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皆さま、こんにちは。スターシード気功師のVlogラジオです。
今日は、2月の20日、木曜日ですね。
今、午後の3時20分で、3時40分に中学生の次女が学校が終わるので、そのお迎えにね、今来たところです。
で、学校のいつも車をね、いいところ認めたいから、ちょっと早めに来るんですけれども、
普段はね、次女はいつもスクールバスに乗って、学校に行って帰ってくるんですけれども、
木曜日は、学校が終わってすぐにヒップホップのリハーサルと練習がありますので、いつも木曜日をお迎えにね、来るんですね。
なんですけれども、まあ今もですね、定位置に車を停めているんですけれど、
学校のすぐ近くにT路地があってね、普段はそんな交通量の多いところじゃないんですけれども、やっぱり学校の送り迎えの時間になると、結構交通量も増えて、
あと中学校のすぐ隣に小学校があって、で、小学校と中学校が終わる時間が時差になってるんですね。
なので、ちょうど私が迎えに来る時って、小学校のお迎えが終わった人たちがね、帰ってくる時間だったりとかして、まあまあな交通量があります。
で、そのね、T路地なんですけれど、中学生が終わる時は、ここにね、あの交通のおばちゃんみたいな人が二人立ってね、
で、時々本物のおまわりさんもいて、来て交通整理をしてくれてね、安全に子どもたちが渡ることができるようにするんですけれども、
まあその人たちが来るのがだいたい3時半ぐらいなんですが、今私3時20分ここに来たら、なんと救急車、消防車、パトカーがいっぱい停まっていて、事故があったみたいです。
どうもね、見ていると、事故にあった人の中に怪我人はいないようなんですけれども、ちょっと物々しい雰囲気になっていて、今驚いています。
スタンドFMの方には、サムネイルがちょっと遠くから撮ったお写真にしてみたり、で、なってるんですけれども、
誰もね、怪我がなかったのは良かったなと思うんですけれども、一つの車はね、横がすごくぐちゃぐちゃになってて、
右側なんですけれど、運転席のところ、だからどうなってたのかな?
ティーロジのところね、縦棒を左に曲がろうとしたところに、右に曲がってきた車が、大カーブを描いちゃってガーンとぶつかったか、
なんかそういう感じっぽいような感じが見えますね、車の壊れ具合を見ると。
多分ね、そのお母さんは、ちょっと早い時間に終わった高校のね、お迎えをして、それで帰るところだったんじゃないかなと思うんですね。
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というのも高校生ぐらいの男の子が一緒にいて、お母さんのことをね、肩をぎゅって抱きしめてあげたりとかして、大丈夫だよっていう感じの仕草が見えます。
事故って怖いですよね。私も過去に2回事故にアメリカで会いました。
その時はね、その年って何かあったのかな?なんかその1ヶ月の間に2回当てられたんですね。
私の過失はゼロだったんですけれども、1回は右からバーンってぶつけられて、で、もう1回は後ろから追突をされました。
で、どちらも警察の人が私の過失はゼロでやってくれたんですけれども、なんかね、やっぱりパニックになるんですよね。
そんな怪我をするような事故ではなかったんですね。スピードもそんなに速くなかったですし。
なんですけどやっぱりパニックになってね、私911なんですよ。アメリカは911なんですけれども、一生懸命110番に…
110番に電話をかけようとして、110番して、あ、違うって言って119番して、あ、違うって、あれ?って思って110番、え、どうだったっけ?って言って。
子供たちはね、一緒に乗ってて、後ろの席にいて、まだね、上の小学生の何年生ぐらい?3年生か4年生ぐらいだったのかな?
なんかびっくりしてね、衝撃が少しはありましたけれども、みんな泣いてね、泣いちゃってたし、なんか警察って何番だっけ?とか聞くような感じもなかったんですけど、
でもね、その事故を見ててくれた人が呼んでくれたみたいで、パトカーと救急車と消防車がやってきました。
で、日本の場合は救急って警察ですか?消防ですか?っていう風になると思うんですけれども、アメリカは911に電話すると全部来ます。
とりあえず全部来ます。救急車も消防車もパトカーも来ます。
で、一応ね、その救急隊員から怪我はないですか?大丈夫ですか?どうですか?っていうお話をされて、
あと子どもたちがまだ小さかったので、チャイルドシートをね、その時は使ってて、
なので消防の人たちは、チャイルドシートがちゃんとついているかどうか、設置が正しくされているかどうかの確認、
で、もちろんそれも問題なくパスしたんですけれども、そして、じゃあ大丈夫ということで帰って行って、
お守りさんとお話をしたっていう感じでしたね。
うーん、なんかそういうことがありました。
日本で私、車の運転を始めたのはちょっと遅かったんですね。
24歳ぐらいの時に免許を取って、そして、でもそれから運転はほとんどあんまりそんなにはしてなくて、
で、シンガポールにお引越しをしました。
で、シンガポールを引越ししてからも車の免許を持っていなかったんですけれど、
長女が生まれてから、
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あ、えっとね、どうしたんだったかな?
