はい。
漢字を直訳することで、私たちが普段見慣れている地名が突然異世界のような響きを持つわけですね。
そうなんですよ。海外の人たちがエキゾチックな魅力を感じるのも、まあわかりますよね。
ええ、よくわかります。
私も最初見たときに、わあ本当だ、めっちゃかっこいいってテンションが上がったんです。
はいはい。
でも、今回の短期絵の素材として、ある資料を読んでいくうちに、ちょっと印象が変わってきまして。
どんな資料ですか?
あの、日本の地名の成り立ちについて深く掘り下げた国連の地名専門家であるアニエラっていう女性と、
日本の地名研究家である杉本さんという方の対話の記録なんですけど。
ああ、なるほど。
それを読んでいくと、ちょっと背筋がゾクッとしたんですよ。
というと?
この直訳の響きは確かにかっこいいんですけど、英語に訳した瞬間に、
なんていうか、一番大事なものが、それこそ根こそぎすっぽりと抜け落ちてしまっていることに気づいたんです。
ああ、そこに気づかれたのは素晴らしいですね。
ええ、やっぱりそうですか。
ええ、実はそのアニエラと杉本という二人の対話の物語というのは、単なる地名学という枠を超えてですね。
はい。
日本人の精神性そのものを浮き彫りにする非常にドラマチックな記録なんですよ。
ですよね。
今日はぜひこの直訳では絶対に伝わらない、日本の地名に隠された、まあ1300年の歴史の地層について深掘りしていきたいんです。
いいですね。語り合いましょう。
よし、じゃあ早速なんですけど、まず直訳が何を消してしまうのかっていう疑問について、
はい。
岩手、つまり岩手県を例にして考えてみたいんです。
はい、岩手ですね。
普通、ロックハンドって聞いたら、私は真っ先にグランドキャニオンみたいな雄大な自然を想像したんですよ。
ああ、なるほど。
ええ、風化して手の形になった巨大な機関がそびえ立っているみたいなダイナミックな風景ですよね。
西洋的な感覚からすれば、まあ誰もが最初はそう推測するでしょうね。
ですよね。デビルズタワーとか見た目の特徴がそのもの地名になることって世界中によくありますから。
はい。しかしここで非常に興味深いのはですね、この岩手という名前が風景の描写では全くないということです。
風景じゃない?
はい。資料の中で杉本さんが語る伝説によれば、これはある劇的な事件の記録なんですよ。
事件の記録。えっと、じゃあ巨大な手の形の岩があったわけじゃないんですか?
いや、岩自体はあったんです。
あったんですね。
舞台は現在の森岡市にある三石神社というところなんですけど。
遥か昔、この土地で羅刹という恐ろしい鬼が悪さをしてまして、人々を大いに苦しめていたんです。
またファンタジーみたいな鬼が出てきましたね。
そうですね。困り果てた人々が神様にすがって祈りを捧げると、神様はその鬼を捕まえて、境内にある巨大な岩に縛り付けたそうです。
はい、愛媛天です。
愛の姫って聞くとおとぎ話みたいなロマンチックな恋愛物語を想像しちゃいますが、全く違うんですよね。
違いますね。愛媛の語源は日本最古の歴史書である古事記に登場する愛姫というイオの国を治めていた女神の名前そのものなんです。
これ本当に驚きました。47都道府県の中で神様の名前がそのまま賢明になっているのって愛媛だけなんですよね。
そうです。1300年前の神話の女神の名前が権力者に消されることもなく、いくどもの時代の変遷を生き延びて、今日の私たちの住所として生き残っている。奇跡的なことですよ。
住所を書くたびに1300年前の女神の名前を召喚しているようなものですよね。
ふふふ、確かにそう言えますね。
そしてもう一つ私が唸らされたのが大阪の多層構造についての解説なんですよ。
ああ、大阪ですね。
ええ。直訳マップだとビッグスロープ、大きな坂ですけど、これも単にどでかい坂があったわけじゃないんですよね。
ええ。大阪という地名にはまるで地層のように大きく分けて3つの時代の記憶が重なっているんです。
3つも?
