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#6 人生の中で、自分がコントロールできることなんてないのでは?と気づいてしまった話
2025-04-26 56:26

#6 人生の中で、自分がコントロールできることなんてないのでは?と気づいてしまった話

人間は、何かとコントロールを試みる生き物である。

街の環境や他人の行動、自分の感情など。

ただ、コントロールしようとすればするほど逆にコントロールが効かなくなる。

また、突き詰めて考えると「自分にコントロールできることなんてない」と気づいてしまう。

そんな、人間の賢いようでおバカさんな一面について掘り下げてみた。


【n角形な人たちとは】

宮城県石巻市で出会った「趣味は研究です」という男女2人組が、日頃疑問に思うことや興味深く研究していることを、とにかく掘り下げまくってとにかく2人が楽しむ番組である。

言語や思考に関心が強い「角田尭史(すみだたかし)」と、生物や自然に関心が強い「亀山理子(かめやまりこ)」がそれぞれの研究を持ち寄って、人間の数えきれない「n角形な」多面性を楽しむことをモットーとしている。

メールアドレス ⁠⁠⁠nkakkeina@gmail.com⁠⁠

感想

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サマリー

このエピソードでは、「人生の中で自分がコントロールできることなんてないのでは?」という疑問を掘り下げています。パーソナリティの角田さんと亀山さんは、人間が環境や他人の行動、さらには自分の感情さえもコントロールしようとする一方で、コントロールしようとすればするほど、かえってそれが効かなくなるという人間の滑稽な一面について語ります。 議論は、感情の源泉が腸内細菌にある可能性や、恋愛におけるパートナー選びにまで及びます。自分ではコントロールできないことが多いと認識することで、逆に気持ちが楽になり、無理なく生きるためのヒントが見つかるのではないかと考察します。また、自然災害や歴史的な出来事を例に挙げ、コントロールしようとする人間の限界と、それを受け入れ、しなやかに生きる知恵についても触れています。 最終的には、外部をコントロールしようとするのではなく、自分自身の内面、特に体の状態を整えることの重要性を強調します。小さな工夫や視点の転換によって、人生をより豊かに、そして面白く生きるためのアプローチが提案されています。

