- ポッドキャスト出演経験とリモート収録
- ポッドキャストの変化
- RSSとライブドアリーダーの思い出
- インターネット黎明期体験
- 勢いの起業
- Emacsを使い始めたきっかけ
- 技術書執筆と現在の仕事
RSSとライブドアリーダーの思い出
インターネット黎明期体験
Emacsを使い始めたきっかけ
技術書執筆と現在の仕事
感想
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サマリー
本エピソードでは、ゲストのtomoyaton氏がインターネット黎明期から現在に至るまでの経験を語ります。ポッドキャスト出演の経験や、リモート収録の現状について触れた後、RSSリーダーの思い出やインターネット黎明期の体験談が語られます。特に、ライブドアリーダーの思い出や、Mona OS作者がはてなに来た理由といったエピソードが印象的です。その後、勢いで起業した経験や、Emacsを使い始めたきっかけ、そして技術書執筆と現在の仕事について深掘りしていきます。tomoyaton氏は、2003年頃にパソコンとインターネットに触れ、はてなダイアリーからブログを書き始めたことからキャリアをスタートさせました。デザイン系の勉強を経て、インターネット黎明期の技術の進化を目の当たりにし、起業を志すようになります。26歳で友人とオンライン英会話事業で起業し、フィリピンでの経験も語られます。また、MacBookを購入したことがきっかけでEmacsを使い始め、そのカスタマイズ性や開発環境としての魅力を語ります。現在の仕事は、ソニーミュージックをはじめとする企業向けのシステム開発に携わっており、インターネットに接続されない環境での開発の特性についても言及しています。技術書執筆の経緯や、共著した「エンジニアのための英語」についても触れられています。
ポッドキャスト出演経験とリモート収録
趣味でOSSをやっている者だ。引き続き、トモヤさんをゲストにお話をしていこうと思います。
そうですね、ちょっとインターバルの間に、この録音ツールの話とかをしていたんですけれども、
普段は、そうですよね、スタジオで収録されているっていうことだと思うんですけど、
他のポッドキャストとかゲストに出たりとかして、こういうリモート収録みたいなのってご経験あったりされたんですか?
ポッドキャストで出たのは、たぶんゲスト出演、これでたぶん2回目で、それこそ初回は、
ゆうすけべさんがやってるポッドキャスト、やってたですかね。にゲストとして行かせてもらったっていうのが、1回だけでしたね。
そうなんですね。そうなんだ。確かに他のところで出てるの、確かに聞かないなっていう感じなので、そうか、そうだったのか。
そうですね。たしかに友谷さんも有生さんも、あんまりネット上で見かけはするんだけど、そういう人柄がよくわかんないから、
結構話すとお二人とも気さくな感じで話してるから、結構意外というか。
たしかにそうですよね。もともと僕、関西に住んでいたので、東京のほうに、本当にどうしても行きたいイベントみたいなときに夜行バスに乗って行くみたいなことをしていた感じなので、
あんまり東京の方といっぱい会ったりっていうのはなかなかできなかったっていうのもあり、そのあと海外にしばらくいてみたいな感じで。
東京、今度戻ってきたら子どもができてみたいな感じで、またそれはそれでイベントには出づらくみたいなところがあるので、そんなにすごい頻繁にイベントとかに出るタイプではないっていう感じになってますね。
そうですよね。だから、本だったりネット上に文章だったりとかは書かれてますけど、そういう登壇してるのとかを、それこそお見かけしたことがないなっていうのは思ったりはしていました。
だから、僕なんかが登壇するのは、やっぱりホームであるところのEmacs勉強会ですね。そこだとだいたい毎回のように登壇したりとかしているんですけれども、それ以外はあんまりしてなくて、逆に大学の講演に呼ばれて行ったりみたいなのがむしろやってる感じではありましたね。
すごい、大学で講演。
そうそうそう。なんかね、呼ばれたりとかしてました。
大学出てないのに、行ってないんでしたっけ。
行ってないんですよ。だから、大学の授業って90分あるんだとか、噂に聞くこれが90分かとか思えて、90分も喋ることがあんのかなと思いながらやって。で、せっかく香川大学で講演したんですけど、そのときはせっかく来ていただいたんで、2コマお願いしますって言われて、90分かける2話すことになって。
こんなに人生において喋ったことないから、後半の2コマ目もえとへとになった記憶がありますね。
確かに。すごいな、それ。だってロングトーク4本分みたいな感じですもんね。
学年が違うから同じ内容2回でいいですよって言われて、同じ内容で行きはしたんですけれども、でも全然やっぱね、後半のほうになると脳が疲れて言葉が出ないっていう経験を初めてしましたね。
確かに舌が回らなくなりそうですね。しかも最近は100分らしいですよ。100分も増えてきてるっていう、そういうのをどっかで聞きました。
大学の先生大変だなと思って。まあでも先生もやっぱなんか1日3コマあると結構大変みたいな話されてたんで、ああやっぱそうなんだ。
なるほど。
大学の先生と会うとめっちゃ喋るんですけど、やっぱ喋るの得意なのは、好きなのは職業柄もあるんだなっていうふうに思いましたね。
確かに。それこそ自分の専門分野だったり、話したいことすごいたくさんあるでしょうし、知的好奇心とかもあるから、知らないこともすごい質問したりしてきますよね。
