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毎週月曜日のこの時間は、松尾潔のBrush Up、音楽プロデューサー・松尾潔さんです。
さあ、松尾さん、今日のBrush Up、どんなテーマでしょうか。
はい、あの、今日いろんなところでも応じられているので、ご存知の方も多いかもしれませんが、
えー、日本人の皆さん、日本の皆さんでもファンの方たくさんいらっしゃいます。
ウォルト・ディズニー、ディズニーの。
はい、今日が創業から100年。
うん、そうなんです。
はい、ウォルト・ディズニー・カンパニーがね、今日、まさに今日16日、創業100年で。
あの、誤解のないようにまず、あの、申し上げますけども、
あの、ウォルト・ディズニーさんは、えー、生まれたの1901年ですし、
えー、亡くなったのは1966年ですから、
えー、今日はあくまでも、ウォルト・ディズニー・カンパニーというね、その、
まあ、いわゆる、我々がディズニーと言っているものですよね。
会社の創立100周年。
生誕ではないってことですね。
はい。
えー、なんですが、今日はそのディズニーのことをお話しして、
えー、キャッチアップではその、まあ、ディズニーが生み出した名曲なんかも、
あー、なるほど。
申し上げたいなと思っているんですが、
はい。
えー、まずこの、ウォルト・ディズニーなんですが、
はい。
あのー、お二人は、このウォルト・ディズニーという、この人の顔っていうのは認識してます?
写真では、見たことがありますね。
えーっとー、76年、5年生まれでしたっけ?
私はそうですね、76年の3月ですね。
76年生まれか。
3年生まれなんで、はい。
えー、橋本さんはまあ、21世紀生まれですよね?
あ、ギリギリ2000年生まれなので、
あ、2000年生まれ。
20世紀最後の世代ですよ。
最後です。
7月です。
あ、7月。
橋本さんはウォルト・ディズニーの顔はご存知ですか?
多分見たことはあるんですけれど、今あの言われてパッと思い出せるかと言われたらちょっと思い出せないです。
なるほどね、なるほど。
僕の持論ですけど、ウォルト・ディズニーとケンタッキーフライドチキンのカーネル・サンダース、
この人たちは、我々が日常的に接しているものを作り出した人で、
名前はよく知っているが、動いているところはあまり見たことがないという。
そうですね。
アメリカの有名なお二人じゃないかと思うんですが、
このウォルト・ディズニーさん、さっきもちらっとお話ししましたが、1901年生まれですから、
彼の人生はほぼ20世紀の始まりとともにあったということになるんですが、
亡くなったのが1966年です。
僕はほぼ1年後、68年の1月に生まれていますが、
子供の頃見たディズニー映画では、よくディズニーさんが自ら出てきて、
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ニューアナ映画でいろんな話をするシーンが入ってたりとかっていうのを記憶してますが、
考えてみると、亡くなってからの方が、ディズニー・カンパニーというと長くなってるんですよね。
そうですね。
で、よくもそんなに長く続いたなという話になるんですが、
ウォルト・ディズニーが66年に亡くなった後に、
このディズニーを引っ張ったのは、このディズニーの実のお兄さんであります、ロイ・オ・ディズニーという人なんですね。
創業者でクリエイターの弟の年長の兄弟がその会社を引っ張ったという、
日本でも聞いたことあるようなエンターテイメントの話なんですが、
あとは家族ですとか、子供の配偶者とか、そんな人たちがどんどん大きくして、
今の我々が認識しているようなディズニーの大企業のイメージというのは、
1980年代以降に確立されていったというふうに認識していいかと思うんですけども、
今、我々ディズニー・ディズニーと言ってますけども、
この100年経った今、我々がディズニーと呼んでいるものは大きく3つぐらいに分かれるかなと思います。
1つはみんな大好き、ディズニーランド、いわゆるテーマパークですね。
あとはウォルト・ディズニー、ディズニーという名前を使ったホテルとかリゾートがたくさんありますね。
日本にもありますし、近い海外で言うとハワイなんかにもありますけれども、
ディズニーパークス・エクスペリエンス・プロダクツという会社があります。