番組紹介とコントロールのテーマ
n 角形な人たち、これは宮城県石巻市で出会った、趣味は研究です、という男女2人組が、日頃疑問に思うことや、興味深く研究していることを、とにかく掘り下げまくってとにかく2人が楽しむ番組である、言語や思考に関心が強いすみだたかしと、生物や自然に関心が強い亀山理子が、それぞれの研究を持ち寄って、人間の数え切れないn 角形な多面性、お楽しむことを持とうとしている、
今回はコントロールをテーマに議論を広げた、環境や感情など、人間は何かとコントロールをしようとするが、コントロールしようとすればするほどコントロールが効かなくなるという、バカで愛らしい生き物なのである。
やってみてどうですかってのを聞きたいなって思うんですけど。
どうです?
今までやってみての感想ですか?
思ったよりも、こういうテーマがすごい好きだから、盛り上がることは想像ができましたけど、
すみちゃんもね、好物のテーマが今まで並んでたと思うんで。
思ったよりも、自分の予想外の話題とかにおひらめいちゃって、それで盛り上がったりしたなみたいな。
思ってない方向へテーマが暴走するみたいな感じも、ちょっと面白いラジオだなっていう。
着地点が自分でも見えないみたいなことが多発してるんですけど、それも含めて、カオスでいい番組だなと思ってます。楽しんでます。
どうですか、すみちゃんは。
カオスね。いや、本当にそうですよ、本当にそうですよ。
一応、お題これでってのは始めて話してますけど、台本もないし、どこに行くか本当にわからないですね。
そうなんですよ。台本とかメモとか置いて喋ったりしたほうがいいのかなとも思ったんですけど、
いや、これはないほうがいいだろうって毎回思っちゃうんですよね。
そのほうがいいです、絶対。
そうそうそう。話してて、このエピソードがこれ使えるなみたいなので、差し込んで話したりとかして、どんどん脱線していってね。
それで、ガーッと。
でも、改めて聞くと、意外と一貫性はあります。
意外とですよ、意外と。
そうですね。つまり、考えてるよりも自分とか人間って結構面白い生き物だよねっていうことをただただ話してるって感じがするんですよね。
人間は面白い生き物
人間って面白いですよね。
面白い。
面白い。ほんと面白い。
人間の作りひどいですよね。すごいすぎて大変だったし、だから面白みが出てるっていうか、
なんかねちょっとね、なんでそんなことになっちゃってんの?みたいな感じがする。
人間ってすごいなって思う一面と、ポンコツだなって思う一面とありますよね。
それもひっくるめて、かわいいよね。
生きててえらいねっていう感じも本当に。
それを俯瞰してというか、それぐらい引いて、眺めながら、観察しながら行くと面白いよねっていう提案をしてるのかなっていう感じはしますけどね。
入り込んじゃうとね、ほんと大変な渦にのまれるんだけど、
なんか大変がってるーみたいなぐらい引くと、面白みが出てくるというか。
トラブルきたーっていうか、はいはいはいはいみたいな、これね、みたいな。
たぶん私とかすみちゃんとかも、観察とか探求を一人でするのをコツコツとしていくのが好きな方だから、
結構人間の体にうまく入りきれてないんじゃないかなって思うときがある。
ほうほう、入りきれてない。
人間に入りきれてない。
なんか浮いちゃってる浮いちゃってる。
目の前でそういういざこざが起きたとかっていうときに、
そのカチューに入っていってそれを止めるとかっていうことはあんまり難しい。
苦手なんですよ、自分は。
だけどそのいざこざすらも、うわーなんか人間って愛おしいねって思いながらちょっと眺めちゃうみたいな。
誰だよって立ち位置にいるっていう。
おまえも人間だろって思うんですけど。
例えば、居酒屋で何人かがすごい揉め事というか激論をかわせて、
それをちょっと離れたとこから眺めてるお客さんみたいな。
ちょっとお酒飲みながら、「今日もいいネタを仕入れたぞ!」ぐらいの感じで。
それぐらいの視点からの話が多いかなっていう感じはしますけど。
コントロールの定義と具体例
聞く人によってはすごいクールすぎて、もうちょっと共感してよって思う方もいるかもしれないんですけど、
私たちのこととしては、ちょっと人間って面白いよねっていう距離感で見た場合の感想を言ってるっていう感じですかね。
うんうんうんうん。
これは本当、響く人に響いてくれればそれでたまらないと思ってるけど。
じゃあ今日のお題いきますか。
はい、お願いします。
こないだ何話しますかって話したときに、コントロールの話。
これコントロールできるのかみたいなね。
とりあえずこんな感じから始めますか。
あまり説明してない。
コントロールっていうのはどういう意味のコントロールなのか、ちょっと皆さんの説明が欲しいかもしれないじゃないですか。
うんうんうんうん。
えっと、そうですね。
例えば、自分に降りかかってくることがっていう感じ。
それもありますし、逆にコントロールを試みて、
試みることが正しいことなのかみたいな話なんですけど。
わかりやすい例えで言うと、インフラの工事って基本的には人間が暮らしやすくなるためにやりますと。
例えば橋をここに架けなきゃいけなくて、橋を架けると。
そしたら、こことここの交通はすごく良くなるけど、
それやったことによって他のとこで渋滞が発生したりとかね。