そうかでも、ゆうすけべえさんのポッドキャストとか、マジで大昔だな。
はい。
今ちょっと調べてみたんですけど、もうあれですね、公開はされてないんですね。
まあやっぱり幻の番組になってしまいました。
やっぱ音源をどこに置いとくかみたいな、そういうのがありますからね。
確かに。そうっすね。
昔はどういう構成でやってたのか知らないけど。
普通に考えて、それこそ音源アップロードして、RSS用意して、iTunesのポッドキャストのところに登録するみたいな感じでやってたんじゃないかなっていう気はしますけどね。
今だといろんなサービスがあるんですよね、メガフォンとかいうやつとか、いろいろあるみたいで。
ポッドキャストが、あーSpotifyが買収したのか、そういうプラットフォームがあってみたいな。
あとは普通にYouTubeに上げる人とかも全然いるでしょうし。
YouTube多いですね、最近。
うん。
YouTubeで2人で会話してるのがポッドキャストみたいな、そういう雰囲気すらありますからね。
はいはいはいはい、確かに確かに。
ポッドキャストっていう名前自体が、そもそもブログみたいな感じのゼネラルな名前というか、そういうものとして登場したけれども、
アップルがポッドキャストっていうアプリを出してるから、アップルのポッドキャストアプリで聞けるのがポッドキャストだ、みたいな。
インターネット黎明期とライブドアリーダーの思い出
なんかそういう認知になったタイミングもあったっぽいですね。
そういうタイミングもありましたよね、確かに。
だからなんか、最近だとそのYouTubeが、で、なんかそういうおしゃべりが配信される前とかも、
Spotifyの方が今は圧倒的にポッドキャスト聞いてる人が多いみたいな、そういうのを知ってすごいびっくりしましたね。
それが多分僕がポッドキャスト始めた頃に、いくつかのリサーチを見て、
そしたら、そうなんですよね、多分ポッドキャストを聞くメディアでトップがSpotifyで、
2番目がアップルポッドキャストで、3番目がAmazonミュージックで、みたいな。
Amazonミュージックで聞く人いるのか、みたいな。
そうそうそう。
ね、Amazonミュージックも意外と聞いてる人がいるっていう話で。
そう、そうなんですよね。で、なんか多分去年ぐらいのリサーチとかだと、もうなんかYouTubeでポッドキャストを聞くみたいな人が圧倒的というか、
多分そのリサーチする中でのマスの募集団の人たちが、多分そのいわゆる技術的なポッドキャストっていうよりも、
そういうなんか、2人でおしゃべりしてる番組のことをポッドキャストっていうふうに認識して回答してる人が結構急に増えたんだなっていうの。
確かに確かに。
思ってます。
そうですね、だからYouTubeだとYouTubeとYouTubeミュージックがあって、で、どちらでも一応聞けるんですよね。
で、なんかそうなんですよ。YouTubeにも一応ビムJPラジオ上がってて、で、なんかそのマルチでポストされてるというか、どのプラットフォームでも聞けるんですけれども、
なんかYouTubeで聞く人いるのかなと思ったら、意外と普通になんか再生のカウントちゃんと回ってはいるみたいで、あ、いるんだっていうふうに思った印象がありますね。
そうですね、そうそうそう。なんか僕もYouTubeに出してるんですけど、なんかそう、じわじわとなんか再生してる、定常的に再生してる人がいるっぽくて、そう、なんかびっくり、びっくりしました。びっくりしてます。
まあでもYouTubeだと、一応なんか文字起こしがなんかできるから便利みたいな話がなんかあってあってとかも、キャプションがつけられる?
確かにキャプションとかも自動的につけてくれたりもあるのかな、なんか。でも、そうですよね。まあだからそうですね、なんか割とそのポッドキャストっていうか、そのを作っといてYouTubeにもう展開するようにしとくと結構いいなっていうのは思ってはいるんですけど、
YouTubeでRSSを張ることはもうできないですよね。昔はポッドキャストあったけど、それもう終わっちゃいましたもんね。
なんかそうですよね。できなさそうですよね。RSSは本当なんか、いにしえのテクノロジーにもはやなってますけど、なんか意外と息も長く、とはいえなんか果たして本当に使ってるのかみたいな感じもあり、なんかあれですよね。
でもとはいえもういい加減なんか、もうRSS知らない人っていうのもポツポツ出てきた感じなんですかね、やっぱり。
もうみんな知らないんじゃないですか、RSSとか。 ポッドキャスト内部で生き残ってるのがすごい得意点っていう感じがしますよね。 ポッドキャストが実はRSSで配信されてるみたいなことも意識はされてない気はしますね。
なんかスマホとかのブラウザでリードモードみたいなのあるじゃないですか、テキストだけをバッと出すみたいな、ああいうのってRSSを使ってんのかなとか勝手に思ったりとかしてたんですけど、実際はどうなのかわかってないんですけどね。
ポッドキャスト そうですね、でもRSS出してないサイトも多いだろうから。 確かに。スラックのRSSアプリあるじゃないですか、あれで意外と便利に使ってる人っていうのもなんかいそうですけどね。
ポッドキャスト あれ多いですよね、結構RSSリーダーとして今一番使われてるかもしれないぐらいの感じがありますよね。 RSSリーダーいいですよね、ライブドアリーダーですよね。
ポッドキャスト ライブドアリーダーですね、マラさんが作ったライブドアリーダーですよ。 地上最強のRSSリーダーだったんですけどね。
