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理解者としてできること -子どもの状況に寄り添うサポート-
2025-01-31 1:15:06

理解者としてできること -子どもの状況に寄り添うサポート-

🟥 理解者としてできること
-子どもの状況に寄り添うサポート-

大事なのは調教師ではなく、理解者。
それは、わかってる。
でも、子どもの状況や親子の関係性によっては、なかなか出来ることが少ないことも現状。
そんななか、お子さんの状況や関係性によって、なにが理解者として出来るかを一緒に考えていきます。

感想

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サマリー

このエピソードでは、親が子どもに寄り添う方法として理解者、傍観者、聴教師の役割が議論されており、特に子どもが不登校になった場合の親のサポートの重要性に焦点が当てられています。傍観者としての立ち位置や希望を持つことの意味についても考察されており、親が取るべき行動が探求されています。また、理解者としての役割や子どもとの距離感についても考察されています。子どもの状況に寄り添うための具体的なサポート方法や、傍観者としての立ち位置についても探求されています。さらに、子どもを信じてサポートするために重要な要素と、実際に直面する挑戦についても詳しく掘り下げられています。加えて、子育てにおける自分軸や子どもとのコミュニケーションの重要性が議論されており、リスナーに対して子どもの心を開くためのサポートの方法や感想の共有が促されています。

親としての役割
では、今日は、「民主的な子育てにおいて、親としてできることは?」 っていうところで、やっていきたいんですけど、
まず、えっと、理解者・傍観者・聴教師って、分かります?
なんか、コメント書けたら、分かる? 分からない? ちょっとだけ? みたいなの、書いてもらったら。
どうです? とか、この辺が分からん? とか、分かるけど分からん? とか、分かるけどできないが近いかな?
分かったつもりにはなってます。
どうでしょう? 画像にもありますけど。
理解者が寄り添うスタンスで、傍観者は、いわゆる見守るっていう感じに近い。
この辺の、多分、見守ると、理解者の違いとか、傍観者の違いとかも、多分、結構、雰囲気は分かるけど、なんとなく分からないみたいなところもあると思うんですよね。
なので、この辺もちょっと明確にしつつ、いろいろ考えていきたいなと思う次第でございます。
不登校前は理解者だったのに、不登校になって聴教師になってきました。
不登校とサポート
これまさにあれだね。今、出した図なんですけど。
理解者から聴教師は、囚われたり焦りとか不安です。
特に囚われ。囚われはモーリタ両方だね。外人としては。
まとわりつく感じ。
特に不安感がなかったりとか焦りとかがなかったら、理解者のスタンスで入れるんですけど、囚われちゃうと、何とかしなきゃってなるんですよ。
今日は理解者として何ができるかとかを考えていきたいなと思ってて、
それこそ、子供があんま喋ってくれへんとか、状況的に喋ってくれないとか、会話の時間がないとか、
子供が混乱してるからムズイとか、その辺も踏まえて、じゃあ何ができんねんっていう話をしていきたいなと。
見守るっていうのはやっぱり結構曖昧なので、具体的に何にできまんのっていうところを見ていきたいなと思ってます。
どうでしょうか。理解者、傍観者、理解。
前言ってたラップパワーの話とかも出てくるんですよね。
イメージはわかる気がするけど実際子供と接してると実践が難しい。
いやそうっすよね。そこですよね。そこだよね。その辺をちょっと揉みほぐしていきたいなと思います。
今は傍観者になりがちです。傍観者と理解者の差もムズイっすよね。
その辺の比較表みたいなのを作っていけたらいいかなと思っております。
例えばちょっと聞いてみる。理解者と傍観者の違いは何でしょう。
諦めの感情があるかないか。なるほどね。確かに。諦めの感情か。確かに。
これは言い入れてみようかもしれない。
理解者は好奇心を持って子供に関わっている感じがします。
いやそうっすね。そりゃそうっすね。ほんとそう。
諦めの有無は鈍気者かもしれないですね。確かにね。
不安を押し付けてる。なるほどね。
それは子供に対してってことか。
不安を押し付けてる。
あー。知らないからね。捨て台詞ね。あーなるほどね。
