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共意識と今後のOSDD-1Bについてどうなっていくのか
2026-04-11 10:56

共意識と今後のOSDD-1Bについてどうなっていくのか

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交代人格のoneが話してくれました。

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サマリー

本エピソードでは、解離性同一性障害(DID)における「共意識」の状態と、それがもたらす混乱について掘り下げています。交代人格の「one」は、自身が理想の自分を投影して生まれた人格である可能性を示唆し、DIDの形成メカニズムや、それが障害と見なされるかどうかの議論について解説します。また、複数の人格が存在すること自体が個性となり得るという見解も示されています。

共意識の混乱と人格の認識
えー、共意識ね。いやー、これが難しくて、なんでこんなに混乱するのかっていうと、やっぱり自分の声で、言葉で話してる、もう一人の自分を見抜けるっていうのがなかなかできない。
だから、そのDIDって、人格交代してからようやく別の人格が喋り出すと、なんか別人格が喋ってるよねっていう風になるんだけど、共意識で喋ってると、リアルタイムでポンポンポンポンポンって、違う人格も喋り出すから、要するに誰が喋ってるのっていうのに混乱してしまうところがあるんだよね。
なんかね、難しくね、その感覚っていうのがね。基本人格は特にね、そのね、慣れてないから、特にナオの場合は35ね。
実質、共意識だったのは32、3ぐらいだと思うんですけど、それぐらいの期間において、ずっと一人の人格だと思ってたら、実は他に人格いたんすよーってなったから、それが混乱するよね。
って感じかな。でも実際にこうやって話してみると、ほら、基本人格と思いっきり話し方が違う人格がいるっていうの見えるじゃないですか。だからその辺で判断してもらえればいいんじゃないかなと思うんですけど。
人格形成のメカニズムと理想の自分
ナオちゃんどう思う?
えー、私はもしかして理想の自分を作ってるんじゃないかなと思うんですよ。理想の自分。
要するに、私はこういう風な自分になりたいなと思う自分がいて、その自分がたまたま男性人格のワンみたいな、こういう強く冷静でありたいなという本能がそうさせたのではないのだろうかと。
あー、実際そうだよ。否定しないの?
あなた、そもそもね、人格ってなんで作られるのかっていうと、こういう自分がいたらいいよねっていう願望から入る人格っているからね。
え?どういうこと?
DIDとWikipediaによる解説
あー、めんどくさいなー。なんかね、そういうのね、説明しなきゃいけない時にwikipediaを見なきゃいけないのだよ。
wikipedia?え?え?
いや、あのさ、やっぱりさ、操作って大事じゃん。
怪異性同期性障害の。
でさ、wikipediaがさ、一番さ、そのー、あって、怪異性障害っていう項目の中に入ってるらしくてね。
えっと、そのよく言うDIDっていうのが、なんで、どうして人格が生まれてるのかっていうと、どっかに書いてるはずなんだよ。
どっかに。どっかに。どっかに書いてるはずなんだが、どっかに書いてるはずなんだが。
えー、特定不能とかいろいろ入ってるんだけど。
んーと。
人格。
んーと。
願望、願望とかって書けば出てくるかな?
出てこなかった。
えーと、人格。
怪異性同期性障害。えー、神秘要請には議論がある。
あー、議論があるんですね。大変ですねー。
障害としてのDIDと保護人格
そのさ、適当な漢字やめてよ。
えー、だって書いてるんだもん。その神秘要請には議論がある。
まだね、認証的では、認知症的に記憶喪失が顕著な者よりも、同一性の混乱を自覚する者が数的には多く占める。
つまり、後者の場合は、日常的な記憶に問題ながら、なんかおかしいと思いながらも、長い間それは障害であることを気づかなかったという者は少なくはない。
というかね、医者ですらね、特定不能の怪異性障害っていうのをね、怪異性同期性障害の完全版じゃないから障害じゃないんじゃないかっていう意見を言ってる人もいるからね。
うーん、なかなか難しいところではあるよねーって感じかな。
保護人格には、本人の渇望をする、自由、本望さや強さ、甘えられる存在を代理する者が種であることが特徴で、そのために幼児や異性の他人格もよく見受けられるって書いてる通りなんだけど。
