もうその、なんていうかな、ニヒリズム的なスタンスを取ったとしても、じゃあその傾向と対策ができるのかとか、
そういった状況分析、メディア分析みたいなのをやった上で、じゃあ何か新しいものが作れるのかとか、
より幸せに生きるための何か視点とか資座とか、自分がどういうふうにアクションを起こせばいいのかっていうのが、
じゃあ考えられるかっていうと、いやそんなこともないんじゃないかなって思い始めてきていて、
で、やっぱりここ数日の、まあいわゆるそのAIの開発者さんたち、開発者というか経営者さんたちですよね、
とかが、もうやっぱ人類のためにちょっとAIナーフしたいと呼ぶねみたいな話してたら、
トランプさんが、いや行けみたいに、いや歩道が空いてるではないかみたいな感じで、いや行くだろうみたいな、
いやありえんっしょみたいな感じで言ってみたりとか、で、もちろんそれは、まあ中国がクロードの上流してただけだったよねとか、
なんかいろいろニュースがあるわけですよ、どれが正しいのか、どれがブラフなのか、ポーズなのかとかもわかんないんですけど、
結局、じゃあそういうテクノロジーの発展に対してどういう風にアプローチを取っていくかってなった時に、
もちろんそういうニュースを見てですね、いろんな風に対策をするっていうのもありっちゃありなんですけれども、
最もそれでやってる人って、株でポジション取ってる人とか、いわゆるトレーダーさんとかはかなり、
もう上がったり下がったりのジェットコースターみたいな感じ、まあもちろん今その円のね、上がったり下がったりとかもあるから、
まあ結構なかなかだと思うんですけれども、一方でそのハイトーキンラッシュではあるので、
まあ皆さんそれぞれ引きこもごもだと思うんですけれども、そういうことぐらいしかないんじゃないかなと、
で、ちょっとあまりにも発展が激しいので、毎日毎日キャッチアップしているだけで疲れちゃうし、
キャッチアップしてるだけで自分の人生はあまり変わらないんだけれども、時間だけは経っているっていう状況に、
これなるだろうなと思って、で、まあそのめちゃくちゃぶっちゃけて言うと、もちろんそのAI、バイブコーディングですよね、
プログラミングをしたりみたいなものは、まあもちろんその、なんだろうな、機能の代償によってかなりアウトプットが変わるっちゃ変わると思うんですけど、
まあその情報処理みたいなものに対してのAIとかで言うと、まあ例えばそのコミュニケーションの資料を作るみたいなものをAIでやらせるみたいなのあるじゃないですか、
でもさ、それでなんというかスムーズにできるというか、何かこう楽にできるのって、
はっきり言ってレベルの低い人に対してコミュニケーションするときにサボろうぜっていうことしかないんですよ。
で、もちろん組織の中である程度の、はっきり言うと知能レベルですよね、とかその仕事のレベル感、当たり前基準の差、
そういったものを埋めるときにやっぱり直接向かい合うとだるいしきついしマジで意味ないし、アウトプットも出ないし利益も出ないから、
まあこんな奴らにコミュニケーションするんだったらAIで適当に文字数だけバーってやったりとか、
なんかそれっぽく見せたやつを出しといて、なんかやってんだなみたいな風で黙らせた方が良くねっていう使い道しかないじゃないですか。
で、もちろんそのコミュニケーションをなんというかコストダウンしてね、大変だからね、それでより本質的なものをやるっていうのはありっちゃありなんですけれども、
いやそれって何か新しいものを作ってるのかなとか、その成長してるのかなとか、もちろん結局だからそれって何かを削減してはいるんですけれども、
じゃあその削減したコストで、じゃあ新しいものに投資できてるかっていう話なんですよ。
その投資をしてるっていうところに、じゃあそれをそのAIのキャッチアップに使います。もちろんそれもいいんですけど、
いやそのAIのキャッチ、だから結局最近トポリョが反省とともに考えてるのが、いや幸せになりたいのでは?みたいな。
