青森県八戸市の支援
この放送は、青森県八戸市で、地震被害を受けた子どもたちへ希望を届けるために、
300枚のムビチケをプレゼントする企画を立ち上げた、
ヒカルさんを応援したい三上結城さんの提供でお送りいたします。
結城さん、いつもありがとうございます。
12月8日にですね、青森県を襲いました震度6強、特に八戸市というところが一番震度6強で大きかったんですけども、
地震の影響がね、割と1ヶ月近く経ってきまして、落ち着いてきてですね、日常を取り戻しつつあるというもののですね、
子どもたちの心には、まだまだ大きな影響を与えているということで、
そんなね、大変な被害が見舞われました青森県八戸市の子どもたちに、
青森出身で東京と青森の二拠点生活をしている津島ヒカルさんがですね、
映画「煙突町のプペル約束の時計台」のムビチケ300枚をプレゼントする企画を立ち上げました。
映画の公開はね、来年3月27日でございますけども、
なんか先にね、楽しみがあるっていいですよね。
このムビチケプレゼント券はですね、青森の子どもたちに先に楽しみを届けるための応援チケットです。
あなたの1枚がね、青森の子どもにとっての3月27日楽しみな日になります。
大きなことじゃなくていいんです。何かを解決しなくてもいいんです。
ただ先に楽しい日があるよということをね、伝えられること。
それが不安な日々を過ごす子どもたちにとってですね、確かな希望になるという思いで、
つっしんがこの企画を立ち上げました。
概要欄のほうにね、リンクを貼っておきます。
そちらから青森県八戸市の子どもたちにですね、どうかご支援をしていただければなと思います。
誕生日と感謝
楽しみにね、この3月27日をきっときっとですね、楽しみにしていると思いますので、
ぜひ皆さんの温かいご支援をよろしくお願いいたします。
今月のマンスリースポンサー様、三上ゆうきさんです。
ゆうきさん、いつもありがとうございます。
ということで、おさない先生の朝礼、今日も元気にスタートです。
皆さん、おはようございます。
2026年1月5日に中小企業専門コンサルタント会社、株式会社アスナログリッジを設立する中小企業診断士の
おさない先生こと、おさない和志です。
本日は2025年12月30日火曜日でございます。
今年もあと残すと2日ということになりました。
年のせい、皆さんいかがお過ごしでしょうか。
まあね、本当にこの年末、年始バタバタだと思いますけども、
そんな中ね、この朝の早い時間、6時58分にお耳をお貸しいただいて本当に感謝申し上げます。
皆さんの大切な時間をですね、僕のおさない先生の朝礼に使っていただいて感謝したいなと思います。
ということで今日はですね、誕生日記念、家族と両親へ感謝する日というテーマでお送りいたします。
実はですね、皆さん、今日12月30日は何を隠そう、私おさないの誕生日でございます。
ありがとうございます。本日をもちまして51歳になりました。
51歳ですよ、皆さん。
なんだかね、自分でもびっくりしてるんですけども、
でも誕生日ってですね、自分を祝う日だと思われがちなんですけども、
でも本当は違うんじゃないかなってね、
本当最近ですけど特にそういうふうに思うようになってきて、
むしろね、自分を今日まで支えてくれた家族であったりとか両親であったりとかね、
それから先祖様に感謝する日があるんじゃないかなっていうふうに思い始めてまして、
人生の振り返り
今日はそんな感謝について、僕自身の経験も交えながらお伺いさせていただければなというふうに思っております。
本題に入る前に少しお知らせをさせてください。
まずは、多植保健の学校おさない先生企業セミナーが開講いたします。
こちらは後藤健先輩こと後藤健太郎さんが主催するイベントでございます。
こちら、2026年1月17日土曜日15時半から大分県大分市にありますJコムホルトホール大分4階403会議室で行います。
駅からね、本当は大分駅から徒歩30秒ぐらいの場所ですのでぜひ皆さんお越しいただければなと思いますけども、