ポッドキャスト そう、本当になくなってしまって。 最後あれですか、ドアンゴに行ったんでしたっけ。
ポッドキャスト なんかそうですよね、ドアンゴが引き取ったけど、やっぱちょっと無理ってなって閉じたような覚えがあります。 そう、ですよね。ライブドアリーダーからライブドアンゴリーダーに変わったんですよ、確か。
ポッドキャスト あれ面白かったな。 あれ面白かったですね。
まあでも、やっぱり結構膨大なサイトをクロールしてみたいなのもあったりするから、絶対基盤維持するの大変だろうなっていう、そういうのがありますよね。
ポッドキャスト とはいえ、そうですね、ウェブアプリでキーボードショートカット使ってサクサク動かしてみたいな、あれはやっぱ衝撃的でしたよね。
ポッドキャスト だからそういうフロントの体験の良さもあるし、結構そのバックエンドのクローラーみたいなものも、それこそ愛用多重化みたいな、コロとかエニーイベントとかそういうライブラリーがパールにはあったんですけど、それを使って上手いことやってるみたいな発表を作られたマラさんが、
ポッドキャスト やっぷしーとかでされてて、いやあ、なんかこの人マジで全部できてすげえなっていう、そういう思った記憶がありますね。
ポッドキャスト そうですね、すごいですよね。
ポッドキャスト すごい、だから今でこそ彼はセキュリティエンジニアとしてめちゃくちゃ有名ですけど、そういう本当に何でもできるすごくてエンジニアとしてサービスを作ってたのが本当すごかったなっていうのは思いますね。
ポッドキャスト ねえ、すごいですよね。だからマラさんが昔、最速インターフェース研究会っていうブログでやってて、その通りのことをやってて、すごいかっこよかったですけどね。でもそんなマラさんも一時期ハテナにいたじゃないですか。
ポッドキャスト それ、なんか公開情報にしていいんですかね。まあみんな知ってるけどみたいな。
ポッドキャスト ライブドアからハテナに転職して、またライブドアに戻るっていう、今ではわりと当たり前になった出戻りみたいなのを当時先駆けてやったっていう印象で、出戻っていいんだみたいなのを業界に印象付けた結構歴史的な出来事だったんじゃないかなと僕は思ってますよね。
ポッドキャスト なるほど。当時を体験してる僕らからするとそうかもしれない。でも後から見ると、ブログには残ってないし、しれんと書き換えられてて、面白いなって感じだから。
ポッドキャスト 確かブログに楽しい夏休みでしたねみたいなの書いてた記憶があるんですけどね。
ポッドキャスト 京都旅行を終えてみたいな。
ポッドキャスト そういうの書いてて。あれは衝撃的でしたけどね。
起業のきっかけと初期の経験
ポッドキャスト あの頃はてなは、本当そういう早々とある人がどんどん吸い込まれてて、本当にすごい勢いのある会社でしたよね。僕はそれを旗から見てて、すごいなーって眺めてる側でした。
ポッドキャスト 僕もそうなんですけども。やっぱりあれですよね、マラさんも行ったし、セコンさん。今はあれか、セコンさんじゃないのか。
ポッドキャスト セコンさん。
ポッドキャスト セコンさんで大丈夫かな。
ポッドキャスト 大丈夫。
ポッドキャスト セコンさんで。あと、アンチポップけんたろさんとかは、もともと3人IRCつながりで、ずっとワイワイやってたところが、お互い全員ハテラに集まるみたいなのがあって、
ネットの知り合いでいただけの人たちが同じ会社に集まってワイワイできたみたいなのが、すごい面白かったなっていうのを旗で見てて、面白く思ってましたね。
ポッドキャスト そうっすよね。ひげぽんさんとかが行ったのとかもすごいびっくりしましたね。
ポッドキャスト そうですね。ひげぽんさんも行ってましたね。
ポッドキャスト マチョ4号も行きましたね。
ポッドキャスト 友谷さん自体はその辺の世代ですけど、どういう感じでインターネットに触れて、どういう感じで働き始めた感じだったんですか。
ポッドキャスト 僕でもやっぱり、はてなダイヤリー2002年サービス開始で、僕パソコン買ってインターネット始めたのが2003年とかで、当時ブログって言葉なかったんで、
ポッドキャスト とりあえずネットでたまたまはてなダイヤリーになるものがベータサービスで始まってますっていうのを見つけて、これで自分のサイト作れるんだわいっつってアカウント取ったのがインターネットの始まりみたいな感じですね。
ポッドキャスト その時がまだ20歳ぐらいだったんですけど、普通に毎日ダラダラブログ書いて、HTML覚えて、CSS当時流行ってたんで覚えて、JavaScriptは当時クソだったんでちょっと触ってみて、何だこれはってなってみたいなのをやってて、
パールを勉強してみようかなとか、そういう勉強した内容とかをブログに書いてみたいなしてたら、詳しい人たちがコメントでワイノワイノって教えてくれるみたいな、そういうインターネットの優しい時代を過ごしていたっていうところで、
ネットっていうか何ていうんですかね、そういう技術の新しいものがどんどん出てきたり、当時まだOSSっていう言葉もあんまり浸透してなかったですし、そういうのをみんなで眺めつつ触れつつ遊んでたっていうのが2000年前半ぐらいじゃないですかね。
おだしょー あ、そうなんですね。
おだしょー やっぱりハテナっていう会社がどんどん大きくなっていく、ハテナブックマークとかがヒットしたりとかして、アメリカに行くみたいな話とか、ミクシーは上々へみたいな、ハテナはアメリカへみたいな話とかね。
