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政治と向き合う〜被害者にも加害者にもならないために〜
2026-09-15 18:27

政治と向き合う〜被害者にも加害者にもならないために〜

・デマにだまされないために

・政治と距離を置いている人は危険

・被害者にも加害者にも

・中年男性への危機感

・SNS依存とネトウヨ化


・複雑な現実をそのまま受け止める

・単純化しているものに要注意

・チェリーピッキング

・編集されているもの

・複雑なものを理解することをあきらめない


・歴史を理解する

・歴史、過程、経緯

・今この時から政治に関心を持ち続ける

・今だけを見ていたら気づけない

・少しずつ耐性ができてくる


・若者が関心を持ち続けること

・政治から距離を置く人がだまされ、搾取され続ける

・政治を避けない

・政治と向き合うことが大人になるための条件

・早く大人になってほしい

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サマリー

このエピソードでは、デマに惑わされず、被害者にも加害者にもならないために、政治と向き合うことの重要性が語られます。複雑な現実をそのまま受け止め、歴史的経緯を理解し、常に政治に関心を持ち続けることが、情報に振り回されず、大人として成熟するための鍵であると説かれています。特に中年男性への危機感が示され、若者や同世代に対し、政治から逃げずに積極的に関わることを強く推奨しています。

デマに惑わされないために政治と向き合う必要性
こんばんは、いかがお過ごしでしょうか。鬼の目に木琴、久しぶりにお話ししていきたいと思います。
今回はね、政治についてお話ししようかなと思うんですけど、これまでもね、いろんなことを話してきてるんですけど、じゃあなぜ政治について話さなければいけないかということですよね。
まず大きなところで言うと、
今の社会情勢で言うと、特にデマに騙されないためっていうのは大きいと思うんですよね。
本当にね、政治について知らないと、もうすごいいろんなデマに騙されちゃう世の中なんですよね。
一昔前のデマって、もうちょっとわかりやすかったというか、注意喚起すればまあまあ防げるところもあった。
あとは表面化すればわかるみたいだね。それはちょっと騙されてるんじゃないとか、それはちょっとおかしいんじゃないって言ってくれるような存在があったのに対して、
今は本当にこのSNSってものを通じて、特にショート動画なんかを通じて、大量にデマが流れてきて、それを無防備に受け入れてしまったりとか、
もしくはある程度の影響を受けてしまう。もう100%信じなくても一面の真実があると思っちゃったりとか、
実際、半分あってて半分間違ってみたいなことを受け入れてしまうことによって、その半分間違っているところが結果的にその人を苦しめることになったりとか、
あとは社会に対して悪影響を及ぼすってこともあったりするんですよね。
これ非常に難しくて、僕自身もやっぱりね、完全に騙されていないかって言ったら、絶対ある人が騙されている部分っていうのは絶対あると思うんですよ。
それだけ多くの情報に普段接しているからですね。
どこかどこまでが誠実であり真実であるかわからないっていう状況の中で、それでもね、本当に実害がどの程度あるかっていうのはやっぱり個人差があったりとか、
物によっても違うと思うんですけど、でも確実に社会を蝕んだりとか、人を傷つけたりとか、その人自身にとってマイナスになることっていうのもまだいっぱいあるんですよね。
そう考えてくるとね、やっぱり政治ってものと離れてる人っていうのはかなり危険なんですよね。
普段から政治について接している人っていうのは、かなり慣れていったりとか、そのご情報、デマってものに対しての免疫ができているところがあるのに対して、もう完全にそういうものが離れていると、かなり免疫がない状態だと思うんですよね。
これやっぱり宗教なんかもそうですよ。宗教ってものからあまりにも離れていると、コロッと宗教に騙されてしまう。ある種の悪質な宗教に騙されてしまったりするわけですね。
