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第5882回 雑談回絶対を疑いながら生きる
2026-07-14 54:47

第5882回 雑談回絶対を疑いながら生きる

この番組では、最初に日常の話から入ることもありますが、そこから話題が次々と移り変わっていきます日常のささいな出来事をきっかけに、人間の認識、意識、存在、そして意味づけの仕組みを観察する思考実況ポッドキャストです。

哲学や心理学を教える番組でも、人生の答えや救いを与える番組でもありません。

「何を知っているのか」

「それは本当にそうなのか」

「確信はどこから生まれるのか」

人はなぜ何かを信じるのか。

なぜ物語を作り、意味を見出し、自分や世界を理解しようとするのか。

私たちが見ている世界、自分という存在、記憶、感情、快感、思い込み、そして後から作られる物語を静かに掘り下げます。

信じることで成り立っていた世界から離れたとき、人は何を見るのか。

意味や物語が最初から存在するのではなく、人間がそれらを作り出していることに気づいた後の世界を観察します。

人生に意味はあるのか、どう生きるべきなのかという答えを探すのではありません。

意味や目的が揺らいだあと、それでも人間はどのように日常を維持し、考え、動き続けるのかを記録します。

結論よりも、考えている途中の揺れ。

完成された思想よりも、変化していく認識の記録。

自己啓発ではなく、答えを急がず問い続ける。

虚無を終点ではなく前提として、人間という存在の仕組みを見つめる哲学的独白番組です。

書き起こしサービス LISTEN

https://listen.style/p/ponsudati?hABcy07H 

感想

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00:02
これから、倉木さんのラジオ収録始まります。
えー、現在はそうです。
えー、番組名について考えてた頃はですね、まあ自分のことについていろいろ探究してきたので、メモをとっていたんですね。
でもあまりにも長いから、
なんとかまとめようとして、一回それでまとめれたんですけど、
昨日、まあそれでまた一昨日は5時間使って、昨日は2時間。
でもそれでも不十分な感じがして、また2時間それやってて、
で、まあツールを使ってまとめようとするんだけど、多分長いから、
まあいずれも失敗だったのなと朝気づき絶望して、
でですね、まあそんなことをしてるとですね、
まあ人間なんで楽をしようとする心理が働くんですね。
で、他の人からしてみたらまあそれって楽をしてることになるのかと思うかもしれないですけど、
えーどういうことかというと、
過去の自分の何か分かったこと、分析したことは過去のものだろうと。
で、最新の今の分かってることを大事にすればいいんじゃないかと思って、
まあそれはいいんですけど、そこからですね、そもそも、
まあこの10年間のこと、
それ自体は別にBotcastで話す必要ないんじゃないかという極端な思考が始まりですね。
で朝ですね、データ残ってないから最近ちょうどメモしてたんですよ。
それで、ちょっと話変わるんですけど、
最近はこの10年のこと、ちょっとメモしてて、
でもそれが見当たらなくて、で今必死に書いてたらですね、
確かにこの10年のこと書いてると。
でもBotcastで話してることって別に生まれてからのことではなくて学生時代のことも話してるし、
それはじゃあ一日書かないよなと思って全部書いてたら大変だぞ。
例えばトラウマのこと、ここで話してましたけど、
それをいちいちメモしてるわけにもいかない。
ってなるんですよね。
なんか書いてて情けなくなるんですよ。こんなこといちいち書いてもしょうないんじゃないかと。
何にも使えないんじゃないかと。
で、もっと細かいこと書けるだろうけど細かいこと書き出したら、
Botcastで何百時間話してたことを書くほどになるんで、そういうわけにもいかないし。
で、また本を書きたいとか思い出すね。
思い始めたらまた困るなとか思いながら一回でも書いてました。
で、もちろん最新が大事かもしれないけど、
03:04
一本線の道を歩んでるっていうイメージでいたけど違うんですよね。
過去に気づいた細かいことはどうしても人間的に
全部記憶してるわけじゃないから、全部の参考になるわけだし。
で、朝ですね。
朝やってコーチウネのことをもう一回掘り下げたいなと思ったら、
じゃあこの番組名について考えてるとき、相当自分について掘り下げてたな。
じゃああれだけ細かいこといろいろ書いてきたのに、もったいないなとなり、