そしたら帰ってその不便に立っちゃったとかね。
まあいくじゃないですか、そういう話ってたまーに。
そうやってコントロールしようとして結果、コントロールが効かなくなっちゃう。
自然の地形とかに対してアプローチをして、失敗するとかってことだよね。
うんうんうん。
みたいなことが話たまに聞くんで、そういう視点のコントロールってのもありますし。
逆に言うか、僕自身に降りかかる出来事で改善をしようとしたりとか、反省したりとかしますけど、
意外と自分が原因じゃないこととかもありますしね。
そうやって自分がコントロールできなかったことで、
自分は仕方なかった、みたいなことも発生しますし。
コントロールできる、できないとか、コントロールを試みない、みたいな。
そういう考えを持つことが大事かなーってのを、なんとなく考えてたので、
お題に寄り添って。
感情と腸内細菌の関係
なるほど。これは深いですね、今日も。
ありますよ。
深いですね。
りこさんがパッと浮かんだこととか。
コントロールっていう点ですか。
私が思ってるのは、
まず、自分が何かを考えたり、感情が動いたりとか、
例えば、怒りがこみ上げてくるとか、逆にすごい悲しくなるとか、いろいろあるじゃないですか、感情のフレーバー。
でも、腸内細菌がほとんど決めてるんじゃないかっていうのが、
今の私の感覚的なものなんですけど。
でも実際にそういう研究もね、ちゃんと調べると多分出てくると思うんですけど、
研究もかなり進んでるので、脳よりも、脳が考えてると思ってるじゃないですか、私たちって。
意見だいたいのことを脳が判断してるとかって。
これ、だいたい腸内細菌じゃないかっていう。
ほうほうほう。
それが本当にそうかもしれないなって、最近かなり革新的になって、革新に変わってきているんですけども。
それの理由も説明しますけど、
とにかく自分が考えたり、怒ったり、悲しんだりしてるって思ってるかもしれないけど、
それすら実は自分じゃないかもしれないっていう。
めっちゃ面白いと思ってて、
それでもはや思考すらコントロール不可能かもしれないっていう。
なるほど。
腸の中にどれぐらい細菌がいるかって、本当信じられないぐらいいるわけじゃないですか。
腸とかそういうレベルでも目に見えないけど、
ものすごい微生物と一緒に私たちって生きてるっていうか、
この体の中ですら、もう生物多様性がすごいわけじゃないですか。
この人たちの判断なしにはたぶん生きてないんですよね。
たしかにね。
だから人間っていうものが、一人って私たちは、
これ自分って言ったときに、一応皮膚で覆われてるこのパーツの部分は全部自分のものって思ってるけど、
実際この中に大量の生き物がいると思ったら、
これが小宇宙のわけですよね、人間も。
小宇宙全体の判断がイコールで私の判断になってる場合があるんじゃないかっていう。
はいはいはい。
前に何の本読んだっけ、生物学者の方かな。
ちょっと忘れちゃったんですけど、
たとえば、結婚する相手とか、付き合う、好きになる相手とかっていうのも、
これ町内細菌が選んでるんじゃないかっていう説があんまりない。
めちゃくちゃ面白い。
生理的に受け付けないとかっていうことってあるじゃないですか、人を。
全然いい人だし、別に性格に問題があるとかじゃないんだけども、
この人と一緒にずっと付き合うことは無理みたいな感覚がある場合、
それは町内細菌の判断である可能性が高くて、
なるべく遠いDNA同士を結びつけたいわけですよ、生物としては。
難しいDNAよりも、遠くと遠くを掛け合わせたほうが生き残る確率が上がるみたいな。
だから、なるべく全然違う、例えば町内細菌同士を持ってるとか、
全然違う要素があったり、町内細菌同士の相性とかもめっちゃ重要になってきて、
そういうので付き合えるとか結婚できるとかが決まってるかもしれないっていう。
その判断でダメになる可能性もあるっていう。
そういうのすごい、私はそういうのがすっごい面白いなと思って。
逆にコントロールできないんだってわかってるほうが気持ちが楽っていうか。
無理しないじゃないですか、妄想すると。
だって、決めるのは私じゃないみたいな。
それの中でどう面白く生きるかなっていうことを考えるほうが楽しいっていうか。
だって、決まってるんだよ、町内細菌でって思ってれば。
体からのアプローチと食の重要性
だから例えば、自分もうつ的になったことがあるんですけど、
うつ病の人の町内ってすごい荒れてるらしいんですよ。
あと、食欲がすごいなくなったりとか、
ちゃんとしたものが食べれなくなったりしたんですね、精神的にダメなときって。
そうなってくると食べ物に偏りが出てくるじゃないですか。
例えばチョコレートしか食べれないとか、甘いものしか食べれなくなったりとか、
ご飯受け付けないとかってなっちゃったりとか。
それをそのままにしておくとっていうか、
ずっと例えば甘いものだけ取り続けますってなっていくと荒れてくるんですよね、町は。
だからうまい判断ができなくなってくるっていうか、
すごい悲観的になっちゃったりとか。
そういうのって町との関連性がすごいあると思っていて、
そこから改善したほうが早いのかな、むしろ。
感情をうまく整理するとか、
カウンセリングにて過去のことを頑張って話して克服するとかよりも、
