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#5「辛いことは良くなるために起きてる。その先にいいことがあるって、思考を変えるようにしている」【何者でもない者たちへ/ゲストNo.32: MAKO】
2026-03-23 2:29:32

#5「辛いことは良くなるために起きてる。その先にいいことがあるって、思考を変えるようにしている」【何者でもない者たちへ/ゲストNo.32: MAKO】

幼少期は極度の人見知りで母親のそばを離れられない子どもだったMAKOさんのお話です。保育園時代から習字、ピアノ、ミニバスケットボールなど多くの習い事に飛び込み、中学受験を経て女子中学・高校へ進学し、中学のバトン部から高校のチアリーディング部へ。高校3年生の大会1週間前に前十字靭帯を断裂し、不完全燃焼のままチアを終えることになりました。エンジニアへの憧れから情報系学部に進学し、大学ではラクロス部に所属。卒業後は、保守運用SEとして勤務しながら会社のチアリーディング部で応援チアにも参加していたとのことです。コロナ禍をきっかけにゴルフに熱中し、ゴルフ仲間との交流から留学を決意。2022年頃からカナダ・バンクーバーでワーキングホリデー、コーププログラムを経験。2025年7月、帰国直前にInstagramで偶然見つけた投稿をきっかけにカナダで競技チアリーディングを再開。レベル6のチームに加入し、2026年4月の世界大会出場とファイナル進出を目指して活動中です。MAKOさんは自身の挑戦が、誰かの人の背中を押せればとクラウドファンディングをされています。もし応援していただける方がいらっしゃいましたら、下記よりご確認いただければ幸いです。https://camp-fire.jp/projects/920211/viewーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーあなたの人生も、 きっと誰かの勇気になる。それが必要な人に届くよう、「👍」「🔁」共有お願いいたします。このアカウントでは、”何者でもない”一人ひとりの人生を発信しています。チャンネル登録して、次のお話をお待ちください。あなたの人生を聴き、一枚の絵にするセッションも行っています。ご興味のある方は、プロフィール欄のリンクをタップ。インタビュー記事や音声もリンクから。▼番組概要お客様の幼少期からこれまでの思い出を辿りながら、その場で、その思い出をイラストにして連ねて行くサービス、”何者でもない者たちへ”。この番組では、サービスを受けていただいたお客様のインタビュー音声を公開してまいります。イラストに興味を持たれた方は、下記URLより、note記事をご覧いただければと思います。語り手ご本人が、自分理解や自己受容を深めるだけでなく、聴く人にとっても、新たな視点や勇気、学び、安らぎなど、少しでもいい影響がありますように。▼リンク集https://lit.link/minasamae▼サービス概要・申し込み・イラストをご覧になりたい方は下記https://note.com/minasamae/n/n01916a19c3a7▼提供物約3時間のインタビュー+イラスト▼番組の感想はインスタグラムのDMまでお寄せください▼感想ポストX(旧:Twitter)には 「#何者でもない者たちへ」をつけてをつけてご投稿ください。▼MCハル自分にできることを模索し、本サービスを開始しました。イラストを描きながらインタビューします。 X: @minasamae Instagram: @minasamae#何者でもない者たちへ#人生#インタビュー #チアリーディング#海外生活#ワーホリ#30代の挑戦#夢#クラウドファンディング#挑戦#応援#振り返り

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サマリー

今回のゲストは、エンジニアからカナダでのワーキングホリデーを経て、現在競技チアの世界大会出場を目指すMAKOさんです。幼少期は極度の人見知りだったMAKOさんが、習い事を転々としながらも中学受験を経てチアの世界へ飛び込み、高校3年生で前十字靭帯を断裂するという挫折を経験します。情報系学部に進学しエンジニアとして働く傍ら、会社のチア部で応援チアに参加していましたが、コロナ禍を機にゴルフに熱中。ゴルフ仲間との交流から留学を決意し、カナダ・バンクーバーへ渡航します。 カナダでのワーキングホリデーやコーププログラムを経て、競技チアの世界大会出場を目指すMAKOさん。偶然見つけた投稿をきっかけに競技チアを再開し、レベル6のチームに加入。世界大会出場という新たな目標に向かって挑戦を続けています。自身の挑戦が誰かの背中を押せればと、クラウドファンディングも実施中です。本エピソードでは、MAKOさんが現在の挑戦に至るまでの道のりや、チアへの情熱、そして困難を乗り越えるための思考法について語っていただきました。

00:03
こんにちは。イラストとともに人生を振り返っていくインタビュー、何者でもない者たちへのハルです。
今回お話しいただくのは、20代後半でエンジニアを辞め、ワーホリと留学でカナダに渡航後、現在はそこで競技チアの世界大会決勝を目指すMAKOさんです。
挑戦する姿が、より多くの人の応援になればと発信とクラウドファンディングを始めました。
今回は、その挑戦に至るまでの道のりをお聞きしました。もし彼女を応援いただける方がいましたら、概要欄よりお願いいたします。
収録日は、2026年3月5日、6日です。それではお聞きください。
始めていきます。よろしくお願いします。
現在のカナダでの生活と仕事
はい、いつも現状についてみたいなことから始めに聞いてるけど、今何してますかって言われても、うん、なんかざっくりしてるなって感じだと思うんで、
今日何したみたいなことからいつも聞いてて、朝起きてどんな朝だったかみたいな、何して今までこの時間何してきましたみたいな感じのことを話してもらっていいですか。
はい、今日は朝から、朝8時くらいに何名屋で仕事があったので、
休憩して、コーヒー入れながらお昼寝しながら食べ、
1時半前くらいに家を出て出勤しました。
で、3時半くらいまで働いて、今ダウンタウンに来て、カフェでお話し中です、今。
え、いまだにバンクーバー住んでるの?
いまだにバンクーバー住んでも、ずっと2年半くらい同じところに住んでるんです。
そろそろ出たいけど。
なるほどね、なんかあてはある?
ないです。
ないんだ。
難しいもんな。
最近家賃下がってるみたいだから、他も見つけやすいのかなっていうけど。
あ、そうなんだ。
基本的にさ、もう上がってしかいなかったから朝8時。
うんうんうん、ほんとにずっと上がってたけど、なんか最近で一番安いみたいな。
どんぐらいなの今?
今700、800でシェアハウス住めるんじゃないかな。
だいぶ落ち着いてきた?
うん、だいぶ落ち着いてきたと思う。ピークだと900、1000とか。
うんうんうん、なるほど。
で、相変わらず仕事はパンパンに詰まってるの?
仕事は2月末で日本のリモートの仕事が終了いたしまして、
で、それと同時にパートタイムでやっていた仕事を3月から昼タイムでやり始めて、
そこで今、ルールタイムと言いつつ、1週間で30時間ぐらいしかやってないけど、
で、プラス友達のチェア教室、サイト教室をお手伝いしてるみたいな。
なるほどね。
だから2月までは忙しかったけど、3月からはちょっと時間がありつつ、
でもまたIT系に戻りたいから就活しつつみたいな感じですね。
日本はIT系の仕事してました?
うん、日本のIT企業でサービスサポート、おさまサポートで仕事をしてた。
今後のIT系の仕事を戻りたいっていうのは、日本での仕事か、カナダでの仕事か?
とりあえずビザが11月まであるので、今厳重キャリリー事業をやっているから、
こっちで生活できるお金を稼ぎたい。
キャリアのことを考えると、IT系でリモートの仕事を探すのが一番。
あとはこっちのカナダの企業でも同時並行で探して、
でも全然引っかからないから。
あれば。
すぐお金につながりそうな日本のリモートを重点的に探してる。
カナダに残りタイムはどれくらいあるのか?
ビザ審定とか、次のビザどうするとかまで考えてるのか?
一応11月以降、もう一回ROBが取る案数があるから、
それを取れるように頑張ってる。
自分で取れれば安く取れるけど、
エージェントトップとかも高いから、取り切れてくれたらいいなって感じで。
やっぱりカナダに今行くっていうのも、
チェアリーディングをそのまま来年、
4月で一旦シーズンが生まれたらまた10月以降、
また生まれる1年。
もう1年くらいチェアできたらいいなっていうので、
もうちょっと行きたいなっていうのもある。
あとは日本に帰ってる未来はどうつかない。
そうなんだ。
これは仕事的な話なのか、生活的な話なのか。
生活的なところかね。
カナダに馴染みすぎた。
3年半。
長いよね。
競技チア再開の経緯
長すぎね。本当は2年の予定だったんだ。
そうだよね。2年の予定であった。
2年の予定であった。
そもそもなんでカナダ。
それ引く前に、まずでもチェアの話を聞くか。
今結構カナダに残る理由が1つに大きなブースで、
チェアがあるみたいな感じのことを言ってたけど、
どういう経緯でまたというか、
カナダのチェアを始めることになったかっていうと、
これから大会に向かってみたいなことを言ってたけど、
そこまでの流れを話してもらっていいか。
すごい、去年面白いっていうか、
自分的にはすごいビッグな出来事で、
本当は去年の9月に日本に帰るつもりで、
フライトのチケットも買って行って、
7月末ぐらいにインスタグラムで、
エージェントの投稿で、
カナダファンクーバーでチェアやってる子がいるっていうのをやってて、
全然チェアやってる子が大会にいるなんて知らなかったし、
その子のアカウント飛んで、
日本大賞でもチェアやってて、
全然知らない子だったけど、
すごいワンメッセージしようみたいな、会いたいって思って、
急にDMして、
本当は日本に帰る予定だったけど、
カナダでチェアしたいと思ってるんですけど、会いませんか?みたいな、
ちょっとこじつけが、
日本大賞で初めましてってあって、
帰ろうとすることは言わなかったんですか?最初は。
テキストでは言わなくて、
会った時に実は、
会うこじつけのためにテキストで、
カナダでチェアやりたいって言ってたんですけど、
確かにチェアやりたいのは本当で、
実際に会ってみて、すごい意気投合して、
最初、私カナダから帰ってから、
どうしようかな、みたいな気持ちしてて、
オーストラリアのチェアについて調べるのやった。
オーストラリアのチェア調べて、
次、その子と会う機会があった。
私の子が、カナダにいないみたいな。
私も、
オーストラリアの女性も、
インディテーションを持ってたから、
伸ばせる状況ではあった。
あ、そうなんだ。
あって、その子がいた方がやっていい。
どういう感じで、
カナダでチェアの状況が分かりやすいかな、
じゃあカナダでチェア始めようかな、
っていうので、その2日後には、
チェアリーディングのジムに連絡して、
見学行って、2チーム見学行って、
1個目はちょっと、私が思ってたレベルじゃん。
2つ目のちょっとレベル上。
だけど、そこで人が足りてない。
ちょうど私のポジションを下がってる。
違ったから、
スッて入って、
最初テストとかあんのかなって思って、
初めての練習ってのがある。
ここの時にグループ入って、
すぐに練習始まって、
練習終わりに、
コーチに入れるんですかね、
補欠でもよかったら入れるよ、
みたいな感じで、
ジムに入ります、みたいな。
っていう始まり。
じゃあ、やろうかなって思った時には、
取れそうと思ったら、
すぐにどんどん病室に行ったみたいな。
本当に私が思い立ったらすぐ行動するタイプだから、
カナダに来た理由も、
今やるしかないみたいな。
半年後?
決めてから半年後くらいにカナダに来てたし、
結構行動力が上がってた。
行動するにしても、
相手が一番。
相手の枠もちょうど、
運よく空いてた。
本当に良かった。
チアやりたいよ、みたいなのは、
ずっとあったわけじゃない?
