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はい、こんばんは。 セラピストの鬼軍曹、ジムサヤームの藤原です。
今回は、自営業は私にとって最後の希望というお話をします。
私は、22歳くらいの頃にリラクゼーションセラピストになって、28歳でお店を持ちました。
で、今何年?もうちょっとわかんなくなってきたんですけど、多分7年くらいお店やってます。
くらいとか言って、めっちゃいい加減ですよね。2015年にお店持ったから、2015、6、7、8、9、10、11、あ、8?
8年くらいですね。なんか何年と何年目とか考えたら、もうまたよくわかんないですよね。
よくわかんないとか言っちゃうけど。
あー、いもちさんこんばんはいつもありがとうございます。
なんでわかるの?配信始めたら。ヤバいんやけど。
だんなさん、いわさんこんばんは、はじめましてかな。
今回はね、自営業は私にとって、もうこれ本当に最後の希望、最後の取り出だと思ってまして。
なんでしょうね、私、自分でお店をやることが、サロンオーナーになりたいとか、自己実現とかじゃなくて、本当にもうこれがいい、道がないっていう感じでやってるんですね。
だからある意味、経営状況が悪くても、辞めなかったんだなと思ってます。
いもちさん、通知きますよ。あ、そうなんですか。通知くるように設定してくださってるんですね。
ありがとうございます。うれしい。
ふふふふ、ふふとか言ってきしょい。
なんかね、いまって、インスタグラムとかツイッターとかその他いろんなSNSで、自由にしかも無料で発信できるツールが多いから、この数年で開業される方とっても増えたし、
セラピストの人口って増え続けてると思うし、サロンも増え続けてると思うんですよ。
実際、私のお店がある兵庫県天笠岸市阪急塚口も、もともと激戦区なんですけど、
ここ数年で、ちっちゃい一人でやってるリラクゼーションのお店増えました。
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インスタでは見かける。営業の実態というかね、忙しいかどうかわかりませんけどね。
そんな感じでね、自宅サロンもマンションサロンもめちゃくちゃ増えて、
なので、私のSNSを教えさせていただく機会っていうのもその分増えてるんですけど、
いろんな方とお話ししててわかってきたことなんですけど、めっちゃ強い気持ちでセラピストになりたいっていう方もいれば、
サロンをやりたい、素敵なことやってる私みたいな方もその分多いのかなっていうのはね、とっても感じます。
それ自体は悪いことだとは思いません。生活に余裕があってとか、時間に余裕があって、
その時間をどう使い張るのかそれぞれだと思うし、お客さんというか集客もそんな困ってないとか、
ないならないで別にお家のことやっとくしみたいな感じだったら、それもありだと思うんですけど、
私の場合は20歳くらいの時から思ってたんですけど、
人がいっぱいいるところとかルールがめちゃくちゃきっちり決められてるところでは、長居できないなって感じだったんですよ。
一応、表面上従うことはできるんですよ。そんなルールばっかり破るやつではないんですけど、
ただ、会社とかが決めたルールってそれなりに理由があって決めてることだとは思うんですけど、
でも会社の体質が古かったりとか会社が大きすぎたりとかすると、個人的にはそれどうなんと思うこととかやっぱり出てきますよね。
会社とかってみんなが守るものがあってこそ回っていくものだから、それは最近理解できたんですけど、
昔はそんなこと全然理解できませんでした。
なんでこんな決まりあるんやろうとかいつも思ってたし、なんでこんなわけ分からん縛りばっかりあるんみたいに思ってたし、
若くて勢いはあるけど、そんなにたくさんのことを俯瞰してみれなかった自分は、
自分も幼稚園だったのもあるんですけど、誰かの下でずっと働き続けるの無理なんかなとか、
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大きなところにおったら絶対に私は問題を起こすなとか、それを20歳くらいの時にも思ってたっていうのはもうその経験があるからですよね。