長女が生まれる前に、うちの夫がシンガポールでタクシーに乗っている時に事故に遭いました。
で、その時、シンガポールってタクシーがすごく安くて、
日本で電車に乗ったりバスに乗ったりするような感覚で、
というと電車とバスはもっと安いということなんですけれども、
タクシーもすごくね、安く乗ることができて、
そして住んでたところも、本当にシンガポールの一番中心地って言われるところからすぐだったので、
タクシーもすぐ捕まえることができるような場所でね。
なので、いつもタクシーを利用していたんですけれども、
私が妊娠して、出産が結構まあまあ近かった時だったか、
お腹がね、まあまあ大きかったのは覚えています。
そんな時に夫がタクシーで事故に遭いました。
で、タクシーにはうちの夫と会社の同僚2人一緒に乗っていて、
うちの夫はタクシーの運転席の真後ろに座っていました。
で、真ん中にもう一人座って、反対側ね、パッセンジャーシートの助手席の後ろにもう一人座っていたんですね。
なんですけれども、真ん中に座っていたお友達はね、シートベルトをつけていなかったんですね。
で、シートベルトをつけていなかった。
どういう事故だったか、青信号のところに横から車が突っ込んで入ってきて、
それで衝突をしたんです、確か。
結構まあまあ走ってたようです。
で、真ん中のお友達はシートベルトをつけていなかったので、
もう浮き上がってフロントガラスを突き破って外に落ちちゃうような感じだったんですね。
とりあえずフロントガラス、頭でフロントガラスを壊しました。
でも車外に放り出されるまでではなかったみたいなんですよね。
で、その事故があってから、これはちょっと危ないかもって夫は思ったみたいで、
事故に遭うにしても自分たちの責任でって思ったのかわからないですけど、
シンガポールって結構運転が荒いんですよ。
みんなウインカーつけないで、さーって入ってきたりするし、安全に入ってきてくれればいいんだけど、
なんか入りたいって匂わせながら少しずつ寄ってくるとか、そういうことがあったりとか結構するんですよね。
で、運転になるとシンガポールの人たちちょっと性格が変わるんだなぁと思って、
まあ私も人のことは言えないんですけれども、
まあそんなわけでですね、運転免許を取ることにしました。
で、日本の運転免許を持ってたので、そこからの切り替えでね、
私は、どうしたんだっけ、私はそうですね、あの筆記試験を受けて、
で、筆記試験がオッケーだったらもう免許を書き換えできるっていうことで、
で、シンガポールの筆記試験ってね、結構運転免許の筆記試験って難しいよって聞いていて、
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いくつかね、テキストが本屋さんで売ってるので、それを見て練習して、それで受けに行ったほうがいいよっていうことで、
本を買ってね、練習しました。
なんか本によってね、同じことを言ってるけど、単語が違ったり、言い方が違ったりね、
なんかその絵を勉強してる時に学んだ英語の単語って結構ありましたね。
で、当時は私も今でもペラペラってわけではないですけれども、
今よりも全然英語ができなかったので、結構必死にあの勉強して、試験を受けて、
まあ一回で合格しました。
で、一回で合格するのなんて当たり前じゃーんって思うじゃないですか。
日本だったらね、一回で合格する人たちがほとんどだと思うんですね。
なんですけれども、シンガポールの人たちね、多分勉強しないで受けに行って、
で、一回目は落ちるっていうのが定説っていうかね、そんなもんだみたいな感じだったみたいで、
えー、いく子一発で買ったのすごいじゃんってすごい褒められて、
すごい褒められて、それがなんか嬉しかったのを覚えていますね。
まあそんなわけでね、あのシンガポールで免許を取って運転をしていました。
日本に戻った時も、ほとんど車で移動をね、東京だったんですけどしていましたね。
そしてアメリカではやっぱり車の免許がないと生きていけないっていう感じなので、
そうですね、比較的すぐ車の免許を取りに行きました。
まだね、その時娘が一番下の娘、今中学生の娘ですね、がまだ赤ちゃんでね、
母牛だったんですよね。なので試験会場のところでね、授乳をしたりとか、
で、夫もついてきてくれてね。
多分ね、長男も一緒でした。長男も多分一緒にいたと思います。