外をたまたま見たっていう。
たまたま見た。
チアやりたいっていうのは、ずっとあって、
競技チアと応援チアの違い
コロナ前までは応援のチア、
会社が持ってるチアリーディングで、
チアリーディングで野球部とバレーボール部、
応援してて、
それもコロナ禍で応援なくなっちゃって、
やることなんもないな、みたいな。
そこからコロナ終わり頃にカナダ来て、
また2年来たら日本帰るから、
そしたらチアも再開できるなって思って、
筋トレも続けてて、
応援チアじゃなくて、
競技チアに戻って、
この時に応援チアやってて、
この時も、
コーニで全従事人体切って、
人体切って、
手術して、
最後3年生の参総会で、
ちょっと演技して、
みたいな感じになったから、
3年生の状態でチアリーディングは終わっていて、
また競技チアに戻って来られたのは嬉しいというか、
再チャレンジ。
そもそもの話だけど、
競技チアと応援チアっていうのがどれほど違うのか、
応援チアは本当にみんながイメージするような、
ファンタイムショーでチアが踊ってたり、
チアがダンスしてたり、
そういうのが応援チア。
お金もらってやってるチアみたいな感じ。
競技チアは本当に競技として、
別に誰も応援するんじゃないけど、
応援チアをして、
今の私のセクションだと、
日本の、
日本の演技の中で、
難易度と綺麗さとか、
ジャンプを、
見せるチア。
特典とかが、
ある程度評価基準になって、
それを応援チアをやるというか、
内容が変わってくるのかな、
やることの。
スタンツっていうのが、
チアリーディングの基礎というか基盤。
スタンツっていうのが、
組体操みたいな人を肩の上に乗せたりとか、
女の子のチームだと、
3人で1人、
持ち上げたり飛ばしたり。
応援チアとかだと、
ダンスが多いかな。
頭にスタンツしてるところもあるけど、
すごい似てる感じがする。
すごい組み上がって高いところから飛んでるみたいな。
そうそう。
すごいよ。あんたがああいうのが競技チア?
競技チアかな。
どっちの方が好き?
どっちも好き。
高校の時はずっと競技チアやってて、
ツアーとかで2回して。
次の日は、
会館で競技チア、
会館で演技するだけ。
めっちゃちんどかったけど、
まだそれはそれで楽しくて、
大学大臣と連絡して、応援チア、
チアリーディング部で応援するっていったのが、
それはめっちゃ楽しかった。
東京ドームで強かったし
日本代表の人とかいたから
応援しがいが
雰囲気もすごい盛り上がってる感じだし
本当にそれもそれで
ツヤ出し来ると客席が開けてしまうから
応援しなきゃみたいな
結構そんな影響出るんだ
確かにみんな見てて
それ見て応援合わせるとか
応援を指導する立場だから
まさにチアリーダーって感じ
言葉通り、意味通り
言葉通りの
どっちも好きで
たださっきの話で言うと
高校の時の感情の召喚があるから
ちょっともやったし
今回はバタリングプレイというか
全くでも予期してなかった
カナダでのチアの状況とレベル
カナダでやれるなんて
なんでこう
探そう
そんだけ好きなアレ日本に
そうだよね
探してもよかったかなと思ったけど
多分自分の好みがない
英語で全部やらないといけない
チアリーディングと言うと
ワードも違う
3年カナダにいるけど
未だに英語に自信がないところはあるから
その状況で一人で
チアリーディングチームに入って
できるのかとか
そういう自信なさから
選べることはしなかったんだと思う
行ってもうまく馴染めるとか
活躍できるとか
競技中は特に
10年以上ぶり
体力的な方だし
今ちょっとだけで考えると
体力的にもどっかんないし
みたいなところが
詰まったらけ
実際やって
大会しても
この辺はどういう感触を得て
本当に
練習に関しては
指示がわからない
最初は
今もおどおどしてるけど
今のもチアリーディングが
増えてくるし
技の課題を諦めて
なんだこれみたいな
知られる人たちを
覚えて
いい人できる
みたいなことをやってますね
やっぱり全く
文化というか
どれくらい違うの?
日本で競技をやってるときと
なんていうの?
楽しい
楽しさは
倍以上
やっぱり
高校生と部活としてやってると
日本の人ってさ
ピッとしてないといけない
返事は
絶対
軍隊みたいなね
日本の
そうそう
手は絶対後ろで組んで
コーチがしゃべってるときは
何もさせない
けど
体を
うがむたびながら
癒やして
腕組みながら
コーチの話聞いて
座ってる人もいるし
なんだこれみたいな
そういう意味では
ゆるさもあって
技術的な面で
違うとかは?
日本と
学校のやり方は
違うんだよね
違うね
やっぱ日本だと
結構
なんか
綺麗
一個一個
意識して困ってる
ポイントポイントで
あんまり力を
使わずに
上げる
みたいな
感じだけど
こっちは結構
力上げ
なんでもうちょっと
こうしないんだろう
とか思う部分が
あるけど
それは
こっちのやり方も
切れないし
思うところは
あるけど
一旦
様子見つつ
それは
なんか
良くないのかな
日本的な
学んできた
流れでいいと
思う
やっぱり
技の難易度も
違うし
なんか
全てが日本の
私が
今までやってきたのが
使えるわけじゃない
ちょっと今
模索中
みんなどうやってんのかな
みたいな
やっぱなんか
なんだろうな
体の作りが
違うから
やっぱり
味が違う
みんなも
元から
体が
つりつりしてるし
筋肉あるんだろうな
とか思うね
だから
タイミングとか
ちゃんと
考えなくても
考えてはいるんだろうけど
ちょっと日本とは
違う部分かな
っていうのを
どういう
そのなんだろう
日本の
人種の割合
って感じでやってる
西洋人ばっか
とかっていうこと
そうだね
国営上
7割
自分的に
私以外は
みんな
かなりやってて
お隣は
みんなで
上は
中国系とか
インド系とか
感じかな
だから
みんなね
アジアの子もいるし
完全に
国営上の子もいるし
みたいな
私だけですね
アジアの子も
そうなんですよね
もともと
日本で
日本でというか
バンクバングて
カナダで
relatively 上をやってた
一緒な訳っじゃない
じゃない
同じチーム
人間に
同じジムだけど
違うチーム
そういうのはあるんだ
Hollywood
レベルが1から7まであって
1が小さい子たちと初めてティアリーディングをやると
7までいくとピラミッドで3年に重なる
3段のピラミッドができて
私はやってるのが今レベル6
レベル6だと2段までの技で
2段の総武術ができて
3段の技が難易度が高くなる
そういうのをやってる
レベル7までいくのは大変なのか
6から7ってやっぱり大きく違うんだけど
日本人からするとレベル7の3段のピラミッド
3段に重なるやつはやってるから
レベル7もできなくはないと思う
6と7の2段の技が日本でやってるときより難しいから
2段の技、6と7もやっぱりことは違うけど
どこに楽しさを求めるかみたいな
どこに楽しさを求めるかみたいな
3段に重なると見栄えがいい
レベル6でも2段でいろんな技をやったら
私のポジションベースの下の
上げる方としてはいろんな技ができて楽しい
難度は7の方が高いかもしれないけど
6でできることの技の幅が広いから
そうそう
もし3年くらい後、キアできるとしたら
世界大会への挑戦とクラウドファンディング
もう1年、今の中にレベル6でやって
その後、レベル7にも挑戦
できたらいいね
その大会に行くっていうのは
どういう流れで行くことになったというか
トラファンでやっているのは
4月末に向けての世界大会に向けて
トラファンをやっていて
世界大会自体は
私も入ってから途中で知ったんだけど
既に私たちのチームは去年の時点で
招待状をもらっていた
本当はシーズンが12月から
4月末に世界大会まであって
12月から3月
その大会で自分の人が世界大会に出る
みたいな感じだった
6年分の世界大会を
4年で行った
世界大会に行けるチームだった
すでに
そこは決定
また
去年のように
3月の大会で
翌年の大会のチームを
取りに行こうと
今頑張っているって感じかな
あとは世界大会の決勝戦に向けて
どれくらいの難易度なのかわからないけど
相当きつい
世界大会は大変なんだろうけど
レベルの話
さっきのレベルの話
レベル
どういう感じで開かれるのか
レベル7の人たち
そもそも世界大会に挑戦できないのか
レベルはそこは関係なくていいのか
どういう感じ
世界大会に行けるのは
ワールドチームっていうレベル5以上
レベル5、6、7のチームで
5、6、7のチームが行けて
大体競うのは
レベル5の中
6、7の中
レベル5の中でも
スモールチーム
人数が少ない
あとオールガールズ
私が行って
もしくは
コエドっていう男女一緒のチーム
男女一緒もあるんだ
レベル7もいろいろ分かれてる
でも
セクションごとの競うみたいな感じで
世界大会に行く難易度は
ちょっと私は期待しておりません
でも
大会からここら辺のバンクーバーとか
この間アボットフォードの大会があって
そこの病院でチケットが
取れるみたいに
私も今大会をこなしているっていうか
私の初めてのシーズンで
どういうこと?みたいな
キーメイトにちょっとずつ聞きながら
なんで私たちがチケット持ってるの?みたいな
世界大会に出てたら
いろいろ聞いているところだけど
現状は
決勝に行くほうがレベルは高いかな
レベル難しい
決勝っていうのは世界大会決勝
セミファイナルとファイナルがあって
セミファイナルで
なんか面白いんだけど
上位ないじゃなくて
国で言うと
上位3チームは行けるらしい
上位3チーム
カナダのチームのレベル6で
オールガールズ
ノンタンブリング
タンブリングがあるない
バネがあってか
タンブリングする人がいるかないか
みたいな
だから私たちは
ノンタンブリング
スタンプだけしてあげるだけ
そこのセクションで
カナダで上位3チームに入らないといけない
狭いね
狭い
去年何分のないだったか忘れちゃったけど
ファイナルは逃してたけど
前々回かな
バンクーバー
BC州周辺の大会で
ファイナルも近いんじゃないの
コーチが言ってたから
頑張っていけんじゃないかなって
私は思って
ちょうど頑張りがいのある
そうそう
全然余裕じゃないし
行ける
クラファーをしようってなったのは
どういう経緯
クラファーをしようというきっかけは
チアリゼイドの友達が
常に世界大会に向けてクラファーをしていて
私がちょうど2月末で
日本の仕事が終わっちゃう
そこまでは
1年くらい安定した固定収入
得れてたけど
得れてたからチアリゼイドもできると思って
チアリゼイドを始めて
事業の委託だったから
契約して
やばい
どうしようかなって
とりあえずシーズン最後まではやりたかったし
友達に相談して
クラファーをやってたからやり直した
クラファーをして
あんまり私のイメージが
来てくださいって言ってるようなもの
だから結構
悩んでたけど
クラファーを始めて準備するにあたって
どういう風に応援してもらえるかなとか
ただ応援してもらうだけじゃなくて
普通に自分の活動
こういう人がいるっていうのを
知ってもらうことによって
来たら嬉しいっていう風に考えるようにして
お金がどうこうっていうよりかも
こういう人がいるよっていうのを広めることによって
何かにつながるかなとは思って
やってる感じ
こうやってまた頑張ろうとしている
そのストーリーを共有して
その人がそれこそ元気になるなり
何かやろうとするなり
何かに影響があるという方向性で
考えてるっていう
クラファーって結構難しいよね
自分も調べたことあるけど
もらうからには何かしなきゃ
何を変えてるかみたいなことを考える
この落とすところがなかなか
例えばもの
こういう便利なものを作ったので
クラファーでいくらで買ってくれる人には
いくらクラファーしてくれる人には
このものが出ますとか
分からなくはない
けどこうやって個人の体験とか
そういうのが結構大事かもしれない
ストア
チアを知らない人に
内容を見てもらって
応援したくなる文章かなとか
チアってどういうのか分かってもらえるかなとか
見てもらったり
して
結構自分的には
このチャレンジって
自分にとってはなんてことないことかもしれないけど
周りに
すごいよとか
私からクラファーを始めるのすごいなとか
そう思ってくれるの
思ったら
気持ちになってきた
それはクラファーを始めてから
思い始めていた
それとも始める前から
誰かと友達とかにシェアしてた時に
ぜひやってよみたいなのを受けて
じゃあこれだったらやろうかなって
クラファーを始める前に
本当に
ずっと
聞こえなくていいか
こんなことして
やらないかなとか
思うよね
賛否はあるだろうし
チアの大会での緊張と課題
そこから
始める直前
までは本当に
公開するのも1週間延期したぐらい
どうしよう
ドキドキするよな
後輩とか先輩とか
いろんな人から応援メッセージとか
この支援を通して応援してもらっているのを感じて
それを感じれたことに対して
やってよかったなって思う
まだまだ3月末までだから
道半ば
今は友達中のフォロワーとか
知ってる人にしか発信ができていないから
そこ以外の人
同じ長期で30〜40歳ぐらいの人
でも
支援目的というよりかは
こういう挑戦をしている人がいるっていうのを
発信していきたいなとは思っている
確かにね
何かと動きづらくなる年齢に
なりつつある
ゲームニューコンの中に
3人ともいて
去年出産したのがひっかり
いるから
本当に
支えてくれる旦那さんもいないんだけど
できないことってないんだっていうか
そういうのを
発信していきたいですね
なんかそれはいいかもしれないよね
どういう人がやってるのか
チームメイトで
カナダだからっていうのもあるかもしれないけど
でも実際
同じ地球上で
やろうと思ったらできるよみたいな例ではある
だから
どういうメンバーがいて
どういう文脈でみんなやってて
発信できたらもしかしたら
同じ世代の人とか
諦めちゃったりとか
やってみようっていう
逆に何に困ってますみたいなとか
でもいいかもしれない
こういうこと困ってたけど
これはこういう風に乗り越えてとか
こういう風にやるやつ
仕事の話じゃないけど
本当はITやりたいんだけど
とりあえず今前からやってる倍増で
範囲を広げてどうにか
実態を知らない人からしたら
なんでそんな危ないことしないのみたいな
危ないのとか
そういう意地じゃないけど
意外とやったらできるぜみたいな
そうだね
そういうのを見れるといいよ
自分でやってると
周りから言われて初めて
サムネイトしてるんだ
なんかそれ結構お互いのために
もしもしたら
見せることで勇気を与えられるかもしれないし
自分も
みんなできないことなのかも
実はそういうことしているのかもしれない
自分も勇気づけられると思う
そういう感じで
でもどうにか
記事をザーッと読んだ限りだと
届かなくてもいけるみたいな目標に
っていうのは
見せることに意味があると思っているから
うんうん
とりあえずやり切るんじゃないけど
実際届かなかったらどうする?
