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2026-02-24 42:31

【対談】40歳からの挑戦!?新たな一歩を踏み出したゆーへーさんを深掘り!

~放送内容のタイムスタンプ~
#758 ゆーへーさんと対談!
 📝ゆーへーさん登壇、自己紹介
 📝生い立ちから就職に至るまで
 📝心が壊れかけ、その働き方を捨てるまで
 📝転職しがらみの問題
 📝今を捨てるかどうかの迷いと家族会議
 📝悔しい想いをしつつも挑戦したい
 📝ナナゼロさんのシンパシー
 📝お父さんからのアドバイスが愛に溢れている
 📝挑戦したいと思える要因
 📝どんなロケットになれるか
 📝今後のキャリアプランを見据えて走る
 📅ゆーへーさん、平日朝ライブしてます
===
😂ネタ部分
🙌感謝!
🗓️告知関連
===

ゆーへーさんのスタエフはこちら💁
https://stand.fm/channels/632cf9318fc92d08ba55588e

🎤マミヨバンド情報🎤
日時:2026.3.15(日)
会場:荻窪TOP BEAT CLUB(東京・荻窪)
OPEN / START
前売 ¥4,000(+1D)
https://x.com/kojiki_project/status/2003661925683528062?s=46&t=5qwq5Ee0I9tKqSVuY6_bAw

----------応援してること📣---------
🔸各種応援に関して🔸
・あやこさんのKindle本
・ナナゼロの3周年お祝いチケット
・だんごさんの能登半島応援クラファン
・2026.05.19(火)武道館ライブが!?
・あでぃコミュについて
・UGCについて
あべゆさんのリットリンクからどうぞ(コレ神!)
https://lit.link/abeyu-recommend

・ナナゼロへ個別相談できる権
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 価格は…500円⁉️特典も4つ⁉️

特典❶単純にナナゼロの応援
特典❷メンバー限定にナナゼロが学んだ事を共有
特典❸ここでしか話さない黒ナナゼロが聴ける
特典❹ナナゼロが対談で深掘り

今後増えるかもしれません │ωↀ)✩

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https://line.me/R/ti/p/@207jaxdq

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🎸マミヨちゃんが札幌でシンガーソングライターを目指すと決めてから、デビューまでの道のりをnoteに綴っています!
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🔸マミヨちゃんのInstagramアカウント⤵︎
1,000人目指してるのでフォローお願いします🙇‍♂️
https://www.instagram.com/mamiyo116

🌙ナナゼロリットリンクは💁‍♂️
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⛩️古事記projectのリットリンクは💁‍♀️
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#コラボ #対談 #挑戦 #ワーママ #ワーパパ #行動 #AI #AI時代 #ライブ #古事記
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stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/5fe90c401f63b1cf684da6f4
00:01
みなさん、今日もよろしくお願いいたします。 今日はゆーへーさんとコラボライブになってまして、
Xの方の投稿もあげますので、ぜひ拡散の方もよろしくお願いいたします。
こっちを自分でも拡散しておこうかな。
ゆーへーさんが来たら、一緒にコラボライブしていこうかなと思うので、引き続きよろしくお願いいたします。
お隣さん、来てくれてありがとうございます。こんにちは。
愛席どうぞ。
アイコンめっちゃいいですよね。
ゆーへーさん、よろしくお願いします。
招待したので、受けていただいたらと思います。
どうもお疲れ様です。
お疲れ様です。ありがとうございます。本当に。
よろしくお願いします。
こちらこそです。
ゆーへーさん、最初に自己紹介だけお願いしてもいいですか。
はい、自己紹介。
私はSNSとリアルのアカウントが切り離れていないタイプの古い人間なんで、
いわゆるリアルイコールSNSなんですけども、
僕が何者かと言いますと、昭和60年生まれの性別は男ですね。
結婚して子供が2人いる、今幸せな状態でございます。
仕事としては自動車の設計を18年間しておりまして、
その中で得た気づきとか、自分自身も結構辛い思いをしてきましたので、
そういったところで少しでもポジティブになれる何かを発信しようと思って
SNSの軸を持ってやらせてもらってます。
そんな中で、20年ジャックを務めた環境を今捨てて、
SNSの新しい状態に行こうとしている話はまた本編で話しさせてもらおうと思いますので、よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
ゆうへいさん本当に何だろうな、マジでガッツリ挑戦されてるって聞いて、本当にすごいなと思って。
さつさんもね、うらのさんも、ちゃんみんも来てくれてありがとうございます。
なかなかできないですよね、家庭がしかもあってっていう状況で、今は転職っていう形になるんですか?それともフリーダンスっていう形になるんですか?