それはもう諦めとかか。
なるほどね。なるほどなるほど。
あー。何をすればいいかわからず離れていく。
あー。なるほどね。なんていうのかな。
腰引けてるっていう。まさに。感じよね。
自分自身を守るために傍観者になってしまうこともあります。
守るためとは。
どういうことだろう。
何からだろう。いろいろあるよ。
自分を守る。
あー。そうか。あー。そういうことか。
あー。不安から距離を取るってことか。
なるほどなるほど。確かに。確かに。
不安から距離を取るイコール子供を見ないようにするとかか。
なるほどね。あー。そうか。
あーってなるとやっぱり傍観者って結構車から降りるイメージは近いですね。
近くにいるとしんどいんだ。
って考えるとなんか傍観者が悪いわけでもないんすけどね。やっぱりね。別に。
上手くいったり来たりだよなぁ。
サポートをリクエストされたときに自分の気持ちが前のめりになれるか動かないか。
自分が箱に入っていじけていると傍観者になりがちな気がします。
まさにそうっすね。
なんか傍観者は最終的に箱に入っているイメージはある。
ここまでいくと多分逃避なんだろうなぁ。
傍観者でもグラデーションあるよなぁ。
なるほど。サポートをリクエストされたときに前のめりになれるか動かないか。
これは分岐点はどこにあるんだ。
余裕かな?
えっとね、あの図に書いたのは、えっとね。
傍観者からの脱出は、えっとね。
希望が結構大事っていうのを書きました。
そう、傍観者多分ね、何かしらの希望がないと結構しんどい気がする。
そうだよなぁ。だから、もっと私にできることがあるっていう希望でもいいし、
子供はもっと大丈夫っていう希望でもいいし、
不登校でも大丈夫っていう希望かもしれないけど、
何かしらの希望が見えないと出口としては見つかりにくいよね。
諦めの運は確かになぁ。
見守りの定義
えっとね、遺伝が9割みたいな本があるんですけど、
The Child Codeの本があって、そこは4つの子育てスタイルが載ってて、
で、コントロールが低いみたいなところで言うと、
芸豪型と法人型があるんですよ。
で、法人型は、なんかマジ勝手にどうぞっていう感じ。
で、ルールも少ないし、期待もしてないし、コミュニケーションも取らない。
ほぼ放置みたいな感じ。
いいように言えば好きなようにさせる。
ルールも期待もない。でもかなりネグレットに近い。
言ってしまえば。っていうのが法人型。
で、芸豪型は、なんか友達親子に近い。
優しさや温かさの度合いは高いけれど、指導や指示は限定的。
ルールも少ない。ルールを破っても寛容。
芸豪型の親は子供と友達関係になりたがる傾向があります。
ただ、子供自身に物事を考えさせる傾向はある。
子供が親に従うことはあまり望んでいません。
みたいなところがあるんですけど。
傍観者ってどれですかね。
間ぐらい。理解者もちょっと入ってるけどなぁ。
傍観者でここに当てはまるもんあります?
期待しないはまた別だよ。
傍観者も期待はたぶんしてるよ。
してないのかな。期待したいのかな。
期待したいけどできない。みたいなところがある。
たぶん傍観者ルールは少ないんだと思う。
無関心なのかな。
これもやっぱりグラデーションはあるよな。
あ、でもさっき諦めの有無って言ってたから。
そうか。
まさに箱に入った感じか。そうか。
期待してたのにいいか。
なるほどな。なるほどな。
そうか。期待してたのに…か。
無関心っていうよりもあれかな。
関心持ちたくないに近いかも。
関心持ったらまた傷ついちゃうから。
理解者は課題の分離ができている。本人の課題応援できる。
まぁそうだよな。
理解者は好奇心を持っている。
自分が傷つきたくないはやっぱあるよね。
傍観者は結構箱にも入ってるよな。
裏切られたは確かになぁ。
そうか。裏切られてと傍観者になるのか。
これ箱の自己疑問とかのロジックと一緒だな。
距離は取ってる感じはするよね。
物理的にも心の距離も取るよね。
親母の目的だけで期待して近づいたら離れたりするイメージ。
なるほどね。
傍観者は本人偏りとゲイゴ偏りがあるような気がする。
いや、そうっすね。そうっすね。
グラデーションありそうだね。
あと、傍観者は2種類作ってもいいかもしれない。
でも2種類作ってもちょっとややこいけどな。
そうだよな。確かにな。傍観者は2種類ありそうな感じはするよな。
では。今のお問い返ってもらったら全然いいんで。
次のお問い。いきます。
よく不登校で見守るっていうの言われますけど。
見守るって何?
