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ベトナム戦争証跡博物館
2026-07-20 25:23

ベトナム戦争証跡博物館


屋外には米軍の戦闘機や戦車が多数

南ベトナム解放戦線の外務大臣だったグエン・ティ・ビン

やたらとのどかな1C輸送路コーナー

日本の反戦活動コーナー

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サマリー

ベトナム戦争に深い関心を持つ語り手は、ホーチミンシティにあるベトナム戦争証跡博物館を訪れました。この博物館は、かつてサイゴンと呼ばれたホーチミンシティの歴史的意義深い場所に位置し、ベトナム戦争の勝利者である北ベトナム側の視点から、戦争の歴史とアメリカ軍による行為を展示しています。 屋外には、米軍から鹵獲した戦車や戦闘機、軍用ジープなどが展示されており、その「人を殺す機械の重み」を肌で感じさせます。また、捕虜を収容した「タイガー刑事」のレプリカは、非人道的な扱いを伝えています。館内は3フロアに分かれ、最上階では第二次世界大戦後のフランスからの独立闘争から、ドミノ理論を掲げたアメリカの介入、そして大規模な軍事展開に至るまでの戦争の歴史が詳細に解説されています。 2階は特に衝撃的な内容で、米軍による無差別殺戮や地雷の被害、そして枯葉剤(エージェントオレンジ)がもたらした深刻な健康被害や遺伝的障害に関する写真が多数展示されています。これらの展示は、広島の原爆記念館に匹敵するほどの衝撃を与え、戦争の悲惨さをまざまざと見せつけます。枯葉剤の影響はベトナム人だけでなく、米兵や韓国兵にも及んだことが強調されています。 1階では、女性たちが活躍した秘密補給路「ホーチミントレール」や、世界中で展開された反戦運動、特に日本での活発な運動が紹介されています。また、南ベトナム解放戦線の外務大臣を務めたグエン・ティー・ビン氏の外交手腕とカリスマ性、そして沢田京一や一ノ瀬大蔵といった日本人写真家たちの功績にも光が当てられています。博物館は、戦争の多角的な側面と、それに立ち向かった人々の姿を伝える貴重な施設であり、ベトナム戦争に関心のある人には必見の場所として推薦されています。

ベトナム戦争証跡博物館への訪問と概要
こんにちは、ninjinkunです。
休暇でベトナムに来ているんですが、
昨日はホーチミンシティにあるベトナム戦争証跡博物館に行ってきました。
私はベトナム戦争にずっと興味があるんですが、
古くは映画、フルメタルジャケットとかね、
そういう映画とかを通じてベトナム戦争とはどういうものかをなんとなく知ってはいて、
あと最近はApple TV Plusがやっていたドキュメンタリーとかを見たり、
いろいろそういうメディアを通してベトナム戦争というのを知っている、
そういうリアルタイムではもちろん知らない世代なんですが、
やっぱり非常にいろんな資料が残っているし、
写真や映像が豊富にある時代の最初の戦争というのもあって、
今からでもいろんなドキュメンタリーが作られたり、
また今度ベトナム戦争に絡んだ映画がまたやるような予告を見たので、
ずっと注目されている戦争だと思いますが、
これについてある程度の予備知識がある中で、
今回せっかくベトナムに来るということで、
やはりベトナム戦争についてもっと知りたいと思いまして、
こちらの博物館に行ってきました。
かなり立派な建物で、
まずそもそもホーチミンというのは最後に陥落したところですね。
昔はサイゴンと呼ばれていて、
南ベトナム軍、南ベトナム政府とアメリカ軍がずっと駐留していたところがこのホーチミンシティですと。
そこの最後に戦車が突入して無鉄解除が無条件降伏になったところがすぐ近くにある統一街道というところがありまして、
この博物館はその近くに建てられているという、
たぶんそういう歴史的な意義も踏まえているところだと思います。
屋外展示と戦争兵器の現実
ざっくり3階分あって、3階プラス外にいろいろまだ展示があって、
まず入るといきなり戦車とか戦闘機とか、
実際にこれは米軍から打砲したものですね。
なのでUSアーミーとか書いてあったりするんですけど、
別の部分にはベトナムの国旗が貼られたりして、