おだしょー グリーが出てきたりとか、そういうのを見ていて、グリーも当時言ったらSNSのグリーですよね。
おだしょー ゲームの初詐欺のグリーじゃないですか。そういうのを見てて、自分よりちょっと上の人たちが起用してインターネットでどんどん大きく成長していくのを見ていて、自分でも起用したらそういうところにいけるのかなっていうのは強く思って、いつか起用したいなっていうのを感じています。
おだしょー すごい。それで起用するのもすごいですねっていうのと、じゃあ結構逆にパソコンとかインターネットに触れられたのは、実はちょっと遅めみたいな感じなんですね。
おだしょー めちゃくちゃ遅いと思いますね。
おだしょー そうですね。2003年とかですとね、もう20歳ぐらい、そうですよね。意外ですね。
おだしょー Windows XPからなんですよ、僕。
おだしょー 意外だ。めちゃくちゃ意外ですね。
おだしょー ADSLからしか知らないんですよ、僕。Yahoo BBからなんですよ。
おだしょー そうなんですね。なるほど。すごい。そこから。やっぱYahoo BBは意外ですね。
おだしょー 意外だと思います。
おだしょー ADSLをね。そう。そうですよね。そうなんだ。じゃあそうなんですね。なんかもっと前からやられてるのかなと勝手に想像してたんですけど、そうなんですね。
やっぱり昔からやってる人っていうのはすごい羨ましいなと思いながら、とりあえず自分は自分で自分の持ち味を活かしていろいろやろうと思って、どちらかというと僕最初のほうデザイン系の勉強をずっとしてましたね。
おだしょー オライリーでいうところのデザイニングインターフェースとか、白クマ本とか、インフォメーションアーキテッドの分野ですかね、の書籍をメインにいっぱい買って、読んでふむふむってやってましたね。
そうなんですね。そもそもその2003年ぐらいにパソコンを手に入れて自分のホームページ作ってみようって思ったきっかけは何だったんですか。
でもやっぱり自分大学も行ってなかったんで、就職もできるかどうかわかんないけども、とりあえずパソコンでいろいろできるようになったらなんとかなるんじゃないみたいな。
そういうのがすごい強くあったのと、あと単純にやっぱ面白かったっていうのがあるんで、それでとりあえずひたすら純工堂行って本買って勉強するみたいなのをやってましたね。
そこで本買って勉強するってなるんですね。そこはあんまり苦にならなかったんですか。結構楽しくそれができた感じだったんですか。
そうですね。本買うの好きだったんで、その当時でも漫画1000冊以上持ってて、小説も数百冊持ってたと思うんですけど、とにかく本買うのが好きで。
だから技術書も、やっぱり技術書かっこいいじゃないですか。純粋にオーライリーとか。なんで、とりあえずかっこいい本をいっぱい買うみたいな感覚で、ファッション感覚でひたすら本買って読むみたいな。そういう感じでしたね。
集めたいみたいな、コレクションしたいみたいな。買ったら一応読むんですけど、でもやっぱプログラミングパールむずすぎて座説みたいな、初めての座説みたいなのをやり、やっぱ初めてのパールからかつって。初めてのパール読むんですけど、初めてのパールも結構むずいつってやってましたね。
そうなんだ。初めてのパール、なんか僕頑張って読んだ記憶があるな。僕も結構本は貧乏だった時も糸目をつけずに買うみたいな感じで買ってたんで、それはすごい良かったなっていうふうに僕は今でも思ってますね。
僕もそうですね、全然バイトで月5、6万しか稼いでない中で本を2、3万ぐらい買うみたいな、そんな生活してましたね。
すごい。僕もそうですね、技術賞高いですしね。バンバン買うとそれぐらいには簡単になっちゃいますよね。
そうですね。
でも本当にパソコン身につけとけばなんとかなるかもみたいなの、本当にすごくその時代っぽいですね。すごいそういう適当な雰囲気がありましたよね。
やっぱり当時まだスマホもなかったんで、とりあえずパソコンインターネットがその時の先端技術で、その後2000年後半からスマホが出てきてみたいなところで、さらにスマホで飛びついた人とかもいっぱいいたと思うんですけど。
でもやっぱ僕の現体験はウェブサービスですね。ブログからSNSからそういったところでウェブサービスを立ち上げて一発当てるみたいな、そういうところの企業化を見て育ったっていうのはありますね。
確かにそういう雰囲気ありましたもんね。でもその頃はそれこそHTMLちょちょっとかけて、FTPとかでドラッグ&ドロップしてアップロードできるだけで、結構いいアルバイトになったみたいな時もある。そういう時代ですよね。
PHPとかパールCGIなんてかけようもんなら、もう本当にセキュリティーホールだらけでウハウハみたいな、そういう感じですよね。
そうですね、確かに懐かしいな。そこしてたらMovableTypeが出てきて、WordPressが出てきてみたいな、そんな感じのソフトウェアでしたね。
なんか、AI時代とちょっと雰囲気似てますよね。それこそそういう、僕もあんまりちゃんとしたCS畑ではないんで、ウェブ技術みたいなの適当にかじって、適当にサイト作ったりサービス作ったりしてたんで、
そういう素人が突然ソフトウェアを作れるぞみたいになって、それこそちゃんとしたソフトハウスの人からすると、お前らなんでそんな危ないことしてんだみたいな、そういう雰囲気が2000年ぐらいの頃あったと思うんですけど、
今、AIでも似たような、危ないもの作り上がってみたいなことを言う人も多いし、実際そうなんだけど、でもそこで止める側になるの、すごいあの頃ダサかった大人側になってる感があるよなっていうのは感じるんですよね。
