00:00
n角形な人たち、これは宮城県石巻市で出会った、「趣味は研究です。」という男女2人組が、日頃疑問に思うことや、興味深く研究していることを、とにかく掘り下げまくってとにかく2人が楽しむ番組である、言語や思考に関心が強い隅田たかしと、生物や自然に関心が強い亀山理子が、それぞれの研究を持ち寄って、人間の数え切れないn角形な多面性、お楽しむことを持とうとしている、
今回は、漬け丼を食べながら、昔の日本人の身体能力と、人間が持つポテンシャルについて語った。
亀山理子さんが話していて、そこから気になったんですけど、
古武術の話をしたのかな。
古武術と南蛮歩きの話かな。
南蛮歩きの話をしたのか。
たぶんそこからですね。
なんて言ってました?
昔の人は南蛮歩きで歩いてて、そっちの方が疲れないっていう話だったかなって。
その辺に興味を持ったのは、大学生の時に合気道をサークルでやってて、
それもなんとなく全然そういうことをやったこと、武道はやったことがなかったんで、合気道のサークルに入ったんですけど、
それが本当の階層、植芝森平っていう人が階層なんですけど、
その流れをそのまま組んでる、本部でやる合気会っていうんですけど、本部でやるサークルだったんですよ。
結構本当にガチだったんですけど、そこで初めて身体性についてめっちゃ興味を持ち始めて、
スポーツっていう意味じゃなくて、武士の人たちとか、江戸時代とかまでの動きって、
明治以降は軍隊的な西洋の動きが入ってきたり、西洋の洋服が入ってくるんで、
動きがどんどん西洋人っぽい動き方をみんなが取り入れていくようになる時代があるんですよ。
その段階で体操とか、いろんな身体の動かし方っていうのは出来上がっていくんだけど、
それまでの日本って着物がスタンダードの服で、着物って帯を丹田って腹のところとか、
結構しっかり巻くじゃないですか。布を染めてるから、ちゃんと巻いて、
下手な動き方すると、今例えば祭りの時に浴衣で行こうってなると、
03:02
裸着て着たりとか、緩んで行っちゃったりするのは、
着物の身体の動かし方が自分に分からないから、ずれていっちゃうっていうか。
だから、昔の人たちは着物に順次た動きが出来ているっていうか、
長年それしか着てないから、全く別の動かし方をしてるんですよ。
丹田を締め付けるっていうことに慣れてて、普段からそういうことを。
だから、日本のことわざで腹落ちするとか、肝に据えるとか言いますね。
お腹で考えるみたいなことがすごい言葉的に多いっていうか、腹を探り合うとかなんかわからないけど。
それはやっぱり意識が帯のある丹田の方におへそより下っていうか。
で、合気道とかも一見パッと見関節技で決めてるようにも見えたり、
小手先の何かで決めてるのかな、技を決めてるのかなって思うんだけれども、
本当にすごい達人レベルの人たちとかと対峙すると、
やっぱりその人の身体の動き方が、
例えば今の人みたいにパンチを繰り出すとかってなったら手の筋肉を使って繰り出してるんだけど、
とかじゃなくて、すごいもっと底の方から、腹の底の方からガッて上がってくる何かで倒されるってことなんですよ。
多分それって今のプロのスポーツ選手とかにもトップの人たちは、
多分無意識にそういう動きにまで到達してるんだと思うんですけど。
なんで、そういう身体の動かし方がそもそも違ったっていうのがめっちゃ面白いなって思ったんですよ。
なるほど。
僕たまに出てるのが、坂口勘っていう人がいて、
役者の人なんですよ一応。
それぞれ武術系に強い人でウェーブを使ってパンチしたりとか、
身体の流れを使ってパンチをすぐポンって出すみたいな。
で、上から出した流れで下から行ったりとかっていうのをやるってめちゃくちゃ早い人なんですけど。
もはや合気道的だね。
そうそうそう。そういうのを見るの好きなんですけど。
筋肉を使おうとして使うことと、身体を使って筋肉を使うって結構別の話なんだなって思いますね。
多分そこなんだと思います。
で、ナンバー歩きとかそういうのも気になり出して、
私は小武術の河野義則先生っていう小武術家の方がいらっしゃって、
その先生は結構本も出してるんで、出すのも読んだりとか。
読みました?
読んだりとかお勧めしたんだね。
06:04
で、その先生が、昔の日本人は靴も履いてなかったわけですよ。
わらじっていうか、挟む。下駄とか。
親指と人差し指で真ん中の紐を挟んで歩いてたから、
それって靴とは全く違う歩き方になるんですよ。
どうなるかっていうと、それを落とさないように歩かなきゃいけないから、
必然的に真ん中に集中して力が入っていて、
かつ落とさないっていうためには、上に引き上げるときに、
靴で歩くときって西洋の人の歩き方を見れば、自分たちも今そうなんだけど、
前に足を出そうとして、出して歩いてるじゃん。
意識。無意識だけど、前に足を出して歩いてるんだけど、
昔の場合は下駄を落とさないように歩くためには、
ちょっと後ろに足を引き上げて、後ろに回しながら前に行くんです。
下から持ち上げつつ前に進みますね。
それがすごい分かりやすいのは、田んぼに田植えとかで入るときって、
泥が田んぼに入ってたじゃないですか。そこに足を突っ込むと、
そこから引き上げるっていうときって、ちょっと引かないと田んぼから足が上がってこないんですよね。
そういう感じの歩き方っていうか、後ろに下がりながら前に行っているっていうのが、
昔の日本の人たちのスタンダードな歩き方なんですよ。
これのいいところは、めっちゃ疲れにくいんです。
疲れにくいんだ。
疲れにくいの。
前に足を出して歩いているときは、筋肉とかすごい使わなきゃいけないんだけど、
後ろに引いて足を回転させて前に出ているときは、若干疲れにくいんですよ。
これがナンバーの歩き方とかナンバーの走りの基本の動きで、
ちょっとこれ専門家じゃないから、私が間違ってたら申し訳ないんで、
皆さん調べてください。
だなって私は認識したんですね。
だから大学生くらいから全ての自分の歩き方をそっちに変えたんですよ。
見た目は普通に歩いているんだけど、意識的にちょっと後ろに引いているっていうか、
前に出そうとして足を出していない。
これだと階段とか坂とかも違うんですよ。
なのでちょっと走るときもしよかったら、ちょっと意識してみて。
そうするとスムーズに行くんだよね、坂も。
何が違うんですかね、それ。
何が違うのかな。前に出ようとするときに動かすところと、
多分引くだけだから、もっと省エネになっている感じがするんですよね。
ほうほうほう。
09:00
やってみないとわからないですよね。
やってみて。
下駄を履いていると思って、そして田んぼから足を引っこ抜くと思って前に出るみたいな。
だから今は前回転というか、自転車と同じこういう回転でみんな意識としては歩いているんだけど、
それを逆回転にしているってことです。
逆回転で前に行っている。
うんうんうん。
これいいぞってなっている。
自分の中ではですよ、一人で。
あともう一個ずっとやっていることがあって、
それも大学生のときに同じくらいの時期に、
なんかショーっていう楽器あるじゃないですか。
画学とかで多分使う楽器なんですけど、
日本の昔からの楽器の中でショーをやっていらっしゃる奏者の方の本を読んで、
よく腹式呼吸がいいって言うじゃないですか、呼吸って。
お腹を膨らませて引っ込ませるみたいな。
あれって西洋の呼吸法なんですよ、腹式呼吸。
インドとかもあるからちょっと分からないけど、
インドのヨガとかでも腹式呼吸って言うけど、
その人は日本の画学の曲とかをやるためにすごく呼吸が大事だから、
腹式呼吸じゃなくて、
全くお腹を膨らませずにすごい深い呼吸をした方が、
より呼吸が深くなるみたいなことが書いてあったんです。
だからすごい横隔膜だけを広げるというか、
お腹も膨らませないというか、
内側だけをすごく膨らませながら呼吸をする、長く深く。
っていうのもこれ面白いぞって思って。
それ以来結構ずっと腹式呼吸をしないというか、
お腹をポコポコさせないというか、
それは多分着物とか着てる人たちはみんなそうだったんですよ。
昔だってお腹膨らまないんでどうやっても。
締め付けてますしね。
だからその内側だけを膨らませてるんですよ。
この辺で?
