言い方の影響
やっほー!ボイストレーナーみかです。今日は裏配信。 普段は声に役立つ情報とかを届けていますが、今日はまだ生にえな感じなので、この生にえの状態のままお話ししようと思います。
言い方、言い方めちゃ大事なのに、なんでそこを雑にしちゃうかなーっていうのをずっと思ってて、
それについてをちょっと生にえなまま話ししていこうと思います。 最初にお知らせです。今月末、私がやっている声を武器にするサロンの追加メンバー募集が始まります。
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本題というか生にえの状態なんですけど、 ついやっちゃうけど、その落とし穴だいぶ深いよっていうふうに思っていて、
自分としてはこれが良かれと思ってやっているのかもしれないが、それは相手が欲しいものじゃないみたいなことってあるじゃないですか。
それもさらに言い方次第で、さらにこう奈落の底に突き落とされているか、そういうのあるなと。
具体的にどういうことかというと、何で何々しちゃうの?みたいなワードってあるじゃないですか。
何でまたそれやっちゃったの?とか、子育てとかもそうだし、会社のミスしちゃった時とかに出てくるワードかもしれないんですが、
あれって、なぜそうなってしまったのかっていう理由が知りたいっていうのも、わからんではない。
理由がわかれば解決できるというか、解決の糸口が見つかるじゃないですか。
だから、わからんではない。わからんではないが、何で何とかなの?っていう表現って、
なんかそんなこともできへんの?って言われてる気がしません?すごい否定された気持ちになる。
なおかつ、言い方。言い方がさ、何で何とかしちゃったの?とかじゃなくて、
何でこんなんすんね?何でこんなんな?みたいな、この言い方。
何でこうなんて、ちょっとこの怒った感じで、関西弁っていうのもあるかもしれないけど、何でこれこれなの?って言われると、
その、突き落とされ感っていうか、理由を答えようという気持ちにまずならない。
まずは、否定されたんだ。って落ち込む。落ち込むと、何でだっけ?っていう理由を考えれない。
まず考えれない。考えれたとしても、あかんかったんやっていう、自分の否定から物事を考え始めるから、
なんかね、建設的じゃないっていうか。
しかも、ちょっとこう、頑張ろうって思ってる。やりたい気持ちみたいな、前向きな気持ちがちょっとあったかもしれないのに、
何でこんなんすんね?とか言われたら、もうめっちゃ絞む。なんやったら消える。
この気持ちをもう一回膨らませるのって、難しいよね。
ちょっと難しいとかじゃない。かなり難しい。無理かもね。
でも、ちょっといつものワードで言っちゃう。
なんでなんとかしちゃうの?とか、なんでこんなんなるの?っていう、ポロッと言っちゃうワード。
ワードだけじゃない。言い方が大事だと思うけど、言い方ね。
そんな言い方せんでいいやん。みたいな。
これ、多分本当についやっちゃうんだと思うんだけど、めっちゃ奈落の底に突き落とされるし、
何くそ頑張って這い上がってやるぜっていう気持ちに、慣れるときはいいよ。
それぐらい心が元気だったりしたらいいけど、慣れないタイミングでそれやられると、もうちょっと横道探しますみたいな。
もうちょっとここの穴から出たくないです。出たらだってまた、あの怖い声出されるんでしょう。
怖い怖い逃げますみたいなことになるよなーって。
そんなこともね、ちょっと思っているんですよね。まだちょっと生に柄な感じで、
じゃあ言い方ってどの言い方が良くないのかな?とか、その言い方をしないためにはどうすると根本的に良くなっていくのかな?とか、
受け取り手の視点
ちょっとその辺まで考えれてないんですけど、こういうのってあるよねっていう。
私ももちろんね、気をつけないといけないなと思うし、そういうワードを言われた時に落ち込まないように、
ちょっと自分をコントロールしなくちゃっていうのもあります。
言い方が惜しいんだなって思って、何とかちょっと飼いくぐるというか、
この人の言い方でちょっと傷つくけど、なんでって聞いてるからきっと理由が聞きたいのかな?みたいな感情と言っている言語、ワードを切り離して考えれるようにならないと奈落の底に突き落とされるなと。
これと似たような感じで、こっちとしては良かれと思って渡しているものが相手にとってはいらないものだったりするっていうのもちょっとあって、
これはつながることなのか、また別のテーマなのかもちょっとわからないですけど、
例えば、青汁って健康にいいから、これ青汁飲むといいよって言ってもらったとする。
でも私は青汁がそんなに好きじゃないっていうパターンだったら、飲もうと思わないし、飲まないと思うんですよね。
一袋ぐらいは飲むかもしれないけど、それって渡した側はこれ続けて飲むことで良くなるよみたいな風に渡すけど、
もらった側はちょっとあんまりいただけなくてってなって飲まないから変わらないみたいなことあるじゃないですか。
これね、声の仕事してても思うんですよ。青汁で例えたけど、これやったらうまくいくわと思ってポンって渡すけど、
その渡したものが受け取った人にとって受け取りにくいものだったら、青汁みたいに苦々しいものだったりしたら、
いいのはわかっていても続けられませんとかあると思うんですよね。
その場合、青汁と一緒に飲むと美味しくなるような、ヨーグルトとか、豆乳とか、わかんないですけど、
ちょっとこれは苦いんだけどセットで飲むと飲みやすいから、やってみようっていう風に渡すとかね。
相手に渡したらきっといいものだって言って渡しちゃうけど、それが相手にとって受け取れるものじゃないことってあるよねっていう、
これもさっきのなんでなんとかなのって言っちゃうやつ。原因がわかればきっとなんとかなるさ。
さあ原因を教えてくれって聞くんじゃなくて、例えば共感から入ってみるとかね。
継承するみたいな、そういうのにつなげていけるといいのかなという、この辺をちょっと生に言えなんですけど考えていたという感じです。
やっぱね、声のパワーがすごくって、自分が言われて落ち込んだり、自分が言われたわけじゃないんだけど、なんかその感じを聞いてしまって、浴びてしまってしんどくなるみたいなことがちょっと最近あったので、
この辺もちょっと深掘っていこうかななんて思っております。
ちょっと今日は重たい内容になってしまったけど、最近の生に言えの話でございました。
ついやってしまう落とし穴。奈落の底に音してないですか?みたいなのをもうちょっと深振りしていこうと思います。
では今日もあなたの声のアウトプット応援してまいります。ボイストレーナー美香でした。またね。バイバイ。