おだしょー はい、でもそうですね、ソフトウェア誰でも作れるみたいな雰囲気ありますし、あと一部の個人OSS作者がオープンクルーみたいなやつ作って、オープンAIみたいなところとかが一瞬で決まるみたいな、
そういうスピード感みたいなのも、当時のインターネットサービス、ウェブサービスバブルに若干近いというか、もっとスピード感ある感じはありますけど、雰囲気はなんか近いですよね。
おだしょー そうですよね、雰囲気近いし。本当にそれこそね、そういう小さいウェブサービスたくさん作ってた人とか、2000年頃いたし、エガちゃんとか、僕見てるだけでしたけど、そういうウェブサービスバンバン作って、バンバンセキュリティーホールだらけで毎回突っ込まれてみたいな、そういう。
まあでも確かにそういうのに結構当てられて、起業したいって、友谷さんは思ったわけですね。
おだしょー そうですね、はい。 そうか、僕はハテナとか、Googleとかそういったとこ行ってみたいな、みたいに、すごいエンジニアがたくさんいるとこ行ってみたいな、みたいな、そういう気持ちのほうが強くなったんですけど、友谷さん的にはそうだったんだなって思いました。
しかもちゃんとそれを、実際に起業されるわけじゃないですか。それってどうやったんですか。
おだしょー うーん、まあでももう、友達とやろうっつって、やるぞっつってやった感じで、何もうまくいくかどうかもわからず、とりあえずやってみたみたいな感じですね。
当時26歳とかですけど、やっぱりそれぐらいが一番自信も元気もあふれてる年齢なのかもしれないですね。
おだしょー うーん、いや、いいっすね、そういう感じも。なんかまだ失敗できそうな感じもあるし、別に失敗しようみたいなことも思わなさそうな年齢ですもんね。
おだしょー そうですね、なんか背負うものも全然ないし、かといって誰かに頼る必要もあんまないかなみたいな感じで、好きに勝ってやるぜみたいな、そんな感じの年齢が25、6ぐらいなのかなという感じがします。
おだしょー その時何やるかとかって決めてたんですか?
おだしょー うーん、いやもう全然決まってなくて、ただ友達がオンライン英会話っていうのがあるらしいぞっつって、これやろうっつって、それでよしやろうっていう話になってやったっていう、そんな感じですね。
おだしょー じゃあフィリピンっていうのはその関係ってことなんですか?
おだしょー そうです。だから会社やるぞって決まったのが多分12月ぐらいだったと思うんですけど、それでとりあえず4月から始めようっていう話になって、それまでにパスポートを取ったりとかして、
おだしょー で、4月に入って登記して、5月に日本で登記したんですけど一応。登記頑張って調べて何とかやり終えて、5月にはフィリピンに行って、そっから半年以上いた、半年ぐらいフィリピンにいた記憶がありますね。
おだしょー すごい、めちゃくちゃ面白い。パスポート取るとこからだったんですね。
おだしょー 僕はそうですね。
おだしょー じゃあ一緒にやる人はそうじゃなくて、英語とかもできるみたいな感じだったんですか?
おだしょー そうですね。めちゃめちゃできるかっていうとちょっとあれですけど、でも全然パスポートも持ってるし、フィリピンにも現地にも行ったことがあるっていう形でしたね。
おだしょー へえ、そうなんだ。じゃあ2010年とか9年とかそれぐらいですか?目の付けどころとしてはめちゃくちゃ良かったんじゃないですか?
おだしょー 2010年、それこそ円が絶好調なときで、1ドル、今の人信じられないかもしれないですけど、70円台ぐらいまで高まってたんですよね。
最近高い高いって言われているApple製品も激安で、MacBook Air確か7万円台とかで買えた時代ですよね。
おだしょー そうですね。
おだしょー Apple製品は安いみたいな、そんな感じでしたね。MacBookは安かったんですよね、当時。
おだしょー 安かったですよね。
おだしょー 10万出せば、とにかく最高モデル買えるみたいな。モリモリにしても30万はいかない感じでしたね。
おだしょー そうですよね、白いプラスチックのかわいい丸いMacBookとか。
おだしょー スポーリーカーボネートの。
おだしょー スポーリーカーボネートの。あれとか、あれ使ってる人多かったですよね。安かったし、普通にそういうUNIX環境が最初から入ってて、サブバージョンとかもすぐ使えるからみたいな感じで。
おだしょー あと普通にWindowsを動かすにしても、Macが一番安いみたいな時代がありましたよね。
おだしょー そうですね。Windowsの動くラップストップとして、MacBookが実は一番いいみたいなタイミングがありましたよね。
おだしょー ありましたね。
おだしょー 確かにその頃に結構日本のウェブエンジニアのMac以降が進んだ気がしますね。
おだしょー そうですね。やっぱそれぐらいですよね。僕も8年が最初確かMacBook買った年だったような気がするんですけど、やっぱりその8年から10何年ぐらいまでで、みんなMacBook使いだした印象がありますね。
おだしょー そうですね。僕は結構ThinkPadで頑張ってた時代が長いんですけど、でも2012年にMacBook Airを買いましたね。そっからずっとMacですね。
おだしょー はい。あれですよね。ThinkPadで言うと、ThinkPadをIBMからレノボへ事業上等みたいな、そこが節目で当時レノボの印象もあんまり良くなくて、マルウェアが入れられたケースみたいなのもあったりとかして、そこで離れた人たちも結構いらっしゃいましたよね。