この辺でグワーっとこう。
で、これで走るとすげー楽です。
やってみて。
走るときもだから普通はなんかこう、
歩く歩行に合わせて息をしたり、
もしくはすごい深呼吸も腹式呼吸をしながら走ったりとかっていう人もいると思うんですけど、
しないで走る。
静かに膨らませながら走る。
それって例えばヨーロッパの文化とかが日本に入ってきてて、
12:01
ちょっとずつ生活したりとか変わったっていうのは分かるんですけど、
なんでその人間の体の使い方というか、
それが遺伝のレベルで変わっていったのかなっていうのは結構不思議というか、
そんなに人間の体の機能とかって変わるのかいっていうのが割と疑問に思う。
遺伝じゃないと思うんですよ。
だから教育つか、見てるものができるものになるじゃないですか。
やってみたら。
靴が日本に来て靴箱になったら靴に即した歩き方しかできなくなっていく。
だから体の動かし方が必然的に変わっちゃっていくっていうか、
洋服を着たらそれはそれで全然違う体の使い方になったと思うんですよ。
だから昔の江戸時代とかだと絵巻物とかでは手を振って走ってる人はいないんですよ。
すごい火災とかが江戸で起きてみんなが逃げ惑ってる様子の絵とかが残ってるんですけど、
誰も手は振ってないんです。
そういう時どうなっちゃうかというと両手を挙げてワーって走ってやるか、
もしくは何もしないで走ってやるか、
ナンバーだから行進する時の手を振るって、
こっちの右手と左足、
左足と右手みたいなこの動かし方がなかったんです。
なかったってのは必要なかったっていうことなんですかね。
それともやったことがなかった。
だから逆にうちらは今はそれがスタンダードだから、
そんな動かし方あるって思っちゃうわけ、古武術の動きを見てると。
昔の人たちはやってたんだけどもう忘れちゃってるから、
私たちは一回もそれを習ったことも見たこともないから、
ないものとしてるからその機能は失われてるっていうか目覚めてないんですよ。
だからでもそれは気づけば意識するとちょっとずつできるようになるみたいな。
前その話を聞いたときに、
昔の人の方が歩く時間というか長く歩けたっていう話、確かしてましたよね。
してました。
それはやっぱり歩き方が疲れない歩行の仕方をしてたからっていうことですか。
それはすごいあると思います。
やっぱり全然違う動かし方だから省エネで疲れにくかったっていうのもあるし、
あとは例えば今だったらないけど昔だと村から村までがめちゃめちゃ遠くて、
でもその遠くの村まで行かないと米が買えないとかっていうこともあったわけですよ。
15:02
そういうときは本当に俵何個かを一人がその遠くから持って帰ってくるとかできたわけです。
今だとそれ想像もつかないしいやいや無理だろうって思うけど、
昔はそれを大人たちがやってて、それを見て子供も育ってるから、
普通に俵は担いでこれぐらい行けるものってみんな思ってたんですよ。
だからそういうイメージできる範囲が違ったんだと思うんですよね。
めっちゃ面白いエピソードは昔の武道家の人たちのお話を
河野義則先生っていう先生が本に書いてらっしゃったんですけど、
例えば山でイノシシを捕まえるっていうときに、
イノシシに乗って、イノシシが走ってきたら飛び乗って、
それから倒すみたいな武術家がいたらしくて、
イノシシに乗る、やばくない?
だけどそれぐらいの身体能力の高い人はいたんですよ、マジで。
そう考えると、今すごい便利だから、
そういう必要がないから私たちはそういう力を使ってないけれども、
それぐらいのポテンシャルは常に秘めてるっていう。
なんかそれ面白くないですか?
自分の知らない身体勢が自分には眠っているぞみたいな。
しかもそれがスポーツとかとは違って、
日常の中で使える身体勢だから、
どっか一箇所を鍛えるとかじゃなくて、
全身のポテンシャルが引き上がるような動かし方があるはずなんですよね。
でもこうやって、昔の人よりも歩いて疲れやすい歩き方をみんなしてるっていうのに、
気づくきっかけってなくないですか?
ないんですよ。
普通なので、それについては。
スタンダードじゃん。
学校教育でもスタンダードだし、むしろその先があるって描けないじゃないですか。
分かんないです、全然。
やっぱすごい小物術とかの研究をしてる人のエピソードを聞くたびに、
いや、まだまだやで。
で、いまだにその動きができてる人たちっていうのが、
たぶん農家さんとか漁師さんとか、
あるいはそういう体力を使う、
身体を使ってずっと長年仕事をしてる人たちは、
たぶん金備えてる感じでしょうね。
野球で、今メジャーのロジャースに所属してる、
18:01
山本っていうピッチャーが出てるんですけど、
その人筋トレしないんですよ。
しない人で。
で、昔の人は、
ほんとこうタワーとか厚いので、
自然に歩いてたし、
だからちゃんと体の使い、どう使うかっていうのが分かれば、
パフォーマンスは出せるっていう。
じゃあもうその人は実践している。
そうそうそうそう。
でもそれで成果が出てるってことですよね。
そう。
いや、それなんかすごいなって思って。
うんうんうん。
なんかたぶんそういう感じだよね。
そうそうそうそう。
だからなんか、
今までのそのやり方よりも効率がいいっていうか。
そうそうそうそう。
たぶんスポーツ業界とかでも、
最終的にもう行き着く人は、
そういうとこまで行き着いてるんでしょうね。
でしょうね。
うんうんうん。
これまでなんか、
いろんなそういう古武術とかの話聞いたりとか、
やってみたりとかして、
ビビッときたものとかありました?
なんか。
ビビッときたもの?
うん。
これがみたいな。
これすげえみたいな。
試した中で?
