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オンラインで情報発信やコンテンツ販売をしていると、どうしても突きまとうのがパクリパクられ問題みたいなものがあると思います。
これはもう我々の宿命なので、もうどうすることもできないというかね。
それを完全に抑止するのは難しいですよね。全人類のパソコンを逐一チェックするみたいなことはできないので。
なので、ある程度もう許容するしかないというのが一つあると思います。
これはもちろん、我々みたいにデジタルコンテンツを扱っている人間じゃなかったとしても、
例えば書籍とかもですね、一部学んだことをそのまま発信するような人が出てきたりとかっていうのは当然あるので、
その辺は法律で定められていて、当作だ当作じゃないみたいなところがあったりしますけど、
基本的には誰かの教えを学んで、それをまた自分で解釈してまた次の人に伝えていくみたいな。
だから、同じテーマについて複数の本を読んだら、同じようなことを言っている著者が多いというのは、
表の情報源が一緒だからというところがあると思うんですよ。
このパクリ問題というのは以前ね、かなり前ですけど、僕も話したことがあります。
基本的には自分の発信が良いからこそパクられるわけですね。
良いと思わないものはパクりなくもないと思うんですよ、パクる側に関しても。
だからある意味、認めてもらっているっていう考え方もできるわけですね。
自分の発信は良かったんだというふうに思ってもらっているっていうことです。
本当に良くなかったら、それこそパクろうとは思わないわけだから、
そこはちょっと前向きにじゃないけど、自信を持った方がいいと思います。
そのパクりに関してもですね、愛のあるパクりというか、
そこに敬意とか尊敬があるのかないのかというところは僕はすごく重要だと思っていて、
例えば自分のクライアントの人がですね、自分が発信した内容とほぼ同じみたいな発信をしていても、
僕はもう何とも思わないというか、むしろありがたいみたいな、
考え広めてくれてありがとうみたいなふうに思いますけど、そこに敬意がない。
もうわからさまにパクって自分のものにしてみたいな人っていうのはちょっとどうなのかなという、
理論的にどうなのかなというのが思いますよね。
あとはやっぱりそういうコンテンツ販売とかの業界にいるとですね、
そうやってそもそも他人のネタばっかりパクってる人っていうのは、
自分で教えるものがないから、そうやって他人のネタをパクってるわけですね。
それでずっと通用しますかというと、まあ難しいと思うんですよ。
常にパクり続けるみたいなこと、他人の二番煎じをひたすらやり続けるみたいなことしかできないわけだから。
やっぱり自分の中から生み出すものがあるからこそ、発信する意義があったりとか、
この人から買うっていう選ばれる理由ができたりとかっていうのはあるんで、
常にパクり続けている人っていうのは自分の真みたいなものは何もないわけですね。
だからまあ短期的に結果が出ても、長期的に生き残り続けるのは難しいと思うんで。
おそらく実践が伴わずに、ただ他人の言ってることを話すだけだから、
そこに気持ちも乗らないし、自分の考えとかではないから、
うまく説明できなかったりとかね、ありますよね。
だからまあうまくいかないと思うんで、あんまり気にしないってことですね。
そこを気にしすぎてエネルギーを奪われて、自分のパフォーマンスが落ちてしまうぐらいだったら、
もう気にしないっていうのは一番いいと思います。
だし、考え方ですけど、さっきね、ちらっと言ったんですけど、
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自分のパクって、誰か別の人が発信するってなると、
ある意味自分の考えを広めてくれてるわけですよ。
僕たちがこうやって発信活動をするっていうのは、自分の考えを聞いてほしいから、
発信活動をしてるわけですね。
ただ悲しいかな、我々には影響力とか認知度が低いので、
なかなかたくさんの人に情報が届かないわけです。
だけどそういうふうにね、2人3人4人と自分と同じようなことを言ってくれる人が増えるんであれば、
そういう自分の伝えたいメッセージをたくさんの人に届けることはできるわけですね。
だからビジネスの本質とか、我々がそもそもなんでこういう活動をしてるのかっていうと、
もちろん自分の収入を増やすためとかね、お金のためっていうのはもちろんありますけど、
相手に対して言うならば、やっぱり誰かの人生を良くするために活動している、
誰かの役に立つためにこうやって情報発信をしてるわけですよ。
だから極論言えば、相手がそれで満足してくれて何か問題が解決したんであれば、
お金がそこに発生しなくてもある意味、我々が活動した意義っていうのはあるわけですよ。
もちろんお金は欲しいですよ。だけど全ての人がお金払ってくれるわけじゃないし、
でもそこで一つね、誰かの人生を変えることができたんであれば、
それは十分意義のあることだと思うんですね。
だけどやっぱり自分一人の発信だけだとなかなかそこまで情報が届かない。
特に駆け出しの頃っていうのはね、全然もう見ても聞いてももらえないんで、
再生回数もね、ほんと1とか0とか、そんな状態でたくさんの人にね、
自分の情報を届けるってのは難しいわけだから、ある意味そういうふうに、
自分の分身みたいな人がたくさん出てくれたほうが、よりたくさんの人を救うことはできますよね。
だからそう考えると、パクリをするような人たちも、
ある意味自分の分身じゃないけど、自分の考えをまた好きな人に伝えてくれてるみたいな、
ふうに捉えることもできると思うんですよ。
だからやっぱり考え方の問題だと思うんですね。
そこっていうのは避けて通れない。
