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こんにちは。横浜で15年以上、犬の保育園N1クラブを運営している、なおちゃん先生と申します。
今回は、壮大なる私の自己回想記録、
動物好き少女がドッグトレーナーになるまで🐶秘密基地誕生秘話第18回目をお届けします。
こちらは、私がドッグトレーナーになるまで🐶、
そしてN1クラブワンコの秘密基地を誕生させるまで🐶、
そしてこのワンコの秘密基地を運営して今まで🐶、
17年という3部作に分けて壮大な自己紹介をしていく企画になっています。
さて、前回はね、私の思いつきで書いた事業計画書、
これをね、もう少しブラッシュアップして、
できる場所を探そう、ということで探してはいたんですが、
なかなか思うような物件が見当たらず諦めかけていたところに、
母の一言、ね、貸してもらえなければ作ってしまえばいいじゃない、ということでね、
父の会社の敷地の中で資材置き場になっていた場所を借りて、
そこに施設を作るということが決定して、
あれよあれよという間にですね、
会社を投機し、ドックランを整備し、
プラブを運んできて、組み立てて、施設が完成した。
だけれども、追いついていないのは私の心ばかりという状況だったよ、という話をしました。
ここまで聞いてね、きっとね、
なおちゃん先生、本当に恵まれているからできることだよね、と思う方が大半だと思います。
私自身もそう思います。
なかなかね、こういう経験というのはしている人は多くないんじゃないかなと思うんですけれども、
当時の私にとっては、自分でやりたいと思ったことが、
自分の思っている速度よりも遥かに速いスピードで実現していく、
そのことに少しね、恐怖と大きなプレッシャーを感じていました。
けれど、この日にオープンするといったその日はやってくるわけですよね。
2009年の11月1日と決めていました。
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どうしてこんなね、年末も差し掛かる半端な時期にオープンすることにしたのかというと、
12月年末年始というのは、ワンちゃんのホテルの需要が高まるからです。
私のこの当時行っていた営業スタイルというのは、
犬の幼稚園、当時はね、今は保育園と言ってますけれども、当時は保育園ではなくて幼稚園だったので、
この犬の幼稚園とワンちゃんのホテル、これが2大挙党だったんですよね。
ホテル業務というのはどうしても波がありますので、
年末年始、そして連休と言われるようなところ、春休み、ゴールデンウィーク、
夏休み、シルバーウィークという感じで波がやってくるんですよね。
なので、この12月の年末年始、クリスマスからの年末年始シーズンに間に合わせたかったというのが一つありました。
11月1日オープンの前に、オープンのための記念パーティーというのを行いました。
今でもよく覚えています。
10月の月末だったと思うんですけれども、日付ははっきり覚えていないんですが、
とてもとても暑い日で、とても風の強い日だったことを今でも覚えています。
10月というのに非常に暑くて、風がとても強くて、
その場に集まった方々に、私はスピーチをさせていただいたんですけれども、
スピーチをした後に、みんなで乾杯をしたんですが、
その時に、乾杯した後にドック欄に湧いていた砂が舞い上がってしまって、
そのコップの中の飲み物に入ってしまって大変だったという記憶があるんですよね。
この時にどんな方をお招きしたかというと、
それまで私の人生に関わってくださったワンちゃんの関係の方をお呼びしました。
少し前の配信になりますけれども、
介助犬育成団体のボランティアをしていた時の方で、
介助犬さんとそのユーザーさん、そしてその付き添いの方もご参加してくださいましたし、
婚姻している古文といいますかね、ホームドクターというか、
何かあった時にうちのお客様をお連れできるような、
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そんな動物病院の先生にも来ていただいたりですとか、
それから古文の税理士さん、
そしてこの法人を立ち上げる前からのお客様であった数名のお客様とワンちゃんたち、
そして私を引き上げてくださった私の憧れの先輩トレーナーであるCさん、そしてTさん、
そういった方々に来ていただいて、
皆さんの前でスピーチをして、これからもどうぞよろしくお願いいたしますとお話しました。
未だにその中の数名の方とはやりとりがあって、
仲良くさせていただいているということは、
私の非常に喜びでもあるし、
ご縁が続いていることに感謝しかありません。
施設を背負うということは、
今までのように自分が好きな時に出張トレーニングのお仕事を入れて、
それ以外の日は副業的な感じで派遣社員をするというような簡単なものではなくて、
