お盆の時期に改めて感じる家族の存在や、大切な人への感謝。日頃から想いを伝え、命のつながりを感じることの大切さについてお話しします。
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三上:はい、皆さんこんにちは。こころメンテナンス。本日もアシスタント三上恵と氣功ヒーラーの
吉村:吉村竜児です。
三上:はい、吉村さん、本日もよろしくお願いします。
吉村:よろしくお願いします。
三上:はい。さあ、県外はお盆の季節、シーズンということで、今日はテーマもそれに沿ったお話進めていきたいと思います。はい。今日のテーマは、
吉村:県外っていうのはあれですね、沖縄県外っていうことですね?
三上:そうですね!そうだった!そうなんです。
私、収録しているのが沖縄なので、そうですね、県外って言うとまたおかしくなっちゃいますね。
沖縄以外、はい、沖縄はまたちょっと違います。旧暦で動きますので、失礼いたしました。
吉村:なるほどですね。
三上:はい、ということで、ええ、お盆のシーズンということで、お盆だからこそ考えたい。
「家族との時間、命のつながり」
吉村:なるほど。
三上:改めて、祖先だったりとか、生まれた意味だったりとか、
吉村:うんうん。
三上:感じるというか、考えるね、親戚の方と会ったりとか、そういう時期なのかなっていうふうに思うんですが。
吉村:はい。
三上:吉村さんはどうですか?お盆だからこう思う。とかっていうお考えはありますか?
吉村:僕は個人的には、お墓とかいらない派なんで、
三上:あ、いらない派!
吉村:そうですね。僕も奥さんもお墓いらないって言っているから、子供たちには、僕らが死んでも別にお墓は入れないで、火葬場で焼いた後散骨して、お葬式とかも別に家族間でこぢんまりやってくれればいいよ、みたいな感じで言ってるんですね。
三上:私も同じです。
吉村:あ、そうなんですね。はい。
で、結局ね、だって別にお墓の中にずっと居続けるとかって話でもないから、僕はお墓参りとかしなくても先祖に感謝することは、別に日々できるだろうっていう考え方なんですよ。
三上:うんうん。
吉村:で、ただお盆の時期に期間が決まってるから、この時期に、じゃあ先祖に思いを馳せて、感謝の気持ちを、ちょっと意識を向けてみようっていう、一種のお祭りみたいな期間があるっていうのは、別にそれはそれでいいんじゃないかと思うんですけど。
三上:うん。
吉村:お墓参りをちゃんとしていないから、バチが当たって、運が悪くなるとか、あんまりそういう考え方は、僕はちょっと同意できないっていうかね。
三上:うん。
吉村:実際僕が、だってね、例えば死んだ後に、エネルギー的な存在としてうちの娘たちとか孫たちとかが生まれてたとして、その子たちに、わざわざお墓を守るために時間やリソースを割いてほしいかって言ったら、別にそんないらないかなって。
それよりも、子供たちとか孫たちが幸せに暮らしてくれてる方が、全然僕としては嬉しいと思うんで。
三上:うん。
吉村:先祖の人たちも、きっとそういう思いでいてくれるのではないかというふうに、僕は思っているから、別にお墓とか、お墓参りとかっていうことよりも、どっちかっていうと、日々先祖の人たちが命をバトンをつないでくれたおかげで、今、僕はこうして人間として暮らせているんだな、ありがたいな。っていうのを、日々持って生活する方がいいんじゃないかなと。そっちの方が、先祖に対するリスペクトを表現できてるんじゃないかなと思いますね。
三上:うん。でも、今の世の中って当たり前?私たちがいるのが当たり前で、ご先祖様に対しての感謝っていう気持ちも、なかなか感じる時間っていうのも少なくなってきているのかなっていうふうに感じるんですが。
今の時代、色んなことが当たり前すぎて、人とのつながりも、昔に比べたらSNSがあるおかげですごい便利になったとは思うんですが、っていうふうにも個人的にはすごい感じるんですけど、そちらはいかがでしょうか?
吉村:そうですね。それって捉え方とか、例えばSNSみたいなものでも、問題だとか、SNSがあるせいで、こんな風に変わってしまった、それはよくないっていう捉え方もできれば、SNSのおかげでこういうところはすごく便利になってよくなったよね。っていうのもいっぱいあるんで、いい部分をよく使って、そっちを大事にしたらいいんじゃないか?っていうのは、僕は常日頃から思っていることなんですよね。
なので、当たり前になったらいけないのか?っていう話も出てくると思うんですよ。
三上:うんうん。
吉村:つい人って、当たり前であるっていうことに対して感謝をしないっていう、その当たり前ということと、それに対する感謝がないということがワンセットになりがちじゃないですか?
