1. みやほんや
  2. 50なんで読んでるんだろう
50なんで読んでるんだろう
2026-05-18 23:32

50なんで読んでるんだろう

なんで読んでるのか(なぜ読むようになったのか)を考えてみた

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

TBSクロスリグのYouTube動画「ページターナーズ」をきっかけに、自身がなぜ本を読むようになったのかを考察。幼少期から本に囲まれた環境で育ち、両親や祖父母の影響で多くの本が身近にあったことが大きいと語る。強制されることなく、無造作に置かれた豊富な本が自然と読書習慣を形成したと結論付け、その環境の重要性を強調する。

読書習慣を考えるきっかけ
昨日いつものTBSクロスリグのページターナーズっていうYouTubeが更新されてたので、最近ね、YouTubeもちゃんと油断すると開かないから、画面を。
今まで当たり前のように見てたものも見落とすみたいなことも普通に起こり得るんですけど。
昨日はたまたま見て、そしたら、読んでみっていう、子供に本を読んでもらうための補助理みたいなことをやって、なんか聞いたことある気もするんだけど。
その、やってる人がゲストに来てて。で、いろいろ面白かったんですけど。
えー、なんだ。リック・リッツ?なんだっけ?とにかくなんとかっていう名前ね。名前。なんとかっていう名前。
リック・リッツも読みますみたいな。僕も読むよみたいな絵本があるらしくて。ちょっとね、詳しくは聞いてないんだけど、ちょっと興味持ちましたね。
で、いつもその動画を見ると読みたい本、読書メーターの読みたい本に気になったやつを登録するんですけど。
昨日も、昨日はさすがにそんなにないだろうと思ったんだけど、ちょっと登録して。で、いくつかまたね、そんな高いものでないものだったからだけど、もういくつか注文しちゃったりして。
ね、もうまた。さすがにこれはないだろうと思ったもので安いものは注文しましたけど、これはもしかしたらあるかもしれない、知ってるかもしれないなっていうのもあったので、これはちょっと本屋さん行ってから。
茨城県下妻市のトクブックスに行って、いろいろしようと思います。でさ、今はそんなのがあるんだな。今っていうかちょっと前からなのかな。
読んでみなんていう本を読むための習い事みたいなことですか?まであるんだなと思って。
基本的にさ、天の尺の人間だからなんとかしなさいとか、自分でやるのがいいとして、なんかこれやりなさいっていうことでやる気をなくす人間だから、それ難しいな。
で、そんなことは百も承知だと思うんだけど、その活動する人たちも。で、それに考えることもいろいろ動画の中で言われてて、なるほどなーと思いながら。
本に囲まれた幼少期の環境
で、その上でなんで、自分はなんでどちらかと言うと本を読む、どちらかと言えば本を読む方になったんだろうかなってことを考えるともうこれはもうね、環境だよね要はね。
環境。本に囲まれていたね。
あのー、なんて言うんだ。家に、それこそ脳とか本屋物語の人科、ポッドキャストとかで話しましたけど、部屋にね、大学の学生時代部屋に人読んだり遊びに来てもらったりした時に、
あのね、これね、あんまり触れない人は触れないんだけど、本読む人かなやっぱな、本読む人だとなのかな。こんなに本がある部屋は初めて見ましたみたいなこと言われて、でそれを言われるまで気づかなかったね。そんなに本が多い部屋だなんてこと。
でもその人が見聞きした、人並みに友達はいたと思うからね。部屋の中で、これが多い本なんだって思ったら、じゃあ本多いのかもしれない。
でね、あのね、これ、家に本がたくさんあるか部屋に本がたくさんあるかどうかって、本を読んでるかどうかに比例は別にしてないと思ってて僕は。あのね、家に置いておきたいって思っちゃうんですよ。僕はね、どっちかっていうと。
で、当時はそんなになかったけど、僕が学生時代大学の時にはそんなになかったけど、電書籍ね、もうほどなくして電書籍がもう、もっとメジャーになり始めるんですけど。
