1. スキマ時間、冒険ラジオ
  2. 473.“できない”を味わう
2026-02-27 08:31

473.“できない”を味わう

大人になって出来ることが増えた気がしてたけど
子どもの頃にできてたことが出来なくなってることも🫠

出来るようになるのも楽しいけど
「出来ない」を思いっきり味わうのも面白いなと。

そんな話です。

#出来ないを味わう
#子育て

---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/64aa75b3b352effb9db40b7a

サマリー

語り手は、大人になるとできることが増える一方で、子供の頃にできていたことができなくなる経験について語る。久しぶりに訪れたスキー場で、かつては滑れたはずなのにブーツや板に戸惑い、恐怖心から滑ることを断念した。しかし、隣で一生懸命滑る娘の姿を見て、大人になるにつれて現実的な不安がチャレンジ精神を上回ってしまうことに気づく。この「できない」という体験を味わい、再びできるようになるために挑戦したいという思いを語っている。

「できない」体験との再会
おいのっこりーのスキマ時間、冒険ラジオ、子供のお迎えのスキマに収録しております。
今日はですね、できない体験からの気づきというタイトルで喋ってみたいと思います。
はい、あのー、これできないんだっていう体験って皆さん最近あります?
なんか、えっ、できると思ったのにできなかった、みたいな。 えー、こんな私ってできないんだっけ、みたいな。
そういう体験ありますかね。 なんか大抵のことって、お金で解決したり、
なんかこう、大人になればできることが増えるじゃないですか。 だから、えっ、できないんだけど、みたいな、そういう体験って
なかなか、まあ、仕事してたらいろいろ失敗とかね、 あのー、ありますけども、
なんか、できると思ったけどできない、みたいな。 そういうことって、
なんか私、最近久しぶりに体験したんですね。 それが、あのー、家族で好きに行った時に感じたことなんですけれども、
スキー場での過去と現在
そう、私、子供の頃によく家族、友達家族と、 あのー、スキーに連れて行ってもらってですね、
あのー、私の父親はね、よくテンパると切れやすい父親なんですけれども、 スキーはね、本当に上手で、北海道の北国で生まれ育ったということもあって、
あのー、スキーはね、上手だったんです、父親が。 で、よくその父親が教えてくれて、
リフトに乗って、あのー、軽車をね、走る、滑るっていうことを してたんですよ。
でも最後に行ったの小学校、低学年か、それぐらいですかね、最後の記憶は。 そう、そんな感じで、最後に滑ったのが小学生時代。
そんな中、久しぶりにね、もう何年、20年、30年ぶりですか、 何十年ぶりなのかもわかんないぐらいに、
あのー、6歳と2歳の娘を2人連れて、夫と4人でスキーに行ったわけですよ。
そう、でね、まあ、あのー、2歳児は本当にスキーどころじゃない感じで、
それはそれで、雪山で2歳児を相手にするのは、なかなか大変だったんですけれども、
6歳の長女の方は、去年ね、あの夫と2人でスキーに行って、レッスン、スクールに1時間ぐらい、1時間、2時間ぐらい入ったので、
ちょっとこう、慣れてきた。板に足をつけるのも慣れてきたし、緩やかな傾斜であれば滑れるようになって、
っていう去年の経験もあったので、今年もまあ、スクールに入って、教えてもらいながらやるっていう感じだったんですね。
そう、で、夫は、まあ久しぶりのスキーだったんですけど、夫自身もね、子供の頃にスキーを滑ったことがあって、
で、大人になってからも、大学生とかの時にスキーとかスノボとかね、やってたのかな。
そうだから、まあ久しぶりとはいえ、あの娘はね、あのレッスンに預けてる間に、
じゃあ行ってくるわーなんて言って、リフトにフィーって乗って、もう1時間で5、6本ぐらい滑ってたんですよ。
で、戻ってきた夫が、あの下のね、私下の2歳児と一緒に過ごしてたんですけど、