かといってこの帳簿、置いておいてたところで、
いわゆる大量にクローゼットに服を置いて、
でもどうせ着ないけども置いてるみたいな状況になりかねないんですよね。
あと最近あったことですけど、英語のエピソード回のことで、
1ヶ月くらいやってきたこと、それもすべて無駄だったんですよね。
で、自分は断捨離する性格があるんで、それ作り上げてきたもの、
最終的にもう空っぽにして、別に破壊力があるわけじゃないんですけどね。
でも人生でこういうこと何度もあると、10回以上あるとですね、さすがに慣れました。
あとひよこ豆の件ですけど、5キロ買ったんですよね。
で、それ、まあなんとか無駄にならないかなと思ったんだけど、
食事中は親が食べてんならいいんだけど、他の時間もそれ食べてる。
うちの親にとってはいいかもしれないけど、別に取らなくていいものを取ってるような気がする。
お金の無駄だっていう結論になってしまったんですね。
で、さっきの掘り下げれてるとき、
過去のもの、捨てたほうがいいのかっていう話でしたね。
過去のものを振り返ったときに、後から自由だとわかることってあるわけですよね。
過去に築いたものが後から更新されて、あんなの古い築きだと思ってても、あれは大事だとなる。
あとやっぱり過去の情報によって何か、それを参考に前提に何か考えが進む。
化学の研究なんかもそうなんですけど、そういうこともあるわけですね。
あとですね、これもよくあることなのかもしれないし、ちょっと不思議に思ったんですけど、
06:04
あるアイドル闇を抱えていると、2人とも目は暗いと、相当ダークなんだと。
でも1人明るい人が混ざることによって、中和されるんだと。
だとしたらこの1人の力ってめちゃくちゃすごくないかと思ったんですね。
そんなことあるのかなと思ったんですよ。
気持ちが軽くなる程度ならわかるんですよね。
それはありそうだけど、そういう感じじゃないんですよ。
落ち着いた人と逆に会うとか、うまくバランス取れる。
だからこの前、この前じゃない、すごい落ち着いた人とめちゃくちゃ明るい人が会うっていう例は見たことありますね。
では次の話ですが、
さっき言った、親が食事中食べるならいいけど、食べなくてもいいのに他の時食べるのでは。
お金が無駄にならなかった。
食費がプラマイズルーになって、食べなくてもいいのに他の時食べるのでは。
金、無駄になっているのではないか。
無駄にならなかったとはならない。
これって自分だけかなと思ったんです、この思考法。
余計な食費だったと考えてしまう。
食品は無駄にならないし、親にとっても健康的にいいかもしれないけど、浮いたお金が戻るわけではないわけですよね。
でもうちの親としては、捨てないから無駄にはならないって言ってるんですよね。
たぶんですよ。
こんなお金が無駄だった。
しかも数千円のことで。
数千円というか、もっと安いかな。
2千円くらいのものかな。
でもどちらにしろ、食事でも使うから千円程度は。
無駄だったとか、こんな悩む人ってあまりいないと思いますよね。
では次の話です。
偏りが丸付きある人もその人の中でのバランスが必要だけど、他の人と比較したところでそもそも偏っててわからないですよね。
まず言えるのは、偏りのある人でもその人のバランスをとる必要がある。
ただ他の人と比べても相手もまだ偏っているわけだから、単純には判断できない。
この話で何を言いたいかというと、自分が偏っていることによって人と比較して、自分の中で今偏っているということをわからないわけですよ。
偏っている人のバランスというのは、もちろん平均になることではなくて、偏りを自覚しながら暴れすぎないように調整することですよね。
09:02
大事なのはバランスは自分にとって真ん中に戻ることではなくて、自分で極端さを扱える状態にすることだと思うんですよ。
コントロールできる状態ですね。
その状態というのがどの程度なのか。
偏っている人と自分の状態の度合いを他人に比較するだけでは難しいんですね。
耐えれない部分だけが見えてくる。
で、もしかして言うと、これも要因なのかもしれない。相手の見えている部分だけ。事情とかわからない。
というのも理由かもしれないし、偏りが強いと偏りが自分にとっては普通になるんですよ。
でもそれは問題ないんですよ。これが標準だと感じてしまうのが問題なんですよ。
なぜかというと偏っている人は偏っているのが定位置だから。
まずだからそれは自分の標準なんだと認めるところから始まると思うんですね。
定位置だからこれでいいんですよ。
まあその中でバランスを取るしかない。ですよね。
では次。ドラゴンボール。昔好きだったというある芸人さんなんだけどいて、今でもかなり詳しいみたいなんですよ。