使ったのかなその後、ちょっと分からないですけど、
実際に米軍がたぶん使っていた兵器がボンボンボンと、なかなか綺麗な状態で置かれていますね。
もちろん稼働はしないと思いますけど。
私はあまりこういう戦車とか航空機、軍事面は全然詳しくないので、
どういうものかはちょっと分からないんですけど、
やっぱり実際見てみると、本当に金属の塊で、
しかも実際使われたであろう機関銃とかが据えつけられているんで、
なんでしょうね、
端的に言うと人を殺す機械の重みみたいなものを、
やっぱりまざまざと見せつけられる、そういう気持ちがする感じでした。
あとは当時使われたジープとかね、
その軍用のジープですけど、結構ユビな形をしていてかわいいなとかね、
そういう感想も抱いたり、
あとは外にはさらに、
南ベトナム軍がその北ベトナムの兵士を捕らえるために使った牢屋とかのレプリカみたいなのが置かれていたりして、
非常に狭い中に人を閉じ込めて何日もいたり、
雪縄網に覆われた箱の中に入れて放置したりとかね、
ある種の拷問とか刑罰的な意味もあったと思うんですけど、
タイガー刑事って呼ばれたかな、
トラの檻ですよね、
そういうのに、それだったら愛称だと思いますけど、
そこに人を閉じ込めて非常に非道の扱いをしたよというのがありますと。
博物館の構成とベトナム戦争の歴史
この建物の中にはですね、
大きく3フロアがあって、
一番上がベトナム戦争の歴史、
2階がベトナム戦争の中での、
主に米軍による重大な犯罪行為、
一番下の階がエキシビジョン、
多分特別展示ですね。
季節によって変わるものだと思います。
という感じで分かれております。
全体としてはもちろん、
ベトナム戦争に勝利した北ベトナムの士官で書かれているので、
とにかくアメリカはテシカランド、
それはもちろんそうだと思うんですが、
そういうトーンで全部書かれているので、
そして最後は勝利したという非常に強いストーリーがありますので、
全てそれに連なっておりますという感じです。
一番上の階は普通に歴史をなぞるという感じだったので、
戦争が、もともとは第二次大戦後に独立しようとしていたんだけど、
また独立を宣言しているんですけど、
その時にまたフランスが、もともと植民地の創始国だったフランスが
取り返そうとして攻撃を仕掛けてきて、
あるタイミングでフランスが引いていくんですけど、
もともとそれを支援していたアメリカが、
共産権、いろんな国が共産化するのを防止するという名目、
そういうドミノ理論って呼んでいたらしいんですが、
ここは倒れると周りの国々まで共産化してしまうぞというので、
このミノミベトナムを支援してアメリカがさらに戦火を拡大していったというので、
最初はフランス、次はアメリカという順番で入ってきますよというのが解説されて、
そしてアメリカがどんなふうに軍を展開したかとか、
相当な人数を釣り込んで、
兵士の数、爆弾の数というものが非常に大規模に展開されましたというのが、
あと当日買われた砲弾とか武器とかが展示されておりました。
ここは日本語のオーディオガイドが限られるので、
かなりそれを聞いているだけで、
看板にはもちろんベトナム語と英語が書かれているので読めるんですが、
なかなか日本語で聞いたほうが入ってきやすいので、
それを聞いてふむふむふむという感じで、
なかなかちゃんと歴史を振り返ることができてよかったですね。
歴史のパートはなるほどふむふむなんですけど、
戦争犯罪と枯葉剤の悲劇
2階に行くと実際行われた戦争犯罪というのは、
ここはめちゃめちゃグロジャシンコーナーですね、簡単に言うと。
完全に無差別に人を殺した後とか、
米軍からするとベトコンがどこに潜んでいるかわからないから、
普通の村の村民であっても無差別に殺すと。
実際当時現場にいたジャーナリストの人とかが、
米軍があまりにもビジネスライクに人を殺すからびっくりして、
それでいろんなメディアに写真を送ったとか、
ビジネスライクという言葉は結構強く強調されていたんですけど、
それぐらいどんどん当たり前に人を殺す感じになっていて、
かなりショッキングな写真がいっぱいありまして、
村の女性、子供、老人すべて皆殺しになって、
床に地面に散らばっているっていうね、そういう写真もあって、
