おはようございます。グッドモーニングボイスです。
1125回をお送りします。
1月の23日、木曜日、朝8時7分です。
昨日ね、なんかちょっとつぶしゅうと公開しようかなみたいなこと。
なんでなのかよくわかんないんだけど、思わずSNSでつぶやいて、
思わぬ反応をいただいて、なんかもう公開しなければ。
いや、公開するのは全然いいんですけど、めんどくさいという気持ちがあるんですよね。
別にいいんだけど、どうせみんなすぐ飽きるんじゃないかなというのが一つあるのと、
飽きるというのはなぜなのかを今日少しお話しようと思っているんですけどね。
昨日3ヶ月チャレンジでの成果についてしゃべろうと思って、あんまりうまくしゃべれた気がしないんですよ。
で、結局誰もこれ成果についてしゃべってるというふうには思ってないっぽいんで、
一部の方には好評だったんですけど、それは全然違う文脈で好評だったというね。
あんまり慣れないことはするもんじゃないかなと思いつつですね。
成果ね、何が成果なのかが僕にも定義できないんですが、
成果っぽいものはしゃべっていきたいんですよ。
ただなぜ成果をしゃべれないかということについて、こういうことならしゃべれるんですよね。
成果を出すのが自慢話っぽいから嫌だとかそういう話では全然ないんですよ。
ただ果たしてそれが成果なのかどうかがよくわかんないっていう、
だったらなんで参加している人は増えているんですかと言われると、
それはつまり困ってるからなんだと僕は思うんですね。
これを聞いている人の中に正規の人はいるかもしれないしいないかもしれないけどいないと思ってるんだけど、
公認心理師さんとかが困ってるなら公認心理師頼れよっていうのかもしれないんですよ。
だからそういうことについても僕はしゃべりたくなるんだけど、
でも困ってる人が公認心理師さんなりに頼る気がしないというのはですね、
私は無理からぬことだと思ってしまうんですよね。
そういう話をここではしばらくはしたいんですね、僕はきっとね。
だからそういう話をしばらくはしましょうね、やっぱりね。
そのうち成果についてもっと語る準備ができるようになるかもしれないですね。
このそもそもなんで正規の人に頼る気がしないのかすらだいぶ明るみになってきたんですけど、
僕はそこが僕の仕事のポイントだと。
言ってみればこれ隙間産業なんだと思うんですよ。
じゃあ隙間がなくなったら君の仕事なくなるじゃんっていうことかもしれないんだけど、
僕はそれは全然いいと思うんですよね。
この隙間がなくなるのにあと50年は絶対かかると思ってるんで、
これは私はもっと本当はかかると思ってるんだけど、
この目論みは楽観的すぎるのか暗すぎるのか知りませんけど、
人によって立場によって違いますからね。
でも私の見たてでは、実は今後100年はこの隙間埋まることはないだろうぐらいに思っていて、
短く見積もっても30年は絶対ある。
つまり僕は30年後は80なんでね、この仕事は難しいと思うんですよ、はっきり言って。
技術が進歩すると80歳がどのぐらい元気かって予測できないものだろうと思ってるんですね。
だって昔の50歳ってもっと大変そうでしたもん。
今の50歳とかも30歳ぐらいに見える人いるじゃないですか。
僕は全然違いますけど。
だから技術が進歩すると80歳がどうなるかなんてわかんないから、
なんとも言えませんが80歳になると結構これ厳しいと思うんですよね。
少なくともこの人数ではもう無理でしょうって思うんで、
なので別にこれね、スキマ産業でも全然いいんですよ。
僕この産業自体を、産業自体のビジネス自体を3ヶ月チャレンジのことですけどね、
どんどん引き継いで大きくするぞみたいな気持ちは全くなくて、
僕一台で終わろうぐらいに、今のところは絶対的にそう思うようになってますから、
いいんですよ、これはスキマで全然。
で、今手元にですね、この精神分析を語るという、
藤山直樹、松木邦博、細河ひとしさんなのか、じんさんなのか、
つまりその読みで悩むお方ですね。
どこにもローマ字とか書いてあった、細沢じんさんですね。
細沢ひとしとか呼んでいた僕が大きな間違いで細沢じんさんでした。