あのー、なかったから余計、あのー、だと思うんだけど、あのー、図書館もあるし、誰かに借りて読むみたいなのもあるし、読んですぐ手放すって人もいるよね、結構。
もちろん本当に本当に、なんだろうな、まあわかるよ、読んですぐ手放すっていうのもわかるんだけど、基本的には、そのー、俺が信じられないぐらいのハードルの低さで読んだら入ってもう手放す人いるじゃない。
その人たちもたまにこれは置いとこうっていうのもあるみたいなんだけど、その線引きのハードルはね、めちゃくちゃ低いっていうの高いっていうのも、とにかくすぐ手放す人もいるから、で、そういう人の方が本読んでたりするんだよ。
だって物理的な制約がないからさ、で、積読みたいなことももしかしたら起こりにくいんじゃない、だって読んで手放すんだもん、手放すというか、物理的には自分の脇には置いとかないっていう。
ただ、本当に必要なことは頭の中に、頭と言っていいのか、別に心というほど大げさに言うつもりもないんだけど、なるから、部屋に本棚が多いです、本があるから読んでますっていうことではないと思うんだけど、
結果的に、結論としては、僕はとても本に囲まれた家で生活してたんですね。幼少期を過ごしたんですよ。幼少期というか、もうずっとですね、だから今の実家もそうですから。
家族からの影響と本の種類
だいぶリフォームとかもしていろいろあれしましたけど、本に囲まれて暮らしてたんですよ。で、絵本ね、毎月の絵本みたいなのとか、あれも今度追加しようと思ったの忘れてた。
学研の科学とか、学研の学習みたいな、月一でなんか来るやつとかあったよね。実験キットみたいなのがあったり、読み物みたいなのがあったり、あらゆるのがあったり。
で、父方のおじいちゃん、母方のおじいちゃんいますけど、おじいちゃんおばあちゃんね。母方のおばあちゃんもとても近所だったので、よく遊びに連れて行ってもらって、本屋さんにもよく連れて行ってもらって。
自分が本読む人ではなかったと思うんだけど、母親と父親はめちゃくちゃ本読むね。そんな家に本がたくさんあるぐらいだから。で、父方のおじいちゃんは百科辞典とか文学全集とかそういうのをたくさん送ってくれる人だったのよ。
で、大して読んだり読まなかったりいろいろしたんだけど、めちゃくちゃ面白いのも中には送ってきてくれて。それもあるね。だからね、本に囲まれていたんですよ。
で、それは特におじいちゃんから送られてくるのは置いといて、毎月頼んでた絵本みたいなのも置いといて、そこに当たり前にあるっていうものだったのよ。別にそれ読みなさいとかも当然言われないわけ。
だって読んでる人たちも、うちの父親母親も読んでる本読まなかった本、間違えてダブって買っちゃった本、本当にそこに置いといたっていう状態だと思うんですよ。若い頃読みました、買っていつか読もうと思ったけどなかなか読めない、そこに置いてありますみたいな。
そういう状態であっただけで、息子娘にさあこの本はどうだね読んでみたまえみたいな気持ちじゃなくて、ただそこに仕方なくじゃないね。別にわざわざ本を捨てたり手放すってことはなかったんだと思うんだけど、わからない、それはちょっとお兄たちに聞いたことないから。聞いたことあんのかもしれないけどよく覚えてないから。
読書習慣形成の要因と「補助輪」の概念
とにかくそうあったんですよ。それが良かったんだろうなと僕の中では思っていて、良いのかわかりませんよ。良くないかもしれないです。そんな本などにかまけていなければ違う人生があったかもしれないから。
っていう身の蓋もないことは一応別に本気で言ってるわけじゃないんだけど。それで、たぶんそのせいなんですよ。で、これが不思議なもので、でもたぶんね、何らかの要因っていうかファクターはありそうなんだけど。
あのね、よく僕が本読むけど、他の兄弟たちはそこまででもないねみたいな。言うほどそうでもないんだけど。あの人らもね、割と読んでんだけど。