目標金額が一番
プレゼントとか
大会で
大会で成績を残しますとは
断言はできない
気持ちとしては断言する
金銭的なことと目標的なことと
大会の成績と
金額的なところは届かなくても
どうにかできる
どうにかするし
どうなるか
金額的なところはもちろん
達成したらだいぶありがたいけど
満たせの満たせでも
それは応援してほしい
それは
たまに
これも
また
また
増えます
増えます
増えます
増えます
でも、世界大会に行くってことは、それだけの世界大会規模のチームが集まっている、そういうチームの中で感じられて、見れて、
結構いいモチベーションになると思うし、そういうところは結構楽しいものを作るからです。
ちょっと回答になっておく?
いや、俺も質問が結構曖昧だから。
でも、なんとなく思ったことを喋ってくれればいい。
なるほどな。実際、去年の成績ではこんなもんで、コーチの評価もこんなもんで、いけるかもね、みたいな話をしたと思うけど、
なんか、課題感みたいなのって分かった?なんか具体的な。すげーなんかスポコみたいになってきて、これが一応チームの課題で、みたいなとか、そういう取り組み方は感じました?
多分結構本番に弱い。それは本番緊張するし、みんなに比べてみて、練習全部通してやってできたことが、本番になってできなかったとか、それはあるけど、
ジャッジからの評価って、全体的な技の難易度から失敗したときに引かれる、みたいな感じだから、全体的にすごいこと、いいことをやってるとしても失敗したときに。
そのせいで、初期の大会は大会でしたね。
へー、はいはいはい。そうなんだ。
3分の5だけど。だから、難易度的には他のチームもいいことやってるのに、マイナスの点数が多かった。
はいはいはい。
そういうのは、改善できるポイントでもあるけど、そういうところもあるから、やっぱり本番に向けて練習のようにできるようになっていきたいなと思っております。
日本とカナダの大会の雰囲気の違い
一人で働いてどうでもなるかもしれないけど。
ジャッジチームができるように。
そうそうそうそう。せめて自分の関わってるところはちゃんと練習できるように。
いやー、それでもなんか難しいよなぁ。
競技として、個人が自分のミスが全然響くわけじゃん。
明確に、しかもこのインターナショナルな場で、しかも自分が結構ね、クソとかが来た人間でとかって、なんかすげー、そのことをピンチさせるとはダメっていう。
本当に恥ずかしい話、この間の先週の大会の2日目が、本当にその日のチームの中で、いつも最後の最後で、アワードの直前。
みんなアワードのために待ってて、いつもより多い人数が見てるみたいな状態で、結構緊張してて。
それはみんなそうだった?このチームメイト。それとも個人的に。
みんな緊張してたのかな?わかんないけど、個人的にはめちゃくちゃやばくて、緊張してて。
2分間の演技の中で、最初の1分やって、後半1分がずっと一人一人肩に乗せながら、ピラミッドの一部として動き回るみたいな、いろんな方向に。
結構ハードで、上の子を落としたら、全体的な見栄えもどうにもなくなっちゃうから、絶対落とせないっていう緊張。
なんとかそれをやり遂げて、一番最後の最後でダンスがあるんだけど、肩から落とした瞬間、めっちゃホッとして、これやり終えたって。
その瞬間、自分のダンス飛んで、真っ白。3秒ぐらいダンス飛んで。
動くところは動くけど、手の動きが全然わかんないってなって。でも気づいたら、最後のポージングまではできたけど、途中飛んじゃったから、手も終わって泣いた。
いやー、しんどいな、これな。
私のビデオで見たら、あんまりバレない感じだったけど、それをやってしまったことに、私は悔しくて、っていうこともあったね。
練習しててもね、本番のこの空気感だよ。
本当に。
何でも起きる。
うん、何でも起きる。本当に。今まで失敗したことのないことが起きるから。
そういうことは今までなかったの?今回みたいなことって。
ないね。初めてこんなダンス飛んだのって。
それはチューエイトとかとどういうコミュニケーションとか?
なんか、終わって、え、どうしたの?みたいな。
ダンス忘れた?みたいな。
でもチューエイトとチューエイトって大事だよ、みたいな。
言わなかったらわかんないから、知らない。
結構、そういう、
高い。
楽観的な感じで、ありがたかったけど。
実は泣くほどでもなかったのかなっていう。
他から見ればね、そういうことね。
意外ともう体が覚えてて、自分としてはなんかあやふやだったけど。
いつもでもなかったかもしれないですね。
なるほどね。そうなんだ。
すごいよな。
でもそれは競技的な緊張感であって、
それが日本だから、カナダだからっていう話ではあんまりないかな。
そうだね。それは国は尊敬なしに競技的な緊張感かな。
でも大会、ごめん。
いいよ、いいよ。
大会に言うと、日本とカナダの大会の空気感が全く違います。
そうなんだ。
それは意味で。
意味で、意味で、意味で。
意味なのかな?わかんないけど。
どっちが?
日本はそういう意味で厳粛な雰囲気が、なんだろう、なんだろう。
チームはみんな集まって、演技始まった同時に、
なんか後ろでポンポン振ってないといけないみたいな、謎の軍隊みたいなことが。
大会も朝から晩までずっと朝みんなで集合して、
みんなの全部のチーム見ないといけないし、夜も。
カナダはラフ。
自分たちの同じジムのチームは応援して見に行くけど、
直前とかに会います。
だいたい演技の2時間前とかに集まって、
ちょっと他のチーム応援して、ジムたちに会って始めて、
そこから体力的にも楽だし、
タワーでのときもクラブ会場かみたいなぐらい音楽が音楽になってて、
踊りだして。
そこから会社MCがマイク持って結果発表みたいな、楽しい。
そうなんだ。
結構みんなアワードを楽しみに来てるみたいな感じかな。
出場者にとってはずっとそうだった。
なおさらそんなに人が集まってるはずも普段集まってなかった。
そうそうそうそう。
アワード前だからめっちゃ人が来てて。
話させるときだけ空気感違うんですけど。
そういうこと。
思い込みかもしれない。
でも本当にチームメイトに話したら、
そんなに観客がいるってことはそれだけの応援がある。
楽しいじゃん、ファンじゃん。
考え方が違うなって思った。
私はもっとナーバスになるしプレッシャーを感じる。
そうだよね。
そう思ってたけど、違った。
考え方が違うね。
思考回路が違う。
素晴らしい。
素晴らしいな。
皆さんに見てもらえるっていうことがプラスに考えられないもんね。
そうそうそう。
緊張すぎちゃってね。
人前に立つことへの苦手意識と克服
余計失敗できないじゃん。
そういうこと。
でもさ、どうなの?
結構人前にとって何かするみたいなことは得意な方ではある?
めっちゃ苦手だね、発表とか。
けど、多分チームで何かで発表するとかは好きかも。
そうなんだ。
大人数の一部として人前に出るのは多分好き、そういうのは。
一人では怖いけど。
幼少期の人見知りエピソード
一人で注目を上げるのは嫌だ。
けど、みんなといれば怖くない。
中学もね。
中学もバトンブだったし、
ダンスのバレーとかもやってたときもあったし。
嫌いじゃないと思う、人の前に立つのが。
でも人によってはね、みんなで出るのもしんどいみたいなのもあるだろうから。
そういう感じだよね。
そうだね。
小さい頃から舞台でやったりとか、
大勢でみんなチームとかで出て行って、大勢の前で何かするみたいなことはあったってことなの?
それは人なりかもね。
なんかそのやっぱ、
教育園とか小学校でやるこういう舞台とか、
音楽会とか、
バレーぐらいかな。
だからめちゃくちゃ人より経験値が低いって感じでもあったけど。
こっからどんどん小さい頃の話とかを振り返っていこうかなと思うんですけど。
なんかどんな子供だったとかって動いてる?
一番幼いっすよ?
わかんないけど、とりあえず1日目だった。
めちゃくちゃ。
あ、そうなんだ。
そうなんだ。
母親の同僚たちの家族、
集まってるときとか、
されてきた魔法っていうのに、
されてきた魔法。
もうずっと親の横にくっついて、
スルターにして、
母親いないとどこも行けないみたいな。
人見知りだったけど、
人見知りエピソードで言うと、
人見知りだからかわかんないけど、
ボーイクラブの頃、
発表会があって、
そこに遅刻しそうになったのかな?
遅れて入って、みんながいるところに。
みんなと違うことが嫌だったからなのと、
めっちゃ泣いてた記憶がある。
人と違うことするのって、
嫌な人間だって思ってた。
人が人生的に痛い。
目立ちたくない。
普通で痛かった。
それで言うと、今はね、
行動をめっちゃするみたいな感じで、
関係なくなってきてる。
他の人の目はどういう意味ですか?
習い事と中学受験の経験
いつ変わったんだろう?
小学校ぐらいの時は、
そういう感じだった?
人見知りはいつまで続いてたのかな?
人見知りは、
小学校、
でも、
高校学年前、
中学校で、
自分って、
中学校と、
繋がらないといけない。
で、もうちょっと、
ナイスにすぐに、
手だるを得なくなった。
小学校の時の、
友達は別に、
こんな苦労なく作れば、
みたいなイメージなのかな?
そうだね、
地元の保育園に行ってたし、
その保育園の同じ子が、
小学校にも行ったし、
小学校で、
友達に来るって覚えてないね。
塾とか、
習い事とかしてたけど、
たぶんあれかしら、
小学校の人いたりとか、
なんだかんだ、
友達できてたね。
たぶん周りから話しかけてくれた。
それが大きかったかな。
自分から話しかけるっていうようなスタンスでは、
あんまなかった?
そうだね、受け入れだった。
それは何に対してもそうか、
何に対してもっていうのは、
どういうふうに受け入れられた、
院内のこと、
市長級タイプの人やったとか、
特に小学校の人とかって、
それとも何か、
そう、
友達に関しては受け身だったけど、
習い事に対してはたぶんすごい受け入れでしたね。
そうなんだ。
いろいろやってた習い事、
自分がやりたい、
いろいろ試合目があるから。
へえ。
親が連れ立って、
これやってみるとか、
で、
ピアノ、
ソロバンド、
シンジ、
はいはい。
毎日ランキングってどう?
へえ。
やりたいっていう興味は、
うんうん。
そういういろんな興味を、
資産と言ったら、
今言ったやつは、
全部、
自分がやりたいと言って始めたこと?
うんうん。
もしくは、
ここに教室あるけどどうする?
みたいな感じで見上げてくれて、
やってみるみたいな。
へえ。
そうなんだ。
とりあえず飛び込んで。
そう。
強制されたことはないね。
その修学受験も、
たまたまそこの受験する塾に行ってて、
受験しなくてもよかったけど、
たまたまそこがしたいと言って、
した。
へえ。
それはなんでだったの?