今は無職っていうぐらいになるんじゃないかなと思うんですけど。
はい、なるほどね。
正確に言うとですね、少し僕の追い立ちじゃないですけど、
大学卒業するまでは私は整備士になろうと思ってました。
中学の頃から車が好きで好きで仕方がなくて、
運転手に、レーシングドライバーとか夢見た時もあったし、
トラック運転手になりたいって言ってた時期もあるし、不思議な車好きだと幅が広いというか。
確かにそうですね。
車なら何でもいいぐらいの勢いの車好きなんですよね。
03:00
大学の時に整備の方に進んで、正確に言うとその一個手前で大学滑りまして、
よっぽどいけると思って探眼してたはずなんですけど、
ちょっと滑りましてですね、行き道がなかった中で、
浪人させてくれということを両親にお願いをした時に、
父親からですね、浪人することが目的になってないかというふうに問われて、
本当に何がしたいんだって言われた時に、
自分はそれまで機械システムに行こうとしてたんですけど、大学は。
ですけど、機械システムって漠然としたものじゃなくて、
お前がしたいのは何だと問われた時に、やや車だというふうになって、
じゃあ車に関わるところで浪人せずに、浪人してもいいんだけれども、
次は行けるところに行かされるぞって脅しをされたんです。
行きたいところに行くために浪人するっていう夢じゃなくて、
浪人したら次は入れるところに押し込まれるからな、
それは覚悟しろって言われて、
どうせそうなるんだったら今から自分のやりたいことに、
ちゃんと直結する大学っていうのはないのかって言われた時に、
それだったら整備士になりたいっていうふうに思って、
整備士になる専門学校に行きたいっていうふうな願いを継ぎするんですけど、
親は一応4大は出てくれという。
めっちゃわかる。
4大で整備士の免許が取れるところって言うと、
当時1校しかなかったんですよ。
少ないですよね。
そもそも専門学校しかなくて、
もともとちょっと前は広島と福岡に1校ずつ、
4大かつ整備士が取れるという、
2級ですね、当時2級までしかなかったので、今は1級あるんですけど、
2級がちゃんと国家試験として、
公認で取れる大学2校しかなくて、
広島はもう応募できなくて、
募集を停止してしまっていたので、
実質福岡に1校しかないみたいな状態。
これはもう運命だと思ったけど、僕は。
福岡出身の僕としてはですね。
なるほど、自分がいる地域にこんな学校があるんだったらここだと思って、
下調べもせずにセンター試験の点数を郵送で送ると、
次の日には電話で合格ですって言われるような。
ああ、すごい。
そういった環境で、はたおかしいなと思って振り返ると、
いわゆる偏差値枠外と言われている大学だったんですけども。
そうなんだ、そこまで割っていくんですね、なるほどね。
そうですね、偏差値というものをあまり気にしてなかったので、
ただ免許が取れることは間違いなくて、
中にいるメンバーもね、頭いいメンバーもいれば、
面白い輩もいっぱいいるんですけど、
そんな中で大学を卒業するときに、
整備士になるぞって思って就活をするんですけど、
そこでも下調べが全く足りてないことに思い知らされて、
4代卒業して整備士の免許を持っててもですね、
誰も雇ってくれないんですよ。
そうなんですか。
大卒の給料払えないって言われてですね。
なるほどね。
専門卒とか高卒の給料で働いていいんだったら雇ってあげるよって散々言われて、
何十所も受けたんですけど、全部内定は高卒前提みたいな。
06:04
それじゃあさすがに4代化してくれた親にも顔向けできないということで、
方針転換をします。
作ろうという方向に方針転換を。
すごいですね。
そこから就活も山場を越えていた時期だったので、
あの手この手でいろんなところ就職を受けて、
内定をもらったのは何社かある中で、
唯一当時豊田系で内定をくれたとこだけ愛知にあったので、
そこに行くことを決めて、そこが最初の一社目ということですね。
実質18年間勤め上げたんですけど。
はいはいはい。
はい。
で、いわゆるですね、そこでもまた僕の考えがあまり至ってなかったんですけど、
いわゆる今でいくと無期雇用派遣と言われてるやつです。
そういうのがあるんだ。はいはい。
そうですね。派遣って意外と中に入らないとわからないことがたくさんあると思うんですけど、
登録型派遣と言われているものと無期雇用派遣と言われているものに今は分かれています。
なのであくまでも社員として所属はしているんだけれども、
仕事先がお客様の中に入り込んで仕事をしますよというスタンスの会社に入社をします。
なるほどね。
なので当時は正社員派遣とか特定外派遣とかいろんな名前がある中で、
今は無期雇用派遣という形になっているので、
社員としての肩書きもあるし、退職金とか福利構成もあるし、
派遣が終わったらいきなり仕事がなくなるかっていうそういう仕事ではなかったんですけど、
まあでも9割9分お客様に偏った商売というか、
いらないと言われてしまえばそれこそ仕事がないっていう風になってしまう仕事で、
実僕が入社したちょっと後もリーマンショックのきっかけがありまして、
みんな仕事がなくなりました。
そうなんだ。
いわゆる派遣切りというキーワードが多分耳にまだある方はあると思うんですけど、
派遣はあくまでも3ヶ月とか半年とか1年とかその人の契約によって違うんですけど、
この契約を更新するかどうかでそれが決まる。
