2階に行くと実際行われた戦争犯罪というのは、
ここはめちゃめちゃグロジャシンコーナーですね、簡単に言うと。
完全に無差別に人を殺した後とか、
米軍からするとベトコンがどこに潜んでいるかわからないから、
普通の村の村民であっても無差別に殺すと。
実際当時現場にいたジャーナリストの人とかが、
米軍があまりにもビジネスライクに人を殺すからびっくりして、
それでいろんなメディアに写真を送ったとか、
ビジネスライクという言葉は結構強く強調されていたんですけど、
それぐらいどんどん当たり前に人を殺す感じになっていて、
かなりショッキングな写真がいっぱいありまして、
村の女性、子供、老人すべて皆殺しになって、
床に地面に散らばっているっていうね、そういう写真もあって、
それはさすがに本当にセンセーショナルだったんで、
アメリカでもニューヨークタイムズとかそういうところに掲載されて、
その反戦武道のきっかけの一つになったらしいんですが、
こういうものが非常にたくさん展示されておりますと。
で、そのね、病院を爆破しましたとか、
あとは地雷が今でも残っていて、
特にその中部の方ですね、
多分両方の郡が地雷を埋めていると思うんですけど、
その地雷によってまだ亡くなる人がいたりとか、
その除去活動がまだ行われていますとか、
そういうことが書かれていて、
そこからまた大きな一つコーナーとしては、
枯葉剤コーナーですね。
エージェントオレンジと英語で呼ばれているらしいんですが、
元はベトコンとかが隠れる森とかを枯らすために、
枯葉剤を撒いたんですが、
その副作用というか毒素の作用によって、
それを吸い込んだり暴露された人たちの中に
深刻な健康被害が出たり、
子供に危険の子供が生まれたりとか、
そういう遺伝的な障害が残るとか、
突然変異が出てしまうというようなことが起こるという、
非常にこれもまたショッキングな写真の連続。
一応自分も教科書でこういうのは習ったことがあったし、
いくつかそういう写真を見たこともあったんですけど、
このコーナーはもう完全に一室がこの枯葉剤の影響を受けた、
実際に人体が変形した成人した人とか、
子供の写真の連続ですので、
相当見ているだけでもかなり平静を保つのは難しいというか、
たぶん心が弱い人はそんなに見ない方がいいと思いますけど、
私は一応これもここに来た者の務めと思って、
ちゃんとグッと見ましたけど、
そしてそこのキャプションでその人たちがどういう人生をたどったかとか、
やっぱりそのレベルによって全くもう会話が成立しなくて、
何でもかじってしまうから、
森の中に閉じ込められて育った少女とか、
あとはちゃんと勉強をして大学に行った人の話とか、
いろいろ足で文字を書きながら書く練習をして、
そういう勉強を続けた人とか、
足を使って家具を作ることを覚えて、
すごく優美な家具を作る職人になった人とか、
そういう自立をしていく話もあるんですけど、
やはりメインはなかなかそんなに普通の社会に溶け込めなくて、
非常に家族が困難を覚えたり、
元々実際に戦場にいた兵士たちが戦後に子供を作って生まれたパターンで、
その子供に遺伝が出てしまったというパターンもかなり多いので、
そういう人たちの苦悩の話がとてもたくさん掲載されていて、
ひとつひとつと本当に胸が痛む思いをするコーナーでした。
あと知らなかったのは、
実際に枯葉剤を撒かれた村の人たちがもちろん一番大きな被害があるんですけど、
その散布を行った兵士たち、南ドラム軍とか米兵、
さらに一緒に共同作戦に参加していた韓国の兵士とか、
韓国はかなりベトナム戦争に兵隊を出しているので、
そういう同盟国軍の兵士たちも実際にそういう健康被害を抱えていて、
今でもそれに苦しんでいる人たちがいるという、
そういう赤い側だった方にも被害が出ているのをあまり知らなかったので、
そういうことがちゃんと掲載されていたのも、一つ言って満案でよかったことかなと思います。
これは自分の国でいうと、
広島の原爆記念館に相当するような建物かなと思いますので、
原爆記念館も最近はちょっとマイルドになったという話ですけど、
ショッキングな写真の連続ですので、
それと並ぶようなショッキングな、
いろんな資料が見れる施設になっているかなと思います。
やっぱね、結構自分も気持ちを入れてみたんで、
なかなかと喋ってますが、