もしかしたらいい大豆とかで作られたお味噌をちょっとずつ摂取してるほうが、
もしかして早く正常な思考に戻ったりするのかもしれないなとか。
だからそっちからのアプローチ。
自分の体の中にあるいろいろなものがちゃんと正常に働いてくれることによって、
正常な思考ができるようになるみたいなアプローチ的にはですよ。
自分の考えっていうのをあんまり信用してないというか、私は。
イライラと体の状態
なるほどなるほど。
本当に今こうやってイライラしてるけど、
このイライラは何から来てるのかなって思ったときに、
そのイライラの原因を頭の中だけで探らないっていうか。
あーはいはい。
ちょっとこれ出し飲んだほうがいいな、みたいな。
ちょっとお腹に北海道とか当てるかみたいな。
確かにでも、例えばですよ。
イライラしてるみたいなのがあったとして、
イライラしてるのは今日ちょっと寝不足だったから。
寝不足が続いてて、みたいなのがあったとして。
となると、寝不足に自分をさせている何かがあるわけで。
例えばですけど、何か普段から食べてるものがあります。
それが刺激をして、
刺激が強くて、夜なかなか寝つけない、みたいなのがあったとしたら、
じゃあその食べ物を食べてて、
体がそういう働きになってしまってるっていうことは、
自分がイライラしたくてイライラしてるわけじゃなくて、
そもそも体がそういうふうにさせているっていうか。
みたいな話かなって思って。
そうですね。
逆に言うと、どうしてもジャンキーなものを食べたいときとかあるじゃないですか。
食べるじゃないですか。
食べて具合が悪くなって寝込むとかってなった場合、
でもこれ寝込ませたかったんじゃないのかなーとか思ったりする。
この人たち寝込ませたかったのかなー、私はみたいな。
誰だよ、みたいな。
だから自分で決めてることってあんのかなっていう。
確かにね、確かにね。
感情の発生源とノート
感情ってものがどこから生まれるのかっていうのがすごい興味深いなって思いながら聞いてたんですけど。
僕もノートを書くじゃないですか。
毎日書くとその日の気分が分かるんですよ。
例えば、ちょっとネガティブな話をしたいときは、ちょっと自分もネガティブになってるんですけど、
なんでネガティブかっていうと、あんまり走れていなかったりとか、
食事が乱れたりとかっていうので、どうしてもちょっと物事をネガティブに捉えてしまってたりとかありますし、
逆にポジティブなときは、すごい体が健やかで、目覚めも良くて、気分が良く書けるみたいな。
あって、なんでちょっとネガティブなことを発信しようと思って書いてるわけじゃなくて、
気づいたら書いてたぐらいの感じなんですよ。
時間帯とかでもありそう。
ありますね。
夜だと感情的になってしまうんで、夜はあんまり書かないことに僕はしてるんですよ。
メールの返信もなるべく日中にしてて、夜だとちょっと感情がこもってしまうんで、
ちょっと余計なこととか言ってしまいそうだなと思って。
なんなんでしょうね、それってね。面白いですもんね。
本当、本当不思議なんですよ。
なぜかすごいちょっとアンニュイな感じになっちゃったりとかね。
僕の感情って本当、自分で決定してない気もして。
お日様あってほうがいいんだよね。
感情みたいなところで本当コントロールできないし、
気づいたらアウトプットしてたみたいなね、その感情を。
だからそこまでの自分の行動とかやってることで意外ともう決まってきてるなみたいなね。
体のバランスと土壌
そうなんですよね。だからコントロールっていうか、できることとすればですよ。
そういうふうに揺れ動いちゃう自分の体の制御というかバランスを適度にとって、
いい肥料を入れて耕しておくみたいな。
何が起きても投じない土壌を日々整えておくぐらいがマックスできることかなみたいな。
確かに確かに。
そこは何とかちゃんと気をつければさ、例えばよく寝るとか、
ちょっといいものを体に入れておくとかはできるけど、
その他はもうそこから発生してくるものだから、
そっちのほうがもしかしたら大事というかできることなのかなと思いますけどね。
本当そうですね。
面白いですよね。
これ本当に自分が今思ってることなのかなとか考えちゃいますもんね。
僕ちょっと日々不思議に思うのが、言葉話すじゃないですか、
言葉が先なのか思考が先なのかみたいなことをよく考えるんですけど、
なんかちゃんと考えて話してるのか話してから考えてるのかみたいな。
意外と僕がこうやって話してることってのも意外と自分ではこのようにしてなくて。
なんかさ予想外のことが出てきちゃうことってあるじゃない?
ありますあります。
だからそれってさ脳の判断より先になんかさ出ちゃったってことじゃん。
そうそうそうそう。
意外となんか名言をポロっとね。
言ったりとかって意外と自分では考えちゃう。
それってコントロールできないよね。
そうそうそう。できないんですよ。
だからすごいよね。すごいシステムになってるよね。
すごいシステムです。
なにこれですね、本当。
なにこれですよね。
キンちゃん元気っ子ふりかけの研究
結構そうですね、結構そういうの実験すごい好きなんですよ。
体からアプローチしてみて自分がどうなっていくかみたいなことがすごい好きで。
キンちゃん元気っ子ふりかけって知ってます?
