1. 内省るうむ@パリ🇫🇷
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大人になると「好き」だけではいられない?
2025-04-21 17:32

大人になると「好き」だけではいられない?

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もみじに自分の話を聴いてほしいな、
内省を深めて、自己理解を深めたいな、
と思ったら、
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00:06
皆さん、こんばんは。内省るうむ🇫🇷のお時間です。
この番組は、息をするように内省している私、もみじが、
今、自分の内側にある思いを言葉に出してみようという試みで発信しております。
さて、今日のテーマはですね、大人になると好きだけではいられないのかというお話です。
子供の頃って、好きっていう気持ちが全てだったような気がするんですね。
例えば、好きな食べ物、それが太るとか、体に悪いし、ニキビできそうとか、
そういうことを考えずに、食べたいものに真っ直ぐに向かうわけですよね。
好きな遊びだったり、好きなお友達だったりとか。
もう本当ね、ただ好きっていう、それだけで自然と、
その物事の近くにいようとしてたし、夢中になっていました。
でも、大人になると、だんだんそうはいかなくなる場面が増えてきて、
何かね、時には、何て言うかな、ダサンとかね、
ダサン、計算とか、入ってきたりとか、
じゃあ、コスパタイパーとかね、
あとは周りの目とか、現実的にどうなんみたいなのとか、
そういう、何て言うんでしょうね、邪心って言うんですか、こういうの。
いろいろ入ってきちゃうものだと思うんですよ。いかがですかね。
例えば、ライトなとこで言ったら、お買い物とかね。
大人は、大人買いっていう特権はございます、確かに。
あれはね、本当に大人ならではの特権だと思うんですよ。
色違いの服買っちゃいました、靴買っちゃいました、とかね。
いろんな味のアイスクリーム選べないんで両方買いました、とか、
ドーナツもガーッと買うこととか、できちゃうわけですよ。
子供にはできないですよね、あれはね。
何かこの洋服、かわいいなって思って、
でもそきよりそこで、ふとよぎるものがあるんですよ、頭の中に。
え、でもこれ素材、この素材自宅で洗えないやつやん、みたいな。
毎回クリーニングに出すのはちょっと大変そうだな、とか。
あとは、お洋服じゃないにしても、グッズでもなんでもいいんですけれど、
03:01
自分的にはこれ最高って思うんだけど、
じゃあ、まあ例えばいい歳してどうなん、みたいなね。
ふうに思われるんじゃなかろうか、みたいな気持ちとかがよぎるわけです。
心の中にシュッシュッとね。
で、しかもちょっと大きさの質量のあるものだったら、
そもそもあの部屋に背物どこに置く?みたいなね。
めちゃ現実的ですよね。
現実的なんです。
そういうことね、考えちゃうんですよね。
もうちょっと重みを増してくるカテゴリーになってくると、
例えば仕事とか。
この仕事が好きとかって思ってね、始めたんだけれども、
それだけじゃ続けられないこととかってたくさんあると思います。
例えば、農機が厳しいとか、
あとはなんか理不尽なことがあったりとか、
やりたくないこともここはやらねばならぬ、みたいな日もきっとありますよね。
さらにもうちょっと重いカテゴリーまで持ってくと、
もう結婚とか、なんかもっともっとこういう声が聞こえてきそうな気がするんです。
だって恋愛と結婚は違うよ、なんていう言葉もあるくらいですしね。
その理由が全てダサンとか邪心、邪念とかというわけではないとは思いますけれども、
でもね、やっぱり好きだけじゃ一緒にずっと暮らしていくことはできないんじゃなかろうか、みたいな話っていうのは、
やっぱりあるじゃないですか。
ね、そうなんですよ。
大人はね、なんか好きだけに突っ走れないんですよね。
いろんなものを、なんだろうな、経験とか、
あとは、いやなんだろう、期待とか、いろいろあるんだろうな。
大人の事情ってとこですかね。
うん、あります。
こういうこのもみじも、いつもそこの葛藤みたいなね、心の葛藤みたいなのはあるんですけどね。
で、大人の自分は頭の中でポソッと呟くわけですよ。
これが現実だしね、っていうね、そういう言葉がね、出てきちゃうんですけれども、
この頭の中でポソッと言う一言とは裏腹に、心のどこかではやっぱり好きっていう感情を大事にしたい、したいぞっていうのがね、あるんですよね。
06:18
時折ここでも、このね、スタンドFMでもお話ししているんですけれども、
私のね、仮、仮、仮定の理論としてはですよ、人生って好きの集めっ子ゲームなわけですよ。
きっとそうなんだろうなっていうね、仮説を持っているわけです、私としては。
なのに、合理性とかね、リアリティを考えたらとか、コスパタイパーとか、
まあ、しかも世間体とかなんてね、どうて、こう自分の好きっていうものをないがしろにしてしまったら、
じゃあ一体何のために私たち生きてるんですかって話になっちゃうわけですよ、私の仮の理論がね、他の元で言うとでね。
だから、そうなると好きっていう気持ちはできるだけですよ、できるだけ純度100%に近づけたいわけです。
難しいですね、これね、なかなかできない。
皆さんは自分の本当に好きって感じるもの、例えば以前、子供の頃、昔、何でもいいです。
好きだったもの、今も同じ気持ちでその好き持ち続けていらっしゃるでしょうか。
好きっていうことを理由に動いた最後の瞬間っていつだったでしょうか。
そんな問いをね、今日リスナーの皆さんにお届けしたいなっていうのを思いました。
いかがでしょう。いろいろ頭の中を駆け巡る方もいらっしゃるかもしれません。
あ、あんなのもあったな、そういえばとか。
あの時はもう好きだけで前に突き進んであげたわ、みたいなのとかね、あるかもしれないですね。
好きだけでは続けられないことって残念ながらやっぱりあって、
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そんなことを考えるようになったり感じるようになったのは、
まあ良くも悪くも大人になったからなのかなーなんて思うんですけれども、
ここでね、一つね、私のエピソードになりますが、
最後の瞬間ってわけではないですね。私が覚えている一番古い記憶って感じですね。
今回のこのご紹介するエピソード。思い出すものがあるんです。
私ね、4歳か5歳、たぶん4歳か4、4、5歳ですね。
の時、ものすごい好きを持ってたんですね。
すんごかったんです。私の好きは、当時のね。
でね、当時私、近所にですね、ひろし君っていう近所に住んでた男の子がいまして、
で、同じ年だったってこともあって、
毎日のように一緒に二人で遊んでたんです。
かくれんぼとか、おままごとだとか、探検だったりとか、
当時の子供の遊びなんで、そんなもんだったんですけれど、
本当にね、いつも一緒にいたんですよ。
いつも二人でどこか出て、なんかこう作って遊んで、みたいなね、
そういう感じだったんですが、ある日ね、ひろし君から、
いや、もみじちゃん、僕、あの、引っ越さなきゃいっ、引っ越すから、
なんかもう遊べなくなるんだって言われたんですよ。
で、もうびっくりして、もうショックでショックで、
ひろし君、もういなくなっちゃう?