おだしょー 確かにそうですね。そうですね、ThinkPadは本当にかなりブランドだったし、日本で作ってたので、中央林間のあたりにある目黒っていうところ、神奈川で作ってたんで、僕の実家から結構近いところにあるんですけど、割とそういう思い入れもちょっとあったっていう感じはありましたね。
おだしょー はいはいはい。そうですね、当時Windowsだと、だからBioが人気でしたよね、Laptopだと。BioでThinkPad、あとLet's Noteですね。この3つがたぶん確かにかなり有力候補で、やっぱ全部高かったですよね、結構それぐらいに。
おだしょー そうですね、BioとLet's Noteは高かったですね。ThinkPadはぼちぼちかな。まあでも高かったか。
おだしょー 多分、レノモになってグッと下がった記憶があるんですけど、それまではやっぱちょっと高かったですね。だからMacBookの方が安かったみたいな。結構あった気がします。
おだしょー 多分そう、そうなんですよね。その頃結構コンシューマー向けのPCどこも撤退しちゃって、だからDellとかHPとかが結構安かった記憶があるんですけど、たぶんコンシューマー機、コンシューマーっていうかそういうパソコン撤退しちゃってサーバーだけになるみたいな流れがあり、その流れでIBMもたぶん個人PCやめるみたいな、サーバーだけになるみたいな。
おだしょー 確かにそうか。それで、そうか。確かに日本製のLet's Noteとか、そうですね、BIOとかしかないから、富士通とかFMVとかあるけど、まあ日本製のやつ結構高いから、そうですよね。
おだしょー 高いですよ。
Emacsを使い始めたきっかけと開発環境
おだしょー そうそう、MacBookみんな使ってたっていうのが。確かにそうか、そういう感じか。2012年に買ったのはね、そのMacBookの11インチのやつだったんですよ、MacBook Airの。
おだしょー はいはいはいはい。あれめちゃくちゃ良かったんだけどなーって。
おだしょー ね、なんかコンパクトMacBook欲しいってね、みんな言ってますよね。
おだしょー うん、ほんと欲しい。
おだしょー 今回もね、NEOは出たけど、コンパクトAirならなかったっていう。
おだしょー あれも13インチぐらいあるんですよね。
おだしょー そうですね。
おだしょー どちらかというと学校教育向けなんじゃないかな、みたいな話はありますよね。
おだしょー まあ、そうですね。
おだしょー いやでもMacBook買ったおかげで、Emacs使い始めたんで、やっぱり良かったんですよ。
おだしょー そうなんですね、そこで繋がるんですね。ちょうどEmacsのことを聞こうかなって思ってたとこだったんですけど、そこでEmacsが出てくるんですね。
おだしょー そうなんですよ。Windows、もちろんそれまでずっと使ってたんですけれども、Windows XPですかね。
で、たぶんXPそろそろ終わりで、みたいな。次は何でしたっけ、7の前。
おだしょー ああ、ロングホーンか。Vistaですね。
おだしょー Vistaだ、Vistaだ。で、Vista行きたくないな、みたいなのもあったわけですよ。
おだしょー Macか、Macに行くか。
おだしょー そうか、それもあったのか。そうなんですよね。ちょっと説明すると、当時Vistaはすこぶる評判が悪く、し実際、出来も結構ひどかったっていうのが、やはりちょっと暗黒時代ですよね。
おだしょー そうですね。Windowsなんかね、いいやつと評判の悪いやつが交互に来るのがありますよね。
おだしょー そう言われてましたね、当時は。MEってやつが結構ひどくて、その後、2000とかXPは良かったんだけど、Vistaは大変、みたいな。
おだしょー Vistaはロングホーンっていうコードネームでずっと作られてて、多分めちゃくちゃ開発が伸びたんですよね。
おだしょー そうっていうのがあり、多分そのXPと2000サーバー系の多分OSを統合するみたいな感じだったんですかね。で、なんか一つにして、一つのOSでサーバー製品とコンシューマー製品を出すみたいな、結構壮大なプロジェクトだった気がします。
おだしょー 違うのかな、違うか。XPがそうなのか。
おだしょー XPはでもコンシューマー向けですよね。で、2000は業務向けみたいな。
おだしょー サーバー向けの。
おだしょー 開発会でしたよね。
おだしょー そう。で、ロングホーンはね、スコール。Vistaは本当大変でしたね。
おだしょー そういうのもあって、やっぱなんかちょっとVistaには行きたくないなって。で、Macに行ったんですよ、僕は確か。
おだしょー 確かに僕もVistaは結局買わずに終わったな。その後Windows10のマシンは買ったけど、Cママあるけど。
おだしょー そうですね。Windows7とか一応買いましたけど、それはMacBookの中で動かすために買いましたね、僕は。
おだしょー 確かに僕も7は買ったな。
おだしょー 7777円で、確かキャンペーンセールやったんですよ、Windows7。それを買いました。
おだしょー そうだったんですね。
おだしょー 覚えてます。
おだしょー そうか。でも7は買ったのか、僕は。ちょっと忘れちゃったな。
でもそこでEmacsを使おうって思ったのは何でだったんですか?特にあるエディターがそれだったからって感じですか?
