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はい、こんばんは。 セラピストの鬼軍曹、ジムサヤームの藤原です。
今回は、わたしがセラピストになったきっかけをお話ししたいと思います。
セラピストになって、今で12年ぐらいなのかな。なんか最初の、はじめましてのやつでは10年以上とか言いましたけど、よく考えたら12年は経ってます。
これくらい長くやってるので、しかも22歳からやってるので、
全職なんですかって聞かれること多いんですけど、 まあ全職は言うに及ばないと言いますか、もうほぼないようなもんですよね。
本当に成人して間もないというかね、22歳からなので、それ以前の職歴って対して
語れるものではないんですけど、一応何をやってたかっていうと、その前は飲食店の調理場で働いてました。
いつかお店持ちたいなって思ってたのと、結構若い頃というか、それこそ学生時代から、私って多分たくさんの人のいる場所とか、
組織とかには向いてないんだろうなっていうのを感じていて、だから大企業に入るとかっていうのは自分のプランには最初からなかったんですね。
入れるかどうか全然わからへんくせに思ってましたが、でもどうしても集団生活できるんですけど、かなり精神的な負担が伴うと言いますか、
多分人から見たらできる感じだと思うんですけど、自分の中では人と同じようにそこで振る舞うっていうことを
悟らせずに馴染んでるように見せるのにものすごく精神的な負担があって、なのでこれを一生続けていくっていうのは難しいなっていうのは感じてました。
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あやすさん、こんばんは。コメントありがとうございます。嬉しいもんですね。初めてのライブ配信になります。
集団生活と言いますか、そうですね、コミュ障ではないんですけど、ふざけてコミュ障っていう時あるんですけど、集団生活とか決められたルールを絶対に守るっていうのがちょっと難しくて、
どうしても自分の反骨精神が出てきてしまうっていうめっちゃややこしいやつなので、飲食店の調理場で働いていた時も、
いずれ自分がお店を持ってたらいいなって思いながら働いていました。なので配膳の方ではなくて調理の方で技術磨いていこうっていう感じで、
そしたらこの先にもしかしたらみたいな気持ちで、日本、和食屋さんか、和食屋さんで修行をしてたんですけど、
大人になったから思うんですけど、男性ばっかりの職場に丸腰で女入って、しかも調理学校も出てないのに入って、本当に無効水だったなって思いますね。
幸いね、私は上の人からはとても可愛がられるタイプだったので、店長とか料理長とか社長とかには可愛がられるんですけど、
自分よりちょっと上ぐらいの先輩たちからはあんまりいい顔されなくて、まあそうですよね、ただ若くて元気なだけでみたいな経験もないし、足引っ張るしみたいな。
でも他にできそうなことってないし、何かに特化して自分が何か身に付けないと生きていける気がしなくて、飛び込んでました。
ただ男性ばかりで暴力はされなかったんですけど幸い。
ただ同期というか同じ年の男の子は蹴られたりとかね、お腹がブーパンとかされてるのは見てました。
私女やから手出されずに住んでるんやなっていうのはすごく感じてます。
すごくそのお店もいいところというか、環境は良かったんですが、お店全体仲が良かったので、みんなで遊びに行ったりバーベキューしたり、夜な夜な飲みに行ったりとかしてたんですけど、
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だんだんお店の中のスタッフ同士での不倫とか、そういうのの架け橋みたいにされだして、
あの子の番号聞いてこいとか、ちょっとあの子とどっか行ってくるからええ具合に言っとけとか、
あの子と二人っきりになりたいからちょっとお前なんとかしろやとか、
そういうことを、私を通じてアリバイ工作みたいなのをさせられる機会がめちゃくちゃ増えちゃって、
あとはね、例えばですよ、これ今の時代どうなのかわからないんですけど、
みんなよりも営業時間よりも早く出てね準備するくらいは全然良かったんですよ。
こっちも修行やと思ってるし、みんなの足引っ張ってるので、それくらい暗黙の了解でやるくらいはいいんですけど、
ジャンプの発売日に休憩時間にジャンプ買ってこいとか、コーヒー買ってこいとか、
それってただのパッシリじゃないですか、それをやったところで私の包丁うまくならへんよなみたいな、
それがね、皿洗いもっと早寄せとか仕込みやっときやったら多分やってたんですけど、普通に。
私が遅いのが悪いと思って。
でもジャンプ買ってくるのも、コーヒー買ってくるのも、
だやかな不倫のアリバイ工作させられるのも、
特に不倫のアリバイ工作なんか下手しいバレたら私うったられるんちゃうんと思ってて、