家族で行ったっていう感じで、長女がね、学校に行ってたのかなと思います。
なんか懐かしいですね。
で、そんな自分の運転歴史の中で事故は、そのアメリカで横からと後ろからとちょっとぶつけられた事故だったんですけれども、
ほんの誰もね、命の危険があるような大きい事故じゃなかったけれども、
車もへこんで直すみたいなことはあったけれども、乗れなくなるみたいなことはなかった。
それでもね、やっぱりショックなんですよね。
ショックなんですよ。
で、子供に怖い思いもさせてしまったし、やっぱりちょっとその後しばらくは運転するのなんとなく怖いなっていう風に思った時もありましたので、
なんかこんな風にね、事故の場面とか見るとやっぱり心をね、穏やかにちょっとそのショックが和らぎますようにっていう気持ちにはね、なりますね。
まだ処理が終わりませんね。
学校が終わるのはあと5分ぐらいで子供たちが出てくるので、それまでにちょっとね、落ち着くといいけれどと思います。
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さて、そんなね、事故の話をしてしまいました。
けれども、今日ですね、あることを私はレジスター、レジストレーション、申し込みをね、いたしました。
それは、今年の5月の20日に、私がいつも稽古を受けに行っているバレースクールのリサイタルがあります。
で、そのリサイタルで、今までね、大人のクラスの発表会っていうものはなかったんですけれども、今飛行機が近くを飛んでいきましたね。音は聞こえたかな。
今まで発表会というものはね、バレー学校ではなくて、バレー団があるんですけれど、大人のそういうステージに立つ機会っていうのはなかなかなくてね、
あ、この話もしかしたら前にしたかもしれないんですけれども、ちょっと膝に不安があるから、悩みはしたんですけれども、
昨日バレー教室にね、バレーのレッスンに行った時に、みんなやろうよっていうお声掛けをいただきまして、じゃあやるかっていう感じでね、やります。
で、そのリサイタルっていうのは、大人の全部のクラスの中からやりたい人たちを募ってっていう形なので、
本当に初心者の人もいれば、私みたいな人もいてっていう中で、みんなで一つの作品を作り上げていくっていうものになるそうで、
何を踊るかまだわからないんですけれども、コッペリアか眠れる森の美女の第2幕のやつ?コッペリアは何をするのかな?
ちゃんとわかんないんですけれども、まあそれに向けてワクワクが募ってきました。
私が舞台を前に、最後にやったのはコロナの前ですね、コロナの前のくるみ割り人形の時に地元のバレー教室のくるみ割り人形の舞台に参加しました。
それが最後でしたので、本当に久しぶりでね、ちょっと意外と緊張シーンなので、舞台の時にちょっとドキドキはしているんですけれども、楽しみの方が今のところは勝っています。
それから私は気候をやって、気候を始めてから自分のエネルギーのね、流れとかバレーの時もね、その自分のエネルギー帯が動いていくみたいなね、あのそういうのをね、今感じながら踊っているので、
そういう意味では今回パフォーマンス、自分の感覚がすごく研ぎ澄まされた状態で舞台に立つっていうのは、本当に久しぶりっていうか初めてですね。
そういう、こういう状態で舞台に出るのは初めてのことなので、そういった意味でも楽しいかなと思います。
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またね、他の人たちと一緒に一つの作品を作り上げていくっていうのは、いろいろな意味で面白いので、ドキドキワクワクしています。
そんな感じですね。なんか事故処理は全然はかどっていないみたいですし、救急車も消防車も動いていないので、やっぱり思ったよりもちょっとひどい事故だったのかもしれないですね。
皆さんも気をつけてください。コロラドはね、昨日も今日も氷点下の1日なんですけど、道路に雪はないので、雪で滑っての事故ではないと思います。
本当に雪の運転って私も苦手で、雪国に生きている人たちってすごいなと思います。
自分もなんですけれども、コロラドは雪がないので、結構すぐに乾きます。
あ、子どもたちが出てきました。
氷点下の1日ですけれども、Tシャツの子どもたちも結構いますね。コロラドあるあるです。
それでは皆さん、またいい1日をお過ごしください。
ではでは、バイバーイ。