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こんにちは、あきなです。私は今、エニアグラムという人間学を学んでいます。 もうすぐ講師としてお伝えできる立場になれるはずなのですが、今そうなれるように準備中です。
はい、えっと、今日はですね、文学フリマーに参加させていただくって話をこの前したんですけれども、
そのことで頭がいっぱいになってきていまして、 今もパソコンに向かっていました。
私が書いているもの自体というのは、そんなに全然長くなくてですね、
書いているもの自体は、まあ、ほぼほぼ大丈夫なんですけれど、
同人誌っていうことで皆さんで作り上げていくっていう過程で、結構いろいろね、
結構大変なんですね、同人誌作るのって。 今までやったことなかったから全然知らない世界だったんですけれど、
うん、なんか思ってたよりも大変、本当に。 なので、結構煮詰まってきてしまったので、
ちょっとスタイフの方にやってきました。 そうですね、何の話をちょっと残しておこうかなって思ったかっていうと、
あの、 全然今のちょっと同人誌の話と何も関係ないんですけど、
エニアグラムを学んで私は割と、
なんていうのかな、 タイプも大切だし、タイプもすごく、
自分を知る上で引っかかっていたこととかが解きほぐされるんですけど、
もっとなんか単純に、分かってよかったって、 割とこう、しかも理解がしやすいのが、
本能のバリエーションっていうのがあるんですよ。 これはタイプ関係なく、
自分の本能のどこが優位かっていうのが分かる、 3タイプ分けられるんですけれども、
それをね、結構すぐにこれは役に立つというか、 割と分かりやすいし、
割とすぐに実際に自分の気持ちを軽くできるものじゃないかなって思っていて、
それがどういうことかっていうと、
本能の優先、 自分の中で優先的に働く本能っていうのが3つありますよということで、
自己保存本能と性的本能と社会的本能っていうのに分けられています。
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性的って言うとすごく誤解を見やすいんですけれども、 セクシャルなことだけではなくて、
だけではなくてというか、何ていうのかな、 何かに引きつけられる本能っていうことですね。
夢中になる本能っていうのかな、 そんな感じです。
自己保存本能は人間の、 言ってみれば動物としての本能のところっていうかな、
食べる、寝る、安全でいる、身を守る、
何かそういう肉体に根差した本能っていう感じを 思い浮かべてもらえればいいと思います。
社会的本能っていうのは社交性だとか、 ソーシャルスキルみたいなところですね。
人と一緒にいることが好きとか、仲間を大切にするとか、
どこにいてもお友達を作れるよとか、 人に興味があるとか、
なんかそういうようなことを 思い浮かべていただければいいと思います。
これのどこが強いかによって、 結構違いがはっきりとわかるし、
割と楽になるんじゃないかなって思っていて、
なんかね、私これを知るまで、
それはタイプも関係はもちろんあるんですけど、
ここでタイプの話までしだすと、 コミってわけわかんないところに行くので、
ちょっと置いといて。
私はこの中で性的本能が優位で、 自己保存本能がその次。
ソーシャル社会的本能が一番弱いんですよ。
いつも不思議だったことが、
例えば幼稚園とか小学校もそうだけど、
そういうところに行くと、
みんなお母さんたち喋ってたりするんですよね。
私からすると、いつ友達になったっていう感じなんですよね。
この人たちっていつ友達になるんだろうとか、
いつこうやって仲良くなる機会とか、
そういうきっかけとかあるみたいなのが、
すごい不思議で、
私自身がそこにすごい弱さっていうのは、
やっぱり感じていたんですよ、若い時から。
特に学生の時はやっぱり悩んだりしていて、
ずっと一人で孤独っていうことにはならなかったんですけど、
友達を作るのがとっても苦手だったし、
大きいグループみたいなものに入れなかった。
ちっちゃい、3人ないし4人、3人とかそのくらいのグループ。
グループにもならないかな。
そういう友達とかと隅っこで生活しているような人だったんです。