いやいやわかんない。
キンちゃんのキンはバイキンとかのバイキンね。
最近のキンっていうか。
キンちゃんの元気っ子ふりかけなんですけど。
そんなある?
それは九州の農家さんがずっと長年キンを使った畑作りっていうのをずっとしていらっしゃって。
そこの畑の野菜のふりかけなんですけど。
何が違うかっていうと普通の畑と。
畑の土を作るときにその中にたくさん枯れた草とか不要土とか。
とにかくいろいろな微生物がいる状況をその土の中に再現するんですよ。
そこに例えばほうれん草の苗を植えるとかってなると。
ほうれん草の根っこの部分。
土の中にある部分とその他の土の中にいる菌の菌糸っていって菌の糸が結びつくんですよ。
だから野菜と菌が接続するんですね。
そうなるとどうなるかっていうとほうれん草が信じられないぐらいでかく育ったりするんですよ。
自分だけの力じゃなくて畑の中のいろんな微生物たちの力を活かして野菜が育つんで。
よりおいしくとかより生命力がある野菜になるわけですよね。
人間も腸内細菌とかがいいと元気になるように免疫力がめちゃめちゃ高い野菜ができるんですよ。
それのふりかけっていうのがあるんですよね。
それは納豆とかに混ぜたりご飯に普通に乗っけたりカレーに入れたりなんでもできるんですけど。
それを摂取するっていうことはその野菜を摂取しているプラスアルファその土の中の微生物たちのいろいろなものも同時に摂取するってことになるんですね。
あとすごい養分もやっぱりめちゃめちゃ栄養素もすごい多くて。
普通の野菜からはもう摂れないような微量のものもたくさん摂れるんですけど。
それを常に食べているとどうなるかっていうとまず信じられないくらい便通が良くなるんですよ。
とんでもなく良くなるんですね。
あと精神的にどうかっていうのもすごい研究してて。
毎日食べ続けているとここでだいたいイライラするみたいな自分が。
ここでイライラするみたいなパターンのところがやってきたときにあんまりイライラしないんですよ。
いつもより全然大丈夫みたいな。
だから何かしらの作用があるんじゃないかと思って。
これは皆さんも自分で実験された方がいいと思うんですけど。
私の場合はこうですっていう話なんで。
そのふりかけって何から作っているんですか?
その季節ごとのいろんな野菜が一回ドライにしてそれをすごい粉砕というかめちゃめちゃ細かくした粉になっているんですよ。
それプラスちょっと煮干しとかいり粉みたいな昆布とか海のもののパウダーにして全部が混ざっているっていう感じなんですけど。
小麦粉ぐらいの細かさになっているっていうか。
ネットで買えるんですけど、その先生の本とかを結構読んでたんで。
たまに取り寄せるそのふりかけはね。
だからそれって私の中での感覚としてはやっぱ最近とかその土の中のたくさんの微生物とかの考え方も入るんじゃないかと思うんですよ。
考え方っていうか作用がその人たちの作用が自分の中に入っているっていう感じで腸内に。
確かに。
イライラしそうだなみたいな出来事が発生したらイライラの度合いがたぶん普段食べているものとか体の状態で決まっていくみたいな話で。
そのふりかけによってイライラがあんまりしなくなるみたいな。
そうそうそうそう。だからイライラの問題をどうするかっていうことを考えるんじゃなくて。
自分の体の方をアプローチするとそれが別にどうでもよくなるみたいな。
これ楽じゃんみたいな。
食べるだけだしみたいな。
そうするとたぶん腸内の環境が整うというかいい状態にたぶん持っていけるんだと思うんですよね。
それによって体全体が楽になるから結果としてストレスに感じる体が感じているストレスが少ないのかもしれないですよね。いつもより。
それはありますよね確かに確かに。
っていうなんか研究が最近の研究結果ですね。
普通何かにイライラしましたってなったらその問題を見ちゃうじゃないですか。
こうイライラさせる例えばこの人が悪いみたいになっちゃったり。
この人をどうにかコントロールしてこういうイライラさせないようにしたいとか。
もしくは自分が別の方法でカラオケとか行ってストレス発散するかとかわからないけど。
そういうなんかこうその問題に対してどうするかっていうことを考えちゃうんだけど。
それはあんまり意味ないかもしれないと思って。
もっと自分の根本的なお腹の方とかからやってみたらどうなるんだろうっていう。
周りをコントロールせずに。
傷口の例えと根本的解決
最近ちょっとひらめいた例えがありまして。
例えばですけど転んじゃって腕に少し傷が付きましたと。
反り向いちゃって。
でバンスをこう貼りますと。
バンスをこう貼るじゃないですか。
でバンスをこう貼るけどバンスをこうちょっと剥がれてきたからバンスをこう重ねて。
でまたそれが剥がれてきたからまた重ねて貼ってしまって。
でそれがめんどくなってなんか包帯を重ねていって。
でそれも剥がれないために服ピチピチのつけたいとかっていうの。
でそれって目の前の問題を対処しよう、試みて。
とりあえずしのがないけどとりあえずしのがないとってずっとやっていった結果傷口が治ってるかがわかんないみたいなね。
そもそもの目的は傷を治すっていうことなんで。
とりあえずバンスをこうしておくけど注意力を高めるような工夫というか努力をしたりとか。
