徳川綱吉、将軍への道
今晩は、今夜もまた、おやすみ歴史ラジオの時間がやってきました。 ベッドに入って、一番リラックスできる姿勢で聞いてね。
前回は、三大将軍である家光が、戦を知らないという自分自身のコンプレックスを乗り越え、 刀の恐怖ではなく、学問や法律で国を治める文治政治への土台を突き上げる姿を見てきましたね。
そして家光は、後に五大将軍となる幼い我が子の手を握り、 これからの時代は全ての命を優しく慈しんでおくれと、切なる願いを残して安らかに旅立っていきました。
その大切なバトンを小さな手のひらでしっかりと受け取ったのが、今回の主人公、徳川綱吉です。
後に歴史の中で、犬をあまりにも悲喜した風変わりな将軍として語られることになる綱吉ですが、 彼の本当の姿は、誰よりも純粋で、誰よりも真面目に父の遺言を果たそうとした高潔なリーダーでした。
実は、綱吉はもともと将軍になる予定の子供ではありませんでした。
彼には優秀な兄がおり、将軍の後継ぎはその兄に決まっていたのです。
そのため、綱吉は江戸城の片隅で、政治の表舞台からは遠く離れた場所で、おとなしく育ちました。
そんな彼の幼少期を誰よりも深く愛し、すきっきりで育てあげたのが、母親であるお玉、後の継承員でした。
母親のお玉は、もともとは京都の身分の低い家の生まれでしたが、その聡明さと美しさによって家密に見染められ、即失となった女性です。
身分が低かったからこそ、人の世のつべたさや悲しみを誰よりも知っていたお玉は、我が子である綱吉を、ただ強いだけの武士にはしたくないと強く願っていました。
これからの平和な時代に必要なのは、人を力でねじ伏せる腕力ではなく、人の痛みがわかる優しい心と、物事を深く考えるための豊かな知性である。
そう信じた母親は、幼い綱吉に熱心に学問を教え込みました。
綱吉自身もまた、母の期待に応えるように、読書に没頭し、人の生きるべき道を説いた授学の教えを、スポンジが水を吸い込むように深く、深く体の中に染み込ませていったのです。
江戸城の片隅で、大好きな母親の温もりに包まれながら、ひたすらに学問の道を突き詰めていた綱吉でしたが、ある日突然彼の運命を根底から変える大きな悲劇が襲いかかります。
将軍の座を継いでいた優秀な兄が、若くしてこの世を去ってしまったのです。
さらに、その兄には後を継ぐべき子供がいませんでした。
徳川の血を引く若者の中で、次に国を率いることができるのは誰なのか。
江戸城中が激しい動揺に包まれる中、すべての白羽の矢が、静かに本を読んでいた綱吉の元へと向けられることになります。
こうして、思いもよらない形で五大将軍の座につくことになった綱吉は、かつてないほどの重圧の中で、父である家光が残した、あの最後の言葉を何度も何度も胸の中で繰り返していました。
お前が将軍になったなら、この世に生きるすべての命を、優しく慈しんでおくれ。
その言葉は、綱吉の魂に深く刻み込まれた絶対の使命となりました。
自分をこれまで育ててくれた母親の教えと偉大な父の遺言が、綱吉の心の中で一つに結ばれたのです。
学問と道徳による新時代
将軍となった綱吉は、それまでの歴史に例を見ない、全く新しい挑戦を始めました。
それは、大名や旗元といった、かつて戦場で血を流すことをなりわいとしていた荒々しい武士たちを前に、将軍自らが強断に立ち、人の生きるべき道を説くという、前代未聞の講義でした。
広い広間にずらりと並び、緊張した趣で併伏する武士たち。
その前に座った綱吉は、何時間にもわたって、熱く、そして丁寧に、学問の素晴らしさを語りかけました。
刀の鋭さで人を従える時代はもう終わったのだ。
これからの私たちは、親を大切にし、仲間を思いやり、法を守るという、正しい道徳心によって国を導いていかなければならない。
綱吉の口から紡ぎ出される優しくも力強い言葉の数々は、静まり返った広間に深く響き渡りました。
かつては戦うことしか知らなかった武士たちは、綱吉の熱い講義を聞きながら、自分たちの心が少しずつ現れていくような、不思議な衝撃を受けていたのです。
将軍自らが熱弁を振るうその姿は、江戸城の中だけでなく、またたく間に日本中の大名たち、そして城下の長人たちの間へと驚きをもって伝わっていきました。
人々は、新しい将軍がどれほど学問を愛し、人の命や心の通い合いを大切にしようとしているかを肌で感じ取り、江戸の空気は少しずつ、しかし確実に変わり始めていったのです。
綱吉が目指したのは、誰もが本を読み、誰もが互いを尊重しあえる穏やかで文化的な国でした。
彼は身分の低いものであっても才能がある者には道を開き、広く学問の機会を支えました。
刀を突きつけて恐怖で支配するのではなく、正しい知識と優しい道徳心によって人々が自ら進んで平和を守るようにする。
その理想に燃える綱吉の瞳は、希望に満ち満ちていました。
その輝かしい一方、誰よりも涙を流して喜んだのは、やはり母親のお玉でした。
自分が城の片隅で、ただひたすらに優しさを継ぎ込んで育てた我が子が、今、国中をその優しさで包み込もうとしている。
お玉は、家光の威拝の前で静かに手を合わせ、誇らしげに微笑んでいました。
こうして、学問の光によって完璧なスタートを切った綱吉の政治でしたが、彼が目指した理想の山は、あまりにも高く、そして険しいものでした。
理想への険しい道のり
平和になったとはいえ、江戸の町にはまだ、戦国時代の名残である荒々しい空気が完全に消え去ったわけではなかったのです。
命をどこか軽く扱う古い官衆や、表向きだけ従う大名たちの冷ややかな視線が、綱吉の行く手に静かに立ちはだかろうとしていました。
父の遺言である、すべての命を慈しむ国を創る。その純粋すぎる思いが、やがて綱吉を、歴史を揺るがす大きな嵐の中へと巻き込んでいくことになります。
さあ、理想に燃える綱吉は、これからどのような方法で、江戸の町に命のたっとさを訴えかけていくのでしょうか。
それはまた、次のお話、今夜のお話は、これでおしまいです。
思いがけない運命を受け入れ、学問と優しさで新しい時代を切り拓こうとした綱吉の、まっすぐなしにそっと思いを馳せながら、今夜はどうか、すべての力を抜いて、ゆっくりと深い眠りについてくださいね。
それでは、おやすみなさい。