はい。まず一番深い根底にある第一層。ここはもともと上町大地という小高い場所がありまして、その小さな坂を指す小坂という音がありました。これが根っこです。
大きい坂じゃなくて最初は小さな坂、小坂だったんですね。
はい。そして第二層。室餅時代になり、この地に石山本願寺という巨大なお寺が建てられた際、勢力を誇示するためにも小さなより大きい寺の方が縁起が良いということで、発音はそのままに漢字が大阪に改められました。
なるほど。この時点では土へんに沿ると書く大阪ですね。
その通りです。そして第三層。明治時代になり、新しい政府の時代になると、今度は坂という字の土に沿るという部分が土に帰る、つまり死ぬと読めて縁起が悪いと嫌われたんです。
あーなるほど。
そこで現在の小里編の藩という字に変更され大阪になったんです。
いやー見事な地層ですね。これをただのビッグスロープと英訳した瞬間、底辺にある大地の地形とか室町時代の権力誇示の縁起担ぎ、そして明治時代の市政観というこの3つの分厚い地層が全部吹っ飛んでしまうわけだ。
だからこそ国連の専門家であるアニエラは言葉を失うわけです。彼女はずっと地名は一つに統一すべきだという信念を持って仕事をしてきましたから。
確かに世界基準で見ればそれが最も合理的ですし混乱も防げますよね。
はい。しかし日本は統一せずに何通りもの綴りを許容し意味を重ねてきた。
そこで最大の疑問に行き着くわけです。
世界中で潜伏とか革命が起きるたびに古い地名が消去されて新しい支配者の名前に上書きされてきた歴史があるじゃないですか。
ええ。
それなのになぜ日本だけは地名を消さずに重ねることができたんでしょうか。
この疑問に対しては日本の民族学の父である柳田邦夫や地名建築家の谷川健一の視点を借りて答えることができます。
ヨーロッパ、例えばイギリスの歴史を思い浮かべてみてください。
ケルトの人々が住んでいた土地の裏にローマ帝国がやってきて、次にアングロサクソンが来てノルマンが攻め込んできました。
征服の旅に住む人が完全に入れ替わり、新しい支配者が絶対的な権力で自分たちの言葉で地名を呼び直したんです。
なるほど。だから古い名前はデリート、削除されたんです。
完全に消去して真っ白なキャンバスに新しいものを書き込むわけですね。
しかし日本は違いました。島国という地理的条件もあり、異なる人々が争うことはあっても、
敗者を根絶やしにして互いを完全に消し去ることはなく、同じ土地で長い時間を一緒に暮らしてきました。
だから前の時代の名前が消されずに仮想に残った。
谷川家日は地名とは日本人が土地に残してきた足跡だと述べています。
上書きすれば足跡は消えてしまいますが、日本人は上書きせず上に重ねていったのです。
なるほど、わかる気がします。
ITの世界で例えるなら、古いOSのファイルを完全に削除して新しいものをインストールするんじゃなくて、
大阪バージョン1、大阪バージョン2、大阪バージョン3って、
全てのバージョンのファイルを同じフォルダーの中に大事に残しているような状態ですよね。
素晴らしい比喩ですね。一見するとフォルダーの中身はごちゃごちゃで非効率に見えるかもしれない。
でもその非効率に見えるわかりにくさや漢字のバリエーションはシステムの欠陥ではなくて、
誰も歴史を消さなかったという何よりの証拠なんです。
いやー、深いですね。
そしてこの消さないという日本の文化の革新に触れた時、
国連のアニエラはある過去の強烈なトラウマを思い出して涙を流して崩れ落ちてしまうんです。
ここ読んでいて一番胸が締め付けられた場面です。
彼女はポーランドの出身でしたよね?