もともとの問題ってそこだよなみたいな思って。
結構人って賢いんでこういうことが発生したらこういうことで解決していこうっていうのをやりますけど。
それが根本的な解決だってなかったりとかよくしてるなと思って。
バランスをこう。
確かに。
面白いその例えはいいですね。
そうなんですよね。
血を止めることとか傷口のことを考えればいいのに違う方向、あらぬ方向へこう。
対処していっちゃって。
もっと大変なことになるみたいな表現。
例えばイライラしちゃってイライラを鎮めるために
わかんないですけど例えばサプリを飲んだりとかってあるとしたらそこじゃなくて
そもそもイライラしない体というか状態を作っていくっていうかね。
そうですね。
そうなんですよね。
コントロールできない自然と人間の限界
そっちの方が遠回りのようで早い気がするんですよね。
例えば人、スミちゃんをどうにかコントロールしたいって私が思って。
そうするってめちゃめちゃ難しいしめっちゃエネルギーかかるんですよ。
多分そうならないし最終的に。
だけど自分の体の中ぐらいだったら頑張ればちょっと変えられるっていうか
自分の中のことは変えられるんですよ。
その方が早いよねっていう。
そう思うとコントロールできることはないんじゃないかと思うしあんまりほぼ。
例えば私が住んでいる浜とかだったら漁師さんたちが自然に常に退治する仕事をしてたり
農家さんとかも畑やってらっしゃる方とかは常に
予期せぬ出来事の連続の中で対処されてることじゃないですか。
だからもうスタンスがそもそも自然に対するスタンスが諦めから入るっていうか。
だからすごく思考の仕方も
すごい大変だよねとかっていろいろ言ったりいろいろあるんですけど
まあ仕方ないけどねっていうところが最終的にあるんですよ最後。
でも都会とかだとコントロールしようとして人間が作った場所だから
何でもコントロールできるかのような気持ちになっちゃう。
例えばここに建物を作りましょうとかここに道路とか
その都会の中で例えば何かを生み出すってなった時もやろうと思えばできる感じがする。
計画通りに。
例えば今回ロサンゼルスで山火事があったりとかあったじゃないですか。
ああいう風に大災害が街中で起こったっていう時には
もうそれってもうどうしようもできないわけじゃないですか。
消火活動とかできますけど
全体として火に対しての人間の圧倒的な弱さみたいなのが出てきたり
だから最初にまず諦めの姿勢から入って生きるっていうのはすごい大事なのかなって思っていて
確かに確かに。
江戸時代の知恵と再生力
そもそもそうなるよねみたいな。
結構私は昔の人の暮らしの知恵とか掘り起こすのも好きなんですけど
江戸時代の江戸時代ってすごい火事が多かったんですよね。
日本建築で木造だし
江戸の街とかすぐ燃えちゃうことが結構あった。
でその当時に海外から日本に来てた
施設団とか海外から来てた外国人の方たちが江戸を描写した記録っていうのがいろいろ残ってるんですけど
その中でめっちゃ面白いなと思ったのが江戸でものすごい大火事があって
全焼した街が
そこに居合わせた外国人の方が一番びっくりしたのは何かっていうと
なんかそんなに燃えてもう廃墟みたいになってるのに
日本人がなんかすごい楽しそうに座ってお茶飲みながら笑ってお話してたみたいな
その焼け跡のところで
なんでこんなにこの人たちはこんなすごい火事があったのに
ここでお茶飲んでるんだろうみたいななんか
明るいしね
それは何でかっていうともうそういうものだってそもそもの前提が
木は燃えるとか街は燃えちゃうことがあるっていう
江戸の人たちってそんなに物も持たない生活をしていて
例えば布団とか鍋とかもそういうものを借りれるお店があったりしたんですよね
そこから借りて使って返すみたいな
それがなぜかっていうともう燃えちゃう前提なんですよね
家が
だからあんま物持ってもしょうがないし
ない中でうまく暮らして
燃えちゃったらその後もう一回なんかみんなで建てるみたいな
っていうそのなんかもちろん大変でね本当に被害もたくさんあったと思うんですけど
でもそもそもの前提としてそういう再生と破壊の中で生きているっていう前提があるから
だからあんまり動じてないというか
それぐらいの気持ちで生きていけるっていう
それはもう外国の人たちからしたらもうびっくりっていうか
でもその方がなんかすごいしなやかでタフな感じがするんですよね
確かに確かに
コントロールできないもんだっていう
でその中でどう生きるかみたいな
諦めて付き合うみたいなね
そういう姿勢で必要だなっていうのは思いますよねすごく
川の氾濫とコントロールの失敗
僕仕事で聞いたことですけど
とある川の話なんですけど
もともと氾濫を結構してた川で
昔はその氾濫とうまく付き合って
川の近くに人は住まないっていうことにして
田植えをして氾濫するからそこの土砂が運ばれてきて
逆にそれが田んぼの栄養になっていくみたいな
っていう暮らしをずっと知っていたのが
産業が変わっていき暮らさないといけなくて川の近くに
だから氾濫から守らなきゃいけないから
堤防を作ろうっていう風になって堤防を作りましたと
でも雨結構降るから
その時めちゃくちゃ溜まる
水が溜まって逆に被害が大きくなってしまったみたいな
氾濫の
でそこから排水をちゃんとしないとねってなって
