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Paul McCartneyとBand on the Run #158
2026-04-05 16:10

Paul McCartneyとBand on the Run #158

まずは予告編をご覧いただければ
https://www.youtube.com/watch?v=s-ddLGdVeTw
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00:01
もうちょっと南アルプスツアーの話をするんですけど、
バーベキューをですね、
宿暴の庭でやったんですけども、
音楽をですね、かけるのをですね、
当初サニーさんが担当だったんですけど、
音楽担当というかですね、
彼女が色々と音楽を流してくれていて、
バーベキューの前から流してくれてたのかな。
それで、なんかもうネタが尽きたみたいに言われててですね、
なんか担当変わってくれみたいな話になって、
私がその後ですね、引き継いだというか、
その後酔っ払って、その後どうなったかよく覚えてないんですが、
とりあえずですね、
縁も竹縄というかバーベキューがすごい盛り上がっていた頃ぐらいに
バトンタッチをして、
僕がかけたのがですね、Paul McCartneyのWings時代のですね、
Band on the Runだったんですよね。
Band on the Runもとにかく私はBand on the Runというアルバムがすごい好きでして、
全部がメドレーになっているようなですね、
こういうのはもうPaul McCartneyのシンコッチョみたいなところがあるんですが、
それをかけていたらですね、
中松さんがですね、
これは誰が選曲したのみたいになったような記憶があって、
僕ですけどみたいな話をしてですね、
その後何回か会話をした記憶があるんですが、
詳細はよく覚えていなくてですね。
Band on the Runをかけたことと、
中松さんとBand on the RunとかPaul McCartneyの話を少ししたという記憶があるんですが、
その後は飲み会の雑踏に流されてというかですね、
翌日も翌日でドタバタしていたので、
話はそこで終わったような気がしたんですけど、
珍しくですね、中松さんの方からLINEが来てですね、
こんなのあるんだよみたいな話があって、
そんなことをですね、
彼から連絡が来るなんてことは非常に稀でして、
わざわざ連絡をくれること自体が非常に稀で、
何だろうと思ってみたらですね、
そのPaul McCartneyがBand on the Runを作るまでの苦悩みたいな話ですね。
03:07
それを、また再生が始まってしまいました。
それをですね、プライムビデオでやっているみたいな話で、
プライムビデオで流れている予告編を送ってきてくれて、
プライムビデオの予告YouTubeを投げてきてくれて、
それを見たらですね、
ちょっともう非常に、当時のよく知らなかった部分もですね、
Beatlesの解散からWingsの成功というかですね、
Wingsの大失敗というかですね、
Wingsも相当叩かれて、
3年ぐらい泣かず飛ばすだったのかな。
そこからBand on the Runというアルバムで大復活をしたところのですね、
ドキュメンタリーの予告編をですね、教えてもらって、
それをようやく今日見たんですけど、
プライムビデオ、Amazonですね。
プライムビデオにプライム会員になっていれば見れるのかな。
プライムビデオで2時間ぐらいのドキュメンタリーですけど、
ようやく見終えてですね、
いやいやいや、これはなかなかすごいものを見たなと思って、
収録ボタンをポチッと押しているわけなんですが、
Beatlesが解散したのはですね、
1974年に正式に解散するんですが、
あれぐらいの巨大な権利問題を抱えているものがですね、
知らなかったんですが、おいそれとも解散ができるはずもなくてですね、
いろんな人が群がって、いろんな人が、
地味猛漁がですね、利権を掠め取るようなですね、
そこに弁護士が敵、味方、入り乱れてですね、
権利を食い尽くすようになるんですけれども、
それがですね、正式に解散をするのが1974年なんですね。
もともとはですね、1969年にジョンが脱退するみたいな話になって、
そこからいろいろいろいろあって、5年かかってるんですよね。
だからおいそれと解散、解散って言って、はい解散って言うわけではないっていうかですね、
それを今日初めて知ったんですが、いろいろ吸ったもんだ、下挙句ですね。
その後、ポール・マカトニーは失意の中でですね、
06:00
最果ての地みたいなところで農場で暮らしていたりとかですね、
いろいろやってですね、ウィングスを作るんですけど、
ウィングスもなかなかなかなかうまくいかなくてですね、
そのウィングスの最高傑作というかですね、
それが作られたのが1973年ですね。
ここがバンド・オン・ザ・ランというアルバムなんですが、
それが出来上がったのが73年で、
その翌年がですね、ビートルズが明拓解散ができたみたいな話なんですよね。
ちょっとよく全然知らなかったですね。
で、よくビートルズでジョン・レノン派とポール・マカトニー派に分かれたりしてですね、
いろいろ争い事が起こるんですけれども、
なかなかこの映画はですね、構成・覇行詩みたいなものがなかなかなくてですね、
ジョン派とポール派に分かれちゃうんですが、
私の感覚で言うとですね、僕はどっちかというとポール派なんですけど、
