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#22 『戦後東京オリンピックと野毛』酒飲みの聖地 "野毛" の歴史 - 第4回
2021-08-07 26:14

#22 『戦後東京オリンピックと野毛』酒飲みの聖地 "野毛" の歴史 - 第4回

「戦後の野毛は違法な酒や賭博にあふれてカオスな感じだったらしいよ」「東京五輪に向けて野毛も少しづつ整備が進んでったみたい」
野毛シリーズの第4回は、第二次世界大戦に敗れた日本において野毛の町が果たした役割と、東京オリンピックへ向けた復興ムードの中で野毛がどのような変貌を遂げたのかについて、たっぷりと語りました。

内容が濃すぎて普段より少し長めです笑

◆今回のお酒◆
プレモル香るエール サファイアホップ

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00:06
こんばんは、港町レイディオへようこそ。つるたです。むらたです。この番組は、荒沢になって生まれ故郷の横浜に帰ってきた二人が、アルコールを片手に、浜談義や趣味の話に花を咲かせるレイディオです。
じゃあ今回もまたちょっとお酒を足していきますかね。いきましょう。今日は、お手元には、プレミアムモルツのカールエールシリーズの限定醸造
サファイアホップの恵みです。サファイアホップ、エメラルドグリーンだね、感が。ね、夏っぽい感じだよね。ちょっとさ、サファイアホップって何かって簡単にググったんだけど、青臭さや、シトラスな、ちょっとこう、すっとする、草っぽい感じが感じられるホップです。
ホップはビールの原材料ですって書いてあるから、つまり、夏になんか適してるものを作りましたっていう感じだと思う。
えー、あえて青臭いとかっていうのを、押してるというか、そういうのがあるってことなんだよね。うん、多分ね。希少な雰囲気出してる。サファイアホップって。
夏に合うみたいな、でも確かにパッケージの色がね、完全に、これ夏に出るやつなの?
え、前もあったのかな?僕はでも飲むの初めて。あ、本当?なんかね、それでいくと実は、見事ある。これっぽいの見たような記憶はあるんだよね。ほんと?
ちょっともしかしたら別のなのかもしれないけど。じゃあ本日も乾杯!飲みやすい。ちょっともう一個手元に標準のをさ、置いてこうクイックイって。
やりたい。比べたい気持ちはあるけど、喉が覚えてる記憶でいくと、より爽快、軽い、
ような気はする。軽さと、あとは、ちょっとすっとする感じがある気がする。
ミントとかそういう何かってこと?そうそうそう。ちょっとスッとする気がするかも。
でもね、カオルエールさ、青いパッケージのやつだよね。それの特別版みたいな感じだよね。
ちょっとその時は噛んで飲んで、今回グラスに注いでるからそこの差もあるかもしれないけど、なんか口に入れた時にカオルエールってすごい
モワッとクリーミーというかなんか濃厚な感じがガツンときた記憶があるのね。
それでいくと、今回このサファイアホップのカオルエールはそれがないなっていう。
寒要因があるかもしれないね。多少。そうかそうか。なんか炭酸強めになるんだよね。やっぱり晩の時の方は。
注ぐとあれで炭酸が抜けるから、ちょっとこう、モワッ感というか。
確かにそれも強く感じてたのかもしれない。
あと口当たりかな。コップだと口が広いから。寒と比べると。
そこ奥深いね。いや本当に。基本僕は注いだ方がやっぱ美味しいかなって思うから。
03:04
よしじゃあ、今回も引き続きのげ4回。
第4回目だね。
ということで、前回は第二次世界大戦手前まで話したんで、今日はその後の戦後ののげ会話を話します。
第二次世界大戦1945年の5月29日に横浜大空襲がありました。
で、のげもほぼ壊滅して、桜木町駅とか、あとわずかな建物を残して、ほぼほぼがやけの原になります。
アレマと言いつつ歴史で並ぶ部分だね。
当時のやけの原写真とかもちょっと見たんだけど、本当に何にもない感じだった。
それで8月15日に終戦して、マッカーサーが日本にやってきて、ホテルニューグランドに到着します。
ニューグランド?