そういう排水路を作って別で
大雨が発生した時にそこが詰まっちゃって
排水ができなくて
また氾濫が発生したみたいなのを聞いたんですけど
それってもう人間がコントロールしようとした結果
逆にコントロールが効かなくなってしまって
みたいなね
だから本当諦めて受け入れるしかなかった
っていう話もしてて
結構人間がコントロールしようとした結果
逆にひどくなったみたいな
結構効くなと思って
人工の川と課題の連鎖
それはあれですもんね
田んぼをそこの間に挟むことによって
逆に氾濫の良い面っていうか
氾濫することで土壌が良くなったりとか
山の養分がすごい流れてくるわけじゃないですか
そういうものを逆逆手にとって利用して
田んぼを良くするっていう
むしろ知恵がそこの間にありますよね
すごい自然を観察してないとそういうことってできないですよね
もしコントロールというか
どうにか被害を抑えたいと思ったら
そういうことまで考えないと
いけないのかもしれないですよね
じゃあここにコンクリートで固めればいいとか
いうんじゃなくて
あと逆に僕も最近知ったんですけど
目黒川ってあるじゃないですか
あそこって人工の川で
すごいしっかり固めてあるよね
水がどこから引いてるかっていう話なんですけど
それも人間が作ってて実は
引いてるんだどっかから
そうそう引いてるんですよ
都内ってそういう川が結構あるっていうのを知ったんですけど
だからもともと水源がなくって
そこで都市を作っちゃったんで
どっかから水を引かないといけなくなって
みたいな川が結構あるっていうのを最近知ったんですけど
最近本当に思うのが
何か課題の解決を試みてやったことが
新しい課題を引き出しちゃって
それを解決しようとしたらまた新しい課題が生まれて
さっきの板倉庫の話ですね
そうそう
人ってそれを繰り返してきてるような気がして
何やってんの
また張っちゃったよ板倉庫みたいな感じ
そうそう
また新しい課題が重ねてる
もう張れないよみたいな
そうそう
重ねしみたの
もうバカだね
バカだねって思って
そうですね
諦めと再生の力
何でしょうね
でも物事の元々のそもそもみたいなのを
解く人は必要ですよね
必要ですよ
傷口塞げばいいだけだったら
一回全部どけて
綺麗なの貼りませんって感じになるよ
そうそう
その辺最近本当にもどかしいですね
板倉庫をめちゃくちゃ構えてきた
板倉庫を使えるね
板倉庫のたとえ使えるな
多分だからさっきの感情とか
いろいろな悩み
自分のゴタゴタとかイライラとか
そういうのも同じことなんですよね
多分きっと
上に板底重ねてっちゃってるんだけど
一旦腸内綺麗にしようかみたいな
そしたら全然大丈夫だったみたいな
やっぱりすみちゃんがいつもテーマにしてる
そもそもはすごい大事なんじゃないでしょうか
そもそもね
コントロールできないっていうほうが
割り切って生きるほうが
逆に気持ちよく明るく生きれるっていうのは
私はすごい感じますね
すごい面白い
漁師さんたちとかの思考回路が
そういう感じなのが
私はいつも元気をもらうんですけど
一緒に飲んだりとかして
いろいろな
テレビも結構見てたり皆さんするんで
政治の問題とかね
戦争の今の状況とか世界の
本当にもう暗いなみたいな話も
されたりするんだけど
そういう話をしておきながらですよ
明日何食べるかなとか言うんですよ
明るいみたいな
そうは言っても
自分にできることをするみたいな
気持ちの切り替えができるっていうのが
現代人とか都会人と
ずっとうじうじそれに引きずられて
悩んじゃったりするようなところを
それはしょうがないなみたいな感じで
自分で切って
自分にできることをするみたいな
諦めてるんだけど諦めてないんですよ
諦めながらも再生していくみたいな
生命にはめっちゃ必要なのかなと思うんですよね
自分に関係してることなのか
情報との付き合い方と視点の転換
関係してないことなのかっていう
そこの分別も
割と大事というか
自分事とかしないみたいな
ネットとか見てると
全然関係ないことなのに
イライラしてきたりするもんね
これいるみたいな
情報がいっぱいあるから
あと比較しちゃったりとか
全然関係ない人と比較してみたり
最近あとね
とあるテレビ局がね
話題になってますけど
コマーシャルね
スポンサーが離れていったっていうのを
聞いて逆に
見たくなったんですよ
何やってんだろうと思って
そしたら
確かに
コマーシャルの時間結構短く
あと
ACのシステム結構
クオリティ高いというか
すげえと思って
そういう見方したりとか
そもそもでも
番組時代は好きやなって思って
例えば
スポルトっていうやつがあるんですけど
スポルト昔から好きで
スポルトは好きやなとか思って
いざこざいもちろん
ありますけど
僕には無関係なことですし
僕なりの楽しみ方をね
してみようと思って
最近はフジテレビ割と
つけてますね
面白い
いろんな角度から
やっぱ物事を見るのが
大事ですよね
一個の視点に引きずられないっていうか
その視点を持ちつつ
自分なりの視点を持つみたいな
そうそう
そうですね
独自の視点と発見
そういうのね
いざこざって僕だと
全くコントロールはできないし
それに反論してくれる人は
世の中にいるので
そこはもうその人に任せて
僕はコマーシャルをね