いずれも私よりは年上なんですが、細沢さんという方はちょうど10上っていう感じですね。
で、これ大変良い本で、良い本というのはつまり、
今私が考えたがっているようなことについて考えると良い本で、
一般の人にとって良い本かどうかは何とも言えないところもあるんですけど、
私はこの本は何かもう、この本が分かるようになっているだけでも、
私は以前とは全然精神分析に対する感覚が変わったなとは思うんですね。
以前だったらこの本多分、最初の30ページぐらいで完全に読むのを諦めていたぐらいつまらなかったと思うんですね。
その以前って言ったってそんな大昔じゃないですよ。
せいぜい5年ぐらい前ですよね。
だから河合駿さんの本とかは読みまくっていたり、
私すでにその頃は読みまくり終わっていたし、
そのうちまた読みまくろうかなと思っているんですけど、
留学とかもちろんしていたし、アメリカで心理学士は取っていたし、
実験心理学科の博士課程とか行っていた後ですよ。全然後ですよ。
もちろんフロイトだって一通りっていうのかな、有名どころは読んでいたんですよ、その前には。
読まされていたと言うべきですけどね。
でもこの本、たぶん全く理解できなかったですね。
全く理解できなかったです。
この本はその3ヶ月チャレンジの参加者さんが教えてくださった本なんですけど、
僕もこう、藤山直樹、他って書いてあったから、
藤山先生の本なんだと思って、そのうち思うぐらいに思ってたんですけど、
他じゃないですよね、この本ね。
この本は細沢ひとしさんの本ですよ、はっきり言って。
で、松木さんと藤山さんは、この番組ではおなじみの大名前ですね。
一番出てきてるぐらいに出てきてるね。
クラゾの形像の次ぐらいに出てきてるんじゃないかと思うんですけど。
まあわかんないですけどね、トータルで数えたことはないんで。
昔、ドコンジョウガエルの娘の話しかしてなかった時期があったから、
その名前も相当出てきてますし、
あとその前ぐらいには、イブホワイトとブラックの話。
あれはヒステリーでもう一回語り直したいと思ったんだけど、
めんどくさくなってもうそのまま売っちゃってあるんですけどね。
ヒステリーなんだなぁということが、当時はわからずに喋っていて、
でも別にいいんですよっていうことを今日お話ししたいんですけどね。
でも良いも悪いもないんですけど、
つまりですね、この本、この精神分析やカタルを読むとですね、
なるほどなと思うんですよね。
何がどうなるほどかというと、精神分析家が本気ですっごい頑張っちゃったら、
人間の営みっていうものは、こんなにその説明がつくんだな。
ただしその説明のつけ方っていうのは、
その人が納得できる説明のつけ方ができるっていう意味なんだなっていう、
全然何を言ってるのか自分でも十分にでも不十分にでも伝わってる気がしませんね。
要するにですね、こういうことなんですよね。
許可なく登山をしちゃいけませんって話なんですよ、これ。
で、でもね、山登りたくなるような話をされてしまうんですよ、ここで。
あたかもですね、精神分析家の藤山さんでも松木さんでもほぼ同じようなことをおっしゃってるんですけど、
おっしゃることは最もなんですよ。
素人が迂闊にエベレストに入ると死ぬからねって書いてあるんですよ。
まあそりゃそうだよねと。
でも次にこう書いてあるんですよ。
でもエベレスト登ると人生わかるんだよね。
なるほどなって思うんですよ。
でも素人山登っちゃダメだから。
なんかそう言ってはいないんだけど、そう言われているようにしか聞こえないんですよ。
で、エベレストって本がここにあるわけですよ。
そりゃ登りたくなる人いるじゃんって思うわけですよ。
これがもう言ってる通り間違いなくそうだって言うんなら、この本出版しちゃダメでしょっていう、
普通にきちんとしている感じの人が、
ただすごく孤独感が、やっぱり最初からそういうふうに書かれて、
これ細沢ひとしさんが出す事例なんですね。
それを松木さんと藤山さんが好き勝手にコメントすると言いますか、
きちんとコメントすると言いますか、
そういう非常に興味深いでしょう。
多分全然興味惹かれないと思うんですけど、