逆に宗教ってものとある程度近しい存在の立場っていう人にとっては、なんかおかしいなってことに気づきやすかったりするんですよね。
だからやっぱりこの政治ってものから離れている人っていうのがかなり危険な状況というか、特にね、やっぱり僕は今41歳で、今度42歳になるんですけど、40代とか30代、もちろん50代60代もそうなんですけど、結構騙されてる人いっぱいいる。
自分自身も騙されてることいっぱいあるし、悪質なものにね、しばらく騙されてきた時期っていうのもそこを自覚しているところがあったりするから、やっぱり今周りを見渡しても、いやそれはデマでしょうとか、それはかなり悪質なものですよとか、それって結果的にかなり人を傷つけていることになってますよとかね。
そういうこと多々あるんですよね。やっぱりこれはね、もう本当に日本社会における特に中年男性に対する危機感としてすごく持っていて、比較的若い人とか女性っていうのは政治に関心が今すごく高い、比較的高い状況があって、それに対してやっぱりマジョリティである男性、中年男性っていうのはね、
かなりこのある意味では楽観的というか、そのデマに乗っかっててもね、もしかしてそれ自体が心地よいのかもしれないしね、違和感がないのかもしれないですよね。
どこかでマイノリティ性とか生活に困っていたり、なんか日常の中で不条理を感じたりしている人ほど、やっぱりおかしいって思うところが大きいと思うんですね。
ただ一方でね、やっぱり生活が苦しかったりして、その方向がSNSに集中してしまって、SNS依存の状態にある。僕もまあまあそうなんですけど、ただSNS依存の状態になっている中で、
デマ情報に乗っかって、そこに生き甲斐を感じてしまうっていうことも多々あるんですよね。いわゆるネトウヨってやつですね。
ネトウヨ化しちゃうっていうのもね、社会病理としてわかるんですよ。でもなるべくそうなってほしくないし、そのためにはやっぱり政治ってものと向き合うっていうことは一つ大事なことなんだろうなと思うんですよね。
複雑な現実の受け止め方と情報精査の重要性
じゃあどうやって政治と向き合うかっていうと、何が正しいのか、何を信じればいいのかって難しいじゃないですか。
僕なりに、じゃあどういうふうにしたらいいかなって考えるには、大きく二つあって、一つは、なるべく複雑な現実をそのまま受け止めるっていうことだと思うんですよね。
現実ってすごく複雑で、例えば選挙一つとっても、こっちの候補は悪で、こっちの候補が正義だなんてことはなくって、そんな単純じゃないわけですよ。
デマ一つにとっても、これは100%間違い、これは100%正しいなんてことはなかなかなくって、これはこの部分は正しいけど、この部分は怪しいとかね、
この部分ははっきりと間違いだと言えるけど、この部分については何とも言えないとかね、非常に複雑なんですよ。
そういったものが複雑に絡み合っているのが現実ってもので、もちろん現実の営みである政治っていうものもものすごい複雑なんですよね。
そのものすごい複雑なものをなるべくそのまま受け入れるっていうことを大事にしたいわけですね。
特に、例えば一時情報ですね。自分が実際に見聞きするってことを一つは大事にしたいわけですね。
で、あとはなるべくその実際に見聞きした人の情報、デモのを選ぶようにするとかね。
だからそこから大局にあるのが全くその情報の出どころもわからないものに乗っかって、さらにそれになんか自分の意見とかを載せて自分勝手にね、表現に改めて発信しているものなんかには注意が必要だとか、いうふうになっていくわけですよね。
あとはもう明らかに単純化している、これは良い、これは悪いみたいなね、そういう単純化しているものに注意するとかね。
なるべく複雑なもので、やっぱりだからこそ学ばなきゃいけないですよね。調べなきゃいけないですよね。
で、また調べ方もどういう調べ方があるのかってことですよね。
自分なりにYouTubeでいろんな人の動画を見てみることが、もしかしたらそれは調べないよりいいかもしれないけれども、結果的にある種のチェリーピッキングという言い方をしますけど、自分にとって都合の良い、自分が信じたいものにとって都合の良い情報だけを選んでしまうことにもなりかねないし、