それは嫌ってなって、
全然ね、体力的には無理が利く年齢だったので不満なかったんですけど、
すごい技術持ってる方周りにいっぱいいたので、
お勉強になったんですけど、
意味のない苦労はさせられる言われはないなって思って、
そこは私は自分の意思で去りました。
その後もいくつか飲食店に行ったんですけど、
どこも同じって言うとちょっと語弊があるんですけど、
他のちゃんとしてるお店に失礼なんですけど、
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やはり男性ばかりの職場に丸腰の若いだけの私が入るっていうのは、
私はこれ修行数年続けるのはちょっと難しいなと思うところが多すぎて、
これを乗り越えた人たちもたくさんいるんだろうけど、
私の感覚ではちょっと難しいなって思ったので、
飲食店に目指す、一人前の板前になるのを目指すこともやめちゃおうってなったんですよ。
めちゃくちゃいい環境だったのを去らなきゃいけなくなるっていうこと自体が、
結構ショックで目指したいものがあって、
そのためのとてもいい環境が目の前にあるのに、
それを邪魔する環境も同じく同じ場所にあるっていうのがちょっときつくて、
私はもう他の仕事をせなあかんなーって思って、
飲食店をやること自体は諦めました。
なんぼーさん、こんばんは。コメントありがとうございます。
僕も集団は嫌だ。
集団生活とか難しい。
あまり人と関わりたくない。
めっちゃわかりますよ。
疲れる。そうですよね。
私も疲れますよ。むやみやたらに人と関わるのは疲れます。
でも寂しがりや。めっちゃおもろい。いや、わかりますよ。
あやさん、コメントありがとうございます。難しいですよね。
望むものと目の前の現実が一致しないっていうのは辛かったですね。
そんなわけで飲食店を極めるっていうのは早々に諦めまして、
さあこれからどうするってなった時に、
やっぱりこの部分の大きな組織に属するのは難しいだろうっていうのは変わらなくて、
やはり何かを身につけて、
その先に自分で独立会議をできるような職業がいいなと思いまして、
いろいろ考えたんですが、
当時21か22歳の私にはたくさん選択肢はなくて、
見えてる世界も狭かったですし、情報も少なかったので、
うーんって思っている中で、
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たまたま稽古と学ぶっていういろんなスクールを載せてる雑誌かな。
資格とかの。
その雑誌を見てリラクゼーションセラピストのスクールをたくさん見かけることになって、
あれもしかしてこのリラクゼーションセラピストも経験積めばお店持てるのかなって思ったんですよ。
当時21だったので、
自分がリラクゼーションサロンに行くっていう経験は、
本当に足つぼ30分とかしか行ったことなくて、
ユーザーとしての気持ちってよくわからなかったんですけど、
なんか行けそうな気がするみたいな浅はかな気持ちで、
飛び込んでみようと思いました。
しかもそれまでも超疲れた男性社会から、
次はもう女性であることがちゃんと強さになるような仕事がいいなって思い知らされたんで、
男性社会の中で女性でもできるんだって意地張るより、
女性であることが普通に当たり前に存在する方が、
難しいハードルにならないくて済むのかなと。
一応語弊がないように言いますが、
男性のリラクゼーションセラピストの方もたくさんいらっしゃいますし、
男性のリラクゼーションサロンのオーナーさんも私お知り合いいっぱいいるので、
女性だけの仕事だとは思わないんですけど、
男性であるか女性であるかだったら、
女性であることの方が有利っちゃ有利なので、
そういう意味で女性であることがイレギュラーではないっていうお仕事をしようと決めまして、
全然自分が癒しの性格ではないのに、
どちらかというと人が好きか人が嫌いかって
2択で迫られたら、
人は嫌いな方だったんですよ当時。
だって人で疲れてるわけだから、
なのに人を相手にする仕事をもう一回選ぶっていう、
ちょっと意味のわからない選択だったんですけど、
本当にわかんないなって自分で思います。過去の自分。
めちゃくちゃ負けず嫌いだったんでしょうね。
勝てるフィールドで戦えばいいやんって今だったら言えますけど、
当時は何かいこじになってました。
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どうにかして自分が認められたかったのかなって今では思います。
それが2009年ぐらいの話なんで、もう十何年前ですか。
当時21か22歳ぐらいで。
そういう選択をね、若さゆえでしたね。
マンボウさんコメントありがとうございます。
尊敬します。人を相手に仕事。
ありがとうございます。やっとですよ。
リラクゼーションセラピストになったからといって、
その時からお客様への接客得意だったわけじゃないですし、
