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🌋やはり【歴史を知ると今が分かる】PTA
2026-05-09 21:27

🌋やはり【歴史を知ると今が分かる】PTA


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00:06
おはようございます。
久しぶりの子供送りの歩き帰り、もしもしスタイルで収録しております。
周りの魅力をお見せしましょう。
今日は土曜日なんですが、子供の引き渡し訓練の一種です。
一回通学して、後で親が迎えに行くというスタイルのことになっております。
いっぱい今送ったってことです。
おはようございます。
ちょっと人多いな。
あ、なんかやってる。
なんかやってるっぽい。
ゴミ清掃歩き帰りみたいなことはやってました。
私は参加しなくてよかったんでしょうか。
という感じで今歩きながらもしもしスタイルで喋ってますが、
いっぱい来るな、小学生が。
ぶつぶつ一人ごと言ってるおじさんと思われないから少し心配ですけど。
あの、昨日ね。
おはよう、行ってらっしゃーい。
行ってらっしゃーい。
長男の同級生とかが通り過ぎちゃいましたね。
反対車線に行きたいな、とりあえず。
ちょっと大変だぞ。
何話しちゃったっけ。
あの、そうそう。
昨日ね、寝落ちしてしまったんですよ。
挨拶しようか、餌食だけにしようか、迷ったあげく餌食だけにするパターン。
結局ね、お父さんお母さんと一緒に投稿してる人多いんですよ、今。
今まさには、今の時代だろう。
反対車線で喋ろう。
はい、えっと、何だっけ。
あの、昨夜収録撮ろうと思ってスタイルフー開いて、
あと録音ボタンを押すだけっていう画面のまま寝落ちしてましたね。
いやー、本当に夜がダメですね。
頭がほとんど回らないですね。
やっぱ疲れてるんでしょうね。
肉体的な疲れじゃなくて、やっぱ頭の疲れなんだろうなって思いますね。
昼間、結構時間があるので、パソコン作業をね、
03:08
作業というか、AIとの壁打ちをずっとしてるんですよ、いろいろ。
なので、その関係でめちゃくちゃ頭使ってるなって思うんだけど、
その分、夜になると、よし、手作業しようと思うんだけど、
うーん、体動かないですね。
昨日は完全に寝落ち、記憶がないですわ。
はい、電気もつけたまま、布団もかぶらずに。
まあ、布団かぶらなくても、そんなに寒くはないんですけど、
逆に寒くなかったからかな、寝ておりました。
で、一体何の話をしてるんだっていうことなんですけど、
だんだんダラダラになってきたんで、とりあえずオープニングいきましょう。
そんなこんなで、本日も耳どくラジオ、よろしく。
いくぜ!
今日本題はですね、ちょっとすごい、
あ、そういうことかっていうことがあったんで、その話です。
PTAですね、PTAのことを今、結構ちゃんと調べているんですよ。
でね、まずはやっぱり歴史からだなっていうことで、
PTAの成り立ちっていうのをね、それこそAIを使いながら、
文章にしてまとめようと思って調べていたんですけど、
調べればね、よくわかります。歴史を見ればやっぱりよくわかりますね。
あの、結論からいきましょうか、例のごとく。
結論から言うと、スタンドMのスタイフ友達のイージーさんPTA会長をね、
去年までしてたんですけど、いろいろ会長の苦労を言ってましたけど、
その理由がわかったっていうね、のが結論です。
結論なのかこれ?っていう話ですね。
結論ではないですね、今のはね。そこがわかったよという話ですね。
じゃあちょっとどういう話かっていうと、
学んだことをちょっとフィードバックする感じになりますけど、
PTAの成り立ちっていうことで言うと、
これは戦前と戦後っていうところをまず見ていかないといけなくて、
PTAそのものの成り立ちは戦後ですね。
いわゆる戦後のGHQの政策の中で持ち込まれたものなんですよね。
PTAというシステム。
もともとアメリカの母親の会みたいなのが始まりみたいですね。
子供たちのために母親が団結して、
06:06
子供たちの教育から安全からなんかをサポートしていくっていうのがアメリカで起きて、
それが母親の会みたいなのがあって、
先生と一緒になって子供を守ったり、
学校教育のことを推し進めたりしようっていうのがアメリカで起きて、
それをGHQが日本に持ち込んで、
日本にもこのスタイルで学校教育と子供の地域の環境を作っていこうっていうのが、
一番の狙いは結局民主主義の導入なんですよね。
参加者がそれぞれの意見を言える場っていうのを作って、
議論をしてことを進めていく。
これが民主主義だよと、日本国民よと、これが民主主義だよと、