傍観者は見守ってるのか?見守ってないのか?
僕から問い投げてますけど、皆さんで分かんないこととかあったり、
どういうことですかとか全然聞いてくれていいんでね。
正解とかないし、間違ってるもんないんで。
別に流れとかも全然ないんで。
思ったのぶっこんでくれたら全然よいっすよ。
自分のペースで。
そうか。意外に期待はしてないのか。
自分を守るために傍観者になるか。
なるほどな。
ってなると積極的に傍観者になっているわけではないのか。
消去法なのか。
行き着く先が傍観者なのか。
不登校ってめっちゃ言いますよね。見守りましょうと。
カンセラーもいるし先生もいるし。
見守るって何?
何ができてたら見守れてんの。
何ができてなかったら見守れてないの。
見守るの定義はこれか。
無事であるように注意しながら見る。
また成り行きを気をつけながら見る。
ってなるとニアリーイコール中止か。
中止するが多分近いよね。
違うのかな。
最初は否定しないで見てあげることだと思ってたけど、
最近は本人がちょっとずつ変わることを見ている。
成長を見守るみたいな感じ。
やっぱそうだよね。キャッチアップする感じですよね。
見届けるとかに近いのか。
カンセラーに見守りましょうと言いましたがよくわかりませんでした。
正直単に動き出すのを待つみたいな感じ。
あーそうだよなー。
そっちの意味で言ったらやっぱ
傍観者よりだよなー。
駅で待ってるみたいな感じですよね。
来るの待ってるみたいな。
その感覚あるよね。
あーそうだね。
子供がやる気出すまで、動き出すまで待ちましょうか。
なるほど。
マジで待ち合わせの待つやな。
忍耐とかの方ですね。
個人的には待つだとしっくりきます。
長期的視野を持つ感じ。
なるほどね。
僕はやっぱり注視するがたぶんしっくりくるんですよね。
とか観察するとか。
結構しっくりくるかな。
黙って待つみたいなイメージはあるよな。
あーだからあれか。
見守るの中にたぶん3つぐらいあるんだ。
1個じゃないんだ。
だからたぶんこれ総合的な言葉なんだ。
見守るっていうのは。
たぶん動き出すまで待ちましょうもそうだし、
愛情を注ぎましょうもそうだし、
できることを見つけてあげましょうみたいなのもそうだし、
なんか便利な言葉なんだ。たぶん。
GPT先生はこんな感じでおっしゃってます。
寄り添う、見届ける、支える、見守る、観察する、サポートする、待つ。
そうだな。
これ意味がたくさん入ってるんだ。
どれが正解っていうよりは。
人によって捉え方が違うから、
これ表記揺れを起こすんだ。
ずれるんだ。たぶん。
よく言われると、子供をなんとかしようとしたりしないでおくってことかな。
やっぱこれ待つですよね。これたぶんね。
っていう意味よね。
焦らずに待ちましょうみたいな意味よね。
投稿刺激などせず動き出すみたいな。これも待つね。
待つの意味ね。
理解者としての役割
そうか。
守るっていうのは意味が複数あるんだ。
これをみんな便利に使ってるんだ。
だから人によって違うんだな。たぶんね。
なので受け手側としてはすげえむずい。結構ふわっとしてる。
人の意思に反することを強制せず、でも関心と愛情を持って一緒にいる。
これが、前者が意に反することをやらないっていうのが、たぶん待つとか。
寄り添うで。
関心と愛情を持って一緒にいるが、これも寄り添うとか。
なんだ。支えるとか。なのかな。
みたいな感じなのかもしれないですね。
なるほどね。
留年がちらっと来る高校生だと焦りがセットでついてくる。間違いない。
また未来も変わってきます。
とにかく時間がないと一気に焦るので待つが必要なのかなと。
あー、そうっすよね。
状況的に待てないっていうのはありますよね。
それこそ高校生とか、受験とか、単位とか。
なるほどね。
見守るが良いとかダメとかいろいろ言われて当初混乱しました。
そうっすね。
見守るっていうのが定義が曖昧すぎる。
たぶんみんなそう言って言えるのは、
無理させないとか無理事させないとかっていう、
長教師になっちゃダメですよっていうだけの意味での見守るであって、
具体的なところは人によって変わる。
砂糖少々が人によって違うみたいな。
そんな感覚ですね。
むずいっすよね。
では今日の問い。
書いてる方は書いてていいですかね。
民主的な子育てにおいて親としてできることは?