やっぱり特に編集されているもの、一時情報ではなく編集されているもの、例えばYouTubeの動画、あとはショート動画とかなんて特に編集の塊ですよね。
あとは雑誌なんかでも、例えば新聞記事なんかと雑誌を比べると新聞記事の方はより一時情報に近いですよね。
また雑誌っていうのは同じ状況を表していたり、同じ情報を伝えるのでもより脚色があったりするわけですよね。
だから、その媒体によってどういう違いがあるかとかも含めて、そういうのってもやっぱり経験とかいろんなものに慣れていかないと、結局区別もつかないわけですよね。
でもそれもやっぱり一長一短に身につくことではないから、ちょっとずつちょっとずつ学んでいかなきゃいけない。
そういう、例えば情報には偏りがあるんだなとか、編集ってものには気をつけなきゃいけないんだなっていうのはある種の知識であったり経験であったり、
そういうものもね、無関心で言ったらもうそういうものに対して何かって目にしたとかね、たまたま目に入ってきたとか、
たまたま噂話で聞いたとか、人から言われたとかいうものを無防備に信じちゃうわけですよね。
もしそこで背景知識として、いやそういう情報偏りがあるよとか、それは多分なんかおかしいと思うよってことがわかっていれば、
無防備にね、それに騙されることもないと思うんですけど、実際にはそうもいかないわけですよ。
もう政治に全く関心がありません。距離をとっていますっていう人ほど、コロッと信じてしまう。
しかも自分がそれを政治的なものだと受け止めていずに、もうすんなりと刷り込まれてしまうってこともよくあるわけですね。
そういうのが恐ろしいわけですよね。
そうならないためにはまずは、なるべく複雑なこの状況っていうものをちゃんと見ていこうという心構え。
複雑なものっていうものをちゃんとそのまま見つめて、すごく偏っているとか、単純なもの、明確なものに注意していく。
そしてその上でいろんなものをなるべく情報を精査していく。
情報ってね、やっぱり難しいんですよ。理解できないですよ。
例えば経済政策であったりとか外交であったりとか、社会問題の多くが複雑です。
それを単純化してなんてできないですよ。
単純化できないところを単純化して捉えるところまでだけだと、やっぱり誤解があったり、結局デマに流されてしまったりする。
そうじゃなくて、複雑な社会問題、政治、経済っていうものに対して、ちゃんと複雑なものをちゃんと理解していくっていうことを心がける。
いや、難しいですよ、実際。複雑だし。複雑なものをちゃんと理解していくって難しいんだけれども、それを諦めないっていうことですよね。
それが大事だと思います。
歴史を知ることの意義と政治への関心の継続
で、もう一つはその上で一つ手がかりになるのが歴史を知ることだと思うんですね。
経緯とか過程と言い換えてもいいかもしれない。
例えば、これ同じような議論が10年前からずっと起きてるよねとか、
あとは、今この人がこんなことを言ってるけど、この人は5年前にこんなことを言ってたよねとか、
あとこの人とこの人は5年前にこんな風な関係だったよねとか。
つまり今だけじゃなくて、以前のこととか歴史的、それは歴史っていうのは必ずしも20年30年前のことだけじゃなくて、
もう1ヶ月前とか1年前、2年前とかのことも含めてですよ。
もう本当にたった今のこの状況だけを見たら、
こんなもんかもなと思っても、1年前の状況を知っているだけでも、
違和感に気づいたりとか、それはおかしいっていう風になったりするわけですよね。
だからまずはね、その経緯とか過程とか、ある種の歴史ですね。
それにちょっと注目してみる。
これって結局、今この瞬間から政治に関心を持ち続ければ、
自然と歴史とか経緯とか過程ってものを知っていくことになるんですよね。
そのことに興味を持ち続けさえすれば、自然と自分が生きていればずっと、その経緯とか歴史を蓄積していけるわけですよ。
別に振り返っていく必要もないわけ。
だから政治に関心を持ち続けるっていうことによって、
それは持ち続けて長く生きれば生きるほど、