それがだいたい1ヶ月前にしか決まらないんですよ。
怖っ。
なのでもう更新されると思って面談に行ったら、
更新できないのでごめんねっていう風な話をされて、
いきなり仕事がなくなるっていう状態になるんです。
そんな環境下で幸運なことに自動車業界右肩上げてきてましたので、
一応リーマンショックも乗り越えたし東日本震災も乗り越えました。
超円高も乗り越えて、それこそトヨタの秋代社長と同じような、
秋代社長と一緒に仕事してました実際には。
そうなんだ。
風呂を歩いてるとただのオッチャンなんですよあの人。
ただのオッチャン。
メディアに出るとすごい持ち上げられますけど、
風呂に座ってると本当ただのオッチャンだなっていう感じ。
車好きのオッチャンですただの。
09:00
そんな中で仕事を幸運なことにさせてもらってきて、
九州に帰るきっかけ。
当時愛知にいたんですけど、九州に帰るきっかけは、
九州で自動車の設計を立ち上げるのでということで白羽屋を建ててもらって、
誰も知らない自動車作りなんかしたことないっていうメンバーの中に放り込まれ、
九州での自動車作りを立ち上げるということをほぼ10年間ぐらいやらせてもらいました。
すごいな。
そんな感じで大学卒業から大体九州に帰ってくるまでのエピソードですけど、
この中でも本当に背伸びをして本当に下調べなくこの業界に飛び込んできて、
入った当時は、
ナソロさんも同じような体験をされてる配信を以前に聞きましたけども、
3年間廃人でして身寄りも何もない位置に一人で飛び込んでいって、
周りは有名大学出身の頭の人たちに囲まれ、
会議に1時間出ても何を喋っているのかが全くわからず、
何か公式とか定理とかこれに照らし合わせればこうが当たり前みたいな会話が繰り広げられてるのはわかるんですけど、
何せ物理現象も当たり前の物理の授業しか受けたことなく、
構造力学も一般的な構造力学しか知らず、
そういった中で放り込まれると桁が違ったんですよ。
ものづくりの現場の厳しさに一人で、
その当時同期も何人かはいましたけど、
本当にすごい勢いで同期が抜けていき、
いつの間にか一人ぼっちみたいな状態ですね。
当時の写真を今振り返ると本当に笑ってる写真がなくて、
本人そんなつもりみじんもないんですよ。
みんなでバーベキューして集合写真撮ってるんですけど、
バーベキュー企画してやったりとかしてたので。
でも本人笑ってるつもりなんですけど、
写真笑ってないんですよね、今振り返ると。
本当全部真顔。
これもう壊れてるんだなっていうのに、
今更は振り返るんですけど、
本人一生懸命人間やってるんだろうなっていう。
そうやって壊れてるのを年に1回実家に帰ってきた時の
親に言われてたのもなんとなく心にはあって、
表情が硬いよとか大丈夫なのかって、
もうこのまま帰らなくてもいいぞみたいなことを言われてたの。
僕としてはなんでそんなこと言うんだろう、この人たちって。
僕一生懸命働いてんのにって思ってましたけど、
多分出てたんだと思います。
こんなことに九州に帰ってくるきっかけをいただいて、
実家暮らしをします、そこから。
そこから数年間、
仕事以外のことにもたくさん父親が連れ出してくれまして、
地域の活動だったりだとか、
それこそ今SNSで絡んでいるメンバーとの声の活動だったりだとか、
12:00
地域お越しのイベントだったりだとか、
デイサービスのお手伝いだとか、
そういったところにたくさん連れ出してもらって、
だんだんその頃から写真には笑顔が戻るようになってきて、
人間性取り戻したなっていうところは、
本当に帰ってきたから、それでも5年6年ぐらいかかったんじゃないかなっていう気がしますね。
そんな中で本当に技術屋としてつらいなという思いもしてきたので、
いわゆる派遣で働く人たちだったり、
お客さんの中に入り込んで働く人たちっていうのは、
今かなりいると思うんですよ、人数は。
本当に僕らの世代はそれが主流だったので、働き方としては。
今からはそれが多分また激変していく時代が来るので、
そういった中に行くってなった時に自分が、
じゃあこのままじゃダメだと思って、
その働き方を捨てるというのが今回の物語ですね。
次の予定とかは決まってたりするんですか。
やりたいことは決まってます。
ただいろんなしがらみがあってそこにたどり着けないんですね、今は。
放送でも言われてましたよね。
業界通説なんですけど、ある一定条件を満たすと、
入り口すら叩かせてもらえないんですよ。
それはもちろん僕が同じ業界にいたいからと思ってるからなんですけど、
要は引っこ抜きとかハンティングのルールが、
一応各社さんしっかりしてらして、
僕は歴状は取れないという話になって、
そのルールが長いとわからなかったんですよ。
なるほどね。
応募しては問全払いを喰らい続けてきてます。
その問全払いの理由を説明してもらえないのが当たり前なんですけど、
説明してもらえないので何がダメなのかというのがわからなかったんですけど、
その話をすると最近ですね、やっぱりビズリーチって皆さん知ってると思うんですけど、
転職とかの活動においてはリクルートエージェントさんとか、
JACリクルートメントさんとか、
いろんなエージェント機能さんがある中で、
ビズリーチってちょっと異色なんですよ。
あれって、いわゆるエージェントさんがついてゴリゴリ紹介してくれる仕組みではなくて、
本当にただのマッチングシステムなんですね。
なるほどね。