どこにおっても問題を起こすんですよね私。嫌になる。自分の中では間違ってないんですよ。
それがややこしいですよね。
ごめんなさいって言えることだったら良くないけど、やらかしたことがあったとしてそれに対してごめんなさいって思えたらいいんですけど、
自分は間違ったことをやってないとか思ってるからね。一番立ち悪いと思う。
そんなんが組織に居る方がガンなんですよ。
だから、どこ行っても結局そうなるんだから。
これは私は、自分が決めたルールで自分で何かやっていくしかないのかなって、
割と若い時から思っていたのでリラクゼーションの道に進んだのも、
独立する、自分で店を持つっていう未来が届きそうな職業だなと思ったからなんですよ。
その色んな職業がある中で、できるかもって思える職業だったからなんですよ。
リラクゼーションセラピストになりたいとは思ってませんでした。
たまたま、資格とかそういう専門学校とかの情報がたくさん載ってた、
稽古と学ぶっていう雑誌にリラクゼーションセラピストのことを書いてあって、
こういう仕事あるんや、ぐらいの無理だったんで、
最初はね、飲食店ほどお金かからなさそうみたいな、ほんまに浅はかな考えでした。
そういう感じで、とりあえず私はもうわかんねえなと思いながら、
だからといって、すぐ開業できるほどお金もなかったし、経験もなかったから、
とりあえずは経験積むために、数年はどこかで働こうっていう感じで働いたのが、
太鼓式マッサージを運営している会社だったんですけど、入ってからもやっぱ思いましたね。
やっぱ私、長いことみんなの中におられへんなみたいな。
そこそこにはできるんですよ、人間関係ね。
でも、こういう場だから言えますけど、私がそこの会社に入ったときに、
たぶん先輩とか20人以上絶対おったんですよね、30人。
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で、自分がそこに在籍している期間、後輩たちも入ってくるから、
数十人同じ会社にいて、一緒に働いた人も20人はいかないかもだけど、そこそこの人数の人と働いたけど、
勤務中に、その会社での勤務中に一緒に働いた人と、私誰一人仲良くないんですよ、今。
会社辞めるときに、ほぼ全員切れた。
会社でそんな問題を起こしていたわけではないんですけど、会う人がいなかったって感じかな。
同じ職業なのにね。
ちょっとそこは特殊だったのはありますね。
そこのセラピストとは気合わへんかったけど、
そこで知り合うタイマッサージ関連のセラピストの人とは結構気が合う人多かったので、今でも付き合う人いっぱいおるんですけど、
その会社はセラピストなのに正社員募集だったのもあって、若い子をたくさんとるような会社だったんで、
毎日毎日会話の内容って女子力がどうとかコンパーがどうとかそういう話ばっかりやったんですよ。
若かった私でも興味なかったんですよ、その話。
興味なかったというか、仕事中にそういう話は別にいらんかなって感じで、
自分が見てる未来がどうにかして人に雇われるっていうところから出ていく人生にせなあかんと思ってるから、
流行り者のメイクとか流行り者のドラマとかの話をしてる場合じゃないんですよ。
どうやったらお店も出るんやろうとか、どうやったらもっと上手くなれるんやろうとか、そういうことばっかり考えとったんで、
あんまりね、勤務中、正社員セラピストで勤務中の時は仲良くできなかったですね。
逆にね、仕事遅そうって周りのこと思ってたんで。
こういうとこですよね。
私生じね作業早いんですよ。だから余計やね。
別に作業の速さが物を言う職業じゃないのに、みんなでわいわいやりながらゆっくりやりゃいいようなこともあると思うんですよ。
でも遅いなとか、容量悪いなとか思ってたりするから、まあ嫌なやつですよね。
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それからもね、正社員セラピストを辞めてからすぐには独立しなくて、数ヶ月休養を取ったりとか、
海外旅行にハマって方向差おかしになった時もあったし、数百万貯めて正社員セラピストを辞めて、