何でも。
今の長教師は多分わかりやすいと思うんですよね。
理解者としてできることって何やねんって話なんですよね。
具体的なことでも抽象的なことでも。
あと分かんないことはご質問いただければ。
これ分かんないとか。
傍観者の挑戦
これむずいとか。
理解者。
理解者としてできること。
理解者としてやっちゃいけないことは結構わかるけど、
あーそうか。
法略がわからないのか。
何がしたらいいのかがよくわからないのか。
あれかもしれないですね。
みんなからこういう時どうしたらいいんですかって、
パターンとして聞いてもらった方がいいかもしれない。
具体例の方が考えやすいかも。
理解者を目指しつつまだ遠いので長教師にならないことや、
自分の不安に向き合い一時的には儲かり者にならないということからでしょうか。
なるほどね。
理解者になりきれないか。
逆説的に言うと、
理解者になれないのは何でなんだろう。
不安だから。
さっきの距離取りたいからかな。
理解者になりきれないのは何でなんだろう。
何が足りないんだろう。
労力。
エネルギーがないってことかな。
理解者にはエネルギーがいるのかな。
パワーがないと理解者は無理なのか。
傍観者は結構なんか隅の方でうずくまってるイメージはあるよね。
それこそ不安とか、
傷ついたとか。
傷ついたっていう表現が傍観者は近いかもしれないね。
傷ついてるんだ。
傷ついたから傍観者になるのか。
傷ついたから傍観者になるか、
何をしていいかわからなくて途方に暮れてるのが傍観者なのか。
途方に暮れてるのは傍観者と、
あとはなんか、
いじけてる。
いじけてるっていうのかな。
いじけてるに近いのかな。
いじけている傍観者の2種類がいるのかも。
途方に暮れてる傍観者は、
理解者になれやすそうではあるよね。
でもいじけてる傍観者は、
裏切られてたり、諦めてたりしてるから、
回復に時間がかかるのか。
不安が取り除かれない限り、
理解者へは踏み込めないのか。
どうなんだろう。
理解者っていうものがそもそもハードルが高いのか、
単純に理解者としてどうあるべきかが見えにくいから無理なのか、
どっちなんだろうね。
ピンモールはコントロールせずに子供の歩みを見続けること。
傍観者は子供の行動を見るのが精一杯。
子えることへの考察
確かに。
しかも傍観者はなんか、あれっすかね、
半目で見てる感じはあるよね。
なんか、あの、
恐る恐る見てる感はあるよな。
傍観者は多分結構こっそり見てる感はあるよね。
肩越しに見てるみたいな感じなんだよ。
理解者は気持ちの奇妙を見て取れる。
あー、やっぱ距離近いよね。
理解者は距離近いね。
心理的にも物理的にも距離が近いのか。
なるほど。
理解者になりたいけど何をしたらいいかわからない。
そうっすよね。それはめっちゃそうだと思う。
特になんか、子供があんま心開いてくれないとか、
そういうお子さんの性格とか親子関係とか立ち位置とかを考えると、
それはありえそう。めっちゃありそう。
できることが見えにくいっていうのはやっぱあるよね。
何をお膳立てしたらいいか。
あー、だから理解者に必要なのはやっぱ法略ですね。
これ多分結構、定応学じゃないけど、
法略って何て言うんだ?