これはある種の人にとってはめちゃくちゃ興味惹かれる話だと思うんですよ。
こういうのがもっと大量にあればなって思うんですけどね。
なんていうのがいいのかな。
まだエベレストを登庁するのが相当無理のある時代に、
有名な探検家3人のうちの1人のちょっと漂流しかかった話を、
超有名な2人が後で好き勝手言うとか、面白いじゃないですか、
登山家にとっては。
そういう感じがする話ですね。
要するにビッグネームの対談って興味惹かれちゃうってことですよ。
一郎と松井の対談とかって見るでしょ。
そういう話ですよ。好きならですよ、野球部。
つまりですね、なんてことはない女性が登場するわけですよ。
きちんとした感じの頭の良さそうな、孤独感、孤独癖のありそうな女性が登場するわけですよ。
普通にいますよ。普通にいらっしゃいます。
僕の知ってる人でも何人も顔が思い浮かぶっていうぐらいいます。
で、この話どこが大事なのかな。
一番大事なのはですね、僕が思ったのは、後からそういう話になってるし、
僕もさすがにここが大事なんだろうなってのは分かるんですけど、
3ヶ月後に転居するから、その人はですね、
単に適応が良さそうで孤独癖がありそうなだけで心理療法家に来るわけじゃないですよ。
心理療法って高いし、なんかわけわかんないものなので、世の中的には。
そんなにそんなに来ないんですよ、やっぱり。
この人はですね、理人症っぽいっていうふうに書いてあったけど、
理人症っぽい、急性精神病みたいな、そういうのにかかったことがあって、
もうなんかこう、自分の体が自分の感じがしないみたいなんですね。
そういうふうになったんだっていう話なんですよ。
感情的にどんましちゃうっていうのかな。
何も感じなくなったみたいな、そういう感じの話。
泣くこともできないとかね、すごい悲しいことがあったはずなのに。
そういうところを訴えてこられて、結構そのこと自体は急性とはいえ、
重度な感じがする話もあるわけです。
でもまあ今はそれは消えているみたいな。
で、なんか彼氏に振られるんだけど、
あの彼氏は、要するにこの彼氏に連れられて診療ないか最初に受けに行くんですよ。
そういう関係が嫌になったっていうようなところがあるんですよ。
要するに、もうそれ恋人同士じゃないじゃないですか。
なんかこう、ケアする人とケアされる人、そういう言い方に近いんですけど、
説明がすっごいあるのに全然分からない。
だから私は相関関係図とかノートとかを書かないんですよ。
分からないっていうことはすごい大事なことだと思うんですよね。
分かってほしくないんだっていう気持ちが、
そういうふうには言わないから、おっしゃらないからどなたも、
分かられては困りますっていうその気持ちを持ったまま、
自分の背景を尊く説明されるっていうそういう分裂ってこの世にはあるんですよ。
私の中にもきっとあると思うんですよ。
これはそれこそ精神分析的心理療法を受けたときに分かったんですよ。
分かりにくいって思ったんですよ。自分の説明分かりにくいって思ったんですよ。
ちょいちょいメモされてしまっていて、
ちょいちょいメモされてるわって思って、そもそもそれを考えるのも転移なんだけど、
それにしても私は分かられたくないんだなっていう。
分かりやすく説明してるつもりでいるけれども、
全然分かりやすくなってないっていうふうに思ったんですよね。
そして分かりやすい説明が実はできない。
こういうときに自己責任論みたいになるのが現代じゃないですか。
分かりやすい説明を心がけましょうみたいな。
分かりやすくない説明とはみたいな、そういうビジネス書がすぐ出てくるじゃないですか。
でも分かられたくないという気持ちはどうするんだっていう。
その人がどんなに分かりやすい説明をアウトラインで書いて過剰書きにして、
要点は一文につき一つにしてとかやったって分かりにくいものは分かりにくいですよ。
声のトーンで分かりにくかったり、話す順序で分かりにくかったり、
間の置き方で分かりにくかったり、分かりにくい円幕を貼る方法はいくらでもあって、
それを無意識のうちにバンバン貼っていけば、
どんなに分かりやすい話もかなり分かりにくくできちゃうんですよ。
っていうことを体験できるんですよね。