山下?
そう。
9月から横浜の管内とか伊勢崎町とか横浜公園とか山下公園とか、ほとんどの主要部が米軍に接種されるんだけど、
のげは間抜かれるのね。米軍が滞在するというか、駐屯するかっていうエリアにして、日本人の人たちとかは基本入れないっていうか。
なるほどね。
米軍の管理エリアになる感じかな。
そんな中でのげだけちょっと間抜かれる。
のげだけなの?
山下町も接種から間抜かれてたかな。接種マップみたいなのをちょっと見たんだけど、山下町とのげと伊勢崎町よりもっと内陸側のエリアとかは接種エリアではなかった。
ちなみにその接種は日本に返還されるのは1960年まで米軍の管理地域として。
はいはいはい。15年間ぐらいはずっとってことだね。
ちょっとずつ返還されて、最終的に全部返還されたのが1960年のことだ。
接種エリアじゃなかったのげは横浜再建の計画の中で、市民の日用品の需要に応えるための露天市というかマーケットとして使おうという風になって復興が始まっていきます。
そっか。取られてない土地で生活を成り立たせなくちゃいけないからってことなのか。
で、もうその年の11月頃にはのげ通りに露天がバッと並んで、日本人向けのマーケットというかエリアとして賑わい始めます。
もう商店街じゃないけど、露天が並ぶ。
どんどんどんどんそれが賑わっていって、そこでねだんだん鯨横丁とかカストリ横丁っていう風に呼ばれる、食べ物とかを販売するような露天市がどんどんどんどんでき始めて、
06:15
当時って今よりも鯨とかを食べる文化が日本はあったから、なんか僕らの親世代とかでさ、給食で鯨出るとか、
食べたことあるとか聞いたことあるね。
そうそうそうそう。
カストリ横丁のカストリっていうのは、戦後に出回った壮悪な密蔵焼酎の総称。
焼酎なんだ。
密蔵酒だね。
カストリって酒カス?
元にした作り物なんだけど、
カスを寄せ集めてやったのかな。
一応そのさつまいもとか麦とか原料らしいんだけど、
のげで出回ってたカストリと呼ばれるお酒たちはラベルもないし、出所も全く不明な、多分焼酎かなっていう酒で、
ひどいもんだとエタノールとか工業用のアルコールを水で薄めとかして、
売ったりとかしてて、それでも失明したりとか中毒事故とかがめちゃくちゃ多発してたらしい。
やば。
そう、というように闇市の街になってきます。のげは。
さっきの鯨横丁とカストリ横丁っていうのは、なんちゃらストリートみたいな場所に対しては相性がついたみたいな。
そうそうそうそう。
ハリポッターのなんとかダイヤゴン横丁みたいな。
いきなりそっち行ったね。
そういう感じ。
で、ちなみにその闇市とは何かっていうと、統制する体制下において物資が不足する中で、
統制を外れて非合法に設けられた独自の市場。
それは統制っていうのはアメリカの米軍か米軍の統制下でっていうような意味や?それとも
多分米軍としてもあると思うけど、日本として戦後の物資とか価格とか復興していく過程で支給とかしていくための統制の中で、
当時っていろんなものが規制対象とかだったみたいで、お米とか衣類とか、あとは禁止されたものと海外のタバコとかね。
多分お酒とかも規制がある程度あったと思うんだけど。
確かにだって密蔵って言ってたけど、アルコールを作っていい、お酒を作っていいみたいな権利とかが今だってあるんだよね。
決められた醸造所じゃないと作っちゃいけないとかあるんだよね。
多分それは結構昔からあると思うんだけど、戦後とかはそんな安易にお酒とかを購入できたりできる場所とか、あとはそもそも値段とかの面で難しかっただろうから、勝手に密蔵して作るみたいな。
それはちょっと非合法で。
許可なくお酒作ったりするみたいなね。
09:04
そういうのがすごくにぎわってて。
それなりに日本の統制もあったんだけど、でもやっぱりすごく物資不足で、だからもう住んでる人たちはそういう規制とかっていうのはあんまり気にしている余裕はなかったというか。