なのでビズリーチにプロフィールを上げるところまでしか自分はできないんですよ。
はいはいはい。
企業さんがいいなと思うとチャットが開かれて、
その企業の窓口さんと話ができるみたいな仕組みなんですね。
基本的にはそうなんです。
お金を出して会員になると応募するというコマンドが使えたりだとか、
イベントでね、例えば何月何日何々、
15:00
2月は例えば製造業キャンペーンですってなると、
製造業で会社側がいいよって言ったところに関しては応募するというコマンドが使えたりするんですよ。
そういうシステムが。
基本はマッチの姿勢なんですね、ビズリーチ。
ただここ大きな変換点が起きていて、
今まで去年何度も何度も応募してきて、
数限りない門前払いを恥をしぬので受けてきたんですけど、
ただやっぱり全部これ人事さんなんですよね、窓口が。
はいはいはい。
人事部採用担当みたいなところですよ、いわゆる窓口が。
ですけどそこっていうのはやっぱりルールにがんじがらめなわけですよ。
採用内部ルール、内規がたくさんあるので、
そういったものに適応しない人は門前払いが当たり前なんですが、
このビズリーチ面白いのは、現場が見てるんですよ。
現場が見るんだ。
そうです。なので、例えば僕らの業界で言うと技術部と言われてる、
人事部ではなくて技術部と言われてるところの、
中途こんなキャリア持ってる人たちが欲しいよねっていうのを考えてる人が直接ビズリーチを見てます。
へー、はいはいはい。
なので、技術の面に止まるんですよ。
なるほどね。
そうすることで、確かに社内機の運用はあるんだけれども、
ひょっとしたらその社内機っていうのはやっぱり生き物なので、
ルールによっては、運用によっては、考え方によっては、
ねじ曲げると言うとは言い方がおかしいですけど、
今回はこういうルールでいきましょうっていうふうに決まっていくものなんですね。
はいはいはいはい。
企業さんもやっぱりチャンスがあれば取りたいんですよ、人。
だけど、ルールを明言してしまう、明確にしてしまうと、取りたくても取れなくなる。
要は自分たちの首を絞めることになるので、あんまりルールって明確にならないし、
基本外には抜け漏れないんですよ。
ですけど、応募する側はそんなん関係ないじゃないですか。
そうですね。
入りたいと思って応募してるのに文言払いを食らうっていう。
普通は1回、2回受けると心が折れるらしいんですけど、僕は折れなくてですね。
さすがですね。
入りたいよっていうのを何か理由をつけて、
例えば3ヶ月経ったからいいだろうとか、半年経ったからいいだろうとか、
こういう実績が積み上がったからいいだろうっていうこと細かに理由をつけては応募してきたんですけど、
都度は文言払いを食らってきました。
それが、VizReachにプロフィールを載せて、逆にお声掛けいただくという形で話が進展したんですよね、一瞬ね。
すごいですね。
行きたかったところから声がかかった。
話が進んだので、よし行くぞってなったらやっぱりその社内機が最後は引っかかってしまって。
どうしてもあるんですね。
そこがどうしても人事としては首を縦には振れない、でも技術としては来てほしいっていうふうに、いろいろ葛藤があった中で、
格訳は取れないだけれども、一度その肩書きを捨ててもらえれば、選考が進むかもしれないっていう、
相手としては非常に言葉にしづらいものを、いろんな回り道をした形で伝えてくれました。
なので、格訳でも何でもない。
しかも肩書きを捨ててすぐいいよって言えるものなのか、3ヶ月は経たないとダメってなるのか、半年1年だろうってなるのかは、
18:04
もうここから蓋を開けてみないとわからないんですけど、とはいえ向こうからは期間の明言はなかったし、
今の肩書きがダメなんですと、その肩書きがなくなればっていうふうなご連絡をご行為でいただいて、
なるほど、じゃあ捨てましょうってことで退職をしたっていうのが今の僕の状態です。
ゆうさん来てくれてありがとうございます。すごいですね。なかなか捨てれなくないですか、その肩書き。しかもおかてがあるわけじゃないですか。
そうですね。そこはもう素直に感謝するしかないし、そういうチャレンジをさせてくれるっていう散々相談をして、
ちなみにですね、2度目なんです。同じストーリーで2度目なんです。
一番入り口は、もともと働いていた会社が、その会社に人をまだ出してるんですよ。
なので、元いた会社を退職してすぐその上会社に入ってしまうと、派遣法に引っかかるんですよね。
そういうことですね。
そもそもが。それは老期で決まってるルール、法律なので、入れないから一旦やめるねと。
クーリングオフというか、半年とか1年時間を経過したら応募できるようになるから。
という家族への説得で1回39歳チャレンジさせてくれって言って、18年勤めた会社を辞めます。
次の会社はもちろん内定した状態で退職をして、インターバルゼロでスイッチします。
今まで10ヶ月間働いてきたんですけれども、そういったルールが明確に見えてしまったので、
今の肩書きだとそのチャレンジがもう二度とできないと。
なるほどね。
なったので、家族会議ですよね。さあどうしたものかと。
今いる会社、今月まで所属させてもらってる会社もですね、決して小さくはないし、上場もしてるし、給与ももちろん地域の中ではそんなに悪くないですね。
僕が取り得る選択肢としては絶対悪くない選択肢なんです。