だから福津川さんが事例を出したときに、
えらく分かりやすいっていうのにはいろんな意味が実はあると思うんですよね。
ある種の才能だと思うんですよ。
分からせないと思っている人の話を、
例えば雰囲気で引っ張り出せるとか、そういうことがおそらくあると思うんですよね。
で、話としてですね、
私がそういうことは一旦置いておいて、面白いと思ったのがですね、
福津川さん、松木さん、藤山さんの今順番真逆になったけど、
話が全然なかなか噛み合わないというか、全然解釈が違うんですよ。
これってどういうことなんだって感じがするじゃないですか。
で、この解釈が正しいっていう態度なんですよ。
態度としてはですね、これはすごい面白いなって思うんですよ。
結局人生相談において、相談に対してまず解釈を出しますよね。
こういうことが起きていたんではなかろうか。
3ヶ月で辞めるというふうに最初に区切ったというのは、
この人は孤独癖があるんだみたいな話が始まってくるわけですよ。
これって解釈じゃないですか。
そんなことは誰も別にその段階でなお言ってないわけですから。
だから細沢先生はなんで3ヶ月で区切るなんていう無茶な設定なのに引き受けちゃったのみたいな、
そういう突っ込みなんですよ、最初から。
で、なんとなくわかんないんですけど、細沢さんは、
まあそうは言わないんですけど、いやだって別にそれはみたいな感じなんだけど、
対談、叶えたんですよね。
まあ興味ある方は読んでください。
私が感じたのは、やる気になっちゃったんだよなって感じなんですよ。
で、これは精神分析なんで、やる気になっちゃったんだよなでもいい世の中もいい分野もあると思うんですけど、
そうでは許されないんですよね、この世界って。
いやいやいや、やる気にならされたんでしょってことになっちゃうわけですよ。
この患者さんの無意識の力によって、細沢先生はその気にさせられちゃったんでしょって、
力度が働いたんでしょってことになって、私もそうだろうなって思うんですよ。
でも、なんとなくそれを認めたくなさそうな細沢さんの方に、
僕は読んでいて堅入れしている自分がいたんですよね。
いや細沢先生の気持ちはよくわかるがんばれみたいになっちゃってたわけです。
これって変だよなと思うんですよね。
松木さんの言ってる方が正しそうに僕には読めるんですよ。
わかんないんですよ、そんなことは。
でも正しそうには一番説得力を感じるんですよ。
でも細沢さんは松木さんの言うことは全然説得力がないみたいに言うんですよ。
このやりとりが非常に興味深いなって思うんですよ。
これとさっきの漂流とか遭難を考えてみてほしいんですよね。
言うなら細沢さんの事例なんだから、細沢さんはこの遭難を生き抜きました気なんですよ。
僕はここで眠らずに頑張ったんですとか、
私はここで雨水を貯めて頑張ったんですって書いてある。
いやこの雨水の貯め方だめでしょって言われるのって納得いかないじゃないですか誰も。
でもあの遭難を100回切り抜けてきた私としてはここならばこうする、そうしないと死ぬみたいな。
あなたが今回生き延びたのはたまたま偶然だみたいな、そういう感じなんですよ。
で、ああなるほど説得力があるって読んでて思っちゃうわけですよ。
でもそれはあくまでもそれはそういう解釈もできるという話であって、
やっぱり細沢さんにしてみれば、この時はこうだったんだからっていう風になるわけで、
それはそれなりに説得力あるわけじゃないですか、自分の事例なんだから。
スーパーヴァイズと臨床例の関係ってこういうことなんでしょうね。
もっとスーパーヴァイズはきちんとやるのかもしれないけど、とにかくこういうことになるんでしょうね。
で、僕が思ったのはそうじゃなくて、こんな風に解釈されてみると、どれも間違いだとはとても思えないって感じなんですよ。
最終的には、結局のところはありとあらゆる素材と指し示されている実際の行動とか言動がですね、
全部包み込めるだけの納得のいくナラティブをいかに語れるかを競ってるっていう感じもしなくはないですよね。
否定されるかもしれないですけど、読み手としてはそう読めますよ。
で、それって結局広くなれば広くなるほど無意識化していくんで、