おだしょー エディター、Macで当時ほぼなかったんですよね。無料のエディターっていう意味ですかね。
多分Macってシェアウェアが結構文化として強くて、有料のおしゃれなエディターみたいなのがあったんですけど、
無料でってなると意外と選択肢がなくて、それで僕WindowsのときにXYZGYっていうEmacsライクなエディターを使ってたっていうのもあって、
本家のEmacsを使ってみようかなっていうところで買い始めましたね。
おだしょー そうか。そもそもXYZGYを使ってたんですね。
おだしょー そうですね。それは知人がオススメだよって言って使ってたんですけども、
でもそのときは別にカスタマイズするとかあんまりそんなしてなかったですよね。何でなんでしょうね。
でもそれでXYZGYちゃんと使えてたのもすごいですね。
おだしょー でもキーバインドをそれで覚えたっていうところはあるかもしれないですね。
おだしょー それこそ標準的なWindowsのキーバインドと違うわけじゃないですか。
コントロールレースとかで保存できないし、なんだこれみたいな感じに。
おだしょー そうですね。確か当時Windowsのときにハッピーハッキングキーボードの初代無印を買ったんですよ。
まだプロとかが出る前のときですね。プロとか出る前だし、なんならキーボードのメンブレンですね。
っていうときのやつを買って、それでコントロールがAの隣に来るからすごい使いやすかったんですよ。
XYZGYのDMAXライクキーバインドが。それで使えたっていうのはあるかもしれないです。
おだしょー 確かにそうですよね。コントロールキーの場所を移すところから大体ノートパソコンとかだと始まるからな。
おだしょー 大変ですよね。レジストリを書き換えてみたいなのがやってましたよね。
おだしょー そうそうそう。やってました。秘伝のレグエディットがあってみたいな。
おだしょー そうですね。はい。
おだしょー とりあえずそれをダブルクリックするところから始まるみたいな。
そうか。だからそれでDMAXを使い始められたっていう。
当時はRubyMineとかTextMateとか、そういうのを使ってる人がMacでは多かったのかな。
でもDMAXもデフォルトで入ってますからね。Macに入ってましたからね。今も入ってんのかな。
おだしょー そうですね。もう入ってないんじゃないかな。そんな気が。
おだしょー 確かに。あの頃は本当に開発マシンとして、そうですよね。確かにもう入ってないのかな。
それこそサブバージョンが入ってて、パッチも入ってて、Gitも入ってたのかな。
Gitもちょっと後から最初から入るようになってみたいな。
おだしょー そうですね。はい。
おだしょー すぐ開発を始められるみたいな。そういう感じでしたよね。
おだしょー 確かに。そうですね。そういうの売りにしてましたよね。確か。
パッチが標準で入ってて、Webサーバーのボタンみたいなのがありましたよね。OS自体の設定に。
で、パッチが立ち上がってWebサーバーが動くみたいな。
おだしょー Macで立ち上がってどうすんねんみたいな話はありますけどね。
おだしょー そうですね。あれだから、ローカル開発環境がこれで作れますよみたいなところを売りにしてたんですかね。
おだしょー そうでしょうね。そういう普通にUNIXコマンドが使えるしっていう。
いちいちいろいろインストールせずともできるので便利っていう。そうですよね。
それこそローカルのポートとかそのまま使えるしっていうことで。
WindowsだとどうしてもVMとかを立ち上げてブリッジしてみたいな。
そういうネットワーク設定してとかあって、当時は大変でしたもんね。
おだしょー 大変ですよね。
おだしょー そうだよな。当時はDockerもなかったから。
がんばって全部手元でプロセスを立ち上げて動作確認するみたいな時代でしたね。
Dockerもないし、WSLもないし、Windowsは大変でしたよね。難易度が高いというか。
おだしょー そう、ウェブサービスやる分には難易度高かったですね。
おだしょー コールリナックスとか使ってる人も。
おだしょー はいはいはいはい。
おだしょー 確かに。
おだしょー ありましたよね。
おだしょー ありましたね。
おだしょー そうですね。
おだしょー なるほどな。
趣味でのOSS活動と技術書執筆
おだしょー そういうのを一応趣味で触ってて、ワイワイ楽しんでたのが本当に当時の20代前半の時の自分で。
おだしょー だからあんまり、最近の人はすごいじゃないですか。
GitHubにOSS自分で作ったの公開してとかするのやってますけど、全然そんな感じではなかったですよね。
あんまり公開する場所もなかったし、とりあえずブログを書いて、
最近こんなのしましたみたいな、楽しかったみたいなのをさすがに書くぐらいな感じだったんで。
おだしょー そうですね。GitHub自体がなかったですからね、本当に。
おだしょー そうそうそう。
おだしょー それこそNORAのサブバージョンとかそういったものを使ったりとかして。
GitHubは2008年からなんで、本当にもう、コードを気軽に上げるみたいなことは別にできなかったですからね。
おだしょー あれですね、懐かしのコードレポスじゃないですか。
コードレポス。ヤッポーさんがやられていたサブバージョン。
日本人はそこにコミットしてる人が結構いましたね。
GitHubが出る前ですよね。
おだしょー 出る前だったと思いますね。
おだしょー だからそれこそ当時はあんまりソースコードを公開する場所もなかったので、
逆にパールとかだとスイパンにモジュール上げるみたいなのがかっこいいし、
そこぐらいしか共有する場所もなかったかみたいなので、めちゃくちゃハードルが高かったんですよね。
おだしょー 確かに確かに。僕もWordpressのプラグインだけは作ったことがあって、
それはサブバージョンのリポジトリに上げるみたいな感じでしたね。
おだしょー なるほど。
おだしょー でもそれでもだいぶ敷居が下がった感じはありましたけどね。
自分でもできる感があって、当然ながらさらにその上のレイヤーに行くとメイディングイストでパッチ投げてみたいな世界になってたんで、