言うことで、確かに現象として行動としてめっちゃ本あれしてるよねっていうのは確かに長男の自分が一番多かったけどね。でも確かに有意な差は見られたような感じはしてて。
だから同じようだったとしても同じようにはならないですよ。だって僕も弟も妹も同じ本に囲まれた環境で暮らしてたわけだから、なんでなんだろうねっていうのはあったと思うんだけど。
それこそヨンデミさんが言ってたけど、ホジョリン的なあれかね、難しいんだって。本、絵本からちょっと厚い本、本当に我々が日常的に大人が読むような本とかと、
絵本、一番最初に出会う絵本っていうのを繋ぐ間の、ちょっとその階段上りかけぐらいの、大人の本と子供の本の中間みたいな感じのやつが難しいらしいのよ。
そこら辺が上手いこと何か言ってたんじゃないのかな、たぶん。もしかするとその辺が前月頼んでた絵本とか。課題図書とかでもその辺に近いような気もしなくも。課題図書になっちゃうとな、わざわざ石を持って買って読んでみたいなことになってるからちょっとレベル上がってるんだろうな。
ちょっとまあわかんないんですけど、まあたぶん明らかにそうだろうねっていうのはあるのよね。その本をなんで自分が読んでんだろうみたいなことを思った時に、まあたぶんその辺でしょう、環境でしょう。本がたくさん置いてあったからっていうのはもう外せないだろうな。
現在の読書環境と過去の寄付
で、その後はもう自己、自分の話で自分の部屋というかにも本を並べて、かつその一人ぐらいするようになったらどんどんそこに本を並べるようになって、ついには本棚を買って並べてとかなんとかっていうのを始めるから。
まあもうそうだろうね。今子供が例えば急に降って湧いてきたとしてもどうかな。それこそあれだね。その補助林的なところを僕全部さ、寄付しちゃったから。
学校や子供食堂や昔の職場塾とかにね。その辺がほっそり抜けてんだろうな。今この場に降って子供が急に現れても、その補助林的なことが難しいんじゃないか。ギリギリドラえもんの漫画があるけど、ドラえもんの漫画が最初の一歩にはならないだろうからね。
まああれか。本の紹介をしてもらって、若干やっと最近改めて買ってる本とかがあるぐらいか。でも大人の本っていう感じもあるし。そう考えると惜しいことをした。難しいね。
自分単体で考えたら惜しいのかもしれないけど、またね、あれを集めようと思ったら大変な時間とお金がかかるっていうのもあるけど、その分やっぱり燃やしたわけじゃないから、今もどこかで活躍してるかもしれないしね。
でもまあ囲まれていたっていうことが重要だっただろうな。単純に囲まれていた、囲わせていた、覆われていた、なんていうのかな。人に強制されるんじゃなくて、単純にそこに本がたくさんあったのよ。だから読んだっていう形なんだと思うんだよね。
強制されない豊かさの重要性
で、いろいろさ、順番もいろんな内容もバラバラだから勝手に自分で選んで。
貧困の問題とか、今日もあのポッドキャストでおてんラジオさんの中にちょこっと、ちょっと歴史の中でちょこっと言われてる部分がありましたけど、しょうがないからもの取っちゃう。
取っちゃダメだよって言っても、じゃあどうするのっていう対案がないまま取っちゃダメだよみたいなこと言ってもしょうがないんだけどどうやって対案を言うのかみたいなことをなんか言ってましたけど、無理やり繋げるんだけど、環境があってどうしようもないからものを取っちゃうっていうことが起こるわけじゃないですか。
子供で仕事とかなくて、学校とかはあるだろうけど、幼稚園とか保育園とか、その辺だったらまだ余裕はあるのかな。でも家にいる時間が長いわけですよね。そこにたまたま本がたくさんあった。
で、いろいろ本がある。自分で勝手に読める。だから読んだっていう。たぶん構造的には似てるんじゃないかな。無理やりだけど。自然にそりゃそうなるわっていう。ものないんだからあるところから取ろうとするわっていうのと同じで、そこに本あるんだから読むわっていう感じだよね。