まあそうですね。
試したりとか聞いた中で。
あ、すんごい、
なんか細かい地味めな技なんですけど、
河野先生が考案した動かし方で、
例えばスーパーとかで買ったすごい荷物とか、
大きい袋とかを持ち運ぶとき、
小指と手のね、
小指と薬指だけで握ると、
すごい楽に運べます。
へえ。
へえ。
なんだよ。
全体でこうやらないで、
なんかここが多分重要なんだよね。
確かにでも、
あの、
全て使っちゃうと、
こっちの筋肉も使うじゃない?
前側。
内側も使っちゃう。
そうそうそうそう。
多分それがいらないんだよね。
外側だけでいけると。
で、
それを使いながら、
さらに、
その、
後ろに回してる意識の動きで、
階段とかを登ると、
めちゃめちゃ楽です。
うーん。
あとめっちゃ重いものとかあるじゃないですか。
なんか、
あの、
段ボール抱えるみたいな。
うん。
なんかそういうときも、
その、
手で持ってると、
すっごい疲れるんですよ。
手が。
わかりますね。
肩とかとか。
で、腰に来ちゃったりとか。
だけど、
これを持ち上げるっていうときにも、
えっと、
背骨とか、
あの、
仙骨とか、
後ろの方に、
引き上げる感じっていうか、
その辺で持ってる感じで持つと、
あー、はいはいはい。
全然違う。
21:01
重さが。
うんうんうんうん。
みたいな。
これは地味だけど、
すごい疲れる。
はいはいはい。
実際、
物理でも、
うん。
まあ、
自分っていう体があって、
で、なんか、
支えると。
そしたら、
重心って、
うん。
まあ、この、
自分と物の隙間に発生するじゃないですか。
うんうんうんうん。
これが離れちゃうと、
結構、
腕側に、
うんうんうんうん。
寄っちゃうんですよ。
寄って、
だから腕で支えるしか、
なくなるんですけど、
なるべくなんか、
体に近いとこで、
持つと、
体幹にまあ、
こう近づくんで。
うんうんうんうん。
体全体で支えるみたいな。
こっちの方がね、
そうそう、それに近いかも。
うんうんうん。
だからなんか、
一体化する?
みたいな。
そう、うんうんうん。
物と自分が、
うん。
一つの物として、
扱いながら動くみたいな、
うんうんうん。
感じかな。
うん。
確かに確かに。
うん。
それは、
結構いいかも。
うんうんうん。
力学だと、
うん。
モーメントっていう、
考えで。
へー。
モーメント?
モーメント。
うん。
回転する力が、
うんうん。
あるっていうか、
回転する力の、
あの、
でかさで、
うんうんうん。
例えば、
ジャンプ台、
その水泳の、
飛び込みのジャンプ台。
そうそうそう、
飛び込み台。
あれって端っこだと、
うん。
めちゃくちゃこう、
なんていうかな、
下にこう、
うんうんうん。
曲がるじゃないですか。
しなるよね。
しなるよね、そうそう。
で、手前だと、
あんまりしならない。
うんうんうん。
で、あれは端っこだと、
すごいその、
えっと、
支えてる場所と離れちゃうんで、
へー。
そのぐらいの距離と比例して、
下に力が、
うんうんうん。
かかるんですよ。
その、
曲げようとする力が、
うんうんうん。
かかるんで、
あえてその、
しなるんですけど、
うんうんうん。
で、近いとそれが、
あのー、
ちょっとしかない。
距離にそう、
比例してるんで、
うんうんうん。
全然かかんないんですよ。
うんうんうん。
で、それが、
例えば、
土木だと、
端とかあの、
あの、
作るようにしても、
例えばじゃあ、
2キロぐらいの端を、
あの、
作ろうとしたら、
うん。
で、
途中で支える、
足。
真ん中のね。
足とか作んないと、
まあ、
真ん中で歪むじゃないですか。
うんうんうん。
そうそう。
それを防ぐっていうので、
あの、
こまめにこう、
はいはいはい。
端を、
張って入れる。
そうそう、
設置してるんですけど、
だから結構曲げる力ってのを、
計算すると、
支えてるとこから離れてるとこでかかるっていうので、
うんうんうん。
そうそう。
なので、
そうそう。
まあ、
っていう、
モーメントのっていうのは、
うん。
そういう考えですね。
そうだね。
それに、
それのことだよ。
それの応用バージョンですよね。
そうそうそうそう。
うんうんうんうん。
重いものが遠くにあると、
すごい、
そう。
手に、
うんうんうん。
その力がかかってるってことですもんね。
そうそうそうそう。
うんうんうん。
その力点をさ、
うん。
24:00
どこに置くかってさ、
うん。
結構意識にかかってるじゃないですか。
そうです。
で、それを、
例えば、
じゃあ、
モーメント、
力を、
少なくしようと思って、
うん。
手前に持ったとして、
うん。
それを、
肩で持ってるって思ってるのか、
それとも、
もっと、
うんうんうん。
奥で持ってるって思ってるのかで、
お腹とかで。
全然違うっていうか、
うんうんうん。
確かに。
なんか、
すごい、
面白いですよね。
面白いです面白いです。
あまりにもその、
なんか、
そういう動きっていうか、
うん。
昔の体の動かし方に、
興味が持ちすぎて、
うんうんうん。
一時期、
うん。
普通に服は着てるんだけど、
うんうんうん。
なんか、
帯みたいなのを、
締めてたときあった。
うんうんうん。
大学生の時。
その意識を、
うんうんうん。
三年に、
あの、
起きたいっていうと、
うんうんうん。
意識を一回そこに持っていきたいから、
うんうんうん。
常にやっぱそれのためには、
うん。
なんか、
巻いてないと、
うん。
それって意識できないんですよね、
最初。
うんうんうん。
その合気道とかの時は、
その帯があるから、
うんうんうん。
意識できるんですけど。
普通に日常生活を営んでるんだけど、
うんうんうん。
あの、
帯みたいの巻いてたときありました。
うんうんうん。
あははははは。
うん。
やばい人ですよね。
締めてるね。
うん。
今日も。
うん。
一人で、
よし、みたいな。
うん。
そうすると、
うんうんうん。
あれなんですよ、
あの、
西洋では、
うん。
すごいひねる動きが、
うん。
多いっていうか、
その、
帯があると、
固定されちゃうんですよね。
うん。
なんていうのかな、
股関節とか、
うん。
関節がこう、
ガシッとさ、
固定されるじゃないですか。
うん。
そうするとひねるってめっちゃ難しいんですよ。
あー。
あんまりひねれないか。
はいはいはい。
洋服だと、
結構ダラダラもできるし、
うん。
なんていうのかな、
すごい、
結構変な格好をしても、
あの、
洋服は大丈夫なんだけど、
うんうん。
その、
帯だと、
ちょっとだらけると、
すぐその、
寄れてっちゃうっていうか、
うんうんうん。
だから、
あの祭りの浴衣とかは、
あの、
すごい寄れてっちゃうんだと思うんですよね。
うんうん。
だから、
逆に言うとすごくこう、
固定されてることによって自由であるっていう、
うんうんうん。
不思議な着物、
着るものなんですよ、
服。
うんうんうん。
固定されてるんだけど、
そのおかげで呼吸がすごい楽だったり、
うんうん。