ちょっと素人が手を出すのはさすがにみたいな雰囲気がありましたからね。
おだしょー そうですね。やっぱ変更を取り込むってなった時にパッチを受け取って、それをアプライするしか昔はなかった。
それ以外もあるっちゃあったけど、それが主流のやり方だったから、ほんとGitHubが来てプルリクエストができたのは結構革命的でしたよね。
そこからそういう時代からEmacsの本を書くみたいなところまで至ったのは、どういう経緯があったんですか。
おだしょー そうですね。でも何かしら本を書きたいって思ってはいたんですよね。
たまたまブログでEmacsの記事を使い始めて、学習ブログですよね。
自分が学習した内容をひたすらブログに書くみたいなしてたら、たまたま知人が紹介してくれて、技術書論者の編集さんに紹介してくれて、
とりあえず雑誌書きましょうっていう話になり、雑誌書いたらよかったんで、今度は本を書きましょうっていう話になり、本を書いたみたいな。そういう流れでしたね。
おだしょー 本書いたのすごいですね。ほんとに何冊も出されてて。
やっぱり書けるチャンスを逃さないみたいな感じで、ちょうど企業のタイミングとかと諸被りしてたんで、すごい大変だった記憶があるんですけれども。
雑誌の健康自体があれか、雑誌の健康が企業のタイミングと、初めての商業執筆が企業のタイミングとめちゃめちゃ被ってしまって、
すごいもう睡眠時間1時間みたいなんで、1週間過ごすみたいな、そんな感じの生活をフィリピンでするみたいなことをしていた記憶があるんですけれども、
でもそれでとりあえず雑誌なんとか書き上げて、サービスも立ち上がりみたいなんで。
おー、それはいいですね。いい経験ですね。そういう修羅場を乗り越えた経験っていうのは。
そうそうそうそう。やっぱり20代の時にしかできないのかなっていう感じはありますが、でもすごい楽しく満足度が高かったんで、良かったですね。
いや、本な。僕も出せるといいなと思ってるんですけど、怪しくなってきました。
いえいえいえ。最近知り合いが、サークル知り合い実践にも一緒に書いた占いっていうものがいるんですけれども、
彼がどうやら短調をついに書いたみたいで、技術小論社から4月7日ですかね、発売されるエンジニアのための英語っていうタイトルの本ですね。
世界の開発者とコラボレーションするっていうタイトルで、浦井雅人ってやつが書いてるんですけども。
そうなんですね。この本ちょっと話題になってたなーって言いましたね。
サークル知り合い実践にも一緒に書いた占いは、彼がまだ大学生の時に知り合ったんですけども、とりあえずエンジニアになりたいって言ってるから面倒見てあげてって言われて、
僕がいいよって言って、マンツーで育てあげたっていう、そういうやつですね。
そうなんだ。そこがそんな繋がってるとは。
そうなんですよ。彼にも本書くって言ったら書きたいですって言うから、じゃあサークル知り合いの本一緒に書こうって書いた感じですね。懐かしい。
そうなんだ。この本気になってたけど買おうと思いました。英語はね、ずっと苦労してるんで本当に。
僕は原本してもらえるのかなどうなのかなって買うんですけど、とりあえず。買うのは買うとして原本ももらえるのかなって今思ってますね。
そういうのはありますよね。
急に送られてくるケースもありますからね。
ありますね。
あらかじめ原本していいですかって聞かれるケースと、急に送られてくるケースもあるんで、どっちなんだろうなと思いました。
でも書いてるって話は聞いてたんで、無事に出てよかったらと思います。
現在の仕事とシステム開発
いいですね。トムカさんって今どういうお仕事がメインなんですか。
僕はですね、結構最近固い仕事をしててですね。固い仕事ってちょっとあれですけど。
実際に僕自分の会社で契約をちゃんと直でしてるから、表にも仕様取引先としてどっかに書いてるんですけども。
一応ソニーミュージックの仕事をしていて、中のシステムを開発するっていうのが主要業務ではあったんですけれども、
それ以外にも別の会社さんのシステムを作るみたいなのを今やってる感じなので、
本当に硬いインターナルなネット空間の中でしか動かないウェブシステムをデザインからインフラからアプリケーションからバックエンドまですべて作るみたいな、そんな仕事をしてますね。
おー、すごい、なんか。
なんでもやるっていう。
いいですね、そういう。デザインとかもできるとやっぱいいですよね。てかすごいなと思います。
でもなんか、それまでずっと2C向けのウェブサービスを一応やってて、今だから、その間にもお手伝いしてた会社は基本2Cが多かったんですけども、
そこから本当に企業内の社内システムみたいな、インターネットに出れない環境でしか動かすシステムみたいなのやって、最初はすごい戸惑ったんですけど、
でも慣れるとインターネットに出られない、アクセスされないシステムってむちゃくちゃぬるくて、いわば攻撃されないんですよね、基本的に。
なんかアクセススパイクすることもないみたいな感じなんで、そういう意味だとすごい楽なことをやってる感じがありですね。
ある意味ではシステムの方に開発に集中はできるんですけれども、こればっかりやってると結構世の中のウェブサービス、インターネットにサービスをやってる人たちとまたちょっと違った世界観でやってるなっていうのは必死と感じますね。
たしかに業務システムとか、最近は結構ちゃんとセキュアには作らないといけないだろうけど、アクセススパイクとかもないし、なんなら本当に業務システムだったら夜止められるしみたいな、そういうのありますよね。
たしかに。
そうですね。
なるほど。そうなんですね。後半尺が足らないかなと思って、僕も結構話してたらなんだかんだですごく長く話してしまっている状態なので、まだちょっといろいろ聞きたいことはありますが、ちょっとこの辺で終わりにしようかなと思います。
ということで、趣味でOSSをやっているものだは、今回前回とトムヤさんをお迎えしていろいろお話をしました。ありがとうございました。
ありがとうございました。
リスン、スポティファイでの購読もよろしくお願いします。次回もお楽しみに。
59:51
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