こちらですね、第1校ということで私おさないがですね、
企業セミナー、これから企業するための方向けのセミナープラスアルファ、
もうね、企業している方、そうですし、企業する気ないやというふうに思っている方、従業員の方、会社員の方でも全然結構です。
この企業する時のマインドだったりとかそういうものをね、お話しさせていただければなと思いますし、
改めて僕が金融村に今27年いたということもありますので、
銀行がどういうふうに似ているの?みたいなところも含めてですね、
いろいろお話しさせていただければなというふうに思っています。
特にね、現地参加していただければ僕は嬉しいなと思います。
現地参加ね、終わった後いろいろお話しできますので、オフレコでね、できますので、ぜひこちらの方参加いただければなと思います。
概要欄の方にリンク貼っておきます。そちらからチケットの方を購入いただければなと思いますので、よろしくお願いいたします。
それから青森チャレンジエール、挑戦者のリアル物語というものを開催するということで、
こちらはね、スポンサーコールにもありました篤井こと篤島ヒカルさんが企画したイベントです。
青森で挑戦している人たちの成功の話ではなくて、その手前にあるリアルな物語にフォーカスしてですね、
お話をしていただくというイベントでございます。
挑戦している人の等身大の姿を応援すればなということでございます。
日時が2026年1月25日日曜日18時から19時半となります。
場所は青森県弘前市にありますヒロロスクエア3階、立大交流室1で行います。
参加の方は大人2,000円、大学生が500円、高校生が無料ということです。
こちらの第0回ということで、私、オサナイがですね、お話しさせていただくということになってますので、
1月25日日曜日ですね、ぜひ皆さん振るってご参加いただければなと思います。
こちらの方、PTXでチケット販売しております。
概要欄の方にリンク貼っておきますので、ぜひよろしくお願いいたします。
ということで、今日はですね、誕生日記念、家族と両親へ感謝する日というテーマでお送りいたします。
僕ね、今年今日で51になったんですけども、
なんかね、本当あっという間でしたね、51年間。
50代とか51歳って子供の頃から見たらすごく立派な女に見えたんですよね。
でも実際自分がですね、51になってみると、こんなんで51って言っていいのかなっていうふうにですね、
まだまだ子供だなって思いますね。
でもね、僕はね、前々からこの放送でもお話している通りですね、
100歳まで僕は生きるって決めてますから。
だから今日から人生の後半戦がスタートなんですよ。
ちょうど折り返し地点に立ったっていうふうな感じなんですけども、
まあでもね、ここまで生かされてきたのは本当に家族の支えがあったからだと思いますね。
妻がいて、息子がいて、娘がいて、この家族がいたから僕はね、
今こうやって皆さんに音声配信を届けることができているんだなっていうことをね、心から本当に思いますね。
今年はね、息子が社会人になって東京に行っちゃったんで、家族3人での年末になるんですけども、
なんかね、一人かけるだけでもね、ちょっと寂しいなっていう気持ちはありますけどね。
まあちょっとね、51になって、こういろいろこう、やっぱり誕生日になるといろいろ振り返りたくなるものがありまして、
実はね、51年間僕も順風満帆だったかというとですね、決してそうではなかったなというふうに思いますね。
いろんな方のお話、いろんなところでイベントで聞きますと、もっともっとすごい人生を生きている方がたくさんいらっしゃってね、
僕なんてまだまだだなというふうに思うところもありましたけども、でもね、僕なりにもいろいろあったんですよ。
会社員時代の27年間も、まあ決して順風満帆ではなかったですし、
幼少期の頃からね、僕はどっちかというと、津軽弁で茶化しっていう言葉があるんですよ。茶化しって。
これ何かというと、オッチョコチョイっていう意味なんですけども、