で、当時はのげにくれば何でも揃うって言われてたみたいで。
仕事を求めてくる人だとか物資を求めてくる人とかですごいにぎわってたらしい。
買い物するならみたいな感じ。
仕事もだから本当に何でもなんだね。
仕事は近くの乗船所とか港に来る船の積み下ろしする人とか、そういうところ仕事をどんどん求めて人が来たりとかしてたと。
きっと米軍が近くにいて、そこで働く人たちみたいな雇用もあったのかもしれないし、そういう雇用もあったよね。
そうだね。
どんどんどんどんのげは無秩序に露店が増えていって、だいたい主に食べ物が売られてたみたい。
あとは違法賭博とか。
お、賭け。
賭けのね、とかがあったりとかして。
やっぱりその他のエリアが伊勢崎とか環内とか、栄えた場所ってもう接収されちゃってるから。
あとは元町だとちょっと遠すぎるし、山下町は外国人の人が結構多く住んでたから。
野芸以外に良い場所が日本人にとってなかったって言われてるくらいで。
だからそこに一気に日本人が集中してた。
全部あるもんね、聞いてる感じ。
そうそう、本当に。
買い物からね、密造したお酒から、賭博でしょ?
全部あるやん。
ただ人がやばい多いから、匂いとかすごかったみたいで。
なんだろう、一種のスラム街じゃないけど。
本当に本当に。
反スラム化してたぐらい。
でもすごいにぎわいあるみたいな場所で。
不老者とかもすごく多くて。
1200人ぐらいの野芸のエリアに不老者がいたらしい。
それが多いか少ないかよくわかんないけど、多分すごい多いんだと思う。
それはホームレスみたいな感じで?
そう、ホームレスみたいな感じ。
その辺で寝てる人とか。
当時の様子が書いてあると、玄関とか窓の下で勝手に焚き火とかしたりとか。
他人の家のってこと?
多分。
用便、トイレもそれに垂れ流しとか。
でも掃除が全然追いつかなくて。
病気とかもすごい流行ってて。
毎日人が病気で倒れていくっていうのが、戦後の1948年ぐらいの様子みたいな。
12:02
48年?3年後ぐらい?
3年後ぐらいはそんな感じでどんどん闇日としてにぎわっていった。
たくさんの求職者がバッと来てて。
ことぶき町にハローワークというか職業安定所が移転するまで桜木町にあったから、
そこにやっぱり人がすごい来てて。
仕事がありつけた人は出稼ぎに行くし、見つかれなければのげでダラダラするみたいな感じで。
毎日1500人ぐらいの人が日々求職に来てて。
そういう感じで闇日として発展していく中で、
どんどんいろんな娯楽施設とかも作られて。
娯楽施設?
うん。劇場とか。
劇場?
歌歌ったりさ。
日本のスターの美空ひばりさんとかも、
その中の横浜国際劇場っていうところでデビューしたりとかしてて。
のげのところで歌ったりしたんだよ。
そうなんだ。
あとは映画館とか。
当時だと珍しい海外映画とか専用の映画館とか、
ほうが専用の映画館とか、
本当にそういう娯楽施設がたくさんできて。
他には競馬場の馬券の販売所。
今これはあるけど。
あとはストリップ劇場とか。
今もあるよね。これは。
そうね。
高音座っていうポルノ映画を上映してる映画館。
実は今もあって。
確かにそういうのがありそうなイメージとか、
見たことはチラッとありそうな気がするけど。
あるある。
僕が何年も前に桜井町あたりに引っ越したいと思って、
結婚した直後に家を探していて、
その辺の不動産で紹介してもらった家が、
家は良かったんだけど、
目の前がポルノ映画館だったんだよ。
え?
目の前、すごいポルノの映画大大的に専念してるなと思って。
ここに友達とか親を呼びづらいなと思って。
そこは断念したんだけど。
それ、不動産会社の人もどんな気持ちで紹介しちゃうよね。
本当だよね。
だってさ、結婚して家を探してますっていう人に、
ポルノ劇場、ポルノ映画劇場のさ、
目の前の家をさ、これオススメですみたいなやるでしょ?