小学校とかの単位からやっていこうっていうのがGHQの狙いで、
PTAというのを日本に持ち込んで導入させるわけですよ。
だから目的としては、GHQとしては、
帝国主義からの脱却と民主主義への移行っていうのを目的にPTAを導入するわけですね。
じゃあ帝国主義からの脱却っていうことで言うと戦前はどうだったかっていうと、
戦前の学校を取り巻く環境っていうのは、
公演会とか、
公演会的な組織があったはあったんですよ。
それは主体となっているのは地元の有力者、
権力者、有力者、いわば人司、商家、
そういう関係ですね。それは土地によって違うでしょう。
農村と都市部と、あとは漁村とかによっても違うでしょう。
要はいろんなタイプがあるけど、いずれにしても有力者っていう人たちが、
学校のことをサポートするような形になっていたわけですね。
学校という位置づけ、
とりわけ先生という位置づけが、やっぱり戦前は非常に高いくらいを持っていたわけですよ。
先生、要はオカミ。
オカミが使わし保った教育をつかす聖職者というのが先生で、
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その先生というのは敬いの対象だったわけですね。
だからこそ先生が言うことは絶対だったし、
常に新聞は先生に対して尊敬の念を抱きつつ、
何の振る舞いをしないといけない、しないといけないでいいんでしょうね。
この辺りが帝国主義ということですからね。
上から、上のオカミが偉いと。
オカミの使いの先生は偉いと言うね。
そういった中で地元の有力者は偉いオカミ、要はお大官様ですね。
お大官様に取り入れつつ、取り入れつつと言うとこの辺りは多分同列なんでしょうね。
民々というかね。
だから先生はもてなすものであり、
学校は先生に対してはもてなすという姿勢があって、
学校のサポート、例えば本当に備品、
チョークがないとか、
あるいは何だろうな、
当時はいろんなもの手作りしてたから、
椅子が壊れたら修理するとかね。
そういうサポートっていうのは地元の有力者を通じて地元の人たちがやってた。
それが講演会というシステムで、
戦前日本はそれで回してたわけですよ。
そういうサポートをですね。
あと子ども安全に関しては学校とかがやるというよりは地域そのものがね、
昔は見てたわけですからね。
地域の大人たちが地域の子どもたちを誰の子だとか関係なくみんなで守ると。
そういうのも元々あったんでしょうかね。
そこはそのスタイルでいて、
先生に対しては神が使わす偉い人っていう扱いで、
その備品の購入費とかは地元の有力者が自腹を切ることもあるだろうし、
みんなに声かけてお金を集めたりとかいうこともあるでしょう。
そういう取りまとめをやってたわけですね。
それが戦前の講演会のシステムで、
これが非常に力のあるもの上下関係みたいなのがあって帝国主義的で。
だからGHQはそうじゃないよと。
民衆国家に日本も生まれ変わるんだから、
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学校の現場もちゃんと父兄が、子どもは発言権はないというか子どもがあるので、
その親が子ども側の意見をちゃんと出す。
先生もそんな偉い立場じゃなくて、
同列に降りてきて、
同じ目線で教育とか学校とか地域とかの問題について議論をすると。
これが民衆主義のスタイルだよと。
ということで導入していったんですが、
実際この運業の段階では急にそんなことをやるだってみんなできないわけですよ。
自分の意見を持って議論しましょうなんて言われてもいきなりはできない。
今でもできないですよね。
じゃあどうなるか。
よく議論とかよくわかんないけど、
みんなで民主的にやろうと言ったものの実際それがみんなできない。
じゃあどうするか。
じゃあ有力者にお願いしようってなるわけですよ。
結局民衆主義を入れたんだけども、
民衆がそれについていけなくて、
今まで通りの偉い人に任せようっていうスタイルが継続されるわけですね。
なので地元の有力者が相変わらず強い発言権とか決定権を持ったままになっていたり、
先生が言うようにしようみたいな流れになって、
なんやかんやでそういうスタイルになっちゃうわけですね。
これに対して当時の文部省が、
やっぱり有力者には有力者なりにいろんな派閥とか立場とかあるんで、
これは右派とか左派とかが入ってくるんですけど、
その利害関係とかがあって、
要は隙に組織化したがゆえにより力を持ったりするところも出てきて、
若干カオス状態になっているわけですね。
これはまず言っているので、ガイドラインを工事の文部省が引くわけですよ。
っていう感じが黎明期ですね。