打ち手か。打ち手か。
理解者としての法略を知っておく必要がある。
なるほどなー。
子供にたくさん話してもらい、気持ちを受け止め尊重する。
うん。そうだね。うん。
まさに理解者。
理解者は子供の話を聞く、聴教者は自分から言う。
あー、面白い。
傍観者は言わないけど聞くこともできない。
なるほどね。見ざる、聞かざる、言わざるみたいな感じなのかな。
あー、これ確かにそうですね。
傍観者は言わないけど聞くこともできないは確かにそうだね。
なるほどね。
子供の話をよく聞いて、子供自身がやりたいことを手助けするのは理解者なのかなと思いつつ、
サポートしているうちに境界線がわからなくなって教長教師っぽくなったり、
やりすぎた反動で傍観者になってしまったり、加減が難しいです。
なるほど。
境界線っていうのは、いわゆるあれか、
可観性のライン化が難しいのかっていうところだよね。
あー、ってなると理解者としてのルールブックがいるのか、これ。
そういうことだね。必須なんだ。
みんな今まで島次郎にしか子育て学んでないから、
新しい概念の子育てのルールが見えにくいんだね。
なるほどね。
子供を尊重する。子供の脅威に親の興味を寄せる。
同じ目線に至ったと同じ方向を向く。
そうだね。それはまさにそうですね。
子供の本心がはっきりわからないので何をどう理解すればいいのかが難しい。
いやそこっすよね。やっぱりそうだよね。
子供の状況によって結構、理解者の難易度が跳ね上がるんだ。
で、跳ね上がるから、わかんないってなって途方に暮れて傍観者に行っちゃうんだ。
多分そういうムーブだよね。
だいぶ見えてきたぞ。
子供に対して親ができることは特にないような感じがします。
本人次第のところがありますので、自分の状態をなるべく良い状態にしておくくらいしかないのでは。
いやここっすよね。次考えたいのはこれなんですよ。
子供が距離を取ってきた時に果たして理解者として立ち振る舞えるのかって話なんですよ。
今日話したかったのはここですね。
子供によって、あ、ミスった。
状態によってもそもそも心開かないとか、なかなか難しい時に理解者としてそもそもできることがあるのか、何ができるのか。
でも、できることないよねって言ったら多分それ、傍観者に入っちゃうんですよね。
諦めたら試合終了なんですよ、多分。
諦めた瞬間、傍観者になっちゃう。
なのでなんか、理解者と傍観者の壁って多分めっちゃ薄くって、多分すぐ傍観者に入っちゃうんですよ。
些細なことで。
超近いんですよ。
傍観者になってしまうっていうのは多分めちゃくちゃあり得るんだろうな。
いろんなところで。
多分行ったり来たりだと思うんですよね。傍観者、理解者とか。
長教師も多分入ってくるけど。
子供に対して親ができること。
いっぱいあると思うんですけどね。
なんだろう。
直接的なことはなかなか難しいよなぁ。
めちゃくちゃ効果的なやり方は多分なくて、
なんか、ボディーブローとか。
そんな感じですよね。多分ね。できることはね。
基本的には。
効果も見えないし、
効果見えないし、
一緒やな。意味があるかもわからないし、一緒やな。
合ってるのかどうかもわからないし、みたいな。
手応えがないのか。
わかんないんだ。から迷うんだ。
で、つかめ合ってると、諦めて傍観者に入っちゃうんだ。
もう私にできることはない。ってなっちゃう。
もう何も考えたくない。見たくない。
もう嫌。ってなっちゃう。
もう何も言ってこないで。みたいな。
結構ね、合ってるかわかんないですけど、傍観者の雰囲気は、
めっちゃ好きやった彼氏が、
浮気したみたいな感覚に近いかなと思ってるんですよね。
知らんけど。
なんなのあの人。みたいな。
もう傷つきたくない。みたいな。
感じに近い。
でもやっぱ好き。みたいな。
そんな感じだと思うんだよな。
理解者の役割
めちゃくちゃアンビバレントなんですよね。
好きだけど嫌い。
無関心。本当は関心あるよ。っていう感覚だよな。
理解者としての役割ではないかもしれませんが、
困った時、途方にくれた時ほど好物を作って出してます。