確かに家は良かった。
家は良かったね。
収納もあって。
結構ちくわされる。
収納環境って大事だね。
大事大事。
さすがにちょっと厳しいかなと思ったな。
ちょっとどころじゃないよ。
あんまり僕も気にしないタイプなんだけど。
思いつく中では結構筆頭クラスの。
ね。
そう。
話を当時に戻すと。
で、娯楽施設として発展していくっていうような反面、
結構闇の部分もあって、
15:01
日の出町とか小金町の部分とかは、
麻薬とか、売春のエリアとか、
消負とかの結構危ない地域になってったりとか。
あとは大岡川。
大岡川。
陰の流れてるところ。
陰が向けて流れてるやつね。
の上にはたくさん水上で生活する人がいて。
え?
なんかさ、東南アジアとかのさ、
川の上に家建てて住んでる人とかいるじゃん。
いるでしょ。
あれ?川の上、なんかちょっと高床式じゃないけど、
なんか太い棒でちょっと川の上が、
家の底になるようにみたいな?
それとももう、
いかだちっくな感じで浮かべちゃうみたいな?
あの船とかを、
代わりに自宅にしちゃって、
川の上で住んでる人とかって、
昔はすごいたくさんいたみたい。
ほうほうほう。
僕らの親世代とかだと、
多分見たことあったりするはず。
うそ?波に揺られるんでしょ?
まあね。
ある程度は。
雨の日とかは増水するから、
水位も上がるんじゃない?
そうなんだ。
それぐらい他に住む場所がないから、
危険も承知で、
そういうとこに住んでるって感じなんじゃないかな。
確かにな。家に関してだとさ、
若干さっきから気になってたのが、
のげにぎゅって凝縮されてるじゃん。
他の土地は征集されてるからさ、
活動するためにいろんな商店とかができるのが分かるんだけど、
この人たちどこに住んでるんだろうっていう。
ちょっと疑問だけど、
全然土地やっぱり足りなくて、
水晶とかに出てくっていう、そんな形になってたんだね。
多分そうだと思う。
なんか、とりあえず横浜に来れば、
なんとかなるみたいな思いで、
たくさんの人が横浜に来るんだけど、
仕事もやっぱなくて、
なんともならなくて、
その辺でホームレスになるとか、
水上で生活始めるみたいな感じで増えてったんじゃないかな。
なるほどね。なんかその闇な部分が。
闇な部分が。
どんどん蓄積されていくのね。
麻薬の方に行ったりとか、安全地区の方に行ったりだとか、
っていう風にやって。
ただ一方で明るい面としては、
のげのね、商店街の組合とかも盛り上げていこうっていうのがあって、
おーいいね。
のげ祭りとかって、
街のお祭りとか、
ドラジュマンコンクールとか、
花火とかね。
あとはなんか大きな銭湯とかが当時はあったらしい。
銭湯きれいだったのかね。
いや、きれいじゃないじゃん。
ちょっと心配。
結構やばいんじゃないかな。
やばいよね、なんか。
たぶんね。
で、まあそういう結構混沌とした闇市だったんだけれども、
だんだん復興ムードが盛り上がっていく中で、
のげ山とかの方で、
万博じゃないけど、
国際チックな、精神的な博覧会とか、
そういうイベントをやって、
復興ムード、平和ムードとかっていう中で、
のげもどんどん変えていかなきゃっていう風になっていって、
例えばさっき言った鯨横丁とか、
18:01
パストリ横丁とかっていうのはもう取り壊したりとか、
職業安定所が桜木町から移転させたりとか、
あとはたくさんその、鯨横丁とかあって旅店がたくさんあった、
当時桜川って今もう埋め立てて道路になってるんだけど、
まあそういう埋め立てし道路にしたりとか、
時にその大河川に住んでる水上の上の人とか、
露天とかを強制移転とかさせたりとかして、
ちなみに南区の方とかに強制移転させられてるらしい。
南区にある?