でも最近のは見てみないみたいなんですよね。これが非常に違和感でした。
最近のアニメは見てない。もっと違和感なのが、今でも興味は相当あるみたいなんですよ。相当オタクなわけですよね。
でも最近のアニメは見てない。何よりも不思議なのが、いまだにカードを買ったりしている。やっぱり興味はあり続けている。もしくは再燃しているわけですよ。
で、まあ自分の予想としてはですね。やっぱり音楽、若い人の聴けないとかいうのと同じで、最近のにはちょっと抵抗がある。
でもドラゴンボールが好きという思いはある。で、やっぱり作品そのものの愛着とは、今の新作を追うかどうかというのはやっぱり別なんですよね。
アーティストなんかもそうなんじゃないですか。昔の作品は好きだ。で、その人は好きだけど今のは好きじゃない。すごい自分としては違和感なんですよ。
その人の音楽が好きなら今の音楽も好きだと思うかもしれないけど、まあ確かにいろんな影響を受けている。だからその人の人格とか音楽性はさほど変わらなくても、
やっぱりそこにいろいろなものが貼り付けられてしまうとは、ドラゴンボールも別なものと感じてしまう。
ましてや今の若い人が見ているとなると、ちょっと自分とは世代も違うしみたいに思ってしまう。
それ言ったらなぜか自分は違う世代、上の世代、人もあり上の世代の人となぜか興味が合うっていうのは、これは不思議なものですが。
12:01
だからその人は多分ドラゴンボールはすごく好き。キャラの知識とか今も残ってる。でも最近の作品には乗れてなくて。
でもカードは買うぐらい。で、新作はまあ見る体力がないのかもしれないし。
で、これもよくあるパターンだけど、ちょっと触れるだけなら楽しいっていうものを触れている。
自分もそういうことありますよね。でも、なんかそのバランスの取り方って自分は嫌なんですよ。
もう趣味とガップル4つに組んで取り込みたいっていう感覚なんですね。
では次の話です。
動物に立ってる人はひどいという人いますよね。
別にいいんじゃないのと思うんですけど、こういうやり方をするこの種という特徴であるというだけ。
生物学的に言うと悪い生き方なんてないですよね。
で、こんな風になってるのは進化の過程でこうなっただけ。
だからそもそも自分は地球温暖化なんて信じてないし、地球温暖化の理由が二酸化炭素。
それも地球温暖化があると仮定してもそんな根拠は全くないと思ってるし、都市伝説レベルだと思ってるんですよね。
そういったものも別に人間が悪いもいいもないだろうと。
でも今思ったんですけど、自分たちは責めなくてもいいのに責めてしまうのも人の特徴なのかなと思いました。
人間は他の生き物に比べて環境を壊すし他人に大きな負担をかけるし、一番頂点に立ってると思い込んでるし。
自分はこうやって言ってもこれはただの幻想だと言っておきながら、だから人間が酷いなんていうことはこれに関しては言わないし、幻想は幻想でしかない。
だから嘘ですよとは思うけど、だから人間が酷い種だとは思わないですね。
だから支配的になったというよりも環境を作り変える方向に極端に適応した種と言った方がいいんじゃないですかね。
別に悪くはないですよ。自分たちは責める必要ないと思いますけどね。
そこででも地球を破壊してしまうのも、生き延びさせるのも確かに人間だとすれば、そこで今言ったような考え方すると人間になるようになるとするのも考えだし、何とかしなきゃとなるのも人間だし。
で、いずれにせよ地球満足でしかないと思うんですね。
使命感で地球のためにと言ってるが、地球満足でしかない。なぜかというとそれは今話してきた理由ですよね。
15:17
だから言ってみれば自分たちのためにそう感じてるだけ、地球のためというより。
結果的に地球のためになるんだけど、いくら地球のためになるとは言っても、自分たちの価値観や使命感を地球に重ねてる表現というだけ、地球のためというのはですね。
それこそだから別に、どうせ地球もいつか壊れるというか、だから地球が壊れてはいけないとか何とか言うのも人間の価値観ですよね。
そうなんです。生物学的に言うと、どの生物だって地球壊れたって何ら困らないですよ。
うちらが勝手に他の生物が可哀想だと思ってるだけで、だから地球自身の絶対的なルールというより、自分たちの価値観でそう決めてるだけだから本当に軸満足なんですよ。
あとは人間が生きるために必要だから壊れてはいけないと言ってる。地球のことを思ってるわけではない。
っていう見方もできるかもしれないけど、そもそもそんなことじゃないですよね。
あとですね、数千年みたいな真っ黒な時間で見れば結局壊れるし、今の守る守らないのも相対的に見えてくるわけですね。
でも地球温暖化がどの程度の先に影響が出るのかちょっとわからないんで。