それは適応障害で辞めたからなんですけど、自分が思ってた期間よりもちょっと早めに辞めることになって、
そこから私、まずタイに行ったのかな。
でもタイに行ったと、フィリピンで起業してる人と、当時のミクシーで知り合って、
ミクシーとかめっちゃ懐かしいですよね。時代でしょ。2010年代前半の話やからね。2010年、2011年の話なんで。
で、自分が起業する気やから、気持ちだけは生きてるわけですよ。
だからフィリピンで起業してる人と知り合って、その人がマニラでゲストハウスを立ち上げるっていうのをやってて、
そのために現地スタッフもおるけど、日本人の人たちにも協力をしてほしいと。
それを見かけて、ちょうど仕事も辞めたし、行こうと思ってフィリピンのマニラに飛んだんですよ。
だからね、私一応ブランクないって言ってるんですけど、数ヶ月単位のちょいちょいしたブランクがあるんですよ。
でも基本的に10数年、フルタイムで朝から晩まで週5週6で働いてるのが普通ではあるんですけど、
ちょっと寄り道でフィリピン行ったりはしてました。
フィリピンの自称企業家の人の下で働いてたんですけど、
ゲストハウスの立ち上げでね、ほんまに立ち上げっていうか、
オンボロの小屋を改装するところからなんで、
なんかね、ペンキ塗ったりとかカーテン作ったりとか、マジッキーみたいなの作ったりとか、
バスルームのトイレとシャワーの間のビニールのカーテンを敷くとか、
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そういうDIYみたいなことばっかり支えとって、
別に私フィリピンまで来てDIYしに来たんじゃないんだけど、と思いながらやってて。
でもね、その時にね、その人なりの指導で、その人なりのですよ。
私は全然受け入れられなかったんだけど、
私も当時その募集で来た男の子がおってね、
それこそマニラの空港で初めまして、こんにちはだったんですけど、
その子も起業志望の子だったんですよ。
二人ともいずれは自分で起業したいって言うんだったら、
経営者目線を常に持って働いてねっていう指導方針やったらしいんですよ。
それは後から聞いたんですけどね。
後からっていうか、一緒に居るのにそういう内容を本人のブログで知らされるみたいな、
ちょっと意味わからん感じだったんですけど、コミュ障かって感じですよね。
私でも起業したいっていう気持ちあったし、
一緒に来てる子もかなり有能な人でね、
いつもいろんな話してたんですけど、
フィリピンのゲストハウスのプロジェクトのボスが、
とにかくお金をかけずに、いろんなものが足りない環境で、
知恵を、工夫を凝らして、いろんなことにチャレンジしていくっていう方針の人だったんですよ。
だからね、私マニラまで行って、カーテン塗ってたんですよ、手で。
これ、考えられなくないですか?
私、こんなクソ暑いフィリピンで、
エアコンもついてへん、ゴキブリいっぱい出て、
気象みたいな環境で、カーテン塗ってたんですよ、一週間くらい。
気おかしなって、ちょっとね、
カーテンばっかり塗るために、飛行機乗ってきたんちゃうぞってなって、
その当時一緒におった有能な男の子と、
ちょっと逃げようぜってなって、
二人でシンガポールに逃げたもん。逃亡よ。
なんで私カーテン塗ってんねんと、その子はその子で、
なんで俺ペンキ箱塗ってんねんみたいな感じで。
ペンキ塗らされるわ。
ペンキ塗らされるわってね、
あの、何だったっけ、窓?窓の修理させられるわってね、
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ほんまね、人の無駄遣いだったんですよ。
マジで労働力の無駄遣いっていうか、
これ別に日本人が来てやることじゃないでしょう。
その人は現地スタッフもおるし、
日本人には日本人の、
日本人だからできる仕事やってほしいとかっていう建前で募集しといて、
片屋カーテン塗ってる、片屋ね、
軍手はめて、
肉体労働ばっかりしてるっておかしいやろうと思って。
何が起業者ボケとか言っとくかも。
あ、いもちさん、スタンプありがとうございます。