池賀雄二っていう脳科学者さんが好きな話なんですけど、ぼーっとしているとひらめくみたいな話。
よく聞く話なんだけど、つまり目に意識しきれないほどのシャールコホームズ的ですよね。
ヒントやら素材やら伏線やらを全部回収できるほど、その解釈は正解に近づいてそうな感じがするよねみたいな。
私この感覚の方が大事かなってよく思うんですよね。
漂うってのはそういうことなのかな。平等に漂う注意とかってフロイトの言葉にありますけど、なんかそういうことなのかなと。
なんか無意識を深く掘っていくとかじゃなくて、記憶を含めていろんな出来事が漂っていく、
その全ての説明が総合的につけばつくほど、どれをもう捨てずにおけるっていうほど、やっぱり説得力って増すよなとは思うんですよね。
だから3ヶ月でやめますっていうのを最初に決めていたと。
これはマスキさんがそういうふうによく指摘していたと思うんですけども、近づく、すごく近づく、すごく親密になる。
でもバチッと切ってしまうっていうのが最初から決まってるわけじゃないですか。
そういうのがこの人にとって都合が良かったんだ。
つまり言ってみればですよ。言ってみればこの治療のやり方は何にもならなかったんだみたいなのに近いですよ。
だからヤッタホ相談さんとしては納得できるはずがないわけですよね。
どう考えたってそう言われて喜ぶ人はいないと思うんですよ。治療わざわざしたんだから。心理療法したんだから。
でもこのやり方っていうのは、このクライアントさんが最初に狙った通りの結果になっちゃってるんだと。
だからぐーっと近づいていく。結局のところ人恋しいんだと。
すごく人と仲良くなりたいんだけど、すごく仲良くなって見捨てられるとかすごい嫌じゃないですか。
それぐらいだったら、いやいやだって3ヶ月で引っ越すことも最初から決まってたんだから、この別れはしょうがないよねっていう。
こういう付き合い方の病理なんだっていう言い方なんですよ。
でもこの、やっぱり私はこれに説得力を感じちゃうんですよね。
私にはこの感覚は十分理解できる気がするんですよ。
だいたい人に見捨てられたい、親に見捨てられたい子がいるものかって思うんですよ。
だから子供の方がお母さん大好き大好き大好き大好きって一生懸命行くのにカーネーションとか作ったりするのに、
お母さんがふーんって言ってカーネーションは翌日捨てられるとかね。すっげー傷つくじゃないですか、それをやられると。
だったら、いや私最初からお母さんのこと別に好きじゃないしって言いたいじゃないですか。
あるいは疑似的なものにしておきたいじゃないですか。
この日は母の日だから、お母さん大好きカーネーション作りましたみたいにやるけど、それを自分でゴミ箱に捨てるとかね。
最初から、いや5月最初の日曜日だけどの話ですから、翌日関係ないですからみたいな。
そういう風にすると子供がそれをするようになったら、それを結構危ぶまれるじゃないですか。
でもこれは大人がしたってやっぱり危ぶまれるべき話なんじゃないだろうかっていうような話が最初の設定の時からあったっていう話をしてるんですよね。
やっぱりこれはすごく精神分析的だなと思うし、人生相談でもすごい突き詰めたところまで、
なんていうかな、ものすごく細かく一生懸命見ていく見方なんだよなと思うんですよ。
で、それはエベレスト級だから、そこまでしなくても何か成果出せるようなやり方、つまりあずま山でも登山は登山だよねってことですよね。
私はそこをつまり考えてるわけですけれども、結局この期限区切る区切らないっていう話はどうしたって重要性を帯びてくるんですよ。
この番組でも散々やりましたけどね、正規の方なのかあれは非正規の人たちはダラダラと時間をかけて搾取して無駄金をむしり取っていて悪いんだみたいな。
でも松木さんはこう言ってるんですよ。先に次元を切るのはナンセンスだに近いんですよ、言ってることとしては。
だからやっぱりフロイトにあったと思うんですよね、ウルフマンが。もう2年で終結するんだみたいなことを言っちゃったんですよね。
で、それってやっぱり精神分析ではなくなるよねっていうような意見ってあると思うんですよね。