そもそも自分は地球温暖化なんてないと思ってますから。だって地球ってあったかい寒いっていうのは繰り返してきてるわけですよ。
時には長いスパンの時もあるし、短いスパンの時もあるし。
では次です。人間って予想通りっていうものを土台にして動くと思うんですよ。
で自分はこの部分が大きいです。でも快感っていうのは意外性でしか発火しないのもわかってるんですね。
だからつまり安全安定を求めるんだけど、刺激とか意外性がないと快感っていうものの発火が起きないわけですよね。
味が一番察知できるのってですね、普通であれば安定がある中に少しの意外性がある、ズレがある。
18:07
でも自分はですね意外性あると察知できないし、慌てるし変化に弱いし、でも安定だけだと飽きるというか味を察知しなくなるんですね。
意外性が強いと処理が破綻するんですよ。でも安定だけだと感度が落ちるし、変化に弱いし単調にも弱いという二重構図なんですよ。
予想外というのが大きいと味の入力ができないし、安定だけだと味を察知できないし。
恐ろしいもんね、自分なんか一つの食材をずっと食べるので、しかもそもそもうちは色んな料理っていうことでもないし、だいたいパターンが決まってるし。
特に豆腐なんて昼なんか毎日同じもんですからね、豆腐で3食。しかもそれだけ。
まあそうするとですね、全く味は感知できないんですよ。
でそもそも自分は味覚弱いし。
あと飽きるのと味を察知しなくなるのってやっぱり違いますよね。
そういう人っているものかなって調べたけど、味を察知できなくなるっていう病気はあるみたいです。
でも自分は飽きてから察知しないっていうなんかおかしな話で。
じゃあ変化に弱いから飽きるっていうのも防げないし、味のコントラスト、差の分ですよね。
それは色んな食材を食べなきゃいけない。でも自分は一つのものを食べる。だから味を感じにくいし。
で毎日だいたい似てるから飽きてしまうし。
で普通は明らかに飽きる方が絶対多いわけですよ。
味ほとんど察知しないっていうのは病気だし。
飽きてるのは飽きてるんですよ。でも結果的な状態としてはほとんど察知してないに近いんですよね。
病気でないから味は察知できてるとは思うんですよ。
でもほぼ無味な時があるんですね。味覚があるはずなのに味は全くしてないんですよね。
一時的な味覚の低下でもないんですよ。鼻詰まりとか疲労とかでもないし。毎日ちゃんと鼻綺麗にしてるし。
21:01
でもちろん嗅覚の影響でもないし。薬の影響とか味覚障がいでもないし。何なんだろうね。まあいいや。
では次の話です。
自分にとって良い感度って意外性ってないんですよ。意外性が大きかったら慌てるし、なかったらつまらない日々になってしまう。
ちょうど良い辺りって直に食事中はないんですね。
では次。音楽に良い悪いなんてないと言っときながらこれはダメだっていうのって謎だなと思うんですよ。
価値判断のレイヤーではですよ。皆さんが音楽に良い悪いなんてないのはわかっている。
もちろん好き嫌いはありません。だから自分はめちゃくちゃ好き嫌い激しいから。そういう話もここでしてるし。
ただですね、なんかそれ混ざっちゃってますよね大抵の人。価値判断とこれは好き嫌いが混ざっちゃってますよね。
だから悪いと言ってしまうんですよ。
あーでも好き嫌いは主観が入るからあまり良くない気がする。悪いは客観的。
だとしたらですよ、いかにも何かしっかり評価してるみたいな言い方してひどくないですかそれって。
好き嫌いっていうのは単に感情ですから誰だってあるわけですよね。子供でやろうと大人でやろうとあるわけです。
でも良い悪いと決めつける方がなんか悪く映りそうな気がするけど。
だからまあ客観的な評価っぽく見せて、自分の立場強く見せて、自分の感情とかではなく強がりの言語化ですよね。
で好き嫌いに正解なんてないし、でも良い悪いっていうのは条列を作ってしまう。
次ですがAになってしまうやBになるという議論でですよ。
人らそれは混ぜるからAの方に行ってしまうっておかしくないですか。今の話もそうですよね。
好き嫌いと良い悪いを混ぜてしまうからだからAの方が良いっておかしな話ですよね。
いや中和されるんじゃないのかと思うんで、総裁されてしまうとか。
なのわかる?
確かにディベートだったら好き嫌いなんかどうでもいいっていうのはわかるんですよ。
でも人に話してるときに好き嫌いだったら単に嫌いなだけなんだなってなるはずなんですよ。
24:09
あと世間の人、別に的見を合わせるわけじゃないけど議論していてどっちにも揺れてて、だからAというのが正しいかもしれないしBというのが正しいかもしれない。
どっちに揺れてるか、開目検討がつかないというときに、またその揺らぎも変化すると予想されてるのに決着を平気な顔してつけるのが躊躇なくつけられるのが理解できないんですよ。