なので、この関係を捨てるかどうかを非常に自分自身も悩みました。
確かにね。
今のまま満足してもいいんじゃないかと。
決してやりたくない仕事をやってるわけでもないし、自分で選んだ仕事を選んでやってるわけで、会社からもそれを期待されて。
中途なのに、割と上のグレードで取ってくれたこともそうだし、マネージャーといきなり部下がいる環境に投げ込んでくれたのもそうだったんですけど。
すごいですね。
こんな環境で育って、今すごく期待を受けてるのに、やっぱり自分は車が好きだという軸をぶらさずに、何ができるんだっていうことを考えたのに、やっぱり作りたいだったんですよね。
なので、家族に相談をした上で、やっていいよというふうに許可をもらったので、今回退職ということに踏み切ってます。
なので、この結果がどうなるかは、もう神のみぞ知るんですけど。
21:01
いや、すごいですね。
でも、何か個人的にはどうにかなるだろうっていう感じはあって、39歳から40歳になるまでは、やっぱりキャリアだと思ってました。
2度目の退職を決めるまでは、もう全部がキャリアだと思ってました。
なので、例えば履歴書に空白があったらダメだというふうに思ってましたし、
例えば全然違う会社に勤めて、また技術に戻りたいみたいなのも、何かおかしな話だというふうに自分も思ってました。
で、都度都度その人事さんに応募して、理由説明なく門前バレーを受けることに対して、やっぱり自分って魅力がないのかなと思ってるほど、
自分に対しては社会的価値とか信用はないのかもしれないっていうふうに、どんどんどんどん自分の心を追いやっていってたんですけど。
でもやっぱりブレなかったのは車が好きだっていう、ただ本当にその軸だけなので。
ここで折れるにしても何にしても、この最後の挑戦をしっかりやり切った上で、もう一回考えようと。
もう次はラストチャンスなのかもしれないですよ、年齢的にも考えて。
なんですけど、このチャレンジをせずして人生振り返った時に、そこでチャレンジしなかったよねっていうふうにきっと自分は思うだろうなと思ったので、
もう今回は退職をするという方と、高校でちょっと暴力的な、自分だったら取らないと思うんですけど、なかなかこの暴力的な選択肢を取るっていうのを、
自分が今回望んでしまったというか、それでもやりたいって思っちゃったので、今回はそういうふうにさせてもらいましたね。
本当にありがたいと思ってます。
すごいですよね。幼少期、幼少期っていうか高校の時からね、あの話聞いてたんですけど、お父さんが、お前何がしたいんだ、その言葉がずっと残ってるわけじゃないですか。
そこが、ちゃんと自分の中で決めたことっていうのを貫いているユウヘイさんが本当にすごいし、今回ユウヘイさんの朝のライブとかにたまにお邪魔する機会があって、
話を聞いてて、いやすごいことされてる人がいると思って、元々ユウヘイさんの名前は知ってたんですよ。
僕も703は知ってません。
ありがとうございます。名前は知ってて、見てはいたんですけど、声で改めて今のこと、今回の話を聞いたときに、
しかも同い年、僕も昭和61年の3月、もうすぐ40歳になるんで、もうほぼ同い学年かな、同い年の人が、家族もね、家庭もいて、
でもやっぱりあの頃諦めた夢、諦めてはないですけど、思い描いた夢をずっと燃やし続けて今も走ってるっていうのは、しかもこの先どうなるかわからない。
今乗った船が沈没してね、どうなるかわからないけど、それでもやり切るんだっていうその思いはめっちゃすごいですよ。なかなかできないし、
そう、小鉄さんも書いてるからなかなかできないけど、本当にそうだと思ってて、ずーっと現場にい続けてるから、本当にすごい月なんだと思うっていう小鉄さんのね、このコメントも、
24:09
マジですごくわかります。普通はできないです。だからそのね、周りの奥さんとかね、娘さんとかその辺の家族会議をしたっていう話をされてたんですけど、
その辺も含めてやっぱ、ご家族のね、気持ちっていうのもちゃんとあっての今だと思うので、本当にすごいですね。
自分でそうやってチャレンジしたいって今回決めたんですよね。もちろんずーっといろんなケーススタディをしてきて、今回初めて、それも1月の話なんですよね。
1月年明けて、ビズリーチケールでお話をもらって、トントン拍子に面接まで決まってたんですけど、それを人事さんが上書きでダメっていうふうに止められたんですね。
ようやく僕としては、技術の中で、ようやく技術から後押しをもらって、今まで門前払いだったところの中に入れると思って、すごく嬉しかったので、
もうその面接の日程が決まるまで、多分その最初の会話から2日と経ってないんですよね。2日と経ってない中でも技術は戻ってきてくれることを期待してるというか、ぜひ採用したいと言ってくれてると。
今まで否定されてきたけど、そうじゃないとやっぱり技術的にはまだ僕から渡せるものはたくさんあるんだろうなと思って、嬉しくてですね。
ようやく面接できるよっていうのを家族にLINEした、その6時間後なんですよね。面接やっぱダメってなったのが。
もう僕以上にみんなブチ切れてくれてて。僕自身は黙ってればよかったのに、僕は面接をするぞと家族に宣言をしてしまったがゆえにみんな頑張れって言ってくれた。
やったね、ようやくだねって言ってくれたのに、その6時間後仕事終わりに、やっぱ面接なくなったわっていうLINEをしたら、もういろんなところから電話かかってきて。