この避けて通れない問題っていっぱいありますよ。
このパクリ問題もそうだし、あとは誹謗中傷問題ですね。
そういういわゆる情報発信してると心ないコメントを書いてくるような人だったりとかね、
これももう避けて通れないんです。
だからもう宿命だと思って受け入れるしかない。
あとは自分の心を磨くということね。
このパクリ問題してもそうだし、誹謗中傷問題してもそうですけど、
避けることができないんだったら自分の心を磨いて、
その在り方を整えていくということが大事になるわけですよ。
絶対に誰かはね、そういう心ないコメントをしてきたりするし、
自分がどんなに抑止をしようとしてもパクる人間はパクるし、
それを全部ね、一個人の力で食い止めるっていうのは無理なんで、
であればそれをどう捉えるのかということですね。
ムカつく、こいつムカつくってずっとね、それで負のエネルギーに支配されるのか、
常に四六時中そういったことを考えて自分の人生の貴重な時間を無駄にするのか、
まあ考えを広めてくれてるし別にいいかなみたいな。
そこに敬意はないけども、でも決して倫理的に許されることではないし、
別にコツとしてはね、あんまりこう、気持ちとしてはあんまり良くないけども、
でも自分の考えを広めてくれてるんだっていう風に考えると、
まだ感謝すべき存在なのかなみたいな。
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でその感謝すべき存在っていうことに気づかせてくれた、
この体験に感謝みたいな風に思うと、
逆にそのパクったね人間がすごくありがたい存在に思えてきたりとか、
っていうこともあると思うんですよ。
だからそういう風に心の在り方を鍛えるための訓練なんだっていう風に捉えることも大事ですよね。
だからそういう人間って今後も当然出てくるわけですよ。
自分の知名度が上がれば上がるほどたくさんの人が自分の情報を見るわけだから、
パクる人間も当然巡り会う確率も高くなるわけですよ。
それをその都度その都度ね、いちいち目くじら立てていたらもうキリがないし、
それはもちろん我々だけじゃなくて、
すべての人が同じ条件下でやってるわけですね。
だから他にもそうやってパクられてる人は当然いるだろうしね。
だからそこはもうある意味自分でね、受け入れるしかないというか、
それが嫌なんだったらネットで活動するのをやめることですね。
絶対にパクられない状況でやるっていうことですね。
やっぱり基本的には2番戦士の人間が本気を超えることはまずないし、
自分がちゃんとやっていれば仮にパクられてもそんなに不安を感じることはないと思うんですよ。
なんで怒りとか不安を感じるかというと、
それで負けるんじゃないかみたいな恐怖があるからだと思うんですね。
だから、だったら自分はもっと努力して、
相手がパクりようがないぐらいレベルの高い発信をしようとかね、
すごい濃いコンテンツを作ってみようとかね、
相手が作りたくて真似したくても真似できないようなコンテンツを作ってやろうとかっていうふうになると、
そういうものもある程度抑止はできたりとかということにもつながるしね。
結局そこの発信の内容っていうのも、もちろん何を言うかでも大事ではあるんですけど、
誰が言ってるのかとかね、どういう形で伝えてるのかってとこも大事だから、
やっぱり他人の話の内容をパクっている人間っていうのは、
別に自分が本当にそう思って発信してるんじゃなくて、
あくまでも他人の言葉を借りてるのに過ぎないんで、
そういう発信っていうのはあんまり刺さらないんですから、
聞いてる側もそういうところは伝わったりとかするんで、
だから自分が伝えるからこそ意味があるみたいなところがあるわけですよ。
そういう問題に関してあんまり深く気にしないとかね、
僕も何度もありますし、それこそブログの記事を丸々コピーされたこともありますけど、
そういう人間はそういう人間なんでね。
そういう人間でうまくいくかって、うまくいくわけないんですよね。
当然Googleもそんなのもお見通しだから、コピーコンテンツはペナルティ食らうんだよな、
そんなことする人間が出てくるとは容易に想像できるじゃないですか。
AIにしてもそうですよ。
AIが出てきたら当然AIで質の低いコンテンツを量産する人間が出てくるっていうのは、
当然プラットフォームはわかってるわけですよ。
じゃあどういう動きをするかっていうと、
そういうものに対して何かしらのペナルティを与えるっていう動きをするっていうのは
容易に想像できるわけですね。
だったらAI使わないほうがいいなっていうのも想像がつくわけですよ。
だからその辺はある程度そういうプラットフォームとかってところも
そういうふうに我々を守るようなことをしてくれたりとかするわけだから、
あんまり深く考えずにやっていく。
そこはもう宿命なんだっていうふうに受け入れて、
自分の心を磨く。
いい経験だなっていうふうに前向きに捉えると、
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ちょっと物事の見え方も変わってくるんじゃないかと。
やっぱりその誹謗中傷に傷ついたりとかね、
それでもう嫌になって辞めてしまうとかっていう人も多いですけど、
そこで辞めてしまうんであれば、
多分今後も続けていくのは難しいと思う。
この10年20年と続けていれば、
そんな今後も常に巡り合う問題であると思うので、
そこでとにかく心を腐らせずに、
心を磨いていくっていうことが大事かなと思うので、
そこはもう受け入れざるを得ないっていうのは一つありますし、
その受け入れざるを得ないっていうのは、
全ての人に同じく課せられた条件というかになるので、
あんまり深く考えないのが一番かなと思います。
ご清聴ありがとうございました。