あと何が欲しいの?みたいな話を、もちろん我々はある種の一人世代と言えるのですかね、とか、
まあやっぱり就職も厳しかったよね。経済も全然景気が良くないわけですよ。
だから傾向と対策をがちるっていうような、まあそういったアティチュードを取らないと死ぬよね、みたいなのをずっと考えてきたわけじゃないですか。
なんですけど、さすがにここまでテクノロジーのその成長スピードが速すぎると、傾向と対策間に合わないと思うんですよね。
もうなんかそういうゲームのルールが明確にあって、それをクリアすればOKみたいな、そういう問題でもないし、
まあちょっと話があっちゃこっちゃになっちゃうかもしれないんですけど、
ちょっと今日はもうなんというか、もう中吉インターネットのリスナーを信じて、
もうなんか全員に理解してもらうとかじゃなくて、リスナーを信じて喋ろうっていう気持ちになってるので、
そういう感じで喋るんですけど、
まあ結局ある程度のアッパー層というか中流階級、上流階級なのかな?わかんないですけれども、
の人たちが、じゃあ結局そうなったとして、結局何が欲しいんだっけみたいなことに対して、
あまり考えられてないんじゃないかっていうこともあって、
もちろん例えば、それはショート動画を見てドバガキが何とかと言ってますけれども、
痛みをこう癒すみたいなね、やっぱ辛いことがあって、その痛みを癒すためにショート動画とか見たりとか、
スマホの縦型の画面をこうやって見たりとかね、手のひらに握りしめてとかっていうのは、
それを否定するわけじゃないし、ドッポリもそれをやってるところもあるから、
全然わかるっちゃわかるんだけど、
なんというか、その、例えばエフレカセブンというアニメに、
ねだるな価値トレさせれば与えられんというキーワードがあったと思うんですけれども、
でもその言葉って、何かをねだってる時点で、
まあはっきり言って要件定義できるよねっていう感じだと思うんですよ。
我々ではさ、要件定義できるじゃないですか。
でも、何が欲しいかっていうものを、自分で考える筋力っていうのを、
もしかしたらつけてないんじゃないかっていうのを、
わかんない、これはイトッポイラだけかもしれないけどね、
特にイトッポイラはクライアントワーク全振りみたいな感じで生きてきたから、
その広告代理店的な神話の中で生きてきたからね。
だから、自分で欲しいものをちゃんと言うっていうか、
ちゃんと見えないで見るっていうことが、
少なくともイトッポイラはあまり得意ではないわけですよ。
でも今の状況って、そういうものをきちんと、
逆に言うとそれさえあれば、いろんなアプローチができるよねっていうのもあるし、
労働力、それこそ情報処理の話で言うと、
まあAIを部下に持つじゃないですけれども、そういうこともできるわけですし、
いろんなものを調べられるわけじゃないですか、昔よりも。
で、なんか楽しいことみたいな、自分の幸せみたいなものを、
その外部のある種の大きな物語とか、そのムーブメントとか、
そのカルチャーの波みたいなものが持ってきてくれるっていう感じって、
多分もうないと思うんですよ、こっから先。
それはないと思う。
うん、本当に。
その、ないんだよね。ないんだよねじゃないんだけど。
いや、もちろんある場合もあるんだよ。で、これちょっとこっから先、
次の話が結構クリティカルな突っ込んだ話になるんだけれども、
まず一つ目が、ある種この現環境に対して、
リズムを気取っていても、幸せになれないよねってことに気づいたっていうのが1点。
で、その次の段階っていうのが、いわゆる外側、
自分以外の外部環境の何か波がきて、
で、それに乗っかっていれば何か幸せになれるっていうような感じでも、
多分もうないっていうこと。
もちろんあんまり頭を使わずに生きていれば、
おそらく中上流階級で、
ほんの少しの知的好奇心があって、みたいな感じだったら、