どちらかというとこじらせてましたし、やっぱ怖いってなってましたし、
でもそんな自分から変わりたかったのもありました。
またこれも浅はかな考えで、若さゆえの浅はかで、
接客の仕事を続けていたら、
人が怖い、人に何て思われるかが怖いって思ってしまう自分から、
抜け出せるんじゃないかなって思ってたのはあります。
浅はかです。
でもね、やっぱり上手にコミュニケーションとってる人羨ましかったし、
上手いこと言える人羨ましかったし、
でもそうじゃない自分の現実を見て、
なんで私上手にできないんだろうとか思ってたので、
そういう勉強をどうやってするかもわからなかったので、
もう経験するしかないと。
仕事をすぐ辞めるやつやったんで、
嫌やったら辞めたらいいやみたいなのもあって、
最低。
でもね、飲食店をそれこそ転々としてた時期が長かったので、
もういい加減自分は何者かにならないと、
この先もずっと嫌になったら辞める、嫌になったら辞めるっていうのを繰り返したその先に、
何が待ってるんだろうって怖くなったのもその時でした。
親からもまた辞めたって言われる。
友人からもまた仕事辞めたんやって言われる。
そういうところで、人からの信用がなくなっていくようで、
それもとても嫌だったし、
それが加速していくのも嫌だったので、
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リラクゼーションのお仕事全然知らんくせに、
これは絶対物にするぞ!みたいな謎の気合はありました。
それがまさか、最初は大変だったし、
技術を習得中のレッスンでも私一回逃亡してるから、
クズやったんでね。
だから逃亡したりとかっていうのはあるけど、
結果的に逃亡して戻って、
結局最初に入った会社は3年くらいはいましたし、
店長にもなったし、
その後も必要に応じていろんなところで働いたりとかして、
このお仕事自体が嫌やなとは思うことほとんどなく、
進んでこられて、
今はもうこれしかできひんって感じになれました。
時間はかかりました。
ここまで来て12年やって、
お店持ったのが、
お店持ってからもう7年くらいなんですけど、
ここまで来てやっと、
自分の思うストレスのほとんどかからない、
職場環境っていうのかな、仕事環境。
できましたけど、
苦悩の連続とかトラブルの連続ではありました。
トラブルメーカーなんですよ。
社会、集団生活が難しいというか。
協調性は発揮できるけど、
負担が伴うし、
あかんこと見過ごせないタイプなんですよ。
ちょっと大人になったので、
今の私やったらふーんとか思えるかもしれないんですけど、
20代の半ばくらいまでは血の気多かったので、
手は出さないですけど、
イラっとしたりとか、なんでって思ったことを、
すぐに上の人に噛みついちゃったりとか、
なんでこんなやらないのよみたいなのを、
周りの人に言ったりとか、
早寄せやと思いながらイライラしてる態度を出したりとか、
っていう感じのすごく嫌な奴だったんで。
勤務時代は、
お客様との時間は楽しかったけど、
やっぱり店で働くの長いのはしんどいよねーとは思ってました。
だからそういう意味では、
お店を持てたことで、
いろんな意味で気持ちも安定しましたし、
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この仕事好きやなって思い続けられてるし、
自分がルールだから、
自分の決めたルールを自分が守るだけで済むので、
経営という重いものは背負うようになりましたが、
それは納得いかないルールに従い続けるよりも、
頑張れる努力だったので、
だからお店を続けられたのかなと思ってます。
こんな感じで、もともとは集団生活不適合だし、
協調性あるようで本当はないし、
口も悪いし、
人の気持ちを殺そうとしすぎて、
疲れちゃったりとかするけど、
お店できるんですよ。
お店してる方が楽。
自営業者は変わりも多いから、
こういうとこあるんじゃないかなって勝手に思ってます。
私の周りの社長さんたちも、
この人、自分が一番上に立たない無理な人やなって人いっぱいいますもん。
ゆきさん、コメントありがとうございます。
20代半ばまで同じくそうでした。
教官、ありがとうございます。
分かってくれる人いたって思うと、
ちょっとホッとしますね。
なんか、協調性のある人も多いから、
自分は変なんじゃないかとか、
自分が悪いんじゃないかってすごい思って生きてきたんで、
嬉しいですね。
ゆうみさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。
集団生活、社会生活不適合。
例えばどんな感じ?
あ、ちょっと待ってください。コメントありがとうございます。
私も今でもそうです。
もしかしたら、
みんな社会生活普通に送ってるようで、
心の中に引っかかってることってあるのかな?