あーいいですね。
料理は一つ大きいよね。
手料理ね。
これラブパワーだよね。
あー。
そうか。
そうか。料理って手ごたえあるんだ。
そっか。
あーなるほど。
いやでもこれ人によるか。人によるけど、
比較的料理は、
手ごたえ感じやすいから、
やれるんだ。
少なくとも喜んでくれるから。
なるへそ。
なるへそな。
これ二軸で考えたらいいかもしれないな。
手ごたえと、なんだろうな。
効果、効果。手ごたえはやっぱ効果だよな。
効果と、
あとやっぱ、難易度か。
かな?難易度だな。
これペイオフマトリックスだ。
傍観者と理解者は行ったり来たりすると思います。
そうですね。
多分そうだと思う。
行ったり来たりしながら、
迷い、悩み、考え、もがき、
しながら、ちょっとずつ、
って感じですよね。
この辺はほんとらせん階段って感じだよね。
ずっと理解者には、
滞在時間が長くなるっていうイメージね。
理解者の椅子に座っている時間が、
だんだん長くなっていくっていう感覚だよね。
親が開いていれば子供を信じて手放し任せられる気がします。
いや、そうなんすよね。
これはね、たぶんね、あれなんすよ。
あの、ちょっと待って。
出しますわ。
前ちょっと出したと思うんすけど。
ちょっとね、あの、
もうちょっとしたら終わりますけど。
親の信頼と子供の状況
前ちょっとだけしゃべりましたけど、
保護者が子供を信頼できるために必要なことっていうのがあって、
リスク強要度と世界への適応レベルと人生の安心感なんですよね。
安全感感。
リスク強要度はこれは、
たぶん特性です。
世界への適応レベルは、
世界への適応レベルと人生の安全感って結構、
親御さんの今の状況とかによるんですよ。
特に今、物価が高いとか、
給料が下がっているとか、
仕事が減っているとか、
あとは戦争が起こっているとか、
そういうので、やっぱり不安感が強くなるんですよ。
ってなると、開けないんですよ、たぶん。
その、大丈夫って思えない。
子供だけじゃなくて、
社会とか、未来とかは。
ってなると、どうしても囚われるのがあるんですよね。
で、これね、1個僕の中ではあって、
あってるかわかんないですけど、
1個は多分宗教なんですよ。
宗教、バカ強いと思ってて、
あのね、日本人の弱いとこでもないと思うんですけど、
やっぱり宗教に頼れるのはめっちゃ強い。
本当に。
守られてるって思える、
その絶対的な何かにすがれるっていうのは、
強いんですよ、本当に。
でも日本人って、
僕たちゴッツなんで、
その、いろんな神がいるんで、
なかなかその辺が難しいんですよね。
ってなると、どうしても、
そういう世相とか、
社会の流れとかに、
振り回されちゃうところが大きい。
ですよね。
で、特に、
日本人っていうのは不安感強いんで、
余計その辺で流されると、
子供に対しても余裕が持てない、
みたいなところがあるんだろうなと、
すごい思ってますよ。
この辺はすごい難しい、本当に。
だからみんな自己啓発とか言っちゃうんですよ。
自己啓発いくぐらいだったら、
多分宗教やったほうがいいんですよ、絶対。
本当に。
でもね、日本人、宗教信じられないんですよね。
実践的なサポート方法
宗教の文化があんまないからね、
イベントでしか宗教に触れてないから、
わかんないんですよね、どうしてもね。
僕もそうですけどね。
これは前、東本願寺のお坊さんと喋ってて、
確かになーってめっちゃ思ったんですよね。
神様とか仏様が私を見てるって、
思えるのは、やっぱめっちゃ強い。
本当に。
その揺るぎない信頼ね。
でもそれがないと、
結局何信じていいかわかんないから、
結局貯金信じるみたいな話にしかならないんですよね。
西島さんの、今日何食べたみたいなの。
でもやってましたけど。
お金しか信じるものがないわ、みたいな。
言ってましたけど。
で、どこまでいったっけ。
子供が停滞動きさせないときは、
理解者としてどうしてあげたらいいか悩みます。
いや、ここっすよね。
そうっすよね。