もうそりゃ逃げるでって感じですよ。
で、そのオーナーの私たちへの教育方針が、
企業は0から1を生み出すものだから、
何でもかんでも与えられるわけじゃないと。
自分で考えて、自分で工夫を凝らすっていうのを、
ここで学んでほしかったらしいんよね。
ちゃんちゃらおかしくて、
それ別にカーテン塗ることちゃうよ。
カーテンのくだり、私めっちゃ、
今日言ってるけどめっちゃネヒ持ってるんですよ。
私の労働力をカーテンに裂かれたという。
英語も勉強してあったんですよ、そこ行くまでに。
半年以上かけて勉強した英会話、
何の役に立たへん、カーテン塗っとったら。
不動産屋探すとか、いろんな業者さんと交渉するとか、
いろんなことあるわけじゃないですか。
いろんなものの値段調べて、
ここはこれが安いって調べるとか、
そういうんじゃないんやみたいな。
一緒に来てた、一緒にっていうか、
同じ時期に一緒に活動してた男の子なんか、
保険会社のトップ営業マンですよ。
英語ペラペラですよ。
そんな子にペンキ塗らすんやみたいな。
今はもうあれなんですよ、その人はね、
誰でも知ってる大企業の偉い人になったけどね、
やっぱそれくらいの能力ある人なわけじゃないですか。
そんな未来のある人を、
あんたはどんな子気使い方したんやって思うけど。
でもね、自分たちは、とはいえ当時、
20代半ば無職、会社辞めて、英語勉強して、
さあこれからどうしようっていう身分だったので、
私も彼も、何が正解か分からないままね。
とりあえず住むところは提供してくれて、
朝食も出してくれて、
その代わりお給料はないけど、
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お給料ない代わりに宿泊費が浮いてるみたいな感じで、
そこの地域に長いこと折れたんで、
現地に長くいないと見えないものってたくさんあるから、
2泊や3泊の海外旅行じゃ見えないような、
その国、その土地の色んなところ見えたんで、
それは良かったんですけど、
企業の勉強には全くなりませんでした。
もうがっかりよ。
何が企業かじゃみたいな。
こんなんただのケチなオッサンやろとかって文句ばっかり言ってましたね。
その自分らがオッサンやないやってね、
ディスってたのが、
当時そのボスが36歳だったんですよ。
で、私今年その年齢になるんですね。
あ、もう時の流れって怖いわって思う。
36歳であれだって終わってるやろとか言ってね、
散々文句言ってたのにね、
私もだいたい大概に終わってんなと思いながら、
まあなんとかね、
騙し騙し生きてますけど。
そういう感じでね、
セラピストのお仕事を一旦中止というか、
一旦ちょっとよさにおいて、
そういう活動をしてた時期もあるんですけど、
基本的にはね、
いつか店持つはずっと思ってました。
で、そのね、
フリピンのゲストハウス、
結局立ち上がらなかったんですよ。
なんかね、そのオーナーボス的には、
2ヶ月単位で、
日本からの草のプロジェクトを手伝いたいっていう人を募って、
2ヶ月単位でいろんな人が出入りしながら、
みんなの力で、
ゲストハウスを作り上げていくっていう、
まあ、空想?ファンタジー?
があったらしいんですよ。
結局それはね、
活動しなかったです。
ちょいちょい、
Facebookとか見た人が泊まりに来るとか、
まあ、マニュアル関係の情報収集のために、
お近づきになるみたいなことはあったようですけど、
いわゆる海外によくある、
まあ、日本にも今はよくありますけど、
ゲストハウスという商売で生計を立てる、
もしくは運営していくっていうことは、
最終的に叶いませんでしたね。
十数年前の話ですけど。
そんな感じでね、
たまたま私は、
その人のミクシーで、
その人の募集を見ていって、
で、
それでたまたま同じ時期に、
それに募集来た男の子と、
24:00
出会って、
多分10日くらいで、
一緒にちょっと、
シンガポール逃げようぜとか言って、
逃げたんですけど、
その逃げた先のシンガポールで、
いろんなね、お互いの夢の話をしてたんですよ。
マリーナベイサンズのね、
とこで、
マリーナベイサンズが見える湾。
湾って何?