ほんまに見たまんま、
何のストレスもなくやってる人もいるだろうけど、
もしかしたらみんな、
よそゆきの顔同士で接してるのかもしれませんね。
だから私はたまたまね、
自分がたまたま21人の時にやってみようかなって思った仕事が、
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独立開業が可能な仕事というか、
視野に入れることができるお仕事だったのと、
たまたまやってみたら太鼓式マッサージ面白いなって、
本当に施術自体は面白くてたまらないので、
たまたまなんですよね。
私はただただ選んだことが良かっただけですけど、
リラクゼーションの世界に足を踏み入れるまでは、
おそらく自分にはあまり適性がないことをやっていたのかなって思ってるので、
決して順風満帆ではないです。
リラクゼーションのお仕事を入ってからもトラブルも起こすし、
じゃあお店もあったからって言って、
すぐに簡単に儲けられるようになったかって言ったら、
全然大変でしたから、
お店たためようかと思ったことは何もでもあります。
お店たたんだら、またどっかの店で働かなきゃいけないわけですよ。
そしたらまたそこには、
社会性が必要な環境が待ってるわけですよ。
で、誰かの決めたルールに、
このルールおかしいんちゃうんと思いながらも
従わされるわけじゃないですか。
それをね、経営の苦しさと、
もうね、経営辞めて、
どっかのスタッフになった方がいいんちゃうんっていうのと、
天秤にかけたときやっぱり、
どっちが我慢できるかなって思ったら、
経営が苦しくても自分でやっていくことだったんですよ。
それくらい、もうね、人が陽気あるとこに行くのが嫌だってなって、
ほんまつらい。もう二度とできない。怖い。
っていう意味では結局、今でも、
社会性ないんですよね。
自営屋からなんとかなってきてるだけで。
なので、お店やってえらいねって、
めっちゃ言われてきたんですよ。
私、28でお店持ってるんですけど、
同業者の中ではちょっと早い方だったのかな。
その当時は、自分と同じ世代でお店を持ってる人いなかったんで、
自分家で自宅サロンやってる人はたまにいたんですけど、
私は1年目から店舗を持ってスタッフもいたので、
そういう仕事の仕方を28で独立というか開業っていうのは、
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周りにあんまりいなかったので、
えらいね、すごいねとは言われてきたんですけど、
自分の根っこは、いやいやもう人の下で働かれへんだけ。
同僚とか先輩とかに気使って、
空気呼んで過ごしていくのがもうしんどすぎるだけっていう感じで。
一緒ですね。何も変わってません。
スタッフいたのはね、まあまあトラブルもありましたが、
基本的にはやっぱり自分が迎え入れたい人だけ迎え入れてましたし、
今でも仲良くしてる元スタッフ何人もいてるので、
いい出会いだったなと思いますけど、
やっぱね、社会性がないかばっかりに決められた環境っていうのは、
私にとっては最大の苦痛だったので、
毎年毎年、ああ今年も店辞めんでよかったみたいな。
外に働きに出なくて、いい1年でよかったって噛み締めてます。
もう社会出るの怖いですね。
どうなるんやろうと思いますけどね、この先。
そんな感じで、リラクデーションのセラピスト、
サロン経営、今はやってますが、
人が好きでやっているっていうよりは、
どちらかというと人から逃げたくて始めたのがきっかけでした。
こんな動機でもいいんじゃないかなと思います。
最悪でしたけど最初。
でも、お客様に対してはね、本当に私誠意を持って
自分の全力で向かっていってるので、
そこだけはお客様からは逃げないっていうのだけはやってきましたが、
その他のことはもう逃げまくってるんで、
嫌なもんは嫌っていう感じで、自営するしかなくなった人間です。
この話をもし誰かが聞いてくれたり、今後このライブ残すので、
今後聞いてくれて共感してくれる人がいたら嬉しいなと思います。
では、今日は初めてのライブ配信だったんですが、
聞いてくださった方、コメントをくださった方、
どうもありがとうございました。
また今後も配信する予定なので、
あと録音配信の方もしていく予定なので、
登録ですか?何て言うんですか?
フォローか登録かちょっと分からないんですけど、
ぜひお願いします。
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そして、インスタグラム、ツイッターの方も、できればツイッターの方フォローお願いします。
インスタグラムはよそいきなんで、
ツイッターは割と好き放題やってます。
では、ここで終わります。
ありがとうございました。
セラピストの鬼軍曹、事務細山の藤原でした。