何やったらいいの?って言って止まっちゃうんですよね。
間違いない。
寄り添いたいが、経験したことがないことを寄り添う方向に悩みます。
ここがね、やっぱり、
手段としては、
慶長なんですよ。
もう一択なんですよ、たぶん。
で、しかも不登校の慶長って、
独特で、
なんか、
なんだろうな。
本当に、問いのデザインで、
話せる環境づくりとか、
地雷を避けるとか、
みたいな、
なんていうのかな。
特殊な技能が必要なんですよ。
めっちゃ大事だと思って。
料理はいいですよ。虫になれる。
シンプルに息子のいい顔が見れる。
いや、そうっすね。
こうかわかんのは、手応えめっちゃいいよね。
どうしても間接的にしかならない。
間接的にしかないと思ってます。
いや、そうっすよね。
そうっすよね。
直接的なところは、
たぶん、子供の金銭なんですよ。
なので、
触れられないんですよね。
なかなかね、そこにね。
たぶん、触れたら地雷なんで。
だから、なんか、
外して外してみたいなところから
いかないといけないから、めっちゃむずいよね。
短期間なら理解者でいれると思いますが、
それが長引くとどうにもならない感じです。
いや、そうだよね。
そこに対しては、
これ、アドラーで言うところの、
たぶん、勇気です。
たぶん、そこになってくる。
勇気を持って、
よいしょ!って言って、
いや、これ、だいぶ
パワーいるんだよな。
理解者でいるって。
どうしても、
傍観者に戻っちゃうよね。
これね。
で、特になんか、
子供が堅くなだったり、
なんだろう。
マジ意味わからんみたいな。
感じになったりすると、
余計、なんか、
理解者でいることの、
なんやろな、なんか、
しがみついてる感っていうか、
しんどさは、
めっちゃありますよね。
虎王感ね。
虎王感が半端ないよね。
家では理解者でいられるように、
不の感情をどこかで吐き出しておくくらいです。
なるほどね。
母親の料理には口をつけないです。
これは単純に多分、
料理が合わないんだろうな。
わかんないけど。
あのねー、特性強い子とかは、
手料理しんどいですからね、結構ね。
とか、あのー、
味付け、結構こだわりあったりは。
それから、
なんか、
味濃い料理とか、なんか、
ジャンクなフードとかの方が、
食べたりしますからね。
そんなんなんか、なんでやねんみたいな。
感じですけど、むずいっすよねー。
なかなかね、
元気めしいね。
天の岩戸のように、自分が楽しく過ごす。
あれっすか。
あの、
開いてくるのま、
あれ、あれだっけ。
開いてくるの待つまで、
舞うんでしたっけ、あれ。前で。
アマテラスオオミカミですよね。
だったっけな。
イザナギ。
子供の大好物を食べる。
食べちゃうんすか。
リクがブレると傍観者になりがち。
あー。
やっぱ、傍観者への道が、
近い。
ほんと近い。
ほんとクセみたいなもんだよねー。
気張ってないと傍観者になっちゃうんだ。
難しい。
なるほどな。
今日わかったのは、
理解者、激むずっすね。
なるほどね。
だいぶ難しいね。
嫌われても避けられても、
リクエストが高すぎても、
自分の自己がブレないと理解者でいられるのかも。
あー、でもそれは一個そうっすね。
あのー、で、
しかもこれ、
多分これプリンシップルなんすよ。
自分の中での
絶対がないと、
多分ブレる。
それは多分そう。
僕、人生どうでもいいと思ってるんで。
なんで、
何しようがどうでもいいと思うんで、
子供たちが受験受けなかろうが、
引きこもってらろうが、
正直どうでもいいんですよ。
なんか、それが人生だって思うから。
だからブレないんですよ。
このなんか、
明確な軸は、
あると
熱いよねー。
でも難しいよねー。
そこはねー。
そうめん4連敗が、
口をつけなくなったきっかけです。
作る側からしてもなんか、
むずいよね。
いや、激むずだよねー。
ほんとにねー。
なんか、
なんやろ、ネタ。
なんとかユーザーみたいな。
おいしんぼの。
うまいものを作れ!みたいな。
子育てにおける自分軸の重要性
感じよね。ほんとに。
何が食べたいんですか?
