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毎週月曜日のこの時間は、松尾潔のCatch Up、音楽プロデューサー・松尾潔さんです。
さあ松尾さん、この時間Catch Upはどんなテーマでしょうか?
はい、今日誕生日のデビッド・ボウイについてお話しさせていただきたいと思います。
はい、今バックで流れておりますのは、これはLet's Danceという1983年ですかね、もう世界的にヒットした曲です。
僕ぐらいの50代、あとは田畑さんぐらいの40代の方、もしくはそれ以上の60代70代のファンの方々にとっては、
デビッド・ボウイってのは大変有名だと思いますし、ずっとスターだったってイメージもあるかと思うんですが、
この人面白いのは、いつファンになったかっていうので、割とデビッド・ボウイの捉え方が違うっていうところがあって、
なるほど。
今聴いていただいているLet's Danceって1983年、
これは一応彼の最大のヒット作と言われることが多いデビッド・ボウイのLet's Danceというアルバムの中の表題曲なんですが、
これは当時、マドンナのプロデュースでも知られましたナイル・ロジャスという黒人のスーパープロデューサー、スーパーギタリストがいるんですが、
その人が手がけていた、当時の流行りの音のアルバムでもあるんですが、
ここのタイミングでデビッド・ボウイを知った人からすると、80年代を代表するスターっていうことになっちゃうんですが、
実はこのデビッド・ボウイという方、デビューも大変早くて、
1960年代にはもう名作と言われるアルバムを作ったりしております。
それはSpace Oddityというアルバムでございまして、これはタイトルから想像もできるかもしれませんけれども、
2001年、宇宙の旅という映画、1968年にございました。スタンダード・キューブリック作品の名作ですね。
それにインスパイアされて作ったというアルバムでありまして、
いまだにロックの名盤として愛されているアルバムなんですが、
それから70年代の大躍進、まず最初のデビッド・ボウイブームがあるんですが、
1972年のジギー・スター・ダストというコンセプトアルバムでまずそれが極まるわけなんですが、
この頃は彼はグラムロックというジャンルの旗手とされておりました。
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グラムロックというと簡単に言うと、グラマラスという言葉から来ているわけですから、
日本で言うところの割とビジュアル系とかに近いようなニュアンスだったようですね、当時はね。
メイクアップを施して。
そうですそうです。きらびやかさと音のイメージを合致させて。
デビッド・ボウイね、俳優業でも大変有名になるほど良し丹麗な方でありまして、
日本ではもちろんデビッド・ボウイ、ここまで話さずに一生懸命我慢してきましたけれども、
戦場のメリークリスマスで坂本隆一さんと大変魅惑的な節分のシーンがありましたけれどもね、
デビッド・ボウイというのは常に本人も役者活動もやったけれども、
映画っていうものにいろんなインスピレーションを受けて、映画ですとか文学とかそういったものにインスピレーションを受けて、
音楽をやってきた人でありまして、話戻しますとジギスタラストのあたりではもうすでに音楽の世界であって、
音楽以上のカルチャー全般に対しての目配りというのが世界で支持されたというイメージがございます。
当然さっきも話しましたけれども、ビジュアルに関しての目配り、聞くばりというのを聞いてますから、
日本でいうと山本関西さんの衣装を一早く見れて、山本関西さんの国際的名声の獲得にも大変寄与した方であります。
彼はそれからグラムロックの路線にずっと行くかというと、早々にそこと決別しまして、
70年代の半ばあたりではアメリカでの活動、
おめでたい話してなかった、この人イギリスの人なんですね、バリバリのロンドンのグッズ屋のところ出身の人なんですけど、
アメリカでいいアルバムを作っていくんですね。
今バックで流れておりますこのFAMEという曲がその頃の代表作となるかと思いますが、
これは1975年にリリースされたYoung Americansというアルバムの中の16曲で、
ナンバーワンヒット、ジョン・レノンとの共作でもあるんですが、
このFAMEという曲は日本との関わりでお話しするのであれば、
宮沢理恵さんがGAMEという糸井重里さんの日本語詞で、
90年にカバーしたことありましたね。
はい、ありましたね。
覚えてます?小学歌合戦で、フロー系に入って歌ってましたね。
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浴槽に入って歌ってましたね。
このYoung Americansというアルバムのタイトルは、
かの小沢賢治さんと須田太郎パーの今夜ブギーバックの中で歌詞に引用されますよね。
僕はまるでYoung Americanっていう感じですね。
出典は明らかにここかと思いますが、
こういった作品の販売力だけじゃなくて、影響力をもってどんどん語られる存在になって、
さっきも話しましたように、80年代には流行音楽にきちんと向き合ったという感じですかね。
そのナイロジアスのように、
ともすれば軽薄なポップスを作る、こういうふうに揶揄もされていたような人と向き合ってレッドダンスを作って、
ナイロジアスのステージでも一つ上に上げてくれたような感じもありました。
そこの70年代とこの80年代の間には、
彼がベルリンに移住していて、いろいろ試作を深めたとか、
もちろんいろんなことがあって、キャリアの変化を重ねてきたわけなんですけれども、
80年代以降、後半はティーマシーンというロックバンドを作りまして、
バンド名義であると言うならば、椎名林檎さんが東京Gヘンを作ったようなイメージでしょうかね。
またソロ活動を再開したこともありましたし、
今となっては晩年となる50代、60代ぐらいは社会的な発言も大変、
結局的に展開していまして、
これからもデビッド・ボーイの影響を受ける人というのは、
どんどん彼の音楽的DNA、文化的なDNAを我々に放って、
我々の生活を豊かにしてくれるんじゃないかなというふうに思います。
それだけの影響力を持ったデビッド・ボーイさん。
この名であれば、今日記事をお迎えになるはずだったのですが、
2016年の1月10日、今の時期ですね。
69歳でお亡くなりになりました。
ブラックスターを出したばっかりでしたからね。
本当そうだったんですよね。
本当最後まで花々しいキャリアでしたね。
ということで、この時間は松尾教師のキャッチアップ、デビッド・ボーイについて解説していただきました。
一つだけお話していいですか。
この番組グロウアップでお話したこともたくさん収めております。
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僕の新しい本が今週出ますので。
タイトルは?
俺の歌を止めるなって言うんですが、
普段俺って言葉を使わない僕がタイトルに俺って使いましたんで、
その意味は実際に本をお手に取って確かめていただければと思いますが、
田畑さんの名前も何度も出てきます。
ぜひ手に取っていただければなと思います。
よろしくお願いいたします。
この時間は音楽プロデューサーの松尾清志さんでした。
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