オッチョコチョイはね、性格で今も直りませんけども、こう見えて、どういうふうに見えているかわかりませんけど、
実はね、僕がね、まだ小さい頃に、これは両親から聞いた話なんですけども、
僕のひいじいさんが、うちの両親にこう言ったそうなんですよ。
この子は人生で大きな怪我とか病気を3回するって。
なんかね、怖いですよね。予言みたいな話なわけですよ。
でもね、それが本当に当たってしまうんです。
これどういうことかというと、1回目はね、小学校の6年生の時だったかな。
僕、車に轢かれてるんですよ。えーって思うでしょ。
それもね、それもね、本当にね、犬に追いかけられてですね。
僕、チャリンコだったんですけど、チャリンコをほぎながら必死に犬から逃げたわけですよ。
合わせてドローンに飛び出したところに、ちょうど来た車に飛ばされたっていうですね。
飛ばされたらね、空中でバーッと飛んでる瞬間ってね、本当にスローモーションになるんですよ。
本当に僕、これ経験したから分かるんですけど、フワーッて飛んでるんですよ。
本当に漫画の世界みたいでしょ。
でもね、本当に幸いね、その時は僕で済んだんで、命は助かったわけですけども、
そういうこともしてますし、あと2回目はね、中学校2年生くらいの時かな、
花火大会を見に行ったんですよ。
うちの父親の、その時勤めてた会社の事務所があったんで、そこで見ようってことで、
いろんな家族も入っていてね。
で、僕ちょっと忘れ物をしたって、双眼鏡をもっと近くで見たかったら双眼鏡を取りに行ったんですよ、車に。
で、車から双眼鏡を取ってきて、帰る時に真っ暗なわけですよ。
そこで、暑さ3センチは、結構暑かったんですよ。
3センチぐらいのガラス戸、これをね、膝で蹴り破ったんですね。
よく割れたなと思いますけど。
ガチャガチャンっていってですね、もうガラスが上から降りかかってきちゃったんですよ。
で、もう全身血まみれになっちゃって。
特にですね、頭の出血が。
頭ってね、こんなに血が出るんだっていうぐらい血が出るんですよ。
あったかいんですよね。当然血液ですから。あったかいんですよ。
でもね、幸いね、その場に両親も、そっから2階あがって助けてくれって言ったんですけども、
事故と感謝の思い
うちの父親がボランティアでパトロールをいろいろやったんですよ。
で、止血の方法知ってたんで応急処置をしてもらってね、そこでタオル巻いて。
もうそのまま、救急車も時間ないから、うちの母親がね、父親が飲んじゃってましたから、
母親が運転してですね、両親と一緒に救急病院に行ったって言って、
もう頭も腕も何針も塗ったっていう、そういう記憶がありますけど。
そういうことをしたりとかね。
これ2階じゃないですか。
3回目?これしばらく起きなかったんですよ。
3回目ない?怖いなと思いながらね、その話は聞いてましたからね、2回目の時にね。
3回目ないよなと思ったら大人になってからですよ。今から10年近く前の話なんですけども。
僕ね、当時青森に住んでた、青森市内に勤めてましたから、
会社が休みの時だったか、人間どっかなんか行ってですね、
その帰りにはですね、弘前に帰る途中にですね、大きな交差点があるんですね。
その交差点は国道なんですけども、環状線で、そこから高速道路の入り口に入ろうとしてですね、
信号待ちしてたんですよ。
大きな交差点ですから、右の矢印が出るんです。
矢印出たと思って、ふーっと行ったんですよ。
そしたら、気がついたらですね、僕、車ぐるぐるぐるぐる回ったんですよ。
何が起きたんだろうと思って。
それで、他の車に停まってですね。
で、僕も足とか怪我したんですけども、
気がついたら、老夫婦が乗ってた出場用車があったんですけども、
そこにぶつかったということで、
僕は完全に青だと思ってたんで、ぶつかってきたんだなと思ってて、
女子的に乗ったお子様もぐったりしてたので、
結果で大丈夫だったんですけども、
救急車で運ばれましたから大丈夫だったんですが、
命に弁償はなかったんですけども。
