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はい、地方を駆けるAIのペスハムです。 今は長野県を中心にAI研修講師をしたり、お手伝いという、移動をして働きながらいろんな地域の人と関わってみる、新しい自分を見つめてみる、まあそんなサービスとサービスを広める取り組みをしております。
ということで、昨日ですね、その資本主義のレールに乗っている人は不安で道を選ぶ、そこから外れる人は納得で道を選ぶ、みたいな、そういった話をしたんですけれども、今日はその役割を外すことの意味みたいなちょっと話をね、してみたいなというふうに思います。
えっと、端的に言うと、お手伝いみたいなことをすると、今自分が果たしている役割から解放された、また新しい役割っていうものを感じることができるんですよね。
そこが多分自分の価値観を見つめ直す一つのきっかけになるんじゃないかなというふうに思うんですよ。
今皆さんって多分いろんなですね、役割を演じながらっていう言い方があっているのかわかりませんけれども、担っているような、そういうふうな生き方をね、多分ほぼ全ての人がやっているんじゃないかなと思うんですよね。
会社の中での自分、家庭の中での自分、自分一人でいる時の自分とかね、いろいろあると思うんですけれども、その中で他者からどう見られるか、どんな動きを期待されているか、どういうふうに成果を出していくか、そういったところがですね、役割っていうところとつながっているんじゃないかなというふうに思います。
で、時にはやはりその役割というものが自分の身に余るというか、自分がやらなければやれること、やらなければならないこと、やれること、そこをよりもね、大きな役割を人に期待されているみたいなことも結構あったりするんじゃないかなと思います。
会社の仕事なんかすごくいい例で、どんどんどんどんやっぱり上役というか重鎮というかね、上の方の役職に行けば行くほどたくさんの人たちをマネジメントしなきゃいけなくなったりであるとか、その大きな組織で成果を求められたりだとか、あるいはタスクとしてやらなければならないことがめちゃくちゃ多くのしかかってきたりだとかっていうことがよくよくあるんじゃないかなというところですね。
このお話を思ったのが、ちょいこちょい紹介しているウィンランドサガの漫画なんですけれども、これは1000年代、11世紀のイギリス、そしてノルウェー、このあたりが舞台になっているんですけど、
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ちょっとね、あまりマニアックなキャラなんで細かくは避けるんですけど、バルドルっていう人がいるんですけど、一言で言うと、10歳くらいの少年なんだけど王子なんですよね。
で、このバルドルに対してお父さんがめちゃくちゃ過保護で、ひたすらこの子を守るっていうところと、そして守るためにとにかくいろんな人を犠牲にしているみたいな、そういったような、結構、何て言うんでしょうね、忠義のため、忠義っていうかね、
そのお父さん自身も強く自分の役割っていうものを認識している。そして、この時代っていうのは命が平等ではない、生まれとか身分によって圧倒的に命の重さっていうものが変わってくるような時代ですから、その重い立場にある人間なんですよね。
で、その人が自分の役割から解放されたいっていうふうに思っていて、自分のお父さんが思っていることとはちょっと逆のことをするというようなことは起こっていくんです。
ちょっとまだ、僕もまだ読んでいる途中なので、その結末がどうなっていくかちょっとわかってないんですけど、いずれにしても、今自分が感じている役割に押しつぶされそうになった時に、その真逆というかね、そうではない、求められていないような行動をすることで自分自身が救われようとするみたいな行動って、結構みんな無意識的に求めていることなんじゃないかなっていうふうに思うんですよ。
そこは、やっぱり勇気もいるし、葛藤もいるし、誰か知らんのですね、にとって迷惑に思われたりだとか、プラスに思われない、なんでだよっていうふうに思われるようなことっていうのがあるかもしれない。
でも、やっぱりそこに葛藤して、でも、耐えられなくなってというかね、やっぱりこうしたいっていう思いがあって、行動した結果、何かが変わっていくっていうことなんですよね。
それっていうのは、これからの時代、もしかしたらこうね、人生これまでは1回だけそういうのがあったかもしれないみたいなところが、何度でもですね、そういったことが起こる可能性があるわけですね。
っていうのも、どんどんどんどんテクノロジーのアップデートが早くなっていって、世の中の生産体制とか産業構造っていうものが、これまでは人の一生で1回起こるか起こらないかぐらいの、それぐらいの頻度だったと思うんですけど、何度でもですね、数年に1回ぐらいのスパンで起こってくるような、そういう世の中に入ってきているわけですよね。
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だから、人が生きている間で何度も何度も自分自身をそこにアップデートしていかなければ、何かしらの形で結構不都合を感じてしまったり、なかなか資本主義の世の中でいくとお金が稼げなかったりだとか、やりたいことができなくなったりだとかっていうことに行ってしまうと。
なので、そういったですね、誰かに迷惑をかけるかもしれない、今の自分の周りにいる人たちに対して何かしら不都合を感じさせてしまうかもしれないっていう葛藤を乗り越えて、それでも自分の役割っていうものから解放されるような動きをするっていうことが、結果的に人生を良くしていく可能性があるっていうことなんじゃないかなというふうに思うんですよね。
なので、やっぱり何かを変えるっていう意味合いでは、住んでいる地域を変えるだとか、関わる人を変えるだとかね、自分の時間の使い方を変えるとかって言われたりしますけれども、その中で住む場所を変えるとか、あるいは知らない地域に行ってみる、違う仕事をしてみるっていうことは、やっぱり今の役割の肩の荷を下ろすとかそういったきっかけにつながるんじゃないかなというふうに思ってます。
そのオデッサビはその可能性がすごくあるようなサービスだと思うので、僕はちょっと推しているんですけれども、ぜひですね、なかなか時間作るの難しいとかね、行ってみるの大変、やっぱりいろいろ縛られていることがあるっていうところから、そこをちょっと脱ぎ捨てて、何かしらちょっと違うことをしてみる、その取り組みの一つとしてオデッサビっていうものはとってもいいよというようなお話でした。
今日もあなたの地域に何か一つでも変化がありますように。いってらっしゃい。