頑張れ!みたいな。
なんか。
何ユーザーやったっけ?
忘れた。
やっぱりユーザー。
そんな感じよ。
いやー、そうだよなー。
だから、
むずいよねー。ほんとに。
みんな、頑張ってますね。
お前、
大変だわ。ほんとに。
僕、当事者だからねー。
そら、嫁もやむわ。
とは思います。
ご飯とか外食行ったら、ずっと首貸しを
言ってるらしくって。
めっちゃ怒られるんですよ。
やめてって。
めっちゃ無意識で首貸し言ってるんですよ。
うまくないわーって。
まずいわーって。
すごい怒られる。
そうだねー。自分軸ねー。
そうだね、確かにねー。
やっぱりねー、みんなで
滝行とか行ったほうがいいんですよ。
ほんとに。
そっちな気がする。
知らんけど。
うち滝行やってましたからねー。
めっちゃいいですよ。
社会的にマインドフルネスとか
瞑想とかに入っていくのも
その辺にもあるんでしょうね。
たぶんね。
傍観者になるのはねー、
悪いことでは絶対にないですね。
仕方ない。無理だと思う。
そらそうっすよ。
じゃないと持たないよね。
マジ学習性無力感だからね。
なるほどなー。
今日ここまでやってきましたけど、
えーっと、
今後ね、
毎週、
なんだっけ、
学びの問いっていうところで、
みんなになんか、
問いを投げて、
それに答えていくっていう、
ちょっと難しい名のやつ、そんな難しく、
めちゃくちゃ難しくはないけど、
っていうのをやっていきたいんですけど、
なんか、
今日の話の中とかで、
思いつくのとか、
取り上げてほしいのとか、
なんかありますか。
今の話で言うと、例えば、
私の子育てでの軸は何でしょう、
とかでもいいけど、
とか、
自分軸ってたぶん難しいよね。
曖昧すぎるよね。
今週、
宿題に答え、
何がいいでしょう。
簡単すぎずでも、
難しすぎず、みたいな。
やつがたぶんちょうどいい。
今回は、ちょっと難しかったやつね。
自分軸、
今日出たのは自分軸、
子育ての軸、
あとは、
なんだ。
あ、あれだ。さっきあったやつ。
子供が、
なかなか心を開いてくれないときに、
親としてできること。
他にもあれば。
これ、今日やりたかったんだ。
イベントごとに感想コーナー
作ろうかなとは思ってて、
どこがいいかな。
どうしようか。
皆さん書いてもらってるんで、
書いてもらったらいいんですけど、
ちょっと実験的になんですけど、
感想の共有とサポートの方法
これから、
イベントごとに、
こんな感じで、
ページ作るので、
ここに、
感想とかを書いてもらえると。
ここにアーカイブとかを貼っていけたら、
みんなの感想とかも見れるし、
いいかなと思います。
ので、
よかったらここに感想書いてもらえたら、
いいかな。
一言とかでもいいんで、
特に、
考える時間とってるんで、
そういう気づきとかは、
投げておくと、
後で見返したときでもそうですし、
参考にもなるし、
合ってるとか合ってないとかじゃなくて、
アウトプットはめっちゃ大事なんで、
一言でもいいんで、
こう思いましたとかこうでしたとかでもいいんで、
書いてもらえると、
いいかなと思います。
で、
今、
打ってる方とか書いてもらっていいですけど、
大丈夫かな。
なければこれでいこうかなと、
思いますけど、
いけそうですか?
いけそう?いける?
大丈夫?難しい?
難しいっていうスタンプがないんか。
OK、NGがあるんか。
知りたいことですか?
どうだろう?
むずい?
考えてみて、
難しかったらまた、
今日みたいに、
来週みんなで考えるとかでいいんで、
とりあえず宿題で出して、
考えてみましょうか。
一回これで出してみる。
ということで、ちょっと時間過ぎちゃったんですけど、
そこに、
ここにね、
また感想とか書いてもらったら、
ありがたいです。
ということで、
一旦終わって相談室やろうと思います。
一旦終わります。
ありがとうございました。
01:15:06

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