南区にあるらしい、そう。
万能橋とか?
はいはい。
あっちの方かな。
で、あとはだんだんだんだん整備していきます。
へー。
で、まあとはいえ露天はまだすごいたくさん残ってて、
ちょっと年代が飛ぶけど1964年の東京オリンピック。
おお。
東京オリンピック64年のね。
を契機として、
のげの路上で営業していた露天とかっていうのは、
一気に収容するために、
今も残ってるのげ都橋商店街ビルっていう、
あのさ川沿いにある狭い、
ちっちゃいお店がたくさんバーって並んでるビルはわかるかな。
なんか2階3階建てぐらいで。
そうそうそう。
えっとね2階建てぐらいで、
バーって一個一個。
ちっちゃいね、バーとかスナックとかが。
もう本当に5、6人ぐらいしか入れないような、
お店がバーって並んでる、
あのビルができて、
そこに路上で営業していた露天の人たちは、
こっちここにこう入ってくださいと。
入ってもらって、
あの露天を一切なくして、
うん。
あの、なんだろうね。
ちょっと見てくれを良くするじゃないけど。
綺麗な橋と言うとちょっと語弊があるかもしれないけど、
まあ整備をしていくと。
復興していますよみたいな。
確かにだって45年から64年だから、
19年ぐらいの話だよね。
だからさっきの復興ムードが高まってきてとかっていうのも、
48年ぐらいに露天とか、
なんか闇な時期が始まったとして、
まあ50年、1950年、
どうなんだろうね。
中盤とかから、
オリンピックにかけて、
徐々にみたいな。
だんだんだんだんだん。
だんだんだんだんね。
露天が減ってったりとか。
して、
そうそうそう。
整備されていくんだよね。
うーん。
そういう露天の移転させるとかっていう取り組みの中で、
例えば、
桜木町ゴールドセンターっていう。
ゴールドセンター。
今のね、
美容シティあるじゃん。
桜木町の。
あるね。
あれの昔の名前がゴールドセンターって名前だったらしいんだけど、
そこも68円ぐらいにできたりとかして、
まあそういうちょっと大きめな商業施設とか、
ってものとかができてて、
その辺で営業していた人たちは、
この中入ってくださいと。
うーん。
美容シティになったのはちなみに、
82年に名前が変わって。
あ、まただいぶ時が経って。
で、そうそう。
結構もう最近だ。
21:00
82年。
まあという感じで、
混沌としてたのげというか、
戦後、
日本の人たちの支えのマーケットになって、
闇市としてめちゃくちゃ盛り上がってて、
だんだんだんだん整備されていったっていうのが、
昭和ののげというか。
えー。
まあ確かにのげしかまあなかったというか、
ある意味。
ていうので、
みんなのなんかこう思惑とか全部こう凝縮されて、
カオスな街になったんだろうね、
一旦ね、まず。
スーパーカオスだったっぽいね。
行ってみたいかどうかなとかって思う。
その時代の?
思ってたんです。
その時代ののげに?
ちょっとカオスすぎて、
ついていけるかと思ったんだけど。
いや多分置いてかれちゃうと思うよな。
完全に置いてかれる。
全ての機能を携えてそうでしょ。
なんか。
いやーちょっと今だって聞いて想像してでも、
なかなかカオスなっていう。
処理しきれないよね。
いや本当に本当に。
なんかさ、
発展途上国とかの、
聞くようなこうスラム街というか、
市場みたいなのに、
結構近い状態だったのかなと思って。
当時ののげも。
まあだから、
そういう時代が、
もちろんあったのはあったんだけど、
日本にもやっぱ、
存在したんだなっていうのは、
なんだろう、
考え深いというか。
そうね。
でそっからのさ、
復興ムード。
まあ一旦さ、
戦後って言ってさ、
年とか持ってかれて、
どうにかいけなきゃって言って、
カオスになってから、
そっから64年に、
東京オリンピックあったんだねっていうのを考えると、
なんで64年に東京オリンピックあったんだっけ?
