高橋紹運の生い立ちと武将としての評価
今晩は、今夜もまた、おやすみ歴史ラジオの時間がやってきました。 ベッドに入って、一番リラックスできる姿勢で聞いてね。
前回は、織田信長公への絶対的な忠誠を胸に極寒の飛田山脈を奏波し、 最後は良民の命を守るために己の誇りを差し出した笹成政の物語をお届けしましたね。
今夜からは、因の名称、伊能伝の第二奏者、橘宗之の実の実譜であり、 岩屋城の戦いで怒涛の島津軍を相手に究極の義理と誇りを貫き通した九州屈指の猛将、高橋松雲の物語が始まります。
第1話をお届けしますね。 松雲は文後の国、現在の大分県にあたる地を治めていた大友家の重臣、 吉博の次男として生まれました。
幼い頃から武芸の修練に励み、 律的でありながらも一度決めた義理は決して曲げない、 心優しい武士として育っていきました。
やがて松雲は、宿前の国、現在の福岡県周辺の幼少を守る高橋家の名席を継ぎ、 高橋松雲として大友家の忠責となっていくことになります。
当時の九州は、文後の大友氏、肥前の劉増治氏、 そして薩摩の島津氏という三つの巨大な勢力が激しくしのぎを削る、 まさに軍有格居の大根明貴でした。
松雲は大友総林に忠実に仕え、 数々の戦場でその並々ならぬ栽培と圧倒的な武勇を示しました。
特に竹前の法満城や岩屋城を中心とする防衛戦では、 敵の巧妙な奇襲や数倍の兵力による攻勢を幾度となく跳ね返し、 大友家の誇る鉄壁の上昇としてその名を九州全土にとどろかせたのです。
松雲の凄みは、単に戦が強いことだけではありませんでした。
彼は家臣や領民に対して常に温かい情愛をもって接し、 自らの利益や保身のために誰かを裏切るような真似は絶対に許しませんでした。
その誠実な人柄と深い慈悲の心に惹かれ、 背下の武士たちは彼のためならいつでも命を捨てられるとまで誓い合い、 固い絆で結ばれていたのです。
耳川の敗戦と大友家の没落
しかし、大友家にとって最大の転機であり、 悲劇の始まりとなる戦いが刻一刻と近づいていました。
日向の国、耳川の地で、 勢いに乗る薩摩の島津軍と大友軍が真っ向から撃突する大合戦が起ころうとしていたのです。
大友家の運命を大きく狂わせることとなった耳川の戦い。
九州の覇権を握るべく日向の国へと進行した大友の大軍は、 島津軍のお箱である釣信瀬と呼ばれる巧妙な復兵戦術に引っかかり、 壊滅的な大敗を喫してしまいました。
この大敗によって大友家の権威は失墜し、 これまで大友に従っていた畜然や畜後の黒人たちが、
手のひらを返したように次々と島津や流雑寺へと寝返っていったのです。
まさに坂道を転がり落ちるように没落していく大友家。
かつて繁栄を極めた領国は瞬く間にすり減り、 敗下の武将たちは自らの保身のために次々と首下を見捨てていきました。
忠誠を貫き長男を託す決断
そうした絶望的な状況の中で、一人毅然として立ち塞がったのが高橋将軍でした。
周りの諸将が続々と島塚田に寝返り、 将軍の下にも、大友を見限り、島津に下れば相応の領地と立場を約束する、
という覇覚の誘いが幾度となく届けられました。
しかし、将軍はそれらの誘いをすべて一周しました。
栄えている時に主君に仕え、衰えたからといって主君を捨てるのは、 人として、武士として最もはずべき行為である。
たとえ大友家が滅びようとも、 自分は受けた恩義と誇りを決して捨てない、
そう断言した将軍の言葉に彼を慕う家臣たちは涙を流し、 この殿とならばどこまでも命を共にしようと誓い合ったのです。
また、将軍の親友であり、同じく大友家の双壁と称されたのが別騎同舌でした。
将軍は、自らの長男である胸虎、後の橘胸茂を、 後継ぎのいなかった同舌の養子として差し出すという大きな決断を下します。
家を守り義理を果たすためならば、実の息子をも親友に託す、 血のつながりを超えた熱い絆と譲れない誇りを抱えながら、
将軍は迫り来る島津の大軍との最終決戦に向けて、 静かに岩屋城の陣営を整えていったのです。
岩屋城での決死の籠城準備
大友家への義理を貫き、我が子、胸虎を親友の同舌に託した将軍、 その周囲には日増しに不穏で緊迫した空気が漂い始めていました。
九州制覇を狙う薩摩の島津家は、八区の勢いで北上を続け、 大友寮の喉元である地区前へと着実にその牙を伸ばしていたのです。
島津の兵力は数万、これに対して将軍が守る岩屋城に集まった兵は、 わずか七百数十名に過ぎませんでした。
あまりにも絶望的な兵力差であることは、誰の目にも明らかでした。
将軍の下には、岩屋城を捨てて防衛に有利な橘山城へ退却し、 胸虎と共に戦うべきだという信言も届きます。
しかし、将軍はその提案を静かに首を振って断りました。
もし自分が岩屋城を簡単に捨ててどけば、島津の大軍は勢いに乗り、 息子の胸虎が守る橘山城や、死家である大友家の本拠地へ一気に押し寄せてしまう。
自分がこの岩屋城で島津の足を少しでも長く止め、 その体力を削ぐことこそが、守家と我が子を生かす唯一の道であると悟っていたのです。
家臣と共に迎える包囲戦
将軍は集まった七百余名の兵たちを集め、温かい眼差しで語りかけました。
自分はこの城を死に場所にすると決めた。
命が惜しい者は、今すぐ城を降りて家族のもとへ帰りなさいしかし、 誰一人として城を去ろうとする者はいませんでした。
将軍の誠実な人柄と深い慈悲に接してきた家臣たちは、 みな笑顔で、殿と共に討ち死にすることこそが武士の誉れと答え、 死を覚悟した強い絆で結ばれたのです。
ついに遠くの山並みが島津の大軍の旗印で赤く染まり、 岩屋城を取り囲むように包囲陣が敷かれました。
九州の歴史にその名を刻む、清潔なる岩屋城の戦いの火蓋が、 静かに落とされようとしていたのです。
高橋将軍のお話、第1話はこれでおしまいです。
七百の兵と共に決死の覚悟で島津の大軍を迎え撃つ高橋将軍。
次は一体どのような物語が待っているのでしょうか。
今夜はどうぞ、ぬくもりのある布団に包まれて、 心も体もゆったりとお休みさせてあげてくださいね。
それでは、素晴らしい夢が見られますように、おやすみなさい。