うん。
そんなに、
特に、
これが嫌でとか、
そっちの方が楽しそうで、
これがしたかったからっていう、
ことでもなかった。
与えられたチャンスじゃないけど、
胸に今まで見えたことが、
すごくよく見えたから、
とりあえずやってみる。
そうだね。
字や絵の才能と自由な発想への苦手意識
すごいな。
だいたいでも、初めて、
さっき言ったけど、
楽しめるものは、
初めてやってみて。
でもなんか、
楽しくないものは、
すぐ辞めてた。
ピアノとかやってたけど、
2、3年多分、
やって。
雰囲気だけめちゃくちゃ、
で、
中学までやってたから、
結構、
それを何が、
何が良かったの?
何が良かったんだろう。
おしゃべりも、
おしゃべりも楽しかったし、
なんか、
集団とかあるから、
自分の推定する過程が見えたし、
やるときにやってみた。
なんか、
で、
すごい。
そうなんだ。
普段の字は?
お手本があればね。
そうそう。
絵とかも、
絵も。
それはなんか結構、
大体のことはそうだね。
動きとか真似するのもいい。
視覚的なものに限ると、
丁寧に時間かけられる。
どうなんだろう。
動き、確かに動きも、
やってる動きはできると思うんです。
あんまりないと、
速すぎるとか、
そういうのじゃなくて、
大体できるかもしれないけど、
やっぱ自由操作って考えると、
できませんってなる。
へー。
そうなんだ。
県庁にできないと、
自由に大学に帰ってくださいって。
例えば、修士とかも、
先生とかに、
あれは作家に近い気がするけど、
書道家の人とか、
すごいよね。
すごいね。
でもすごい。
うまくなるのかどうか、
違う話があるけど。
普通だと思う。
そうですよね。
へー、そうなんだ。
そうか。
自由、
なんかやってくださいみたいなのが、
自由に何かやってくださいみたいなのが、
結構嫌だったりする。
嫌だよね。
そうなんだ。
それは何に関しても、
本当に自由に考えられる。
自由に考えたら、
それはどちらかにあるだろうから。
うん。
課題があって、
課題に対して、
自由にアップロードしてくださいみたいなのは、
嫌だ。
その点々ってなるかもしれない。
そうなんだ。
どっから考え始めたらいいのってなる。
あー。
へー。
それでいうと、
やっぱりお手本あり、
なイメージなのかな。
そうだね。
なんかその、
チェアリーディングの演技の調整自体は、
クリエイターとプログラマーと一緒じゃん。
うん。
で、
その人に聞いてくれて、
ステップをちょっとずつ変えて、
やりたくなります。
うん。
スタイリングもいいじゃん。
創作もいいじゃん。
うん。
そこはそうなんだ。
囚人、
囚人とダンス一番取れるって結構すげーと思うけど、
すげー。
でも、
それはやっぱりやってても取れるんだもんね。
いやー、
そうなのかな。
俺もちょっと習ってたけど、
公室はめっちゃ上手かったけど、
囚人はもう、
あー。
囚人の方がね、難しいよね。
私も囚人ちょっと、
公室とか展示の方が好き。
うん。
うん。
小学校時代とかは、
エンジニアへの憧れと小学生時代の夢
色々やりながら、
魔法みたいなのが好きだなって。
うん。
この頃から、
習い事にしてやった。
そうそう。
うん。
なるほど。
うん。
その時の一番ホットなやりたいこととかって、
なんだったかとか思い出しますか?
小学校、まず。
ホットなやりたいこと?
うん。
小学校でさ、
将来何になりたいみたいな格上。
うんうん。
そこに、
エンジニアって書いてた。
えー。
なんで?あ、そうなの?
親がエンジニアだから。
あ、えー。
あ、そうなんだ。
それはなんか、
かっこいいって思ってた。
すごい。
なんか、超現実的じゃん。
小学生。
思うよ、ほんとに。
そんな人いかんかな、他に伝えてる人。
親って。
まあまあまあ、親の職業っていう面、
側面で言ったらあるかもしれないけど。
それはなんか、
どこでなんかそのかっこよさみたいなのを
感じてた?
えー、なんだろう。
でもなんかやっぱり、
親の同僚の人たちと遊ぶ機会とか、
うんうん。
会社のイベントとかで、
うん。
あとその、親が働いてるところの
なんか素材とか、
やっぱり機材とか。
それで、
かっこよく感じる場面が多かったかもしれない。
あー。
こういうの作ってるから。
あ、そうそうそうそうそうそう。
やっぱ目に見えるものだったから。
うんうんうん。
なんか特に感動したこれがあるとかっていうよりは、
うーん、じわじわのというか。
うん、そうだね。
日常的に見えてきて。
うん、そう思う。
なんかその同僚の人とかと、
うん。
遊んだりというか、
変わったりとかしてた?
ちっちゃい頃からって。
そうそうそう、なんかみんな髪とぐるみで遊んだりとか。
へー。
バーベキューしたりとか。
うんうんうん。
なんかみんな子供同世代みたいな感じだったから。
うーん。
自分も仕事して子供できたら、
そうしたいなって思ってた。
えー、ちっちゃい頃から?
うん、思ってたね。
えー。
いつ、いつから思ってるかわかんないけど、
でも思ってた。
思ってる。
そうか、でもどういう、
なんか具体的にわかってたっていうわけではないのか。
どういう仕事をするものなんていうか。
まあ例えばまあ、
まあそのトトヤ系だったらコード書いたりとか。
ハード系だったら説明引いたりとか。
すごい具体的にはわかってないね。
中等的にっていうか。
なんかそういう仕事みたいな。
エンジニアってかっこいいみたいな。
へへへ。
えーすごい。
いやいいね。
実際だってなったわけですね。
まあ確かに。
ある意味、ある意味というか。
うんうんうん。
どうなったか。
中学時代の部活動とマックでの思い出
それは中学も?
そうだね、ずっと思ってたね。
うんうんうん。
でも中学、
中学なんかあんまね将来についてとか。
うん。
あんま深くは考えなかったけど、
ただ部活に部活やってたみたいな。
何やってたんだろう中学。
へへへ。
部活に熱中してるあまり他の記憶がない。
でもなんか中学の部活ってそんなになんか、
高校の中夜ほどめっちゃやってたわけじゃないから。
日本とかですか。
部活してないから。
うん。
マック行ってたの。
あははは。
一番出てくる記憶はマックだと思う。
え、マジで。
学校がさ、池袋乗り換えだったからさ、
うんうんうん。
池袋で降りて帰りマック行ってたんです。
えー、その友達と?
そうそうそう、友達と。
ラベリー行ってたみたいな感じだもん。
そうそうそうそう。
テスト前とかはテスト勉強してとか。
うんうん。
まあでもそういうなり合いに成長が積み重ねだよね。
中学校時代って。
いや、そうだね。
くだらないことで笑いみたいな。
うんうんうん。
でもまあなんか一つのことに取り組んでっていう感じでもなかった。
うん。
覚えてないというか。
まあ本当に記憶が薄い。
うんうんうん。
まあただただなんか、
あのー、まあ多分、
あのー、人見知りだったから、
多分っていうか人見知りだったから、
なんかその、
まあテスト勉強行ってて、
うん。
なんかその男子校の男の子と、
まあなんか友達の友達とかで男子校の男の子と話すときがあって、
うん。
で、マジでなんかもうそれこそ借りてきたマコで、
まあなんか全然話さなかった。
まああるんだよなー。
うん。
しゃべれなくなっちゃって。
うん。
小学校のときはしゃべれた?
しゃべれてた。しゃべれてた。
けど中学で急に多分女子だけの環境になって、
で忘れす人見知り、
で、男の子でしゃべれないみたいな。
うんうんうん。
そんなこともありましたね。
うん。
まあそうはあるよね。
でも仲いい人たちとは、
いるときは、
女の子の仲いいこと?
うんうんうん。
小学校のときも、
男女限らず、
知っていれば。
そうそうそうそう。
知っていれば、
しゃべる、しゃべってた。
けどなんかその、初めましてとか、
なんか合コンじゃないけど、
まあなんかそういうね、
なんか男の子と会ったりとかあると、
マジで全然しゃべれなかった。
なんかしゃべり方がわからなかったのかな、
なぜなんだろう、マジでわかんないけど。
時間経つとは、
なんか思春期的なこともあるけど、
なんか間があると、
いいんだろう。
そうだね。
確かにな。
全然なんかね、
バトン部からチア部への流れ
そんなに人見知りっていうイメージが、
あんまりわからないけど、
当時はね。
当時は本当に。
で、中学はバトンをしてたんでね。
そう、中学はバトンでだった。
中学はバトンでだったのかと思った。
なんか小学校6年生とか5年生の時に、
バトンクラブが始まった。
それもじゃあ、
何の気になっているかというと、
数ある習い事の選択肢の一つに、
バトンクラブがそれを始めて。
そう、バトンクラブはなんかその学校のやつ。
学校で。
社外活動みたいなやつだよね。
クラブ活動みたいな。
そうそうそうそう。
そうです。
中学生の頃ですね。
えー、なんかそれが惹かれたんだ。
楽しそうってなった。
そう。
バトンもちょっとやってたし、
やってみようみたいな。
妖怪ばっかり行って、
ちょっと緊張したけど。
そうなんだ。
で、それクラブの時点です?
それとも中学校の時?
中学校の時点です。
えー。
妖怪だなーみたいな。
そうなんだ。
なにが好き?
基本的にはどうか、
自分から出す感じじゃないから。
自分にとっては妖怪ではない。
小人数が好きだね。
小人数が好きって言っても、
小人数、深い話は小人数がいい。
うーん。
でもまあ、
そんな混ざる、
混ざるのは
ひいて群れはしないが、
混ざるのはいらないみたいな。
うん。
そうか。
バトンって全体でやるもん?
個人でやるもんじゃないの?
そうだね。
競技だと多分個人とかでやるんだけど、
まあ、部活もやっててね。
みんなでやって、
バトンとかでやる。
えー。
そうですよね。
えー。
そうか。
じゃあ絶対競技みたいなとして出すのは
高校のチアンを始めるってこと?
そう。
なんか結構一貫だったけど、
バトンでの人がみんな、
みんなじゃないけど、
エスカレーター式にチアンに行く
みたいな謎の習慣があって。
流れがあったんだ。
そうそうそうそう。
その流れでチアンに入ったみたいな。
そこは結構、
そのまま何かを選ぶとかいうわけじゃなくて、
流れで。
物動きが増えてたんですよね。
で、
そこで結構、
今に繋がる出会い。
こんなになるってことは。
あの時どう思ってたかは分かんないけど。
うーん。
続けるって思ってたもんね。
こんなにハマるもんだと思ってた。
思ってない。
高校で十分って思ってた。
高校をやってたってこと?
そうそう。
高校でプレースして、
プレースして、
プレースして、
プレースして、
朝から勤務して。
しんど。
あ、そうなんだ。
チアって早いことないよね。
そうなんだ。
泥臭く?
めっちゃ泥臭い。
めっちゃ泥臭い。
特に中学生だと。
そうだね。
高校で勤務すると。
応援のね、チアとかもね、
めっちゃダンス練習したりとか。
やっぱね、
生まれ持ってきてるからね。
それでいうと、
中学の時に比べて、
高校の記憶はもうチア一色みたいな。
そうね。
早すぎて、
高二校さんが、
高校時代のチアと理系クラスでの両立
一応理系クラス。
演技屋になりたかったから、
理系クラスで。
勢ってから理系クラスで。
理系クラスでそこまで部活しっかりやってる人って、
ほぼいない。
女子校だし、
チアの中でも理系って私だけだったし、
同期は。
だから、
私だけ朝に行って、
昼寝、
みんなお昼寝して、
食べてる時にいなくて、
高校の時は、
友達いなかったけど、
いたんだけど、
深い友達はいなかった。
クラス2は作り。
そうそう。
そうだよね。
そもそも教室にいないんじゃないの。
徹底作りじゃないし。
なかなかそれは、
大変そう。
女子校だと特に大変そうって思っちゃう。
変形かもしれない。
徹底がすべてというか。
そうだね。
要素点とかね。
でも、それだけ深く、
やり込めたというか、
練習できたのがすごい、
めっちゃいいよね。
そこまで、
自分を追い込んで、
追い込まれる。
追い込んでいる自覚はあるか。
そうだね。
やらなきゃ。
それはもう、
撮影したというか、
頑張った。
経験だったんじゃない?
