運動会と主体性・規律
こんにちは。岐阜県の工業高校で教員をしているすみです。この番組、未来をつなぐものづくりでは、日本の製造業を支える企業の技術や、そこで働く人たちの思い、そして工業高校の教育の魅力をお届けしていきます。
秋になってイベントが多くなってきましたね。いろいろなところで祭りも多くなってきたと思いますし、学校行事も民間の行事もだんだん熱気が入ってくる季節になってきましたね。
学校では運動会が行われました。ちょっと台風の影響で日程はずれたんですけども、無事、快晴の中で行うことができました。
やっぱりこの時期の快晴は気持ちいいですね。その中で私も教員でリレー走ろうかななんて去年も言ってましたけど、今年も密かに準備してたんですけどね。
ある日ダッシュをかましたら、また太ももの裏にピキッと痛みが走って肉離れですよ。これはどうしたもんかと、1年かけてこういろいろ準備してきたけど台無しでしたね。
ただ運動はこうやって継続してやっていきたいなというふうに思ってますし、そもそもあと5キロぐらい体重を軽くして体に負担が少ないような、そういった体づくりをしていきたいなというふうに思ってます。
まあそんなことはさておきですね。運動会盛り上がりましたね。やはりエネルギーがありますよ、高校生は。中には鎖骨を骨折するっていうね、そういうふうに見舞われた子もいましたけども、そのぐらいですね一生懸命
こうみんな頑張ってやってましたね。
ただやっぱりお祭り気分っていうところもあって、ちょっと普段とは違う党発をしてる子もいるんですよね。そういった気持ちもわからないでもないです。そしてそれをただダメだっていうのもまたちょっと違和感を感じ
るんですよね。ちょっとその辺のお話を今日はしてみたいなというふうに思います。
そもそも人と違うことをしたいとか目立ちたいって結構なエネルギーがある証拠ですよね。それって新しいことに挑戦する力とか創造性にもつながる可能性もあるんです。ただ一方で自分のやりたいことを押し通すだけでは
野球部の自主練習から考える教育
主体性とは言えないんですよね。
やはりルールが決まっているならばこれはわがままだなっていうふうに捉えられても仕方がないというふうにも思います。ただ何も気持ちを高揚させることもなく何も考えずに運動会にただ参加してるっていうのもこれも
また問題なんですよね。問題というか心配なんですよね。
従順であるってことと主体性が同じっていうことではないですからね。なんかその辺難しいバランスだなっていうふうにいつも思ってます。私は以前野球部の監督をしていましたので、いろんな野球の話を耳にしたり
もするんですけども、当時PL学園という高校がですね、非常に強いと。同じように千弁和歌山という高校も強いんですよね。
ただまあプロに入ってからっていうことを考えた時に圧倒的にPL学園の方がプロで活躍する選手が多いという話になった時にそれはなぜかっていうことなんですよね。それは定かではないですけども、PL学園の方が全体
練習が少なく個人練習が長い。
自主練習が非常に重きを置かれている練習ということで、考えてやる、もしくは考えてやらざるを得ないという環境が高校生のうちから身についていたというところがあるんじゃないかという話がありました。一方千弁和歌
山や他の多くの高校は1から10までしっかりとやらせ切るということで指導をしていると。
そうなるとやはり考える力、主体性というのが身につきにくいんじゃないかということが話題になったことがあります。ですから言われたことだけをやっていて自分の成長につながるかといったらなかなかつながりにくい
んじゃないかなということなんですよね。
ただPL学園も何から何まで自由で考えろということではないですよ。私も練習を見に行ったことがあるんですけども、ピッチャー頃でもファーストまでファーストベースのさらに5メーター向こうまで全力疾走したり
とか、もうこれ取れないなーっていうような打った瞬間わかるようなフライでも果敢に飛び込んでいったりとか。
こういうのはですね、チームとして徹底されてましたね。やるべきことをやる中で自分自身の主体性を伸ばしていくというのは非常に教育としてバランスを取るのが非常に難しいなというふうに思っているんですよね。
校則の意味と企業の基準
だから今何が大事かというところに振り返って考えてみると、やはり既存のルールがあると、当然それを守る、守らせるというのが生徒であり先生のやることなんですけども、そもそもそのルールが何のためにあるのか
というところをもう一度合意形成していく必要があるんじゃないかなというふうに思うんですよね。
例えば頭髪が長い。これはですね、安全というところにつながってくるでしょうね。ただ今、多様性を認める時代ですから、男子生徒でも女子生徒に長くしていたらどうでしょうか。男らしくしろということで指導できる
でしょうか。私はこの時代ちょっと難しいんじゃないかなというふうに思うんです。
現に女子生徒はもうスカート一択ではなしにスラックスもOKということになってますよね。だから女らしさ男らしさというのを押し付けるということはちょっと今の時代に合わないんじゃないかなというふうに思っている
んです。