なんかそこちょっと記憶なくなっちゃったんだけどさ。
あー。
戦後の、
復興、
日本が復興しましたっていう、
象徴の一つとしてやってたんじゃない?
確か。
あ、そっかそっかそっか。
復興アピールというか。
うん。
だからそこの期間で一気にまたその、
一旦カオスに前振りした、
のげが、
まあちょっとずつその、
カオスじゃないってわけではないと思うけども、
今でも多分余韻残ってると思うし、
だけどなんかちょっとその、
ま、整える?
復興するっていうのに向けて、
ちょっとだけまた街の様子が、
変わったのが、
ま、オリンピックっていうのはある意味その復興?
うーん。
に向けてっていうところなんだろうけども。
そうだね。
うん。
ま、いつまでもなんだろう、
こう、
違法な、
うん。
物とか、
密通しとか、
うん。
飲めるようなエリアでいちゃいけないっていうね、
やっぱ思いが。
ま、そりゃそうだよね。
だって今、
今でこそあれだけどさ、
のげ行ってお酒飲んで、
なんかエタノールのなんか粗悪な酒出てきて死んじゃったとかさ、
いや、やべーよ。
今じゃ考えられない。
今のやばいじゃん。
うん。
でもなんかそういう時代が一時期あったっていうことなんだよね。
そこでじゃあ急速に、
なんだろう、
今ののげの原型じゃないけど、
そうだね。
うん。
闇市になって、
うん。
でもその名残は多分ちょっと残ってるんだろうね。
そうだよね、
なんかま、
近くに港未来があるから比較するけどさ、
うん。
こう、
お世辞にもま、
24:00
綺麗に整った街っていうような印象の街っていうよりも、
ゴミゴミしつつも、
うん。
なんかその、
隠れ家というか穴場的なお店とはいろいろ並んでいる、
そうだね。
っていうそういうテイストの、
うん。
ま、ま、
北ナシュランとかっていうのはちょっと単語として適切か分かんないけどさ、
うん。
でもなんか方向性的には、
うん。
めっちゃ綺麗系っていうよりは多分そっち側を、
うん。
行ってる街だと思うから、
うんうんうん。
いや、戦後たっぷりだったね。
いや本当に、
うん。
だいぶ、
これまでで最長ぐらいになっちゃったけど、
うん。
今回これぐらいで、
えっと、
あんまり話してなかった、
うん。
昭和の後期、
うん。
70年代、80年代とか、
うん。
あとは平成とか、
うん。
のを、
次回に話して、
うん。
次回くらいでちょっと締めたいなと思います。
確かに。
今回は周りにちょっと一旦東京オリンピックまでっていう、
まで。
くらいまで。
じゃあまた、
次回。
うん。
次回が第5回。
第5回だね。
いや、のげー。
あるね、ネタね。
うん。
なんかこんなにあるのに、
今までヒットしてこなかったのが、
そうだね。
なんかちょっと見方とか、
調べる観点とかが、
うんうんうん。
まあでも今の話聞いてると若干、
のげーは特殊?
結構やっぱ、
うん。
カオスな、
特殊な場所があったみたい。
いやでも面白いね。
うん。
ちょっと次回、
群田くんに、
うん。
のげーの、
うん。
話さん。
何?
まあ未知識というかさ、
うん。
第1回話した、
あ、
なんか、
あのー、
なんだっけ?
スカッと終わる、
うんちく。
あ、うんちくうんちくそう。
うんうん。
ちょっと、
これまでのところから、
うん。
いくつか、
出してもらおうかなと。
あははは。
思ってる。
だいぶ最後の、
僕も考える。
最後のね、
うん。
学んだこと?
めちゃくちゃいい、
めちゃくちゃいいうんちくを、
うん。
最後まとめようか。
そうだね。
うん。
一気にうさんくさくなってきたね。
いやいやいや。
ネタいっぱいあるから。
確かに。
そうだよね。
だいぶカオスになってきてるから。
じゃあちょっと次回も、
はい。
また楽しみにということで、
はい。
おしまいにしましょうか。
はい。
ではまた次の、
港町レイドでお会いしましょう。
さよならー。
26:14

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