そういう知らぬことも。
なんかその、
やべつけみたいになるの?
なるね。
練習きつい?
怒られる?
だいぶしんどい?
体力練とか、
知るとかさ、
体力なかったから、
平均以下だった。
体力が。
そうなんだ。
そうすると走らされる。
きついよね。
みんなで走らされるんだけど、
ついていけない。
何がモチーフになったの?
続けるというか、
続けきった。
前十字靭帯断裂と大会出場
耐えられたというか。
そこでは途中で辞めるまでの、
気持ちがないというか、
辞めたのに言っちゃうじゃん。
なんていうの?
辞めたやつ。
だから足並み揃えてやってたみたいな。
本気で辞めようみたいなことはなかったの?
薄っすら日常的に辛いから辞めてーなぐらい。
本気で辞めようはなかったね。
楽しかったのもあんの?
確かに楽しかった。
チェーンすること自体は好きだから、
楽しかったと思います。
それは競技、
さっきは修辞の話はレベルアップしていく感じが良かった。
それが良かったのか、
演技的な、
みんなに見てもらうことの楽しさ、
自分を見せることの楽しさ。
確かにね。
そんだけ筋トレして、
それでスタンスとか演技ができる。
素人で見たらわけわかんないことしてるもん。
ハンブリングのトップもそうじゃん。
だって最初の1年とか結構辛いじゃん。
なんもできんみたいな感じがある。
戦略練習次第。
剣割りぐらいできたところで私陣体切ったから。
できるまでいかなきゃいけなかった。
そうやっていくとめっちゃハードだね。
そうだね。
陣体を切っちゃったのは練習中に?
そう、大体1週間前。
マジかよ。そういうことが本当にあるんだ。
1週間前に、
膝の外側から、
私は膝を内側にしてたっていうか内股だから、
内側に曲げちゃってたのも痛いんだけど、
膝をこねて、
外側からトップが膝に乗っかってきたみたいな。
でもその時は、
瞬間は歩けなかったけど、ちょっと時間が経ったら歩けるようになって。
痛かったけど。
いやいやいや。
歩ければ。
歩けて、
陣体切れてても歩けるんです。
だから別にいない人もいるし、
スポーツとかちゃんとしないけどね。
スポーツしたいなら手術しないと膝がずれるから、痛くってなるから。
それで私なんか間違えたっていうか、
今までだいたい整形外科とか行ってた。
MRIとか取ってやるけど、
整形外科行っても治んないじゃんって私は思ってたの。
足首連続とかできてた。
手首連動するとか。
治んないじゃんって思ったから、私は何を持ったか。
あれだっけ。
整骨医に行って、
整骨医の人に、
両足、膝ガクガク比べられて、
陣体切れてて。
大丈夫そうですね、みたいな。
大丈夫か、みたいな。
言われたらもう。
そうそうそう。
とりあえず胴体ぐるぐる向きにして大会出て。
出たんだ、これで。
出た。
しばらくしても治んないから、
もう一回、
ちゃんと整形外科行って、
整形外科行ったら、
じゃあMRI取りましょうみたいな。
MRI取ってやったら、
陣体切れてますね、みたいな。
うーんってなって。
完璧。
整骨医にどうなってんのって。
ねえ。
切ってから半年後だね、
手術したの、結局。
へえ。
時間かかったの?
陣体切れてるのが分かんなかったから。
整形外科行ったせいで。
整形外科行ったせいで。
半年後。
結構時間空いたね。
そう、そうなんです。
ヤバいな。
どうしてたんだよね、その間。
ガクガクしてたの、ずっと。
うん、ガクガクしてた。
膝ずるとか、マジで。
ズレてるってどういう感じなの?
やっぱり歩きづらくて。
なんかね、ふとした瞬間にズレるの。
カコンって。
うわあ、怖え。
よかったね、仕事直って。
いや、ほんとだよね。
触りなんか、
ヤバいって時はあるけどね。
ヤバいっていうのは。
ズレそう、みたいな。
そんな時もいるし。
怖っ。
不安定な状態だったね。
そうそうそうそう。
すげえな、ソウジャーさん達の時代で大会に乗り切った。
そう。
マジで。
すげえ。
でも、パフォーマンスとしては不十分じゃない。
あまり自分としては十分だって言えなかったなっていう感じだった。
それは、やっぱり。
全然思いつかないな。
でも、できることを必死だったと思うしね。
やるしかないしね、大会だし。
はい。
でも、その後はできないというか、休まなくちゃいけなくて。
怪我による時間の活用と大学受験
そうそうそうそう。
そしたら、公務の6月に来て、
その冬に手術してるから、マジでその後、
放射能ってもう何もできない。
へえ。
回復するのもね、時間かかるというか。
そうそうそう。
そう。
マジで、時間があるときはこの人はかかんじがない。
そうなんだ。
結構、そこがモヤモヤしてるみたいな感じはできなかった。
そうだね。
で、その間は何してた?
勉強勉強してたよ。
あー。
まあ、正当と言えば正当だけど、
でもまあ、本来やれた期間をできなかったっていう感覚だもんね。
ああ、そうだね。
みんなは交渉のやつまで頑張っているところを、
僕はもうみんなやらしたっていう感じで。
なんかその、
コミュニティ的にまた大事にしてたんだよ。
そっちの視野が全てが。
その辺はどうだった?
辞めざるを得なくなって。
ほんとだね。
サポートとして関わってた。
あー、はいはいはい。
まあ、悪いんじゃないけど、
動けないなりに一緒にいることでしたもんね。
そうそうそうそう。
わー、もどかしいね。
みんながさ、交渉になって、
結構ハイレベルのアウザーができてるのに対して、
それを横で見るみたいな。
いよいよ盛り上がってきてるところだもんね。
そうそうそう。
そうか。
だからこそさっきの、
もう一回できることに対して、
すごく楽しみな感じがする。
そうだね、ほんとに。
プラス今までやってきた以上の交渉ができるから。
なんかそれすごい見事じゃない?
体力のピークっていうか、
一番元気な時間なわけじゃん。
高校生ぐらいって。
それを過ぎてなお、
まだ先にいけるんだ、みたいな。
あー、確かに。
更新できるんだって、
すごい勇気をもらえる気がするけどね。
そう、だからその高校の最後、
どういう気持ちで、
みんなのやつを見てたのかなっていう。
えー、どういう気持ちで。
なんか結構、
えー、なんだろうな。
なんかそこの舞台に立ちたかったっていうより、
温暖?
なんかあれなんだっけ、
演技の時に音楽ポチって押して、
みんなが演技して、
音楽の担当をやってたから、
結構それに緊張した覚えしかないな。
あー、一応チームメンバーとしては参加してたから。
そうだね、そう。
そういう思い出が。
なんか自分が出なくて悔しいとか、
そういうことではあんまりなかった?
なんか、
なんだろう、結構怪我もあったし、
なんか気持ちでも受験に向いてた。
あー。
そこはあんまり引きずってなかった?
うん、あんまり引きずってないかも。
なんかどっちかっていうと、
やっぱ終わって、
やっぱ今、
大学でもチアやろうと思ったし、
まあ引退した後の方が、
なんかやっぱもうちょっとやりたかったなっていう気持ちは多かったかも。
うん、やっぱ高校の時は結構しんどすぎた。
その部活が。
長くて、多分離れたかった。
あー。
そうだよね、勉強もさ少ない人って。
うんうん。
学業はそれでいうと、
まあなんかなんとかなって、
部活もやり。
どうなんだろう、まあなんとか。
なんかこういう言い方は良くないかもしれないけど、
なんかその怪我したことによって、
それこそ怪我の部分じゃないけど、
時間ができたというか、
いう側面もあったりする。
あー、まあある意味そうです。
時間ができたから受験免許早めに開始できたっていうのはあるかもね。
うんうんうん。
まあだからってそれがプラスに働いたかというと、
まあ別の話として。
そう、そんなに夢中を持ってないんだからね。
うん。
まあ大学受験はなかなか色々ありましたね。
あーそうなんだ、えー。
それは何、苦労した?
苦労したね。
分かんないけど、まあ言い訳にはなるけど、
なんか中学受験して高校はエスカレーターで受験してないから、
その高校受験しないまんまその中学過ごして、
で、高校3年生2年生になって受験ですって受験モードになるみたいな。
うんうんうん。
だからやっぱなんか一旦高校で受験しておいたほうが、
なんかもうちょっと大学受験の時に通じたのかなっていうか、
なんか勉強モードがまだ続けられたのかなとか思ったりするけど。
それだって全然、
大学受験ってなった時に身が入らないってこと。
うん、頑張ったけどね、自分なりけど、
でも結果としてそれが自分の行きたい大学に行けたわけじゃないから、
うん。
なんか違ったんだろうなっていう。
まぁモヤっとする部分はあった。
それはだからさっき言ったみたいに、
部活が原因ってよりは、流れ的にエスカレーターがあったから、
そこで実際ちょっと気が抜けたよねみたいなところ。
うん、言い訳かもしれないけど、
僕たちよりかはそっちのほうが大きいかなって。
なるほどね。
大学入ってからはどうしようとか、
大学での学部選択とラクロス部への入部
変わらず多分エンジニアの道に進むという目立ちで、
あとは大学のサークルというか部活の話もあったけど。
そう、エンジニアになりたかったから、
情報系の学部、理工学部か情報系の学部には行きたいなと思ってて、
実際行ったのは情報系の学部に行って、
部活が大学にチアリーディング部、
応援部としてのチアとサークルとしてのチアリーディング部があって、
応援チアもやりたかったし、競技チアもやりたかったから、
どっちかやりたいなって思ってたんだけど、
理系のキャンパスってだいたい郊外じゃん。
そうだね。
郊外だったわけよ。
サークルの方のチアリーディングの方がちゃんとチアリーディング部としてやってたから、
そっちに経験者なんですけど入れませんかってメッセージをしたら、
キャンパスが違う人は入れませんみたいな練習時間の中で言われて、
そこは諦めて、
同じく興味のあったラクロスに新館で参加したのかな。
それが楽しくてラクロス部に入ったって感じかな。
部活の方には違った?
応援部の方はね、
ちょっと違った?
ちょっと人数が少なかったね。
応援入ったら駅伝とか応援できたりとか楽しそうだったんだけど、
クオリティというか、やっぱり人数少ないとね、
応援の迫力が変わってくるから。
それよりラクロスの方が引かれたかな。
それは個人の実力がどうかって話じゃなくて、
やっぱり人数で迫力が変わる。
そうだね。チアのスタンツ、組体操みたいなやつも人数いないとできないし、
それがちゃんとできるくらい人数はいなかったと思うんだよね。
なるほどね。
ラクロスは何が引かれた?
ラクロスは結構カレッジスポーツって大学から始める人が多くて、
自分そういうフィールドスポーツとかやったことないけど、
かっこいいなって思って始めた。
そうだね。ラクロス的なことはミニバスをちらっとやったみたいなかな。
動き系の走って投げてみたいなことはやってない?
やってないから、最初ってかずっと大変だった。フィールドの動きがわからない。
でも要はやろうと思ったね。実は体験が楽しかった。
体験会が楽しかったし、先輩が面白かったとか。
それはデカいよな。先輩にいる人たちが楽しいだけで。
あと、ラクロス部って結構就職しやすいよみたいな。
フィールド大会系として部活をしているから、
ちゃんと部活をして、話が作りやすい就活の時に。
っていう売りもあって、多分引かれたかな。
なるほどね。大会。
めっちゃ大事なもんな。話すことに。
そうそう。
ちなみに人数は多かった?
人数は、そうだね。私たちの台は十何人とかだけど、
1個下の台がめっちゃ多くて30人とかいたかな。
新刊成功した、みたいな。
校部、生協学生委員みたいなのもやってたわ。
学校にコンビニとかあるじゃん。
生協っていうコンビニがあって、それを運営する委員会みたいな。
各大学にあるんだけど、その委員会に入ってたわ。
イベントを、新刊の、キャンパスの新刊のイベントを主催したりとか、
あと、コンビニの運営で、そこで働いてる人もいたし、
私はイベント部だったっけ、確か。
いろんなイベントをやってたわ。
交流を深められるようにとか。
新刊の時期。
主に新刊の時期って言われるけど、新刊以外も1年通していろいろやってたね。
それを何でやろうと思った?