あと他にあったのは、
これはちょっと変わったコーナーで、
そのベトナム戦争時代に活躍した女性、
グエン・ティーヴィンっていう、
当時の南ベトナム解放戦線の外務大臣だった女性ですね。
この人の特集コーナーがあって、
私は全然この人知らなかったんですけど、
もともと愛国者の家に生まれて、
いろんな反政府活動を行っていて、
最終的には途中からベトナム解放戦線に加わって、
あんまり自分も分かってないんですけど、
北ベトナムのそういう解放戦線と、
北ベトナム政府の軍と、
南ベトナムの軍と、
さらに南ベトナムの中でも、
北と同調してベトナム全土を統一して、
南ベトナム政府を追い出そうとする解放戦線があったはずで、
その南ベトナム解放戦線の中の外務大臣を務めたという人で、
笑顔の写真がめちゃめちゃ残っている人で、
いろんな各国の代表の人とか、
あとは各国の女性の人と撮った、
笑顔でいっぱい写ってる写真があって、
この人がいろんな国を回って、
ベトナムに対する支援を訴えて、
アメリカがいかに非道なことをしているかというのを訴えて回ったと。
その人がかなり尊敬されている人らしいんですが、
まだ存命みたいですけど、今98歳って書いてあったかな。
ベトナムの中でも非常に有名な女性らしいんですが、
いろんな国に行くと、
みんな初めてベトコンを見たからいろいろ聞いてくるんだけど、
ベトコンのイメージってもっと泥臭い感じで、
ジャングルにいる党史みたいな感じのイメージですけど、
この人は本当に写真でわかるんですけど、
非常に洗練された見た目を持っていて、
相当多分見なりに気を使っていると思うんですけど、
バリッと洋服を着こなしたり、時には青鞘を着こなしたりして、
非常に知的で、
ウィットに飛んでいる感じの、そういう雰囲気の人で、
多分実際そうだと思うんですけど、
会う人会う人がどんどんこの人に魅了されていくみたいな、
だから多分ベトナムのイメージを結構この人は
伏していく役割があったんじゃないかなと、
実際写真を見たわけでも思うんですけど、
外務大臣としてパリ条約ですっていう、
パリでアメリカは撤兵せよっていう条約を結ぶんですけど、
そのかなり大きな役割を果たして、
非常に長い交渉に臨んで、
その中でも目出ずに交渉を行っていって、
最終的にはアメリカのてっぺんに漕ぎ捨てるという、
そういう非常に大事な条約に調印する役割も
この人が担っていて、
活躍した女性がいたというのは知らなかったので、
これは知れてよかったなと思います。
名前もう一度、グエンティビンさんですね。
ベトナム語で名前書かれてるんですけど、
独自の音のアルファベットについているので、
パッと読めないんですよね。
なので後から調べ直してカタカナ読みを知ったんですけど、
これはここに来なかったら知らなかったことだから、
知れてよかったかなと思います。
やっぱり今のベトナムの女性たちにも非常に
勇気を与えている存在だということです。
もうほとんど終わりですけど、
あとは結構写真が展示されているところが多くて、
結構自分としては印象的だったのは、
日本人の写真家が結構フィーチャーされているなという、
日本人の写真家は特にベトナム戦争中に
いろいろな重要な写真を撮ったというのはなんとなく知ったんですけど、
えっとね、なんだっけな、
一ノ瀬大蔵さんとかね、
あと有名なやつ、沢田京一か、
のあれですね、
川の中を逃げていく親子の写真とか、これは非常に有名な写真で、
自分も確か写真美術館とかで見たことあるんですけど、
そういうものが改めて展示されたりして、もちろん他の
いろんな国の写真家の写真が展示されているんですけど、
結構日本人の写真家だけでも何人かフィーチャーされていて、
しかも特別コーナーがある人が2人くらいいて、
やっぱり日本の写真家が当時活躍したんだなというのを、
なかなか小居場で見れてよかったですね。
ベトナムはそこそこ、多分日本がかなりODAとかで支援したのもあって、
日本と関係性が深い国だと思うんで、
そういう関係性あっての展示かなと思うんですけど、
こういうところで日本の人の名前を見るのもなかなか嬉しいものだなと思います。
確かこの場で亡くなっちゃった人もいるんじゃなかったかな。
ちょっとあんまりこの辺に詳しくないですけど、
またそういうのも掘っていきたいなと思うような感じでした。