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本当に中学高校は本当そうでしたね。
大きいグループに入りたいかっていうと、
そういうわけじゃないのに、
友達が少ないっていうことにすごい引け目を感じていて、
すごい嫌だったんですよ、学校行くのがめちゃくちゃ。
友達がいないとか少ないっていうことをすごい嫌で、
でもいなくはないんですよね、全然。
今でも会っている友達とかもいるので、
いなくはないんだけど、
打ち解けるまでに、
ピッタリ何かがはまらないとやっていけないというか、
ひろがさくっていうのがやっぱりできなかったりっていうのもあって、
すごい嫌だったなっていうのを思い出すんですよね。
だけどそれって大学生になったら、
本当に放たれたっていう感じ。
友達がいる、いないなんて正直そんなに誰も気にしてない。
特に私がいた学部が大きかったので300人いました、1学年で。
ゼミとかで分けられたりはするんですけど、
基本的には大教室で、
誰がどこにいて何してようが分かったもんじゃないっていうところがあって、
なんて生きやすいんだろうっていう。
本当に大学生になったときに、
本当に息が据えたって感じがしたんですよね。
すごく体調も悪かったんですけど、
大学生になったら治りました。
なんかそういう感じで、
友達をここで作りなさいみたいな、
なんていうのかな。
なんかそれがね、窮屈だったなっていう記憶があるんですよ。
だけど自分の中で、
なんかそれは、
日本の教育的にそういうところがあるのかもしれないんですけど、
やっぱり友達はいたほうがいいとか、
友達がいるべきだとか、
なんかそういうものに押しつぶされてて、
だから自分がすごくダメなものに思えてたところがありました。
友達を作れない自分はダメなんだなとか、
何か劣ってるんだろうなとか、
なんかそういうところがあったんですけど、
大人になるにつれてそれは自然に、
どうでもいいことっていうのになってはきたんですが、
単純にエニアグラムの本能のバリエーションを知ったときに、
有意であるところ、
例えばソーシャルスキル、社会的本能が有意な人に比べたら、
そこが一緒というか、
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そこが同じ程度になるわけはないし、
なる必要もないんですよね。
だけどやっぱり、
なんとなく小さい時って友達がたくさんいたほうがいいよねとか、
みんなと仲良くしましょうねとか、
それこそ学校であればグループ作りましょうねってなったときに、
一人じゃなかったとしても、
2,3人しか友達がいないと、
グループ作るときに困るわけですよ。
だからマジでそれが私嫌だったっていうことを思い出したんですよね。
だからお母さんたちがたくさん、
みんなでまとまってワイワイ話してると、
この人たちってどうやって友達になってるのかなって、
今でも思うんですけれど、
そういうものなんですよ、きっと。
ソーシャルが強い人、
社会的本能が優先度が高い人っていうのは、
そこが強い、ただそれだけ。
そういう人たちが集まってると、
みんなって見えるかもしれないけど、
全然そうじゃないお母さんももちろんいるわけなんですね。
もしかしたら私もたまたまその中に知り合いのお母さんがいて、
たまたまその中で喋ってたら、
私もその中の一人ってもしかして見てる人がいるかもしれないし、
でも実際はそんなことないし。
でもそれもいいなと思うんですよ、いいなと思う。
確かにいろんなお母さんと話して、
情報交換その場でできていいなと思う。
だけどじゃあそのお母さんたちとね、
そこの幼稚園で喋ってるっていうところを超えて、
じゃあランチに行きたいですかって言ったら、
全然行きたくないですよ。
全然行きたくないって言ったら語弊があるんですけど、
1回とかはいいですよ。
1回、2回誘ってもらったら喜んでいきますもちろん。
だけどそれが例えば毎週とか、
なんかそんな感じでランチに行くとか、
そういうことをするってなったら、
それはやっぱ私にはきついんですよね。
そうやって自分の居心地がいいところを
無意識に選んでいるだけだと思うんです。
もちろんそのお母さんたちがみんなランチ、
すごい頻繁に行ってるっていうことを