じゃあどうだろうかと。男子生徒が長い髪で帽子の中に髪の毛を入れて安全を考慮した上で実習ができるとするならば、これは作業という意味ではOKでしょうね。ただ学校としてはどうでしょうかといったところです。
これは例えば企業と照らし合わせるとわかりやすいかなというふうに思います。
現状トヨタとかこの前ですね三菱住庫の人事の方とちょっと話したんですけれども、やはり企業ブランドを守るということは一つあるみたいですよね。ですから大手企業は1年間ぐらい教育を新入社員に行うんですけれ
ども、その時に企業ブランドを守りましょうということで、やはり対外的に違う会社の人と会ったりとかそういった時にも失礼がない違和感を感じさせないような討伐でいるということが
やはりブランドを守るために必要だということを言ってみましたね。そしてピアスに関してもこれは異物がもしかして製品に入るかもしれないという意味ではNGだということなんです。
ですからそうやって一つ一つの企業が今やっている方向性というのを工業交互にも取り入れていく必要があるんじゃないかなという取り入れるというのは意味をですねもう1回定義し直すということが大事かなというふうに
思います。
決して今あるルールというのはとんでもないルールではないんですよ。むしろ理解して自分を理してやれるようになったらこれはこれで力になると思うんですよね。
近隣の普通課ではもう茶髪もOKピアスもOKっていう学校あるんですけども、それはそれでスタイルとして良いでしょう。
なぜならば彼ら彼女らが3年後高校卒業して向かう道というのは大学ですからね。企業ではないということを前提にしてるんです。ただ工業交互は大多数が企業ですよね。
まあそういったことを前提にするとやはり普通課と一緒の土俵ではないだろうし、むしろ企業の考えるような方向性に沿うような形がいいんじゃないかなって思ってるんです。
そうした時に昔と同じルールだけども、その意味合いっていうのはやっぱり変わってきて当然だと思うんですよね。
そういったところを私たち教員も含めてやはりこう理解し直す。そして定義し直す。
まあそんなことがやっぱり求められるんじゃないかなと思うんですよね。
ルールだから守れと。当然です。当然ですけども頭ごなしに意味もわからずにやらされているっていう感覚だけでは、やっぱり心の成長っていうのが止まってしまうんじゃないかなというふうに思うんですよね。
ルールを考え、説明する力
だから思考停止であるルールを守るっていうところからもう一つ進んでルールの意味を考えたり、なぜこのルールが存在するのかということを自分で理解して、そして必要性を感じてそのルールを守るっていう。
それが自分でできるようになるっていうのは一番目指す姿ですよね。
そして考えてもどうしても今こっちの方がいいんじゃないかとか、こういうルールの方がよりいいんじゃないかと提案したりですね。
疑問視することはやはり大事なことだと思うんですよね。
これからAIがどんどんどんどんいろんなことを聞けば答えてくれますけども、やはりなんでっていうことを問われたときにしっかり自分の口で説明できる。
これがやっぱりAIにはできないような、これから求められる力なんじゃないかなっていうふうに思うんです。
ですから頭髪一つでも自分の願望というかですね、その時の衝動だけで動かずに一歩引いて考えて行動する。
そんなことができたら多分頭髪だけじゃなしに私生活も同じような習慣がついてくるんじゃないかなっていうふうに思います。
ぜひちょっと身の回りにあるいろんなルール、違う視点からもう一度考えてみると面白いかもしれませんよ。
今回は運動会の時の頭髪について少し考えを掘り下げてみました。
選択肢の多い時代と枠組み
一昔前よりも本当に選択肢が多くなってきている時代だなっていうふうに思うんですよね。
職業選択でもそうですよね。
昔々はペンキ屋だったらそのままついてペンキ屋になるとか、農業やってたら農業やるとか、そういったことで親の姿を見て決めるってことが多かったかもしれないですよね。
もしくはそうせざるを得ないっていう時代だったかもしれません。
だから選択肢ってほとんどなかったっていうふうに言っても過言じゃないと思うんです。
ただそれはですね、選択肢するということを考えなくてもいいっていうことで結構シンプルといえばシンプルだと思うんですよね。
今は自由で何でもいいよと、どんなこともできるよなんてことを言われるんですけども、なかなか生徒が選択肢が多すぎて選びきれるのかなっていうふうにも思うんです。
大変な時代だなと。
だからこそ今ルールっていう一つの枠組みを提示するっていうのも無意味じゃないんじゃないかなと、決して悪いことじゃないんじゃないかなというふうに思うんですよね。
何でもいいよからある程度はこう決めた方が選択しやすい、そういったこともありますよね。
ですから身の回りでも何でもいいなーって思うところ一つ規制をかけてみるとかわざと。
そういうことをやるとまた逆に行動がシンプルにスムーズにいくかもしれませんよね。
なんかそんなことを深掘りして気づきましたね。
皆さんどう感じられましたか?
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ではまた来週。さよなら。