これの、うーん、なんかね、わかんない。この先に世界平和的なことがあったらいいけどね。あったらいいけどなかなか難しいな。どうしたもんかな。
ちょっといろいろ違うこと考えちゃった。うーん、そうね。あるのはあるね。もうバラバラだよな。勝手読んでいいなと思ったやつとか他の人も興味あるだろうなと思ったやつは棚に並べたり寄贈したりしてるわけだからね。
今までもあげちゃったり、自分が親に買ってもらった本なのにもかかわらず子供食材にあげちゃったりしてるわけだからね。よく考えたら。まあまあまあまあ、いいでしょう。
豊富さは環境で、環境が押し付けがましくない環境。何なら別に読んでねとか思ってなくて無雑作に置いてある豊富さが重要なんだろうな。逆に言うと無雑作にそうなってしまってる環境のせいで悪さしたりもするんだろうな。
自然に平和で幸せだったり本を読んだりっていうその中にいるっていうことが重要なんだろうね。
どうしたら、どうしてるのかな、みんなな。どうもしてないんだろうけど。どうしてるのかなっていうのを意識的にやってて言葉にしてる状態のことってのは今の感じでいくと多分あんまり重要じゃなくて自然とそういえば言われてみればそうなってましたねっていうことでしょうな。
一番実は大事なのは、難しいですね。難しいですけど、ってことは誰にも自覚されてない素晴らしいことがこれからもまたある、既にあるっていうことでしょうね。
まあいいことですね、それもね。
仕事と日常の考察
そういうことと今日出会うか発見できるかわかんないですけど、仕事に行ってきます。
週明けの月曜日なんでね。
なんかね、僕の中にはいつも、こういう仕事、今のような仕事の状況になって、単純にね土日も、仕事の休みが不定期、時間は決まってるけど不定期になって、
なんかね、いろんなのが土日が忙しいってのもあれば、カレンダー通りに土日に休んでる人たち、観光庁とかも含め普通の会社さんとかも含め平日に動き出すから、週末はなくて月曜日に急に動き出すってことをやってるから、月曜日が忙しくなる、大概的に月曜日が忙しくなるっていうこともあるんですよ。
逆にお客さんの対応としては土日にたくさん人が来るっていうのも若干あって、そこまでじゃないんだけど、そこまですんごくっていう、一部の差別業者のことじゃないんですけど、やっぱりそれはあって。
そうなると、週末っていうのも割と結構駆け込みであったりするんだよね。金曜日のうちにやっておかないと次の週越えちゃうから金曜日のうちにやっちゃえみたいなのがあったりするのね。
だから割と金曜とかにドバッと来てみたいな、これね、その担当者とか人にもよると思うんだけど、そういう状態もある。だから、月曜、金曜、土日、祝日はそういう日。だから週の半分ぐらいそういう日なんだよね。
なんなら週の真ん中にいろんな事情があったりとかして違う曜日にあったりもして、結局毎日忙しいんだなっていう。誰かは毎日忙しくしてるわけだから。もしくはみんなが忙しくしてないときに忙しくするっていうところに価値があったりするわけだから。
それは平均化してエントロピーの状態じゃないけど、平準化していくよなっていうね。土日が忙しいっていうようなことがわかりやすくそうじゃなくなれば平均的にいろんな曜日でいろんな時間になっていくよねっていうね。
当然会議とかは月、金とかじゃなくてあえて火、水、木とかにあったりするしね。なんかそんな感じありますね。まあいいや。だから週の始まりだからというわけじゃなくて、なんだけど、昨日も働いてるし僕もね。
普通に頑張りますと。朝だから頑張りますっていうのもないしね。目覚ましテレビとかみたいなの言ってるじゃん。今お目覚めの方もこれからお休みになる方もみたいな。そうだねっていう感じだよね。いろいろあるよねっていう感じです。
いろいろあるから、たまにいろいろあるけど、たまにいっせーのせーってやろうって思わないと、なんかバラバラになっていく、バラバラになるのが大事だからいいんだけど、でもたまにあれしないとね。何しないと?まあいいや。はい、おはようございました。
23:32

コメント

スクロール