その、
歩くのが、
意外に遠くまで歩けたり、
なんか、
その、
筒みたいになってるっていうか、
うんうんうん。
体が。
もっと、
洋服はもうちょっとこう、
柔軟っていうか、
うんうんうん。
どういう動きもいくんだけど、
うんうんうん。
いかないっていうことによって、
なぜかすごく自由になるっていう、
ああー。
視線も良くなるし、
うんうんうん。
それも面白いのは、
なんか日本はやっぱ、
型を大事にするじゃないですか、
なんでもブルーとかでも、
うん。
お茶とか、
うん。
でもその、
だからその型ってめんどくさいんだけど、
その型をちゃんとできるようになっておくと、
うん。
なぜかそっから先すごい自由になるみたいな。
確かになー。
なんかそういう、
だから文化と、
うんうんうんうん。
日本のその、
27:01
文化とその生活様式と、
すべてがやっぱ、
同じようにできあがってたのかなみたいな、
うんうんうん。
その辺までは。
面白いのが、
洋服っていう言葉って、
うんうんうん。
僕らかなり自然に使ってて、
うんうんうん。
服のことを洋服ってもう、
確かに。
思ってるんですよ。
うんうんうん。
そう。
なんか、
普通に言うね。
そう。
洋服とまた別にその着物とかっていう風に、
和服とかね。
服と違う、
うん。
何かというか、
っていう感じなんですけど、
そもそも確かに、
そっか。
西洋の考えで作られてる服、
うんうんうん。
っていうことだし、
なんか多分、
和服とまあ別物だとしたとしたら、
服に求めてるものが違うっていうか、
うんうんうん。
昔は求めていたというか、
和服はなんかその話で言うと、
なんか機能というか、
体の機能を、
うんうんうん。
ちゃんと発揮をさせるみたいなとこだったりとか、
で、
なぜその違いが呼ばれてるのかっていうのも、
結構不思議ですね。
うんうんうん。
同じ、
そうだね。
人なのに。
どうしてなのね。
何、どこからそうなったみたいなね。
そうそうそうそう。
文化のはね、
こう、
誰たちが、
そもそも違うんで、
多分違う思考、
考え方で、
なんかできてきたと思うんですが、
あまりにも違うの?
あまりに違うんで、
そう。
アジアの方がこう、
一枚布のところとか多いですよね。
多いですね。
もともと。
うん。
なんででしょうね。
そうね。
なんかボタンを付けるのか付けないのかとかね。
うんうんうん。
それは面白いですね。
面白いですね。
でも骨幹だったとかあんのかな。
あー、あんのかな。
なんか暑いところであればあるほど、
布一枚で良くないみたいなね。
うんうんうん。
ありそう。
寒いとやっぱり、
どうにかしてその空気が入ってくるのを防ぎたい、
とかってなるかもしれないですよね。
うんうんうん。
あとやっぱ何を食べてたかとか。
うんうんうん。
どういうものを材料として使ってたかとか。
うん。
例えば木を使うのか石を使うのかとか。
あー。
牛を飼っているのか。
うん。
魚をとっているのか。
うんうんうん。
めちゃめちゃ面白いですね。
面白いです。
ヨーロッパだと、
まあ僕の勝手なイメージで。
うんうん。
鎧とかを着てるし。
うん。
あとその剣でこう戦ってるみたいなイメージがあるんですけど。
30:03
イメージですね。
うんうんうん。
鎧を、
まあ鎧を着なきゃいけない時に。
で多分なんかスピーディーに
切れたりだとシューってやらないといけなかったり。
フェンシングとかね。
そうそうそう。
そういう感じだよね。
剣の使い方も。
だからお腹を閉めてると不都合だったりとかするのかなと思ったり。
武器の問題ね。
そう。
あと結構貴族というか王室の文化が強いなっていう気がしてて。
うんうんうん。
結構ひらびやかになんかそのしてるなっていうイメージですけど。
うん。
あって。
そうなると結構1枚で、1枚の布でただこう締めるっていうだけだと不十分で。
うん。
なんかいろいろこうなんか羽織ったりとかベルト締めたりとか。
あのまあこうカールとか。
それでお剣を示すみたいな。
あるのかなとか。
なるほど。
分解してる。
面白い。
予想ですよこれ。
あ、それで言うとやっぱ日本は日本刀だから。
うんうんうん。
日本刀はちょっと剣とはまた全然扱いが違うのでね。
うんうんうん。
で抜刀っていうなんか技っていうか抜刀っていう技術があるんですよね。
うんうんうん。
それも1回なんか合気道の先生に見せていただいたことがあるんですけど。
西洋とかだと剣は引き抜いて出すじゃないですか。
うんうんうん。
抜刀は体を引くんですよ。
体を引く?
えっと。
こっちですね。
うん。
こう刀持ってるじゃない。
うんうんうん。
ほんでこうか。
持っててこっちの体をすごい引くと出てくるんですよ刀。
あー。
だから鞘を後ろに下げてくるんですよ。
だから手を前に出して刀を出すんじゃなくて。
うんうんうん。
引くんですよ。
そうすると刀が出るみたいな。
はいはいはいはい。
だから前にも体をひねらないし後ろにその体をただこう転換させるっていうか。
うんうんうん。
足を引いて体を後ろに全体に転換させると刀が出てきてるっていうのがバッと。
あーはいはいはい。
なんか全然違くて面白い。
面白いですね。
他かな。
あ、あとその武道でいうと日本もさ鎧を着てるじゃないですか一応。
うんうんうん。
全然別だけど。
ガッチリ西洋みたいに全部を固めるわけじゃなくて一応急所とかがあるから。
うんうんうん。
で剣道はその刀を持ってる同士の侍が戦うときの戦い方が道として武道って剣道になってるんだけど。
うん。
柔道は刀も鎧もない状態になった時。
あーうんうんうん。
だからもう柔らかい着物の布しかないっていう時だと柔道の技が効くんですよ。
あーうんうんうん。
こう持つじゃない相手の襟ぐりとか。
うんうんうん。
で合気道はどうかっていうと鎧は着てるんだけど刀はないっていう時の武道らしいです一応。
33:08
はいはいはい。
だからその手とか刀とかで向こう相手が切ってきた時に自分は刀とか持ってないってなった時にどうするのか。
だからその相手の襟元はつかめない。
うんうんうん。
鎧だから。
うん。
ってなった時にその手首とかで落として返して倒すみたいな。
あー。
合気道らしいです。
いなして、いなして急所を突く。
うん。突くかもしくはなんか関節を決めて止めるとか。
あー。
相手の刀を取り上げるとかっていうことの技であるんで。
それこそあのさっき言ったサガルスさんっていう人この役者の人のなんかアクションで拳銃出された時に拳銃をなんか手でこうなんていうかここに来た時にサッとやって。
あー取る取り上げる。
そうそうそう取り上げるんですけどやばって。
多分そういうことですね。相手の武器も取り上げれる技っていうか。
そうそうそうそう。
これもなんかウェーブを使って体をかわしながら取るみたいなことをやってて。
多分だけど合気道とかでもやるんですけどそういう人たちの技って読むことが不可能なんですよ。
うんうんうん。
なんか普通のパンチとかは殴るっていう動作がもう始まってるのが相手が感知しちゃうんですよ。