言いたいわけじゃないんですけれども、
なんかね、なんだかんだで羨ましいって思いながら、
みんな自分のその本能が優先しているように
選んでいるとは思うんですよ、無意識に。
みたいなことをちょっと思って、
だからそれって何も恥じることも何もないですよね。
知り合いが少ないとか、話す人が少ないとか、
別にいやいやそれは得意な人が集まってて
そう見えてるだけだよっていう風に
捉えることは十分できると思うし、
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あとね、
この間、まだつい最近スレッツを見てて思ったのが、
子供が友達と遊びに行かないことを
気にあんでるお母さんの投稿があって、
それが小学校4年生の男の子のお母さんで、
うちの子も小学校4年生なんですよ。
友達と全然遊びに行かないんだけどどうしよう、
みたいなものに、
レスがたくさんついているのをちょっと見てみたら、
やっぱり小学校3年生のお母さんとかが、
うちも全然遊びに行かなくって、
へこんでますとかどうしようとかって、
いうことがすごい並んでるんですよね。
私それでびっくりして、うちの子も全然行かないですよ、
友達と遊びに行って。
確かに私もこの人遊ばないなとは思いますけど、
それを気にあんだことって別になかったんですね。
この間、本当にこの前、
遊びに行っていいって言って一回行きました。
私その時に、この子もこういうことをするんだなとは思って、
そうやって遊ぶ子がいるのは良かったなとは思いましたけど、
だからって今まで小学校4年生の途中までですよね、
全然そういうのなくって、
気にあんだかっていうと、
別にそういう人なんだなって思ってただけっていうか、
私も自分が学校終わって、
ずっとその同じ学校でずっと過ごしてて、
家に帰ってきて、その後またその同じ学校にいる友達と遊ぶっていうのが、
そういう必要あるかなみたいに思ってるところがあったりして、
でも自分が小学生の時とか考えたら、
たまには友達の家に遊びに行ったりしてたなっていう記憶はもちろんあるんですけれども、
それを絶対に必要なものだって思ったことはなかったんですよね。
だからそういうところが気になるんだ、
こんな悩みとしてそれが深いものになるお母さんもいるんだと思って、
そういうお母さんはもしかしたら自分が社会的本能の強い方なのかもしれない、
だから自分は当然のように友達ってものが大切で、
誰かと一緒にいるってことが一番大切で、
っていう方が、自分の子供がそうじゃないと、
え、この子大丈夫?ってなるのかもしれないなって思うんですよね。
っていうことを今ちょっと思って、
だからこの本能のどこが一番強いのかっていうのを、
自分もだし、たとえばお子さんもだし、それをちょっと理解したら、
不要な悩みはなくなるんじゃないかなって思っていて、
その状況にももちろんよりますけどね、
お子さん自身は遊びたいのに遊ぶ気のある子がいないとか、
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もちろんそういうパターンもあるかもしれないけれど、
単にお子さん自身が家から帰ってきたら自分の好きなことがしたい、
一人で違うことがしたいっていうタイプのお子さんかもしれない、
本人が気に病んでなければ全然それでいいんだって思えるのは、
たぶん自分が性的本能の優位な人間だからだと思うんですよね。
っていうことを、
これからセミナーとかする機会があったら、
その辺も織り混ぜてお話をしていきたいなって、
改めて思った次第でちょっと残してみました。
ちょっとご自身はそのあたりどうだったかなとか、
どうかなってちょっと考えてみてください。
どうしても自分の子供の時とか、
自分と重ね合わせて子供のことを考えてしまうと、
悩まなくていいところで悩みを作ることがある気がします。
私もそんな悩んでばっかりだし、
人のことを言えた立場じゃないんですけれども、
自解も込めてというか、
自分もそういうところがまだないかなってちょっと考えてみるので、
どうかなって考えてみるきっかけになればいいかなと思います。
それではそんな話をちょっと残したくて、
結構時間が経っちゃいました。
それではまた。
バイバイ。