三上:なりがちですね。うん。
吉村:でも、当たり前であることっていうのは、当たり前でありながら感謝するってことは可能だから、そう考えると、別に当たり前であることと感謝できるか、できないかっていうことは、これは別にワンセットなことじゃないんですよね。
三上:まあ、確かにワンセットにしがちだけど、しようと思えば全然できますもんね。
吉村:そういうことなんですよ。だからよく聞く言葉で、「空気みたいな人」みたいな話ってあるじゃないですか?
三上:うんうん。
吉村:空気みたいな人っていうと、全然、面白みがない、どうでもいい人みたいな感じになった時に、空気みたいな人、みたいな言葉で表現されがちなんですけど、
三上:はい。
吉村:でもよく考えたら、空気なかったら生きられないんですよね?
三上:うん、そうだ。息できないや。
吉村:息できない。だって、水がなくても人は3日ぐらいは生きられるんですよ。
三上:そうね。
吉村:うんうん。多分、3日水飲まなくて、もうすごい衰弱はするかもしれないけど、多分もうちょっと生きられるんじゃないですか?1週間ぐらい水なしで、もう瀕死になると思うんだけど、多分3日水なくても多分その後ちゃんと処置すれば、多分回復できるんですよね。
三上:うん。
吉村:でも、空気がなかったら、ものの数分で死ぬんですよ。
三上:そうだ、確かに。
吉村:そう。ってことは、空気ってものすごい、めちゃめちゃありがたい、すごい大事な存在なんだけど、当たり前すぎて感謝を忘れてるんですよね。
三上:そうだね。そうですね。うん。
吉村:でも、実際空気なかったらあっという間に死ぬっていうことがわかってたら、もう空気すっごいありがたいじゃないですか?
三上:うん。今すごい、だから話がね、「空気みたいな人」って褒められてるって思っちゃった!
吉村:そうそう。だってね、本当は空気みたいな人って、めちゃめちゃありがたい人って話になるはずですよね?
だって、空気によって生かされているわけですからね。空気なかったら、あっという間に死ぬって考えたら、こんなにありがたいものはなかなか、空気と並ぶぐらいにありがたいものってそうそうないですよ。
三上:ね。じゃあもしそれ言われたら「ありがとう」って、私返すかも。
吉村:ね。そんなふうに思ってくれてるんですね、みたいな。
三上:そうだね、私がいないと死んじゃうよってね。
吉村:だから、当たり前っていうことは、実はものすごいありがたいことだっていうことを忘れていることに問題があるんですよ。
三上:はいはい。なるほどね。
吉村:当たり前って、すごいありがたいことですよって。
だって、当たり前じゃない世界って考えたら、もうディストピア世界みたいな話になっちゃうじゃないですか?
三上:なるほどね。うんうん。
吉村:今、日本って、なんだかんだ言って、治安すごくいいじゃないですか?ちょっと悪くなりつつあるって話もありますけど、とはいえ、お店で席を取っておくのに、お財布を置いておいて席を取ってる人がいて、
三上:鞄を置いといてね。そうですよね。
吉村:盗られないんだから。それこそ、現金の入ったカバンを落としちゃっても、ちゃんと現金残ったまんま警察に届けられますよ。
三上:うん、そうですよね。本当、うん。
吉村:だから、そんなめちゃめちゃありがたいんだけど、日本に住んでるとそれが当たり前って思っちゃってるから、忘れてるんですけど。
海外とか行ったら、本当に身につけているものだって、ぶん盗られちゃう可能性もある中で、一生懸命、何でも前に抱えた状態で、すごい緊張して移動しなきゃいけなかったりとかするわけじゃないですか?