もう僕が怒る暇なかったんですよ。みんな怒ってくれてて、もういい加減だよね、そんなんみたいな。
めっちゃあったかいですね。
それで冷静になって、冷静になった上で自分をもう一回チャレンジするのかどうかっていうのを考えたときに、自分は挑戦したいっていうふうに決めたんですけど、
でもやっぱり今回結構無謀だし、リスクでもあるし、もちろん家族の意見を横に追いやった状態で、自分のがだけ通すわけにもいかん。年齢もある、責任もある、社会的責任ももちろんある。
なので誰か一人、誰か一人でもダメって言ったらやめようって思ったんですよ。
で、自分の嫁、子供。子供は説明してもわかんないですよ、まだ小さいので。で、嫁と。嫁とはもう本当にリアルな話ですよ。貯金がどう、これからの支払いがどう。
27:00
で、今収入がこう、出ていくものがこうっていう、向こう10年、20年ぐらいの資質の話。付き合わせてもなんとかお金的には回るというのが見えた。
今までさんざん溜め込んできたのもあるんですけど、なんとか目先の現金はどうにかなる。
なのでここ数年迷ったところで、きっとその朝鮮がうまくいこうがうまくいく前が仕事はするだろうと。
なのでそこまで耐えるだけの余裕はあるというふうな丸印をもらって、気が済むようにやりなさいって言ってくれた嫁の一言に押されて、自分の両親に報告をしに行きます。
で、自分の両親もどっちもこうだと言ってくれました。
どちらにしてもその朝鮮にそれだけ引きずられてる以上は、もう他のことやっても多分身にならんよっていうふうに言われました。
それすごいわかる。
だから雇われろとは言わん。どうなるかはわからん。そして茨の道なのもわかってる。
でもあんたがそうやって言うんだったらチャレンジしないと次にいかんでしょって言われて、そうだねってなりました。
で、唯一そこで初めて父親からダメだった時のプランも明確に書けって言われて。
で、例えば3ヶ月待てって言われた時のストーリー、6ヶ月待てって言われた時のストーリー、1年待てって言われた時のストーリー、そしてそれがダメだったらどうするかってストーリーを書けって言われて。
全部書いて、自分の中で割とその、なるほど悪くないと。
この朝鮮、うまく転んでも失敗したとしてもうまくいったとしても自分なりに決着はつくなっていうのが逆に見えて。
逆にもう最長1年だと思ったわけですよ。ここ1年だと踏ん張りどころはと。
この1年さえ踏み越えれば逆に結果が望むものじゃなかったとしてもきっと自分は受け入れられるだろうなと思ったので、よしやるぞ。
で、嫁の両親にご連絡をし、仕事を辞めますという話をさせてもらい、そこはもう2人が決めたならそれでいいというふうに後押ししてもらい、あとはいとこたちにも後押ししてもらったので。
こういうふうにやろうと思うって言ったらいいじゃないって、頑張っといてっていうふうに。
なんかあったらどうにかしてあげるから頑張っといてよっていうふうにね、みんな言ってくれるので。
ありがたいなと思って、会社にその翌日退職届を届けるっていう荒技をこなしてですね。
いやすごいな、なるほどね。
いや本当に何だろう、僕も顔職人になるときで仕事を辞めて除去したんです。
僕は若いんですけどね、28なんだけど、僕のときは全員から否定されたんですよ。
仕事を、今やってる仕事、全職が安定してるし地元だし、お前長男だから家にいろっていうふうに言われてて。
で、辞書を出したけど取り消してこいと言われたんですね。
で、東京のマンションを契約するときに反抗さんぞって言われたんですけど。
30:02
でもそれでも意思は固まってたんで、行かしてくれって言って行ったんですけど、
そのときは本当にずっと父親はいつ帰ってきてもいい、仕事は辞めてこいって本当に言われてて。
何でかっていうと父親がメカニックなんですよ、自動車整備士なんですよ。
で、ゆうへいさんは大学だったんですけど、父親は専門学校に行って、
で、親父の親父が大学に行けって言ってたけど、大学を合格して専門学校行ってたんですね、親父は。
で、それが今、車が好きで、親父で。
で、好きなことしてたけど、でも家にいるっていうことの大切さも知ってるから家にいろってすごく言われたんですよね。
で、めっちゃ嫌だったんですよ。
今すぐにでも言いたかったんだけど、でももうそういうふうに育ってるし出れなかったし。
で、それをその時に東京来て、で、クビになりながらも最初になって、で、今もずっと10年ぐらい勤めてるんですけど、
なんかその時に僕は後押しをしてほしかったんですけどね。
いろいろ説明をしたけど、でもそれはできなかったし、今ではみんな応援してくれてるんですけど、
でもゆうへいさんの家族って、ちゃんとゆうへいさんの今までの頑張りっていうのを全部知ってるし、
気持ちとか思いとかっていうのを全部知ってるからこそ、ちゃんとこう誰もノーって言わなかったっていうのがね、ほんとすごいなと思って。
いや、ほんとそうだと思いますよ。
父親が割と早い段階から社長業をやってるので、起業した会社じゃないんですけどね。
前社長に任された会社を社長としてやって、雇われ社長って言うかね。
なので、もう本当に家にいなかったし、会うタイミングなんて、本当に家族会議をするぐらいの勢いじゃないと父親と会わないみたいな生活をひたすらして、
家族を守ってくれたし、お金という面では繋いでくれて、自分の好きなことを散々させてくれてる親なので、尊敬もするし、
