はじめに:オカピーの近況とテーマ提起
オカピー人生後半戦、これからの働き方と生き方を一緒に考えていきましょう。
みなさん、こんにちは、オカピーです。今日は5月25日、月曜日、今ちょうど夕方の
4時半ですね。はい、今日もね
自宅で仕事をして、今一区切りがついたところです。
60歳で、独立して個人事業、オカピーパートナーズを始めて
5週目になりました。今までまだ仕事らしい仕事、売上につながる仕事というのが4週間できてなくて
5週目に入ってしまったんですけども、
はい、みたいなことですね。今日は
生成AIについて、ふと先週、ある方と食事をしているときにふと思いついたというか、考えたことがあったんですね。
生成AIへの依存と「お上」への回帰
最近よく生成AIでね、SNSとか見てると
生成AIがこう言ってましたとか、チャットGPTに聞いたらこうでしたっていう人が増えた
若い人とか、っていうのをよく見かけるようになった気がして
それ見てるとね、時代ってもしかして逆行してるんじゃないかと思ったんですね。生成AIみたいに技術が進化して、時代が進化してるのではなくて
なんかね、時代は逆戻りしているのかなってふと思うと
といえば私自身もね、生成AIはよく使って壁打ちとかをしてると、文章を作ったり
セミナーのシナリオを考えたり、スライドを作ったり、生成AIにも相談しまくっているんですね。
その中でね、そういう考え方もあるのかと思って、私自身の行動や考え方を変えることもあるわけですよね。
なので、生成AIが
昔で、お神がそう言ってるからっていう感覚と
近いじゃない、そっちに寄ってきているんじゃないか、江戸時代の封建時代、封建社会
みたいに、お神のように生成AIがなってきててね
生成AIっていう技術が進歩しているにもかかわらず、世代自体は封建時代に戻っているっていう
そんなことが言えたりもしないのかなって、ちょっとふと思っちゃったんですね。
偉い人が言っているからとか、役所が言っているからとかね、先生が言っているから、会社が言っているからみたいな
だから正しいことを、それに従う、それが正しいんだというふうに思い込むと
っていうのはね、前からあったと。だけど今ね、この時代とかね、自立とか個性がとか、自分で考えようみたいなことが
大事だって言われてきてた気がするんですよね
特にこの10年、20年と。だけども生成AIが入ってきていて
なんかちょっと
昭和に戻ったり、さらにはね、どんどんどんどん、封建時代とか江戸時代とかに
戻ってきているんじゃないかって
そんな感じが
あるのかもしれないなぁって、なんか思ったと。
生成AIの利便性と潜在的な怖さ
あくまでもね、ふと思ったというだけでね
そうなってもやばいなんていうふうに感じているわけではないんですけども
そんなことがあるのかもなぁと思ったと。生成AIはね、本当に私も
使わない日がない。今日もね、めちゃめちゃ使いまくってて、めちゃめちゃ便利ですぐに答えてくれるし
整理してくれるし
自分がモヤモヤしていることも言葉にしてくれるんですよね。言語化も得意ですよね
だけども便利です
だからなんかね
相談相手ではなくて、さっきの昔でいうおかみみたいにね
判断して支持する、実質判断支持する存在になってたりしないのかなと
そこなんかちょっと怖いな、怖いなと思うんですよね
昔だとおかみとか
権力が強かったと、おかみの言う通りにしようと
だけどもね、相手は人間だったんですよね。おかみは人間ですと
昔だと
だいたい従うんだけども
おかみとか将軍様が
間違っていると思えば異議を唱えたり、あとはね、無本を起こす
とか、みたいなこともできたんですよね
だけども正聖杯ってどうでしょうか
正聖杯がダメだから
無本を起こす
できなくなる。自分が使わないようにするっていうのは
できるかもしれないけど、距離を置くだけで
正聖杯自体の存在係数なんてことは
簡単ではない気がしますよね
相手は顔がない、人が手ではない
だから責任を持っているわけでもないと
そんな正聖杯が最もらしい言葉で返してくると
ということですね
その辺ってなんかすごい
現代的な怖さっていうのがあるのかもなっていう風に思いました
AIを使いこなす力と疑う力
これはね
正聖杯が悪いということではないんですけども
むしろ私は正聖杯かなり使っていると
実は明日も正聖杯のセミナーを行うんですね
そのシナリオを固めるとか
プレゼンテーションスライドを作るのも
正聖杯使いまくりましたし
今日も実は午後から90分のセミナーをやるんですけど
デモも6つのデモを含めて
それのリハーサルもやったりとかしてね
正聖杯様々ではあるんですけども
だからこそね
やっぱり改めて正聖杯の怖さみたいなことを感じたのをきっかけに
正聖杯にお使いこなす力と同じぐらいに
正聖杯を疑うとか頼りきらないっていう力も大事だなっていうのをふと思ったと
これはよく言われていることですけども
正聖杯が行ったから正しいのではなくて
正聖杯はこう行ったと
では自分自身はどう考えるのかと
自分が支援しているお客さんとか
自分が働いている会社の現場ではそれを当てはまるのかと
当てはめたらどんな影響が出そうなのかみたいな
嬉しいことがあるのか困ることがあるのか
そんなのをしっかり人間側が考えていくと
そういうのが前提になってきたときに
正聖杯を使ってよかったなというふうに本当に意味で
なるんだろうなというふうに思いました
まとめ:AIとの健全な付き合い方
正聖杯はやっぱりパートナーですと
お神ではない道具だと
何でも言いますけど最後に決めるのはやっぱり人間ですと
そこを改めて抑えておきたいなというふうに思いました
いかがでしたでしょうか
今日も最後まで聞いていただいて本当にありがとうございました
それではまた次回のオカピ人生後半戦でお会いしましょう
さよなら今週もまた一週間頑張りましょうね