敵が始めたこの黎明期にそういうことが起きていって、
っていう歴史なんですけど、
それを考えるとこの根拠というか、
あんまり現代に至ってどうなってますかという話なんですよ。
15:06
だからPTのいろんなスタトモンとかのいろんな地域の話聞いてて、
最終的に今の僕が思ったのは、その地域、地域で違うんだなと。
なんなら学校ごとに違うんだなって感じたのは、
結局こういう成り立ちによって、
ここは地元の人が強いPTAだなとか、
ここは学校の人が強いPTAだなとか、
ここは結構民主的だなとか、
いうのがバランバランなのは、
最終的にそのカオスの中から最終的に残った形っていうのが、
それぞれのPTAに根付き方が違う。
ということなんだなというのが、歴史を紐解いていったら分かってきました。
なので、やはり地元の力が強いっていうのは、
田舎であればあるほど強いので、
先祖のしがらみもしっかり残ってたりするので、
そう考えると、EGさんのところのPTAが、やっぱ先生が偉くて、
PTA会長は、今までこうやってたんだから、
これをやってくれないと困りますみたいなのを、
学校が言ってくるみたいなことを言ってましたから。
だから、たぶんEGさんのところは、
発足当時から先生の言うことを地元の有力者が聞いて運営するというスタイルで、
今までずっと来てるPTAなんだろうなということを感じましたね。
歴史を見ると。
そういう進化をしてないのか、
そういう状態で現在まで来ているっていうのが、
EGさんのところのPTAであり、みたいな。
そういうことですね。
だから、それぞれのPTAでどこが力があるかとか、
結局どこが決めてるのっていうのが、いろいろ違うのは、
歴史的なそういう成り立ちから、
結果その地域ではここがこうやって回すスタイルになりました。
文部省が定めたガイドラインに沿ってやると、
一応民主的な、GHQが求めた民主的な議会をちゃんと通じて運営する。
っていうスタイルのPTAになるだろうし、
やっぱりよくわかんないから地元の人に任せようぜって言えば、
町内会長みたいな、
そういう人が、
そっち関係の人がPTAになって、
18:00
その人たちが動かすっていうスタイルに、
要は地域主導のPTAになるところもあるだろうし、
地域の入力者も、
めんどくさい俺は金を出すから先生決めてよみたいな感じで進化してきたところは、
先生主導になるだろうし、
っていう、
そういうことなんだろうなということが見えてきました。
今喋ってるのはですね、
これをもう一回まとめて、
今自分自身がPTAの役員向けにスタイフを発信し始めているので、
それのまたネタにしようと思っております。
それのために調べたんですけどね、そもそも。
ということでございます。
結論じゃあ何がいいのかっていうのは、
いろいろあるんでしょうけど、
でも多分何がいいのかっていうのは一番は民主的な、
みんなの議論、意見を出し合って議論をして決定していくというのが、
今の現代本来あるべき姿なんでしょうねと、
思います。
思いますが、がですよ。
今、現代においても議論とかが苦手っていう人が多いですよね。
だからPTAいらないとかうんうんっていうのは、
変に権力者とか独裁的にやってるとか、変な監修を押し付けられてるとか、
なんならですね、GPTとやりとりしてる時に
集金マシンと化したPTAみたいな話も出てきてて、
そういうスタイルのPTAは確かに反発強いし、いらないよなって思うんでしょうけど、
そう思うのであれば、ちゃんと民主的なそれぞれの手にPTAを取り戻すっていうことをするべきなんですよね。
だってそういう道筋はちゃんとあるんだから。
なので、ただただなくす。
ただただなくすはね、ある意味考えるようによっちゃ、
もうめんどくさいからなしにしようっていう話になっちゃうわけですよ。
でもめんどくさいからなしにしようだと、戦前にあった学校を支えるシステムとかもなくすってことになるわけだし、
だからどの形にするべきかっていうのが正しい議論で、
だとすればおそらくPTAいらない派が求めている、本当の求めているものは、
民主的な運営がなされるものっていうことだと思うんですよね。
だとすれば、それぞれのメンバーが発言する能力というかリテラシーを持つ必要があるんだっていうことで。
そこですよね。
21:00
それ、要は自分の意見もないのに、ただただ嫌だ嫌だじゃどうなんだっていう話ですね。
はい。というところでした。長くなりましたね。
長くなりました。家に帰ってきましたので、今日はこれで終わりたいと思います。
じゃあまたね。バイバイ。みやけんでした。
21:27

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