そんな親が、だからこそ父親からはですね、表も裏もちゃんと見なさいとか。
で、最悪なことをちゃんと想像した上で、それでもやりたいならやりなさいっていうふうに毎回言われるんですよ。
で、怒られるときは大体僕が軽はずみに言ってるときですね。
うまくいくからっていうふうに、うまくいく方しか見てないときは大体後ろから蹴飛ばされるんですけど、
ちゃんとそのリスクを背負って何が起こるかっていうのが分かった上で、それでもしたいっていうときは必ず応援してくれる両親なので、
本当に尊敬してるし、ありがたいなと思ってます。
ある意味、親がまだ働いてるタイミングで、それを父親から生の声として、まだ俺も働けるからっていうふうに言ってくれてるんで、
どうにかはなるよっていうふうに言ってくれてるのがありがたいんですけど。
本当そう、小鉄さんも書いてるんですけど、本当にすごいことで、そして自分よりも悔しがってくれるっていうことが本当に素敵だなと思ってて、
素敵なお父さんだなって改めて、本当に改めて、秋名さんもドリームクラッシャーがいないっていうのは本当にすごいことで、
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ゆうへいさんの覚悟もちゃんと伝わってるんだなって思うんですよ。
まあそうですね、最初この話をしてる時には、やっぱり自分がこの夢を叶えないといけないっていう夢、逆にそれを背負い込んで生きてたんですよね。
でもある日突然ふと思ったのは、本当に家族が僕に求めてるのっていうのは、僕がやりたいことを達成した姿がもちろん一番幸せなのかもしれないけど、
本当にみんなが最後求めてるのは、たぶん僕が納得して人生を歩んでる姿なんだろうなと思ったので、今回の挑戦、もちろんうまくいくように全力を尽くすんですけど、
仮にそうじゃなかったとしても、この応援したご恩に報えるためには、僕はやっぱり人生を楽しんでいかなきゃいけないなっていうふうに思ったんですよ。
ある日突然ふと自分の中に降ってきたんですけど、これ不採用だったらみんなの期待をまた裏切るんじゃないかって。
そここそ最後の、最後信頼してくれた人の信頼を裏切ったっていうことになるんじゃないかと思って、めちゃくちゃ怖い思いをずっと半年ぐらい背負いながら、
実際その決断するときも、この決断で本当に親と感動されるかもしれないみたいな。
もういい加減にしろってなるんじゃないかって思ってたんですけど、でも冷静にみんなが一旦応援してくれるっていう決意表明をしてくれた後は、
冷静に自分もなって考えると、みんなが気にしてるのは僕が受かるかどうかじゃなくて、僕らしく生き生きと生きてることなんじゃないかなって。
仮に僕が自分の子供に同じようなことを言ってあげられる場が来たとしたら、受かるかどうかは二の次じゃないかなって思ったんですよ。
それはだって運だもんって、中途なんて。会社の空いてるポジションがあるかって話と、仕事があるかって話と、採用するだけのコストがちゃんと会社に残ってるかって話と。
それは実力と人間評価だけじゃないっていう、100%のところもあるので、中途っていうのは出会いなんで。
だとすると、そこじゃないだろうきっとっていう風になったのが、やっぱり一番でかいというか、ある意味一番今心が軽くなってる瞬間なので、この挑戦に全力を尽くした上で、
その上で自分は自分の人生をちゃんと決めて生きていけばそれでいいな、それでみんなの期待を裏切ったことにはならないなっていう風に分かったので、ちょっと心が軽くなってるっていう、そんなところですかね、今ね。
いやーすごいなぁ。なんかそのお父さんが、ユヘイさんが辛い実家帰った時に、笑顔はないって言ってたじゃないですか。その時お父さんが、お前大丈夫かって声かけてたっていうのって、やっぱりユヘイさんがしたい仕事っていうよりも、ユヘイさん自体がどう過ごしてるのかっていうのをちゃんと見てたんでしょうね、きっと。
なんかその辺にも繋がってくるし、お父さんとかご家族とか周りのね、ご結婚された奥さんのこととかも含めて、周りの人ほんとすごいですね。で、それすごい人がいるのって、やっぱりユヘイさんがちゃんと行動してて、ちゃんと考えてるからなんだろうなっていうのをほんと思うんですよ。
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そうですね。まあ考えなしではないと思ってますけど、いろいろ、どちらかというとちょっとマイナスなイメージ先行する体質なんで、人がなんかやりたいって言った時も、すごく悪ノリ大臣でもあるので、人を悪ノリさせるの好きなんですけど、もちろんそれで本当に痛い思いをしたら一緒に責任を取るぐらいの悪ノリだったら後押しするんですけど、
そうじゃないときは、これ悪ノリさせて責任取れんぞって思ったら止めるんですよね。なんかそういう感覚はあるので、やっぱり考えなしではないんですよ。根っこが。なので、まあ今回本当にこういう風な冒険に出れたっていうのがね、なんか40にしてなんか面白いことになったなっていう、正直。
そうですね。
30までの自分だったらこの選択はきっともう多分自分の中で勝手に閉じて、ああもう目がないんだ、じゃあ諦めよってなってたんじゃないかなって思うんだけど、それに挑める環境という心境をゲットしたっていうのはなかなか面白いことだなと思いますね。
なんか僕今思うんですけど、ゆえさんって今、お子さんって今何歳ぐらいですか?