あのー、見ていくから滑ってくればーって言われて、
大人になって直面した「できない」
あ、じゃあ行ってくるわーみたいな感じで、言ってみたものの、もうあのスキーの板にね、
あのなんかもう、スキーのまずスノーブーツって言うんですか、なんかもうあれ自体がこう、
履いたらなんか膝がロックされるみたいな感じで、なんか超動きづらいじゃないですか。
かつそれに板に足カッチャンして、
で、なんかまず平坦な道を、あの歩くのすらも、
なぁにどうやって歩くの?みたいな感じでですね。
で、まぁ一応頑張って、こう、あのリフトがある場所までね、必死に、あの移動してみたんですけど、
あのー、いざやっぱりリフトの前まで来て、いやこれ私こんな状態で、あの頂上まで行って、
滑れなかった時ちょっとまずいなって、これ死ぬかもしれないっていう、ちょっと身の危険を感じて、
あの結局、あの滑ることをやめたんですけど、で本当に娘が、あの長女が練習している、
ゆるやかな傾斜の、その隣の傾斜をね、あのカニさん歩きでじっくりじっくり登っていくっていうことをしたんですけど、
もうすぐに力尽きて、シャーって滑って終わるっていう感じだったんですけど、
そう、なんかスキーも、なんかこう、全く経験ゼロだったら、もうそりゃもう命の危険があるスポーツだと思う。
でも、スキーもね、自転車みたいに一回やったことあって、一回乗れちゃいすれば、なんかこう、やっぱ思い出してね、
なんだかんだ滑れるっしょって思って挑んだんですけど、いやもう、こんなに、こんなになんかもう、できないもんかと思いまして、
プラスね、まあ一人だけっていうのもちょっと恐怖もあったんでしょうね。
これでなんか滑れる夫が横にいてくれたら、違ったのかもしれないんですけれども、
なんか自分しかいないみたいな状況がね、めちゃめちゃ恐怖感がありまして、
まあできなかったんですよね。
子供との対比と大人の不安
そう、でも隣でね、隣っていうか近くで、6歳の長女が、人生で2回目のスキーをね、レッスンとはいえ、頑張って練習してるわけですよ。
そう、それ見たら、それ見たらね、なんかこう、なんか単純にできなくはなってるんだけど、できないっていうその恐怖心の大きさで言えば、
その6歳の娘とこの37歳の私の、その恐怖心の大きさにかなり差があるんだろうなって思ったんですよね。
長女に関して言えば、不安や恐怖心はあったとはいえ、それに勝るやりたい気持ちの方が、そして自分ならできるみたいな根拠のない自信みたいな方がね、上回ってチャレンジできると思うんですよ。
でもなんか大人になっちゃうと、なんかあの頃のような、なんかこう、何でもどうにかなるみたいなそういうマインドよりも、
なんかこれでもし下手になんか腰痛めたり、骨折して明日からの仕事ちょっとどうしようかなとかね、なんかそういう現実的な不安ばっかりが勝ってしまって、なんか冒険できない、無理できない自分がいたんですよね。
「できない」を味わう面白さ
でもね、改めてできると思ったのに全然できなかったわみたいな、そういう体験をしましてね、なんか改めてまたできないことをね、ちょっとまたチャレンジしたいというか、またできるようになるためにチャレンジしたいなーなんていうふうに、スキーの帰り道に思いました。
父親もね、だいぶ年取っちゃったんで、もう今はどんな風にスキーが滑れるかわかんないですけど、例えば両親連れて一緒にみんなでスキーに行って、その間下の子見てもらいながら滑れる父親とか夫と一緒に滑ってみたりとかね、
あとはスタッフでもお上手なスキーのプロのジミーさんという方がね、教えてくれたりしちゃうかなーなんて思いながら、ジミーさんにも教えてもらったらいいなーなんて思ったりとか、
なんかこう大人になってもう40近くなりますけど、できないこと、こんなできない私みたいなことにね、ちょっとあえてチャレンジするっていうのも楽しいなーなんていうふうに思ったという話でした。
できないをね、思いっきり味わうっていうのも、なんかやっぱ人生面白いよなーなんていうふうに思った話でした。
おしまい。
08:31

コメント

スクロール