お客様が雇用がおまいが、金銭のやりとりが発生しようが発生しまいが、
固定費というものは出ていくんですよね。
特に高熱費、家賃、そして給料、この3つは必ず出ていきます。
よく親御さんの敷地の中でやっているんだから、
この地代、家賃というものはただのでしょう、というふうに言われたんですけれども、
ここは父はかなりシビアで、しっかりとお支払いはしていました。
この辺の地下の相場で言えば、かなりかけやすだったと思います。
それでも月それだけでも30万以上の守備ということは、
当時、家賃すら払ったことがなかった私には非常に負担が重いものでした。
それに加えて高熱費、そして人件費、
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月の売上は最低でもこれを上回らなければならないし、
原価消却もされていきますので、そこも考慮しないといけない。
そしてね、当初見込んでいたような集客だったり売上っていうのは、
上げるためにはそれなりのやはり営業努力をしなくてはならない。
そして人が来てワンちゃんが増えて忙しくなってきたら来たで、
今度は一人ではできないことが増えてくる。
そうなると人を入れなくてはいけない。
人を入れるとその人を教育、トレーニングする時間、
そしてその人にお支払いする人件費が増えるということの繰り返しでした。
特にペットホテルですね、ワンちゃんのホテルの方は、
一頭でも犬がいたら必ず人が20時間着くというスタイルで行っていたので、
これはとても需要がありまして、
今でも日本のペットホテルのうちのおそらく7割近くは夜間は無人だと思います。
私は自分の家族を預けるのであれば、
やはり一人ぼっちに夜するっていうのは嫌だったんですよね。
だからこそ人が必ずいるという状態にしてお預かりをするということを一つの売りにしていたわけです。
ただ間違ったのは料金設定でしたね。
今考えれば多分3倍ぐらいの値段を取ってもよかったと思うんですけれども、
そこがやっぱり20代で経験がなくて、
そして自分の行っている事業の先が全く見えない状態だったからこその値段設定で、
当時私はこれで一頭5000円という価格をつけていました。
他のペットホテルの相場が一晩がだいたい小型犬一頭であれば、
夜間人がいない状態で3000円程度なんですね。
そこよりは高いからいいだろうということで安易に値段をつけてしまったわけなんです。
ですがこれが大きなミステイクでしたね。
今私自身は実は主催のコミュニティをやっています。
それはポジティブ×ビジネスポジビジと呼んでいるんですが、
ポジビジ専門職コミュニティというコミュニティを主催しています。
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そこでこの値付けの大切さということは散々話をしているんですけれども、
それは何を隠そう自分の苦い過去の経験があったからなんですよね。
値段というのはいろんな理由をつけて下げるのは簡単なんですよね。
下げるのは簡単だけれど、一度その価格で定着してしまったお客様に対して
ガンと上げていくというのは本当に難しい。
自分自身が経験したからこそ非常に心苦しいことだったし、
それを踏まえてこれから自分のビジネスをやっていきたいという方にはですね、
私のような失敗をしてほしくないなと思って、
価格のお話ということはこのコミュニティ内でもお話を私がよくしているところです。
それを踏まえて今はいくら取っているのかという形になるんですけれども、
これが値付けというのに当初はなかなか苦労していました。
その失敗も全て経験で今に生きているなと思っていますし、
先日お話しした次の新事業にもつながっていくんだろうなというふうに思いました。
東京都内でもドックランがあって、
犬に対してきちんと知識のある人間がスタッフで働いていて、
一頭でもいれば夜間ついていてくれるという施設ってなかなかないんですよね。
だからこそ県外から東京、千葉、埼玉、静岡、その辺りからお客様が県を越えていらっしゃってくださっていました。
なのでこのペットホテルというものは非常に認知が広まれば、
本当にリピーターさん、そしてご親戚のお客様でとてもにぎわっていました。
ただし冒頭にもお話ししたように、このペットホテルに関しては波があるんですよね。
忙しい時期というのは、人様がお休みしているボンクレ正月って言われるような連休っていうことが多かったので、
年末年始やお盆の時期というのは、私は休んだことがほとんどありませんでした。
一番のかき入れ時だったんですよね。
クリスマスもお正月もほとんど当時は家にいないという感じでした。
ただ私はこの自分の事業を立ち上げた時に、もう結婚もしないし子供もいらないし、
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犬だけ犬と会社であればいいと思っていましたので、
それは苦にはなりませんでした。