今2歳、あ、ごめんなさい、4歳、1歳ですね。
めちゃくちゃ、なんかね、それが大きいのかなと思うんですよ。なんかあの子供がいて、子供の将来のことを絶対考えるじゃないですか。
はいはいはい。
考えたときに、じゃあどういう子に育ってほしいか、で、どういう人生を歩んでほしいかっていうときに、僕娘に思ってるのが、他人に迷惑かけてほしくないとかそういうね、あのことはもちろんあるんですけど、でも後悔ない人生を生きてほしいなってこの子には思うんですよね。
やりたいことはやってほしいし、で、僕は父親に頭こなしにやりたいことを全部否定されて育ってきて、で、逃げるような状況をしたんですけど、まあそれはいいんですが。
だからこそ余計に娘には本当に自分がやりたいことを言ってくれたら、僕がなるべく応援できる環境下で育てたいとか応援したい、だからいろんなことを知りたいっていうのはそういうところでも動いてるんですけど。
ゆいさんも、まあ伊沢さんも同じか分からないですけど、子供がいる環境で自分の、自分だけじゃない人生を考えられる環境って、なんかね、自分が挑戦するとか行動するときに多分後押しになってる気がするんですよね。
あると思いますよ、絶対。僕の価値観だけで言うと、僕は人っていうのを勝手に宇宙ロケットに例えてるんですけど、僕は親のロケットに乗せてもらってる身として生まれて、で、親に打ち上げてもらってるんですよ、ドーンと。
で、もちろんどこかで僕も、僕の背中に子供を背負って、いつか親のアシストをもらえなくなった上で、自分で燃料を燃やして、子供を今度もっと高いところに押し上げていかなきゃいけない。どこまで押し上げていけばいいかは分かんないんですけど、自分ができる限り高いところまで押し上げてあげないと、やっぱり子供のスタート地点っていうのは低くなっちゃうじゃないですか。
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高いところまで、すごく高いところまで親のアシスト、今ももらってるんですけど、押し上げてもらって。これをいつか親の力なく、自分の力だけで子供をもっと高いところに連れてってあげないといけないって思ったときに、やっぱり限られた命の時間と、そしてその残された時間が生むであろうお金の話と、で、自分のやりたいことの話と。
いろんな時空を持って話していかなきゃいけないっていうふうに、僕は思ってる。だから、できる限りでかいエンジンにならなきゃいけないんですよ。で、そのでかいエンジンっていうのはもちろんお金だけの意味でもなくて、やっぱり楽しんでる親の姿を見せることも大事だし、で、これから世の中、やっぱり自分の知らない仕事とかAIが出てきて、どんどんどんどん僕の価値観ではもう戦えない世の中になっていくので。
可能な限りしがみつきつつも、でもやっぱり子供が僕の理解できないことを言いに来たときに、よし頑張れ言ってこいって言ってやれるぐらいに、自分に自信も持たなきゃいけないし、応援してやれるだけのお金もいるし。
そういったふうに今はまだね。40になって定年まであと20かとか25とかそんなこと考えたときに、いやいやまだ50歳をフルスイングする余力を今蓄えないとダメだなと思った。だから40になって終わりが見えたじゃなくて、40になってまだ入り口だなと思ったんですよね。
いやかっこいいな。
まだまだ入り口だなと思って。なんでその50になって引退を考える人だっているんですけど、いやいや我々サラリーマンはどこまでも働かなきゃいけないので。そういった意味で定年もきっと引き上がるとは思うんですけど。
まだまだ40で終わりが見えたなとか言ってるんじゃなくて、40だからこそ正しいキャリアプランを選べる。今まで培った20年弱のものを使って、ちゃんと自分の市場価値がお金に変えてもらえるようなところに自分を動かすっていうのも、今は全然できる時代だというふうに思ったので。
周りにはいるんですよ。40だからもう転職なんかできないって言って諦めてたメンバーも。それが正解だったのかもしれないし、わかんないですけど、でもやっぱりもっと可能性があるなら動いて大丈夫だというふうに思うので、そういった軸で今後も発信していこうかなというふうに思います。
めちゃくちゃ素敵な言葉ありがとうございます。本当に勇気をもらえるし、僕もね、娘とかいるからこそ40だったらとか、下り坂だとかっていう言葉って周りで挑戦してる女が多いからこそ、全然できるなっていうのは本当に思います。
ゆうさん時間になっちゃったので、そろそろ終わってしまうんですが、めちゃくちゃ楽しい時間とめちゃくちゃ勇気を本当にありがとうございます。
今度は僕のチャンネルでやりましょう。
遊びに行っていいですか。ありがとうございます。
ぜひ皆さんゆうへいさんのこともフォローしていただいて、毎朝とかお昼以降もね、夕方とかも放送されてるんですかね。ライブとかも。
42:04
そうですね。平日の朝が基本です。
ライブとかもされてるので、ぜひゆうへいさんのお話も聞いてください。
というわけで今日はゆうへいさんとお話しさせていただきます。ゆうへいさん本当にありがとうございます。
ありがとうございます。
そして見てくださった皆さんも本当にありがとうございます。
ちょっと駆け足最後になっちゃいましたが、また話しましょう。ぜひです。お願いします。
はい。
はい、失礼します。
あ、これさ、ありがとうございます。
ありがとうございます。
ゆうへいさんありがとうございました。失礼します。
失礼します。
42:31

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