何でだろう。それも勧誘されたのかな。
先輩とかに。
誘われるとすぐやる。
そうだね。
あとは、ラクロス部に入ってて、ラクロス部もやっぱり理系って私しかいなくて大きい。
同じキャンパスの人がいなかったんだよね。
スポーツ系の学部とか文系の学部あったけど、やっぱりキャンパスが違かった。
理系キャンパスでの人間関係と生協活動
理系でのキャンパスの友達も欲しいじゃん。
政教学生院で他の学部の友達を作れたっていうのも。
大事なことだったね。
この頃にはもう中学校くらいに卒業したのか。
人見知りみたいなのが。
そうだね。高校以降はだいぶ。
大丈夫なの。
女子高からの理系のキャンパス。
全然違う。
ね。
マジで。
どんな感想を得るの?
味気ないじゃん。
マジで。
私の学部は情報学部といえど、文系受験と理系受験があって、やっぱり文系受験から入ってくる男の子とかは結構文系、シャラシャラしてるわけじゃないけど文系っぽい感じ。
ちゃんとというかそれなりにあかんだけじゃないと。
そうそうそう。
そういう人たちもいて。
怖いみたいな。
そっちはそっちで怖いんだ。
なるほどね。
頑張って仲良くしてた。
そうなんだ。
情報はなんかこっちの自分の勝手なイメージだけど、比較的理系の学部の中では女性比率はやや。
ややね。
やや。
気候から入って男子、男ばっかは大変そうだな。
なんか別に実現あるとかっていうわけじゃないでしょ。
うん、ないね。ただ今までにない環境。
居心地悪いぐらい。
ちょっとね。
居場所ないよな、だからいつでも守っちゃうというかな。
そうそうそうそう。
確かに。
男が多い環境しか大学生ぐらいまではなかった。逆の目線で確かに。
そうだね。
相当なんか逆ハレムでいいじゃんみたいなことにはならないよね。
ならないね。
ならないよね。
だいたい大学生だと接点も作りづらいもんかな。
勝手に座っていいし、共同で何かするみたいなことはあんまりないから。
ないね。研究室ぐらいまでの人はしゃべるけどね。
大変だね。
そんなこともあったな。
遠い記憶。
どうなんだ、大学の勉強はどんな感じだったの?結構きつかったのか。
それとも部活と栄養平衡でできるぐらいには?
やっぱり他の理工系の学部の人たちに比べたら緩いなとは思ってた。
そうなんだ。
マシな方なんだなって思ってたから、部活とは全然そんな苦労した覚えはないかな。
週何とかで?
クロス部は週3か4、確か。
一元があると、基本朝練習なの、7時半から練習で。
一元があると出なくていいみたいな、間に合わないから一元に。
二元からある日に部活参加してみたいな感じだったかな。
練習してるキャンパス、ラクロス部のフィールドグランドがあるキャンパスと私が通ってたキャンパスが違かったから、
グランドがあるキャンパスに行って、二元以降部活終わって学部と自分のキャンパスに行くみたいな。
そうしていった。
忙しいね。
グランドがあるキャンパスが私の隣の駅だったから、自転車で行って、
部活終わって家ちょっと帰って車で学校行ってた。
そうなんだ、車通勤してた。
通学してた。汗かきたくないから。
そうなんだ。
大学によってはそういうのもあり得るか。
田舎らしいキャンパス広いと。
いいな、優雅だな。
警察部活してるから。
人に揉まれて食べちゃったかもしれない。
そうだよね。
楽というか、想定はね、車は車でしんどいときもあるかもしれないけど。
めっちゃ眠かった。
部活の後とか。
なんていうか、じこりそうになったし。
誰しもね、あるだろうと思うんですよ。
それでバイトもしてた?
バイトは朝部活だから、完全に夜は空くから、
3校ぐらい駆け持ちしてたかな。
最高で。
やばすぎる。
よく体、そりゃ眠くもなるわ。
バイトやって部活やって。
バイトは、
ずっとやってたのは、
よく言うボーテーマパークのキャスト。
スーパーもやってたし、家庭教師ちょろっと個人的にやってたり、
あとハワイアンレストランで働いてたね。
あとギャップがある。
どういうチャレンジだったの?
スーパーは友達が働いてたんだよね。
紹介してもらったのかな。
家庭教師も、もともとやってた囚人の先生からこの子教えてくれないみたいな紹介。
あとハワイアンレストランが、
たまたまララポートが近くにできるから、そこのオープニングで、
クロスの同期と一緒に、
3人で応募して、3人で働いてた。
それは一緒に行こうよみたいなノリで始まったの?
そう。みんな辞めてるんだけど、私も。
えぐいな、やりすぎるじゃん。
いろいろやったな、経験したね。
大学時代のバイトと体力
やったらとりあえずいろいろ経験してみようみたいなのもあるね。
確かに。もしくは長続きしない?
結構、明日だなと思って辞める感じだよ。
3つになってたのはたまたまその時間かぶってただけ?
うん、それもある。もともと2個やってて、時間があったからもう1個やったのか、
辞めたいからもう1個続けたのか忘れちゃったけど。
秋は早いんだ。
なんでだろうね。秋というか、何かのきっかけ。
家庭教師は、高校受験の中2ぐらいから教えてて、
中3になったから高校受験の準備しないといけないみたいな。
私、高校受験経験してないからさ、何かわからないから、
ちょっとそこ責任持てないなって思って、ごめんなさいでしたね。
えらいですね。
わかんないもんね。結構バタバタというか、今もでもそうか。
体力すごいよね、なるべく言うと。
そうだね、めっちゃ本当に24時間を24時間として使いたいっていうか、
本当こっち来るまで日本にいた間は、寝てる時間って結構無駄だなって思ってて、
だから別にそんな睡眠を削ってたわけじゃないけど、
6、7時間寝て、それ以外は朝から晩まで何かやってたいみたいな。
って思ってたね。
あ、そう、何もやってないなら埋める、ヨガするとか、ゴルフとか、
世代によるっていうか、チャレンジもあれだけど、
何だろうね、内来事いっぱいやってたからそういう習慣になってたのかな。
埋まってるのが当たり前。埋まってないと気持ち悪いみたいな感じなのかな。
うん、なんか充実させたいみたいな。
眠くなんないの?疲れたみたいになんないの?
動いてれば眠くならないっていうか、眠くても動いてれば動くじゃん。
ぼーっとしてたらお昼寝しちゃうけど、動かざるを得ないから。
それができるのはすげえだろうな。
なるほどね、すげえわ。すぐやる気なくなっちゃうから。
もうめんどくさくなっちゃうから。
うーん、でもカナダに来てからマジでその傾向があるからちょっとやばいな。
休んだほうがいいよ。悪魔の世界。
いや、それね、わかるよ。私もそう思ってる。
って思ってすぐお昼寝しちゃうから気をつけないと。
でも、例えば私さっき言ったようなヨガとか運動強度を多少落としてというか、
違うタイプの動く運動とかで回復も兼ねていくとかだと効率が良くなる。
確かに、日本でもホットヨガやってたけど、ストレッチタイムのホットヨガとか結構しんどいホットヨガとか
いろいろあったから、それは体調に合わせて選べたね。
いや、すげえよ。
でも大学は、いよいよFAをパンパンに進めていく。
ラクロスをめっちゃやりこむみたいな感じなのかな。
うん、あと飲み会もめっちゃやってたね。
それはラクロス関係?
ラクロス関係。ラクロスの飲み会もあったし、ラクロスの動機。
あとキャンパスの友達。
嫌いじゃないんだな。
嫌いじゃないね。わちゃわちゃするの好きだね。
読み知りはどこへって感じだな。
そうだね。
でも仲いい人はってことなのか?
知ってる人とかは?
でも飲んでると、知らない人と飲む機会というか、隣の人とこんにちはみたいなさ、
とかで喋ってたから、まじで人見知りはなくなったね。
慣れなのかね。
確かに、バカず。
大丈夫だと知るというか。
気づいたらグーっとしてたね。
そのまま順調にエンジニアになりたいなみたいな感じで、
当然のこと自分の学科の勉強をして就活もそういう軸でって感じで進めた。
就職活動とシステムエンジニアへの憧れ
そうだね。システムエンジニアで探してた。
具体的に何が作りたいとかそういう感じではなかった?
それは就活してる中で自分が何をしたいかなっていうのは考えてて、
最終的に行きたい業種としてはSIRに行きたいなと思ってて、
それも既存のシステムにサービスをつけて売るみたいなのが、
今まで大学生とかだとそういう業種があることも知らない。
B2Bだし基本。
就活を進める中でそういうの楽しそうだなっていうので、
SIR軸で探してたかな。
他にも旅行好きだし旅行関係もいいなとか、
マグリズ見るの好きだから不動産もいいなとかいろいろ思ってたけど、
最終的にはやっぱりシステムエンジニアとしてSIRで働くのがかっこいいなって思ってたね。
憧れレースというか。
そうだね。あんまり旅行とか不動産向きじゃない。
やるじゃん、就活に向けて自己診断じゃないけど、自己分析とか。
それで結局そこにいたSIRかなって。
いいんじゃねみたいな。
ステル業務的な。
ステル業務というか作業の学生レベルとかもあるけど、
そういうのも別にあんまり苦じゃなくって感じなのかな。
コード書いたりとか、システム設計したりとか。
めっちゃ苦だった。
やっぱプログラミングの授業とかあるじゃん。苦だったね。
やっぱできたらかっこいいって思うし、いまだにできたらいいなって思うけど、
毎回苦しい。
よくやるね。
大学で学んで、入社してから研修でプログラミングやって、
2回やって2回苦労してるからもう向いてないんだろうなって思ってる。
それでもやっぱり目指してたんだね。かっこよたレースというか。
そうだね。
でもSIAで結構開発ってよりかは上流が多い。
システムエンジニアとしての実務経験
何が問題あってみたいな。こういうのが必要でみたいなことを考えるってことだね。
だからあんまり自分がプログラミング苦手だってことは考えてなかったのかも。
もしくはJISMで学べるかなって思ってたかな。
逆にSIA的な能力はどうだったと思う?
これはできたなとか逆にこれはできなかったの?みたいな。
上流工程に関われると思ってそこの会社に入るじゃん。SEの中で。
って思ったら、配属されたのが補修。補修、SEみたいな。最下流。
結構そこはどういうところもあるんですねみたいな。
そんな考えてもなかったから。それはあるわけよね。
だからどっちかっていうとハードウェアやネットワークとかよりの知識が増えた。
めっちゃ大変だった。
でも全然不慣れなというか。
何もとか触ったことないし。
どうやって立てんの?
しかも補修って構築しないからお客さんの先に導入したものを補修してくださいみたいな。
この内容で入ってます。補修してください。
触ったこともないのに問い合わせの電話きて。
自分で作ったものを補修するのは大変なのに、人が作ったものを運用してくださいと言ったら。
とても大変でした。
でも辞めようみたいなことはやってた時は思わなかった。
辞めようっていうよりかは他の部署に行けるチャンスないかなって思ってた。
上司には常に上流工程に行きたいですみたいなのは相談してて、
結果上司と一緒にサービス開発とかちょっとずつマーケティンググループとか上流工程には関わらせてもらってたかな。
うまく噛み合ったんだね、上司も一緒にっていうのは。
たぶん上司もそうしたかった。補修運用だけで終わるシステムじゃなくて、結局コンサルとかそういうのを持っていきたかった。
やっぱりどちらが楽しかった?
楽しかったけど、でも私的には苦労をいっぱいした補修運用の時の方が自分の知識になってるっていうか。
へー、響く。
そうなの。だから今転職活動する上で一番の軸になるのがそこの補修運用の部分だからね。やっぱ抜け出せないよね。
そうか。やるのは別に、戻ってやるのは別にそんなに。
問題はないんだけど、問題はやっぱり構築をしていないから、そこまでの知識量になっていないかなって思うんだよね。
結構そうだよね。自分で作ったやつには勝てないというか、なんでもそうだけど。
そう、だから理解するように自分で勉強もしたし、Linuxとか。
サーバーリプレイスの機会があって、そのサーバーリプレイスの時に一緒にセッティングさせてもらったりとか、色々自分なりに工夫はしたけど、
それでもやっぱそこの理解できる範囲って狭いから、めっちゃしんどかった。
それでも戻ってもいいかなぐらいにはできるという感覚ではある。
すげえな、そこまであんまり興味ないは言い過ぎかもしれないけど、やってこなかったことを結構ちゃんと自分なりに噛み砕いて、足りないながらも続けられるっていうのはもうすぐ嫌だなって。
この時にシアも部活をやってた。
シアの部活をこの時やってた。
会社のチアリーディング部での活動
シアの部活、そうだね。
会社の部活。
会社の部活ってどんな感じなの?