例えばやっぱりなんかおかしいなと思ってたことが、
だからおかしかったんだってことに気づいたりとか、
自分が信じていたものが実はちょっとおかしいんじゃないかってことに気づいたりとかね。
これやっぱり今だけを見ていたら気づかないけど、
1年間とか2年間とかを見ていくと、結構簡単に気づけたりするんですよね。
なんかおかしいなっていうことに気づけたりする。
それはもちろん複雑なことを理解していくってことでもあるわけですね。
だって歴史って複雑だから。
その中で、もっと前、自分が政治に関心を持ち始める前に、
政治の舞台でどんなことが行われていたのかってことも、
多分だんだんとわかってくるわけですよね。
それをちょっとずつ、ちょっとずつしていくわけですよ。
これはすぐにある日突然目覚めるってことではなくて、
やっぱり歴史とか政治についてずっと関心を持ち続けることによって、
ちょっとずつちょっとずつ体制ができてきて、
政治ってものに対しての向き合い方っていうのが身についてくるわけです。
だから大事なのは、もし政治に関心があまりないとか、
政治ってものに疎いなと思った人は、
その瞬間から政治に関心を持ち続けるだけでいいんですよ。
今、完璧になる必要はない。
そのまま政治に関心を持ち続けさえすれば、
自然と情報は入ってくるし、
それがだんだんと受け止め方も変わってくるし、
だから今、たとえ騙されていても、
それが数ヶ月後には、その騙されていることに気づけたり、
自分の過ちに気づけるわけですね。
そのためにも、政治に関心を持ち続けるということが大事なわけですね。
持ち続け方として複雑な現実ってものを、
いろんな媒体、いろんな方法で学ぶこと、
そして歴史ってものに思いを馳せて意識していくということ。
それを体現するのが、政治に関心を持ち続けることだと思うんですよね。
ということが非常に大事だと思います。
政治と向き合うことの重要性と大人への条件
特にやっぱりこの30代、40代、50代といった、
ある意味ではまだまだ若手ですよ。
政治の世界で言えば十分若手だし、
社会においてもある種の若者なんですね。
まだまだ30、40、50代なんていうのは。
その若者がちゃんと政治に関心を持ち続けないと、
本当に大変なことになるし、もうなっているわけですよ。
もう本当に政治から距離を置いている人たちが、
一気に騙され、搾取され、そういう状況にあるわけですね。
そこで危機感を持った人たちが声を上げるっていうことが、
昔からなされてきたけれども、
今もまた特に危機感を持って立ち上がっている人たちがいっぱいいるわけですね。
そしてそれぞれの方法で政治に向き合っている、
っていうような現状なので、
やっぱり僕としてはせめて被害者にならないためにも、
あとは加害者にもならないためにも、
政治に関心を持ち続けるっていうことは、
特にそれがね、
なんとなくそれをそこから離れてしまっている人たちに対しては、
訴えていきたいなと。
で、政治に関心を持ち続けるっていうこと自体が、
自分が被害者にも加害者にもならないことにつながっていくから、
ぜひ今この瞬間から政治に関心を持ち続ける。
もっと言うと避けないってことですよね。
政治ってものから距離を置かない。
政治ってものとちゃんと向き合っていく。
それが大人になるってことだと思うんですね。
やっぱ政治と向き合えないっていうのは、
これは大人としてはやっぱりまだまだ未成熟だと思うんですよ。
この社会において政治と向き合うっていうことが、
大人になることへの一つの条件になると思うんですね。
だからぜひ、
多くの大人、多くの特に同世代の人たちには、
政治と向き合ってほしいし、
政治と向き合うことで早く大人になってほしい。
大人になって、もっと後の世代の人とか、
社会のこととかも考えられるように、
ぜひなってほしいなと思います。
ということで今回はですね、
政治とどう向き合ったらいいのか、
ということについてお話ししました。
おいのめにもっきん、
お聞きいただいてありがとうございました。
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