だからその瞬間にもう何かの構えをしちゃうんですけど敵が。
だけどそれを一切感じさせないまま来るから急に目の前に手が来たとかなんか感知できてない状態で来るからすごいびっくりするっていうか。
だからそういう拳銃も多分取れるんだと思うんですけど。
それが多分その一流になればなるほどそういう技になってくるっていうか。
その動き自分の中にある相手に対してこういう風に行くぞっていうのをどこにも見せないで相手も普段だったら無意識かでも体で感知できてるはずの動きが来ないから来ないと思ってるのに来てるからすごいびっくりする。
そうですねそうですよね。
面白いですよね。
そう面白いです。
そうなるとなんか自分の体を分かっておくっていうのが大事なのはもちろんで。
どういう筋肉がついてて、例えば股関節は何をすれば動くのかみたいなことをそれを分かって。
自分の体がなぜこういう動作をしてるのかとかその辺を意識的に考えてないとそこまでたどり着けないんですよね。
36:01
確かにそうですね。
もはや筋肉の話でもないかもしれないみたいな意識がどうなのかみたいな。
なんか高野先生とかの流派の先生でもう亡くなられた方なんですけど森先生っていうお弟子さんがいらっしゃってその方の教室に行ったことがあるんですよ仙台で。
その時もその先生の合気道はもうなんか笑っちゃうぐらい笑いながら畳にもう倒れちゃうぐらいの技だったんですよ。
なんていうか気持ちいいんですよ。
なんかもう本当に自分の力がどこにもうまく入れられないというかどう抵抗もできないからもう笑えてきたまま畳に転がっちゃうんですよ。
気づいたら転がってた。
なんかもうえー超面白いみたいな感じでなんで私倒れていってんだろうみたいな感じで倒れていくの。
でその先生が言ってたのはまずなんか背中を割るっていう意識を持つみたいな。
背中を割る。
背中を割る。
背中を割る。
なんか背骨があるよね。
でその普通はその背中を一面として私たちは使ってるんですよ。
意識してないけど。
背中っていう一個で。
これをこう左と右で背骨のそのところで左と右に背中がね2個に分かれてるとしてこれをこうちょっと微妙に別に全体をこう体を動かして割ってるわけじゃないんだけど
割れてるっていう意識を持つだけでその他の人に対して動き出した時になんか感知できない得体の知れない感じで近づいてくる感じになっちゃうんですよ。
それがその技として繰り出されると笑いながら倒れちゃうみたいなことになるんですけど。
割ってる割れてるって思いながら動くみたいなだけで思うだけですよ。
だけど思うだけでもその背中に微妙な多分その動きの違いが多分出るんですよね。
それでなんか違う体の動かし方によって技がかかりやすくなったりするっていうか。
それってすごい微妙なことだからすごいそのなんか訓練が難しいっていうか。
割ってる割ってるってすごい思わなきゃないし。
意識が変わると神経が違う働きをしてくれて筋肉にそれが伝わってちょっといつもと違う動作ができる。
ちょっと違うんだけどかなり違うみたいな。
僕なんかその昔背骨医に通ってたんですけどずっと。
呼吸してたしね。
そう背骨なんですごい聞きたがるんですよ。
いろいろとその手術をしながらも筋肉ってそもそもどうやって動こうとしてるのかとか聞いてたんですよ。
39:07
めっちゃめっちゃ聞いてて。
その時間結構好きだったんですけど答えてくださって。
それを言ってたのが神経が動けっていうのを指令してる。
そっから始まってるっていう風に言ってて。
それがちゃんと伝わるとそこの筋肉が動く。
そう動いてくれる。
それを繰り返し繰り返しやっていくと身につくというか。
無意識化でもできるようになってくる。
覚えさせるっていうか。
そうなんでやっぱり最初はこういう風に体を使いたいっていうのを思わないといけないっていう風に言ってたんですよ。
結構だからこういう風に使えるんだっていうのをまず知るところから始めないといけない。
そうだよね。
そのインプットが必要ってことだもんね。
インプットそうです。
たぶんそれが面白いんですよね。
たぶん自分も使えないと思ってたものが意外に使えるんじゃんってなったらやってみたいじゃないですか。
結果たぶん大学生の時から例えばナンバ的な足の運びが気になってずっとやってるから
結果もう無意識化でずっとそうなんですよ私は。
だからたぶん一振りは疲れにくいんだと思う。立ち仕事とかそういうのも。
今だと和太鼓をやってるので和太鼓も結果的に昔の体の動かし方じゃないですか。
ずっと太鼓からの太鼓を叩くっていうシンプルな動きだけど。
だからそれも最終的には筋肉とかじゃないんですよ。
もちろん筋肉も必要なんですけど。
でも別に筋トレもしないし。
筋トレでついた筋肉は太鼓では使えないよって言われるんですよ。
だからほんと太鼓を叩くしかないみたいな。
それも太鼓って前に出して叩いてるように見えるんだけど最終的に上げる力の方が重要なんですよ。
上げる力。
なるほど。
弾いて弾いた時のここのしなりっていうか。
弾き上げて弾き上げ切った時に降りてくるじゃないですか。
その時のここの瞬発力で一番いい音がパンって出るっていう。
それが最高のマックスのところで落とせると一番通る音が出る。
力じゃないですよ。
力だとこう振ろうとしちゃうんじゃないですか。
そうなんですよ。
振ってないっていうか。
この辺のここからしなってて。
スピードがピッて。
その引くっていうのも手を引いてるんじゃなくて腰っていうか下の方から行くんですよ。
42:03
なるほど。
腰の奥の方っていうか。
背中とか全体で引き上がってくるこの動きの中にただ腕があるっていう。
そこにただ腕が順次て動いてるだけっていうか。
そういうの面白いですね。
面白いですね。
と考えると腕って人間の体をイラストで描くじゃないですか。
必ず腕って離れて描くじゃないですか。
離すじゃないですか。
気をつけももちろんありますけど。
基本的に体描いたら結構離すじゃないですか。
でも体感というか軸というか軸すごい大事じゃないですか。
そうなると腕ってその軸の動きとちょっと反してるというかちょっと別なものというか。
なるほど。
なのかなとちょっと思って。
もう一回言ってください。
あと結論付属品。
付属品ね。
付属品かなと思いました今。
体の付属品でここだけだと足りないことを腕とか手でやってるというか。
最終的な表現の最後の先この方というか。
そうかもしれないですね。
手で何かやるっていうのはすごい力が入ったって疲れやすいよね多分。
野球もねそれ結構プロだとバッターだとなんかもう振ってないって言ってて。
バッともう回転したら出てきたみたいな。
はいはいはいはいはい。
わかりました。
すげーってなってたんですけど。
回転させて。
だからこの中が体の中がどれぐらい回転できてるかってことですよね。
そうそうそうそう。
ここのエネルギー値がどれぐらいかによって決まるってこと。
そう。
腕使って当てに行ったら飛ばないんですけど。
回転させたらバッと出す。
バッとはここで当たればもう飛ぶってこと?