会社の部活も一応会社がチアリーリングを持っているけど、社員が当時一人しかいなかったんだよね、私が入る前。
チアリーリング部内で初社員ですっていう人が。
そう、一人しかいなくて、それ以外はチア経験者外部から来てる人みたいな。
へえ、なんだそれ、そうなんだ。
そういう感じで、それも何でしたのかな、社内イントラとか色々調べて、チアリーリングがあるんだ。
へえ。
知って、人事の人とかにチア部に入ってる人知りませんかとか、色々聞いて。
結構そこは自分から捕まえにいったんだ。
そうだね。
それは一応部活をやってますよみたいなのを見て調べてみたいな。
多分どっかで紹介があったんだろうね。
年じゃないけど多分何年前かの記事に載ってたとかそういうこと。
応援チアはここが初めて?
そうだね、それが初めて。
やってみてどうだったの?チアと前回触れてた時とか。
楽しいね。応援チアといえど、チアリーディング部を高校とか部活としてやってた人たちが一緒に応援部でやってたから、
ちゃんとチアとしてのリーディングもできたし、強いチームのバレーボールとか応援もできて嬉しかった。
見るのも好き。競技を。
うん、好き。めっちゃ色々見る。アイスホッケーとかも日本で見てたし。
はいはいはい。
暴痛感染が好きだね。
いいね、転職というか。
なんかスポーツでやる場合、スポーツの応援で行く場合は、実際にコートのところに入って行ったりする?
ハーフタイムで演技したりとか。
そっかそっか。
で、ハーフタイム以外は客席の横、お客さんが座っているところにジョンジョンジョンって立って、みんなで巻き込んで応援するみたいな。
階段のところとかね。
そうそうそうそう。
そうか。
この時はなんかきついとかじゃなくて、練習きついか、部活的なハードさっていうか。
全くない。
ワイワイみんなで。
合わせて練習して、演舞というかを合わせてやって、実際応援しに行って楽しいみたいな。見せて楽しいみたいな。
チアの大先輩。
チアの大先輩は結構、6校上、7校上とか入社したばっかりで。
自分の6校上、7校上とかの先輩もいたから、高校時のチアの先輩の感じを思い浮かべるとすごい緊張したっていうか。
大先輩だからね。
でもまあ、いわゆるそういう厳しい上下関係っていう感じではない。
うん、じゃないね。みんな気兼ねなく仲良くしてもらってっていう。
あれなんだよね、結局メインの集団、いわゆる会社っていうものとか。
結局チアは孤立するんだよ、孤立っていうか。
自分のそこで働いてる人は、チームには行かないから。
でもそもそもそこの会社にチアリーディング部があるっていうのを知らない人が多い。
そうなんだ。
応援しているチアが社員っていうのも知らない人が多い。
そうなんだ。じゃあなんでいいの?みたいなことになるの?
本当はね、社員がチアとしてもっと応援してるから、
それでもっと応援来てもらったりとか宣伝すればよかったんだけどね。
今もしかしたら動きがやってたかもわかんないけど。
入ってすぐ始めてずっと続けてたみたいな感じなのかな?
そうだね、入社して半年は研修があったから研修して、
研修終わったくらいかな、9月くらいに配属だったからそれ以降だと思う。
でも楽しそうだな、こういうコミュニティというか仕事以外の。
仕事と関連するとはいえ。
うんうん、でも楽しかった。
その会社を応援できるからね。
なんていい社員なんだ。
コロナ禍とゴルフへの熱中
でも辞めることになったというか、
留学というかカナダに来ることになったわけじゃん。
コロナ禍起きだったかな、応援がなくなった。
もしくはそれよりもちょっと前、だんだん応援がなくなっちゃったんだよね。
呼ばれなくなっていった。
会社時代のスポーツの部署の運営が変わったのとか、
会社の体制がどんどん変わって応援に呼ばれなくなっていった。
へー、すごいエロがあった。
そうそう、いろんな大人の事情が。
そこに兼ねされてる場合じゃないみたいな。
やっぱりね、依頼されるとお金発生しちゃうっていうかね、
頂いてたから、それもあったかも。
それでコロナ禍が止めをさせてやることになった。
そうだね。
コロナの期間は何してた?
コロナでちょっと動き始められるぐらいに打ちっぱなしを始め、
ドハマリ。
まーじでドハマリ。
何が良かった?
何が良かったんだろう、でも、もともと母親がゴルフやってたから、
その影響で、1回体験レッスンにはその数年前に行ったことがあって、
その時は全然ハマんなかったんだけど、
打ちっぱなしで、本当に他にやることがないお店の島って、
本当に打ちっぱなししか空いてないんじゃないかぐらい、
外だからさ、やっぱりそこは空いてたんだよね。
営業で。
コロナ。そうそうそうそう。
ほぼ毎日行ってたね、打ちっぱなし。
すごい。
在宅で母親と一緒に仕事して、仕事終わって一緒に打ちっぱなし行って、みたいな。
楽しそう、めっちゃ。
楽しかったな。
一人働いて少し発展していくかなと思った時。
結局でもリモートの時という人との付き合いがどうしても気迫になっちゃったから、
上できつい人もたくさんいただろうけど、上ですごいいい環境だったね。
本当に。リモートで働けたのも良かったし、個人的には。
母親もたまたまリモートで働いてて。
家でリモート見てた。
開けてからもこれは住んでるじゃん。
開けてからも、もともと私は社員寮に住んでたけど、コロナ禍中は結構実家に戻って母親と話して、
コロナ明けぐらいには戻って、会社にも行ってたかな。
それでもハマってたから、ゴルフ友達作りに。
ゴルフのSNSを始めたし。
同じフォーマット。
ゴルフコンペとか行って、友達作ったりとか。
神奈川には車がなかったから、車持ってる友達にゴルフ連れてってもらったり、めっちゃゴルフしてたな。
これは打ちっぱなしってことじゃなくて、実際に回ったり。
打ちっぱなしも行けたし、回ってたのもいっぱいいた。
めちゃくちゃハマってるよね。
めっちゃハマってたね。
面白いんだ、そんだけ。
ゴルフコースによって出るスコアが違うし、難易度も違うし。
練習場でできたことがゴルフ場でできないとかしょっちゅうあるし。
その悔しさはめっちゃあるけど、それがまた面白い。
結構アスリートっぽい。
確かに。
ゴルフ場でゴルフして、今日ちょっと出来悪かったなっていうので、帰り道打ちっぱなしって練習するのがあったね。
中学生のとこだよね。
そうそう。
あとゴルフの景色とか、やっぱ日本のゴルフ場は景色がいいし、温泉あったりとか。
そういうのも楽しかったかも。ちょっと旅行気分みたいな。
そういうのがちょっとなんだね。
だから友達と軽井沢にゴルフ行ったりとか、北海道でゴルフしたりとかやってたね。
確かにそれはどうしても。
結構充実ってとこだけど、なんで留学してカナダに来るの?
ゴルフ仲間で結構、ゴルフやってる人ってなんか富裕層が多いっていうか、お金かかるスポーツだから。
カナダ留学を決意した理由
自分は全然ギリギリの中でやってたけど、その友達で海外の大学出てる子とか、そういう子たちとか出会い始めた。
かっこいいなってのもあったし、そこからしょっちゅう海外行ってる子とか出会って、それで海外に目を向き始めた。
もともと高校と大学で1ヶ月短期留学、オーストラリアとアメリカに短期留学は行ってて。
やっぱり1ヶ月だけじゃそれは伸びないっていうのは実感はしてたから、どっかで行きたいなと思ってたけど就職して働き始めたから、ほぼ諦めてはいた。
けど、コロナ禍で自分のことを考える時間があったっていうのと、ゴルフでそういう人たちに会ったのがきっかけで、行くなら今かなみたいな、結婚する前、自分が縛られる前にやるしかない。
仕事も保証用から始まって、サービス開発とかやらせてはもらったけど、自分の得意とするところ、会社の名前を自分から取り除いたときに、自分自身に何ができるかって、何が言えるのかなみたいな。
考えたときに結構、うーんみたいな。って思ったから、その留学として高校を選んだのもある。結果的にね、いろいろね。
大変ではあるけど、それは何を選んだとしても大変ではある。
まあね。
学校に行くっていう手段もあったり、例えば会社の中で出向してとか、わかんないけど、場所によっては。
あるいは別の企業に転職して、海外に行くっていう手段もあったと思うけど、留学を選んだ理由は。
それもあった。やっぱり会社の制度で、海外にある拠点に1年間、高科入学じゃないけどさ、あるじゃんね、出向みたいな。それで行きたいなって思ってたけど、やっぱりそれだと、出向を選べない。
アジアかもしれないし、北米かもしれないし、拠点を選べない。プラス、コロナ禍を機になくなった、その制度が。
ああ、そうか。
うん。から自分で行かないといけなくなった。
うーん。
うん、だね。
なんか不安とかそういうのなかった?会社の台本を取り去った時とか、キャリアがどうなるとかって考えるし、それでもう留学を選んだのは、やっぱり興味があって、行きたいと思ったから、そっち優先っていう感じなのか。
キャリアの不安はめっちゃあった。なんかそもそもの考え方として、私就活するときに、なんかその大きな船に乗っていたい。
まあ安心だわ。
そう、安心、安定が結構思ってて、だからその会社でもう丁寧まで働くような気持ちで決めたの。
だけど、そうだから、なんかその安定を捨てるのはめっちゃ不安だった。
キャリアアップのためにカナダに行くと言うとね、どうなるかわかんないし、まあ今も不安だし。
不安はあったけど、でもなんか結構思い立ったらすぐ行動なタイプだから、今しかいないやろうみたいな。
辞めるかなら行ってくるみたいな。
気になったらね、もうやるしかないとか。
やっぱね、勢いが大事じゃん。
まあね、そうだね、どうなるかなんて本当のとこはわかんないしね。
とりあえずやっていく。
なるほど。で、飛び出し、1年目はワーホリだったんだっけ?
そう、1年目はワーホリ、そうなんかもう飛び出したがゆえに、まあなんかその準備もしてないから貯金とかこんなにやってるし。
1年目はとりあえずワーホリで働きながら語学学校を学んで、英語は日本でもやってたし、当然ね。
で、会社の法制で英会話教室みたいなのもやってたけど、やっぱり日本国内にいてもね、なかなか身が入らない、自分の性格的に。
だからまあそれで飛び出したのもあるけど、半年語学学校行って働きながら語学学校行って。
それもそれでめっちゃ大変だった。ほぼフルタイムで働いてたね。
楽しかったのかな、それは。実際にカナダに行けて、まあ大変とはいえ、自分の行きたいと思ったところに行けて。
もうずっと帰りたかった。
そうなんだ。
一回社会人として働いて、そこから初めてのカナダの仕事が、まさに今やでのキッチンなんだけど、
なんでこんな一回社会人やって、SEになりたいがためにSEになって辞めて、そこからカナダ来て、なんでまたレストランで働いてるんだろうみたいな。
で、しかもあんまりキッチンとかやったことなかったから、キッチンでやって。
で、プラスちょうど9月から浮きに入るっていうか、10月、9月くらいから。
で、私カナダ来たのが9月で、1ヶ月くらいは晴れ期間あったけど、10月以降、曇りとか多くて、
多分今思えば結構やられたかなって思う。
仕事もめっちゃ週6、人がオープンしたてだったから、めっちゃ週6、7くらいで仕事入るプラス、
ESL行って、めっちゃハードだった。
ずっと日本帰りたいって思ってたし。
なんなら9月に来たのに、私1月くらいに日時刻してるんだよね。
無理みたいな。
結局ね、カナダには帰ってきてはいるけど。
その時はどうかな?