で、もうひろし君も、なんか、まさくや親から聞いたみたいなね、
うん、なんかいついつに引っ越さなきゃいけないんだって、みたいなね、
で、二人でどうする?みたいなね、沈黙ですよ。
そこでね、私たちは考えたんです。
二人で逃げようって。
4,5歳ですよ。繰り返しますが、4,5歳の子供です。
まだ小学校にも上がる前ですからね。
二人で逃げようって。
リュックサックに、各自家にあったおやつを、もう持てるだけ持って、
当時二人は、私たち二人は、自転車で乗ってたんだけど、
12:00
まだ補助輪付きですよ。
あのめっちゃうるさいやつ、ガラガラガラガラっていうね。
補助輪なしでは運転できない年齢です。
はい、小学校上がる前のね。
補助付きの自転車で、二人でね、そのリュック背負って、
二人で逃げようっていうね。
逃げたんです。駆け落ちでございます。
いや、あの時は、もう真剣です。
あの時4歳、4,5歳なりに真剣ですよ。
二人で逃げて、二人だけで生きてくんだみたいな。
ドラマ飲みすぎ。
もちろんね、行き先なんてないし、子供だもんね。
ただ離れたくないっていう。
もう私は、ひろし君と離れたくない。離れませんっていうね。
その気持ちだけでね、ペダルを踏むわけです。
よくわかんないけど、とりあえず少しでも、
近くの大人から遠いところに逃げなきゃいけないっていうね。
その一心でペダル踏むわけですよね。
もちろんね、あっという間に捕獲されました。
30分もかかってないと思います。
もうすぐね、近所の大人たちに見つかって、
どうした?何してる?みたいな。
すぐ見つかって、連れ戻らされちゃったんですよね。
むしろ良かったですよね。見つかってね、私たち。
大きな事故になったりとか、トラブルが起きる前にあっさりと親に捕まって。
もちろん良かったんですけれども、
当時の自分は、もう無念で無念でならないみたいな。
離れたくないみたいなね。
好きだから、ひろし君とは離れたくないっていうね、
その気持ちだけで動くわけですよね。
すごいですよね、子供ってね。
だからもう、あの時の好きは、本当にまっすぐで、
あれですよ、例えると言うのは、
乗ってるのが自転車っていうわけだからってわけじゃないけども、
本当にブレーキのことだと、何も知らないし考えないし、
で、アクセルだけ踏むみたいなね。
そんな感じですよね。
今大人になって、好きだけじゃね、残念ながらどうにもならないっていうことも知ってますし、
いや、駆け落ちは自信ないかなーって思うんですけれども、
15:02
でもね、結局私30くらいの時に当時付き合ってた彼を追っかけて、
日本出てフランスまで来たっていうのもあるので、
そういう意味では、大人になっても根っこは変わってないのかもしれないですね。
だから、好きだけじゃどうにもならないこととか、
現実、見なきゃいけない現実っていうのは確かにあるしわかってるけれども、
やっぱりちょっとね、好きっていうのを忘れない自分でいたいっていう思いはやっぱりあります。
ついつい年を重ねていくと、守りの姿勢に入るっていうか、
防御的になるというかね、になっちゃうっていうのは、
まあ、差がなんだろうなとも思うんですけれども、
自分の好きっていう、せっかく芽生えた素敵な感情に、
ちょっと勇気とか、そういうものを、
勇気?なんだろうね、もっといい言葉が見つかれば本当はいいんですけれども、
そういうのを加えることができたら、
大人になっても心がカラカラにならないっていう。
カラカラにならない、乾かないみたいなね。
そういうのが、そういう生き方できるのかなーっていうのは思いますね。
ということで今日は、大人になると好きだけではいられないのか?というテーマで、
ちょっとね、私の思い出話なんかもちょっと話してみました。
皆さんはどんなストーリーお持ちでしょうか?
今日も最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。
それではまた次の夜にお会いしましょう。おやすみなさい。
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