変化してるからこそ固定しようとするんですかね。
そうやって揺れがあるのが怖いからどっちが正しいと決めつけちゃえたわけですよね。
今回の言い過ぎかもしれないっていうのは承知で話しますけど。
分からないからこそ決めたいのは分かるけど揺れてるということは正解が全く出てないはずですよね。
なのに決着つけるっていうのは、逆にですよ、開始時の方が良かったと思うんですよ。
まだ揺れが少ないかもしれない。
でもしかし、開始時に結論つけるわけないですよね。
ということは話し合えばいいと思ってる。話し合うこと自体に意味を置いている。
だからより良くする方に向かわせる気がないってことですね。
5個取っております。
今日は結構大きな音がいくつかありました。
ドラゴンボールのカードケース、あれ売れるかなと思ってカードいくつもあるんで。
久しぶりに見たいっていうのもあって。
あとはですね、卒業アルバムが奥に入ってて。
映ってるか映ってないか分からない人がちょっといて。
この家を出る時に見ようと思ったんですよ。
なぜかというと、埃が立つのも嫌だし。
それでですね、カードケースはなくて。
親に来てもらって、何とか無理矢理出して。
まあ大変でした。確認作業も大変だし。
27:01
したらその霊の人物映ってたんですね。
映ってるかなと思ってたものなの。
これ誰か言ったら高校がバレてしまうんでちょっと言えないんですけど。
まあでも不安でした。
親が歩いてるとこ埃立ってないか。
あとはストーブがちょうどこれ。
もっとベッドに近づけたかったからちょうどよかったけど、
でもそれ逆に遠くなってそれも大丈夫か不安だったし。
あとアルバムを見る時に親が近くで話すし、
アルバムの埃立たないか心配だし。
でですね、その人が集合写真で映ってないか言ったら見てくれないんですよ。
だからまあ何言ってんだほっとけって感じで無視されたんだなと思ったんですね。
当然鼻立ちますよね。
でもう1回言ったんですよ。3回か4回言いましたね。
そしたら見て、2、30秒見て、そんなんで見れるわけないのに次のページ行ったんですよ。
いやまたどうせ映ってないと思ってすぐ次のページ行ったんでしょうって言ったんですね、自分が。
そしたらなんとですね、何々部、ある部活ですね、のことを言ってると思ってあっち行ったんですよ。
だってどこの部活か入ってるかわかんないのに、ある別の人なんだけどもう1人のこと調べようと思って。
確かにずっと前にその話出てたかもしれないけど、いやそんなこれ猿じゃないんだからわかるはずですよね。
別にそんな、でも前もこういうことありました。
全くこの話と関係ないのにずっとその話続いてると思って。
で猿じゃないんだから、まあ話変わってるってわかるはずなのに。
だからもう根本的なところで間違ってたんですよ。
ある部活を見ると思って行ったからここまで話噛み合わなかったんですね。
30:17
ちょっと親との会話で。
卒業アルバムに出てた人ある?
自分は体育、ジャージの名前生み出たかいってずっと言ってるのにどこで話変わったと思ったのか。
顔について言ってると思ってたらしくて、まあこれも話噛み合わないんですね。
あと何でか親が疲れ、いやなんかめんどくさいと思ったのかよくわからない感情なんだけど。
なんか機嫌悪いから、なんかそっとしておこうかなと思うし。
で間違いなく向こうが悪いと思ってしまうのか実際に悪いのかって別ですよね。
今日の例で行くとですね、写真見てずっとジャージの名前を聞いてた。
ずっとその話して、でまあうちの親は話を聞いてないって場合がほとんどですね。
間違いなくこっちは言ってるんですよ。でうちの親の場合は私語を言わなかったりするけど、目的語もなかったりするけど、
自分はジャージの名前だと言ってるんだけど、まあ向こうは思い込みで聞いてるんですよ。もう100%向こうのせいですよね。
あとですね、その当人写ってたんで写真を撮ってたらですね、たまたま間違って例の悪人ですね、英語の先生が
写真を撮ってしまって、今までは頭の記憶だったのが実際に写真で見てしまって、今までは空想の世界の人だったんだけど
もう10年以上前ですから、それで10年ぶりに実際に写真とはいえ見てしまったわけですよ。
いやーこのトラウマが悪化しなければいいですけど。
だから今まではまあもちろん記憶にはあるんだけど、だけどもやっぱり距離的には時間的なのがある、距離的にあるんで
少しずつ記憶が薄らいでる感じではあるとは信じたい感じ、わかんないけれども。
でも写真を見てしまったんですよね。やっぱりいたんだよなって。その高校にいたんだよなって感じ。
あといろいろトラウマの、ちょっと後悔してる人物とかも見てしまって。