それはさすがに本当にセンセーショナルだったんで、
アメリカでもニューヨークタイムズとかそういうところに掲載されて、
その反戦武道のきっかけの一つになったらしいんですが、
こういうものが非常にたくさん展示されておりますと。
で、そのね、病院を爆破しましたとか、
あとは地雷が今でも残っていて、
特にその中部の方ですね、
多分両方の郡が地雷を埋めていると思うんですけど、
その地雷によってまだ亡くなる人がいたりとか、
その除去活動がまだ行われていますとか、
そういうことが書かれていて、
そこからまた大きな一つコーナーとしては、
枯葉剤コーナーですね。
エージェントオレンジと英語で呼ばれているらしいんですが、
元はベトコンとかが隠れる森とかを枯らすために、
枯葉剤を撒いたんですが、
その副作用というか毒素の作用によって、
それを吸い込んだり暴露された人たちの中に
深刻な健康被害が出たり、
子供に危険の子供が生まれたりとか、
そういう遺伝的な障害が残るとか、
突然変異が出てしまうというようなことが起こるという、
非常にこれもまたショッキングな写真の連続。
一応自分も教科書でこういうのは習ったことがあったし、
いくつかそういう写真を見たこともあったんですけど、
このコーナーはもう完全に一室がこの枯葉剤の影響を受けた、
実際に人体が変形した成人した人とか、
子供の写真の連続ですので、
相当見ているだけでもかなり平静を保つのは難しいというか、
たぶん心が弱い人はそんなに見ない方がいいと思いますけど、
私は一応これもここに来た者の務めと思って、
ちゃんとグッと見ましたけど、
そしてそこのキャプションでその人たちがどういう人生をたどったかとか、
やっぱりそのレベルによって全くもう会話が成立しなくて、
何でもかじってしまうから、
森の中に閉じ込められて育った少女とか、
あとはちゃんと勉強をして大学に行った人の話とか、
いろいろ足で文字を書きながら書く練習をして、
そういう勉強を続けた人とか、
足を使って家具を作ることを覚えて、
すごく優美な家具を作る職人になった人とか、
そういう自立をしていく話もあるんですけど、
やはりメインはなかなかそんなに普通の社会に溶け込めなくて、
非常に家族が困難を覚えたり、
元々実際に戦場にいた兵士たちが戦後に子供を作って生まれたパターンで、
その子供に遺伝が出てしまったというパターンもかなり多いので、
そういう人たちの苦悩の話がとてもたくさん掲載されていて、
ひとつひとつと本当に胸が痛む思いをするコーナーでした。
あと知らなかったのは、
実際に枯葉剤を撒かれた村の人たちがもちろん一番大きな被害があるんですけど、
その散布を行った兵士たち、南ドラム軍とか米兵、
さらに一緒に共同作戦に参加していた韓国の兵士とか、
韓国はかなりベトナム戦争に兵隊を出しているので、
そういう同盟国軍の兵士たちも実際にそういう健康被害を抱えていて、
今でもそれに苦しんでいる人たちがいるという、
そういう赤い側だった方にも被害が出ているのをあまり知らなかったので、
そういうことがちゃんと掲載されていたのも、一つ言って満案でよかったことかなと思います。
これは自分の国でいうと、
広島の原爆記念館に相当するような建物かなと思いますので、
原爆記念館も最近はちょっとマイルドになったという話ですけど、
ショッキングな写真の連続ですので、
それと並ぶようなショッキングな、
いろんな資料が見れる施設になっているかなと思います。
秘密補給路と反戦運動
そういうのが2階にあって、
1階は結構ここは見やすいコーナーでして、
一つ面白かったのが、
ベトナム戦争時代の秘密の通路、補給路があって、
ベトナムは南北に長い国ですけど、
北が南を攻めていくにあたって、
南にどうやって物資を、弾薬とか食料を補給するかというのが課題になるんですけど、
隠れた水路とかをいっぱい使った秘密の通路があって、
もともとはホーチミントレールって呼ばれていたんだけど、
それが使えなくなって、
C1だったか1Cだったか、
そういう暗号的な名前がついた運搬路があって、
それを使って南ベトナムからすると、
反対側のカンボジアの方から物資が輸送されてくるっていう、
多分ラオスとかを抜けて、
メコンガを使って物資を輸送していって、
最後は西側にあるカンボジアから物資が輸送されてくるっていう、