そう思ったらですよ、結局、
僕が完全に青信号だと思ったら、後でカメラ見たら、
赤信号無視だったんですね、僕。
青になったつもりがですね、
青に全然、もうほんとぼーっとしてたんです。
いろんなね、当時、役職とかいろいろやってて、
本当に仕事もパンパンだったんで、
もうかなり疲れてたんでしょうね。
青だと思い込んで、高速道路の入り口に入ろうとしたらですね、
ぶつかっちゃって、本当に申し訳ないなと思って、
当然、向こうのお家に行って謝らせてもらいましたし、
揺らそいなことがあってですね、
そんなことが3回あったわけですよ。
多分、この3回がCGさんが言ってた大きな事故、
病気って言ったからドキドキしてるんですけど、
そうなんだろうなって思ってます。
それ以外にもちょいちょいしくじはあるんですけども、
でも、そういう事故が起きるたびに僕は思うんですよ。
やっぱり活かされてるなって、
本当にご先祖様が守ってくれてるんだなって、
なんかのシグナルなんだろうなって思うんですね。
人間って、僕は人ができてませんから、
そういう大きなことが起きると、
気をつけなきゃいけないなって思うんですけども、
やっぱり忘れちゃうんですよね。
だからまたシグナルが来るんだって思うんです。
でもね、それ以降大きな事故とか病気はしてないんで、
人生の前半でそういう経験をしたんでね、
後半はその経験を生かして、
ちゃんと生きていかなきゃいけないなって、
天地をマットしなければいけないなって思ってるんですけども、
本当にご先祖様に感謝しなければいけないと僕は思います。
誕生日の意味
家族にももちろんそうですけども、
本当にそう思いますね。
そして何よりやっぱり両親ですよね。
うちの母親には本当に感謝しなければいけないなと思ってて、
この12月30日という寒い日に、
痛めて僕を産んでくれたことにありがとうってね、
もうそれしかないですよ。
感謝するしかないなと思って。
恥ずかしい話ですけども、
そう思うようになったのはここ数年なんですよね。
でも本当そう思ってから、
ちゃんとLINEで産んでくれてありがとうって伝えるように、
感謝を伝えていますし、
翌日にはね、
年末は大晦日は必ず実家に家族で一緒に帰る、
そこでまた話をするんですけども、
誕生日ってですね、
自分のことを祝う日じゃないよねって、
いろんなイベントとかで、
この方のお話をする中で感じるようになってきたんですね、
ここ最近。
特に経営者の皆さんであったりとか、
方々と話をするとですね、
自分を祝う日じゃなくて、
両親とかその周りの人間に感謝する日だってね、
そういうふうな話になるわけですよ。
自分はね、
生かされているんだって思わなきゃいけないなってね、
だから常に感謝の気持ちを持って、
そして恩返しの気持ちを持って、
恩を感じる気持ちっていうかね、
それを忘れちゃいけないんだなっていうふうに思うんですね。
ですから今日ね、
12月30日という日にですね、
改めてそのことを思わなきゃいけないなっていうふうに、
そういうふうに感じています。
皆さんもね、
ご自身の誕生日には是非、
両親であったりとか家族にありがとうっていうふうに伝えてみてください。
きっとその一言がですね、
相手にとっても、
そして自分自身にとってもね、
かけがえのない宝物になるというふうに思います。
ということで、
今日もお聞きいただきましてありがとうございました。
51歳を迎えまして、
改めて思うのは、
感謝っていう言葉の重みですね。
若い時的に気づかなかったこともですね、
年を重ねるごとに見えてくるものがあるなと思います。
これからもね、
この感謝の気持ちを忘れずに、
そして皆さんにね、
元気と気づきをお届けしていきたいと思います。
ということで今日は、
誕生日記念、
家族と両親へ感謝する日というテーマでお送りいたしました。
挑戦が人生だ。
Don't worry, be happy.
それではまた明日この時間にお会いしましょう。
今日も元気にいってらっしゃい。