でですね、その例の人物同じ高校だってのはもちろん知ってたし、写ってるかなと思ってたんですけど
33:04
いやーなんか不思議なもので、同じ高校だと証明されて知ってはいたんだけど
なんか不思議な感じ、タイムスリップなのか、なんなんでしょうねこの感覚。
まあそんな単純なもんじゃないですね。
同じ学校にいてたんだっていう感覚。
何を言ってるのかちょっとわかんないと思うんですけど、とにかく不思議な感覚なんですよ。
10年以上前のものを見てリアリティを増してるわけですからね。
あとドラマを見てそんな考えさせられることもないし、小説、文学も別に好きじゃないし。
ただですね、今日あるドラマを見てて、でこれは一般的な受け取られ方としてはもともと小説なんですけど
人には醜い部分もあって、美しい部分だけじゃない。
どちらも抱えてるんだっていうドラマなんですけど。
自分はですね、これ見ててですね、非常になんか、
主人公が自分に似てるっていうか、似た状況に立たされてるというか、と思ったんですね。
まあ見にくい部分も美しい部分もあるみたいな、そんなありきたりなドラマだったら見ないですけど。
今もう一回あらすじ見てみたらですね、自分はなんてニヒルで素晴らしいドラマなのだと思ったんですよ。
ニヒルというか、それを直視しなきゃいけないっていう辛さとかを言い表してるドラマだと思ったら全く違うようで、
まあ自分に都合のいいように、うまく引き寄せて見てしまってたのか。
でもそんなわけはないし。
まあでも、悪の花はさっき言ったように、見にくい部分も人は抱えてるっていうことだけど、
人間でそうやって、自分はそんな人間じゃないという物語を書いてお互いその物語を読ませあって生きてるような感じだと思ってるんですね。
36:13
まあこのドラマでは見にくさという表現をしてるけど、
自分のそういう、世界の見たくない部分を、あるいは本当は自分に抱えてる虚無な部分を見ないことにして生きてる。
だけどそれにも限界があるみたいな、相当もう受け取られなくもないなと思ったんですよ。
人間は意味はあるのだという物語を書いてると思ってるんですよ。
で結局その主人公は、自分に見にくさがあって、見ないようにしてるけど見ないようにしてるのもわかる。
で結局最後普通にもなれなかった、こうにもなれなかったことになれなかった。
なんか共感できるなと思ったな、自分もそうやって単純な虚無にもなれないし。
もちろん生き甲斐なんて持てないし、それに共通したなと思った。
あとは、いったいのことをなぜ文学にするのか。
主人公は結局最後小説を書くんですけど、なぜわざわざフィクションにしてわかりづらくする必要があるのか。
これは歌詞と歌詞も同じですけど、それが理解できないんですね。
文学にする良さっていろんな解釈が生まれてしまうとか、オブラートに包めるのはいいかもしれないけど、
そもそも文学って別にその人の人生哲学を伝える目的のものじゃないと思ってるし、
例えば絵だったらそこから何を汲み取れるかって別にこういう色やか美しいなあってそれでいいと思うんですよね。
もちろんもっと深みがあるものだと言われたら確かにそれもわかるんだけど、
芸術って本来そういうものかななんて思うんですよね。
あと主人公がどこまで行ってもまた出口がないみたいな。
どこまで行っても何かを追えばまたそこで終了ではない。
どういうことかというとですね。
結局別の人を彼女に持つんだけど、そこでもやっぱり自分の醜さがあって、
それを隠しながら生きていかないっていうことに突き当たる。
やっぱりこんな普通に付き合ってなんかいっちゃいけないんだ自分みたいなものが。
39:01
みたいにその自分の醜い部分を隠しながら生きるということに付けさせられるわけですよね。
それからいつまで経っても終わらないんだと。
やっと普通にできるかと思ったけどやっぱりダメでってことを繰り返す。
これも最近の自分の話と重なった部分はありますよね。
人間で出口を探そうとするけど、出口なんてないからいつまで経ってもこういうことになる。
この人の辛さをわかっているなんてそんな大げさなことは言えないけど、
ただですね、はっきり言えるのは自分の醜さがなくなるなんて幻想だし、
醜さがありながらもでも何とか普通にできるっていう理想像があるって
そこにいつか近づけるっていうのも単なる幻想でしかないからこそ、幻想を追うから幻想を追っている自分がいて。
雲を使うような作業だから、また新たな雲を見つけて、掴めなくてまた新たな雲を見つけるっていう繰り返しなんですよね。
では次の話。仕方の親戚の前でこんなこと言ってるって空想してました。
自分は生きてるのが辛いんだと。1年に1回しか会わないんだから悩み伝わるわけがない。
特に何が辛いというわけでもないとも言えるし、でも全てにおいて辛いとも言えるし、