そのメコンガ流域ですね。
ここもかなり水路がくねくねしているところなんで、
そこから時には闇に紛れて人が物資を運んで運搬していくということが行われていて、
その特集があって、当時の写真とかあって、
これは正直結構面白かったですね。
しかも運搬に関わったのはほとんどが女性ということで、
広報支援的な意味もあったと思うんですけど、
女性たちが船を漕いだり、
物資を頭に乗せたりして川を渡っていったりして、
それで弾薬をすごく供給し続けたというのがあって、
これは興味深かったですね。
最初に出てくる看板には当時の再現映画が書いてあるんですけど、
結構女性たちが笑顔で写っていて、
こんな楽しそうに描いていいのかなと思ったんですけど、
実際中にある写真でも途中で休憩を撮っていたりとか、
あとは踊りを踊っているシーンの写真とかもあって、
それを生き抜いているよなと思って、
実際は過酷な戦いだと思うんですけど、
そういう合間合間の人々の生き生きとしたシーンも描かれていて、
それも面白かったですね。
あとは最後に、各国で行われたベトナム戦争への反戦運動のコーナーがあって、
ここもなかなか面白くて、
世界中で、まず最初はやっぱり共産権ですよね。
北ベトナムを支援していたソ連とか中国の方で、
とても大きなベトナム戦争反対運動があったというのは分かるんですけど、
そこから普通にヨーロッパとか、
あと結構多く思ったのは、
日本がかなりフィーチャーされていて、
日本だけで他の国の倍ぐらいの面積を使った気がする。
そこで結構有名なベヘーレンって何の役だったかな、
ベトナム戦争に反対する連合のでかい旗とかが描かれられてて、
こんなの持ってるんだ、みたいなね。
別にベヘーレンって書かれてて、
これか、みたいなのとか、
アメリカは即時撤退せよっていうゼッケンをつけて通勤を続けたっていう人がいるらしくて、
8年間ぐらいだったかな。
その人は本も出してるんですけど、
その人の本とその人がつけたゼッケンが展示されてたりして、
こんなことかとかね。
日本は多分ベトナム戦争、
あとはあれですよね、
安保条約に反対する、
そういう運動が盛り上がった国ではあるので、
それもあってこれだけ強くフィーチャーされてるかなというのもあって、
日本のそういうベトナム戦争、
反対関係の書籍を集めたコーナーとかもあってね。
こんなところで、みたいな。
これは興味深くて面白かったですね。
あとはアメリカでもちろんベトナム反戦運動が盛り上がったので、
そういう記録とかね。
結構そういう各国で作られたポスターとかが、
いろんな国の言語で書かれてるポスター、
中には結構デザイン的に優れてるものもあって、
これもね、なかなかそんなに一堂に関して見る機会ないと思うんで、
多分特別展だと思いますけど、
これも見れてよかったかなと思います。
活躍した女性外交官と日本人写真家
やっぱね、結構自分も気持ちを入れてみたんで、
なかなかと喋ってますが、
あと他にあったのは、
これはちょっと変わったコーナーで、
そのベトナム戦争時代に活躍した女性、
グエン・ティーヴィンっていう、
当時の南ベトナム解放戦線の外務大臣だった女性ですね。
この人の特集コーナーがあって、
私は全然この人知らなかったんですけど、
もともと愛国者の家に生まれて、
いろんな反政府活動を行っていて、
最終的には途中からベトナム解放戦線に加わって、
あんまり自分も分かってないんですけど、
北ベトナムのそういう解放戦線と、
北ベトナム政府の軍と、
南ベトナムの軍と、
さらに南ベトナムの中でも、
北と同調してベトナム全土を統一して、
南ベトナム政府を追い出そうとする解放戦線があったはずで、
その南ベトナム解放戦線の中の外務大臣を務めたという人で、
笑顔の写真がめちゃめちゃ残っている人で、
いろんな各国の代表の人とか、
あとは各国の女性の人と撮った、
笑顔でいっぱい写ってる写真があって、
この人がいろんな国を回って、
ベトナムに対する支援を訴えて、
アメリカがいかに非道なことをしているかというのを訴えて回ったと。
その人がかなり尊敬されている人らしいんですが、
まだ存命みたいですけど、今98歳って書いてあったかな。
ベトナムの中でも非常に有名な女性らしいんですが、
いろんな国に行くと、