めちゃくちゃスピードが速いんで。
それで回転をかけて飛ばすって言ってて。
振り切ったりしなくてもこの辺で行くってこと?
飛ぶから。
そうですね。それですね。
だから本当腕は部属品かなとか思いました。
確かに。そうですね。
腕で何かしようっていうのはまだ小手先ってこと?
声が本当の。
本当はそうですね。
面白い。
部属品になっちゃった。
でも最終的に握ったりとか持ったりの最終的なところになってるから重要なんですけどね。
45:05
意識を置くべきところが手じゃないっていうだけです。
違うんですね。
それがさらに意識をもっと腹の方に寄せるとよりすごい力が出てくるっていう感じかな。
と考えるとですよ。
僕らの祖先はそれをちゃんとやれてたというか
猿とかその辺の動物は腕に頼らずに暮らせてるというか
そういう仮説も立てられますよね。
なるほど。
例えばテナガザルって手で木を持つじゃないですか。
でも体を別のとこまで飛ばして違う木を走ってるじゃないですか。
それ多分腕は固定する場所だけじゃなくて体をグワンって持ってるじゃないですか。
わかりやすい。
テナガザルわかりやすい。
そうだね。紐みたいな。
そうそう。
紐と金具みたいな。
そうかも。
そうかもしれないですね。
その動いていくための原動力は多分体幹の方にあるというか体の方にあるからね。
ゴリラも歩くときに手支えるじゃないですか。
猿もそうか。猿もですけど。
となると
杖みたいな。
杖なのか。
腕の役割が多分それぞれのプロセスによってちょっと違うんですかね。
そうだね。
役割をちゃんと持たせてると。
役割とか補助的な役割でどうやって補助させるのかをちゃんと考えてやってるというか。
確かに。
ちょっと人間はさ、一回怠けたじゃない。
すごい便利になって。
野生動物たちは常にそれで生きていかなきゃいけないから常日頃多分体幹を大事に生きてると思うんですけど。
人間はさ、それなしでもダラダラしてポチってやればなんかご飯届いて食べれるとかってなっちゃったから。
となるとさ、そっから体を鍛えるってなったときにちょっとじゃあ腕とか鍛えちゃうかみたいな。
そこじゃないのにみたいな。
腕鍛えちゃったみたいな。
っていうことがちょっとさ、体幹を忘れたがゆえに何から鍛えるかの順序を間違えちゃったみたいなのがあるかもしれないですよね。
48:03
じゃあ走るってなったら足鍛えるかみたいな。
いや足じゃないんだけど。
なんかさ、部分部分鍛えるっていうのってちょっとなんか不自然っていうか。
それ、まあスポーツでは使えるかもしれない。
その一点に対して何かをその一点に対してはすごい強い力になるのかもしれないけれども。
例えばなんかじゃあこのポチって何かをパソコンポチってやればなんか届くみたいな。
この生活がダメになったときの緊急事態でサバイブする力にはならないかもしれないんですよね。
それはやっぱその前の時代の人たちが使ってた動きをしたりその野生動物がしてる動きをできてないとたぶんサバイブできないんじゃないかなと思うんで。
たとえばイノシシが目の前から走ってたとしたらパンチを繰り出すよりもまずかわすっていう。
かわしてしかもさあ飛び乗れれば最高ですけどね。
そのためにはやっぱそれなりの野生動物と同じレベルの体感を持ってないとちょっと厳しいですよね。
なんか昔の人のエピソードでめっちゃおもしろいのが外国から来た人が日本人の走りに驚いたみたいな話で、
一回荷物を持ってもらって伴走するみたいな。
日本人の荷物持ってる人は走る。
で、一緒に外国の馬に乗って走る。
走って行ってさらに休憩してる間に休憩とか時間の無駄だから先行ってるよってその人が走って行っちゃうみたいな。
それぐらいだから長距離を猛ダッシュがずっとできるっていう日本人にびっくりしたみたいな話があって。
それぐらいのポテンシャルを持ってたわけですよね。
だからそこぐらいまで頑張って意識していけばもしかしたら戻れる可能性があるかもしれない。
これは別に日本人に限ったことじゃなくて、
昔の先住民族の人たちとか、あとは例えばどこでもですけど、今でも山岳民族とか、
そういう人たちはやっぱり自然の中でのサバイブ能力が高いから必然的にその身体能力もすごい高いと思うんですよね。
いつまでも走れるとか、どこまでも重いものを持っていけるとか、
それってすごい重要ですよね。
重要ですね。
平常時は別にそうじゃなくても私たちは生きていけるけど、
これ緊急事態になるときにそこの進化が止まるんですよ。
本当に本当に。
腕だけ鍛えたんだ、みたいな。
使わないです。
残念だったね、みたいな。
51:00
前に話したらちょっとわからないですけど、
その人混み好きなんですよね。
こう、かわすのが好きなんですよ。
かわしたり、そこまでたどり着きたいってなった時に、
今人がこう来てるから、この隙間をスーッと行けばたどり着くぞ、みたいなのが好きなんですよね。
だから結構自分の中でゆらゆらして。
避ける技術。
なんかその時にさ、私はそれを東京に学生時代、東京に住んでたから同じようなことをやってた時があるんですけど、
半身で行くといいよ、半身。
切りかわすみたいなのが。
こうだよね。
これを使い続けるみたいな。
武士と同じように。
半身になるといきなり自分の面積がすごい少なくなるじゃない。
すごいかわしやすいっていうか。
周りから気づかれたらすごい変な人だけど。
足りんなんで。
面白いよね。
股関節も使ってね。
そうそうそうそう。
どっちもね、引いてね。
気配消してね。
動物とかが襲ってきたとしたら気配を消すっていう工夫も必要ですよね。
戦おうとしちゃうから負けちゃうけど、スッと消えるっていう。
動物とか虫とかもですけど、
察知能力が尋常じゃないから、すごいいい訓練になるっていうか。
最近だとヤギ飼ってるんで、
ヤギ小屋にアブが来るんですよ。
アブって何回かに一回ずっとブーンってなってるわけじゃなくて、
止まるんですよ、小屋の壁とかに。
そうなった時にホウキとかを持ってて、
どれくらいまで気配を消せば、
そのホウキがゆっくり来てもこいつ気づかないのかなと思って、
実験してるんですけど、
すごいゆっくりで、しかもずっと気配を消し続ければかなり近づける。
そこから一気に察知能力を持ってバンってやると、
こそぐれるみたいな。
残虐ですけど。
かなり消し続ければ意外に気づかない。
あとすごくゆっくり動くっていうのは大事で、
虫が見えてても素早い動きはすごい見えるらしいんですけど、
ものすごい自分よりも大きなものが、
ものすごいゆっくり近づいてきてるのは気づかないんですよ。
だからめちゃめちゃゆっくり静かに何の殺気も出さずに、
自然物の一つとなってホウキを近づけていって、
最後の一瞬だけバンってやると倒せる。
54:04
ヤギとかも小屋に戻さなきゃないときに外に放してて、
首輪を掴むと戻せるというか、
小屋に帰る方向に誘導できるんだけど、
