00:00
暮らしはここにある
オスオス、おはようございます。 こんにちは、こんばんは。
里山暮らしの案内人のもおちゃんでございます。 8月21日金曜日、いかがお過ごしでしょうか。
今日はちょっとね、思い出話してみようかなーって思っています。 もおちゃん、
自分の実のお父が、今年の2月に天へと旅立ったんです。
なんか、 今、ぼく高知県で生活をしているんですけどね。
集落のおじいちゃんおばあちゃんの年からしたら、まだまだ若くってね。 多分、父もこれからいっぱいやりたいことがあったろうなーって思うんです。
父は病を患っていました。
確か8年くらいだったと思うんですけど、ずっと糖病生活を続けてきたんですね。
で、今から2年前ぐらいだったと思うんですけど、
父が実家の家族と一緒に高知へ遊びに来てくれたんですね。 もおちゃんに会いに来てくれました。
もちろん、体調が完璧ではない中での旅行でした。
ぼくは離れて暮らしていたので、その頃はまだ父の病気がそんなに大変なものだとは知らなかったんですね。
ぼくと父は決して良好な関係とは言えませんでした。
だから、ぼくも父にはなるべく関わらないようにしようって思ってきたし、
また父は父で多分心配をかけまいとしてですね、
ぼくにその病状っていうのを伝えるっていうことは自分からはしてこなかったんです。
長男だったぼくは父にですね、本当に厳しく育てられました。
父に褒められた記憶がないんですね。
例えばね、テストで98点取ったら、なんで100点じゃないんだって言われるし、
学年で3位だったよーとかって言ったら、なんで1位じゃないんだって言われました。
水泳もね、ぼくはスポーツずっとやってきたんですけど、なんでトップじゃないんだって言われました。
だから子供の頃から父のことが苦手だったんです。
できる限り関わらないようにしようって。
父が家にいるときは、ぼくはじゃあ家にいない、外に出ようって思ったんですね。
そんな父が家族で高地に遊びに来てくれたんです。
03:00
体調もあまり良くなさそうだったので、移動は全部ぼくの車で運転をさせていただきました。
父はもともと写真とか撮る人じゃないかなって思ってるんですけど、
そんな父が一枚だけ何も言わずにスマホを取り出してシャッターを切った風景があったんです。
それがぼくがやっていた田んぼの風景でした。
自分でいただくお米を自分で作る。
ぼくはこのね、田んぼの営みをちょっと誇りに思っているんです。
人が健やかに生きていくためには、やっぱりとても欠かせない食事のこと。
それを今までぼくは誰かに全部任せてきたんだけど、
その中の一部分でも自分自身でやる。取り戻すことができる。
それがなんだかとても大事なことだと思ってやってみたいなって思ったんです。
実際にはね、これまで4年間やってきて一生参拝。
もうね、その参拝はイノシシとか台風にやられました。
努力が必ず実るとは限らない。
本当にギャンブルみたいな仕事だなってちょっと思ったりもしてますけど。
それでもなんだかとっても大事なことをしている気がしたんです。
一緒にこの田んぼを始めた仲間って思い返してみると何人かいたんですよ。
でもその仲間たちが続けて田んぼをやっていくっていうことはありませんでした。
でも僕だけは師匠に教わりながら少しずつ田んぼの仕事を覚えていったんですね。
そんな僕が手掛けている田んぼの風景を何も言わずに一枚だけ写真に撮ったんです。
それから時が経って父が他界する前の最後の秋、僕は初めて自分で育てたお米をちゃんと収穫することができたんです。
ずっとイノシシにやられて台風にやられてなかなかうまくいかなかったのに、最後の最後に自然は恵みをくれたんです。
天は僕に微笑んでくれたんですね。
僕はそのお米を実家に送りました。
父は病気だったので食べられなくなってしまったものがたくさんあったんですね。
薬も飲んでいたのでね。
そんなうちに食べること自体がどんどん難しくなっていきました。
06:04
でもお米だけは食べられたんです。
あの時父が写真に収めたあの風景の詰まったお米を、それを父に食べてもらうことができました。
思い返してみると僕自身、もーちゃん自身、親孝行と思って何か父や母にしてきたことはなかったんですけど、
あれが数少ない親孝行だったなーって思ってます。
そして今年、僕はあの風景のすぐそばで、あの頃の5倍くらい広い田んぼを任せていただくことになったんです。
田んぼの仕事って本当に毎回汗だくで、ドロッドロに泥まみれになる。
お米ってあんなに真っ白なのに、作っている僕はそれとは正反対みたいに毎回ぐっちゃぐちゃなんだよね。
多分この仕事できることならやりたくないなーっていう人も今の時代には多いと思います。
でも僕はこの仕事が好きなんだよね。
きっと父も元気だったらこういう仕事をやってみたかったのかなーってそんなことを時々思います。
そういえば父はですね、農場のドキュメンタリーとかをよく見ていたなーと思います。
だからきっとあのシャッターを押した瞬間も何か思うことがあったのかなーって思います。
僕には何も言わずに、ただ田んぼにスマホを向けてパシャリと一枚。
父が何を思っていたのかはもう聞くことはできないですけど、いい田んぼだなーと思ったかもしれないし、
お前こんなことやってんだなーって思ったのかもしれないし、あるいは全く違うことを考えていたのかもしれないです。
でもいいんです。
98点取っても褒めてくれなかった父が、学年で3位でも水泳を頑張ってもすごいなって褒めてくれなかった父が、
僕が汗だくになって泥だらけになって作っていた田んぼを黙って一枚だけ写真に撮った。
それだけで僕はあの時初めて父と通じ合えたような気がしたんです。
今年も僕は田んぼの上に立っています。
父が写真に残したあの風景のすぐそばでね。
今日もめっちゃ汗だくになったし、ドロッドロにまみれました。
09:04
今年のお米もあと1ヶ月ぐらいで収穫になります。
今年もちゃんと収穫ができたらいいなーって思います。
聞いてくれてありがとうございました。
いかがだったでしょうか?
今日はね、もーちゃんのちょっとした思い出話。
父が黙って撮った田んぼ。
そんな話をさせていただきました。
本当にね、僕は父となかなか心を通わせることができなかったかなって思うんですけど、
僕は本当にここに移住をしてよかったなって思っています。
実家からはめちゃくちゃ離れました。
実家は東京なのでね、神奈川とか東京なのでめちゃくちゃ離れたんです。
距離はできました。
でもなんだか今の方が、そうですね、実家と心の距離が近いような気がしていて、
父は他界をしたけれども、本当にこの現世と地上とそれから天国の世界と、
距離はものすごく広がっているのかなって思うんですけどね。
だけど、僕にとってはなんかすごく思い出す機会が増えて近くなったなーって思っています。
聞いてくれてありがとうございました。
それでは最後はテーマソング、「もうちょっとのんびり行こう」でお別れです。
あなたとあなたの大切な人に森のセレレのご家族が訪れますように。
またね!
私はここにある
もうチャンネル
もうちょっと
もうチャンネル
のんびり行こう