セネキオの紹介
ボイスドラマパウル・クレー セネキオ野菊
ここは静かな美術館の一室。視覚障害を持つトミーとその友人で今日の目となってくれるマリアがパウル・クレーの有名な作品
セネキオ野菊の前に立っています。 トミー
今日の作品はパウル・クレーのセネキオ野菊だね。 この名前、前から気になっていたんだ。
どんな絵なんだろう? うん、トミー。この絵はね、クレーの作品の中でも特に顔を描いたものとして有名よ。
でも私たちが想像するようなリアルな顔じゃないの。 彼の持ち味である抽象的で、どこかユーモラスな顔が描かれているのよ。
ナレーター、構図と全体像の説明。 マリアが作品全体を示し示しながら
まず全体の構図から説明するね。 この絵は縦40.3センチ、横31.8センチのほぼ正方解の画面に描かれているわ。
技法は油彩とテンペラ。 正方形か。
ええ、そして画面全体に一つの顔が画面いっぱいに描かれているとイメージして。 その顔は複数の四角形と線だけで構成されているの。
これがクレーの新骨頂、構成された顔よ。 構成された顔。
抽象画なんだね。 その通り。そして最も重要な色彩構成だけど、画面の上半分は主に暖色系。
オレンジ、赤、黄色といった明るく優しい色で満たされているの。 対して下半分は寒色系の青や紫がわずかに使われているの。
上が暖かくて下が冷たい色なんだね。 そう、その色の境界線がちょうど顔の顎のラインになっているの。
顔の各パーツの詳細。 それじゃあ具体的に顔のパーツを見ていこうか。
まずは目ね。 画面の中央、やや上寄りに2つの大きな四角形が描かれているわ。
どんな色? 両画面はそれぞれ違うの。左目は中心に濃い焦げ茶色の円。
つまり瞳があるんだけど、目全体を囲む四角形は優しい黄色がベース。 一方、右目は瞳自体が描かれていなくて、目全体がくすんだオレンジの大きな四角形で塗りつぶされているの。
左右の目で色が違うなんて面白いね。 視線はどこを向いているのかな?
クレイのこの顔の魅力はその視線にあるの。 左目の茶色の瞳は画面の外、少し上の方を見ているように感じる。
でも右目には瞳がないから視線というものが存在しない。 だからこの顔は見る人に何を考えているんだろうと感じさせる不思議な表情を生み出しているの。
視線がない目と外を見ている目が同居しているのか。 すごく哲学的だね。
絵の詳細と解釈
次に眉毛。眉毛は目の上に細い線として描かれているだけ。 色は黒か濃い茶色ね。とてもシンプル。
そして鼻。鼻も私たちがイメージする立体的な鼻じゃなくて、目の下、画面の中央にごく短い一本の黒い縦線が描かれているだけなの。
千の花か。 じゃ口は?
口もまた千。鼻の下、画面の中央より少し下に薄い赤かオレンジ色のとても細い横線が一本引かれているの。
まるで控えめに微笑んでいるような辺の字にも見えるのよ。 ナレーター。髪や洋服、肌の風景の説明。
髪の毛や洋服なんだけど、この絵にはそれらの概念がないと言っていいわ。 顔全体が様々な色と歯のブロックで構成されているから。
ナレーター。じゃあ、肌の色というものもないんだね。
顔の輪郭を形作る大きな四角形やブロックが、それぞれが肌の色であり、髪の色であり、背景の色であるという考え方なの。
例えば、顔の左半分は明るいオレンジや薄い黄色が多用されていて、これが肌と解釈できる色合いね。
ナレーター。そして背景。この絵には特定の風景は描かれていないわ。顔の周辺、つまり背景と顔の構成部分が同じように色面で埋め尽くされているの。
先ほど話したように、上部が暖色、下部が寒色で、背景も顔と一緒に全体が調和している。
ナレーター。なるほど。だから、この絵はセネキオ、ノギクという名前なのに、ノギクのような花は見当たらないんだね。
ナレーター。その通り。この絵のタイトルは、ラテン語で老いた人という意味のセネキオに由来すると言われているわ。
抽象的な顔の構造が、咲き誇る花、ノギク、キクカセネキオ族の生命力や、枯れた老いた老人のような縁縮みを、両方とも表現していると解釈されているの。
ナレーター。マリア、ありがとう。様々な色の四角形と線で構成された、視線が定まらない、どこかユーモラスな哲学的な顔が、今、僕の頭の中で色鮮やかに浮かび上がってきたよ。
クレーのでかいた抽象的な顔は、トミーの心の中で、彼だけのセネキオとして形作られていきました。