こういう人がいるのを知ってほしい。若造だけど、別に自己啓発する権利はあるんだって言ってる空想をしてましたね。
あとですね、親との関わりの話です。親が寝てるから動画つけてもらってるときなんですけど、
今寝てたよって言ったら無気になるんですね。たまたま今回は違うかもしれないけど、
今まで同じ失敗してたってこの説明何回もしてるんですね。
宗教の知り合いの彼女が美人だった。どんな感じだったか覚えてるかって親に聞いたら、記憶ないんですよ。
記憶ないってことは印象に残ってないってことですよね。何回も聞くんですよ。
じゃあ普通だったんだねって聞いても、なんかおかしな回答で。
最終的にこっちの主張は、ちゃんと見てるのに全く印象に残らないってことはすごい美人だったとか、そういうことではないんだねって聞いてるんだけど、
42:06
最終的に向こう側に行ってきたのは、一回しか見てないから分かんないって言うんですよ。
それはこっちも分かってるけど、伝わんないですね。
では次の話です。
アイドルや歌手を応援してるんだけどファンが嫌いで、グループも嫌いになるってことがあるんですね。
昔有名だったグループなんですけど、すごいプロデューサーもいいし曲もいいし、
でもファンがですね、中年のおっさんたちで子供をめでるような感じ。
自分の子供のパパになったような気分で応援してるらしいんですよ。
これはちょっと行きつかないなと思って、そのグループも嫌いになっちゃって。
だから乃木坂のプロデューサー、乃木坂のファンはですね、ちょっとわけあって、
これも不思議な話、人生でこんなこともないだろうけど、
すごい言い方悪いけど都合がとても良かったんですよね。
自分が応援してほしい人をすごい応援してくれてて、その子人気になって。
詳しくは言わないですけど。
それで、だからプロデューサーがあるアイドルのプロデューサーだったら、
いい曲も来るし、すごい良いグループになったななんて考えてました。
では次。これ実際にいる人なんだけど、兄弟が俳優で歌手が売れて、歌番組に一緒に出て、
よく売れたなって映像を見た後に泣きながら抱きつくっていうそういう空想をしてましたね。
勝手にそういう、まあ空想なんですけどエキゾチックになったり、
感動場面を作り出してしまったり、なんでなのかわかんないけど。
あとですね、これもアイドルなんだけど、メンバーを被写体にして全て用意してきて、
すごい行動力だなと思って、自分はそんな人ですよ。
自分がカメラ好きだからって被写体になってくるなんて言えないと思うんですよ。
1日時間を潰させることになるし。
自分にないものを持っている人、憧れるんですけど。
もう一人ですね。
ちょっと問題を起こしてじゃないけど休養してた人が、復帰して開き直ることもなくですね、
45:02
普通開き直ったりしてるように見えてしまうと思うんですよ。
でもそんな感じは全くないし。
あとこの人ロシア理学しそうだった、できるくらいのバレエの持ち主で、能力の持ち主で。
自分だったらですよ、行ってればよかったかなと思うけど、
ポジティブというより受け入れてる感じ。
これの自分ではなくて、いつも明るくてですね、
NHK外れてるという感じでもない。
裏では悩んでいたらしいですよ。
自分だったら後悔に囚われるか、
今向きになって生きるかですよね。
そういう感じはないんですよ。
こういう人いるんですね。
自分だったら何にくそ本情でやると思うんですけど、そんな感じじゃないし。
では次。
子供でラジオ聴いてて、ラジオで知らない芸人が出てきて、
すごい人はいいんだけど、この人の時に限って出なかったんですね。
なぜかそのラジオ、長いとはいえ必ず寝ちゃうんですよ。
不思議なもので。
この人の芸人出てて、メンバーがそんな話しない時に限って寝ちゃったんですね。
あと今同時に2種類くらいの悩みがあって、結構絶望的なんですよ。
やっぱり意味を持ちすぎるとダメですね。
今メモをしてるんですよ。
自分でこうやって話してることを気づいたことをメモをしてるんですけど、
いやこれ1000、2000と溜まったら将来見れないぞと思って。
本当にそういう整理するの苦手ですね。上手く利用するの。
かといって要約できるわけでもない。
テーマ別にしても題名つけれないし。
もう一つは、少し腹が出てるような気がして、後から見てみたら全然そんなことはなかったんだけど、
筋トレしないからちょっとですね、前と違っただけ。
筋トレしたいけどできないし、英語会いらなかったかとか、
でも逆に同一語をやりたかったなとか、
あと哲学会と普通の会分けてもいいんじゃないかとか、
ポッドキャストに関連させても悩んでますね。
時間をどういう作りに使うかということで。