その首輪を触られるの嫌うんですよ。
戻りたくないから。
そう、めっちゃ難しいんですけど、
そういうときもすごい近くに立って、
全然知らないふりしながら、
すごい撫でたりとかして、
全然そういうのはしませんみたいな感じで、
殺気を消し続けていって、
最後か。
そういうときの自分の気の消し方みたいなのを
結構考えるのが面白いというか、
息とかもすごい静かに、
呼吸もめっちゃ静かにして、
そういうのも面白いんですし、
例えばですけど、
ハエとかだと結構視野が広いじゃないですか。
で、人間が素早くこうやって叩こうとすると、
コマ送りで抜いてたとしたら、
この一コマ二コマで叩くのが
ここからここに移動したからスッと行かなきゃってなってて、
ゆっくりだとしたらコマ送りだとずっと
気づいたらここまで来たみたいな。
すごい分かりづらい感じで近づいていく。
ゆっくり行ってたら同じだと思ってたけど、
実はここまで来てたみたいなのに近いのかなと思って。
そうかもしれないですね。
ハエに聞いてみたいけど。
あとさ、風圧とかもあるの多分。
私たちは感じてないけど、
すごい風圧がさ、
それはゆっくりすぎると
全く無風のまま近づいてくるから
分かんないんじゃないのかな。
何の話だっけ。
そういう点なんかもう分かんないですね。
これ面白いよね。
そういう感じで多分ブドウとかも
それが対虫なのか対人なのかっていう話だと思うから、
気づいたらもう倒されてるみたいな。
合気道とかを逆に言うと
コマ送りで似てたとしても
もうその一コマ二コマで
ここに来てたみたいな。
そうそうそうそう。
反応が遅れるっていうか
自分の反応が遅れすぎ。
あと合気道って
例えば手首を掴んで
最後手首とかを返して投げたりするんだけど
そういう瞬間手首掴まれて投げ
手首を掴むのか
相手側が掴むんで
倒す側は掴まれてるっていう状態なんだけど
57:03
そのまま投げられるっていう時に
どうなるかっていうと
すごい人に投げられると
その人の骨格っていうか体と
自分の骨とかが連動してる感じがするんですよ。
分かります?
分かんないです。
その人が手首のところを返してくる動きが
自分の骨とかに連動して
自分の体の肩とかが上がってっちゃうっていうか
わーって背骨とかまで
連動してる感がすごいんですよ。
だからなんか
自分も使われてるっていうか
自分もなんか
刀の一部になっちゃってるみたいな
投げられるっていう
道具の一部っていう
さっきの話でいうと腕が
例えば付属品だとすると
その人の付属品の一部になってる
自分が
みたいな感じで投げられちゃう
だから対処できないというか
自分の体なのに
鞭だと
鞭しならせるじゃないですか
しなっていく先っちょの一部
そうそうそうそう
一緒にしなっちゃったみたいな
あれ私無知だったっけみたいな
そうそうそう
そういう感じです
それが多分本当の合気道の
気が合うっていうのはそういうことなんだ
なんか目に見えない力を使ってるとか
そういうことじゃなくて
技術的にマジで
一つになっちゃってるというか
任すんじゃなくて
取り込んでいくというか
そうですね
自分にその人を取り込んで
勝つというか
連動率を上げてるというか
そうするともう私は自分の体なのに
相手の物みたいになっちゃってるというか
武器みたいになってるというか
っていう感じがしますね
すげーな面白いな
面白いですよね
体の動かし方を知り尽くすと
そうなっちゃうみたいな
ちなみに打球だと
一流の人ってツイストっていうのを
してるんですけど
バッターでバッと出すじゃないですか
振るときに腰を逆にひねるんですよこうやって
すごいちょっとナンバーっぽい
逆にひねるんですけど
逆にひねるとここのスピードが
上がるのか
上がるっていう
抜刀みたいじゃん
しかも超一流の人だと
こうバッと振るじゃないですか
腰ひねるじゃないですか
で軸足が離れるんですよこっちが
すぐ瞬間に離れるんですよこうやって
だから全て左足に乗っかってるんですよ
1:00:02
でもこの回転だけでずっと
すごい
すごいね本当に本当に
使い方がもう全然逆のようでいて
逆だけど
もう逆に力の一点の集中具合が
変わるのかな
だからバットを出すには
逆にひねったほうが
バットが出てきやすいっていうのは
その人たちは分かってるやつなんですよ
ちょっとナンバーみたい
足を引いた棒がすごい前に足が出るみたいな
そんな感じです本当
それって面白いですね
そう面白いです
それって力学的にどういうことになってるのかな
きっとある物理学で証明できるんでしょうけど
それでもできる人は本当に少ないんですよ
だから難しいんだなってやっぱり
面白いね
多分でもなんか昔の時代だと
そういうのが日常的に本当にできる人が
かなり普通にいたかもね
いたかもしれないですね
その中のさらにすごい人たちが
屋根まで飛び上がれるとか
イノシシに乗れちゃうとか
そういうレベルなんだろうけど
日常的に結構その域に行く人が
いたんじゃないでしょうか
そうかもしれないですね
だって普通にみんな色々担いで
売り歩いたりとか
動き続けないといけない生活様式だった時だったら
うん
そうだあの
僕の地元で伝説というか
昔の人の暮らしというか
おたたさんっていう人がいて
女性で物を運ぶっていうのがあって
頭にたらいを
分けるんですけど
乗っけて運ぶっていう人がいて
僕の町って松山市の下なんですけど
もともとその町に城を作ってて
松山に移転したんですよ
城でその時に石垣とかを
運んだんだ
運んでたんですよこれで
おたたさんに
ここで体で刺されるっていうのは
そういうことだなと思って
たぶんそれは伝説っていうか本当だよね
本当だと思いますそれは
昔の写真集っていうか
たらいを頭に乗っけて
この上に3人くらい子供乗せてるお母さんとかいるじゃないですか
みんなたぶんその動きができてたっていうか
たぶんそうだよね
頭だけでやろうとなったら
たぶん首とか壊すと思うんだけど
じゃなくて全身のあれでいってるから
たぶん重みはあんまり感じてないっていうか
1:03:00
ここの力をたぶん床に伸ばしてるっていうか
じゃないとだって石垣の人が絶対いない
まずどうやって持ち上げるんだよ
とんでもねえよ
でもできたんだよねたぶん
たぶんそうだと思います
なりたいよね
何のためにかわからないけど
なりたいわ
そういうの考えると面白いんだよな
全然自分が見てる世界って
本当全然見えてないんだなって
これで全部って思って生活してても
その外があるわけじゃないですか
それが面白いですよね
野球とかサッカーとかバスケとか
テニスとか球技系は一通りできるんですよ
でもボード系ができなくて
スノボーとかスケボーとかできないんですよ
その体の使い方はわかってないんですよ
乗ってバランスをとるというか
全然使えてない筋肉とか意識とかが
あるんだろうなと思って
スケボーの人たちとかさ