とりあえずやり切ろうみたいな感じだったの?学校だけは。
そうだね、6ヶ月も払ってるしね。
だからやり切らないといけなかったし。
オープンも行く気だったから、ワーホリの後に。
そもそもオープンのつなぎみたいな役割もしてたってことか、ワーホリが。
この間は運動とか本当に全くしてないって感じだから、バイトとか学校とかみたいな感じだった。
してない。
してなさすぎて、5キロ増えた。
そうだよな、それまで運動した人辞めたらそうなるよね。
やばいね、まかないできてたから忙しすぎて。
そこの辺のベーグル、お金もなかったから安いベーグル買って、あとまかないとみたいな。
野菜とか全然食べてなかった。
野菜も高いしな。
高校始まり。
実際高校期間中受けて、なかなか大変なわけだけど、仕事。
そもそも期待値としてどれぐらいだった?
実際キャリアにつながるとか、インターン行けるとか、どれぐらい考えてたんだろう?
私6ヶ月ESL行ってると、ESLからコープに行く人っていっぱいいて、
ESLの友達がコープすでにしてたりとか、コープの感想をあらかじめ聞いている現状を聞いてて、
だから安い期待値は下がってた。
自分も受けた後もインターン、UX関係で行けるのは厳しいだろうなと思ってたね。
もともとデジマを取ろうと思ってたんだよ、私。
あ、そうなんだ。
それもサービス開発として、ウェブの回収に関わるときがあって、
デジマとか楽しそうだな、みたいな。
って思ってカナダに来て、カナダでESL受けてる期間に本当にデジマでいいのかな、みたいな。
いろいろ考え始めて、デジマUI、UXで悩んで、結局今まで使ってたシステムとか、やっぱり買いづらい部分とか、
そういうところの不満があって、UX使ったらそれもっとよくできるんじゃない?
とか、SIRとしてサービスを作る上でUXの知識があったら、もうちょっといいサービスを作れるんじゃない?みたいな。
っていうのを期待してUXを取った。
これは実際ね、勉強したこと自体は別になくなんないし、面白かったと思うけど、工程の関係ですね。
なかなか働くみたいなことに関してはね、そこは難しいよね。
そうだね。
そういう面だと、UIとかデジマのほうが引き口に繋がりやすかったなっていう気はするけどね。
それはね、わかんないね。
絶対そのインターンを企画する期間とかってどういう感じで過ごしてた?とか覚えてる?
インターンの期間は、ちょうど友達から保健代理店、カナダの保健代理店で探してるんだけど働く?みたいな紹介をしてもらって、そこが決まったからそこでインターンをしていたんだけど、
職種としてはアドミン、アドミニストレーターみたいな感じだったから、UXは関係ないんだけど、そこでUXに関係するようなことをやったというか、トライしたって感じかな。
なるほどね。
そういうのが結局必要になってくるよね。
そもそもまず最初に、そういうのを教えてくれる友達が多いって話を回してくれてやって、かつ本当は違うんだけどそれに関連することをやらせてもらうみたいな。
そうそうそう、なりますね。
でもこれまでも探すのはめっちゃ大変だったよね。どっちかっていうと楽器よりというか。
そうだね、本当に。ありがたい。その友達もそうだし。
いや、どうだよな。こっちとかないもんね。友達作っとくぐらいというか。
だから、やっぱりカナダだとネットワーキングが大事になってくるかなとはちょっと思うね。
それは何か行ったのかな、いろんなところに実際行ってみてとかそういう話。それで努力の結果的に出たという感じなのか、それとも本当にたまたま棚ごと的な話だったのか。
確かに努力はしてた。ネットワーキングイベント行ったりとかできるだけイベントとか行ってはいたけど、最終的にその仕事をくれたのは近い友達だったな。
あれはカナダの方でした。
実際働いてみてどういう感想を得たのかな。それはカナダで働くっていうこともそうだし、自分の仕事のキャリアの文脈っていうことでもそうだし。
ジムの仕事だから正直自分のキャリアには繋がらないけど、カナダで現地の企業のオフィスを見れたのはすごい大きいかな。
それはどういう面で。
今までレストランとかしか働いたことがなかったし、普通で働けたこと。
カナダ人の働き方。
よく聞く日本的なメール、いつもお世話になっております〜ですとかじゃなくて、はい〜〜みたいな、グッデ〜みたいな。
ゆるい。
実体験で体感できたみたいな。
ある意味良かったかな。でも履歴書にも書けるし、今後にも繋がらず役立つかなと。
それが終わってからは?
そこはコープ終わってからずっと働いてた。
そうなんだ。
アートタイムだけど。
結構長くて。
トータル1年半くらい。
そうなんだ。
期間終わって、ビーターの問題とかもあるじゃん。
それはROか。
そうだね。コープ終わって、本当は2年ワーホリ最初とコープ終わったら日本に帰るつもりだったけど、
良かったのか悪かったのか、彼氏がいたから。
大きな余韻で終わるとそういうのね。
そうそう。逃そうかなっていう。で、RO終わった。
その時の心境としては、カナダにいてもいいかみたいな感じなのかな。カナダで仕事探すのもありかみたいな。
そうだね。自分的に2年経ったけど、自分の期待する営業力には至っていなかったし、
もうちょっとカナダにいてもいいかな。
プラス、保険代理店でも働いてたし、
もし今後続けることによって、アドミンじゃない人とか、違うチャンスがあれば、とか思ってた。
それを辞めることになったのはなんで?
去年の9月の本帰国を考えたタイミング。
本帰国を考えたのか。
それはRO終わる直前くらいか。3年目の。
結局ビザが完結して、帰られたら終わらなくなったっていうイメージかな。
本帰国を考えたのは、もうすべてやり切ったっていうか、彼氏とも終わってたんで。
カナダでのワーキングホリデーと語学学校
で、なんでだったっけな。
その時点で3年経つところだった。
そうか、9月でね。
だから、もうこれ以上いてもキャリア的にも結構厳しかった。
だから、もう本帰国しようって考えた。
去年の9月。
もうやることやったし。
保健会の方にも、9月に報告するので辞めますって報告をしていた。
矢先。
矢先、7月末につながるって感じか。
最初に話してもらった感じで。
本帰国を考えて、でも仕事はどうしようかなみたいな。
7月に帰る時点ではどういう予定でいたのか。帰って仕事を探すかみたいな感じ。
ちょっと話戻っちゃうけど、
ROに切り替えた後に、
一回日本に帰ろうかなって思った時があって。
保健会の仕事もしてたけど、日本の仕事も探してて。
日本に帰れるようにこっちから。
そこで見つけた仕事が、
来年、もうすぐ1年以内には帰ります。
日本に帰りますっていう前提で採用してもらった会社があって。
それをずっとリモートで仕事していて。
そこの会社には本国しますって言ってたから、
どっちにしろどこかで本帰国はしないといけなかった。
そこの会社との約束もあるし、
本帰国しますっていう予定だった。
その予定だったのに、やっぱりチアやりますって言って。
すごいですね。
ちょっと多い目があるね。
あっちとしても、日本の会社としてもフルタイムで、
コーププログラムとインターンシップ
ちゃんと日本時間で働いてくれる人が欲しいっていうので、
今日向いた件は終わりです。2月末で終わりですっていう感じだったね。
まあまあ、でもそれはお互いにいいかもしれないというか、
契約としてもちゃんと切れる形になったし。
なるほど。払えるものを捨ててはいないけど、やめる。
そうだね。
なおさらそこのガツというか、思い入れを。
そこはやっぱりやりたいことなので。
そうだね。やっぱり一番大きかったのは、今しかできない。
チアリーディングって体力勝負。
マックスでも35歳くらいまでかなって友達と話してたけど、
しんどいのよね。
気が重いし。
だから、本当にやっぱ日本に帰ってからとか、
やっぱり日本でも全然良かったんだけど、
やっぱり日本だと年齢気にしたりとか、自分とかあったから、
まだカナダに入れるビザも持ってた。たまたまインビテーション持ってたし、
会わせるチャンスがあるなら、カナダでやろう。
そういう感じだね。
なるほどね。
これは明確かもしれないんだけどもしかしたら、
これからどうなっていったらいいな、みたいなビジョンみたいなのはある?
どうなっていったらいい?それは自分の人生かどうか?仕事かキャリアか?
いろいろあると思うんだよ。仕事もそうですし、チアもそうかもしれないし。
そういうのも含めて、直近はチアかもしれないし、
その後はキャリアかもしれないし。
イメージできるものを何でも。
正直いまだに、今就職活動してて、こっちで就職するのってだいぶ厳しい。
本当に種類選考の計画も返ってこないし、返ってこないってことは落ちてるってことなんだけど。
厳しいから、真面目にキャリアを考えるなら、すぐに日本に帰ったほうがいい。
現状チアをやりたいから、チアをやるためにどうお金を稼ぐかっていうのに今フォーカスしてるかな。
日本のリモートの仕事でもいいし、
ちょっとずつでも副業とかでお金をプラスに稼ぐか、今それを模索しているところですかね。
理想としてはチアも続けられて、カナダでっていうイメージなのかな、永久。
チアは永久に続けられるとしたら、体力的な限界を握り続けられるとしたら、ずっとカナダにいる?
日本でやるってあんまり思わないかも。
日本に帰ったら応援チアはやるかもしれないけど、今までのところで。
競技のチアとしてやるかは年齢的にわかんない。
あんまり前向きではないかな。
とりあえず思いがける範囲で言うと、この1年くらいの間チアは続けられるから。
カナダでの就職活動とビザの問題
そのためにどうしよう、頑張ろうって感じかな。応援です。
ぜひそれは頑張ってもらって、なかなか大変だと思っています。
はい、頑張ります。あと11月にビザ切れちゃうからね。
4月までどうしよう。日本のリモートの仕事があればワークパミとはいらないから。
お金もちゃんと稼ぎつつ、チアも継続できてっていう。
もしくはカナダでワークビザをもらえるところを見つけられれば、それが一番。
将来カナダに滞在するのにもつながるし、それが一番いいシナリオですね。
ぜひいい仕事があるといいけど、いい応援がありますようにって感じだね、それは。
そうそうそうそうそう。
ちょっと一番最後に、話の趣旨とか変わるかもしれないけど、
何がいいかな、いつもは一番大変だったときのことを思い返してもらって、
困難を乗り越えるための思考法
そういう人が今目の前にいたらなんて声をかけるっていうことを聞いてて、
まだそれを聞きたいな。
なんかわかんないけど、私はいつも辛いこととかは、
良くなるために起こってるって思ってるから、声かけるっていうのは難しいけど、
その先にいいことがあるっていうふうに思考を変える。
ここを乗り越えればまたいい方向に進んでるし、
例えば不合格だったのも、そっちの運命じゃなくて新しい運命のためのこの道だったんだとか、
そういうふうに考えるようにしている答えになってるかわかんないけど。
それともう一個は、今回、結構見てもらう、応援してもらうとか、
頑張って踏み出せてない人とかにも届いたらいいなというか、
そういう人たちに向けてなんかある。
本当に声かけるのめっちゃ苦手なんだけどね、私。
いやいやいや。
自分に対してでもいいかもしれないし、それを頂ける気持ちじゃない。
本当に自分がチアを始めるきっかけになったのも、
友達から背中を押してもらったから、やりなよとか、
今しかできない。今しかできないというのが本当に大きいかも。
やっぱり1年後だったらもう1年また歳をとってるわけで、
そしたらさ、もう1年できたものができない。
本当に今始めることに意味がある気がする。
だから、私が友達に背中を押されたように、
私も誰かの背中を押したい。
なるほどね、そうか。
はい。
そしたらじゃあ、まあそういう。
まあ今始める、そうだね。
まず言えるのは、ずっとやってることだからかもしれない。
そういうことだから、これから何か言うってことはないかもしれないけど、
まあそんな辛いことが、また結構まだまだあると思うんだけど、
社会の安心度で日本に帰ってくるとにしても、
カナダにいるにしても辛いことあると思うけど、
まあそれはきっと、またいいことあることだと思ってほしいし、
それを忘れないでほしいし、
そうやって頑張って姿は必ず、
誰かがきっとこうやって公の場に出さないにしても、
友達の背中を押しているはずなので、
これからも頑張ってくださいという、
私からの応援を込めてこの絵を送らせていただきました。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
今後の展望と応援メッセージ
最後まで聞いてくださってありがとうございます。
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また次回もお楽しみに。
02:29:32

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