はい。ポーランドは歴史上何度も大国によって国境戦を惹かれ直してきた国です。
戦争が終わり国境戦が動いたことで、彼女の祖母が住んでいた町の名前は
ある日突然全く別の国の言葉に書き換えられました。
役所の書類も駅の看板も全てです。
はい。でも祖母だけは最後まで古い名前でその町を呼び続けていたそうです。
それは彼女にとってささやかだけれど命がけの抵抗だったのでしょう。
なのに幼かったアニエラはおばあちゃんに向かって
おばあちゃんその町はもうその名前じゃないよ。地図に載ってないよって。
何度も訂正し続けてしまった。
地名を一つに統一するべきだっていう彼女の仕事の強烈な信念はこの時の現体験から来ていたんですね。
そうなんです。日本の地名の多層性、つまり複数の名前が同時に存在していいという寛容さに触れさされた彼女は
自分が祖母の残した大切な足跡を自分自身の口で消してしまっていたことに気づくんです。
もし私が訂正しなければあの古い町の名前はまだ誰かの口の中に残っていたかもしれないのに
私が効率家と否なのもとに歴史を上書きする手伝いをしてしまった。
辛いですね。その涙を流すアニエラに対して杉本さんが消えていませんよって優しく声をかけるシーン。
あそこから続く岩手の郵便配達員のエピソードもすごく象徴的でした。
岩手県の3幹部で50年近く郵便を運び続けてきた佐々木さんという方の話ですね。
はい。平成の大合併で村の名前が変わり住所の表記も新しく効率的なものになりました。
しかし毎年お正月になると地図上からはとっくに消滅した古い王子の名前で書かれた年賀状が何十頭も届くそうです。
あてねが存在しないかって早期世で運ばないんですよね。
配達員の佐々木さん自身がその古い土地の名前を記憶しているからちゃんと届くんです。
国が行政区画を書き換えても地図の会社が新しい名前を印刷してもその土地で暮らす誰か一人が古い名前を口にし手紙に書き続けていれば地名は生き延びるんです。
新しい名前で書いても届くし古い名前で書いても届くどちらも間違いじゃない。
アニエーラの祖母がやっていたことは決して無駄なことではなく1300年前の日本人と全く同じ営みだったわけです。
人間の記憶そのものが最強のバックアップシステムになっているんですね。
まさにその通りです。
このアニエーラの体験と日本の地名の背景が海外で公開されると世界中から様々な反応が寄せられたそうですね。
これがまた感動的なんですよ。
例えばドイツの地名学者はドイツにも古い地名は残っているがそれはあくまで博物館の記録としてであって日常の住所として生きたまま使い続けている日本には嫉妬するとコメントしています。
学者としての敗北宣言みたいで面白いですね。
またイギリスのウェールズの小学校教師の言葉は重いです。
ウェールズ語はかつて英語を矯正する政策によって学校教育から排除されかけました。
歴史の授業で聞いたことがあります。
その教師は私たちの土地の名前も英語に置き換えられた歴史がある。
晒されない国が存在することを知り涙が出たと語っています。
さらにニュージーランドで先住民マオリの復興に取り組む方は私たちは今古い名前を取り戻す運動をしているが日本はそもそも取り戻す必要すらなかった希望をもらったと。
支配によって言語を奪われた経験を持つ人たちにとって日本のこの状況は奇跡のように映るんですね。
そして私が一番好きだったのはアメリカの地図制作者の
その土地で起きたことがそのまま名前になっているなんてこれほど贅沢な地図はないっていう惨事。
これ本当に最高の褒め言葉ですよね。
岩に押された鬼の手形も1300年前の国家名流も消えずに残った音も
全ては消さずに重ねるという日本人の心という一つの根っこから生まれていることがわかります。
素晴らしいですね。つまりこれらは全て何を意味しているのかというと。
私たちが普段何気なく書いている住所とか合併で消滅したはずの町村名も
実は終わった歴史なんかじゃなくてバス停の名前とか小学校の校歌
あるいは実家から届く荷物の宛名の中に今もひっそりとでも確かに息づいているってことですよね。
おっしゃる通りです。
高度経済成長期に故郷を離れて都会に出た世代が履歴書や手紙に故郷の地名を書き続けてきたその一歩と一歩が
1300年の足跡をバケツリレーのように現代の私たちまで運んできたんだと。
そうです。一以上の何気ない行為そのものが壮大な歴史の保存になっているわけです。
いや本当に面白いです。さで地名に隠された驚くべき多層構造を見てきましたが
最後に一つリスナーの皆さんに新しい視点を投げかけたいと思います。
現在私たちはスマホを開けばグーグルマップのようなデジタル地図に完全に依存して生活してますよね。
便利ですよね。最短ルートもすぐに出ますし迷うこともなくなりました。
でもそのデジタル地図に表示されているのは常に公式の正解であるたった一つの地名
つまり一番上の表面のレイヤーだけなんですよ。
確かにそうですね。
1300年間複数の名前や音、神話や人々の記憶を重ねて保持してきた日本人の心が
このデジタル時代圧倒的な効率化と最適化という名の下に
本土こそ本当に根こそぎ上書きされてしまう危険性はないでしょうか。
これは非常に重要な問いですね。
技術の進歩が無意識のうちに私たちの足跡を消去する強力な装置になってしまうかもしれない。
そうなんですよ。
なので今日もし時間があったらぜひご自身のスマートフォンの地図アプリで
自分の故郷や今住んでいる場所を検索してみてください。
そしてそのつるつるした画面の下に本当はどんな厚い物語の地層が眠っているのか
少しだけ想像してみてください。
いいですね。
効率的なルート案内には絶対に出てこないあなただけのロックハンドやサイレントヒルが
その足元には確実にあるはずですから。