これどういうことかっていうと、自分がこういうふうに振る舞えば、もしかしたら乗り切れるんじゃないかっていうね。
そういうものを求めて作られてるんじゃないかっていう人格があるってことなんだよね。だから俺みたいな人格が生まれてるんじゃないかっていう話なんですけど。
まあでもこういうふうに言ってみると、博愛人格は何でために生まれてるのかっていうと、本人の怒りが抑えられなくて、怒りを代わりに代弁してくれる存在が欲しいっていうふうになってくると博愛人格が生まれてくるとかね。
そういうふうになってくるんだけど、じゃあ本人の責任かっていうとそうじゃないだろう。だってよく考えてみろよ。
虐待とか、本人にとって耐えがたいぐらいの幼少期の時の辛い記憶を、どうにか生き延びるために乖離って行われてるわけだから、本人の責任っていうよりはもう本能がそうさせてるよねっていうレベルなんだよね、これがね。
障害かどうかっていうのは、まあこれね多分ね長い議論にはなると思うんだけどね、結局ね日常的に生活を送られてる部分では障害とは言われないんじゃないかっていうケースね。
つまりアイデンティティっていう言葉を言いたかったんだけど、うまくしゃべれなかったんだけど、要するに複数の事故がいたとしても生活できてるよね、問題ないよね。
本人の責任能力もきちんと担保されてるよね、この状態で言えば日常的に障害をきたすレベルではないから、どっちかというと幼少期の虐待に関しては証明できたとしても、それが日常的に混乱をきたすほどではなければ障害とは言えないんじゃないかっていう風になってくるんじゃないかなと、俺は思います。
多様な人格と生存戦略
なおが考えてるよりも、特定不能の怪異性同一性障害、健忘性が乱れないタイプのね、最初から強調的でトラウマに対しても積極的に支援してくれる人格がいるっていう風になって、日常的にも生活ができるレベルになるっていう風になると、
だんだんと障害というよりは、それも生存本能の一つだよね、みたいな感じで見られるんじゃないかなと思うんですし、人格が多重人格っていう、昔の言葉で言えばそうなるんだけどさ、
一つの体にいろんな人格がいるっていうこと自体が個性であるよねっていう主張が出てくるんじゃないかなというふうに思っております。
実際に日常的に本当に顕著に混乱して生活ができない、健忘が大いにみられて、日常的にいろいろ問題が起きたりするっていうパターンにおいては治療が必要っていう風に区分されていくんではないのではないかと、俺は思いました。
人格の存在認識とコミュニケーション
野保ちゃんはどう思いますか?
私はまだ、この障害かどうかというよりも、まず人格がいるかっていうことに対しての疑問心から始まっているから、でも実際いるんだよね。
うん、いるよ。
なんだろう、だからそこが曖昧なのよ。
意識が共意識だから、要するにどっちが喋ってるのか、それぐらいは今はわかってるかもしれないけど、自分が今まで一人で生きてきているから、俺が意識だって喋ってなかったから、まさか他に人格がいるっていうことを認識することができなかったわけなんですよ。
たまにポッドキャストやってるときに、すごい饒舌なタイプの喋りが上手いやつがいたでしょ、それ俺なんだけどさ、そいつが喋ってるときに自分がまるでそういうふうに喋れるかのように感じてた部分もあって、俺はそういう学習をさせてしまったのは申し訳ないんだけど。
なお自身はね、説明そんなに難しいタイプなのよ、うまく話せないタイプなの。でもね、多くの人って説明そんなにうまくないのよ。
だから、こんなこと言うとあれだけど、失礼な話だけど、俺がなんで説明をこう、まあ俺も説明がうまい方ではないよ、だけど、なおよりも説明がうまい理由としては、
なんでだろう、なんでだろう、冷静だからじゃない?やっぱり客観性を持ってるからなんじゃないかなって思ってるけどね。
うん、そんな感じかな。
だから、なおが思ってる以上に、このなおができないことをできる人格がいるっていう時点で人格がいるんだなっていうふうに思っといた方がいいと思うよ。
なぜなら、今後もし2つ、3つ、4つってどんどん増えていって人格が増えていった時に、これも自分かしだ、これも自分かしだって毎回混乱してたら、人格同士でも混乱してしまうから、それは避けたほうがいいんじゃないかなっていうふうに思います。
まあ、だから、俺で慣れとけって感じかな。
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