を作って読むみたいな
ことはあんまりしない方がいいと思うんですね。
しかもこの台本を作って読むっていうことばっかり
やってると、自分でアドリブで
喋るっていうスキルが磨かれないんですね。
ポッドキャストの収録は
できる、でも台本がないと喋れない
っていう状態がずっと続くわけです。
読むのは上手になっても
喋るっていうね、アドリブで喋るっていうスキルは
身につかない。からはいつまでたっても
一人で喋れるようにならないんで
最初はいいと思います。本当に
とっかかりで全く慣れてないから
最初の数本は台本作って読むっていうのは
いいと思うんですけど、どっかでそういう自分の言葉で
喋るっていう訓練をしていかないと
いつまでたってもね、そのアドリブで
喋るスキルって身につかないし
やっぱりそのアドリブで喋ると時折そういう
ミスがあったりとかするからこそ
そこにね、なんかちょっと人間らしさが
出たりとか面白さが出たりとかね
自分のキャラクターみたいなものが出たりとか
っていうのがあるわけだから、別にその
ミスったから、この人今言い間違えたから
こいつもうダメだとかってなる人は
ほぼいないわけじゃないですか。多少の
言い間違えがあっても、そんな鬼の首を取ったかのようにね
間違えたこいつとかって
言う人もいないわけだから
だったらそこはあんまり気にせずに
ミスとかそういったものは気にせずに
発信していくのがいいと思うんですよね。
なので
台本を作ってね
読むっていうのは最初だけというか
あんまりこうずっとやらないっていうね
特にAI時代こそそういう
作りもの感を出さないっていうね
オーセンティックにするってことがすごく大事になってくるんで
個人的にはね、読み上げるタイプの台本は
読めたほうがいいんじゃないかなと思います。
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