ポールの音楽性が好きなんですが、
ジョン派の人たちはですね、ジョン一択なんですよね。
ポール認めませんみたいな感じで、もうジョン・レノン命みたいな感じになってるんですけど、
ポール派の人はですね、ジョン・レノンもジョン・レノンで素晴らしいよねっていう感じに思ってるっていう感じが
区分け方ができるかなと思っていてですね、
僕は恩恵的ポール派ですね。
なのでジョン・レノンのことを当然認めてるんですけど、
どっちが好きかというと、近差でポールが好きみたいな感じですかね、というふうに思いますが、
残念ながらジョン・レノンはですね、その後暗殺されてしまうので、なかなか評価を取りにくい部分があってですね、
暗殺されてしまうことがですね、逆に強行ジョン派からするとですね、絶対ジョン派みたいなのが生まれちゃう原因にもなっているような気がしますね。
ハルキ先生がですね、おっしゃってる、15歳で聴いた音楽がその人生のずっと支配するというかですね、
15歳で影響を受けた音楽がその後の音楽生活を左右するというかですね、ずっと影響を与えているみたいなことを配信等でおっしゃられていますが、
09:08
それはハルキ先生のご意見ではないかもしれませんが、そういうふうによく言われますよね。
そういうふうに言われているものをハルキ先生が語っているような気もしますけれども、
いずれにせよですね、私自身は15、16、17歳ぐらいにビートルズとストーンズにハマりましてというかですね、
当時の15、16、17歳ぐらいのですね、音楽がとにかく嫌いでして、洋楽一辺倒だったんですけど、ベストヒットUSAの頃ですよね。
なのでマイケルジャクソンが出てきたり、プリンスが出てきたり、マドンナが出てきたり、ちょっと前にデュランデュランがいて、
カルチャークラブがいてみたいな感じの世界観ですよね。
USA for Africaとかそんなものがあってですね、これも若干くだらないなみたいに思い始めてですね、
で、遡って音楽を聴くようになって、ビートルズとストーンズを聴いて、ウィングスを聴くようになってというのが、16、17歳ぐらいの断面の世界ですよね。
で、邦楽はとにかくバカバカしいというかですね、とにかくサザンとユーミンが本当に嫌いでしても、これが何なんだろうみたいな、これは本当に最悪だなとかって思っていたので、
だんだん洋楽の開古趣味的なところに行ってですね、ビートルズ、ストーンズ、ウィングスを聴いていたという感じですよね。
なので私の中ではですね、3大素晴らしいアルバムっていうのはですね、サージェントペーパーズオンリハースクラブバンド、アビーロード、いずれもビートルズですね。
で、バンドオンザランのウィングス、ポルマカティのウィングスが入るという感じなんですよ。
なので、とにかく何か音楽をかけるっていうタイミングで、普段ですね、ミアムアルプスツアーのバーベキューの時にはですね、バンドオンザランをかけていたという感じなんですね。
12:04
それは何が中橋さんの金銭に触れたかわからないんですが、それで今回のですね、プライムビデオのですね、ポルマカティのマンオンザランとかっていうタイトルでしたかね、それをご紹介を受けたというところです。
それを今回見て随分となかなか吸ったもんだしてた頃のですね、ポルマカティの、ビートルズの解散からポルマカティが何とかかんとか、ウィングスでバンドオンザランを築くまでのですね、話がよくよく詳細がわかりましたよね。
なので、この辺りの史実に興味がある方はですね、ぜひぜひ見ていただければというふうに思いますね。
あとその当時の世相でわかったのはですね、やっぱりウィングスが有名になって熱狂を帯びていくにしたがってですね、ポルマカとウィングスのライブにゲストでビートルズのメンバーが出てくるんじゃないかみたいな期待みたいなのがですね。
次はジョンがゲストで来るんじゃないかみたいなですね。
そんな話が盛り上がっていくとかって言ったりですね、再結成の期待みたいなのがこの時代はあったんだなとかっていうふうに思いましたね。
それで有名なタイマ事件ですね。日本に来日してですね、タイマを持ち込んで拘束されたのが1980年の1月だったそうですね。
その年の12月にジョン・レノンが暗殺されちゃうという感じですね。
なので、こういうロックの虚勢っていうのはですね、すごい早くなくなっちゃうか、生き残られるかというかですね、この両極端が過ぎますよね。
現時点でですね、ポール・マッカートニーも存命ですし、ミック・ジャガーもキース・リチャーズも生きているという世の中がある反面ですね。
たくさんの方が、ジョン・レノンはじめですね、亡くなってしまって、マイケル・ジャクソンもプリンスもいないですからね。
15:06
そんなような感じですね。
何でしょう、ちょっと前にビートルズ解散のルーフトップコンサートみたいのをですね、映画館でやってましたけれども、あの時もいろんなわからない史実がありましたが、それに匹敵するぐらいのですね、今回の分厚い分厚い分厚いドキュメンタリーでしたね。
ビートルズに関心がある方、ポール・マッカートニーに関心がある方、ぜひご覧になれば面白いんじゃないかなというふうに思いました。
そんな紹介を中橋さんに受けてですね、ありがたいなというふうな思った次第であったりですね。
南アルプスツアーは本当に良いツアーだったなというかですね。
そんな感想をいただいたということです。
ありがとうございました。ではまた。
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