あとはディズニー・エンターテインメントという、いわゆる映画を作ったり配給したりするのですね。
もともとはもちろんここが元になっていたわけですけどもね。
そしてあとESPNという、アメリカでちょっとでも暮らしたことがある人だったら本当に馴染みかと思いますし、
日本でもケーブルなんかで見てる人多いかもしれませんが、スポーツの関連のテレビ番組とかを作ってるところですよ。
ESPNっていうロゴを見たらわかるかもしれませんけども、アメリカにおけるほとんどのメジャースポーツ、
フットボールですとか、アイスホッケーとか、もちろん野球、バスケットボール、そういったものをやっているESPNという。
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つまりね、我々ディズニーっていうと、どうしても日本ではキャラクターのミッキーマウスをはじめとするようなアニメーションのイメージと、
あとはテーマパークとかもやるかもしれないけれども、そういう文系のホビーだけじゃなくて、
体育会系のスポーツのところも牛耳ってるという。
つまり文化部と運動部、どちらも仕切ってるという言い方もできますね。
参加に収めている会社ってことで言うと、アメリカの三大民間放送ネットワークの一つに数えられますABC。
これもディズニー参加ですし、あとは皆さんよくご存知のところで言うと、ピクサーとかマーベル。
あとは最近で言うとフールなんかもディズニー参加になってますね。
映画会社だと、かつての20世紀フォックスか。
とにかく最初は、もちろんウォルト・ディズニーさんが手作業で作ったようなキャラクターを生み出したということです。
ミキハウス、ミキマウスをはじめとするね。
これがエンターテイメントってこんなに拡大して事業を大きくできるんだっていうのを一つの事例を作っちゃったわけですね。
ウォルト・ディズニーっていうのはどういう人だったかっていうと、
我々日本人からするとちょっと要注意人物でもあったんです。
どういうことかっていうと、
彼は政治的には共和党を支持したバリバリの右の考えの人でありまして、
第二次大戦中にはいわゆるプロパガンダ映画と言われている国為発揮をするような映画ですよね。
中で有名な空軍力による勝利っていう映画なんですが、
これはね、日本本土への攻撃を今こそやりましょうといわゆる爆撃攻撃を煽るような映画でございまして、
これ1943年の映画なんですが、実際44年くらいから日本への攻撃というのは本格化するわけですから、
そのことは今歴史的にジャッジされるべきじゃないかという声もあります。
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改めてエンターテイメントというものを作る人とその思想っていうのはどれぐらい関係あるのかということ問われる話ですが、
プロパガンダ映画を作ったということはちょっと皆さん頭に置いておいてもいいんじゃないかなと思います。
あとは政治的な反共の姿勢だけじゃなくて、人種とかジェンダーに対する姿勢というのも、
今の価値観でいうといかがなものかなっていうのはありますね。
やはり黒人の描き方とかに関しては、彼は人種差別主義者と言われても仕方がないような姿勢でしたし、
会社としてのディズニーカンパニーはどんどん時代に対してフィットさせていくような努力も行っています。
わかりやすいところで言うと、去年のアリエル、主人公をアフリカン・アメリカンの人が演じるということで新しいディズニーを打ち出そうとしていますし、
そういった姿勢から我々が学ぶところも大きいなと思います。
何にせよ、僕みたいにエンターテイメントの仕事の端っこにいる人間としては、
一人の頭の中でこんなコンテンツがあれば面白いなと思って作ったミッキーマウスとか、
そういうところがここまで事業として拡大できるんだっていうのが、
さっきも話しましたね、1980年代以降どんどん本格化していく。
僕なんかも青春時代と重なってますし、ディズニーのアルバムをプロデュースしたこともありますから、
改めてディズニーと共に生きる時代っていうのを今日考える一日にしてもいいんじゃないかなというふうに思います。
この後のキャッチアップではディズニーが生み出した名曲についてのお話をしてもらいます。お楽しみに。
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