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言いたい事を伝えるのはバイオレンスなのか?
2024-11-16 16:05

言いたい事を伝えるのはバイオレンスなのか?

言いたいことを言葉にして伝えることは、
大事な人権の一つです。
その行為にはいいも悪いもなく、フラットなことなはず。
バイオレンスな何かになってしまうのであれば、
それはその方の伝え方の問題ではないでしょうか。


自分の話を聴いてほしいな、
内省を深めて、自己理解を深めたいな、
と思ったら、
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皆さんこんばんは、内省るうむ。このチャンネルは、息をするように内省している私もみじが、今自分の内側にある思いを言葉に出してみようという試みで発信しております。
今日はね、私はちょっと前にここでもアップしたこのアッサーティブコミュニケーションについて、ちょっと感じること、ワークショップをやって感じることっていうのに話してみようかなって思っています。
私はアッサーティブコミュニケーションのワークショップをしているんだよっていう話を、いくつか所属しているコミュニティとかもあって、そこでそういう話をすることもあるし、
人伝いにこういうのやってるんだってね、それってどういうの?って聞かれることもあるし、結構ねそのワークショップについて聞かれることとか、話することってあるんですね。
それプラス、私やってるワークショップは、今その中で終わった後に、ワークショップ受けていただいた後に、事後アンケートっていうのを2位でお願いしてるんですけど、そこで個別でフォローアップセッションっていうのも特典プレゼントみたいな形で現在はやってるんです。
そこで、ワークショップっていったらいろんな方が参加してて、それぞれのお話をみんなが聞くっていうことなんだけど、一対一で人前でちょっと話すのはちょっとためらいがあるけど、一対一でクローズドの場所でだったら聞いて欲しいことがあるとか、ここをもうちょっと教えて欲しいっていうこととかね、そういったことをフォローアップセッションで、
サポートしていくっていう言葉どうなのかな、関わっていくっていう、今はそういう体系でやってるんですよね。
で、結構多くの方にこのアサーティブコミュニケーションっていうことをテーマについて話をする機会がここ数ヶ月すごく増えたんです。
で、その中でちょくちょく聞く言葉、言われる言葉が私に何か気になるというか、
これって見逃せない大事な何かだなって思うことがあるんですね。
で、それは私このアサーティブコミュニケーションで副題をつけるときに、言いたいよう我慢しないコミュニケーションっていうちょっとサブタイトルみたいなのをつけたんです。
アサーティブコミュニケーション入門ワークショップみたいな風に言っても、アサーティブコミュニケーション自体をよく分からない人にとっては伝わらないじゃないですか。
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なんか聞いたことはあるけどそれが実際何なのか分からないとかね。
それによって何がどう変わるのか分からなかったら、まあね2時間っていう時間をみんなやっぱり使おうかなっていう風にはならないイメージしにくいんじゃないかなって思ったんで、
副題をつけたんです。
で、その言いたいよう我慢しないって、
要するにそれを言いたいことを言うとか思ったことを言うっていうのは、なんかズケズケ物を言うとかなんかズバズバ言うとか、
言葉をなんかねぶちまける、自分の思いをぶちまけちゃっていいんですかとか、
そういう感じでねニュアンスで捉えてる方が結構多いなっていうことを、
アサーティブコミュニこういうのやってるんですよってなった時とかフォローアップセッションとかで聞くんですよ。
思ってることじゃあズバズバ言っちゃったらとか、あと言いたいことをズバズバ言う、ぶちまけるが一番私はなんか印象的だったんですけど、
あーと思って、それってなんでそんな言葉出てくるんだろう。
言いたいことを言う、思ったことを言うって、人間として結構なんだろうな、基本的な部分だと思うんですよね。
感じてること、人間は言葉というのを動物と違って言葉というものを使える。
例えばこれは日本語でやってるワークショップなので日本語母国語とする方がほとんどだと思うんですが、
日本でねやっぱり教育も受けてるわけじゃないですか。
日常的にも日本語を使ってコミュニケーションをみんなとってるわけですよね。
ほとんどの方がね。
その中で思ったことを言うっていうことは、ほぼイコールわがまま、自分勝手、相手のことの気持ちとかどう思うのかを無視して、
とにかくなんか、やっぱりぶちまける系ですよね。
そういうニュアンスに捉えてる人がこんなに多いのは、ちょっとショック、衝撃?
ショックというか衝撃でした。
でも考えてみてほしいんですけど、本当にじゃあその言いたいことを言う言葉にするっていうのは、そんなに、
なんていうんだろうな、暴力的?バイオレンス?なんか精神的なね、なことなのかって。
本当にみんなそういうふうに感じてるのかなって思ったときに、
もしそう思ってるの、言いたいことを言うってなったら、
途端にそのバイオレンスの何かが出てくるっていう思いが出てくるってことは、
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それだけ言いたいことを我慢している?抑圧している?
普段からね、日常的にしているってことなのかなって思ったんですよ。
もしそうだって、これはもうあくまでもね、見たてです、仮定です、なのかなっていう私の仮定。
だってそうじゃなかったら、言いたいことを言って人間として基本的なことというか、
言葉というものを使うようになった時点で、それは誰もがやる。
基本的、人権とかって言ったらちょっと大げさですけれど、
人はみんな呼吸しますっていうのと同じくらいに、
言葉を使えるのであれば、自分の感じているものを言葉にして相手に伝える。
ごくごく自然なことだと思うんですよね。
それが言いたいことを言うっていうモードになった途端に、