とこでね、
音と光の、
バンバーンみたいな、
なんて言うんですか、語彙力が死んでますね今日。
イリュージョンみたいな、
イリュージョンじゃないですけど。
なんて言うんかな、
ちょっとこじゃれた感じの、
そんなのがあるサンセット見ながら、
私絶対に店持ちたい、
みたいな、
夕日見ながら語るわけですよ。
自分は会社員がサラピストやってたとき、
環境が困難で、
体壊していく人いっぱいおったの。
たくさん見て、
いや、その仕事を選んだ人たちが、
心を病んだりとか、
体を壊して、
辞めていくっていうの、
もう、しんどいわと。
だから、
そうならないような、
リラクゼーションの世界にしたいな、
っていうのをね、
言ってたわけですよ、息って。
何を言うとんねんって感じですよね。
ほんまに。
ほんま、息散らかしてる身分やから言えたことですよ。
今考えたら、何言っとんねんと。
記憶が、って感じ。
でも自分の中の夢は、
そんなんだったんですよ。
お店持ちたい、だけど、
お店持って儲かりたい、
一番目ぐらい。
一番が儲かりたいじゃなかったんですよ。
自分が納得のいく、
セラピストとしての、
労働環境を作りたい。
お店は持ちたい。
自分が、
自分の力を、
思う存分発揮できる仕事がしたい。
長丁場の仕事がしたいのに、
1時間とか45分の仕事を
ぽんぽこ回されるようなのは、
しんどいから、
お店は、
長い時間、
しっかりいただいて、
その方のお話がしっかり聞けるような環境で、
その方にとっての最善の施術がしたい。
みたいなことを言ってて、
生きりながらね。
で、一緒に持った男の子は、
俺はもう世界で活躍する、
みたいな、めっちゃざっくり言うとね、
そんな感じ。
日本と海外行ったり来たりして、
27:00
活躍したいって。
言ってて、
それから10年くらい経つんですけど、
向こうのお相手は叶いました。
ほんまに。
今コロナ禍で日本帰ってきてますけど、
それまでは、
基本海外みたいな。
日本の会社の人やけど、
海外におるみたいな。
で、死者の立ち上げとかそういうことを、
外国でぽんぽんとやっていくような仕事に
今ついてて、
私はね、まだ叶えられたとは言えないかな。
ギリ叶えたって感じ。
偽物は叶えたよね。
でも、自分以外のセラピストが
働きやすい環境を作るっていうのは
まだ叶えられてないから、
叶えられるかどうかも分かんないですね、今後ね。
叶えられそうで叶えられなかったの方が
正しいかもしれません。
でもやっぱりそのことは、
私と会うたんびに、
フィリピンで語った、
フィリピンじゃわ。
シンガポールね、シンガポールで
お互いイキリながら言ってたことを
とりあえず叶えたよなとかって
数年おきに会うたんびに
そういう話をするんですけど、
私はもうちょっと胸張りたいなって、
胸張れるようにしたかったなと思うんですけどね。
今後どうなるかちょっと分かりませんね。
そんな感じでね、
めちゃくちゃ私イキリ散らかしてた時代もありまして、
ほんまに恥ずかしい。
でも見据えてるところはずっと
変わらなかったですね。
とにかく店持ちたい。
それ一択みたいな。
店持つのも、自分がずっと先頭走るんじゃなくて、
いろんなセラピストさんに働いてほしい
みたいな感じで思ってたんだけどね。
現状この数年は、
私ほぼワンオペなので、
スタッフ雇ってた時もあったんですけどね。
でもやっぱりそれも、
2015年、自分が店持った時に、
常勤1人、非常勤3、4人くらいね、
働いてもらってたんですけど、
やっぱなんかイキってました。
基本イキリなんですよね、多分ね。
でね、やっぱ、
思ってるというか、
思い描くことと、
自分の能力とか、自分の適性とか、
何に心地いいと思うのか、
何に嫌だと思うのかって、
なんか予測はできても結局、
その立場になってみるの分からへんなっていうのが正直なところで、
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だから諸子貫徹ね、できればかっこいいんですけど、