結構辛いですね今。
でも今振り返ってみると、自分が過去を振り返っても、
48:14
後から振り返っても、この前話したように記憶なんてのは最高性でしかない。
いや、で求めて欲しくなくて…えぇ、
爆虫とかちょっと出てきたやつから見て、
何言ったのかなって思って講義してるんですけど
なんかちょっと人間としては通常時に耳かきがきちゃうというのも、
やってもらうからな やってもらわないと困るからなっていう感じで言ってきたんですよ 別にやる気あるわけでもないけど普通にしていましたって感じなんですよ
じゃあどの程度やる気出せば許してもらえるんですかって言えばよかったなと思って そもそも学校祭の係でそんな風に扱われるのっておかしい
学校祭の係ですよ おかしくないのかなと思うんですよ
あとこの前なんですけど遅く2階に行ったんですね 朝したらですね 父親が早く起きてきてるようで
でも結局違ったんですよね 最初は音が聞こえて いつものだったらかなりもっと30分以上早く起きてるのに
いや運が悪いなと思いました
やっぱりなるべく迷惑はかけたくないという思いもあるんですよ 別に親のことは嫌いですけど
では次 監督と葬式で会ったんですけど その時に監督田舎で消防ってすぐ伝達されるんですよ
結構浮気まがいなこと知ってるの 知ってますよって言ってるっていう
どうしてそういう流れになるのか忘れたけど そのような空想をしてました 嫌いなんですよ
あと葬式で先生のトラウマのことを覚えてないですかと言って 自分は一生忘れませんと
いろいろ空想してたのと あと野球部のみんなが自分の周りに集まって話聞いてくれて
なんで自分に興味があったのかを考えてましたね
あともう一つ空想 歯医者で自分のこと嫌いだったのかな 歯医者さんでも困った人だと思っちゃうのかな
なんてことを考えてました この前寝れなくてそんなことを考えてました
では次 あるアニメ主題歌 主人公に声似てて 他の主題歌でもこの主人公に声似てる人なんですね
51:08
しかも同じ事務所なんですよなぜか それが本当気になって絶望的な気分になりました
なぜかというと以前調べた時も なぜかわからなかったからですね
そういえば今メモしてることと 日常の話はメモしないんだけど でも全部メモしたくなるんですよ
あとで全部崩壊するんで
まあでも だから二択なんですよね どっちかに振り分けなきゃいけない
自分はそういうものに すぐ慣れるんだと思ったんだけど やっぱりストレスですね
じゃあ今までどうしてたのかは ちょっと思い出せないんだけどこういう時
一つにまとめてしまってたのかな
では次 太ってきたような気がすると思ってたんだけど 夜中腹減ってるし
やっぱりそんなことないのかな
で うちの家に世間話とはいえ 腹減ったとか太ったとか言ったら
それで量を増やされたり減らされたりするんですよ だから余計なことされたくないんで
こういう身の上話はあんまりできないんですね
では次 親戚の人に彼女できたかってあると聞かれてて
その時に いや実はバス停で声かけられてってことを話してたら それ絶対気があるんだよって言ってくれて
いや実はちょっと関わってみるわって あの時なってたらこうやって日ごもりになってなかったのかなと思った
まあでも人生にあの時あれがなければ みたいなのってないと思うんですよ
なぜなら一瞬一瞬が人生を作ってるから この一瞬がみたいなのってないと思うんですね
だから考えても意味がないと思ってるんですよ
でもそれとやっぱり空想はそういう風には行かないんですね
感情って理屈では動かないじゃないですか それと同じで空想も理屈とはまた別なんですよ
でおかしな後悔だなってのもわかってるんですけどね
あとこれも空想なんですけどいとこが
いやそうだとこれも話しましたね あと
友人が貸してくれた漫画が家にあって あれもしかしたら家に行くっていうのか返してもらおうとしてるのかなとか
でも友人が何も言ってこなくて
でこれも空想なんですけど急に自分が思い出したフリして あるいは後からさっきの話はまあなかったことにして
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本当のこと言ってくれと 実はしてたんだろうと言ってればよかったなと思って
では次親がですね 自分が今日朝食べたいものを食べてるときに
こっちの方向向いてるんですよ
で今はうちの親座ってはいけないルールにしてますよね
だから
ちょっと目も見てただけなんだろうけどこっちの方向いてきて
でそっちの方向いたら
向こうは勝手なハヤトチェルで向こうの方行ったりするんで
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