ちょっと見てみよう
とかね
独自の視点でね
いろんなアプローチ
をいろいろ変えていくみたいな
逆にずらしていくみたいな
そうそう
問題に焦点を当てるというよりは
そうですね
ずらしていったところに
意外にいいものがあったりする
ときもあるじゃないですか
あります
あんまりみんなが見てない
景色を
コントロールのテーマの話で
全然関係ないかもしれないですけど
そういうのってやっぱり
あまり同じ景色の中に
誰も見てないものを見つけるのが
すごい好きなんですよ
わかります
みんな同じものを見て
こういうふうに思ってる
かもしれないけど
私はこっちから見てるみたいな
そういう視点がすごい
大事にしてるというか
みんなが5ここで
5を見つけてるとして
もっと下のほうに
100ぐらいありますよみたいな
それ掘りに行ってるみたいな
例えば絵画で
みんながそれを見て
すごいなとか
綺麗だなとか
言ってるのを
僕は間近で見てて
筆の使い方とか
すげえなみたいな
こう使うんだみたいな
そういうちょっと違う視点で
発見するみたいな
僕も好きですね
意外にだから
目の前のことをどう楽しむかは
結構思いつけば
いろいろあるっていう
つまらないって言っちゃえば
一言で終わっちゃうんだけど
それはつまらなくなくする方法も
結構あるっていう
ある意味ではだから
コントロールできないことの料理法
コントロールできないことが
目の前にあるとして
例えば自分の今の状況が
コントロールできませんとかってなって
例えばお金がないとか
何かがないとか
ちょっとみんなよりもこうだ
とかってなんかあるとしても
その中での面白さっていうか
だから面白いよね
みたいなことが結構あると思うんですよね
いやありますあります
だからやるべきはそっちのことのほうで
周りをコントロールすることは
めちゃめちゃエネルギーがかかるし
それよりも早く
楽しく幸せになったり
面白く生きるためには
結構コントロールできないことを
どうするかよりも
そこは諦めといて
それ自体をどうやって料理するか
自分がみたいな
自分の方にベクトルを向けてる方が
面白い気がするんですよね
めっちゃそうですね
料理ですね確かに
素材はあって
そのままかじることもできるけど
結構面白くもなるんじゃないのかな
みたいな
これしかないのか
玉ねぎしかないのか
っていうよりも
結構玉ねぎもいろいろできるんじゃないかな
それコントロールできないことも
自分なりに
コントロールを試みてることには
少し繋がりますね
確かにそうか
メガネをかけ替える編集力
でも
めちゃくちゃでっかい課題を
コントロールは
もちろんできないにしても
ちょっとそこの
玉ねぎの一つだけ
つまんでみて
これをどう使おう
みたいなことは
できますし
細かく切り刻んで
そしたら自分にコントロールできるぐらいの
ボリューム感に
編集をしてみて
そしたらコントロールが
でき始める
そうですね
それは多分そう
編集力ですね
かけてるメガネを
かけかえるとかね
何にもないっていうメガネから
結構面白いっていうメガネ
かけかえるとか
そういう自分に関わる
ビビタルことは
変えられる気がするんですよ
そうそうそうそう
ビビタルことですよ
本当些細なことでいいんですけど
でもそれで結構景色が変わるから
そういうことですよね
コントロールできないっていうのは
すごい大きいことというか
自分の範囲を離れてることに関しては
もうコントロールができません
ということを受け入れるというか
うんうんうんうん
かつじゃあ自分の
できる範囲で何かはできないのか
っていう工夫をする
そうそうそうそう
内からの変化と外部への影響
例えば健康な人を餌したい
みたいなのがあったとしたら
じゃあ何やんのっていうのが
すごいバクっとしてますし
なんていうかな
自分を健康にしようみたいなのって
コントロールできないけど
例えば左右からね
始めるとき
ドッドッとかね
そこから始めて
体がちょっと変わってきたな
っていうのを実感したら
気にこうできるなみたいな
そう
なんかほんと細かく切って
切って
確かに具体的なほうがいいよね
小さいところから
うんうんうん
ちっちゃいところからちょっと
アレンジしてみるみたいな
コントロールじゃないにしても
自分がこう
満たされる範囲の
なんか自分で決めてやること
みたいなのが
いろいろできていって
なんか気分はね
そう良くなるような気は
しますよね
うんうんうん
逆になんかこう
その自分の状態を整えてるってことはさ
その外に対し
外部に対するさ
影響もちょっと変わるじゃない
なんか例えば八つ当たりしないとかさ
わかんないけどこう
イライラしてないから
なんかこう
みんなに優しくできるとか
気持ち落ち着いてこう話し合えるとかさ
うんうんうん
っていう風になんかさ
自分の内から変わっていったほうが
外部にもいい影響を与えて
結果変わるかもしれないしね
外が
うんうんまさに
いいアイデアが閃いて
いい仕事ができてとかね
うん
そのビビったることが大事な気がするんですよね
だからちょっとなんか腸内とか
整えちゃったりするんですよね
それでは次回もお楽しみに
56:26

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