今どうなのか分からないけど、ちょっと前だったら、例えば松子さんとか、
あとはちょっとドギツいことを言う芸能人の方とかね、それをキャラクターとして売っている。
ズバズバ言う、言葉で切るみたいな感じなのとか、ぶっちゃけみたいなのとかね。
そういう風になっちゃうっておかしくないですか?
それが本当にデフォルトだとしたらものすごく不健全ですよね。
そんなに日々の中で実は言いたいことを我慢していた。
だけど我慢して我慢して我慢してたことを、
もうこれは言うってなった途端に一気になんかこうギューッと空気が圧縮されたの。
なんかその限界値きたらポーンって破裂するみたいな感じで、
爆発する感覚を持ってるから、
そのズケズケとかズバズバとかぶちまけるとか、
それがわがままや自分勝手じゃないかとかっていう発想になるんじゃないかと思ったんですよ。
抑圧すごいやんって。
抑圧が半端じゃないやんそれって思ったんですよね。
皆さんはどう思われますかね。
言いたいことを言うっていうことは、
なんかまるで言葉のナイフで通り間的に切りつけるみたいな、
ちょっと物騒ですけど例えが。
そんなものじゃないはずだと思うんです。
それが、
使い方によってはそうもなり得るとは思います。
でも本来言いたいことを言う、思ったことを伝えるっていうのは、
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ニュートラルなはずなんですよね。
人が言葉というものを使うようになった時点で、
何もそれは、
そんな常に刃物を振り回すようなものではない。
全然もっと平和的にできるし、
絶対にそこって別物なのに、
あまりにもちょっとヴァイオレンスなイメージとか発想っていうのに、
今結びついてる、認識が結びついちゃってる、
そういう認識を持っちゃってる人がたくさんいるんだなっていうのは、
これは結構緊急事態だと感じたんです、私は。
皆さんはどう思われますかね。
それは、そりゃあ心苦しい、
苦しくて苦しくなるわって。
なんかね、それはよろしくないでしょ。
でもしも大人がずっとね、そういう認識を持ってたとしたら、
じゃあ子どもたち、次の世代っていうのも、
やっぱりそれ全部感じ取ると思うんですよ。
なんかこう受け継いでいくというかね。
次の世代、若い世代とか、
もう同じ感覚持って当然だと思うんですよね。
それってめちゃめちゃ恐ろしい負のサイクルだと思いませんかね。
思いませんか皆さん、どうですか。
私はこれはね、思ってた以上に緊急事態なんじゃないかと。
なんか精神的にね。
って感じました。
なんかそういう負の連鎖って言葉がこの場に当てはまるのかな。
ちょっとあれだけど。
でも繋がっていっちゃう。
それってね、すごく残念なことだし。
いや、本当の姿じゃないですよね、それはね。
私はですね、今自分で参加しているコミュニティのところで、
そこの中心になっている方が、
ここに参加しているみんなが、
自分の思いとか感情っていうものにもせきらられて、
リアルタイムの声っていうのをそのまま出すっていう環境を目指して、
作ってるんですよね、その場を。
話自体がまとまりがあるとか、オチがあるとかっていうものは、
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そこを求めているわけではなくて、
自分の今の、現在進行形の今の自分の心、内側っていうものを分かち合うことっていうのを大事にしている。
そういうコミュニティなんです。
私はありがたいことに、そういうコミュニティを知ることができて、
縁があり知ることができて、今そこに参加している。
だいたい週に1回かそれ以上は、そういう時間っていうのを持ててるんですよ。
で、それでもね、やっぱり出すのが難しいこと、タイミング、内容っていうのはあると思うんです。
みんながみんな100%もう全部内側を開示してとかっていうわけではないとは思いますが、
それでもね、全然こう、やっぱり思ったこと、今感じていること、
今言葉にして出したいと思っていることを出すっていう時間が定期的にあるっていうのは、
すごくありがたいことなんだなーって思っています。
だし、こう、みんながそうだな、そういう時間を持てるのがデフォルトな社会になったら、
絶対になんだろう、心の健康っていうか、いやなんて言うんだろうね、全然違うだろうなって思いました。
私は今サーションっていうね、その自分も相手も尊重するコミュニケーションっていう、
それは相手とどう関わるかっていうところをどちらかというと主軸にしているんだけれども、
言いたいことを言うということについての概念っていうものについて、
もっとじっくり考える時間、そういうのも一度タイミング見てやった方がいいのかな、
考える時間をちょっとこうみんなで持って、みんなで一緒にちょっと考えてみませんかっていうのを、
そういうのもちょっとやってみるの大事なんじゃないのかなっていう思いが、
ここ数日でね、こうムクムクと出てきています。
私も言葉足らずでどこまで伝わってるかなーって思いありながら今こう話してますけれども、
本当に繰り返したいのは、今日ここでね伝えたい繰り返したいなと思うことは、
自分の思っていることを言う、自分の言いたいなっていうことを言う、
それ自体は全くニュートラルである、フラットなものであるっていうことは、
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あのね、繰り返したいし強調したいところではあります。
その前提を認識のデフォルト状態にあった上で、
人との関わりをしていくっていうのはすごく大事なんじゃないのかなっていうのを感じた。
今日はねそんなお話をしてみました。
なんかね、あの今ちょっと時間を見たら15分経過してるんですね。
10分以内に終わらせるのが目標とか毎回言ってるんですけど、
全然10分で終わらないですねこれね。
あの短くコンパクトにまとめられている発信者の方々尊敬しますっていう、
最後はその言葉で締めようかなと思います。
今日も最後まで聞いていただいてありがとうございました。
それではおやすみなさい。
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