どうやらなって思ってますね。
ほんまに数年はね、ついこの間までは、
人雇ったらめんどくさいねんって言ってたし、
なんか、
働いてくれる人がおった頃、
私あんまりね、施術の仕事してなくて、
もうプラプラプラプラしとったんですよ。
で、みんながね、施術入って、
もうね、次もしお客さん来たら、
私しかもういいってなったら、
やっと出るみたいな感じで、
基本ね、他の人たちに、
施術入ってもらってたんですけど、
なんか、自分の店やのに、
自分の店じゃなくて、
自分の店じゃないみたいだったっていうのかな。
なんかね、こんな大きなもの背負ってね、
やってるのに、
今私がやってることって、
別に他の誰かでもできることやなって思っちゃって。
それこそセラピストじゃない、
他の商売やってる社長が、
サイドビジネスにやってるような感じでも、
成り立つやんみたいな。
全然こだわりのない店やったというか、
やっぱ働きに来る人が多いって、
そういうことになっちゃうと思うんですよ。
みんなができること。
で、みんながある程度決まったルールのもと働くって、
こういうことなんやと。
経営側になった時に思って、
そりゃルールあるわって感じですよ。
冒頭の話じゃないけど、
ルールなかったらめちゃくちゃなるもん。
だから、もう私が悪い過去ね。
過去ルールに従えなくて、
いろんなところ散らかしてきたのは、
悪いことだと思いました。
おかげの痛気です。
だからこれからどうしていくか、
ちょっと分からないというか、
人増やしたいなとかはあるんだけど、
人増やしていくってことは、
自分が作ってきた色を、
また消していくことにも繋がっていくと思うので、
完全に消えるわけじゃないけど、
多分ね、色は薄めなあかんと思ってます。
もうちょっとスタンダードにしていくというか、
濃すぎるっていうのはちょっと、
ちゃうんかなとか思ったり。
それこそ、なんでしょうね、
大阪のね、天禄の、
数の大神さんと今井さんぐらいね、
オーナーさんとセラピストさんの、
雰囲気とか方向性が、
相反さない人たちだったらいいんでしょうけど、
私と相反さない人いるの?って感じやからね。
おる?そんな人みたいな。
多分難しいんですよ。
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だから別に、
私と同じ方向を見れる人じゃなくても、
セラピストのお仕事で、
働きたいっていう人が働けるような、
無難な感じとかに薄めていく必要があるのかなって思いながら、
それほんまに私にとって面白いお仕事になるんかなとか、
葛藤ですよね。
自我と経営者としての考えとの葛藤。
ですけど、とりあえず今言えるのは、
研修生の人と私は、
いろんな意味で相反するんですよ。
相反する。
仲悪いわけじゃないですよ。
でも仲良くはないって感じ。
でも仕事するにおいて仲良いことはそんなに、
私は重視してないんですよ。
仲良いっていうのが最初にあって、
上手くいくこともあるだろうし、
でも上手くいかないケースがたくさんあるから、
仕事を通して、
折り合いがつくとかのほうがいいのかなって思ってます。
もちろんね、会う人おったらベストですよ。
でも私と会う人おるんやったらね、
どっこに見つかってるでしょ。
おれへんもん。それが答えだろって感じで考えてるので、
そういう意味でやっぱり私って、
なんかね、自分が変わってるとか思ってなくて、
なんかいるじゃないですか。
変わってたい人。
人と違うでありたい人とかおるじゃないですか。
私逆なんですよ。
普通にみんなと同じでいたかったんですよ。
でも唯一ね、長い付き合いになった元スタッフのマナさんは、
ほんま何でも言ってくれる人なんですけど、
ほんまヒロミさん変わってんなとか言ってくるんですよ。
言ってくるとか言ってあれやけど。
どこが?とか言って何が?
これ?これ?これ?とか言ってめっちゃ問い詰めたら、
そういうとこって言われて、
マジかってなったりね。
やっぱり私が社会に適合できてこなかった?