みんな初めてベトコンを見たからいろいろ聞いてくるんだけど、
ベトコンのイメージってもっと泥臭い感じで、
ジャングルにいる党史みたいな感じのイメージですけど、
この人は本当に写真でわかるんですけど、
非常に洗練された見た目を持っていて、
相当多分見なりに気を使っていると思うんですけど、
バリッと洋服を着こなしたり、時には青鞘を着こなしたりして、
非常に知的で、
ウィットに飛んでいる感じの、そういう雰囲気の人で、
多分実際そうだと思うんですけど、
会う人会う人がどんどんこの人に魅了されていくみたいな、
だから多分ベトナムのイメージを結構この人は
伏していく役割があったんじゃないかなと、
実際写真を見たわけでも思うんですけど、
外務大臣としてパリ条約ですっていう、
パリでアメリカは撤兵せよっていう条約を結ぶんですけど、
そのかなり大きな役割を果たして、
非常に長い交渉に臨んで、
その中でも目出ずに交渉を行っていって、
最終的にはアメリカのてっぺんに漕ぎ捨てるという、
そういう非常に大事な条約に調印する役割も
この人が担っていて、
活躍した女性がいたというのは知らなかったので、
これは知れてよかったなと思います。
名前もう一度、グエンティビンさんですね。
ベトナム語で名前書かれてるんですけど、
独自の音のアルファベットについているので、
パッと読めないんですよね。
なので後から調べ直してカタカナ読みを知ったんですけど、
これはここに来なかったら知らなかったことだから、
知れてよかったかなと思います。
やっぱり今のベトナムの女性たちにも非常に
勇気を与えている存在だということです。
もうほとんど終わりですけど、
あとは結構写真が展示されているところが多くて、
結構自分としては印象的だったのは、
日本人の写真家が結構フィーチャーされているなという、
日本人の写真家は特にベトナム戦争中に
いろいろな重要な写真を撮ったというのはなんとなく知ったんですけど、
えっとね、なんだっけな、
一ノ瀬大蔵さんとかね、
あと有名なやつ、沢田京一か、
のあれですね、
川の中を逃げていく親子の写真とか、これは非常に有名な写真で、
自分も確か写真美術館とかで見たことあるんですけど、
そういうものが改めて展示されたりして、もちろん他の
いろんな国の写真家の写真が展示されているんですけど、
結構日本人の写真家だけでも何人かフィーチャーされていて、
しかも特別コーナーがある人が2人くらいいて、
やっぱり日本の写真家が当時活躍したんだなというのを、
なかなか小居場で見れてよかったですね。
ベトナムはそこそこ、多分日本がかなりODAとかで支援したのもあって、
日本と関係性が深い国だと思うんで、
そういう関係性あっての展示かなと思うんですけど、
こういうところで日本の人の名前を見るのもなかなか嬉しいものだなと思います。
確かこの場で亡くなっちゃった人もいるんじゃなかったかな。
ちょっとあんまりこの辺に詳しくないですけど、
またそういうのも掘っていきたいなと思うような感じでした。
博物館の意義と感想
というわけで、なかなかと喋りましたけど、
ベトナム戦争博物館。
ベトナム戦争に興味がある人はやっぱり、
一度は行く価値があるんじゃないかなと思いますし、
自分は行けてよかったし、
また行きたいかなと思いますね。
おしまいかはお土産コーナーがあんまり充実してなくて、
そんなにベトナム戦争と関係なさそうなジェネリックのお土産ばっかりあったんで、
特に買うものもなく撤退しました。
なかなかそこでセンセーショナルなお土産を作ってもしょうがないのかもしれないですけど、
もうちょっと写真のポストカードぐらいあってもいいのになと思ったんですが、
そこはあんまり気合が入ってなかったですね。
という感じで、ベトナムのホーチミンシティにある、
ベトナム戦争の戦証記念博物館に行ってきました。
もともとはアメリカ軍の非道な行為を展示する博物館みたいな、
そういう名前だったらしいんですけど、
アメリカとの国交が政治を回復したときに、今は名前に改められたということです。
そういうのも関係性が見えて面白いなと思います。
それではありがとうございました。
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