そしてね、9月に起業して11月に店舗をオープンして、
次にやることは看板犬を迎えたい、これでした。
私の当時のコンプレックスの一つは、ドッグトレーナーで店舗をオープンしたのに看板犬がいない、自分のワンちゃんがいないということでした。
そしてこの施設をオープンしただけでも大変なのに、ここで私はワンちゃんを自分の愛犬、モデル犬、看板犬を迎えたいということで、モデル犬を探すことになったんです。
私が以前飼っていたワンちゃんというのは、いわゆる保健所、昔は畜犬センターといってステイ犬のいわゆる処分所みたいなところがあったんですけれども、
そこから引き取ってきた、本当に純然たる雑種のワンちゃんでした。
5000円で引き取ってきてね、当時私は小学校2年生だったんですけれども、2年生だったかな、4年生だったんですけれども、
自転車の前のカゴに子犬を入れて家まで連れて帰ってきたことを覚えています。
子犬に関しては、私は次も自分が迎えるのであれば子犬を迎えようというふうに決めていました。
本当は私は師匠のところでお世話をしていた。
私がイギリス人師匠のところにいたときに、当時4ヶ月の子犬ちゃんだったゴールデンレトリーバーのスビルちゃんという子がいたんですが、その子が欲しかったんですね。
師匠に一度、スビルを師匠が手放すということになったときに、
なお子だったら日本に連れて帰ってもいいわよというふうに言われたんですけれども、
いろいろなしがらみがあって、私は連れて帰るということを断念したんですよね。
なので、あの子ではなかったら、本当はゴールデンレトリーバーが良かったなと思ったんですけれども、
自分が店舗を構えるということになったときに、いろいろなことを考えて、やはり大型犬より小型犬が良いだろうと思ったんです。
私自身は大型犬が非常に欲しかったんですが、なぜ小型犬にしたのかというと、まずは単純に大型犬の方が小型犬に比べてスペースを取るんですよね。
ということは限られた店舗の中で、この子自分の看板犬が大きかったら、それだけスペースを奪うということになると、
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他のお客様を単純に受け入れるキャパシティが狭くなるということを考えました。
なのでそれが一番大きな考え、小型犬にした理由の一つです。
かつ、私は自分が東京のトレーニング施設で働いているときも、怪獣犬のボランティア団体にいるときも、周りのトレーナーさんたちを見ていたんですが、
彼らの看板犬、愛犬というのは基本的に大型犬が多かったんですよね。
なんですけど、その子たちがトレーニング施設だとしたら、その場に来てずっと怪獣と一緒にいられるかというと、そうではないわけです。
怪獣さんが他のワンちゃんとトレーニングをしたり、お散歩したり、お仕事をしているときには、彼らは待っていなくてはいけません。
どこで待つのかというと、基本的にはクレートの中なんです。
これがね、私はずっと不便に感じていたんですよね。
職場に連れて来れるというのは、羨ましいなと思う方もたくさんいると思うんですけれども、
結局職場に連れてきても、ずっと怪獣と一緒にいられるわけではなくて、必要なとき以外はずっとクレートやサークルに入っている。
それが大型犬だとね、そういうふうになるんだなということがわかっていたので、
小型犬であればスペースもそこまで取らないですし、
クレートに入れておかなくても、どこかちょっとしたレジの受付の内側とか、
そういうちょっとしたスペースがあれば、そこに自由にさせておいてあげられるなということも考えて小型犬にしようと思いました。
保護犬で、小型犬で、私ができれば子犬が欲しかったんですね。
なぜなら、子犬からもう一度自分の犬ということで、
自分が今まで習ってきたことの全てを注ぎ込んでトレーニングを一からやってみたかったからです。
お客様のワンちゃんを、子犬さんをトレーニングするということはたくさんやってきましたけれども、
自分の犬ではないので、その後どうやって変化をしていくのか、それにどう対応していくのかっていうのは、
私のワンちゃんではないのでわからないわけですよね。
なので、それも踏まえて全ての家庭工程を、今私の持っている知識と経験で、
子犬からワンちゃんを育てたらどのようになるのかっていうのを検証したかったんです。
ということで、私は小型犬で、子犬で看板犬になりそうな保護犬を探し始めました。
そして見つかったのが、サー。
皆さんもうね、この答えはわかっていますよね。
そう、このサムネイルでも私が抱っこしている愛犬、美琴さんでした。
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ということで、今回はここまで。
次回は、運命の意図、美琴さんとの出会いについてお話をしていきたいと思います。
また来週末の配信をお待ちください。
最後まで聞いていただきありがとうございました。