三上:うんうん。
吉村:だから、当たり前ってすごいありがたいことですよ。
三上:いや、そうですね。今日のお話を聞いて、改めて感じました。
吉村:そうそう。だからね本当に、ご先祖の方たちが、結局、命をつないでくれたから今ここにいるって。この中の誰か1人でも子供を産む前に死んじゃってたら、もうここで終わってるわけですからね。
三上:そうですよね。今いないですもんね。
吉村:そうそう。って考えると、すごい、すべてがありがたいんですよ。
三上:うんうん。もう本当にそうですよね。1つでもずれてたら、そうですもんね。
吉村:そうそう。だからそう考えると、別にお墓参りするなって言ってるわけじゃないですよ全然。
ただ、お墓参りしないと先祖に感謝ができないってことは、それはないでしょ!っていうのが僕の考えですね。
三上:うん。
吉村:だってもう、いつもいつもありがたいし、今だってこうしてここにいるのは、先祖の人たちがちゃんと天寿を全うしてくれて、その間に命のバトンをつないでくれたからで。
例えば、僕、ちょくちょくお話ししてますけど、僕のおばあちゃんってとんでもないサイコパスみたいな人で、めちゃめちゃ、うちのおばあちゃんによって人生を狂わされた人たちって、親戚の中にいっぱいいるんですけど。
三上:うん。
吉村:でも、そのおばあちゃんが結局、僕の母を産み育ててくれて、その母が僕を産んでくれたから今ここにいて、それで、うちの娘たちとの関係性も、そのおかげで存在しているわけですよね。だから、そう考えると、すごくやっぱりありがたいし。
で、あと、だから、僕があんまり親戚の集まりとか、お墓参りとかにそんなにこだわってないのも結局、うちのおばあちゃんがめちゃくちゃな人だったから、親戚との関係性が悪くなってしまって、子供の頃は親戚で集まるってことはあったんだけど、大人になる頃までに、だいぶ親戚縁者の人たちとの関係性が薄くなっちゃって。
だからそういうのがない中で、それが続いてないっていうところで、これがなくなったとしても、別に人生は続いていくんだなと。
三上:うん、確かにそうですね。うん、思います思います。
吉村:うん、そうそう。だから形が残ってなくても、でも結局のところ、その人たちのおかげさまであるということは、変わらなく残っているわけですよね?
三上:うん。だから、お盆だからっていうのもちょっと、改めて考えちゃいますね。
吉村:そうですね。だからそれは、昔の人たちはやっぱり生活の中で、これを大事にしたいって気持ちがあったから、この時期にはこれをやりましょう、みたいなね。
それって多分、農耕をしたりとか、漁をしたりとか、狩猟をしたりとかって、必ず季節に合わせてやらないとダメじゃないですか?
三上:うんうん。
吉村:ね。季節が合ってない時に、例えば漁をしたって魚が採れなかったりとかね。野菜も、種を植える時期がずれてたら育たなかったりするわけじゃないですか?
三上:うん。
吉村:そういう感じで、暦とともに生きるっていう、宇宙のサイクルとともに生きるってことをやってたから、その中に多分、この時期に、先祖に対する感謝をもう一度再確認しましょうよ。っていうようなことを取り入れてたんだと思うんですけど。
三上:うーん。でも、まあ時代も変わりますしね。
吉村:そうなんですよ。だから結局、またこれもちょっと前の話の続きになっちゃうんですけど、結局人との関係性をキープするために、定期的に用もないのに集まって飲み会をするみたいなことを、昔は必要だからやってた部分もあるんだけど、今ってSNSがあるから、あ、元気そうにしてるな。とか、あ、誰それ誕生日なのか。おめでとう!とかってメッセージを打つだけで、ありがとうって返ってくるわけですよね?
三上:いや、つながってますね。前回の話からね!
吉村:だから、人って結局、別に形に頼らなくても、本当は多分心でつながっているし、いつでも気持ちとか意識が向けば、そこにエネルギー的なつながりがあるから、自分の中でちゃんと感謝だったり、それこそ当たり前であることの重要性っていうことを自分で認識できていれば、常に感謝の中で生きていくこともできるし、それって、生きてる人だったら、SNSでお誕生日おめでとう!とかってやったら、ありがとうって返ってきたりもするけど、すでに亡くなっている人相手だったら、結局別にそういう形に頼る必要とかも一切ないですからね。
三上:そうですね。いや、でも今改めて思ったのは、やっぱり自分が思った時に、こうだから、こうしなきゃ。じゃなくて、自分が思った時に感謝すること、思い浮かべることっていうことは大切だなと思いました。
吉村:そうですね。だから、僕が死んだ後うちの娘たちが、僕のことをそんなしょっちゅう思い出さなくても別にいいんですけど、言ってみたら日々幸せに生きててくれて、たまに「パパがこんなこと言ってたなあ、あはは」みたいな感じで、ふっと思い出す時があったら、ちょっと嬉しいなぐらいな感じですよね。
三上:うん。改めて今日は、お盆について考えました。はい。じゃあ、皆さんもお盆について、皆さんはいかがでしょうか?逆に色んな意見も欲しいですね。お考えとかね。皆さんのね。
吉村:そうですね、はい。
三上:吉村さん、本日もわかりやすかったです。ありがとうございました。
吉村:ありがとうございました。
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