それこそ、何だろうな、語るに落ちてしまうかもしれないけれども、
ある種のポッドキャストみたいなところであったりとか、
本当に言葉を選ばずに言えば、
ある種の、アッパーとかローアーみたいな言葉がね、
最近よく使われてる気がするんですけれども、
ある種の大衆的なところにまだバレてないようなところを見つければね、
そういう人たちが。
で、大衆に見つからないというのが長く続くのであれば、
多分その人たちはもうそれでいいんだろうなっていう感じはあるんだけれども、
いやでも我々はなんかそういう感じじゃないじゃん。
なんか、なんというかさ、そこまで、
いや、もしかしたらこれはちょっと口が悪いのかもしれないけれども、
そこまでぬぼーっとしてないじゃん、我々って。
そうじゃないじゃん。
というか、まあ、何だろう、
我々オタクだからいなかとかそういう話で、
なんか言葉を丸めたくはないんだけれども、
少なくともイトッポイドに関しては、
ここではないどこかに対する欲望がすごい強くて、
もうとにかくずっと現実が嫌で、みたいなところがあって、
で、ただ一方で、
幸せに、幸せを感じるという自分は、
現実にしかいなくて、
それに、それに向かい合わなきゃいけないよね、
ニヒリズムを気取ってんのダメだよねっていうところがまず一点なんですよ。
なんかすごいですね。
男子3日合わせれば感が出てきましたね。
おお、どうしたのどうしたの。
なんかね、成長してるんじゃないの。
いや、あのね、強烈なストレスがかかるとね、
やっぱりね、ゴマ油を絞られるんですよ。
強烈なストレスがね、かかりますとね、
やっぱね、ゴマ油はいっぱい出るんですよね。
で、そのゴマ油が出た上で、
さらにそのゴマ油を炒めてちょっと香りを出していこうと思うんですけれども、
で、今その外部の、自分以外のものが自分を勝手に幸せにしてくれるとは限らないみたいな、
みたいな話をしたじゃないですか。
でも、それに対するカウンターっていうのが一個あって、
ガチで本当に、本当に言葉を選ばずに言うと、
例えば、めっちゃ趣味のいい友達とか、ガチで気が合う友達とか、
それこそ性格がいい人とか、知的な人とか、
すごいバイタリティーがあって刺激を受ける人とか、
そういう人が周りにいるっていう状況は、確かに、
めっちゃハッピーになる可能性があるなっていうふうに思っていて、
いや、その、なんかね、結局さっきもさ、
階級社会がうんぬんとか、アッパーとかローワーとか、
中流上流みたいなこと言いましたけど、
じゃあ自分が中流上流かだって、そんなことないわけよ。
めっちゃ田舎出身だし、実家がめっちゃ太いわけでもないし、
じゃあ何かその、何ですか、めちゃくちゃそのお金をね、
稼いでるっていうわけでもないわけですよ。
何だったら、もう本当吹けば飛ぶような感じなわけ。
で、そういうようなニトっぽいので、
すら、まあちょっとラッキーなことに、
その周りにいるその友人たちみたいな、
で、すごい長く、まあ本当結構なんだろうな、
まあそれこそ、毎日のように何かこう、
Discordとかでやり取りしてたりとか、
ちょっと通話したりとかいうようなする人たちとかって、
じゃあこの人たちがいなかったら、
マジどうなってんだろうっていう風に考えたときに、
結構やばいんじゃないかなって思ったのね。
で、冷静に振り返ってみて、
やっぱり周りの人に影響されて、
何か悪性を起こしたりであったりとか、
自分に対していい影響があったことっていうのは、
結構リアルあると思うんですよね。
ってなったときに、
その周りにどういう人がいてくれるのか、
まあいてくれるというか、
いるのか、まあいてくれるというのが
ニトっぽいのが本音なんだけど、
っていうことっていうのが一番ある種、
唯一その外部で何か幸せになるトリガーとなり得ることなんじゃないかな
っていう風に思っていて、
で、これで急にいい話し始めたのを見て、
どうした?成長したのか?
いや、そうなんだよ。
いや、それもそうなんだけど、