ボード足にくっついてるもんね
なんであれ一緒にくっついて
連動してんのって思うけど
体って結構ポテンシャルがありすぎて
面白いですよね
これは私がずっと思ってることなんですけど
アニメとかの
アニメの中での身体表現って
年々できなくなってるって感じがするんですよ
どういうことかっていうと
例えばジブリだけで言っても
初期の頃の絵っていうか
アニメーションのキャラクターたちの
体の動きって
今はもう再現できないんですよ多分
それは多分アニメーターが
体を使わなくなってるからなんじゃないかって
私は思ってるんですけど
例えば昔の
何でもいいんだけど
昔のアニメとか見ると
なんかすごい腕まくりとかして
なんか何でもしちゃうみたいな
例えば雑巾とかギュッと絞って
パンパンとかって干せたりとか
そういう動きとかが
結構ちゃんと体の躍動感を持って
動かせてるんです
それは多分その人たちが
描いてる人たちが
それをやったことがある世代だったから
1:06:03
今のアニメってどうなってるかっていうと
そういう動きのある
そういうストーリーの中では
例えば戦いを見行くとか
ジャンプするとか走るとかあるんだけど
若干その走りとかが
何ていうのがお粗末っていうか
多分その体の体感的な動きが
できなくなってるから
そういう動きじゃないんですよ
っていう見方をいつもアニメでしちゃう
全然違うから
別にアニメじゃなくても
普通の映画でもそうだと思うんだけど
昔の映画の人たちの動きって
ちょっと尋常じゃないっていうか
体の動かし方ができた時代の人の動きと
今の人たちだいたい棒立ちだからアニメでも
セリフ言うときとかも
でもそういう人があんまりいないんだよね
昔のアニメだと
もうちょっと背角も良かったり
腕っぷしが良かったり
動けそうな感じのキャラが多いんですよ
今結構細身で
ほんと絶対この人
ポンって押したら倒れそうみたいな
キャラセットが多いっていうか
ほんと強そうなのって多分描けない
動いてないから
っていう目で見るとちょっと面白い
だからすごい昔の
ジブリで言ったら多分
ラピュタとか
ラピュタとか
トトロとか描いてた時代ぐらいの
やっぱり宮崎駿が
ほんとに躍動感を持って描いてるから
動きがすごい良いんですよ
AIとかも確かに
動画作らせると
なんていうかな
のっぴりしてんす
腕なんか肘から指先まで
ちょっとなんとなくやつけど
AIってさごめん
AIのさあれが分かんないんだけどさ
動画そういうの作れるんですか
動くのも
動画作ります
面白い
確かにでもすごいのっぴりしてますね
体を
人間の自然な動きと
確かにちょっと離れてるなっていう
感じがしますし
それで言うと
昔の人の体を使い方とかを
まだ学習しないっていう
多分学習できないんじゃないかな
学習するソースがないんじゃないの
知ってる人が多分いないんで
開発してる人に
でもそこできたらすごいね
できたらすごい
それできたらマジすごい
そうなんですよ
だからすごいこれはかなり
ニッチなんだけどめっちゃ面白い
面白いですよね
1:09:00
結構そういう目線で昔の映画とか見ると
めちゃめちゃ面白いっていうか
今だったら多分考えられないような
動きをしてるアニメーションとか
でもその当時の人にとっては
それは結構普通っていうか
でもなんかもったいないなと
思うのが
映像ってまだ
新しいというか
歴史が
1900年代ぐらいの
その手前
それより昔の人の
動作とか
そうなんだよね
記録できなかったやつ
見てみたかった
そうなんですよ
それがないから結構そこで
抜け落ちた感がすごいのかもね
記録がないんですよね
しかも昔の人は
それがもう普通だと思ってたんで
多分紙ですら記録もあんまりしてない
もう無意識化で
そうだからね
そうなんですよね
本当に現存する
そういう体の動きができる人って
武術家か
農家さんか
漁師さんか
あと土木とかの
飛び植の人たちとか
多分できると思うんですけど
そういう動いてる人から
学ぶしかないというか
もう漁師さんたちも
信じられないぐらいの重さの
金属の網とかも
平気で70,80の人たちが
海にぶん投げますからね
それどうやって投げるの
その動きって多分
普通の力を使ったら壊れるんですよ
腰とか
使ってないんですよ
ただ引いて
重みを多分重心から船に逃して
投げる時も
多分さっきの野球の
ちょっと内側でひねるのと
同じような感じでひねって
手は添えてるだけっていう
これで投げたら多分
腕で投げたら腕壊れるんで
そういう人から学ぶ
その方が
生きてる上での
ポテンシャルが高くなるから
なんかパフォーマンス上がるじゃないですか
日常でも多分
あと発想とかも
多分ちょっと違くなるだろうし
なんか面白いなと思ったのが
河野先生って
武術家だけど
昔のことは研究はしてるんですけど
でもなんか
同じ動作を繰り返せば
上達するっていうものではないって
言い切ってるんですよ
よく言うじゃないですか
部活とかでも
これ何本ノックすれば
すごい飛ぶようになるとか
じゃないって言い切ってて
そういうことじゃなくて
ひらめきとか
その時なんか
1:12:01
何かを変えるとか
何かしらを変えていくこととかの方が
もう速攻性があるっていうか
それで格段に技術とか技が
磨かれていくっていうか
繰り返しではない
もちろん繰り返しの
何か意味もあるんだろうけども
それだけで伸びていくってわけじゃないから
努力すればいいってことでもない
ラスポコンではない
めっちゃ大事ですよね意識が
そう大事ですね
まずはでも
疲れやすい
歩き方をしてるっていうところに
気づくっていうことですよ
これに気づかないことに
多分何も始まらないんですよ
そうですね
それに気づくのがめっちゃ大事
基本的にもうそれが染み付いちゃってるから
ちっちゃい時から
今度から足を逆回転させる
最初ちょっともどかしい感じになると思うけど
例えば旅行先で
そういう武術家みたいな人も
行ってもらってひたすら歩きまくって
方や一般的な人と一緒に旅して
どれくらい違うかね
どっちが先に疲れるかみたいな
絶対面白いね
それ見たいね
早くない?みたいな
まだまだいける
そうそう
多分すごい差があるんじゃないかな
気はしますね
京都とか良さそうですね
いいですね
歩くし結構
確かに気吹がすごい
歩きがやる
全然描けないけど
京都とか神社とか寺とかの段差
あれ着物仕様だよね階段
なるほど
薄いじゃないですか
すごい歩きづらいじゃないですか
2、3歩行かないと下りれなかった
でも着物の人たちは
あの低さの階段じゃないと
足がこんなには上がんないじゃない
段差すごい階段だと
だからスースースーって行くためには
多分あのちょっとずつの場が良かったんでしょうね
そうかもしれない
とか思ったりしました
それくらいやっぱ違いますよね
昔の物一つ一つの様式
1:15:22
それでは次回もお楽しみに