できなかったのは、なんか理由はあるんやろうなみたいな。
あっちこっちで問題を起こすのも理由はあるんやろうなっていう感じで、
諦めなんですよね。
もう受け入れるしかないみたいな。
受け入れた上で自分が生き残っていく道を探す。
っていうので、私にとってはとりあえず現状、
自営業をやっているということで、
なんとか社会に居場所があるわけなんですよ。
だから経営が、状態が悪くて最悪なときね、
ほんま最悪やったんですよ。
その最悪やった話はいずれできたらいいなって思いますけど、
それでも私絶対店辞めなかったのは、
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いろんな辞めたくない理由とかはいっぱいあるけど、
辞めたらまた私、
この社会で迷子になると思ったんですよ。
自分の店もガタガタやったくせに何を思とんねんって感じじゃないですか。
たぶんね、昔ちょっと一緒におった男性に、
私の最悪なときの経営状況の話をしててね、
その彼はもう十何年ずっと自分で商売やってる人やったんですけど、
お前そんなんやったら、
肌が菌出た方が収入ええやんけってめっちゃ言われたもんね。
でも、そんなん言うなよって言えなくて、
だってそのお相手はもう十何年ずっと商売しててね、
ちゃんとお店も展開して、
自分はええ暮らしできてるし、
自分がそんなに稼働せんでもとりあえずは、
ええ生活できるくらいお金回ってる人やから、
経営者としてはもう絶対に逆らえないっていうかね、
はむかえないじゃないですか、
実績がある人やから。
だから何も言えなかったんですよ。
そういうのだと多分普通の神経しとったら、
こんな状態長く続いたら辞めるわなって、
こんだけ働いて手元にお金ないとか、
ありえへんとかね、
もしくはもう暇すぎて、
一日お客さん一人来るか来えへんか、
一日中お店でお客様からのご予約の連絡もあって、
はい今日もポーズでしたみたいな。
そんな時があるんですよ私。
でも辞めなかったんですよ。
ただ辞めへんかっただけ。
それは辞めるってなったらね、
現状回復せなあかんから、
辞めるってなった時点でむちゃくちゃ大金かかるのと、
辞めた後じゃあ私どこ行くのっていう感じだったんですよ。
もうないぞと。
この社会に居場所ないでみたいな。
今辛うじてお金がないけど居場所はあるっていう感じで
思い取ったんで、
少なくてもお客さん気に入ってくれる方はいるし、
年に何回かでも必ず来てくださる方もいるし、
みたいなのだけが自分のモチベーションっていうんですかね。
だから多分私はサロン持って、
サロンやってますって言いたいとか、
そんなんよりも本当に自分が現代のこの世の中で
なんとか生き残っていくための選択。
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だから多分そこそこに必死になれたのかなと思います。
もしやなかったらね、こんなもう試行錯誤しませんよ。
軽いノリでやっとったら。
もうこれ店なくなったら本間も私終わりやからね。
もう詰んだってなると思う。
終わったみたいな。
そんな理由でね。
そんな理由というか、
あかん理由ではないですけど、
働く環境を選ぶ立場にないので私は、
選んでどっか行っても絶対問題を起こすか、
私のこと気に入らへん誰かにいじめられるか。
いじめられたことあるし。
それで仕事を転々と、
職場を転々としていく人生って、
私にとっては辛いよなっていう感じだったんで、
気に入らへんかったらやめたらいいねんとか思えたらいいんですけど、
そうじゃなくて、どうしようみたいな。
また行くとこないんかなとか、
私って社会不適合なんやとか言ってやんじゃうから、
そうならへんようにお店やってきたっていう感じです。
とはいえ、やっぱり、
働くっていうことに関して集団生活が苦手とか、
居場所がないっていうのは、
それで克服したんですけど、
でもやっぱり客商売なので、
お客様に気に入っていただける努力をする。
お客様が居心地のいい空間を提供するっていうところに
プロ意識を持ってやるっていうのはとても大事にしてました。
私を認めてよとかじゃなくて、
認められる仕事をするというか、
求められるものを提供するというか、
それはプロとして、
癒しの職人としてやってきたかなっていう感じですね。
すごい話脱線しましたけど、
自営業かっこいいとか思ってた時期ありますけど、
ほんま今も、
こんな私は自営業しかないわみたいな、
逃げなんですよ。ほんまにね。
店持った時からいろんな方に、
若くて店持って偉いねとか言われ続けてきてましたけど、
私の中ではこれしかないんですみたいな。
逃げた結果、
42:01
いろんな嫌なことから逃げ回った結果、
たくさんの苦労とか心配とか不安を背負ってでも、
店やるしか私には人生の選択がないんですとか言って、
ガケプチ屋で言ってね。
いつもお話をしてます。
っていうお話でした。
なんか落ちなくてごめんなさい。
今日ちょっと舌もあんまり回ってないし、
コンタクト外してしまったからかな。
関係あるかな。
ちょっと締め方わからなくなってきたんですけど、
とりあえず今日はこのあたりで終わります。
聞いてくださった方、どうもありがとうございました。
また急に配信するので、よかったら聞いてください。
いもちさんのスタンパーありがとうございます。
ほんまグダグダですよね。
あんまりいけてないわ。
まあいいわ。
ありがとうございました。
セラピストの鬼軍曹、
ジムサヤムの藤原でした。
いもちさんありがとうございます。
お疲れさまで育って嬉しい。
では終わります。