だってそれがわかるんだったら精神分析しないだろうみたいなところあるんですよ。
最初に別れが、別れとはいつ来るのかが、つまりこういうことなんですよね。
この場合恋人が絡んだから余計わかりやすくなったんだけど、はい私たちは1年後に別れるカップルです、それまで熱愛しましょうみたいな。
それはおかしいでしょって話なんですよ。
何が起きるかわかんないから熱愛とかがスタートの怖さっていうものがあるんですよ。
そういうものを抱え込めるようにならないんだったら、この人のコンテナーはどこか不全ですよって言ってるんですよ。
多分松木さんがおっしゃってるのはそういう話なんだと僕はすごくおっしゃる人だよなとは思うんですよね。
なんとなくこれまでのいろんな臨床例とかを読んできて、で私はそこはすごくそうだと思うんです。
なぜなら特に現代のこういうビジネス書とかを書いてる人間としては何かにつけて逆算が好きだし、
少し言うと相当長くやってると逆算って本当無理があるってわかってくるはずなのに、それでも逆算逆算にこだわりたがるんですよ。
なんか不意に何ヶ月先まではお金がこうでみたいな計算を始めたくなるんですよ。
何が嫌って、これらの人たちの感覚は不意打ちが嫌なんですよ。
先日ですよね、ちょうど先日、先々日か、トランプ大統領就任演説で株式投資家の話があって、この話、
昨日も少ししたかもですけど、投資家は何よりも不透明感を嫌うみたいな、でもトランプ大統領は不透明の塊のような人だみたいな、そういう話あったんですけど、
それなんですよ。投資家はそうかもしれないけど、心というものは不透明感を保持できて持ちこたえられないとダメなんですよ。
だって人生は不透明なものだから。人生に透明感だけを求めるっていうのは、すでにその人の精神状態における何かに不全をきたしていかねないということなんです。
恋愛関係なんてまさにそうじゃないですか。先が読める恋愛なんておかしいじゃないですか、最初っから。先が全て読める恋愛。
この時はこういうふうにデートすれば、次はこうやってうまくいくみたいな。
ラブホテルにはいつ行けるとかって決まってるわけがないじゃないですか。決まってないと嫌ですっていうのは、その人の不安がでかいっていう話でしょ。
だから最初に集結期が決まってちゃいけないわけですよ。ちなみに私がやってるのは3ヶ月チャレンジですね。
このことはとても大事なんです。しょうがないんですよ。どっちかしか選べない。
先に集結が決まっているか集結は決まっていないか、私は節中を取ろうとして継続っていうものを実はセットしてるんだけど、つまりそういうことなんですよ。
ダラダラといつまでもやってるって言うけど、正規の人が非正規を批判してね、でも精神分析とはまさにダラダラといつまでもやるという前提で始めるものなんです。
正規かもしんないけど。いや、精神分析こそ非正規だっていう人もいそうな気もするんですけどね。
でもまあどっちであったとしてもですよ。先に次元なんか切れないんですよ。次元切っておいたから良心的ですっていうのは実にいい加減な言い分なんです。
次元を先に切っちゃうことによって、松木さんの指摘がやっぱり私は響いてたんですけどね、このカナエ弾の中で。
次元を先に切ることによってもう治療状況がセットできなくなるっていうことが起きてくるんですよ。
だからね、別れる日が先に決まっていたら恋愛ってやっぱり疑似的なもの以上には多分ならないじゃないですか。
別れる日は2年後のクリスマスの日に別れましょうみたいに、それまではもう熱烈に付き合いましょうっていう、その熱烈さ嘘だろってこと絶対本物になりそうな感じがしないでしょう。
明日にもいきなり、それは良いことだとは思わないけど、彼氏の心変わりをして、あなたとはもう別れます。私はあっちの方が好きになりました。
これが起きうるから恋愛なんじゃないですか。嫌かもしれないけど、でも起きうるから恋愛なんですよね。
そこで、こういうのは誰にとっても傷つきますが、特に不意にお父さんが出て行った、私が5歳の時のことでしたっていう人にとっては傷つきますよね。
嫌でも大でも転移が起きるじゃないですか。そういう情緒的な。起きないようにでも心は構えちゃいますよね。